ニワカなので指摘あればお願いします
「また来たんですか」
窓から滑り込んできた黒猫が、床に降りるなり人の姿に戻ったのを見て、俺は言った。ここ最近、二階の窓から猫が入ってきて人になるのが、当たり前になりつつある。
「そんなに頻繁に来てたら、グレモリー先輩にバレますよ」
「大丈夫よ。だってここの監視ざるだもの」
黒歌はあっさり言って、着物の裾を払った。
……ざる。あのリアス・グレモリーの縄張りを、ざる呼ばわりである。
……いや、否定できない。原作でも、堕天使に町で好き放題されていた。
「最近カラスがうるさいのに、まだ気づいてないんだにゃん」
カラス、と口の中で繰り返して、すぐに意味が分かった。堕天使だ。兵藤先輩は、もう悪魔になっている。この町のどこかで、原作の一巻が今まさに進んでいるのだ。
関わらないと決めている。だから、それ以上は考えないことにした。窓の鍵も、もうかけていない。どうせ開けられるのだから、窓枠を傷つけられないだけましだ。
気づけば、黒歌はもうベッドの上にいた。そして布団の真ん中には、先客がいた。
「シャーッ」
「はいはい、こんばんは」
黒歌は気にも留めずにクロの隣へ寝転がった。クロは耳を伏せたまま、じりじりと尻を黒歌のほうへ寄せていく。黒歌も負けじと、肘で場所を押し返す。一人と一匹が、俺の布団の上で無言の陣取り合戦を始めた。
「……あの、それ俺の布団なんですけど」
「知ってる」
「シャーッ」
知っているなら、どいてほしい。結局その夜は、黒歌が右半分、クロが左半分、俺が床という配置で落ち着いた。家主の扱いについては、まだ納得していない。
それから黒歌は、数日おきにやってくるようになった。来る時間は決まっていない。夕飯の後のこともあれば、日付が変わってからのこともある。ただ、来る前には必ず、仙術で町じゅうを一度撫でていくらしかった。グレモリー先輩の眷属が近くにいる夜は、黒歌が窓を一度だけ叩いて、それきり気配が消える。外を移動する時は決まって猫の姿で、人の姿に戻るのは窓を閉めてからだった。ざる呼ばわりしているわりに、用心深い。
そして来るたびに、ベッドの真ん中を巡る争いが起きた。
ある夜、黒歌は煮干しの袋を提げてきた。
「ほーら。お近づきの印」
差し出された一本を、クロは鼻先でしばらく嗅いでいた。それから黒歌の顔を見上げ、前脚で煮干しを布団の外へはじき出した。
「……え、今の、捨てた? 猫なのに? 煮干しだよ?」
「そいつ、カリカリ以外あんまり食べないんですよ。七年それで通してきたんで」
黒歌は床に転がった煮干しを拾い上げると、なんとも言えない顔で自分の口に放り込んだ。猫又の矜持がどこかで傷つく音を、聞いた気がした。
またある夜は、クロがトイレに立った隙に、黒歌が先に真ん中を取った。勝ち誇った顔で枕を抱えていられたのは五分ほどで、戻ってきたクロは迷いなく黒歌の顔の上に乗った。
「重っ……! ちょ、この子何キロあるの」
「標準ですよ。獣医にも、ちょうどいいって言われてます」
「嘘でしょ!」
勝敗は、だいたいクロのほうに傾いていた。黒歌いわく、ただの猫相手に本気を出すのは大人げないらしい。本気を出していないわりに、毎回ちゃんと悔しそうだった。
困ったのは、母さんのほうだった。
「遼。最近、夜中に部屋で誰かと喋ってない?」
朝飯の席で、味噌汁をよそいながらさらりと聞かれた。電話、と答えると、母さんはふうん、とだけ言って、それ以上は聞かなかった。その日の夕飯は、なぜか赤飯だった。父さんは何も聞かずに二杯おかわりした。
息子の部屋に夜な夜な来ているのがSS級のはぐれ悪魔だと知ったら、この人たちはどんな顔をするだろう。たぶん、もう一回赤飯を炊く。
*
ある夜、黒歌はベッドに寝転がったまま、机に向かって気を練る俺をじっと眺めていた。
稽古のない日の夜は、こうして臍の下の灯りを確かめるのが習慣になっている。
修行は、今も続けている。
朝のランニングも、道場での稽古も、今までどおり続けている。
ただ、以前ほど身が入らなくなっていた。
