いっけぇーっ俺の相棒っ!! 作:4645 (ケモ系大量生産クリーチャー)
「下で騒いでいたのは君達だね」
本社ビル最上階の役員フロアにその男の姿はあった。
白髪混じりの老けた頭髪が高そうなワックスで整えられ、見る者に分かりやすく金持ちの印象を与える。
要するに普通に同郷の偉そうな壮年男性である。
とどのつまり、わたしが生まれた理由でもある打倒すべき敵は、結局どこにでもいそうな怖めのおじさんだったのだ。
こちらはドアに五本の爪を全部突き立てて缶の蓋でも引き裂くかのように全面ガラス張りの安直な社長室へ押し入ったのにも関わらず、彼は依然として黒い牛革の椅子に浅めに腰掛けたままで、手元のラップトップから目線を上げることさえしない。
さすがに暗黒企業トップなだけのことはあるクソ度胸である。
「もうすぐ特殊部隊が来る。もう終わりだよ。
諦めてそこで待っていなさい」
…彼は目もくれないまま無言のわたしに向かって指示を飛ばす。
移動中にかけるをシャットダウンしておいてよかった。子供がこんなのに立ち向かえるわけがない。
理詰めで屈服させられて家庭裁判所行きがせいぜいだ。
「ブレイブを、かえして」
わたしは機能停止させたかけるの会話システムを乗っ取り、目の前の社長へこちら側の要求を突きつける。
とりあえずムカつくラップトップに人差し指の鉤爪を突き刺しつつ、その頭をぼろきれに変えてしまわない程度に殺しかけながらだ。
わたしにとって、ドアを開けることと社長の目の前に立つことと社長の頭を壊そうとすることは同義であり、その行動の実行に順序は必要なかった。
「…君ね、何をしても無駄だよ。
私を殺しても新しい私が沢山用意されているんだ。
意味などない。諦めてそこで座って待ってなさい」
「じゃあ、どうすればブレイブを返してくれる」
「資本主義について学んだことはあるかな」
「わかった、ならわたしにブレイブレグルスドランを買いとらせて」
ほう、と。
目の前の男はようやくわたしの発言に興味を惹かれたのか、初めてその視線をこちらに向けた。
べっこうのような色合いのフレームで飾られた高級そうなクラウンパント型メガネが蛍光灯の光を反射し、ぎらりと煌めく。
ラップトップの代わりに手に取ったばかりのメモ帳はすぐに机上に戻されることとなった。
「何で支払うのかね」
「わたし」
わたしはかけるがブレイブに求める物の代替品なのだから、本物のブレイブがかけるの元に戻ってくるのならば居なくなっていい存在だ。
少なくとも、わたしはそう考えている。
だからこれが合理的だと思ったのだ。
「そう来たか…」
じろり、と。
社長は私の頭から前足の爪先までを上から下に観察した。
…主なセールスポイントとしては、さっきからやっていた通り、私はブレイブと違って多少二足歩行ができることが挙げられる。
かけるがブレイブに若干歩いてくれたらいいなと思っていたからだ。
だから、一瞬立ち上がって引っ掻くように攻撃したり、数秒間跳躍する間だけかけるを抱っこすることぐらいはできる。
それに、わたしには物事の意味や理屈をあまり守る必要がないし、ブレイブよりも若干知能が高い。
かけるが道理や現象の正当性をあまり理解していないからわたしはそれに縛られないし、かけるはブレイブに対して自分以上の知性を期待していたから、わたしはその通りの存在になった。
反面、ブレイブと違ってなぜかわたしは女の子だし、どうしてか機械種族かつ無属性なので若干非力だ。
…たぶん、かけるがブレイブに女性的な一面と多岐に渡る様々な属性を垣間見ていたからだと思う。
……だからまあ、いろいろ方向性の異なる模造品とはいえ、結局のところ差し引き同じくらいの能力はあるのではないか。
と、わたしは勝手に考えてみた。
なので一応等価…だとは思う。
「ふむ。まあ、実地試験はたった今完了したようなものだし、それで構わない」
「よかった」
わたしはパッと社長を解放し、高そうな木彫りのデスクの前に直った。
なお、かけるはまだ胸に抱いたままだ。
かわりに喋ってもらう必要があるし、なんとなく目を離せないからだ。
「ではこの電子契約書にサインしてくれ。ペンは持てるか?いや、その前に君のカード名はなんだね」
「もてる。
「ほう、新カードか…よし、後ほどコピーを渡すからバッグを用意してくれ。いや無理か。では私の秘書が君に会社支給で仕事用のバッグを与えるから、それに入れて無くさないようにしたまえ」
「はい」
