君もゴッデスだ、ピナ 作:ピナの強化素材になりたい
『臨時監視所』、そう呼ばれる場所がある。
ここができた目的は一つ。巨大地下都市『アーク』へ選定された人物を保護すること。
なぜアークができたか?
端的にいえば迫り来る謎の襲撃者『ラプチャー』に人類が敗北し、地上での生存が絶望的になったからだ。
つまりアークとは人類生存の概ね最後の砦である。
この巨大地下都市が人員を収容するまでの間、身を張ってその入り口を護るのが勝利の女神の名を冠した『ニケ』、そしてその中の選りすぐりである『ゴッデス部隊』。その部隊が臨時監視所にて開放状態のアークにやって来るラプチャー達を葬っている。
精鋭中の精鋭と表現しても過言ではない彼女たちだが、襲ってくるラプチャーの脅威は凄まじく、ゴッデス部隊のリーダーであるリリーバイスは戦死、部隊の援護をする量産型のニケたちも軒並み戦死した。
極限に近い状態の彼女達はニケとしてのボディはひとまず置くとして、既に精神が擦り切れる直前であり部隊内の雰囲気も同様に最悪の直前。
ゴッデス部隊の残存メンバーの紅蓮は常に物事を悪い状況になると考え、ラプチャーの襲撃がないなら酒に逃げる呑んだくれとなった。
ラプンツェルは今戦える同僚よりも散っていった者達のことばかり考えるようになり、ただ何者かのために祈るばかりである。
スノーホワイトは任務に真面目ではあるが共感能力の低下や自己、他者に対するアプローチが鈍化してよりリアルマシンになってきている。
リリーバイス亡き後、現リーダーのドロシーはそれらのことを非常に憂いていた。
思考転換と称される現象やその元凶たる環境に原因があるとしても酷い状態だ。
そしてもう既に最悪の雰囲気は出来上がりつつあった。
監視所の一室にて、白いドレスをまとったニケが口を開く。
「避難キャンプ場に残されているものは…もう何もありません。」
ゴッデス部隊の現リーダー、ドロシーだ。
彼女は部隊の皆へ気まずそうに、深刻に伝える。
それを聞くのは紅蓮とラプンツェル。そしてドロシーに同行していた量産型のニケの1人。彼女の名前はピナ。
キャンプ場とは地下都市アークに入るためになんとかその付近まで訪れた人々が仮設した施設。ただ一点言及することがあるならばその人々にはアークへ入る許可が降りていない、命懸けでただ何かあるかもしれないと縋って辿りついた者達が作った。
彼らの末路は至ってありふれたものだ。ラプチャーに襲撃されて全滅。
アークの外では珍しいことでもない。
「すみません。隅々まで探してみたのですが、もう本当に底をついたようです。」
ドロシーの横で肩身が狭そうに、そして申し訳なさようにピナがドロシーの後に続き状況を説明する。
ドロシーとピナ、彼女たちは保護できない人達の集まりであるはずの避難キャンプ場に向かったのか。
なぜ臨時監視所というアークを防衛している施設にいるはずなのに避難キャンプ場には何もないと言ったのか。
それはアークから臨時監視所への補給や支援がほぼ止まってしまい、自力で物資を集めなくてはならなくなったからだ。
「……っ……っ…、ふぁあ……アークとはまだ連絡がつかないのかい?」
そういったのは珍しい剣士のニケ。中身を飲んだ容器を静かに置きドロシーへ状況を確認する。
名前は紅蓮。彼女も自分で口にした言葉に期待も何もしていない。
「はい。ずっと連絡を試みていますが。」
「そうか。」
ドロシーの回答を聞いても落ち込む素振りすら彼女はしないのだから。
紅蓮は確認を続ける。
「ウォータータンクが昨日の戦闘で壊れたことも報告したのかい?」
「…はい。」
「30人以上いた量産型のお嬢ちゃん達がもう1人しかいないということも?」
「…はい。」
「電気が切れたことも?」
「はい。」
「_わたしたちが死に向かっているということも?」
「はい、しました。…全部報告済みです。」