七年間、俺はクロを黒歌だと思い込んでいた。追っ手から守らなければならない。いざという時には、一緒に逃げられるくらい強くならなければならない。
そう思って、必死に鍛えてきた。
ところが、守ろうとしていた相手はただの猫だった。
もちろん、だからといって修行が無意味になったわけではない。
クロも、父さんも母さんもいる。何より、この町が危険なのは変わらない。
それでも、あの頃の必死さは、どこかへ行ってしまった。
最近は稽古を終えても、以前のように居残って木刀を振ることが減った。
今夜も、いつものように気を練っているだけだ。
「……ねえ、それ何してるの」
「気の練習です」
「へえ」
黒歌は枕に顎を乗せて、しばらく黙って見ていた。
それから、一言だけ言った。
「雑」
「は?」
「雑すぎ。お腹で集めたのを、ホースで水撒くみたいに外へ出してる。それじゃすぐ空っぽになるし、周りにも丸分かり。あんたがどこにいるか、気配だけで町の反対側からでも分かるよ」
六年の修行を、一言で片付けられた。しかも、ホースで水撒き。爺さんが聞いたら泣くか怒るか、たぶん晩酌の量が増える。
「それより、気はどこかで教わったの?」
「近所の道場です。九歳の頃から通ってて」
「道場?」
黒歌は枕から顔を上げて、まじまじと俺を見た。
「なんで普通の道場で、気が身につくのよ。変なの」
「師範の家が、昔は化け物退治の家だったらしいです。本人は昔話だって笑ってましたけど」
「へえ。今時そんな道場、まだ残ってるのね」
「……じゃあ、どうすればいいんですか」
「教えてほしい?」
金色の目が、楽しそうに細くなる。嫌な予感しかしなかったが、背に腹は代えられない。この町の空には今、カラスが飛んでいるのだ。
「……お願いします」
「よろしい」
黒歌はベッドから降りると、椅子の後ろに回った。指先が、背骨の真ん中あたりにとん、と触れる。
「ここ。出すんじゃなくて、回すの。お腹からここ、ここから頭のてっぺん、そこからまたお腹。ぐるぐる」
「ぐるぐる」
「そう、ぐるぐる」
説明は、それで終わりだった。他にはないのかと聞くと、黒歌は不思議そうに首を傾げて、ないよ、感覚だもん、と言った。SS級の指導は、想像していたよりずっと大雑把だった。
言われたとおりにやってみる。臍の下の灯りを外へ逃がさず、背中へ押し上げる。半分ほど上ったところで、何かに引っかかったように詰まった。無理に押し込むと、胃のあたりがぐるりとひっくり返りかける。
「うっ」
「あ、無理に押すと酔うにゃ」
「先に言ってくださいよ」
「にゃはは。言ったら面白くないでしょ」
それから、黒歌が来る夜は、ベッドの取り合いの合間に気の練習を見てもらうのが恒例になった。教え方は毎回適当で、「もっとふわっと」「そこはきゅっと」「今のは、にゃーって感じ」と、擬音ばかりが増えていく。にゃーとは何なのかを真剣に考えているうちに、窓の外が白み始めた夜もあった。
それでも一週間ほど経った頃、灯りが背中を通り、頭を抜けて、腹の底へ戻ってきた。体の中を何かが静かに巡っていて、外へは一滴も漏れていない。
「……できた」
「お、ほんとだ」
黒歌は意外そうに目を瞬かせて、それから少しだけ口の端を上げた。
「一週間で回せるようになるとは思わなかった。あんた、案外筋がいいかもにゃん」
「……やればできるもんですね」
「そうねぇ。最初はずいぶん適当だったけど」
「……分かります?」
「そりゃあね。あんな雑な気の使い方してたんだもの」
返す言葉もない。
「最近、ちょっとやる気が出なくて」
「あら、どうして?」
「……七年間、必死になって守ろうとしてた相手が、ただの猫だったんで」
黒歌は一瞬きょとんとして、それから口元を押さえた。
「ぷっ……にゃはは! まだ引きずってるの?」
「笑い事じゃないんですよ」
「ごめんごめん。……でも、そうねぇ」
黒歌は少し考えるように首を傾げた。
それから、何かを思いついたように目を細める。
「じゃあ、お姉さんが新しい理由をあげようかにゃ?」
