FINAL FANTASYⅦ〜怪しい薬屋〜   作:薬師丸

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第7話『夜に託すお守り』

 

 *

 

 一方、その頃――。

 

 夕暮れに染まるミッドガル。

 プレートの上にそびえ立つ神羅カンパニー本社ビルは、傾き始めた陽光を受け、その巨大な輪郭を朱色に染めていた。

 

 その地下三階。

 

 タークスのオフィスへと続く廊下を、ツォンが歩いていた。

 上司への報告を終えたばかりだった。

 手にした書類に目を落としながら、慣れた足取りで廊下を進む。

 やがて目的の扉の前へ辿り着くと、ツォンは静かにドアを開いた。

 

「……戻った」

 

 室内へ足を踏み入れた途端、その眉がわずかに動いた。

 

 レノがいた。

 

 椅子の背にもたれ、両足を机の上へ投げ出している。

 まるで自室でくつろいでいるかのような姿だった。

 

「……はぁ」

 

 ツォンは小さくため息をつく。

 

 その音に気づいたのか、レノが顔だけをこちらへ向けた。

 

「あ、お疲れ様っす、主任」

 

 相変わらずの調子だった。

 足を下ろす気配すらない。

 

 ツォンは額へ指先を当てた。

 注意するべきかとも思ったが、どうせ今さら言ったところで大して変わらない。

 ひとまず、そのまま自分の机へ向かった。

 

 ふと、視界の端に映ったレノの姿が、ある人物を思い起こさせた。

 かつて、科学部門に所属していた一人の研究者。

 レノとは妙に気が合い、何かと一緒になって騒ぎを起こしていた男だ。

 そのたびに、こちらが巻き込まれることも少なくなかった。

 思い返せば、実に厄介な相手だった。

 

 

 

 

 ……いや。

 

 

 

 

 今はもう、元研究者と呼ぶべきか。

 

 ツォンは一瞬だけ眉をひそめた。

 

 あの頃を思い出すと、今でも少々頭が痛い。

 けれど、それ以上の感情が浮かび上がる前に、軽く首を振って思考を断ち切った。

 

「……主任?」

 

 レノが訝しげに声をかける。

 ようやく机から足を下ろし、椅子に座り直した。

 

「どうしたんすか? 例の薬品ルート、何かわかったんすか?」

 

 その問いに、ツォンの手が止まった。

 

 今回の調査で得た情報。

 上層部へ報告した内容。

 そして、その中で確認できた一つの事実。

 

 ツォンはしばらく口を閉ざしていた。

 

 目の前の男に、それを告げるべきか。

 ほんのわずかな逡巡。

 

 やがて、静かに口を開いた。

 

「……あいつが生きていた」

 

「……は?」

 

 レノが目を瞬かせた。

 

「あいつって……誰のことっすか?」

 

 ツォンはレノを見据えた。

 

「……あの爆発で、生き延びていたらしい」

 

 その言葉を聞いた瞬間。

 

 

 

 レノの表情が変わった。

 

 

 

「……マジかよ」

 

 椅子が音を立てた。

 勢いよく立ち上がったレノは、信じられないという顔でツォンを見つめた。

 

「あの爆発で……生きてたのかぞ、と……?」

 

 

 

 

 脳裏に、五年前の光景が蘇る。

 

 

 

 

 激しい爆発。

 

 

 崩れ落ちた施設。

 

 

 炎と煙に包まれた、見る影もない現場。

 

 

 あの惨状を目の当たりにして、生きていると考えられる者などいなかった。

 

 

 

 

 

 それでも。

 

 

 

 

 

 遺体は見つからなかった。

 

 どれほど探しても、本人のものと断定できるものは発見されなかったのだ。

 可能性がなかったわけではない。

 ただ、あまりにも望みが薄かった。

 

「……本当なんすか、主任」

 

「ああ」

 

 ツォンは静かに頷いた。

 

「今は『シオン』と名乗っている」

 

「……シオン、ねぇ」

 

