研究室の机に、いくつもの資料が並んでいた。
人間の魂を加工した記録。融合実験の結果。失敗した組み合わせと、安定した組み合わせ。
これまでに集めた情報を整理しながら、私は次の工程について考えていた。
魂同士を融合させる。
言葉にすれば簡単だけれど、実際にはそう上手くいかない。
魂にはそれぞれ固有の形がある。生まれてからの経験や記憶、肉体との結びつき方。そうしたものが積み重なって、個々の魂を形作っている。
その違いが、魂同士の反発を生む。
これまでは、反発が起きてから無為転変で調整していた。けれど、それでは効率が悪い。融合が始まってから形を整えるよりも、最初から反発しにくい状態にしておいた方がいい。
だから、融合の前に処理する。
記憶に関わる部分を整理し、肉体の機能を担う部分も必要に応じて調整する。個々の魂を、そのままの形でぶつけ合わせるのではなく、互いに馴染みやすい状態にしておく。
イメージとしては、前世で読んだ『メイドインアビス』のカートリッジに近い。
ただし、あちらのように肉体を加工するわけではない。
私が扱うのは魂だ。
無為転変によって魂の構造そのものを調整し、不要な反発を生む部分を処理する。そうして融合に適した材料を作る。
この方法なら、これまでよりも大量の魂を一つにまとめられるはずだった。
「……よし」
私は資料を閉じた。
まずは試作型を作る。
羂索に渡すためのものだ。
彼との約束を果たすためにも、そろそろ具体的な成果を見せたい。
それに、今回の製造は私自身の賢者の石を作るための予行演習でもある。
材料の選定から加工、融合、完成後の性能試験まで。一通りの工程を確立しておきたい。
試作型には、様々な人間の魂を使う。
私自身のものとは違う材料構成になるけれど、魂を大量に融合させて呪力を蓄えるという基本的な仕組みは同じだ。
ただし、用途は最初から決めておく。
賢者の石は、完成した後に何にでも使える便利な道具ではない。製造する段階で、どのような働きをさせるのかを決め、それに合わせて調整する必要がある。
結界に使うなら、どのような結界に使うのか。
呪具に使うなら、どの呪具に組み込むのか。
爆弾にするなら、最初から爆弾として作る。
今回は、爆弾だ。
羂索に渡す最初の成果物として、分かりやすいものがいい。
それに、呪力の貯蔵と放出だけなら、複雑な制御を組み込む必要もない。
私は材料を確認し、製造を始めた。
*
最初に行うのは、魂の一次加工だった。
保管していた魂を取り出し、無為転変で形を整えていく。
記憶に関わる部分を処理する。肉体の機能を担う部分も、融合の妨げにならないよう調整する。
もちろん、すべてを同じ形にするわけではない。
魂の形を保つために必要な部分まで失わせれば、材料として使えなくなる。必要なものを残し、反発の原因になる部分を整理する。
その加減が重要だった。
一つずつ処理し、状態を確認する。
加工した魂は、次の工程に回せるように並べていく。
以前は、魂を融合させようとすると、互いに押し返すような反応が起きていた。
無理に一つにまとめようとしても、境界が残る。融合したように見えても、時間が経つと分離してしまう。
けれど、今回は違う。
加工を終えた魂同士を近づけると、以前ほど強い反発は起こらなかった。
互いの形がぶつかり合うのではなく、少しずつ馴染んでいく。
「おお……」
私は思わず声を漏らした。
魂の境界が滑らかに変化している。
一つの魂が別の魂を押し潰すのではない。互いの形を調整しながら、ゆっくりと一つの塊へまとまっていく。
これまでの実験とは明らかに違う。
私はその変化を細かく観察し、記録した。
融合の途中で生じる小さな反発は、無為転変で調整できる範囲に収まっている。大きく形を崩すこともなく、全体として安定していた。
この方法なら、もっと多くの魂をまとめられる。
私は次の魂を加えた。
また一つ、境界が溶けていく。
さらに一つ。
さらにもう一つ。
少しずつ、塊が大きくなっていった。
その過程を見ていると、まるで異なる色の液体が混ざり合っていくようだった。
個々の魂は、もう元の形をほとんど残していない。
けれど、完全に消えてしまったわけでもない。
それぞれが持っていたものを残しながら、全体として一つの魂の塊を形成している。