そう、アークは拠点防衛に努める彼女たちに対しての支援が消極的であるのだ。
「アーク封鎖のタイムリミットはあと5週間か。……君の希望を踏みにじるようで今まで黙っていたのだが、アークはわたしたちを…」
「やめてください。そんなはずありません。」
紅蓮の言葉を遮った。
正論を突きつけられる、希望から目が覚めてしまう、あるいは言った言葉が現実になる、実際にどう思ったかはわからないがドロシーは否定する。
「私たちはゴッデスです。人類の希望、勝利の女神です。だからそんなはずありません。…あってはなりません。通信が繋がっていないだけです。」
「………」
しかし紅蓮には彼女の否定が現実逃避をするようにしか思えない。謎の気迫も肌身に感じるほどだ。
「だから、私を信じてください紅蓮。」
「わたしもそうしたいのだが…ねぇ。」
どっちも見ていられない。両者とも賛同してはいけないのだろう。優しい天国のような夢見て縋るのも、月の裏側でも見るように見えもしないアクシデントを無理に覗くのも。
「…わ、私は祈りを捧げに行ってきます。」
戦場に似合わない修道服のニケが一言。彼女も部隊の一員、ラプンツェルという名である。
空気感に耐えられなかったラプンツェルが笑顔で一歩、二歩と下がっていく。その様子にドロシーは思うところがある。
「…最近よく行きますね。」
「たくさんの方が旅立ちましたから…。」
「それはわかっていますが、生きている者よりも死者を大切にしている気がします。」
上手くこの雰囲気から抜け出そうとしたが徒労に終わる。しかし笑顔だけは絶やさずにいれた。
むしろラプンツェルへ意識が行ったことで雰囲気がほんの少し和らいだ。
「今は死者の方がいいのかもしれません。」
今のドロシーを前に生きていて辛いから、とは直接言うことはできなかった。
「…何ですって?」
「怒ることもなく、絶望することもなく、他人を傷つけることもありませんから。私は今、ここにいるのが辛いです。」
そのラプンツェルも健康な精神状態ではない。声色は優しげ、ただそれだけ。心が前を向きたがらないのだ。
「ラプンツェル、いったい何を…!」
ほんの僅かにでも和らいだ雰囲気を自分で急転直下させるのだから。
そんなやる気を疑う発言を聞けばドロシーも穏やかでいられない。
紅蓮が間に割りこむ。
「死の持つ静寂さに憧れたか?状況がこのようでは仕方ないかもしれないが、ねぇ。」
割り込むとつらつら語り、ラプンツェルの内面の本質を見抜く。死にたいという自身よりも危険な心境を前にして踏み止まるよう遠回しに静止を促す。
「…行きますね。」
「待ってください。これからのことについて話し合わないといけません。」
「…!ではなぜスノーホワイトを呼ばないのですか?」
ドロシーが今にも出ようとするラプンツェルの腕を握って止めるとそんな返しが来た。
引き留められ取り繕った優しげな笑顔が消える。怒りはない。しかし表情もない。祈祷を捧げる時間だけがラプンツェルにとってのありもしない平穏であるのだから。
「警備をしているからです。」
「もう5日間も襲撃がありませんでした。」
「5日間一睡もせずにひとりで警備に当たっています。私たちのために、死者ではない生きている私たちのために。」
「…私にも…1人の時間が必要です。」
「ではラプンツェルも警備してください。……湿度によって軌道が変わり狙撃もできないその杖でラプチャーを見張ればいいではないですか?」
ラプンツェルの世迷言へ目を細めてそう言い捨てた。
棘のある言葉の真意を聞くためドロシーへ悲しげに尋ねる。
「…私が役に立たないと言いたいのですか?」
「……違います。ごめんなさい。」
数秒の思考のあと言い過ぎた、思ってることと違うことが口に出たと自覚し謝罪をする。
むしろこれ以上人員が欠けることによる戦力も精神面も許されない状況だ。役に立たないなどあり得ない。
