一 腹ペココールは突然に
雲ひとつない青空の下、ドランの街へと続く街道を、一頭の巨大な狼が悠然と歩いていた。
神獣フェンリルのフェルである。その広い背中にはムコーダこと向田剛志が揺られ、胸元の袋ではスライムのスイが気持ちよさそうにぷるぷると震えていた。頭上をぱたぱたと飛んでいるのは、ピクシードラゴンのドラちゃんだ。
「いやぁ、今日はいい天気だなぁ。こういう日は、のんびり進むのが一番だ」
ムコーダはうーんと伸びをして、のどかな景色を眺めた。街道の両脇には、刈り入れを終えた麦畑と、ところどころに小さな林が続いている。風は穏やかで、遠くから鳥の声が聞こえてくる。冒険者稼業にしては、珍しく平和な道中だった。
だが、その平和は長くは続かなかった。
「……おい」
「ん? どうした、フェル」
「腹が減った」
ああ、やっぱり来たか。ムコーダは思わず天を仰いだ。
「いやいや、さっき朝飯を食ったばっかりだろ。ほら、ホーンラビットの肉をたっぷり使ったステーキを、お前三枚も食べたじゃないか」
「あれは朝の分だ。今は昼の分が必要だ」
「昼って、まだ太陽が真上にも来てないぞ?」
「我の腹時計は正確だ。腹が減ったと言っている以上、減っているのだ」
堂々と言い切るフェルに続いて、胸元の袋からスイがにょきっと顔を出した。
「あるじー、スイもおなかすいたー! ぷるぷる!」
「俺もだぞ、ムコーダ。朝のあれじゃあ全然足りなかった。ここらで一度、ガッツリいこうぜ」
ドラちゃんまで、ムコーダの頭の上で腕を組み、うんうんと頷いている。
「飯だ」「ごはんー!」「飯にしようぜ」
三方向からの同時攻撃。これぞ御一行の名物、腹ペココールである。
「わ、わかった、わかったから! ちょっと待て、場所を探すから!」
ムコーダが慌てて周囲を見回すと、街道から少し外れたところに、浅い小川の流れる草地が見えた。水があって、地面も平らで、風も避けられそうだ。調理にはうってつけの場所である。
「あそこにしよう。フェル、あの小川のところで止まってくれ」
「うむ」
フェルは満足そうに鼻を鳴らし、軽やかな足取りで草地へと向かった。
二 一平ちゃんの焼きそば
草地に降り立ったムコーダは、さっそく魔道コンロを二台並べ、ネットスーパーで取り寄せた特大のフライパンをそれぞれにセットした。
「さて、何を作るかな。手早くできて、ガッツリ食べられて、しかも大量に作れるもの……」
頭の中で献立をいくつか並べてみて、ムコーダはぽんと手を打った。
「そうだ、焼きそばにしよう!」
思い立ったが吉日。ムコーダはスキル『ネットスーパー』を起動した。目の前にふわりと浮かび上がる、見慣れた画面。日本のスーパーに並んでいる商品が、ずらりと表示されている。この不思議なスキルこそが、ムコーダの異世界生活を支える、とんでもスキルなのだ。
「えーと、一平ちゃん夜店の焼きそばの袋麺があったよな。あれを……とりあえず十袋。それから豚バラ肉の薄切りを二キロ、カット野菜を五袋と……」
次々とカートに商品を入れ、購入ボタンを押す。ぽん、ぽん、ぽん、と軽い音を立てて、地面の上に商品の山ができあがった。
「よし、材料は揃ったな」
まずは豚バラ肉をざくざくと食べやすい大きさに切っていく。熱したフライパンに放り込むと、じゅわあっという音と共に、肉の脂がとけ出してきた。豚バラの脂だけで炒めるから、余計な油はいらない。肉の端がこんがりと色づいてきたところで、カット野菜をどさっと投入する。
「塩コショウは、軽くな」
しゃきしゃきの野菜が豚の脂をまとい、少しずつしんなりとしていく。ここまで来れば、あとは麺だ。ムコーダは袋麺を開けて、フライパンの空いたところにどさどさと入れ、水を回しかけて蓋をした。
「蒸し焼きにして、麺をほぐしてやるんだよな。ここが大事なんだ」
ほどよく蒸らしてから蓋を開けると、ふわっと白い湯気が立ちのぼった。菜箸で麺をほぐしながら、肉や野菜と一緒に混ぜ合わせていく。そこへ、付属の液体ソースを、じゃーっと回しかけた。
ジュワアアアッ!
