懐玉は人間として
玉折は楽器として
譜面を広げ、掠れたインクの匂いを孕んだ歌詞の羅列を、私は幾度も指先でなぞる。
『青の■■■』
奇妙なタイトルだと思う。
青という色は、残酷なまでに曖昧だ。空の色か、海の色か。あるいは、ただの観測者の脳内が見せる錯覚に過ぎないのか。
私は、青が好きだった。晴れ渡る空の下では、世界のすべてが赦されているような気分にさせてくれた。どこまでも歩いていける。何者にもなれる。そんな無邪気な未来を、その色は私に約束してくれた気がした。
綺麗で、眩しくて、喉の奥が引き裂かれるほどに手を伸ばしたくなるのに。
どうしてこの色彩は、こんなにも内側を焼くように痛いのだろう。
共に過ごした時間。意味のない冗談。隣り合うことが世界の規定事項であると信じて疑わなかった日々。その只中にいるとき、私たちはそれをただの日常と呼ぶ。後になって、あれが人生の全盛期だったと知るのは愚かだと思う。
私にも、そんな日があった。
奏多さんと、音楽を奏でていた時間。
初めて交わした視線。不格好に重なり合った音の端々。音楽の話をするときの、あの人の嬉しそうな横顔。奏多さんのなかにあった形のない衝動を、楽器という肉体が外へと連れ出していく。その圧倒的な自由を、私は眩しく、そして少しの恐れを抱きながら見ていた。
私は、あの人が好きだった。
今さら、そんな私情を認めることにどんな意味があるのかわからないけど、どうしてあんなふうに笑えるのか。どうしてあんなにも無防備に魂を響かせられるのか。私には理解できなかった。だからこそ、知りたかった。もっと聴きたかった。もっと隣で、あの疾走に取り残されたくなかった。
けど、もう叶わない。いくら指先を鍛えようと、どれほど精緻な技巧を手に入れようと、あの人に直接音を届けることはできない。残酷な世界のルール。もう二度と、あの快活な笑みに出会うことはないという事実が、私の内側を冷たい水で満たしていく。
この歌を作った人も、この底冷えする喪失を知っているのだろうか。
歌詞のなかに息づく「君」とは誰なのだろう。かけがえのない友か。背中合わせで戦った仲間か。それとも、生きていながら二度と交わらない道を選んだ者か。
わからない。どれだけ言葉を舐め回しても、正解などどこにも落ちていない。けどね、わからないからこそ、私はこの歌に囚われる。この詩を書いた人間が見ていた地平と、私が見ている地平の重なりを確かめたくなる。
もし、私の解釈が間違っていたら?
もし、私が奏多さんの面影をこの歌に重ねることが、作者の魂への冒涜だとしたら?
私は、許されない間違いを犯しながら歌うことになるのだろうか。
音楽には、厳密な正解があると思っていた。音程、リズム、調性、解釈の規範。正しさは常にそこにあって、練習という名の階段を登り続ければ、いつか辿り着けるものだと信じていたけど、あの人は自由にしていいと言ってくれた。
それが私に虹色を感じさせてくれた。
人間の感情は違う。どれほど血を流そうとも、他者と全く同じ景色を見ることはできない。その人が抱えた痛みの深さを、正確にトレースすることなど誰にもできない。ならば、私がこの歌に抱く感情も、私だけの歪んだ独りよがりなのだろうか。
勝手に意味を付与し、奏多さんの幻影を重ね、自分の救済のためにこの歌を利用する。それはなんと傲慢で、薄汚い行為だろう。他者の心など、突き詰めれば不可知の領域だ。ならば、私のなかに芽生えたこの痛切な感情も、私だけの独善で塗り固められた虚偽なのだろうか。
……それでも。
私は、この歌が好きだ。理屈を超えて、音が、言葉が、私の皮膚を粟立たせる。明るいのに冷たく、懐かしいのに未知の絶望を見せてくれるこの響きが、私の胸の奥を容赦なく抉る。
その理由など言葉にできない。けれど私は、この歌が奏でる世界を肯定したい。私自身の感覚の純度を、まだ信じていたい。
もし今、あの人に声を届けることができるなら。私はたくさんの言葉を投げかけたいのだ。新しい曲を覚えたこと。上手に演奏できるようになったこと。そして、この不条理に満ちた歌を、今、愛しているということ。
「いいじゃん!」
そう言って、あの人が悪戯っぽく笑う幻影が、脳裏を過る。
それは私の我欲だ。死者にすがり、未練を正当化するための醜い執着だ。それでもいい。私は、あの人からの承認を求めている。あの人の記憶の中で、ただの背景で終わりたくないという呪いを、まだ捨てきれずにいる。
思い出を守るために、私はここで立ち止まり続けるべきなのかな。いいや、新しい音楽に出会い、未知の旋律に心を揺らし、いつか別の景色を見上げることを、私は恐れてはいけないはず。
そうだ。
私は、まだ音楽が好きだ。音が生まれ、空気が震え、誰かと共鳴する瞬間のあの熱量を、私は手放したくない。
他者と分かり合えない絶望を抱えたままでも、音の波長が重なり合う奇跡を、私は信じたい。
歌う。誰に向けてでもなく、あるいはすべての世界に向けて。
作者のためでも、聴衆のためでも、もう還らない奏多さんのためだけでもなく、私自身の内側にあるこの光を形にするために。
正解などなくていい。
私の解釈が歪んでいようとも、私の声で、私の呼吸で、この音を世界に投げ出してみたい。
いつか届くのかな。私のこの不完全な歌も、名もなき誰かの祈りも。すべてがすれ違い、たとえ分かり合えなくとも、同じ空の下で同じ響きを希求したという事実だけが、どこかに残るのなら。
私は、この青い痛みを抱えたまま、歌う。
私自身の感性を信じ、私の声で「好きだ」と叫べたこの瞬間の熱だけは、きっと私の本物だと思うから。
さぁ、宿題を終わらせます。虹色とともに