「……理由?」
黒歌が、すっと顔を近づけてきた。
「お姉さん、強い男の子は嫌いじゃないにゃ」
「…………」
「ほら、初恋の相手にそんなこと言われたら、頑張っちゃうでしょ?」
「……その話、いつまで引っ張るんですか」
「飽きるまでかにゃ?」
にゃはは、と楽しそうに笑う。
……この女、絶対に面白がっている。
分かっている。
分かっているのだが。
前世からの推しにそんなことを言われて、何も感じないほど俺は枯れていない。
……我ながら、単純だと思う。
それでも、久しぶりに、もっと強くなりたいと思えた。
「にゃはは。じゃ、次」
「次?」
「回せるようになったなら、次は使い方。今夜は大丈夫そうだから、木刀持ってついてきて」
*
猫の姿の黒歌に先導されて辿り着いたのは、町外れの古い神社だった。
七年前、雨の中でクロを拾った場所だ。境内に足を踏み入れると、黒猫は人の姿に戻って、指先を軽く振った。夜の空気が、薄い膜を一枚かぶせたように静かになる。虫の声が遠のいて、杉林のざわめきまで聞こえなくなった。
「結界。この中なら、ちょっとくらい暴れても外には漏れないから」
「……SS級のはぐれなのに、こんなに出歩いて大丈夫なんですか」
「大丈夫じゃないから、こうしてるの」
黒歌は結界の縁を指でなぞって、綻びがないかを確かめていた。一度張った膜の上に、もう一枚、さらにもう一枚と重ねていく。いつになく、真面目な手つきだった。
「見つかったら、私だけじゃ済まないもん」
誰が済まないのかは、言わなかった。
「で、何をするんですか」
「組み手。あんたは木刀で、私に一回でも当てたら合格。私は、まあ、適当に」
黒歌は賽銭箱の前に立ったまま、片手を後ろに回した。構えるつもりすらないらしい。
六年分の稽古をなめられている気もしたが、相手はSS級だ。なめてもらえるうちが華だろう。木刀を正眼に構え、臍の下の灯りを回す。踏み込んで、胴を狙った。
当たる、と思った瞬間には、黒歌はもう半歩横にいた。木刀は夜の空気だけを切り、つんのめった俺の額を、細い指先がぴん、と弾いた。それだけで目の奥に火花が散って、気づけば砂利の上に尻もちをついていた。
「へえ。体と技は、ちゃんとできてるじゃない。なりたての悪魔くらいなら、今の一振りで転がせるよ」
褒められたのかと思ったが、黒歌はすぐに続けた。
「でも、目で追ってるから遅れるの。私の体を見ても、動いた後しか分からないでしょ」
「……じゃあ、何を見ればいいんですか」
「見るんじゃなくて、感じるの。気が動いてから体が動くんだから、気のほうを追いなさい」
簡単に言ってくれる。立ち上がって、もう一度構えた。目を半分閉じて、体の中で回していた灯りを、気配を探るために今度はわざと薄く外へ広げてみる。目の前にいるはずの黒歌の気配は、霧のようにぼんやり広がっていて、輪郭が掴めなかった。
次の踏み込みは、足払いで終わった。その次は、木刀の切っ先を指二本でつままれて、そのまま放り投げられた。そこから先は、もう覚えていない。砂利の痛さだけは、よく覚えている。
「はい、今日はおしまい。あんた、受け身も上手いね」
「……爺さんに、最初に叩き込まれたので」
その夜、帰ってきたのは午前三時を過ぎた頃だった。布団に潜り込んだと思ったら、もう窓の外が明るくなっていて、胸の上ではクロが朝飯を催促していた。
*
それから、黒歌が「今夜は大丈夫」と言った夜だけ、神社で組み手をするようになった。
黒歌の修行は、組み手だけでは終わらなかった。ある夜は、境内のどこかに気配を消して隠れた黒歌を探させられた。見つけるまで帰れない。杉林の中で、ようやく掴んだと思った小さな気配に飛びつくと、腕の中にいたのは本物の野良猫だった。黒い、尻尾が一本の猫に、思い切り引っかかれた。
「にゃはは! この辺、黒い猫多いもんね」
本殿の屋根の上から、黒歌の笑い声が降ってきた。
またある夜は、組み手の最中に、黒歌が指先でこちらの気をかき乱してきた。体の中で回していた灯りが急に逆流して、膝から力が抜ける。地面がぐらりと傾いて、立っていられなくなった。