甘辛いソースが熱いフライパンに触れて、弾けるような音を立てる。その瞬間、ソースの焦げる香ばしい匂いが、ぶわっと辺りに広がった。
「うおっ、これはたまらん匂いだな!」
ドラちゃんが目を輝かせる。気づけば、フェルもスイも、フライパンのすぐ側に陣取って、じっと中を見つめていた。
「あるじー、いいにおいー!」
「……うむ。これは、期待が持てるな」
「まだ完成じゃないぞ。ここからが仕上げなんだ」
ムコーダは出来上がった焼きそばを、大皿に山のように盛りつけた。そして、袋麺に付いている小袋を手に取る。辛子マヨネーズだ。
「一平ちゃんといえば、やっぱりこれだよな」
ぴりっと袋の端を破り、焼きそばの上に、たっぷりと辛子マヨネーズを絞り出していく。黄白色のソースが麺の上にとろりと流れ落ち、焼きそばの熱でほんのりとろけた。そこへ、ふりかけをぱらり。ふわっと立ちのぼったのは、ソースの甘い香りと、辛子のつんと鼻を刺すような香り、そしてマヨネーズのまろやかな酸味が入り混じった、何とも食欲をそそる匂いだった。
「よし、完成だ!」
ムコーダが満足げに頷いた、そのとき。フェルの耳が、ぴくりと動いた。
「…………」
「ん? どうしたんだ、フェル」
「誰か来るぞ。人間が二人と、馬が一頭だ」
「え、人? こんなところに?」
「それと……妙な気配が混ざっておる。敵意はないが……ふむ」
フェルが鼻をひくつかせながら、街道の方へ視線を向けた。ムコーダもつられてそちらを見る。街道の向こうから、一台の荷馬車が、ゆっくりとこちらに近づいてくるのが見えた。
三 香りに誘われた賢狼
行商人クラフト・ロレンスは、御者台で手綱を握りながら、深くため息をついた。
「……なあ、ホロ。本当にこっちで間違いないんだろうな」
「うむ、間違いないぞ。わっちの鼻がそう言っておる」
隣に座る少女が、事もなげに答えた。長い栗色の髪に、赤みがかった琥珀色の瞳。フードを目深にかぶり、足元には麦の入った小さな袋を大切そうに抱えている。愛らしい容姿に似つかわしくない古めかしい口調で話すこの少女こそ、ロレンスの旅の連れ、賢狼ホロである。何百年ものあいだ豊穣の神として崇められてきた、狼の化身だ。
北にあるという故郷を目指す旅の途中、二人は次の街で商いをするため道を急いでいた……はずなのだが。
「しかし、さっきからどうも様子がおかしい。見覚えのない村に、聞いたこともない街の名前ばかりだ。どう考えても、道が違うだろう」
「ぬしは気にしすぎじゃ。道があるなら進めばよい。旅とはそういうものじゃろう」
「お前はどうしてそう気楽なんだ……」
ロレンスが頭を抱えたくなったそのとき、ホロの鼻が、ひくひくと動いた。
「ロレンス。止まっておくれ」
「ん? どうした」
「匂いじゃ」
「匂い?」
「うむ。なんとも言えぬ、よい匂いがする。甘辛くて、香ばしくて……それに、鼻の奥をつんと刺すような、あれは何じゃ」
ホロはひくひくと鼻を動かしながら、街道脇の川の方へ顔を向けた。その瞳は、獲物を見つけた狼のように、きらきらと輝いている。
「ホロ、今は先を急いでいるんだぞ。日が暮れるまでに次の村へ着かないと」
「あそこじゃ! あの川の辺りから匂ってくる!」
「聞いているのか、おい!」
ロレンスが止める間もなく、ホロは御者台から軽やかに飛び降りてしまった。仕方なく荷馬車を止め、慌てて後を追う。そして、草地の向こうの光景を見て、ロレンスは思わず息を呑んだ。
そこにいたのは、馬よりもはるかに大きな、灰色の狼だった。
ただの狼ではない。鋭い金色の瞳に、堂々たる体躯、全身から放たれる底知れない威圧感。ロレンスの商人としての勘が、全力で警鐘を鳴らしていた。これは、人の手でどうこうできる生き物ではない。伝承に語られる神の獣、いや、それ以上の何かだ。
その隣では青白い小さな竜が宙を舞い、水色のぷるぷるした塊が、草の上をぽよぽよと跳ねている。そして、それらに囲まれるようにして、一人の冴えない男が、巨大なフライパンを前に立っていた。
「ほ、ホロ! 待て! あれは狼だ、それもとびきり大きな……!」
「くふ、わっちも狼じゃ」
「それは、そうなんだが……!」
ロレンスの小声の抗議など意にも介さず、ホロはずんずんと草地を進んでいく。フードの下で、耳がぴくぴくと動いているのが、ロレンスには見なくてもわかった。
「ほう。これは見事な狼じゃ」
ホロは巨大な狼の前に立つと、ぐるりと全身を眺めて、感心したように頷いた。
「ぬしからは、わっちとは違った風格を感じるのう。長い時を生きたものだけが持つ、深い匂いじゃ」
「……貴様、ただの人間ではないな」
低く響く声が、巨大な狼の口から発せられた。
「し、喋った……!?」
「ぬしは何を驚いておる。わっちも喋るじゃろうに」
「お前は人の姿をしているだろうが!」
ロレンスの悲鳴じみたツッコミをよそに、ホロは楽しそうに続けた。
「うむ、狼の化身じゃ。賢狼ホロという。ぬしの名は?」
「ほう、化身か。長く生きているが、そのような存在に会うのは久方ぶりだ。我は神獣フェンリルのフェル。そう呼ぶがいい」
「ふぇんりる、とな。舌を噛みそうな名じゃのう。フェルと呼ばせてもらうぞ」
神獣と賢狼が、ごく普通に挨拶を交わしている。その横で、ムコーダはフライパンを抱えたまま、完全に固まっていた。
(え、なにこれ。フェル、お前そんな普通に挨拶するの? っていうか、あの子、フェルを見ても全然怖がってないぞ……?)
