最強の男・最条天下。ある日、ゲームセンターで子どもに負けたと思い込み、自信をなくしてしまう。
そんな天下のもとに舞い込んだのは、力を授ける秘密結社の調査依頼。傷心のまま仕事に向かった彼は、戦いの中で「最強とは何か」を考えることになる。――最強の男の、いつも通りで少しだけ落ち着かない一日
「僕の勝ちだね」
「な……なんだと。この俺が負けた?」
俺の名前は最条天下。生まれてから一度も負けたことがない。勝利をつかみ続ける運命なのだと、自分でも信じていた。
その俺が、ゲームセンターの格闘ゲームで負けた。
初めて遊ぶゲームではない。茂さんと吉さんに付き合って、何度もプレイしたタイトルだ。
それなのに、俺は一度も攻撃を当てられず、目の前の子どもに完敗した。
「何をしたんだ、お前」
子どもは鼻で笑った。
「僕の最強戦術を破れる人なんていないよ。お兄さん、自信ありそうだったのに、こんなもの?」
「あの天さんが負けるなんて……」
「あのガキを止められるやつはいないのか」
背後では、茂さんと吉さんが肩を落としていた。
二人はゲームセンターで知り合った仲間だ。ゲームを楽しんでいたところ、あの子どもに勝負を持ちかけられ、負けるたびに金を取られたらしい。
助けを求められ、俺が代わりに勝負することになった。
だが、俺も負けた。
「じゃあ、三人で三万円ね」
「や、やめてくれ! 金がなくなっちまう」
「今月のゲーム代が……」
底の見えない井戸に落ちていくような気分だった。暗く、何も見えず、つかまるものもない。
「やったー、三万円! これで新しいゲームが買える。じゃあねー」
子どもの声が、井戸に蓋をする音のように聞こえた。
「すまない、二人とも。取り返すどころか、負けてしまった」
二人は静かに首を振った。
「あいつは化け物だ。俺たちのために戦ってくれただけで十分だよな、茂」
「そうだな、吉さん。天さんでも勝てないなら、しばらくここには来られないな」
俺のせいだ。俺が負けたせいで、二人を救えなかった。
悔しさ、悲しさ、怒り、喪失感。こんな感情を知る日が来るとは思わなかった。
俺にとって、負けることはあり得ない。負けた自分など自分ではない。そう信じて生きてきた。
二人が店を出ていくのを、俺は見送ることもできなかった。ネオンの光がちらつく店内で、しばらく動けずにいた。
「お客さん。そろそろ閉店だよ」
「すまない」
谷口と書かれた名札をつけた店員の声で、ようやく我に返った。
「それにしても、勝った画面をずっと眺めてるなんて、よっぽどうれしかったのかね」
画面には、YOU WINと表示されていた。
俺は、その表示を見ないままゲームセンターを出た。
外はすっかり暗くなっている。入ったときは夕暮れだったはずだ。思っていた以上に、俺は打ちのめされていたらしい。
「あの子ども、ただ者じゃないな」
試合中、何をされたのか分からなかった。俺の動きが読まれている。
何を出しても、相手は完璧に対応してくる。まるで、最初から勝敗が決まっていたかのようだった。
このままでは、何度やっても勝てないだろう。
俺が勝利にこだわるのには理由がある。武術系の家に生まれ、親からは常に「最強であれ」と言われて育った。
勝って、勝って、勝ち続けた。最強のボクサー、柔道家、剣士。相手は人間だけではない。
陸上最強と呼ばれるアフリカゾウにも、最速のチーターにも、海の頂点に立つシャチにも勝った。
いつしか俺は「最強の男」と呼ばれるようになった。
だが、最強ではない自分に何の意味がある?勝利への道を見失った俺には、答えが分からなかった。
帰宅への近道に、いつもの路地裏へ入る。足取りは重かった。
「おい、ねぇちゃん。俺と遊ぼうぜ」
「や、やめてください。私には待っている人がいるの」
顔立ちの整った女性が、男に言い寄られていた。
「おい、やめておけ。痛い目を見るぞ」
男は俺を値踏みするように眺めた。
「なんだよ、デカぶつ。デカいからって調子に乗るなよ」
