どうも、元世界一位のポケモン対戦廃人こと、リンです。
突然ですが、皆様。
修行という言葉を聞いて、何を思い浮かべるだろうか。
厳しい特訓?
強敵とのバトル?
限界を超えた先にある、新たな力?
……うむ。実に素晴らしい。
俺もそういうの、大好きです。
しかし、今回の修行は少々事情が違う。
なぜなら。
「……フェリヤ」
「…………」
「そろそろ、ヨロイ島につくよ」
「…………」
隣に立つ色違いフェローチェは、今日も安定の無反応。
美しい顔をこちらへ向けることもなく、船の窓から海を眺めていた。
……はい。
今回の修行相手、この子です。
前回はムーちゃんと一緒に強くなるため。
今回は、フェリヤと仲良くなるため。
つまり。
戦闘力ではなく、コミュニケーション能力を鍛える修行なのである。
……俺、そんなにコミュ障だったっけ?
いや、相手がフェリヤだから仕方ない。
そもそも会話のキャッチボールが成立していない。
ボールを投げる以前に、グラウンドへ入れてもらえていないのだ。
……先は長そうである。
♦
「うおおお! ヨロイ島だぁぁ!!」
船を降りた瞬間、俺は思わず叫んだ。
懐かしい潮風。
青々とした草原。
遠くに見える森と山々。
そして、島の中央に建つマスター道場。
……ああ。
帰ってきた。
約四年ぶりのヨロイ島である。
「グソォッ!」
ムーちゃんも嬉しそうに鳴いた。
この島には、俺たちにとって大切な思い出が山ほどある。
一緒に走った道。
何度も転んだ修行場。
師匠にボコボコにされたバトルコート。
……あと、大量のぼんぐりを拾った森。
いや。
最後の思い出、ちょっとおかしくない?
「シズッ!」
「アブリッ!」
しずくとルージュも、初めて訪れる島に興味津々だ。
しずくはムーちゃんの前脚から周囲を見回し、ルージュは楽しそうに花の間を飛び回っている。
そして、フェリヤは。
「…………」
少し離れた場所で、周囲を警戒していた。
……うん、相変わらずだな。
ただ、カンムリ雪原のときほど怯えてはいないように見える。
少なくとも、寒さに震える必要はない。
それだけでも、ここへ来た意味はあるのかもしれない。
「さて、リン」
隣にいたパパンが、俺の肩を叩いた。
「マスタードさんのところまで送ったら、父さんは戻るからな」
「うん!」
「困ったことがあったら、ちゃんと連絡するんだぞ?」
「わかってる!」
「……それから」
パパンが、少しだけ真剣な顔になる。
「フェリヤに無理はさせるなよ」
………俺は、ゆっくり頷いた。
「……うん。ぜったいに」
♦
「ほっほっほ! 久しぶりじゃのう、リンちゃん!」
「師匠ぉぉぉ!!」
マスター道場に到着すると、懐かしい声が響いた。
道場の前に立っていたのは、我が師匠。
マスタードである。
相変わらずの笑顔。
相変わらずの格好。
そして、相変わらずの謎の余裕。
……いやぁ。
変わらんなぁ、この人。
「ほっほっほ! 大きくなったのう!」
「この前、九歳になった!」
「おお! もうそんなになるんじゃな!」
師匠が嬉しそうに笑う。
「それで、ちみ。また修行に来たんじゃって?」
「うん!」
「今度は何をやらかしたんかのう?」
…………。
……あの。
師匠?
再会して三十秒で、その質問?
俺のこと、どういう認識なんですかね。
「……やらかしてないよ?」
「ほう?」
「……ちょっと、いろいろあって」
「ほっほっほ! やっぱり何かあったんじゃのう!」
くっ。
この人には勝てない。
対戦の腕前だけじゃなく、会話でも完封されている。
「まあまあ、立ち話もなんじゃ。入りなされ!」
「はーい!」
♦
「リン君! 久しぶりね!」
「ミツバさん!」
道場へ入ると、ミツバさんが出迎えてくれた。
優しい笑顔。
懐かしい声。
そして、どことなく逆らえない雰囲気。
……うむ。
こちらも健在である。
「まあ、すっかり大きくなって!」
「えへへ!」
「ムーちゃんも元気そうね!」
「グソッ!」
ミツバさんがムーちゃんの装甲を撫でる。
ムーちゃんも、嬉しそうに身体を寄せた。
「それに、新しい子たちもいるのね」
「うん! しずくとルージュ!」
「シズッ!」
「アブリッ!」
「まあ、可愛い!」
ミツバさんが微笑む。
そして、少し離れた場所に立つフェリヤへ視線を向けた。
「……あの子が、フェリヤちゃんね」
「……うん」
事情は、パパンから事前に伝えてある。
ミツバさんはフェリヤへ近づかず、穏やかに声をかけた。
「ゆっくりしていってね」
「…………」
返事はない。
しかし、ミツバさんはそれ以上何も言わなかった。
……こういうところ、本当にすごいと思う。
俺だったら、ついもう一言くらい話しかけてしまうから。
「リンーー!!」
そのときだった。
道場の奥から、聞き覚えのある声が響いた。
「ハイド!!」
振り向くと、以前より少し背が伸びた少年が駆け寄ってきた。
我が親友。
そして、オシャボ製造の共犯者、ハイドである。
「久しぶり! 元気だった!?」
「めっちゃ元気!」
「そうだ! ウッウロボなんだけど!」
ぴくっ。
俺の耳が反応した。
「……ウッウロボ?」
「うん! 実は新しい機能を開発してて!」
「マジ!? 新レシピできた!?」
「それがね、材料の組み合わせを記録する機能を――」
「天才か!? それ欲しかったやつ!!」
「しかも、投入順序による出力の違いも――」
「うおおお! 研究しようぜ!!」
「うん! すぐ見せるよ!」
俺たちは顔を見合わせた。
これだ。これこそ、ヨロイ島。
青春。友情。そして、ウッウロボ。
……最高か?