 レノは小さくその名を繰り返した。

 

 聞き慣れない名前。

 だが、その名の向こうにいる男の顔は、嫌というほど覚えている。

 いつも人を食ったように笑っていた研究者。

 平然と冗談を言い、人をからかい、こちらの反応を面白がっていた男。

 

 

 

 だが。

 

 

 

 最後に見た姿は、そうではなかった。

 

 

 

 ――ニブルヘイムの事件のあと。

 

 

 

 タークスを問い詰めた、あのときの表情。

 

 

 普段の余裕など、どこにもなかった。

 

 

 あの男は激昂していた。

 

 

 それまで聞いたこともないような声で、何度も二人のことを問い質してきた。

 

 

 そして、ツォンからある事実を告げられたとき。

 

 

 あの男が浮かべた、絶望にも似た顔。

 

 

 

 

 それからだった。

 

 

 

 

 あの男は、タークスを避けるようになった。

 

 

 廊下ですれ違っても、以前のように軽口を叩くことはない。

 声をかけようとすれば、何かと理由をつけて足早に立ち去ってしまう。

 そして、日に日にその表情は変わっていった。

 目の下には隈が浮かび、以前は絶えなかった笑みも消えた。

 

 

 

 

 まるで、何かに取り憑かれたかのように。

 

 

 何を考え、何を追い求めていたのか。

 

 

 

 

 レノには、わからなかった。

 ただ、あの頃のあいつは、何かに追い詰められているように見えた。

 何度か声をかけようとした。

 けれど、結局まともに話すことさえできなかった。

 

 

 あのとき、何か違う言葉をかけられていたら。

 

 

 そんな考えが浮かぶこともあった。

 もっとも、今さら考えたところで、どうにもならないことだったが。

 

「…………」

 

 レノの表情が、わずかに曇った。

 

 あれほど取り乱した姿を見たのは、初めてだったかもしれない。

 

 

 

 いや。

 

 

 

 あんな顔は、二度と見たくなかった。

 しかし、レノはその記憶を口にしなかった。

 代わりに、ふっと口元を緩める。

 

「……んじゃ、俺も会ったときに言わなきゃいけないぞ、と」

 

 いつもの、いたずらを思いついた子供のような笑みだった。

 

 ツォンはその表情をしばらく見つめていた。

 何を言うつもりなのか。

 聞かずとも、ろくでもないことを考えているのはわかる。

 

「……あまり私情を挟むなよ」

 

「へいへい。わかってますって、主任」

 

 軽い返事だった。

 

 どこまで本気で聞いているのか、怪しいものだ。

 ツォンはそれ以上追及せず、机に書類を置いた。

 ちょうどそのとき、オフィスの扉が開いた。

 

「……戻った」

 

 入ってきたのはルードだった。

 

 レノが軽く片手を上げる。

 

「おう、お疲れさん」

 

 ルードは短く頷き、ツォンへ目を向けた。

 

「報告か?」

 

「ああ。ちょうど始めるところだ」

 

 ツォンは二人を見渡した。

 

「……では、今回の調査について報告する」

 

 レノは椅子へ腰を下ろした。

 

 先ほどまでの緩んだ空気は、すでに消えている。

 ただ、その口元には、かすかな笑みが残っていた。

 

 

 死んだと思っていた男が、生きていた。

 

 

 それだけは、確かなのだ。

 

 

 

 

 

 だが――。

 

 

 

 

 

 このとき、彼らはまだ知らなかった。

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーやがて、その男に対して抹殺命令が下されることをーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 *

 

 

 

 夕暮れの七番街スラム。

 

 プレートの隙間から差し込む夕陽が、街並みを淡い橙色に染めていた。

 昼間の喧騒も少しずつ落ち着き、通りには仕事を終えた住人たちの姿が増え始めている。

 

 そんな中、伍番街から戻ってきたシオンは、片手に花籠を提げて天望荘へ向かっていた。

 