「あ、あの……失礼ですが」
おそるおそる声をかけたのは、ロレンスだった。
「私は行商人のクラフト・ロレンスと申します。こちらは連れのホロです。突然お邪魔をして、とんだ失礼を」
「あ、これはご丁寧に。俺はムコーダといいます。一応、冒険者をやってまして。こっちはスイとドラちゃん、それからフェルです」
「あるじのともだちー? スイだよー!」
「ドラちゃんだ。よろしくな」
「ス、スライムと竜まで喋った……」
ロレンスの顔から血の気が引いていく。ムコーダは、その気持ちが痛いほどわかった。自分も最初は、同じ顔をしていたのだから。
「えっと、クラフトさん、とお呼びすればいいですかね?」
「仲間内ではロレンスと呼ばれることが多いのですが、どちらでも構いません」
「じゃあ、クラフトさんで。いやあ、驚かせてしまってすみません。うちの連中、見た目はこんなですけど、人に危害を加えたりはしませんので」
「わっちは、ロレンスと呼ぶがの」
「ホロ、お前は黙っていろ」
二人のやり取りに、ムコーダは思わず苦笑した。なんだか、うちの面々と似た空気を感じる。
四 分け合う焼きそば
ひとしきり挨拶が済んだところで、ホロの視線は、ムコーダの手元の大皿に、ぴたりと吸い寄せられていた。
「ぬし。その、よい匂いの元はなんじゃ」
「あ、これですか? 焼きそばです。昼飯に作ってたんですよ」
「やきそば。聞いたことのない名じゃな」
ぐううう、と大きな音が、草原に響いた。ホロが、すっと自分の腹を押さえる。ロレンスは頭を抱えた。
「ホロ……」
「しかたなかろう。この匂いが悪いんじゃ」
その様子を見て、ムコーダは少し迷ってから、にっこりと笑った。
「あの、よかったらご一緒にどうですか? ちょっと作りすぎちゃって」
その瞬間、ホロの耳が、フードの下でぴくりと動いた。
「ぬし、嘘じゃな」
「えっ!?」
「くふ、足りぬかもしれぬと思うて、多めに作ったのじゃろう? あの三人の腹を見れば、わっちにも見当はつく。じゃが、怒ってはおらんよ。そういう優しい嘘は、嫌いではないぞ」
ムコーダは目を丸くした。この子、鋭い。いや、鋭いというレベルではない。
「ホロには、人の嘘を聞き分ける耳があるんです。ご迷惑でなければ、ですが」
ロレンスが、申し訳なさそうに補足した。
「あ、いえ、迷惑なんてとんでもない。本当にたくさんありますから、遠慮なくどうぞ。……ええと、今度は嘘じゃないですよ?」
「うむ、今度はまことじゃな」
ホロは満足げに頷いた。
「おい、我らの分が減るではないか」
「大丈夫だって、フェル。袋麺はまだあるし、材料も十分ある。それに、せっかくのご縁だろ?」
「……ふん」
フェルは不満そうに鼻を鳴らしたが、それ以上は何も言わなかった。
ムコーダは紙皿に焼きそばをこんもりと盛り、透明なプラスチックのフォークを添えて、ホロとロレンスに差し出した。ロレンスは受け取ったフォークを、しげしげと見つめている。
「これは……硝子ではないな。やけに軽くて、透き通っている。何でできているんだ?」
「ええと、遠い国の道具でして」
「ほう……」
商人の目になったロレンスをよそに、ホロはもう待ちきれないという様子で、フォークに麺を絡めていた。
「ぬし、これは小麦を練って、細く伸ばしたものか?」
「そうです。熱いうちにどうぞ」
「では、遠慮なく」
ホロは、ふうふうと息を吹きかけてから、ぱくりと口に運んだ。
一瞬の沈黙。
「…………っ」
「ホロ? どうした、大丈夫か」
「ロレンス」
「な、なんだ」
「これは、うまいぞ!」
ホロは、目をまん丸に見開いて叫んだ。フードの下の耳がぴくぴくと跳ね、腰のあたりのマントが、内側からばさばさと揺れている。尻尾が、大暴れしているらしい。
「なんじゃこれは! 甘くて辛くて、香ばしい! ぬしの国の味は、こんなに奥深いのか! この、麺のもちもちとした歯応え! それに、豚の脂の旨みが、この黒いソースと絡み合って……ああ、たまらん!」
「喜んでもらえて何よりです。その白いソースも、ぜひ絡めて食べてみてください」
「この白黄色いやつか? では……」
ホロは辛子マヨネーズをたっぷりとすくい、麺と一緒に口へ放り込んだ。
「んんっ! 鼻にツンと来る! 辛い、じゃが……その後から、まろやかな、酸っぱいような、とろりとしたものが追いかけてくる! 辛さと、まろやかさが、交互に来て……くふ、くふふふ! これは病みつきになるぞ!」
大興奮のホロを、ロレンスは呆れ顔で見ていたが、ふと、自分の皿に目を落とした。
(そんなに、か……?)