ドロシーとラプンツェルの間を紅蓮が割って入る。あえて便乗して手を振り首を軽く左右に振る、
助け舟というよりは、なぁなぁに済ませようとしてなのだが。
「さあそれくらいにしないか。数日ぐらいは食べなくても平気だろう?私たちはニケだからこれくらいは何とも……ヒック。…いや失礼。」
「「「?」」」
ドロシー、ピナ、ラプンツェルの3人は紅蓮を注視、それに紅蓮はたじたじになりながらラプンツェルがしたように一歩また一歩下がっていく。
明らかに怪しいのでドロシーは紅蓮を捕まえ使っていた容器の前に連れ出す。
「いや、これは…そのだね…。」
紅蓮を無視して容器を手に取り匂いを嗅ぐ。
「き、君の趣味嗜好がどうであれ否定しないが!直接やられると流石にわた「アルコールが入ってますね?何を考えているんですか?」……。」
ドロシーの顔がますます険しくなる。
「いやいや、食べ物の代わりに趣向を凝らしてみて飲んだのさ。穀物で作って。なんだったら大昔の欧州ではこういったものを水分として摂っていたともいわれてだね。はははっ!」
「今飲酒だなんて本当に、何を考えているのですか?」
落ち着くようジェスチャーする紅蓮と下がるタイミングを伺うラプンツェル、本気で怒鳴る寸前のドロシー。
雰囲気が次の瞬間には最悪になるその時、もう一人ニケが現れた。
「皆さんこの雰囲気…いったい何ですか?」
ピナには受け入れられなかった。だから誰に伝えるわけでもないがそう口に出す。
「…みんな疲れているんです。」
ピナの疑問にラプンツェルが答えた。
「私はゴッデスの皆さんがこんなところで争う姿は見たくありません。」
「わたしたちは君の見せ物ではない。」
ピナの言葉が堪に触ったらしく紅蓮が目を細め、言い放つ。また雰囲気が悪くなると察してラプンツェルはそそくさと巻き込まれない範囲に下がる。彼女には言い争う気質はないしそんな気力もない。
それでもピナは食い下がった。
「_いいえ、見せ物です。」
「言葉を選んだ方がいいのではないかね?」
「私たちはあなたたちをずっと見てきました。」
量産型のニケにも当然意志はある。ゴッデスのニケだけが特別な感情があるわけではない。だから夢や不満だってあるのだ。
「あなたたちが最初に戦場に現れた時から、今までずっとです。」
紅蓮はピナの伝えたいことがわかってしまう。だからこの瞬間に反論ができない。
紅蓮だけでなくドロシーとラプンツェルも気迫と懸命さに押し黙る。
「『人類の希望』『勝利の女神』、これほどあなたたちに
「…そんな事情を汲んでやれるほどわたしたちに余裕はないのだよ。」
「いいえ、なくても作ってください。」
「君、いい加減にしないかい。」
理論がなくとも既に弱った心には他者の意思が、それが期待であっても苦痛である。紅蓮は最前線で戦う近接特化のニケだからこそ特に心が渇く。弾丸飛び交う戦場で敵にゼロ距離まで接近して戦い続けるために、疲弊し脆い心を守るために必死なのだ。
「私を含めた、ここにいた量産型ニケたちはあなたたちの隣で戦いたくて志願したのです!こんな姿を見るために、命を懸けてあなたたちの隣にいるんじゃありません。」
「「……」」
「亡くなった仲間たち天国でも誇りに思えるようにしてほしいんです。お願いです。」
誰も何も言えなかった。
「じゃあ、私は休みますね。…何かあったらすぐに向かいます。」
ピナはそう言い残し、割り当てられた部屋へと行ってしまう。
「……」
「……」
「……」
散って行った者たちに魂を惹かれてはいけない。散って行った者たちの意志を無駄にすることも許されない。
どんなに辛くとも、険しくとも、生き残った者は遺志を継がなくてはならない。人間だからそうでなくてはならない。
しかしゴッデス部隊のニケたちは遺志を継ぐには心が疲弊し過ぎている。だからそれは呪い、あるいは重石となるのだ。