「……ふぅ。少し遅くなっちゃったネェ」

 

 伍番街での用事に、思いのほか時間がかかってしまった。

 セブンスヘブンの営業時間も近づいている。

 

 シオンは天望荘へ到着すると、一階にある自室の前で足を止めた。

 懐から鍵を取り出し、鍵穴へ差し込む。

 かちゃり、と小さな音がした。

 

「――シオン!」

 

 背後から聞き覚えのある声が飛んできた。

 シオンは鍵に手をかけたまま、ゆっくりと振り返る。

 

「……おや、ジェシーちゃん。どうしたんだイ?」

 

 そこにいたのはジェシーだった。

 

 少し急いでいたのか、彼女は軽く息を弾ませている。

 その視線が、シオンの持つ花籠へ一瞬だけ向けられた。

 だが、すぐに彼の顔へ戻る。

 

「ねえ、昼間言ってた相談なんだけど。今、いい?」

 

「んふふ。もちろんだヨ。例の件かナァ?」

 

「うん。壱番魔晄炉のこと」

 

 ジェシーは周囲を見回し、少し声を落とした。

 

「どう考えてもおかしいのよ。私が計算した威力じゃ、あそこまで被害が広がるはずなかった」

 

 いつもの明るい口調とは違い、その声には苛立ちにも似た焦りが混じっていた。

 

「起爆装置だって、計算どおりに作ったつもりだった。なのに……」

 

 言葉を切り、唇を噛む。

 

 シオンは口を挟まず、続きを待った。

 

「魔晄の状態とか、周囲の設備とか……いろいろ考えたんだけど、どこで計算が狂ったのかわからなくて」

 

「……なるほどネェ」

 

 シオンは小さく頷いた。

 

 ふと、昼間の情報屋との会話が脳裏をよぎる。

 壱番魔晄炉の不自然な被害。

 あのとき、互いに口にしなかった可能性。

 

 

 

 ――神羅。

 

 

 

 

 だが、今も確証はない。

 

 シオンはその考えを胸の内に留め、穏やかに口を開いた。

 

「僕も、あの規模は少し気になっていたんだヨ」

 

「やっぱり?」

 

「君の計算が合っているなら、爆弾以外にも何かあったのかもしれないネェ」

 

 ジェシーは考え込むように腕を組んだ。

 

「でも、前回使った火薬が合わなかったのかもしれないし……」

 

「んー……」

 

 シオンは顎へ指先を添えた。

 

「原因がわからない以上、材料だけを変えても同じ問題が残るかもしれないヨォ」

 

「……うん。わかってる」

 

 ジェシーは小さく息を吐いた。

 

「だから、次は条件を見直したいの。前と同じままじゃ、また何が起きるかわからないし」

 

「そうだネェ。まずは、何が想定と違っていたのか整理したいところだネ」

 

 シオンは花籠を持ち直した。

 

「……それで、材料の方はどうするつもりなんだイ?」

 

「それが、まだ……」

 

 ジェシーは言いかけて、ふと口を閉ざした。

 

 何かを思いついたように、視線が宙を泳ぐ。

 

「……あ」

 

「ん?」

 

「……七六分室」

 

 ぽつりと呟く。

 

 シオンはわずかに首を傾げた。

 

「七六分室?」

 

「……あそこなら、使えるものが残ってるかも……」

 

 ジェシーの表情が、ぱっと明るくなった。

 

「ありがとう、シオン! また後で!」

 

「おやおや、忙しい子だネェ」

 

 シオンが返事をする頃には、ジェシーはもう階段へ向かっていた。

 

 軽い足音を響かせながら、天望荘の二階へ駆け上がっていく。

 

 シオンはその後ろ姿を見送った。

 

「……七六分室、ネェ」

 

 ぽつりと呟く。

 

 色つきの丸眼鏡の奥で、琥珀色の瞳がわずかに細められた。

 

「…………」

 

 やがて、何事もなかったように自室の扉を開ける。

 