「戦ってる時に、相手が素直に待ってくれると思っちゃだめ。乱されたら、まずお腹に戻す。下っ端のカラスならともかく、ちょっと手強いのが相手だと、それだけで終わりだよ」
吐き気をこらえながら、言われたとおり、散らばった灯りを臍の下へかき集める。一度集まりかけたところで、黒歌がまた指を振った。また崩れる。また集める。神社の砂利の冷たさを、頬で覚えた夜だった。
梅雨に入る頃には、黒歌の気配が、霧ではなく輪郭を持って感じられるようになってきた。どちらへ動こうとしているのかが、体より先に、ほんのわずかに分かる。分かったところで、体が追いつかないのが問題だったが。
その夜も、黒歌は賽銭箱の前で、片手を後ろに回していた。
踏み込む。黒歌の気が右へ流れるのを感じて、木刀の軌道を無理やりねじ曲げた。腕が軋んで、手首が悲鳴を上げる。切っ先が、着物の袖をほんのかすかに掠めた。
次の瞬間には、いつものように額を弾かれて、砂利の上に転がっていた。
「……今の、当たりましたよね」
「袖だけにゃ」
黒歌は掠められた袖を、指でつまんで眺めていた。それから、珍しく笑わずに言った。
「ま、今のはちょっとだけ合格にしてあげる」
本気でなかったことくらいは分かる。後ろに回した片手は最後まで出てこなかったし、黒歌は自分から一歩も前に出てこなかった。それでも、仰向けに見上げた夜空は、いつもより少しだけ広く見えた。
*
その頃から、黒歌は時々、猫の姿のまま部屋に居座るようになった。
ある晩、机で課題を広げていると、窓の外でかりかりと音がした。カーテンを開けると、窓枠に黒猫が一匹座っている。艶のある毛並みの後ろで、尻尾が二本、ゆらりと揺れた。
「……何してるんですか」
「にゃあ」
わざとらしい鳴き声だった。窓を開けると、黒猫はするりと入ってきて、迷わず俺の膝に飛び乗った。クロより一回り小さくて、軽い。膝の上で丸くなって、喉を鳴らし始める。芸が細かい。
金色の目が、下から俺を見上げた。撫でろ、と言っている。
……撫でていいのか、これ。中身は推しだ。猫の姿をしているだけで、推しだ。それを撫でる。前世の俺が聞いたら、たぶん正座させて説教してくる。迷っているうちに黒猫が頭で俺の手を押し上げてきたので、仕方なく耳の後ろを掻いてやった。黒猫は目を細めて、一段大きな音で喉を鳴らした。
床の上で、クロが固まっていた。
七年間、俺の膝はクロの場所だった。本を読んでいる時も、課題をしている時も、膝が空けば当然のように乗ってきた。その膝に、知らない黒猫が乗っている。クロはゆっくりと立ち上がって足元まで歩いてくると、膝の上の黒猫を見上げた。黒猫も、膝の上からクロを見下ろす。
……なんだ、この空気。
「シャーッ」
クロが椅子に前脚をかけて、膝によじ登ろうとする。黒猫は一歩も引かずに、二本の尻尾でクロの顔をはたいた。
「おい、やめろ」
どっちに言ったのか、自分でも分からなかった。とりあえずクロの頭を撫でると、膝の上から不満そうな声がする。黒猫の顎を掻くと、足元から抗議の声が上がる。結局、両手で同時に撫でることにした。右手でクロ、左手で黒猫。どちらかの手が止まると、止まったほうから即座に鳴き声が飛んでくる。課題は一行も進まなかった。
しばらくして、膝の上の重さがふっと消えた。顔を上げると、人の姿に戻った黒歌がベッドの縁に腰掛けていた。
「ふーん。猫の時は、ああやって撫でるんだ。耳の後ろ、もうちょっと強くてもいいかにゃ」
「感想を言わないでください」
「にゃはは。悪くなかったにゃ」
黒歌は猫の姿に戻ると、窓の外へ溶けていった。足元では、クロがようやく膝によじ登って、満足そうに丸くなっていた。左手には、まだ少し温かさが残っていた。
*
梅雨のさなかの昼休みは、教室で弁当を食べる生徒が多い。窓の外は朝からずっと灰色で、小猫は隣の席で、相変わらず俺の倍はある弁当を黙々と片付けていた。食べ終わる頃合いを見て菓子の袋を開けると、隣から視線が刺さる。一つ差し出すと、小猫は無言で受け取った。このやり取りにも、すっかり慣れた。
