「別に憎んじゃいないが、ただ疑問なんだよ。」
「……はぁ、お人好しは早死にするぜ?」
「まぁいいさ。けど、スクラップクイーンはカンカンだぞ。そりゃそうだろ、あんな急にあいつの機体を直せって言われてもすぐにはできやしないのに鞭打って働いてたんだからな。」
「叱られるのは確定だろ?なら、ついて行ってやるさ。」
「行こうぜ、"トリガー"」
『……を。F…U…軍所属空母、…答を。』
「こちらAWACSディーラー、ボギー1接近中!」
「待って!けど、様子変じゃない?」
そう言われると、一番機ことレックスは其方を見やる。レーダー上では確かにボギーが表示されているが、こんな戦闘空域をたった一機で、しかもオープンチャンネルで通信を試みているのを見るに、交戦の意思はないのではないか?
"———あるいは、ブラフかもな。"
さぁな、と声出さずに体を竦める。ともあれ、一旦はこちらで対処しよう。
「ディーラー、こちらジョーカー1。不明機に接近し状況を確認する。それで宜しいか?」
「あー、ジョーカー1。許可する。ジョーカー2と共に不明機に接近せよ。」
「ジョーカー1、ウィルコ。バクスター、行こう。」
「ジョーカー2、了解。ったく、せっかく港に入港できると思ったんだがな……」
デルファイム港周辺空域、戦闘の音は影を潜め空には静けさが包んでいた。ひとしきり暴れ回り、護衛機も攻撃機も爆撃機も喰らい尽くした果てには相応しい光景だ。
『こちら、ボスルージ共和国空軍第68飛行隊所属の———』
「こちら、FCU海軍第830艦隊飛行隊所属ジョーカー隊だ。貴機の目的を答えよ。」
『———失礼。こちらは、ボスルージ共和国空軍第68飛行隊所属の者だ。君たちに届け物をしてくれと頼まれたのでな。』
「届け物……?」
「いや、待てあんた。もしかしなくても———」
『着艦のリクエストを。』
「………あー、了解。こちらの艦の責任者からも許可が降りた。ではジョーカー1。その……"Su-30"を着艦させてくれ。」
「……はぁ、後ででいいか。」
バクスターは何かを言いかけたが、その口を閉じボギーことSu-30をエスコートできるよう後ろに回る。
そこそこの速度とはいえ、旧式も旧式なF/A-18C如きではすぐに引き離されてしまいそうだ。それに、その機体は真っ黒に塗装を施され翼端が見慣れぬ色で違っている。夕焼けに染まる空とあまりにもマッチした機体と、どこか貫禄を感じさせる声に少し物怖じしてしまいそうだ。
「まずはボスルージ機から着艦させる。接近するボスルージ機、高度を落として———」
『待て、北方より接近する機体は貴軍の所属か?』
「なんだって………あぁ、くそっ!接近する無人機を確認!さっきの部隊の本命はこっちか!」
「ジョーカー1、確認した。直ちに撃墜する。」
「ジョーカー2も続く。」
「個艦防衛システムで接近する敵機を撃ち落とせ!僚艦の盾となるのだ!!」
"……ここで死ぬような魂を救い、道を示したあの機体。ある意味で王なのかもしれないな。"
王、おそらくは正しいのかもしれないしそうじゃないのかもしれない。
無人機の前を塞ぐように飛び抜き、その編隊を乱す。すり抜けざまにミサイルと機関砲で一機ずつ叩き落としそのまま駆け抜ける。
「旋回して最後の一機も落とす。バクスターは撃ち漏らした時にカバーを。」
「了解。でもお前ならいけるさ、レックス。」
感慨も、焦燥もない。ただ機械を叩き落とし、最後の家を救う。ただそこに、義務感が横たわっているだけ。けれど、Su-30のパイロットは———どこか懐かしい感覚を覚えていた。
「これで、終わりだ。スプラッシュ3、全機撃墜。」
「やったな、レックス!」
「あぁ……けど、彼が気づいてくれなかったら危なかった。」
『……ただの勘だ。嘗ての好敵手も似たような芸当をしていたからな。』
いやどんな化け物だよ。とは口な出さぬが仏だろう。とりあえずは着艦して考えよう、話はそれからだ。
『………三本線と似ている。だが、彼とは違って翼に別の重みを背負っているのだな。』
誰にも拾われない哀愁は、あのパイロットと戦い生き残ってしまった故の感情なのか、されどその答えには静かな沈黙が返ってくるのみだ。
2029年11月1日 20:00
空母エンデュランス食堂
静かに、ただ静かに座る客人は知る人ぞ知る伝説のパイロット。そのオーラも雰囲気も凄まじい。それに当てられたクルーたちは一様に困り顔と当惑が見て取れる。
そんな中でもある意味マイペースに、さも当然のように客人の前に座り、食卓を囲むレックスは異質に見えていた。
「………君が、シーヴの翼か。」
「えぇっと、そうですが……」
「ならば、私の届け物を受け取ってくれたまえ。」
「届け物、と言いましても一体何を……」
そこで初めて、レックスは表情に困った。目の前に座る老体は一体何を届けたと言うのか。
情報か?ならばレックスに言う必要はない。
物資か?デルファイムに入港し食糧等の心配はない。
皆目見当がつかない、と顔に出ていたのか。そこまできて漸く、目の前に座る厳つい老人は表情を柔らかくした。
「あぁ、それは私が持ってきたあの機体だ。」
「え?あのSu-30を……?」