半信半疑のまま、フォークで麺をすくい、一口。
「…………!」
ロレンスの手が、止まった。
甘辛いソースの奥行き、豚の脂の旨み、シャキシャキとした野菜の甘み。そして、辛子マヨネーズの、鼻に抜ける刺激とまろやかな酸味。どれもが、ロレンスの知るどんな料理とも違っていた。
「……これは、確かに」
「じゃろう? わっちの言った通りじゃろう?」
「ああ。認めざるを得ないな」
ロレンスは、二口目、三口目と、無言で食べ進めた。そして、その合間にも、商人の頭はめまぐるしく回っていた。
(この、白い辛味のあるソース。辛子に、卵と油と酢か? 卵は日持ちがしない。それを、これほどなめらかに……)
(それに、この麺の均一さと、ソースの黒さ。どれ一つとっても、並の職人の仕事ではない。それを、これだけの量、こんな街道脇で……)
「ムコーダさん」
「は、はい?」
「差し支えなければ、商いの話をさせていただきたいのですが」
「商い、ですか?」
「この焼きそばという料理の材料、特に麺と、このソースと、辛子マヨネーズというもの。仕入れさせていただくことは、できませんでしょうか。相応の対価は、お支払いします」
来た、とムコーダは身構えた。やはり、商人の目は誤魔化せないらしい。
「あー、いや、それはその……俺のスキルで取り寄せているものでして、数にも限りがあるというか、お売りするようなものでもないというか」
そのとき、ホロの耳が、ぴくりと動いた。
「ぬし。嘘は言っておらんが、全部も言っておらんな」
「うっ……」
ムコーダは冷や汗を流した。この子の前では、隠し事もできないらしい。
ロレンスは、そのやり取りを見て、静かに首を横に振った。
「失礼しました。手の内を明かさないのは、商人の常。不躾な申し出でした。お忘れください」
「い、いえ、こちらこそ、すみません」
気まずい空気が流れかけたとき、空っぽになった皿を抱えたホロが、ずいっとムコーダに詰め寄った。
「ぬし!」
「は、はい!?」
「もっとないのか!? もっと、こう、他にも、ぬしの国の、うまいものは!」
きらきらと輝く琥珀色の瞳が、真正面からムコーダを射抜いていた。
五 バターどらやき、降臨
「えーっと、焼きそばなら、材料はまだあるんですけど……」
ムコーダは頬をかいた。大皿の焼きそばは、フェルの三杯、スイの二杯、ドラちゃんの一杯、そしてホロとロレンスの分で、見事に空っぽになっていた。
「違うのじゃ」
ホロは首をぶんぶんと振った。
「やきそばも、もちろんもっと食べたい。じゃが、ぬしの国には、他にもまだ見ぬ味が山ほどあるのじゃろう? わっちの鼻が、そう言っておる」
「鼻、ですか……」
「それに、ぬしは嘘をつくのが下手なくせに、隠し事の匂いだけはたっぷりさせておる。腹の底に、まだ何か持っておる顔じゃ」
「そんな顔してます!?」
ムコーダは思わず自分の頬をぺたぺたと触った。
しかし、言われてみれば思い当たる節はあった。ネットスーパーの画面には、少し前にオープンした新しいコーナーがある。シャトレーゼコーナーだ。洋菓子から和菓子、アイスまで、お手頃な値段なのに素材にこだわった菓子がずらりと並んでいて、甘いもの好きのドラちゃんが大喜びして以来、ムコーダも時々、ここでおやつを買い足していた。
(ホロさんの反応を見る限り、甘いものも好きそうだよな。せっかくだし、お礼を兼ねて、あれを出してみるか……)
「わかりました。じゃあ、デザートにしましょう。ちょっと待っててください」
