※これは僕の自己満足であり、他者を攻撃する意図は全くございません。
ここは人の住む次元よりも上の次元。神はある人間を前にして、ジュース缶をあおりながら笑っていた。
「いやぁ、間違えて子供を殺しかけた時はどうなることかと思ったが、価値のない無職の引きこもりが死んでくれて助かったよ。ありがとさん」
「……あの子はその口ぶりだと、助かったんですね」
「あぁ、子供は減点が多いんだ。お前みたいなのは減点が少ないから、助かったよ。減給されたら生活がキツくなる……」
笑う神に対して、この男……山崎 リョウジは、その事実を無感情に受け止めていた。むしろ安堵しているまである。
「ところで、質問なのですが。俺のような人間を呼び出して、なにかご用でしょうか? 証拠隠滅とか?」
「そんなことはしない、やったら減点が増えるだけだ。すぐバレるからな……詫びだよ、お詫びだ。昔はもっと適当だったんだが、今は魂の尊厳がどうたらとか……面倒な時代になったな」
「……大変なんですね」
神は自分に都合の悪い法ができたことを嘆いていた。それを言われて、神がイラついたように振り向く。
「うるせぇ、無職のクソ人間如きに俺の苦しみがわかるか。まぁいいさ、すぐに二度と会わなくてよくなるからな。異世界はランダム、付与能力もランダム……あと、器はデフォルト4に設定っと。よし、転生準備完了」
「えっ、転生って……」
「お前が知る必要は無い。チート無双、せいぜい楽しくやるといいさ」
そんな経緯で、リョウジは異世界に放り込まれることになった。元々リョウジは持病があって、まともに働ける体ではなく、その上で就職した場所でパワハラに遭遇して、次に就職した場所でも人間関係でトラブルを起こし、再起不能になって家でずっと寝ていた……というのが無職だった理由だ。
しかし幸いにも、チートはリョウジに配慮してくれた。リョウジがもらったチートは『所有者の望むもの全てを用意する家』だったので、完全に外に出る必要性がゼロになったのである。転生してからしばらくして、家の中は天国になっていた。
「ご主人様、ご飯ができましたよ。ご主人様の脳から読み取った、一番好きな味付けのお肉です」
「ありがとう、すっごく美味しいよ」
「お風呂掃除ありがとうございました、もうお風呂は沸かしてあります。冷めないうちにお入りください」
周囲にいるのはリョウジの理想の人形たちだ。この万能の家なら、理想のドールを作り出す程度造作もないのだ。外には出たこともない、外からどう見えているかも見たことは無い。リョウジはそれに興味が無いからだ。
「ごちそうさま。入らせてもらうよ、着替えは脱衣所に置いといてね」
「はい、ごゆっくり。ご主人様」
「行ってらっしゃいませ」
ドール達に意思は存在しない。意思を持たせることもできたが、リョウジはそれを望まなかったので、ただの意思のない機械である。
「ふぅ……毎日ご飯が美味しい。もう痛みや吐き気で蹲ることも、なにも食べられないこともない。美少女達が俺のお世話をしてくれる……なんて幸福なんだ」
リョウジはこれ以上を望んでいない。よって、これ以上なにかが起きることもない。風呂から上がれば、寝巻きに着替えてゲームをする。生活のために全て手放したゲーム機が、全部ある。それだけじゃない、ゲームソフトも完備。
「このゲーム面白いなぁ……あー、また負けたか。もう一回だ!!」
「……」
「今度こそ勝つ、あそこは改善できたしな……」
いくら夜更かししても、体調が悪くなることはない。眠ろうと思えばいつでも眠れる、でも眠らずとも体は悪くならない。この家の中にいる限り、リョウジの体は永遠に健康な状態だ。娯楽の多い無菌室。
「よし、やっと勝った!!」
「おめでとうございます」
「それじゃ寝るか、電気消して」
「おやすみなさいませ」
今日もこうして一日が終わった。ちなみにこの家は、危険すぎて誰も近づかない廃坑の中にある。外は魔物が闊歩しているので、出たら一瞬で死に至るだろう。しかし、リョウジがそうなることはない。リョウジは引きこもるのをやめるつもりなど、毛頭ないのだから。
「ふわぁ~、よく寝た……今何時かな? まぁいいか」
「おはようございます、朝食をどうぞ」
「ありがとう、いただきます」
部屋の中の人工太陽によって、太陽光すら必要ない。この家の中では、リョウジが起きる時が朝である。今日もリョウジはチートで素晴らしい時を過ごしている。
「今日はこの後どうされますか?」
「とりあえず風呂のお湯を抜いて、風呂掃除したら……昼寝かな」
「かしこまりました、準備をしておきます」
もはや習慣になった風呂掃除。これだけは自分でやっていた。まぁ、これだけしかしないのだが。これ以外にできることがないとも言う。
「よし、終わり。手を洗って昼寝しよう」
