続くかは未定
薬膳楠莉と天音巫呼、異世界の薬師たちの出会い
キャンサーとの戦いがひと段落した午後、天音巫呼は宿舎の自室にこもっていた。
正確に言えば自室の一角である。部屋の隅に古びた木製のテーブルと椅子が一脚。テーブルの上には試薬瓶やフラスコが所狭しと並べられている。セラフ部隊に正式な研究施設はない。だからといって、薬の調合をやめる理由にはならないのが巫呼という人間だった。
「研究室的なところがないからここで研究しとるんだ!!」
誰にともなく叫び巫呼はフラスコを振る。ダボダボのローブの袖が肘のあたりでたまっていた。床に届きそうな裾を踏まぬようつま先で器用にかわしながら、彼女はテーブルの上で三本の試験管を同時に火にかけていた。
身長は百二十九センチ。本人は決して認めないが、どう見ても幼い少女にしか見えない。しかしその手つきは熟練のそれで、小さな指が正確にビーカーをつかみ、目盛りを読む。
「ふむ、前回の調合より反応が早いの。やはり触媒の比率を変えたのが良かったか……いや、待てよ」
巫呼は眉を寄せ、メモを睨んだ。彼女の調合は決して一直線ではない。何度も試し、失敗し数値を変え、また試す。その繰り返しでここまで来た。今日もすでに二回失敗していた。三回目の今度こそ、という思いで火にかけている。
「今度こそ、身長を維持したままの調合を成功させてみせるのじゃ。稀代の魔術師、天音巫呼の英知が詰まった……」
その時だった。フラスコの中の液体が突如として白く発光した。巫呼は目を見張る。
「ななんじゃ!? 反応が暴走しておる!?」
あわてて火を止めるが遅い。液体は泡立ち、試験管が小刻みに震え次の瞬間「ぽんっ」という間の抜けた音とともに、白い煙が部屋の一角に充満した。
「げほっ、げほっ……何が起きたのじゃ……」
煙を手で払いながら巫呼が目をこらすと、そこには見知らぬ少女が立っていた。
年の頃は八歳ほど。赤毛の短髪で、頭頂部にホシガリスの尻尾のような二本のアホ毛がぴんと立っている。白い白衣を着ているが、明らかにサイズが合っていない。目をぱちくりとさせて、きょろきょろとあたりを見回していた。
「ここはどこなのだ?」
少女が首をかしげて言った。巫呼は警戒して身構える。
「誰じゃおぬしは?軍の制服を着ておらんようじゃが...?」
「軍……? 楠莉はさっきまで屋上で薬を作っていたのだが……気がついたらここにいたのだ」
少女は自分の胸に手を当てて不思議そうに言った。それから巫呼の顔を見て、にこりと笑う。
「楠莉は薬膳楠莉なのだ!薬作るのが大好きな高校三年生なのだ!」
「高校三年生……? どう見ても小学生ぐらいにしか見えんが」
「別に身長はおめーと同じぐらいなのだ?」
「ワシは小学生でも、ロリ体系でもないわー!!」
「そこまでは言ってねーのだ」
「というか、おぬしはどこから来たのだ?ドーム住民は基地には来れないはずじゃが...。」
「ドーム……?えーっと、楠莉は屋上で爆発に巻き込まれたのだ。気づいたらここにいたって感じなのだ」
「屋上で爆発……?」
巫呼は眉をひそめた。この基地に屋上は出入り禁止のはずだ。
「それはわしの薬が原因なのか?」
「楠莉の薬の反応なのだ それに」
話を聞くにどうやら楠莉の作成した薬が複数混ざり、その摩訶不思議な化学反応で別世界からやってきてしまったのだという。
赤毛の少女、楠莉はけらけらと笑っていたが、巫呼はこの事態をどのように司令部へ報告すべきか悩んでいた。
(別世界から少女がやってきたなどとどのように説明すればよいのだ...)
そんなことはいざ知らず、楠莉はテーブルの上の薬品やフラスコを見て、目を輝かせた。
「巫呼はもしかして薬開発が好きなのだ!? 」
「いきなり距離が近いな!? ああ、薬の調合にかけてはわしに並ぶものはそうそうおらんぞ、この稀代の魔術師天音巫呼にはな!!」
巫呼が胸を張って言うと、楠莉はきょとんとした顔で首をかしげた。
「魔術師……? 巫呼は中二病なのだ?」
「中二病ではないわーーー!!」
巫呼は顔を真っ赤にして怒った。しかし楠莉に悪気はない。ただ純粋に不思議に思っただけのようだった。それだけに余計に恥ずかしい。
「わしはれっきとした薬師じゃ。魔術師というのはその……わしの薬の腕前を称した呼び名じゃ」
「ふーんそうなのだ。じゃあ何かとんでもねー薬を作ったことがあるのだ!!?みてーのだ!!」
「いや...それはじゃな...。」
「うん、どうしたのだ?早く見せてなのだ!」
「...自称じゃ。」
「???」
「だから、稀代の魔術師というのは自称なのじゃ!いずれそう呼ばれるようになるわ」!