「別に調子には乗っていない。どちらかと言えば、傷心中だ」
「俺の力を見せてやるよ。『
男の拳が俺の腹に当たった。内側を壊すような衝撃が走り、俺は路地の端まで吹き飛ばされる。ゴミ箱にぶつかり、辺りに中身が散らばった。
「いてぇな」
俺はゴミをかき分けて立ち上がった。負けたと思い込んだせいか、いつも以上にダメージを受けている。
「はは、威勢だけかよ。俺の祝福『
「ご丁寧な説明だな。俺の祝福は『
地面を蹴り、男の顔面に拳を叩き込む。男は吹き飛ぶこともなく、沈むように静かに地面へ倒れた。
「はぁ……これで満足か、案内人」
「ちょっと、あんたが倒してどうするのよ。白馬の王子様のために用意したのに!」
このいかれた女は案内人だ。俺のように「祝福」と呼ばれる特殊な力を持つ人間は、
彼女は天与者に特別な仕事を案内するのが仕事だ。
「安心しろ。殺してはいない」
「そりゃそうでしょ。あんたがのしたのは衝撃君よ。若手のエースなのに」
「人手不足の
案内人は衝撃と呼ばれた男を壁際へ引きずり、息を整えた。
「それにしても、あんたにしてはずいぶんダメージを受けたわね」
「簡単な話だ。俺が負けた」
案内人は首を傾げた。
「あり得ないでしょ。あんたは『
「子どもにゲームで負けた。何もできずにな」
「冗談はその力だけにしなさいよ。祝福は宿命なの。『
「それにほんとなら世界の危機よ。どうせ子どものやることなんて、ズルに決まってるわ」
励ましているのか、よく分からない言葉だった。
相手がズルをするのは、俺にとって珍しいことではない。
それでも俺は勝ってきた。相手が天与者なら、感覚で分かる。そうでないなら、単純に実力の差だ。
「そうだった。仕事があるわ。あなたにね」
案内人は一枚の紙を俺に差し出した。
「今は気分じゃない」
「うそでしょ。最強が、休みたいなんて言うの?」
「俺以外にもいるだろ。『
案内人は必死に首を振った。
「今回の案件は特別なの。世界のバランスに関わっている」
「世界の支配を目論む秘密結社が、最近できた」
「そんなもの、今までもあっただろ」
世界征服を目論む組織など、季節ごとの恒例行事のように潰してきた。それだけで世界の危機とは言えない。
「今回は違うの。組織のボスは、一般人に私たちのような力を授けられるらしい」
「その力が増え続けるなら、たしかに危険だな」
「そうでしょ?ただでさえ
俺は、もう最強ではない。俺ですら負けることがある。
それは今日、嫌というほど理解した。
今の俺に何ができるのか、自分でも分からなかった。
それでも、この業界はいつだって人手不足だ。
「分かった。場所を送ってくれ」
「ありがとう!じゃあ、あとはスマホに送るわね。これで安心して合コンに行ける、ひゃっほう!」
案内人は夜の街へ消えていった。世界の危機というより、面倒な案件を押しつけたかっただけではないか。
まあ、気分転換にはなるかもしれない。
スマホに届いた場所へ向かうと、最近名を上げている製薬会社の巨大なビルがあった。
いつもなら正面から入って制圧するところだが、今は絶賛、絶不調だ。何が起きるか分からない。裏口から侵入することにした。
ビルの裏口は施錠されていたが、力を込めると扉は簡単に開いた。力が弱まっていても、これくらいは問題ない。
中は駐車場だった。金持ちの会社らしく、高級車が何台も並んでいる。
「おっと。ボスの車を狙う悪い子、発見」
顔面を狙うナイフが飛んできた。刃が手に触れる寸前、どうにか柄をつかむ。
今の俺では、刃を素手で受ければ切り傷を負いかねない。
「何の用だ」
ナイフを地面に投げ返す。俺はあいにく、武器を使わない主義だ。力が使いづらくても、それは変わらない。
「いやいや、裏口が勝手に開いたら、泥棒しかいないでしょ」
男はナイフを片手でくるくる回した。器用な男だ。
「俺は泥棒じゃない」
「へえ。じゃあ、何の用で来たのかな」
「このビルにいる悪い男を成敗しに来た」