「……二人とも?」
……ん?
背後から、妙に優しい声がした。
振り返ると、ミツバさんがにっこり笑っていた。
「今回は、何をしに来たのかしら?」
「「……修行です」」
完全一致。
ハイドと俺の声が、見事に重なった。
「そうよね?」
「「はい」」
「研究は、そのあとね?」
「「はい!!」」
ミツバさん、統率力がカンストしている。
この人がガラルリーグに出場したら、ダンデさんでも勝てないのでは?
……いや。
やめておこう。
考えるだけで怖い。
♦
荷物を片づけ、パパンを見送ったあと。
俺は師匠と一緒に、道場の庭へ出ていた。
「さてさて」
師匠が、いつもの調子で言う。
「フェリヤちゃんを紹介してもらおうかのう」
「うん!」
俺は、少し離れた場所にいるフェリヤへ視線を向けた。
「フェリヤ! こっちがマスタード師匠!」
「…………」
フェリヤは、師匠をじっと見つめた。
師匠も、静かに見つめ返す。
……おや?
何だろう。
いつもの師匠なら、もっと陽気に話しかけそうなのに。
今は、何も言わない。
ただ、その場に立っている。
やがてフェリヤは、視線を逸らして庭の端へ移動した。
……うん。
平常運転。
「……師匠」
「なんじゃ?」
「フェリヤ、あんなかんじなんだ」
「ほうほう」
「俺が話しかけても、あんまり返事してくれなくて」
「ふむ」
「バトルも嫌がるし……」
俺は、少し俯いた。
「この前、野生ポケモンをかなり激しめに攻撃しちゃって……」
師匠は黙って聞いていた。
俺は、あの日の出来事を説明した。
練習中に転びかけたこと。
フェリヤが突然飛び出したこと。
止めようとしても、警戒を解かなかったこと。
そして、俺が声を荒らげてしまったこと。
話し終えると、師匠はゆっくり頷いた。
「……なるほどのう」
「……どうしたらいいかな」
師匠は、すぐには答えなかった。
代わりに、一つ質問をしてきた。
「リンちゃんは、あの子に何をしてほしいんじゃ?」
「……え?」
「フェリヤちゃんと、どうなりたいんじゃ?」
…………そんなの、決まってる。
「……なかよくなりたい」
「うむ」
「それで、いつかいっしょにバトルしたい」
師匠が、穏やかに笑った。
「よい夢じゃのう」
……褒められた?
しかし、次の言葉で俺は固まった。
「じゃあ、あの子はリンちゃんに何をしてほしいんじゃろうな?」
……え?
フェリヤが、俺に?
何をしてほしいのか。
……わからない。
食事?
掃除?
安心できる場所?
それとも。
そもそも、俺に何もしてほしくない?
「……わかんない」
俺は、正直に答えた。
師匠は頷いた。
「そうじゃろうなぁ」
そこ、否定してくれないの?
「でも、師匠ならわかるでしょ?」
「ほっほっほ! ワシちゃんだって、初対面のポケモンの気持ちを全部読めるわけじゃないぞい」
「じゃあ、どうするの?」
「知っていけばよいんじゃよ」
「……知る?」
「そう。あの子が何を嫌がり、何を好み、どんなときに安心するのか」
師匠は、庭の端に立つフェリヤへ視線を向けた。
「リンちゃん。ちみは、あの子に戦ってほしいんじゃな?」
「……うん」
「じゃが、あの子は今、それを望んどらん」
…………。
「だったら、まずはその気持ちを大事にしてあげんとのう」
俺は、何も言えなかった。
……また俺は、自分の望みばかり考えていたのかもしれない。
♦
「というわけで!」
師匠が、ぱんっと手を叩いた。
「リンちゃんに、最初の課題じゃ!」
「……おっ!」
来た、修行!