私はその状態を確認し、次の工程へ進んだ。
*
融合した魂を安定させ、呪力を蓄えられる形に整える。
今回は爆弾として使うため、呪力を一気に放出できるように調整する必要がある。
通常の動力源とは違い、出力を細かく制御することは目的ではない。貯蔵した呪力を、必要なときにまとめて解放できればいい。
そのための構造を作っていく。
魂の塊を包み込むように形を整え、内部に呪力を蓄える。
少しずつ呪力が集まり、全体に満ちていく。
私は形状を調整しながら、外側を結晶状に整えた。
赤い色が浮かび上がる。
透明感のある赤ではない。内部に何かが渦巻いているような、深い赤色。
私はそれを見つめた。
前世で知っていた作品の中に、似たものがあった。
『鋼の錬金術師』。
その作品に登場する賢者の石は、人間の命を材料として作られた赤い宝石だった。
もちろん、私が作っているものは、あちらと同じものではない。
錬金術ではなく、呪術。
材料の扱い方も、製造方法も違う。
けれど、複数の人間の命を一つの宝石にまとめ、それを大きな力の源として利用する。
発想の出発点としては、あの賢者の石に近かった。
「賢者の石、かぁ」
私は赤い宝石を手に取った。
光を受けて、内部の赤が揺らめく。
綺麗だ。
とても綺麗なものができたと思う。
これだけの数の魂をまとめ、ようやく一つの形にできた。
私は宝石を傾けながら、内部の状態を確認した。
魂の融合は安定している。呪力も十分に蓄えられている。爆弾としての構造も、今のところ問題はなさそうだった。
試作型賢者の石。
これで完成だ。
*
完成した賢者の石を、私は羂索のもとへ持っていった。
「できたよ」
「……これが?」
「うん。試作型の賢者の石」
羂索は私の手元にある赤い宝石を見つめた。
「随分と綺麗なものを作ったわね」
「でしょ?」
「これに、どれほどの魂が入っているの?」
「何百人分かだよ」
「何百人……」
羂索は宝石を受け取り、様々な角度から眺めた。
「それだけの魂を、一つにまとめたのね」
「そうだよ。前に話した通り、魂同士が反発しないように、先に加工しておいたの」
「以前の実験とは違う方法?」
「うん。最初から反発しにくい形にしておけば、融合もずっと簡単になるんだよ」
「力ずくで押し込むのではなく、互いに馴染むように整えるのね」
「そういうこと」
羂索は宝石を手の中で転がした。
「それで、これは何に使えるのかしら?」
「今回は爆弾だよ」
「爆弾?」
「蓄えた呪力を一気に放出するの。普通の動力源として使うこともできるけど、これは最初から爆弾用に調整してあるから、他の用途には使い回せないよ」
「用途ごとに作り分ける必要がある、と」
「うん。結界に使うなら、どんな結界に使うのかを決めておかないといけないし、呪具に使うなら、その呪具に合わせて調整しないといけないの」
「完成してから変更することは?」
「少しならできるよ。でも、大きく変えるのは無理かな」
「なるほどね」
羂索は宝石を見つめた。
「それで、爆弾としての威力は?」
「まだ実験してないから、正確には分からないよ」
「あなたが作ったのに?」
「作ったからって、実際に爆発させてみないと分からないこともあるでしょ?」
私は笑った。
「だから、一緒に実験しようよ」
羂索は少しだけ目を細めた。
「いいわ。私も興味があるもの」
*
実験場所は、人里から離れた広い場所にした。
周囲に建物はなく、ある程度の距離を取れば、爆発の影響が及ぶこともない。
私は賢者の石を地面に置き、羂索と並んで少し離れた場所に立った。
「どうすればいいの?」
「ここに呪力を流して、内部の制御を解除するの。そうすると、蓄えた呪力が一気に外へ出るよ」
「あなたが操作するのね」
「うん」
私は手を伸ばし、賢者の石に意識を向けた。
内部に蓄えられた呪力が反応する。
その量は、私自身が持つ呪力量と同程度だった。
呪力を新しく生み出すことはできない。蓄えたものを放出するだけ。使い切れば、それで終わりだ。
けれど、今回はその一度きりの放出を、最大限に活用するために作った。
「じゃあ、いくね」
「ええ」
私は制御を解除した。
次の瞬間。
視界が赤く染まった。
轟音。
地面が大きく揺れ、爆風が周囲を薙ぎ払う。
爆発の中心から、膨大な呪力が一気に広がっていった。