男がナイフを俺に向ける。その刃から青い光が漏れていた。
「それじゃあ、悪い子は俺様かな。人を何人も殺したことがあるからね」
男がナイフを投げた。刃が顔に迫る。つかもうと手を伸ばした瞬間、光が走った。
ナイフは内側から弾け、爆風と破片をまき散らした。手は傷だらけになり、頬にも細かな切り傷が走る。いつもの俺なら無傷だったはずだ。
やはり、力が弱まっている。
「やっぱり死なねえよな、
「天与者《エルガーズ》を知っているのか」
男はコートを開き、内側に並んだ何本ものナイフを見せた。俺は、動きにくそうだな、と場違いな感想を抱いた。
「なあ、天与者《エルガーズ》さん。世の中は不平等だよな。俺は努力してきたのに、お前たちは何の努力もなく神から力を与えられる」
男はナイフを一本抜いた。
「だが、あの方は違う。どんな人間にも平等に力を与えてくださる。今の神は怠惰で傲慢だ。俺様がこの手で神を殺す」
「戦いの前にぺらぺら喋るなよ、そういう奴は大体弱いぞ」
「俺様の力は『
「種明かしは終わりか?」
男の腕が振られた。
一本、二本、三本。ナイフが間を置かずに飛んでくる。
俺は身をひねり、駐車場の車の間を走った。刃が頬をかすめ、背後で爆発音が弾ける。
停められていた車のドアが吹き飛んだ。窓ガラスが砕け、警報が次々と鳴り始める。爆風に押され、俺の身体が横へ流された。
「いいのかよ。お前の主の車を壊しても」
「いいさ。お前の命を取れたなら帳消しだ」
男はコートの内側からナイフを抜き、投げ続けた。
俺は車を盾にしながら、少しずつ距離を詰める。
だが、車体にもナイフが突き刺さった。爆発のたびに金属がへこみ、破片が飛んでくる。
目で刃を追うだけでは間に合わない。俺は男の肩と肘を見た。
腕が動く前に、次の軌道を読む。右、左、続けて二本。爆発の間隔を測り、車の陰から飛び出した。
男の懐まで、あと一歩。
その瞬間、男はナイフを投げず、空いた手で俺の胸元をつかんだ。
「捕まえた」
上着に熱が染み込んでくる。
「しまっ――」
言い終える前に、胸元で爆発が起きた。
身体が後方へ弾き飛ばされ、背中から車にぶつかった。肺の空気が押し出される。
視界が一瞬白くなり、耳鳴りの向こうで警報音が重なった。
「ナイフだけだと思ったか? 触れたものなら何にでも力を込められる。お前の上着にだってな!」
「なるほど。そいつは厄介だな」
「安心しろ。今のは挨拶代わりさ。次は跡形もなく消し飛ばしてやる」
俺は胸元を押さえ、息を整えた。服は裂け、皮膚も焼けている。
いつもの俺なら、こんな傷は負わなかった。
力が弱まっている。
その事実を認めると、ゲームセンターで聞いた子どもの声が頭をよぎった。
何をしても届かず、一方的に倒される自分。あのときと同じように、今の俺は傷ついている。
それでも、足は動く。
俺は車体を蹴り、男へ飛び込んだ。拳を握り、顔面を狙う。
男はナイフを捨て、両腕で受けた。俺の拳を受け止めた手が、そのまま手首をつかむ。
また熱が走る。
力を込められたのは手首か、それとも触れている上着か。考えるより早く、爆発が腕を襲った。
「ぐっ!」
腕がしびれ、拳が開きかける。男はその隙に俺の腹へ膝を叩き込んだ。
息が詰まり、身体が折れる。続けて肩をつかまれ、地面へ投げつけられた。
コンクリートに頬が当たる。口の中に血の味が広がった。
「どうした、
男の靴が脇腹を蹴る。俺は転がり、車の下へ潜り込むようにして距離を取った。
腹が痛む。右腕はうまく動かない。立ち上がるだけで、身体のあちこちが悲鳴を上げていた。
それでも、男が近づいてくるのを待った。
「かくれんぼは昔から好きだぜ。昔と違うのは、見つけたら命も奪えることだ!」
ナイフを投げる前には、肩がわずかに開く。
触れて爆発させるには、相手に手を届かせなければならない。
あの男の力は強い。だが、爆発に必要な動きまで消えるわけではない。
男が車の脇から顔を出した。
俺は、最後まで見てから動いた。