いよいよ本番!
さて、何をする?
特訓?実戦?
それとも、特殊なトレーニング?
「しばらく、フェリヤちゃんにはバトルの指示を出さんこと!」
「……それだけ?」
「それだけじゃ!」
「……修行は?」
「今言ったじゃろ?」
どういうこと?
「フェリヤちゃんと、ただ一緒に過ごしなさい」
「……一緒に?」
「そうじゃ。無理に触らず、無理に話しかけず、無理に何かをさせようとしない」
それ、今までとあまり変わらなくない?
「師匠、それ修行になる?」
「なるとも!」
「……経験値、入る?」
「ほっほっほ!」
師匠が、楽しそうに笑った。
「まずはリンちゃんの経験値を増やすんじゃよ!」
俺のほう!?
いや、待って。
普通、修行ってポケモンを鍛えるものじゃないの?
トレーナー側の経験値?
何その新システム。
俺、今までそんな育成要素聞いたことないんですが!?
「ワシちゃんから見れば、リンちゃんが一番修行不足じゃのう」
……ぐはっ、師匠。それは効く。
めちゃくちゃ効く。
急所に当たったんですが?
♦
その日の夕方。
俺は道場の縁側に座っていた。
庭ではムーちゃんとしずくが遊び、ルージュが花の間を飛び回っている。
少し離れた場所には、フェリヤ。
相変わらず、俺たちとは距離を取っている。
師匠から言われたことを思い出す。
無理に近づかない。
何かをさせようとしない。
ただ、相手を見る。
簡単そうで難しい。
つい、話しかけたくなる。
一緒に遊ぼうと誘いたくなる。
でも、今日は我慢だ。
「……グソ?」
ムーちゃんが、俺の隣へやってきた。
「ん? どうしたの?」
「グソッ」
その前脚には、しずくが乗っていた。
……ああ。
いつもの二匹だ。
俺は、そっとムーちゃんの装甲を撫でる。
「フェリヤとも、こうなれたらいいな」
「グソ……」
ムーちゃんが、庭の端を見た。
フェリヤは、一人で空を眺めている。
……そういえば。
あの子、いつも高い場所や窓際を好むんだよな。
周囲を見渡せるからだろうか。
それとも、単に景色が好きなのか。
……まだわからない。
でも、今度は勝手に答えを決めつけないようにしよう。
そう思っていると。
「……フェロ」
フェリヤが、静かに移動した。
日陰になっている縁側の端。
人通りが少なく、床が綺麗に掃除された場所。
そこに腰を下ろす。
……あ。
なるほど。
さっきまで立っていたのは、休める場所を探していたからなのかな。
……いや。それも、まだわからないか。
俺は何も言わず、ただその姿を見つめた。
フェリヤも、こちらへ近づくことはない。
それでも、同じ縁側で夕暮れを過ごしていた。
不思議だな。
何もしていないのに、いつもより少しだけ落ち着く。
「ほっほっほ」
いつの間にか、師匠が隣に立っていた。
「どうじゃ、リンちゃん」
「……師匠」
「今日の修行は進んだかのう?」
俺は、フェリヤを見た。
相変わらずの距離。
相変わらずの無表情。
バトルもしていない。
遊んでもいない。
……だけど。
「……ちょっとだけ」
「ほう?」
「フェリヤが、どこですわるのか、わかった」
師匠は、嬉しそうに目を細めた。
「ほっほっほ。それで十分じゃよ」
こんな小さなことでも、いいんだ。
俺は、もう一度フェリヤを見る。
あの子は、まだ俺を信用していない。
それでも。
これから少しずつ、知っていこう。
好きな場所も。
嫌いなものも。
安心できる時間も。
その先で、もし一緒に戦いたいと思ってくれたら。
そのときは、全力で応えよう。
……うん。
今度こそ、焦らない。
そう決めた。
なお。
その日の夜、ハイドからウッウロボの改良資料が届いた。
俺は、思わず飛び上がった。
「新機能キターーー!!」
しかし、資料の一枚目には、ミツバさんの字で大きく書かれていた。
『修行が終わってからね』
監視体制、万全すぎません!?
どうやら今回のヨロイ島生活も、前途多難らしい。
……まあ、それでも。
悪くないスタートだと思う。
今日もお読みいただき、ありがとうございます。
よかったら、感想、評価、お気に入りいただけますと嬉しいです。
感想も一つ一つ大切に見させていただいております。
返せるときに全員返していきますので、軽率に感想いただけますと幸いです。
※日間14位ありがとうございます。