「...やっぱり中二病なのだ?」
「中二病ではないわーーーー!?」
「じゃあ、そのぶかぶかのローブにも意味はあるのだ?動きづらそうなのだ」
「うっ...。 いや、魔術師といえばローブにこの帽子じゃろ?ぶかぶかなのはわしが成長期ですぐに背が伸びるからじゃ!というかおぬしの白衣もたいがいぶかぶかではないか!」
」
「あ、楠莉は「不老不死の薬」の失敗作の影響で小さくなっているだけなのだ」
「自分の体でなんて実験をしておるのだーーーー!!」
「って不老不死の薬ーーー?? わしの目標ーーーー!?」
「巫呼も不老不死になりたいのだ?」
「いや、不老不死は目指しておらん。まあ似たようなものを目指しておるがの。おぬしはなぜなりたいのだ?」
「ばーちゃん死んだら悲しいからなのだ!」
「いや、不老不死になったらそのおばあちゃんもびっくりするじゃろ」
「ばあちゃんも失敗作の薬を飲んで8歳の体なのだ」
「なにをやっておるのだーーー!? おぬしに倫理観はないのか...?」
「でもばーちゃん喜んでたからよかったのだ」
「そ、そうか……」
巫呼は疲れたように言った。
「ちなみにどれぐらい若返ったのじゃ? というか、若返りの薬というだけでとんでもない需要がありそうじゃな……」
「たぶん8歳ぐらいなのだ! 巫呼も同じぐらいなのだ?」
「わしはロリではないわーーー!」
巫呼が叫ぶと楠莉はびっくりしたように目を丸くした。
「ロリって何なのだ?」
「何でもない。忘れよ」
巫呼は顔を赤らめてそっぽを向いた。
「ところでその姿は実験の副作用なのか……。もしかして成長せずにずっとそのままなのか?今はまだ8歳だが数年後も今の姿のままなのか……?」
巫呼は話題を変えるように尋ねた。そして内心で考えた。失敗作といっても不老不死の薬。停滞を維持する作用によって体が成長しないなどということも十分あり得る。もしそうなら、それはそれで大変なことだ。
「ううんこの打消しの薬を飲めばいつでも戻れるのだ」
楠莉があっさりと言った。
「は?」
「ちなみに元の楠莉はこんな感じなのだ!」
楠莉がスマートフォンを取り出し、写真を見せた。そこには白衣を着た、大人びた女性が映っていた。豊かな胸元、くびれた腰長い脚——とても今の楠莉と同じ人物とは思えない。
「は?」
巫呼は二度目の「は?」を口にした。頭がついていかない。
「心配して損したわーーー!?!?」
巫呼の叫びが部屋の一角に響いた。
「というかなんだその恵まれた体はーーー!? 今のこの姿はわしへの当てつけか? そうなんじゃな!?」
「当てつけじゃないのだ! 薬の失敗でこうなっただけなのだ!」
楠莉があわてて弁明するが巫呼は納得しない。
「じゃがおぬし、いつでも戻れるんじゃろうが! なぜ8歳のままでいるのじゃ」
「この姿のほうが動きやすいのだ それにおっぱいが大きいと実験の邪魔なのだ」
「やはりわしへの当てつけではないかーーー!?」
巫呼はぷりぷりと怒りながらそれでもどこか楽しそうだった。久しぶりに同業者と話せることが嬉しくて仕方ないのだ。
「それより、おぬしのその不老不死の薬についてもっと詳しく聞かせてくれんか」
巫呼が真剣な顔で言った。
「わしはずっと不老不死を追い求めておる。おぬしの失敗作でも、何か参考になるかもしれん」
「いいのだ! でも、楠莉も巫呼の薬の話が聞きたいのだ」
「うむ、ではお互いの研究について語り合おうではないか」
二人はテーブルを挟んで向かい合い、それぞれの研究について話し始めた。巫呼は自分の開発した薬の数々を、楠莉は自分の失敗談を中心に時には笑い、時には真剣に議論しながら時間はあっという間に過ぎていった。テーブルの上に広げたメモ用紙はあっという間に埋まり、床にまで散らばっていく。
「というわけでこの触媒を使うと反応が安定するのだ」
「ほう、さすがは先駆者だな。そちらの世界でも同じ素材があるのか?」
「いや、全然違う材料からなのだ。 今のはただの勘なのだ」
「じゃあ全然参考にならんではないかーー!」