「でざあと、とな」
ムコーダはスキルを起動し、画面を指で辿った。和菓子、どら焼き・カステラ……目当ての商品は、すぐに見つかった。
「北海道産バターどらやき、ひとつ税込百六十二円。この値段で、この評判の良さは優秀だよな。とりあえず、十個にしておくか」
購入ボタンを押すと、ぽん、と音を立てて、個包装の小袋が、草の上に現れた。
「おっ、甘いもんの気配がするぞ!」
ドラちゃんが、すっ飛んできた。目をきらきらと輝かせ、ムコーダの周りをぐるぐると飛び回っている。
「ムコーダ、それは何だ? もしかして、あれか? あの、甘いやつか?」
「どらやきっていうんだ。ドラちゃんの分もちゃんとあるから、落ち着いて」
「スイもたべるー! あまいのー!」
「わかったわかった、順番にな!」
ムコーダは袋の一つを開けて、中身をホロの手のひらにのせた。
まん丸な、きつね色の焼き菓子。表面には、虎の縞のような焼き色がついている。二枚の生地の間には、黒みがかった粒あんと、薄い黄色のクリームが、ぎっしりと詰まっていた。
「なんじゃ、この菓子は。二枚の焼き菓子に、何かを挟んであるようじゃが」
「どらやきです。しっとりした生地に、小豆を甘く煮たあんこと、バタークリームを挟んであるんです。北海道……ええと、とても寒くて広い土地の小豆とバターを使っていて、クリームには海の塩を入れてあるそうで」
「バター……?」
反応したのは、ホロではなく、ロレンスだった。
「バターを、菓子に? しかも、あんこと一緒に……?」
「そうですけど、何かおかしいですか?」
「おかしいどころか……バターは、北の村々でも滅多に口にできない貴重品です。それを、こんなふうに惜しげもなく挟むなんて」
商人は絶句した。その横で、ホロは手の中の菓子を、くんくんと嗅いでいる。
「ふむ……乳の匂いがする。それに、甘い豆の匂いじゃな。毒の匂いは、せぬ」
「毒なんか入れませんよ!」
「くふ、冗談じゃ。では、いただこう」
ホロは、あーんと口を開け、どらやきにかぷりとかぶりついた。
……
一拍の、間。
ホロの動きが、止まった。
ふわふわとした、しっとりとした生地。その向こうから、粒あんの素朴でとろりとした甘さが広がる。と思う間もなく、その甘さを追いかけるように、バターの濃厚でまろやかなミルクの風味が、舌の上いっぱいに広がっていく。そして最後に、ほんの少しの塩気が、すべてを包み込むように、きゅっと全体を引き締めた。
「…………!!」
「ほ、ホロ?」
次の瞬間、ホロは、がしっとムコーダの両手を握りしめた。
「ぬし!!」
「は、はいいい!?」
「なんじゃ、これは! 甘い、と思うたら、塩辛い! 塩辛い、と思うたら、また甘い! 三つの味が、舌の上でくるくると舞っておる! 小豆の甘さを、バターがとろりと包んで、そこに塩がほんのり……ああ、もう、何と言えばよいのじゃ!」
興奮のあまり、ホロの頭から、ふわりとフードが滑り落ちた。
その下から現れたのは、栗色の髪と、ぴんと立った、ふさふさの獣の耳だった。
「…………耳?」
ムコーダの目が、点になる。
「あ」
ロレンスが、片手で顔を覆った。
「ホロ……! せっかく隠していたのに、お前は……!」
「くふ。まあ、よいではないか。ぬしらの前なら、隠すほどのことでもあるまい」
「え、いや、ちょっと待って、今のは……って、フェル、お前、気づいてたのか!?」
「最初からな。気配で分かる」
フェルは、すました顔で、前脚をそろえて座っていた。
(教えてくれよ……!)