投げられたナイフを避ける。爆風が背中を押す。
その勢いを利用して、車のボンネットに手をつき、男の懐へ滑り込んだ。
今度は、右拳ではなく左拳を振るう。
男の頬に拳が入った。勝てると思えるほどの手応えがあった。
拳は男の頬を捉え、身体ごと吹き飛ばした。
「ぐぼぁっ!」
「悪いが、これはかくれんぼじゃない。殴り合いだ」
男は駐車場の端まで飛ばされ、車に激突した。
警告音が駐車場に響き渡る。ボロボロの身体には、その音がひどく響いた。
「あの程度に苦戦するとはな」
俺はエレベーターに乗り、最上階のボタンを押した。
敵のボスというのは、古今東西、最上階にいるものだ。
下の階にいるのは、どうせ雑魚か時間稼ぎ要員だろう。
壁にもたれ、目を閉じた。
荒い息を整えようとしても、胸の奥がざわついてうまくいかない。
さっきの男に負わされた傷が痛む。力を使えば、いつもなら一瞬で片づく相手だった。
それなのに今は、息を切らし、手にも傷を負っている。
俺は本当に弱くなったのか。
これまでの仕事なら、勝つために何をすればいいか分かっていた。
相手の力を見極め、正面から叩き潰す。それで終わりだった。
だが今は、自分が勝てるのかさえ分からない。
エレベーターが上がっていく。階数表示がひとつ進むたび、逃げ道が遠ざかっていく気がした。
ここで降りて帰ることもできる。誰も俺を責めないかもしれない。
それでも、足は動かなかった。
帰ろうと思えば帰れる。それなのに、足は自然と前を向いていた。
「……まあ、行くか」
俺はゆっくり息を吐き、壁から背を離した。
エレベーターが止まった。扉の先には、大きな椅子に背を向けて座る男がいた。
「お前がボスか?」
男はゆっくりと振り返った。
「いかにも。我こそが王だ」
「そうか。悪いが、今は不調でな。さっさと負けてくれ」
男が手を挙げた。
「我の力は『
男が声を高らかに祝福を解き放つ。
「
俺の身体から光があふれ、男の手に集まっていく。
力が身体の奥から引き抜かれる感覚に、膝が揺れた。
「これで、我が『
光が男の身体へ流れ込む。俺の中にあった力は、確かに失われた。
「なるほど。すべて罠だったのか」
「そうだ。『最強《オロフィ》』の祝福を持つお前を呼び寄せるための計画だ。力におごりすぎたな」
男は机の下から拳銃を取り出した。今までなら意味のない道具だ。だが、力を奪われた俺には致命傷になりかねない。
引き金が引かれる。長年の経験で身をかわすが、避けきれない。銃弾が右肩をえぐった。
「熱いじゃねぇか」
「腐っても最強か。この距離の銃弾を、生身で避けるとはな」
右肩に触れる。赤い血が手から滴り落ちた。ここまで血を流したのはいつぶりか、覚えていない。
だが、胸に湧いたのは怒りではなかった。
「なあ、あんた。最強って何だか知っているか」
以前の俺なら、焦っていただろう。最強の力を奪われたのだから。
だが、俺はすでに一度、最強でなくなったと思い込んでいる。力を失うことも、あり得ない話ではないと感じていた。
「どうした? なぜ恐怖しない。力の源を奪われたお前は赤子同然。まな板の上の鯉だ」
「最後ぐらい、質問に答えてくれてもいいだろ」
ずっと疑問だった。最強とは何なのか。
「笑止。常に上に立ち続ける者だ。今や、我こそが最強」
「そうだな。俺も、ずっとそう思っていた」
最強は勝たなければならない。負ければ、ただの強い人間だ。
一位でなければ意味がない。そう信じていた。
「今日は子どもにゲームで負けた。さらに、お前にも力を奪われた」
「貴様に勝ち目はない。さらばだ、元最強」
再び拳銃が俺に向けられる。避けるのは難しい。避けられたとしても、その次はない。
最強であることこそ使命であり、人生だと思っていた。それは正解でもあり、過ちでもあった。
「なあ、最強ってのは、負けない奴のことじゃない。負けても、何度でも立ち向かって、最後に勝つ奴のことじゃねえのか」
「弱者の戯言だな」