「お昼寝用の環境を整えてあります」
「ありがとう。お腹が空いたら起きるから、それまで自由にしといて」
「かしこまりました」
そう言って、ソファの上で昼寝を始めた。ドール達は立ったまま、ピクリとも動かない。意思がないのだから当然だ。
「んん~……よく寝た」
「おはようございます。こちら、昼食になります」
「ありがとう、いただきます!!」
目の前にあるのは、リョウジの理想の昼食だ。明らかに体に悪いジャンクフード。こんなものを毎日食ったら、普通は体調を崩す。しかし、この家の前では、そんなもの通用しない。だってこの家は『チート』なのだから。
「ごちそうさま、美味しかったよ」
「食器をお下げします」
「ありがとう。さてと、ゲームでもしようかな」
今度はゲーム。何も変わらない、変わり映えするはずがない。リョウジがそれを望まないなら、何も起きないのだ。変化を望めばいくらでも享受できる。変化しないのは、チートが機械的だからではない。機械的であることをリョウジが何より望んでいるからだ。
「ここの謎解きは……うーん、難しいな」
「……」
「攻略サイト見ながらやるか……」
もちろんネットもある。リョウジが死んだ時のネットの全てをアーカイブしているので、なんでも見ることができる。
「なるほど、ここはこうやるんだな……」
「……」
「よし、クリア!! 続けて次もやろう!!」
この生活は永遠に続く、リョウジがいる限り。たとえ外がどうなっていようとも、たとえ天地が崩れようとも、この家の中に変化は起きない。
「そろそろお腹すいたな……晩ご飯ある?」
「既にお作りしました。どうぞ」
「流石だね、ありがとう!! いただきます!!」
リョウジはそれを綺麗に食べた。いつもの光景だ、もう数年は経過している。それでもリョウジにも、ドール達にも変化は起きない。
「さてと、食べ終わったし……もう一回ゲームするか。まだまだあるしな!!」
「……」
「一緒にやる? 楽しいよ!!」
コントローラーを差し出す。しかし、ドールは何の反応も示さない。自我もない、変化もしないのだから当然だ。
「……」
「あ、そっか。無理なんだっけ……じゃあ、一人でやろうっと」
「……」
リョウジはそれでも変化させない。リョウジがそれを願うだけで変化は始まる。ドール達が喋り始めて、遊び相手もできて、日々がもっと楽しくなる。だが、しない。
「よし……そろそろお風呂入ろうか」
「お風呂は沸かしてあります」
「ありがとう、じゃあ入ってきます」
永遠に変化しない。変化することを必要とされず、必要としなくても生きていける。リョウジのチートは無敵だ。絶対に、永遠に。
「ふぅ、いい湯だった……風呂場が広いとやっぱりいいな」
「……」
「さてと……今日はもう眠いし、寝ちゃおうかな」
お茶を飲みつつ、ベッドに入る。ドールはその動作に反応し、部屋の電気を消した。
「おやすみなさいませ」
「うん、おやすみ」
「……」
それからも、変わらない日々が続いていった。その先にあるのは破滅のはずなのに、必然の破滅は永遠に来ない。だって『チート』だから。不可能を無理やり可能にすることだって、簡単だ。
「今日も朝ご飯が美味しかった。さてと、ゲームしよう」
「……」
「このボス、強いんだよな……今日こそは勝てるといいけど」
リョウジしか生命体が存在しない上、外からの光も音も遮断しているので気づかれていないが、もう100年経過した。無為な日々はまだまだ続いていく、圧倒的力の前には必然すら平伏するしかない。破滅もない、寿命もないし、病気もない。リョウジの望まない全てを排斥する、最強の家。
「あー、勝てない……お腹すいてきたな、ご飯にしようか」
「お昼ご飯です」
「ありがとう、いただきます」
リョウジの生活が、終わることはない。100年経っても、1000年経っても、たとえ宇宙が破壊と創世を迎えるに至っても、永遠に。
「ふぅ、美味しかった。ありがとうね」
「お皿をお下げします」
「さてと、ゲームの続きだ。今度こそ勝つ」
この家は拒絶し続けている。リョウジの意思に従って、あらゆるものを。変化も、光も、音も、果てには自分以外の生命に至るまで。リョウジにとっての天国は、終わらない。
「よし、やっと勝てた!! はぁ、幸せだなぁ……」
永遠に閉じ篭り続けることこそが、リョウジの幸福。どんな説得も正論も馬の耳に念仏。救いようなど最初からない。救われたいとも思っていない。いつか永遠の退屈に飽き飽きして、出られないこの家のドアを叩くかもしれない。動かそうとしても、ドールはもう二度と自我を持たない。取り消しは、もう効かない。
「さてと、晩ご飯食べようっと……いただきます」
だが、それでもいいだろう。リョウジの勝手だ、誰にも迷惑はかかっていない。なにより今、リョウジは……幸せなのだから。