(~~~~ッ!? ゼ、ゼロの使い魔ッ! くぎゅうううぅ……じゃないッ!?
 クロスオーバー? ここまで全部妄想ッ!? なんと言う筋肉ッッッ!!
 ギャグ? アンチ? しかもマルチ……Arcadiaで見たッ!!
 止められない、開始まってしまう――  間に合わ……謝罪! 今ッッ!)





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ルイズのお約束が帰ってきたッ ようやくお出ましかッ チャンピオンッッ  俺達は宇宙の果てのどこかにいる神聖で美しくそして強力な君を待っていたッッ 範馬刃牙の召喚だ――――――――ッ

 

――ぞわり、と。

 

ほの暗い電灯の下で、何かが揺らめいた。

暗闇を凝視する鮎川ルミナの背中から、どっと汗が噴出す。

 

(――俺、鮎川ルミナは、この地下室でバキさんのトレーニングに付き合うようになってから、

 様々な現象(モノ)を視てきたッ!)

 

(――体長2mの大蟷螂が現れた時は、本気でバキさんが捕食されてしまうかと思った)

 

(――同サイズの『師匠』相手に編み出されたアシダカ軍曹拳は、

 きっと俺の中で、一生忘れられないトラウマになるだろう……)

 

(――松尾象山館長が現れた時は、なかなか帰ってくれなくって

 結局バキさんを戸板に乗せるのを手伝わされるハメになったっけ……)

 

(――エア美食倶楽部にエア味噌汁で挑んだ時は、

 エア京極さんがエアボロ泣きして凄くカオスだった)

 

(けどッッッ! 今日のこの体験は、今までのどんな現象より……ッ!?)

 

「……よう、ルミナ、何か見えるか?」

 

「何かって……、でっかい門だよッ! バキさんッ!!

 バキさんにだって視えてるんだろッ!?」

 

――そう、巨大な門であった。

 

どうやってこの地下室に収まったのかも分からない、日本家屋風の巨大な門。

堅牢な鋼の枠に縁取られ、×印に打ち付けられた戸板と大仰な閂、

更に無骨な南京錠と、頑丈な鎖で雁字搦めにされた、禍々しき大門であった。

 

(まさかこの年齢(トシ)で、護身が完成してしまうなんてッ!?)

 

「だよなぁ、やっぱりこれって『ゲート』だよな。

 空中に浮いてさえなけりゃぁ、ただの鏡に見えるんだが」

 

「……えっ?」

 

きょとんと、ルミナが振り返る。

もし今日、渋川先生が用事で近所に来ようとしても絶対に辿り付けないであろう禁断の門。

それが刃牙の瞳には、何やら別の物に映っているようであった。

 

「……へっ、イーバルディの勇者の伝説に、素手ゴロで挑んでみるってのも面白いかもな!」

 

「あの、バキさん、何を?」

 

「もし、俺の留守中に親父が来たらさ、

 冷蔵庫の中のモン、適当に調理して食っとけって伝えといてくれ、

 傷んじまったら勿体無いからさ」

 

「~~~~~ッ! って、バキさ……」

 

言うが早いか、刃牙が門の中へと消える、鼻歌でも歌わんばかりの陽気な足取りで。

強大な門がゆっくりとただの壁に戻っていく様を、ルミナはただ呆然と見送るしかなかった。

 

 

――徳川邸。

 

「……なるほどのう、つまりルミナ君、君が見た所では、

 『範馬刃牙はリアルシャドーでのトレーニング中に、自分で創造(つく)った門の中に消えた』

 と、言うのじゃな?」

 

「はい……」

 

「フム、にわかには信じがたい話じゃが、

 まさかあ奴の妄想が、そんな強力なレベルにまで達しておったとは……」

 

地下闘技場チャンピオン失踪す。

驚くべきニュースを前に、奪われた最愛の戦士を取り戻さんと動き出した徳川老人であったが、

唯一の目撃者、鮎川ルミナからもたらされた情報は、あまりに突飛なものであった。

 

「しかし、それだけの情報ではバキを追うのは不可能じゃの。

 事件の時、奴は一体なにをイメージしておったんじゃ……?」

 

「バキさん、先日の松尾館長との敗戦がショックだったみたいで、

 リベンジの為に強豪たちと手合わせしておきたいって、色んな小説を乱読しているようでした」

 

「その中に、今回の事件の原因があった、と?」

 

「ええっと、その……、こんな本が、地下室の隅に落ちていました」

 

言いながら、ルミナが一冊の文庫を差し出す。

その小説を手に取ると、徳川は珍妙な目つきで表紙を読み上げた。

 

「ヤマグチノボル著・『ゼロの使い魔』???」

 

 

 

ワアアアーッ

 

<<若き王者がようやくやってきたッッ>>

<<何時まで待たせる気だったンだッ チャンピオンッッ>>

<<俺たちは君の大冒険を待っていたッッッ>>

 

<< 範 馬 刃 牙 の 召 喚 だ ――――――― ッ >>

 

バッキ バッキ バッキ バッキ バッキ バッキ バッキ バッキ バッキ バッキ バッキ バッキ バッキ……

 

 

(夢……)

 

呆然と、桃色頭の少女が呟く。

 

(これをいったい、どうやって信じろっていうの)

 

可憐な唇がわずかに震える。

メイジのプライドと進級の危機を背負い、裂帛の気合で臨んだサモン・サーヴァントの儀式。

ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールの前に現れたのは、

全身に数多の傷を負った、トランクス一丁のムキムキマッチョマンであった。

 

「~~~ッッ!! ル、ルイズが変態を召喚したぞォ―――ッ!?」

「な、なんちゅう体してんだ!?」

「どこかの先住民ッ!?」

「もしかして新手のオークかッ!?」

 

半径2メイルの空間がグニャリと曲がり落ちんばかりの違和感を放つ謎の男の登場に、

たちまち周囲が喧騒に包まれる。

一方、騒ぎの中心の男はと言えば、

こちらも興味ありげに周囲をキョロキョロと辺りを見回している。

 

(~~~ッ! 青い空、二つの月、そして魔法学院――完璧ッ!