銃弾が額へ向かって飛んでくる。衝撃が頭蓋を砕こうとした。
身体が地面へ倒れ込む。それでも俺は、倒れる直前に足を踏ん張った。
膝に力を入れ、腰を起こし、全身を持ち上げる。
額から、平たくなった弾丸が落ちた。
「な……祝福は奪ったはずだ!」
男の身体に流れた光が、明滅している。俺の力を完全には受け継げていないのだ。
祝福は奪えても、持ち主までは変えられない。祝福とはそう単純な原理ではない。神から与えられた宿命なのだから。
「俺の方が、『最強《オロフィ》』にふさわしかった。それだけのことだ」
男は机を持ち上げ、俺に投げつけた。机は俺に当たると、鈍い音を立てて壊れた。木くずが床に散る。
「ならば証明してやる!お前から奪った『最強《オロフィ》』で、我こそが最強だとな!」
男の力は確かに強大だった。拳が顔に当たれば痛い。腹に拳がめり込み、血が噴き出す。壁に叩きつけられ、肺が圧迫される。
男が拳を握り、踏み込んできた。
迎え撃つように、俺も拳を突き出す。
拳と拳がぶつかった。鈍い音が部屋に響く。
衝撃が腕を伝い、肩まで震えた。どちらも引かず、次の拳を振るう。
男の拳が頬を打つ。俺の拳が腹に沈む。顔を狙い、腹を狙い、何度も拳をぶつけ合った。
一歩も譲らない。
殴られるたびに視界が揺れ、息が詰まる。
俺の拳が当たるたび、男の身体も大きく揺れた。
どちらかが倒れてもおかしくない。それでも俺たちは、相手の拳を受けながら前へ出た。
力は拮抗していた。
なのに、俺はいつの間にか笑っていた。
楽しい。
この十年、俺は数えきれないほどの案件を片づけてきた。
相手の能力を見極め、危険を取り除き、必要なら倒す。いつしか戦いは、仕事の手順のひとつになっていた。
面倒な案件を終わらせ、次の依頼を受ける。それを繰り返すだけだった。
けれど今は違う。目の前の男の拳を受け、こちらの拳を返す。
次に何が来るかを読み、どうすれば届くかを考える。自分の一撃が相手を揺らし、相手の一撃が自分を追い詰める。
戦いそのものに、心が動いていた。
俺は強さを、勝ち続けることだと思っていた。負けたことのない自分こそが最強だと信じていた。
でも、違った。
負けることを恐れて勝利だけを追いかけていた頃より、今の方がずっと前を見ている。
倒されても、また拳を握る。相手が強いからこそ、次の一撃を考える。
男の拳が頬を捉えた。頭が横へ振られる。俺は足を止めず、体勢を戻して腹へ拳を打ち込んだ。
男がよろめく。
ほんのわずかに、均衡が崩れた。
俺の身体の奥で、祝福が熱を帯びた。男へ渡った力が、殴られるたび、受け止めるたび、拳を返すたびに、少しずつ俺の中へ戻ってくる。
「なぜだ……!なぜ、まだ強くなる!」
「さあな」
俺は拳を握り直した。
「でも、今は分かる。俺は戦うのが楽しいんだ」
男の顔から、余裕が消える。
俺の拳が男の拳を押し返した。さっきまで互角だった打ち合いが、少しずつ俺の方へ傾いていく。
男の一撃を受けても、足が崩れない。俺の拳は確かな手応えを残し、相手の頬を揺らした。
作業のようだった仕事に、色が戻ってくる。
それでも男は拳を振るい続けた。俺も何度殴られても、何度倒されても立ち上がる。
「なぜだ!なぜ倒れない!なぜ許しを請わない!その目をやめろ!奴を思い出す!」
俺の目には、哀れな男が映っていた。
ゲームセンターで負ける前の、俺のようだった。勝つことだけを求め、それが自分のすべてだと思い込んでいた。
「哀れだな、お前」
「何だと!我の方が強いのに、なぜ貴様が我を憐れむ!」
「確かに、お前は強い。でも、勝ち続けることしか見えていない。強さしかない。そこに深みも面白みもない」
「勝つことこそ正義だ! 勝者こそすべてだ!」
男の拳が、また俺に突き刺さる。だが、俺は前へ出た。
「最強ってのは、そう単純な話じゃない。負けたことのない奴は、成長する機会がなかったってことだ。負けても、なお立ち上がって勝つ奴の方が強い」