 部屋へ入ると、持ち帰った花籠を机の上へそっと置いた。

 

 それから、いつもの医療鞄を開く。

 棚に並んだ薬品の中から、ポーションとエーテルをいくつか取り出し、鞄へ収めた。

 留め具を閉じると、シオンは小さく息を吐く。

 

「……さて、と」

 

 花籠へ一度だけ目を向け、部屋をあとにした。

 

 向かう先は、セブンスヘブンだった。

 

 

 

 *

 

 

 

 

 夜の七番街スラム。

 

 

 

 セブンスヘブンには、いつもより早い時間から酒を求める客が集まっていた。

 壱番魔晄炉の爆破事件によって列車は臨時運休となり、プレート上の職場へ向かえなかった住人も少なくない。

 仕事を失った一日を嘆く声が、酒の入ったグラスとともに飛び交っていた。

 

「ったく、今日も仕事になりゃしねえ!」

 

「こっちは日銭で暮らしてんだぞ。どうしてくれるんだ、まったく」

 

「列車が止まったままじゃ、明日もどうなるかわからねえな」

 

 カウンター席の男が、苛立たしげにグラスを置いた。

 

「魔晄炉なんか吹っ飛ばすからだろ。アバランチの連中、何考えてんだか!」

 

「ほんとにな。こっちは普通に暮らしたいだけだってのに」

 

 ティファは空いた皿を下げながら、その言葉を耳にしていた。

 

「…………」

 

 ほんのわずかに、表情が曇る。

 客たちは、彼女がアバランチの一員であることを知らない。

 だからこそ、遠慮のない言葉が次々と飛び出していた。

 

「――ティファちゃーん」

 

 カウンターの向こうから、シオンの声がした。

 

「こっちもお願いできるかナァ?」

 

「……あ、うん!」

 

 ティファが振り返ると、シオンはいつもどおり穏やかに笑っていた。

 

「そこのグラス、片付けてもらっていいかイ?」

 

「わかった。すぐ行くね」

 

 ティファは客たちから離れ、カウンターへ向かう。

 

 シオンは彼女が近づくと、洗い終えたグラスをいくつか指し示した。

 

「これ、棚に戻してもらえるかナァ?」

 

「うん、任せて」

 

 ティファがグラスを棚へ戻していく。

 

 その表情を一瞥したシオンは、それ以上何も聞かなかった。

 

 

 

「おい、シオン!」

 

 

 

 再び客の声が飛んできた。

 

「お前はどう思うんだよ、アバランチの連中のこと!」

 

「ん?」

 

 シオンは振り返り、軽く首を傾げた。

 

「そうだネェ……」

 

 少し考えるように顎へ指を添える。

 

「仕事に行けないと、君たちの財布も潤わないだろウ?」

 

「そりゃそうだ!」

 

「んふふ。そうなると、僕も困っちゃうからネェ。せっかく飲みに来てくれても、お財布が寂しかったら商売あがったりだヨォ」

 

 客たちから笑いが起こった。

 

「ははっ! 結局、金の話かよ!」

 

「おやおや。僕だって商売人だからネェ」

 

「違いねえ!」

 

 誰かが笑いながらグラスを掲げた。

 シオンもつられるように微笑み、空になったグラスへ酒を注ぐ。

 

「でも、君たちが困ってるのは本当のことだからネェ。早くいつもの生活に戻れるといいんだけド」

 

「まったくだよ」

 

「そしたら、また景気よく飲みに来てネェ」

 

「ちゃっかりしてやがる!」

 

「んふふ。商売人ですかラ」

 

 再び笑い声が上がる。

 

 ティファはカウンターの内側から、その様子を静かに見ていた。

 

 シオンはいつもと変わらない。

 客の愚痴を受け流し、冗談を交えながら、店の空気を少しずつ和らげていく。

 

 彼女は小さく息をつき、再び仕事へ戻った。

 

 

 

***

 

 

 

 

 やがて夜が更けていくにつれ、客たちは一人、また一人と店をあとにした。

 