「……今日のクロさんは」
スマホを渡すと、小猫は昨夜撮った一枚に指を止めた。布団の上で耳を伏せて、何かを睨みつけているクロだ。
「……最近のクロさん、機嫌が悪そうな写真が多いです」
「ああ。最近、ライバルが増えてさ」
「……ライバル」
「窓から入ってくる黒猫がいるんだよ。そいつとクロが、来るたびに布団の真ん中を取り合ってる」
言ってから、余計なことを言ったと思った。小猫は画面を見たまま、少しだけ首を傾げた。
「……この辺り、黒い猫が多いんですね」
「……そうだな。多いな」
多いというか、うちに二匹いる。うち一匹は、お前の姉ちゃんだ。
「……今度、その子も見てみたいです」
危うく、菓子の袋を握り潰しかけた。
小猫に呼び止められたのは、それから数日後の放課後だった。
「……あの。駅前のケーキ屋さんの限定タルト、お一人様一つまでなんです」
「へえ」
「……なので」
小猫はそこで言葉を切って、じっと俺を見た。続きは言わなかったが、言いたいことは十分すぎるほど伝わってきた。
放課後でも、駅前の店先には行列ができていた。並んでいるのはほとんどが女子高生と、彼女に連れてこられたらしい男子で、周りから見れば俺たちもその一組にしか見えないだろう。小猫は気にした様子もなく、店先の黒板に書かれた限定の文字を真剣な顔で読んでいる。
ようやく順番が来て、限定のベリータルトを二つ受け取った。店の奥の小さなテーブルで向かい合うと、小猫は自分の分をきっちり平らげて、それから俺の前の皿をじっと見た。
「……食べないんですか」
「どうぞ」
二つ目のタルトも、きれいになくなった。最初からそのつもりだったのは分かっている。俺の役目は、お一人様をもう一人増やすことだった。
店を出ると、小猫は少しだけ歩く速度を落として、俺の隣に並んだ。
「……ありがとうございました。クロさんにも、何かお土産を買えばよかったです」
「猫にケーキはだめだろ」
「……そうでした」
少し残念そうにそう言って、小猫は帰り道ずっと、来月出るという次の限定の話をしていた。どうやら俺は、お一人様要員として定着したらしい。
*
その間にも、原作は着々と進んでいたらしい。部活の合宿だと言って、小猫が一週間以上学校を休んだ時期があった。ある夜には、学園の方角から肌が粟立つほど重い気配が流れてきて、俺はクロを抱えたまま、朝まで窓の外を眺めていた。翌日の学校は何事もなかったように平常どおりで、小猫もいつもどおり菓子を受け取りに来た。関わらないと決めた以上、それでいい。
梅雨が明けて、学校はもうすぐ夏休みに入ろうとしていた。
その夜も、黒歌はいつものように窓から入ってきて、いつものようにベッドの真ん中でクロに威嚇された。そこまでは、いつもどおりだった。
帰り際、窓枠に足をかけたところで、黒歌が振り返った。
「そうそう。明日の夜は、学校に近づかないほうがいいわよ」
「……どうしてですか」
「なんでも。忘れ物しても、取りに行っちゃだめよ」
にゃはは、と軽く笑うと、黒歌は猫の姿に戻って、夜の中に消えた。
明日の夜。駒王学園。思い当たることが、一つだけあった。三大勢力のトップがあの学園に集まって和平会談を開き、そこへテロリストが攻め込んできて、時間が止まる。そして、白龍皇が裏切る。原作四巻、停止教室のヴァンパイアだ。
誰かに伝えるべきか、とも思った。けれど、何をどう言えばいい。猫耳のはぐれ悪魔から聞きました、とでも言うのか。
布団の真ん中では、クロがもう寝息を立てていた。
その夜は、ほとんど眠れなかった。
それでも、まだ他人事のつもりでいた。
原作で何が起きようと、俺は関わらない。これまでだって、そうしてきたのだから。
……まさか、そう遠くないうちに、その決意を覆すことになるとは思ってもいなかった。
ハイスクールD×DとAIって相性悪いですね...
下ネタ系が結構弾かれる。プロンプト見直します