ムコーダの心の叫びは、残念ながら、誰にも届かなかった。
「それより、ぬし。これは、まさに神の菓子じゃ! 甘味の神がおるなら、きっと、このどらやきとやらを供物にして、わっちらを喜ばせてくれるに違いないわい」
「お前が言うと、妙に説得力があるな……」
ロレンスが、呆れたように呟く。
「わっちは神じゃからの。この世で一番、供物の味に厳しい」
「自分で言うな」
ホロは、目にも止まらぬ速さで一個目を平らげてしまった。そして、すぐさま二個目に手を伸ばそうとして、その手の先を、ロレンスがそっと押さえた。
「待て、ホロ。人様から頂くものだ。まず、私にも一つ頂けませんか。お前がそこまで大騒ぎするものを、確かめておきたい」
「もちろんです。どうぞ」
ロレンスは、受け取ったどらやきを、慎重に、小さく割った。断面から、粒あんとバタークリームが顔をのぞかせる。商人の目でじっと観察しながら、ひとかけらを、口に運ぶ。
……
ロレンスの動きも、止まった。
(ふわりとした生地の甘さ。煮た豆の、素朴で深い甘み。そこへ、塩の効いたバターが溶け合って……)
(これだけの小麦の白さと、砂糖の量、そして、バター。それを、こんな小さな菓子一つに、惜しげもなく……)
しばらく黙っていたロレンスは、やがて、ゆっくりと息を吐いた。
「……ホロ」
「なんじゃ、ロレンス」
「お前が騒ぐのも、無理はない」
「じゃろう!」
「ああ。これは、納得だ」
ロレンスは、心底、納得した顔で、深く頷いた。
「失礼ですが、ムコーダさん。これは、一つでいくらほどになるのでしょう」
「え? 百六十二円ですけど……ええと、手の届かない値段じゃないですよ。むしろ、かなりお手頃です」
「お手頃……」
ロレンスは、遠い目になった。商人としての計算が、頭の中でがらがらと崩れていく音が、聞こえた気がした。
一方、その横では、別の争奪戦が始まっていた。
「おい、スイ! それは俺のだぞ!」
「ドラちゃんのは、こっちー! スイのは、これー! ぱくっ!」
「あー! 最後の一口まで、ちゃんと残しておいたのによ!」
「……ふむ。甘味と塩気の取り合わせか。悪くない。いや、なかなかよい」
フェルも、静かに、しかし確実に、三個目に手を付けていた。
「ちょっ、お前ら、お客さんの分を残しておけよ!」
ムコーダの必死の声が、のどかな草地に、虚しく響いた。
六 コカトリスの引きずり鍋
結局、その日、ロレンスの荷馬車が街道に戻ることはなかった。
「ロレンス、今夜は、ここで野営じゃ」
ホロが、そう言い張ったからだ。
「ホロ、まだ日は高い。次の村までは行けるはずだ」
「行けるじゃろうが、行く気がせぬ。あの、ひきずりなべ、とかいうのを食うまでは、わっちは一歩も動かぬぞ」
「まだ誰も、そんな話はしていないだろうが」
「ぬしらの話し声は、全部聞こえておる。コカトリスの肉とやらが、まだ残っておるのじゃろう?」
ホロの視線の先で、ムコーダが、ぎくりと肩を揺らした。確かに、さっき、フェルたちと夕飯の相談をしていたのだ。
「あ、聞こえてました……?」
「当たり前じゃ。わっちの耳は、こういう時のためにあるのじゃからな」
ロレンスは、ため息をついた。しかし、その口元は、どこか笑っていた。
(確かに、今から出発しても、日暮れまでに次の村には着けまい。それに、ムコーダという男とその連れたち、これほどの縁ができた。商人としても、この縁をむざむざ手放す手はないだろう)
そして何より、あんなに楽しそうなホロを、無理に連れ出す気にはなれなかった。
「……分かった。今夜は、ここで野営だ」
「くふ、話が早いのう!」
「ホロにはかなわないよ、まったく」
そんな二人のやり取りを聞いて、ムコーダは、ほっとしたように笑った。
「よかった。それじゃあ、夕飯はご馳走させてください。コカトリスの肉は、先日、スイが倒してくれたやつが、まだたっぷりあるんですよ」
「こ、コカトリス……? 伝承に出てくる、あの怪物の、ですか」
「ええ。鶏みたいな見た目の魔物ですけど、肉が絶品でして」
「スイ、がんばったー! ぷるぷる!」
「スライムが、怪物を倒した……?」
ロレンスの常識が、また一つ、音を立てて崩れていった。
夕方。ムコーダは、ロレンスの馬にも、ネットスーパーで買った人参とリンゴを与えてやった。馬は嬉しそうにぶるると鼻を鳴らして、それをかじっている。「馬にまで気を遣っていただいて……」とロレンスは恐縮していたが、馬の機嫌がよくなったのは、疑いようもなかった。
日が傾き、空が茜色に染まる頃、焚き火の傍らに、魔道コンロと、大きな鉄鍋が並べられた。
「今夜は、コカトリスの引きずり鍋にします」
「ひきずりなべ。何やら、物騒な名じゃな」