 昨日の事件の影響もあってか、いつもより早く店内が静かになっていく。

 カウンターには、まだ数人の常連客が残っているだけだった。

 

「……ふぅ」

 

 ティファが空いたテーブルを拭き終え、カウンターへ戻ってきた。

 

「今日は、もう落ち着きそうだね」

 

「そうだネェ」

 

 シオンはグラスを拭きながら頷いた。

 ちらりとティファへ目を向ける。

 

「……ティファちゃん」

 

「ん?」

 

「後は僕一人で大丈夫だヨ。先に上がりナ」

 

「え? でも、まだお客さんもいるし……」

 

「んふふ。このくらいなら一人で十分だヨォ」

 

「だけど、シオンだって今日ずっと働いてたでしょ?」

 

 シオンは拭き終えたグラスを棚へ戻した。

 

「……明日は早いんでショ?」

 

 その声は、先ほどまでの軽口とは少し違っていた。

 

 ティファは一瞬、言葉を詰まらせた。

 

「……うん」

 

「だったら、無理しないで休みなサイ」

 

 シオンは穏やかに微笑んだ。

 

「ここは僕に任せてネェ」

 

 ティファはしばらく迷うように彼を見つめていたが、やがて小さく頷いた。

 

「……じゃあ、お言葉に甘えようかな」

 

「んふふ。そうしなサイ」

 

 ティファはエプロンを外し、帰り支度を整える。

 

 扉の前まで歩いていき、取っ手に手をかけたところで、ふと振り返った。

 

「……ありがとう、シオン」

 

 シオンはカウンターの向こうから、片手を軽く振った。

 

「おやすみ、ティファちゃん」

 

「うん。おやすみなさい」

 

 扉が開き、ティファの姿が夜の通りへ消えていった。

 

 ぱたり、と扉が閉まる。

 

「…………」

 

 その扉をしばらく見つめていたシオンは、小さく苦笑を浮かべた。

 

「……まったく」

 

 懐から煙草を取り出し、一本を口に咥える。

 ライターの火が、小さく揺れた。

 ゆっくりと煙を吐き出しながら、シオンは残ったグラスへ手を伸ばす。

 

「シオン、もう一杯いいか?」

 

「んふふ。もちろんだヨォ」

 

 常連客の声に応え、いつもどおりの笑みを浮かべる。

 客の相手をしながらグラスを洗い、空いたテーブルを片付けていく。

 

 

 

***

 

 

 

 

 やがて最後の客も帰り、店内にはシオン一人が残された。

 カウンターを拭き、床を掃除し、洗い終えたグラスを棚へ戻す。

 水音が止むと、店内はすっかり静まり返った。

 

「……さて、と」

 

 シオンは店内をひととおり見渡した。

 

 忘れ物はない。

 火の元を確かめ、照明を落とす。

 カウンターの内側に置いていた医療鞄を手に取ると、肩へ掛けた。

 

 扉を開け、夜の七番街へ出る。

 鍵をかけたシオンは、静かな通りへと歩き出した。

 

 その足は、駅の方角へ向かっていた。

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 深夜の七番街スラム。

 

 

 

 

 駅のホームには、昼間の喧騒が嘘のような静けさが漂っていた。

 

 薄暗い照明の下、ベンチに一人の男が腰掛けている。

 長い脚を組み、背もたれにゆったりと身体を預けたシオンは、煙草を静かに燻らせていた。

 細い煙がゆらりと立ち昇り、夜の闇へ溶けていく。

 傍らには、使い慣れた医療鞄が置かれていた。

 

 

 やがて、ホームの向こうから話し声が聞こえてくる。

 

 

 先に姿を現したのは、クラウドとジェシーだった。

 

 しばらくすると、ビッグスとウェッジがそれぞれバイクを押しながらやってくる。

 

 予想していなかった二人の登場に、ジェシーが驚いた声を上げた。

 