「少し、休みましょう。」
ドロシーの一言に残った2人が素直に頷く。休むことなどできるのかわからないのだが。
一悶着があった夜、ドロシーはピナ以外、監視所外部にいることを確認した。実際何をやってるかを巡回も兼ねてすることにした。
紅蓮とラプンツェルの2人はドロシーの言葉通り休んでいた。…危惧していた方法で。
ラプンツェルは戦死したニケのための墓地にて、ただ現実に意識が向かないように祈っていた。
「__苦しみながらこの世を去った彼女たちの魂が慰められられるようお救いください。」
最強と名を馳せた部隊の一員である彼女が見えないなにかに縋る姿が見ていられず、無言でその場から去ることにした。
一方紅蓮は。
彼女から声をかけてきた。まだ心に余裕があるのかもしれない。
「_じゃあ一杯飲んでみたまえ。さぁ、早く。飲めば心配事もなくなる魔法の水さ。」
ただアルコールに逃げているだけだった。無言でその場から去ることにした。
次に今も監視所の高台で見張りを続けるスノーホワイトの下へ向かう。
スノーホワイト、ゴッデス部隊で最も思考転換が進んだニケである。
以前優しく朗らかな気質だったのが寡黙なリアリストへと変貌し、ほぼ別人になってしまった。
彼女は愚直に黙々とこの仕事をしているのだが、監視カメラのようにずっと、異変がないか見ている。
そして近くに訪れたドロシーに気づく。
「ドロシーか。」
「はい。」
「現在まで特に問題は起きてない。戻って休め、ここは引き続き私が見ている。」
「……」
ずっと見張りを続けるスノーホワイトに対してもドロシーには思うところがある。いい加減休めと。
「何か命令でもあるのか?悪いが私はこのとおり警備の仕事のためここを離れることができない。紅蓮やラプンツェルに頼んでくれないか。」
「……。あの2人は…。」
「2人は?」
「いえ、何でもありません。」
これ以上スノーホワイトに心配事を増やしたくない。そう思ってドロシーは彼女たちのことを黙った。
「そうか。」
「…少し降りてきてくれませんか?」
「ダメだ、私は警備に当たらなくては。」
律儀過ぎるのも困りものだ。
これ以上説得するのも疲れる。だから紅蓮、ラプンツェルと同様に今は去ることにした。
監視所内にはアークとの連絡や一定の雑務のできる収集用ロボットが配備されている。
ドロシーがロボットの下へ移動していることに反応し、そのロボットも近づく。
『アークに連絡いたしますか?』
「お願いします。」
『_通信解放、ただいまより記録された音声をアークに転送します。通信状態が悪い場合は音声の転送に失敗する可能性があります。」
現状のゴッデス部隊は機能不全寸前である。辛うじて機能しているうちにどうにかアークから支援をしてもらわねば、その一心で連絡を送ることにした。
「ゴッデス部隊からアークへ。現在の私達の状況は、絶望的です。
一刻も早い支援と補給が必要です。アークの入り口を守れなくなる可能性がどんどん高まっています。この音声を確認次第、支援と補給を送ってください。以上です。返答をお待ちしております。」
『記録完了、アークへの転送を試みます。転送実行回数は何回に設定しますか?』
「繋がるまでです。」
『命令認識完了。電波が良好な場所へ移動します。』
収集用ロボットはドロシーから離れ、監視場の敷地のどこかへ向かった。
アークに繋がるかどうかもわからないのだが。
彼女は自分にできることは全部やったはず、そう思うことにした。そうとでも思わないと自分が間違っているのではないかとどこか頭で考えてしまうからだ。
今できることは事態の好転と繋がることを祈ることぐらいだろう。ラプンツェルのように。
アホ『いやっっったぁぁ!!!ラジオがついたぁぁあ!!何とか情報を、アイイエッ!?ドロシー=サン!!ドロシーサンナンデ!?』