私は目を見開いた。
「……え?」
想定していた規模を、明らかに超えている。
爆風が収まるまで、しばらく時間がかかった。
やがて、周囲が静かになる。
爆発の中心には、大きく抉れた地面が残っていた。
私はその光景を眺めた。
「……すごいね」
思わず呟いた。
羂索も、少しの間、何も言わなかった。
「これは……」
「うん。思っていたより、ずっと強いね」
私は頭の中で計算をやり直した。
賢者の石に蓄えられていた呪力量は、間違いなく私自身の総量と同程度だった。
それだけなら、これほどの規模にはならないはずだ。
放出効率の問題だろうか。
いや、それだけでは説明できない。
私は爆発の中心に残った痕跡を見つめた。
「……ああ」
私は小さく声を漏らした。
「そういうことか」
「何か分かったの?」
「うん。これ、呪力量だけの問題じゃないんだ」
私は賢者の石が置かれていた場所を見つめた。
石に蓄えられていた呪力量は、事前に測定した値と大きく変わらない。放出効率も、想定から外れているわけではなかった。
それなのに、結果は予測を大きく上回った。
原因は、石の材料にある。
この賢者の石を構成しているのは、何百人分もの魂だ。そして爆弾として使用したことで、そのすべてが一度に失われた。
単に石を壊したのではない。
何百人分もの命を、一度きりの攻撃に費やしたのだ。
「……もしかして、これが縛りになってる?」
「縛り?」
「うん。使ったら終わり。しかも、材料になった命を全部使い切る。そういう条件が、呪力の量とは別に威力を引き上げているんじゃないかな」
羂索は爆発の跡を眺めた。
「なるほど。消費するものが大きいほど、得られる効果も大きくなるということかしら」
「たぶんね。少なくとも、今回の結果はそれで説明できそう」
私は記録を取るため、頭の中で考えを整理した。
賢者の石は、ただ呪力を蓄えるだけの道具ではない。
材料となった命を一度に使い切ることで、通常の呪力放出では得られない威力を引き出している。
これは面白い。
次に作るものにも応用できるかもしれない。
「羂索でも、これを至近距離で受けたら危ないんじゃない?」
「そうね。まともに直撃すれば、私でも無事では済まないでしょうね」
「そっか。よかった」
私は満足して頷いた。
今回の実験で、いくつものことが分かった。
魂を加工して融合させる方法は、十分に実用化できる。呪力を蓄えることも、放出することもできる。そして、用途に合わせた縛りを組み込めば、さらに大きな力を引き出せる。
試作型としては、十分な成果だろう。
「これ、羂索にあげるね」
「いいの?」
「うん。約束してたものだし」
「ありがとう。大切に使わせてもらうわ」
羂索は赤い宝石を受け取った。
その表情は、いつも通り穏やかだったけれど、目は宝石から離れていなかった。
彼にとっても、興味深い成果だったのだろう。
私はそれを見て、満足した。
*
研究室に戻った私は、すぐに今回の実験結果をまとめた。
魂の加工方法。
融合の安定性。
呪力の貯蔵量。
放出時の威力。
そして、縛りによる威力の上昇。
特に最後の点は重要だった。
賢者の石は、用途によって構造を調整する必要がある。今回のように爆弾として作る場合、材料となった命を使い切ることが縛りとして作用する。
結界や呪具に使う場合は、また違った設計が必要になるだろう。
それでも、基本となる技術は確立できた。
試作型は完成した。
羂索に渡すものとしても、十分な成果になったと思う。
けれど、私が本当に作りたいものは、これではない。
今回の試作型は、様々な人間の魂を材料にしたものだ。
私自身の賢者の石には、もっと適した材料がある。
胎児の魂。
生まれてからの経験を持たず、個体差が少なく、加工材料として十分な強度を持つ魂。
実験を通じて、その適性は確認できている。
これを主材料にすれば、もっと理想的な賢者の石が作れるはずだ。
それに、試作型にはなかった構造も組み込むつもりだった。
ただ呪力を蓄えるだけではない。
私自身のためのもの。
私がこれから作る賢者の石は、私の身体の一部として機能するものになる。
「ふふっ」
私は資料を閉じた。
試作型は、あくまで第一歩。
ここからが本番だ。
次は、私自身の賢者の石を作ろう。
どんなものができるのか、今から楽しみだった。