 四人はそこで何やら言葉を交わしていたが、やがて話がまとまったらしい。

 

 それぞれがバイクに乗ろうとした、そのときだった。

 

 

 

「やァ、こんばんワ」

 

 

 

 不意に、ベンチの方から声がした。

 

 振り返った四人の視線の先で、シオンが煙草を片手にひらひらと手を振っている。

 

 

「……えっ!?」

 

 

 真っ先に声を上げたのはジェシーだった。

 

「シオン!?」

 

「おいおい、なんでお前がここにいるんだ?」

 

 ビッグスも目を丸くする。

 

「えっ、シオンさん!? こんな時間に!?」

 

 ウェッジは驚きながら辺りを見回した。

 

 一方、クラウドは騒ぐこともなく、ベンチの男へ視線を向けていた。

 

 シオンはそんな四人を眺めながら、楽しげに目を細める。

 

「んふふ。こんな静かな夜にドライブかイ?」

 

 冗談めかして言うと、ゆっくりと立ち上がった。

 

「ちょっと、シオン!」

 

 ジェシーが駆け寄ってくる。

 

「なんでここにいるの!?」

 

 シオンは悪戯っぽく目を細めた。

 煙草を挟んだ人差し指と中指を、そっと口元へ添える。

 

 

 

「……勘だヨ」

 

 

 

 まるで内緒話でもするかのように、にんまりと笑った。

 

「勘って……!」

 

 ジェシーが呆れたように声を上げる。

 

 シオンはそれ以上説明することなく、煙草を携帯灰皿へ押し当てた。

 火を消して蓋を閉じると、傍らの医療鞄を開く。

 

「……はい、これ」

 

「え?」

 

 差し出されたのは、数本のポーションとエーテルだった。

 

 ジェシーは思わず目を瞬かせる。

 

「これって……」

 

「お守りだヨ」

 

 シオンはいつものように微笑んだ。

 

「……使うところがなければいいけどネ」

 

「…………」

 

 ジェシーは手渡された薬と、目の前のシオンを交互に見つめた。

 

 どこへ行くのかも、何をしようとしているのかも、彼は聞こうとしない。

 それでも、この薬を持ってきた理由は――。

 

 

 ジェシーはふっと表情を緩めた。

 

 

「……うん。心強いお守りだよ。ありがとうね!」

 

「んふふ。どういたしましてェ」

 

 仲間たちのもとへ戻ろうとしたジェシーへ、シオンがふと思い出したように声をかける。

 

「ああ、そうそう」

 

「ん?」

 

「昨日の一件で、神羅の警戒網もいつもよりずいぶん厳しくなってるからネェ」

 

 シオンは軽く笑った。

 

「……気をつけてネェ」

 

 ジェシーは一瞬だけ目を丸くしたが、すぐに頷いた。

 

「……うん! わかった!」

 

 そう言って仲間たちのもとへ駆け戻っていく。

 クラウドはすでにバイクに跨っていた。

 その後ろへジェシーが乗り込む。

 

「じゃあね、シオン!」

 

 シオンは片手を軽く上げて応えた。

 

 エンジンの音が、静かなホームに響き渡る。

 ビッグスとウェッジも、それぞれ出発の準備を整えていた。

 やがて二台のバイクが動き出し、四人は夜の向こうへと走り去っていく。

 

 

 

 

 

 遠ざかっていくエンジン音。

 

 

 

 

 夜の静けさが、再びホームを包み込んだ。

 

 シオンはしばらく、四人の消えた方角を眺めていた。

 

「…………」

 

 やがて、ふっと口元を緩める。

 

「……いってらっしゃイ」

 

 その小さな声は、夜風に紛れて消えていった。

 

 

 

 シオンはすぐには踵を返さなかった。

 

 

 

 ただ、彼らが走り去った先を、もう少しだけ見つめていた。

 

 

 

 




ストックここまでです

一応流れは作ってるので早めに文章に起こしていきますので、暖かく見守ってください……


では、また次回
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