思わず巫呼は突っ込んだが楠莉は楽しそうに笑っている。その笑顔につられて、巫呼もつい笑ってしまった。
「巫呼はどうして薬を作るのが好きになったのだ?」
楠莉がふと尋ねた。
「わしは……そうじゃな。 まあ、薬を作るのは楽しいからの。 それに、わしの薬で誰かが助かるのは嬉しいことじゃ。 稀代の魔術師としてはな」
「くすりくすり、巫呼はいいやつなのだ」
「やめろ、そういうことを言われると調子が狂う」
「この「胸が大きくなる薬」は、この木の根っこ?みてーなやつを少し減らしてみると副作用も軽くなると思うのだ!」楠莉が巫呼の薬の材料を見て言った。
「ふむ、マンドラゴラのことか。減らすと効能も薄れるのが問題じゃ」
「そもそもおっぱいなんてあっても実験の邪魔なのだ。ただの脂肪の塊なのだ」
「おぬし……それでよく女として生きていけるのじゃな」
「巫呼もいらない口なのだ?」
「い、いるわ! いやいるのじゃ!」
「くすりくすり、巫呼はしょーじきなのだ」
「うるさいわ!」
「そういえば、薬膳は一人で薬開発をしておるのか?」
巫呼がふと尋ねた。
「……科学部は皆やめちゃったから、楠莉はいつも一人で開発してるのだ」
「そうか……。すまん、いやなことを聞いたな」
「でも恋太郎も薬の実験に付き合ってくれるし、恋太郎ファミリーがいるから大丈夫なのだ!」
「そうか、それはよかっ……、なんじゃ恋太郎ファミリーとは?」
「恋太郎は楠莉の彼氏なのだ!恋太郎ファミリーは恋太郎と彼女たちのグループ名?ユニット名?なのだ!」
「まてーーーい!!情報が多すぎるわ!!」
巫呼の叫びが響いた。ひとつの単語からとんでもない情報量が飛び出してきた気がする。
彼氏、ファミリー、彼女たち——一体どういうことなのか。
「おぬし……その恋太郎というのは彼女が複数人おるのか?」
「えーっと……数えるのめんどくせーのだ。10人はいるのだ。」
巫呼は椅子からずり落ちそうになった。
「なんでそんなことになっておるのじゃ!? おぬしはないがしろにされておるのではないのか!?」
「恋太郎はとても優しくて、みんなを幸せにしてくれるのだ。楠莉も恋太郎と出会えて幸せなのだ」
楠莉は照れくさそうに笑った。その笑顔は年齢にそぐわないほど大人びていて、しかしどこか無邪気だった。
「別世界の日本は重婚が可能とは...。 世界が違うとここまで常識も変わってくるのじゃな...。」
巫呼は呆然と呟いた。
「いや、こんなことしてるのは楠莉達だけなのだ」
と楠莉は笑った。
その時、楠莉の体がふわりと光り始めた。
「あ、効果が切れてきたみたいなのだ」
「もうか? もっと話していたかったのじゃが……」
巫呼の声には少し寂しさが混じっていた。
「楠莉ももっと話したかったのだ。でも大丈夫、また会えるのだ」
「また会える……?」
「うん、楠莉も薬の研究をずっと続けるのだ。そしたらいつか」
楠莉の姿が光に包まれていく。巫呼は立ち上がって彼女に手を振った。
「うむ、おぬし、しっかり研究するのじゃぞ! 次に会う時はもっとすごい薬を作って見せるからの!」
「くすりくすり、楽しみにしてるのだ!」
楠莉の笑顔が光の中に消えていく。最後に「ありがとうなのだ、巫呼!」という声が聞こえた気がした。
光が消えるとそこにはもう楠莉の姿はなかった。静かな部屋に巫呼一人が残された。テーブルの上には二人で書いたメモが散らばっている。巫呼はそれを一枚拾い上げ、しばらく眺めていた。
「……ふん、どこの世界にも天才はいるものじゃな。わしも負けてはおらん」
「それにしても、薬の調合であんなに熱中して議論できたのは久しぶりじゃったな...。あの頃を思い出すな。」
そう口にして、自身の調合した薬について記された「魔導書」を優しくなでる。
「……まあいい、あの天才に負けてはおられんのでな」
巫呼は椅子に座り直し、新たなメモを手に取った。
そして再び薬の調合を始める。先ほどまでとは違う、新しいアイデアが浮かんでいる。楠莉との会話の中で、巫呼の中に眠っていた何かが動き出したのだった。
その夜、巫呼の部屋の明かりは遅くまで消えることはなかった。