「肉を、鍋の中でずるずると引きずるように動かしながら焼くから、そう呼ぶって聞いたことがあるんです。鶏肉のすき焼きみたいな料理でして」
ムコーダは、手際よく準備を進めていく。コカトリスのもも肉を、大きめの薄切りにして。長ねぎは斜めに、白菜はざくざくと、椎茸には飾り包丁を入れて。焼き豆腐と麩も、鍋のそばに並べる。そして、割り下。醤油、みりん、酒、砂糖を鍋で合わせて、さっと火を通した。
ぐつ、ぐつ、と、鍋の中が小さな音を立て始める。そこへ、コカトリスの肉を、そっと並べた。肉の色が変わり、脂がとろけ始めると、甘辛い醤油の香りが、ふわあっと、夕暮れの空気に溶けていった。
「……ぬしぬしぬし」
「は、はい」
「また、とんでもなく、よい匂いがするぞ。さっきのやきそばとは、また別の匂いじゃ。もっと、こう、懐かしいような、のう」
ホロは、ほとんど鍋に鼻先を突っ込まんばかりに、くんくんしている。
「これから野菜を入れます。もう少しですよ」
白菜がくたりと甘く煮え、ねぎがとろりと透き通る。椎茸からは旨味のある汁が滲み出し、割り下と一体になっていく。焼き豆腐と麩は、その汁をぐんぐんと吸い込んだ。
「よし、できました。そのままでも美味しいんですけど、こうやって……」
ムコーダは、小鉢に卵を割り入れ、箸で溶いてみせた。
「この溶き卵につけて食べるのがおすすめです。まろやかになって、さらに美味しいんですよ」
「卵を……生のまま、ですか?」
ロレンスが、眉をひそめる。
「あー、そうですよね。俺の故郷では、新鮮な卵なら普通に食べるんですが。ネットスーパーで買った卵は、ちゃんと安全なものなので、大丈夫です」
「ぬし。今度も、嘘は言っておらんな」
ホロの耳が、ぴくりと動いた。
「ならば、遠慮なくいただくぞ」
ホロは、ムコーダに渡された割り箸をぎこちなく操って、肉を一切れつまみ、溶き卵にちょんとくぐらせて、口へ運んだ。
「…………!」
「どう、ですか」
「ロレンス! 肉が! 肉が口の中でほどけていくのじゃ!」
「肉が?」
「甘辛い汁をたっぷり吸うて、そこへ卵のまろやかな黄身が絡んで……くふ、くふふ! やわらかくて、旨みが濃くて、噛めば噛むほど、じゅわっと! 鶏の肉とは思えぬ! もっと濃い!」
ホロは目を細めて、尻尾を全力で振っているらしかった。マントの下から、ばたばたと音がしている。
ロレンスも、恐る恐る一切れを口に運んだ。
「…………美味い」
その一言に、ムコーダは、うんうんと頷いた。
「でしょう? コカトリスの肉は、本当に絶品なんです。普通の鶏肉より、ずっと旨味が濃くて」
「これが、あの怪物の肉……。いや、これを市場に持ち込んだら、いったい、いくらの値が……」
「ロレンス、商いの顔になっておる」
「す、すまん。つい」
ムコーダは苦笑いしながら、今度は、ほかほかの白飯をよそって、二人に差し出した。
「この汁をご飯にかけて食べると、また最高ですよ」
「この白い粒は……米、か?」
「東方の穀物だ。噂には聞いたことがあるが、実物を見るのは初めてだな」
「わっちは麦の神じゃが、米も、嫌いではないぞ。この甘辛い汁を吸うたところに、肉をのせて……くふふふ」
ホロの頬は、緩みっぱなしだった。
「あと、よかったら、これも」
ムコーダが取り出したのは、よく冷えた缶ビールだった。
「麦酒、か?」
「ええ。向こうの国のお酒です。麦から作ってるんですよ」
「麦から! それは、わっちの管轄じゃ!」
ホロは、ごくごくと一口、喉に流し込んだ。
「くはあっ! 冷えておる! 冷たい麦酒など、初めてじゃ! 喉の奥で、麦がはじけておる!」
「ホロ、飲みすぎるなよ」
「ぬしこそ、さっさと飲まぬか、ロレンス!」
その横で、フェルも、大きな深皿に注がれたビールを、ちびちびと舐めていた。
「……ふむ。悪くない」
「お前は、ほどほどにしろよ?」
「分かっておる」
焚き火が、ぱちぱちと爆ぜる。鍋は、いくら食べても減らないように見えた。ムコーダが、次々と具材を足していくからだ。
夜が更けて、酒と鍋で、ほどよく腹が満たされた頃。ロレンスが、ぽつりとムコーダに語りかけた。
「ムコーダさんは、どうして旅を?」
「俺ですか? ……まあ、色々あって。元は、ごく普通の、しがない会社員だったんですけどね。気がついたら、この世界に来ていて」
「それは、また……大変な」
「いやあ、大変だったのは最初だけで。ネットスーパーのスキルのおかげで、こうして美味しいものを食べながら、のんびり旅ができてるんで、今はむしろ、幸せなくらいです」
ムコーダは、照れくさそうに笑って、ビールを一口あおった。
「クラフトさんは? 行商って、大変そうですよね」
「大変ですよ。ですが、私には夢がありまして」
「夢?」