その瞬間、俺の中で祝福が応えるように黄金の輝きを放った。
「クソガキがああああ!」
俺は拳を握り、男の頬を殴り飛ばした。
男は窓を突き破り、暗い夜の底へ落ちていった。
割れた窓の外から下を見る
「やっぱり、高いところに住むもんじゃないな」
俺はスマホを取り出し、案内人に電話した。
「何よ。迷子にでもなった? 今、いいところなんだから」
「案件は片づけた。ビルの下に男が落ちている。確認してくれ」
「うそでしょ!さすがね、最強さん。ねえ、今お医者様のイケメンを落とそうとしてるの。最強様のアドバイスを――」
俺は電話を切った。あの女は、いつか絶対に解任してやる。
翌日、俺は再びゲームセンターへ向かった。
「やったー。今日も五万円稼いだよ。僕って遊びの天才だなー」
子どもは、いつものように勝ち誇っていた。
「なあ、もう一度勝負しないか?」
俺を見るなり、子どもは嘲笑った。
カモがネギを背負ってきたとでも思っているのだろう。
「なんだ、お兄さんか。次は財布の中身を全部取ってやるよ」
「俺が勝ったら、昨日取った金を返して、賭けはやめて普通に遊べ」
俺はコントローラーに手を置いた。昨日と同じ感触だ。
だが今は、画面だけを信じない。ボタンの反応、音、手元の感覚。そこにあるものを一つずつ確かめる。
試合が始まった。画面の中では、子どもが勝ち続けている。昨日と同じ映像だった。
だが、俺はもう惑わされない。
五分後、画面にはYOU WINと表示された。子どもは呆然と床に座り込んでいる。
「この僕が負けただと? ありえない……僕は遊戯の魔人なんだぞ!」
「遊戯の魔人?」
子どもは顔を真っ赤にし、床を叩いた。
「ずるだ!絶対ずるをした!お前も同胞なのか?それとも魔術を知ってるのか?」
「何を言ってるのかさっぱりだが、ずるはしていない」
「そんなわけない!投影魔術で、僕が勝ち続ける映像を見せていたのに!それでも映像がWINにねじ曲げられる!」
投影魔術。何を言っているのか分からないが、改造チートのようなものだろう。
「疑うなら、もう一度勝負してやるよ」
子どもはしばらく俺をにらんでいたが、やがてポケットから札を出した。
茂さんと吉さんの分も合わせた三万円だ。
「次は絶対勝つからな!」
「その前に、賭けはやめろよ」
「クソ! バカ! アホ! 間抜け!」
子どもは目に涙を浮かべながら、店を出ていった。
「うおおおお! さすがだぜ、天さん!」
「どうやったんだよ、兄ちゃん!」
どうやったのか。特別なことはしていない。自分が何をしているのかを、見失わなかっただけだ。
昨日、俺は負けたと思い込んでいた。それは正解でもあり、不正解でもあった。
だって、俺は今日勝てたのだ。次もまた勝てば、良いだけの話。俺は最強なのに昨日より少しばかり強くなったように感じた。
祝福は、最も適性のある者に宿る。奪われたように見えた力は、いつの間にか俺の中へ戻っていた。
俺はただ勝ち続けるだけの男ではない。敗北を信じて打ちのめされても、もう一度立ち上がり、勝つために進める。
俺の祝福は『最強《オロフィ》』。能力は『
「だって俺は、最強だから」
本編をさっさと書きたいのですが、なんか書けてしまったので投稿してみました。
最強キャラの何気ない日常ですが、流石に解説を置いておきます。
一応解説としては祝福は超能力のイメージです。
それを持っているのが天与者です。彼らは互いに世界の均衡を保つべく、無意識に争い合う性質がある。
その中でも最強を関する力を持つのが主人公です。
子どもは、祝福とは違う力で主人公に勝っている映像を映し出すことでずるをしていた。しかし、勝つことを信じれるようになった主人公の力でねじ伏せられました。
なので、この物語は別に最強に戻る話でもないです。
敗北したと思い込んだ最強が、いつもの自分に戻る話です。
まとめると、勝手に落ち込んで、勝手に元気になり、ついでに悪いやつをボコった。
なんて主人公でしょうか、仕方がない。最強だから。