…一気に緊張感が四散し、代わりに空間に満ち始めたのは何か取り返しのつかないことをしてしまったような気がする時の不安感である。
全てがトントン拍子に進んでいるのに、後戻りはできない。
そんな時の感覚が機械生命体の心をざわつかせる。
「じゃあ、おめでとう。君は今この瞬間から我が社の社員になった。待遇は社内規程に準ずるが、当面の給与はブレイブレグルスドランの売却価格で概ね打ち消させてもらう。異論は無いね」
「ない」
「よし、じゃあ今日はもういいから退社したまえ。今後は土曜日にアポイントメントも取らずに押しかけてはダメだ。マナー違反だからね」
「それと、こっちでもやることがあるから出社は来月一日からとする。それまでなるべく県外に出ず、急な連絡に出られるように備えておきなさい。何か質問はあるかね」
…わたしはまだかけるの安全を保証できていないことに気がつく。
当然、ここも交渉しておく必要がある。
今行った取引はブレイブの身柄のことしか言及されていない為、かける自身についてはなんの保証もされていない。
「ある。この子はもうほっといて」
「なぜ私が彼を処理しないでおく必要があるのかね。君が要求したのはブレイブレグルスドランの身柄だけじゃないか」
「だめ、かけるの庇護もわたしの雇用条件にして」
「…ふむ、よかろう。結局ただの金属製の子供だ。他は?」
「ない」
…驚くほど話が通じてしまって、わたしは少し混乱しかけていた。
でも、当たり前だとも思う。
わざわざ騒ぎを起こすより、こうして話し合いで解決した方がよほど建設的なのだから。
…じゃあ、やぶれかぶれかもしれないけれど、勇気を振り絞ってわたしのかけるがこのビルに特攻をかけた意味はなに?
わたしはその思考に至る前に考えることをやめることにした。
現実は脳の中ではなく、視覚情報として取り込む以前から肉体の目の前に存在するのだから。
「そうか。ではあとは先程伝えた通りだ。今日は帰りなさい」
「わかった」
…話は本当にこれで終わってしまい、私はおめんのような笑顔を貼り付けた秘書の女性にさっき言われたカバンと契約書のコピーと女性用の服飾規定に対応した絶対に履けないパンプスを押し付けられ、今度は壁を昇ることもなく普通にエレベーターに案内されてしまう。
羽や尾があるので、結構ギチギチだ。
まあ、とりあえず1Fのパネルを血濡れの爪先でポチリと押し、急速に景色の降りてゆく背後のガラス窓を見つめる。
というか、わたしには現状それしかできない。
眼下に広がるまだお昼前の都心はいやらしいほどに快晴で、気温は34度に達し、コンビニの壁面にはおにぎりと野球選手のポスターやチューブ式のバニラアイスの広告などが適切に配置されていた。
「ぜんぶおわったよ、かける…」
ただぼうっと外の景色を眺めながら、わたしはかけるの口を借りてかけるに向けたわたしの言葉を紡ぎ、最後に彼のサイボーグ部分を再起動させる。
数分もすればEMP直前の彼が目を覚まし、寝ている間に全てが終わったことを知るだろう。
…築8年の新しい建物にしてはかなり古風なチンという到着ベルの音を聞き流し、フロントに姿を表すと、もうそこには誰もいなかった。
壊れた内装と血溜まりだけを残し、死体の山や瓦礫は完全に片付けられている。
役員フロアに乗り込んで話をつけてからものの数分しか立っていないのに、何事も無かったかのようで、少々不気味だ。
「…ん、ぅ」
ポン、という軽い電子音とともに、うなされるような男の子の声が胸の中から聞こえた。
かけるの再起動が進みつつあるのだ。
…来月からわたしは多分いなくなってしまうけれど、かけるが楽しく幸せに生活していけるのならば、それでいい。
わたしはそれまでの数週間をだいじに見守ることができれば、それで…
「…?」
ふと機械の動作音に気が付くと、突然近くの業務用エレベーターの扉が開き、中にはびしょ濡れのブレイブレグルスドランが気持ちよさそうな顔で横たわっている。
その様子から察するに、もしかしたら培養槽的なやつに入れられていたのかもしれない。
…むかつく、かけるはこんなに大変な思いをしたのに。
「はあ…なんだか気が抜けちゃった」
とりあえず、わたしはのんきな顔のブレイブの頬を鞭状の尻尾の先で引っぱたき、叩き起すことにした。
…流石に2人も抱えられないし。
まあ、なにはともあれハッピーエンドである。
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