「いつか、自分の店を持つことです。小さな荷馬車で各地を巡りながら、少しずつ、その日に近づいている……はずなんですが」
ロレンスは、ちらりと隣のホロを見た。ホロは、懐から何個目かのどらやきを、こっそり取り出して頬張っているところだった。
「……最近は、この食いしん坊の面倒を見るのに、金がかかって仕方がない」
「ぬしの稼ぎが悪いからではないのか?」
「お前が食うからだ!」
その掛け合いに、ムコーダは思わず吹き出した。
「いいなあ。なんか、うちの連中と同じ空気を感じます」
「それは光栄ですが、複雑ですね」
二人は顔を見合わせて、笑い合った。
一方、焚き火の反対側では、ホロとフェルが、並んで腰を下ろしていた。
「ぬしにも、故郷は、あるのかの」
ホロが、ふと、そんなことを尋ねた。その声は、いつもの軽口とは少し違って、穏やかだった。
「……我に、故郷と呼べるものはない」
フェルは、金色の目で、燃える炎をぼんやりと眺めた。
「長い間、一人で生きてきた。それが当たり前だと思っていた。だが、な」
ちらりと、フェルの視線が、ムコーダの背中に向いた。
「今は、悪くない。……勘違いするな。飯が旨いからだ」
「くふ、くふふふ。素直でないのう」
「貴様こそ、似たようなものではないのか」
「わっちも、人のことは言えぬがの。……ぬしの連れは、あの気弱そうな男は、よい男じゃ。大事にせい」
「言われずとも、分かっておる」
そんなやり取りが、聞こえていたのか、いなかったのか。ムコーダは、少しだけ、鼻の奥がつんとした。
(フェル……)
「おい、ムコーダ! 聞こえておるぞ、そのにやけ顔をやめんか!」
「す、すみません!」
夜は、そんなふうにして、穏やかに、賑やかに、更けていった。
七 朝霧の向こうへ
翌朝。草地は、白く深い朝霧に包まれていた。
ロレンスが荷馬車に馬をつなぎ、荷を点検している。ホロは御者台に座って、まだ少し眠そうに、目をこすっていた。
「あの、これ、よかったら」
ムコーダは、小さな包みをロレンスに差し出した。
「昨日のどらやきが、あと五個。それから、焼きそばの袋麺を三袋。ソースも辛子マヨネーズも、ちゃんとついてます。作り方は、昨日見てくれたとおりです」
「いえ、そんな、受け取れません。昨日、あれだけ馳走になったのに」
「遠慮なく。どらやきは、冷たいところに置けば、六日ほどは持つはずですから。北へ行くなら寒いでしょうし、大丈夫だと思います」
「……ありがとうございます。商人は、受けた恩は必ず返すものです」
ロレンスは深々と頭を下げると、荷台から、ずっしりと重い袋を取り出した。
「これを。北の産のリンゴです。ホロの好物なので、道中の分に取ってあったのですが、お礼に」
「リンゴ? いいんですか? スイとドラちゃんが喜びますよ」
「ロレンス! それは、わっちの!」
「お前の分は別に取ってある。安心しろ」
「……ならば、よい」
ホロは、ほっとした顔で、こくりと頷いた。
それから、御者台からひらりと降りて、フェルの前に立った。
「フェル。ぬしの旅の無事を、祈っておる。賢狼の祈りじゃ。ご利益はあるぞ」
「貴様も達者でな。……また会うことがあれば、飯を食わせてやらんでもない」
「くふ。約束じゃぞ」
「勝手に約束するなよ、フェル!」
ムコーダのツッコミに、ホロは、くふふ、と笑った。
「ぬしも、な。あのやきそばと、どらやきと、ひきずり鍋の味は、忘れぬ。また会う日まで、達者でな」
「はい。ホロさんも、クラフトさんも、お元気で」
ホロはひょいと御者台に飛び乗り、ロレンスが手綱を握る。荷馬車が、ゆっくりと動き出した。
朝霧の向こうへ、荷馬車の影が少しずつ溶けていく。ホロが、一度だけ振り返って、大きく手を振った。
「……ホロ、楽しかったか」
「うむ。世の中には、まだまだ、わっちの知らぬ旨いものがあるのじゃのう」
「その分、財布が軽くならないことを祈るよ」
「くふ。ぬしの稼ぎに、期待しておるぞ」
霧の中に、そんな声が、遠ざかっていった。
見送っていたムコーダは、ほうっと息を吐いた。
「……不思議な人たちだったなあ」
「あの狼、なかなか面白い奴だった」
「お前が人を褒めるなんて、珍しいな、フェル」
「褒めてはおらん。事実を述べたまでだ」
「はいはい」
そのとき、ドラちゃんが、ムコーダの肩にぽんと降りてきた。
「なあ、ムコーダ。どらやき、まだ残ってねえか?」
「お前なあ……」
「あるじー、スイも、おなかすいたー!」
「我もだ。朝の分が必要だ」
三方向から、いつもの、あの声が響く。
「さっき朝飯を食ったばっかりだろうがーっ!」
ムコーダの絶叫が、朝霧の晴れかけた空に、のどかに吸い込まれていった。
今日も、御一行の腹ペココールは、絶好調である。
(了)