「帰りの心配はない。母国から迎えを手配してある。」
だから、貰ってはくれないか。と頼むその目は、どこか燃える意思に溢れ拒むことはできそうにない。けれど……
「……貰いたいのは山々なのですが、本艦にはWSOを担当できる士官が残っていないんです。」
エンデュランスは人手があまりにも足りない。ツギハギだらけの飛行隊、消防のヘリが避難民の救助を担う有様であり、その他士官も訓練課程を経ておらずWSOとして飛ばすのはいかな人手不足のエンデュランスでも容認できるものではない。
「その点も心配はない。ドクター・シュロー……失礼。ある企業の技術部門が新調したAI補助システムを後席に置いてある。それを使えば問題はない。」
「は、はぁ……」
そこまで来て、いやここまで来なくてもバクスターは頭を抱えたくなった。うちの長機は、まさか灯台戦争を知らないのではないかと。
顔にある古傷、還暦をとっくに越した老体、されど肉体構成はパイロットのそれ。しかもよくわからない技術のよくわからない改造が施された機体。どういった役満なんだろう、頼むからこれ以上面倒ごとは増えないでくれと本気で願っていた。
「ねぇねぇ!おじいちゃん!!おじいちゃんもパイロットだったの!?」
「あ、ちょっ、ターシャ……!!」
そこまで黙っていたターシャは我慢できぬといった様子で、興味に満ち溢れた声を響かせる。
それと同時にバクスターは、終わったと直感した。
「す、すみません!ほら、ターシャも今は二人が話し合ってるから……!!」
コスターは動く。こんなところで心情を悪くしてでは模擬戦でかたをつけようなどと戯けたことを言わせないためにも、バクスターと己の胃を守るためにもここで飛び出さねばならなかった。
「……別に構わない。私も随分歳を重ねたからな。それに、そちらのお嬢さんもかなりの腕前のだろう?」
「え、えぇ、まぁ、はい……」
「良いパイロットになりそうなんだ、ならその興味を絶やさぬ方がいい。」
そう言って、彼はカップに手をつけた。
所作の一つ一つは気品に溢れ、現場のパイロットだったとは思えないほど丁寧だ。
豆ヒーと呼ばれるコーヒーを味わうように飲み、彼は一呼吸置く。
「……そういえば名前を伺っていなかったのですが、あなたのことはなんとお呼びすれば?」
「私か?そうだな……アルカンジュとでも呼んでくれ。」
最後にそう締めくくって、彼はもう一度コーヒーを口にした。
2029年11月2日05:00
サンサルバシオン・デルファイム港
船を降りたアルカンジュ———否、ミハイ・ア・シラージは港に立ち尽くしていた。
寒さが体を貫く中、すでに衰え尽くした老骨にはいささか厳しい。とは言え、目的は果たした。今日の夜明けと共に出港し、さらに北へと向かう空母を見送るように彼はこの地に降りた。
「………もう少し若ければな。」
孫娘にもしこたま叱られ、今では地上での穏やかな生活にも慣れて、時たま様子見にやってくる元生徒たちや孫娘と余生を過ごしている。しかし、それでもたまに轟く音と翼を広げる彼らを見てはどこか羨ましさを覚えずにはいられなかったのだ。
齢90を迎えかねないにも関わらず、どこか寂しくまた飛びたいと思ってしまう。
それが、今回の元愛機の譲渡に繋がったのだ。
そもそも、三ヶ月前から続くFCU=ソトア戦争に故国もエルジアもどうにかしようとは思わなかったのだ。
灯台戦争の傷跡もあるし、そもそも前回の戦争で実質的に彼はもう空を飛ぶことを禁止されそのまま退役し、余生を過ごしている。別にミハイ自身もそこまで注視していたわけではなかったが、彼がシーヴの翼が全てを変えた。
『———逃げるような飛び方をするのだな、彼は。』
初めて目にした時、そう溢した。けれど、それがただのプロパガンダでも虚構に過ぎなくても、彼は犯した罪に対する償いを、ずっとついて来た愛機に対する最後の奉公を行いたかったのだ。
旧知のシュローデルやオーシアにいる友人たちと話をつけ、新造と言っていいほどの改造を施しわざわざ艦載機化までして彼に届けた。
そこに後悔はないし、最後に見た彼の飛び方は———前と違っていた。
たった数ヶ月であそこまで変わるのだろうか?プロパガンダに近しいあのエースが本物のエースと置き換わったのだろうか。
だからこそ、彼は残念に思う。嗚呼、もっと若ければ共に飛べたのにな、と。
「———キング!」
「……ヴィト、いい加減その名前で呼ぶのはやめてくれ。」
やって来た迎えにそう言うと、その近くにいた人物を見て体が凍りついた。
なぜなら、能面のように笑い怒気を隠しもしない可愛い孫娘が一緒にいたのだから。
「お爺様?また空を飛んだようですね?」
「……いや、今回はちが「シュローデル博士とトリガーさんから聞きましたよ?」……そうだ。」
「話は家で聞きます。いいから乗ってください。」
隣にいたヴィトも肩をすくめるようにして笑い、己は背を正してその歳とは思えぬ程軽やかに車に乗り込んだ。
けれど、彼はどこか落ち着いていた。なぜなら——
「嬉しそうですね、ミハイ。」
「そう見えるか?」
「はい、あの頃よりもはるかに。」
「………そうだな。」
彼に託したのだから、心配はいらないだろう。