 あっちはキュルケ、タバサ、それにギーシュ……つかシルフィードでっけえッッ!? 

 モグラ臭さまで……現実(リアル)! バーチャルリアリティなんて目じゃないッッ!!

 俺の……、俺の妄想(イメージ)はッここまできたのかッッ)

 

「ア、アンタ一体……」

「ン?」

「ひっ!?」

 

耳元で聞こえた声に、思わず刃牙が過剰な筋肉アピールで応える。

あっ、と自らの格好に気付くも、時すでに遅し。

二人の恋のヒストリーを始めるべきヒロインが、パタパタとハゲ教師の下に逃げ去っていく。

 

「……そういや、親父にもコーディネイトについて説教された事があったっけか?

 ハハ、我ながら進歩がないや」

 

もしこの有様を父親が目撃していたらどうなっていたか?

第三次超親子喧嘩inハルケギニアでしょう。

物語が別の方向に進まなかった僥倖に、刃牙が密かに感謝する。

 

「お願いです! ミスタ・コルベール、もう一度召喚させてくださいッ!」

「ミス・ヴァリエール、お気持ちは非常に分かるのですが……」

 

(っていうか、ルイズ、アニメの声まんまなんだな。

 あったこともない架空の人間まで完全に演じ切るなんて、流石はプロ……!)

 

望外の異郷の地で、刃牙が釘宮理恵の職業意識の高さに感服する。

尤も、目の前のもの全てが彼のイメージであるならば、

ルイズの声がアニメ準拠であるのも当然なのだが。

 

「……感謝しなさいよね、こんな事普通なら、蛮人になんてしないんだから」

「――おわッッ!?」

「五つの力を司るペンタゴ……キャアッ!?」

 

ぼんやりとした意識の隙間を突かれた。

刃牙が我に返ったとき、既にルイズの唇は目と鼻の先にあった。

とっさに『師匠』の技を借りて脱力、刹那、爆発的な加速を伴って10メイルほど後方に逃れる。

土塊が瀑布の如く巻き上げられ、煽りを受けたルイズが派手にひっくり返る。

 

「なッ、何すンのよアンタッッ! て言うか本当に平民なのッ!?」

 

ルイズ必死の抗議も、今の刃牙には届かない。

少女が見せたポテンシャルの片鱗を前に、冷たいものが一筋、その背を走る。

 

(……キスが来るって、理解(ワカ)ってなければ回避(カワ)せなかったッ

 これが、これがルイズ・フランソワーズ……ッ!)

 

驚きの色を露にしつつ、刃牙が本能的にファイティング・ポーズを取る。

余りに要領を得ない使い魔の言動に、ルイズが地団太を踏む。

 

「何やってンのよアンタはッ いいからこっちに来なさいッ!」

「…………」

「……ちょっと、何よ? ホントに()る気……なの?」

「……アレ?」

 

何事か違和感を覚えた刃牙が、構えを解いて近づいてくる。

突然の虚をついた行動に、思わずルイズが半歩後ずさる。

 

「な、なによアン……」

「少し黙ってッ!!」

「――ッ!?」

 

いきなりの大声を受け、ルイズが、いや、居合わせた生徒たち全てがビクンと固まる。

刃牙はジロジロと嫌疑の目を向けたまま、ルイズの周りをゆっくりと一周した後、

ハッと大きく目を開き……、

 

「――ッッ!? こ、これかァ~~~ッ!」

「んなッ!?」

 

ぺたーっ

 

と、ルイズの胸部を大いに撫で擦った。

 

 

「~~~~~~~ッッッ!!??」

「ああ……、やっぱ、俺のミスで……」

「―――ッッッ アンタ、いい一体何やって……!」

 

「スンマセンでした――――ッ!!」

 

我に返ったルイズの激情が爆発するまさに瞬間、先を取った刃牙が深々と頭を下げる。

斜め45度、圧倒的誠意に満ちた謝罪を前に、ルイズの怒りが空回る。

 

「さっきから何なのよアンタはッ!、

 貴族のその……、きょ! 胸部を撫で廻したりなんかして、タダで済むと思ってンのッ!?」

 

「違うんだミス・ヴァリエール……、俺のイメージが未熟だったばっかりに、

 今の貴方は本来の怒りを発揮できていないンだ」

 

「ハァッ!? イ、イメージ???」

 

「今の貴方には理解らない事だろうけど、

 『本物』のルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールは、

 今よりも更に……『胸が小さい』ンだッ!」

 

「~~~~~~ッ!? フ、フザけんじゃないわよッッッ!!

 私もッ この胸もッッ 全部『ホンモノ』のルイズ・フランソワーズよッ!!」

 

「全ては俺の、イメージの練り込み不足が原因……、

 原作で時たま発揮されていた爆発力が貴方に足りないのも、俺の力不足の所為なんだ」

 

「……ッ!」

 

「だからミス・ヴァリエール、すまないがもう一度、最初から創造り直させ……て……?」

 

ビクン、と、

唐突に凄まじいばかりの殺気を浴びせられ、刃牙の五体が跳ね上がる。

目の前の少女に宿る巨大な獣が、鎖を喰い破って咆哮を上げる。

 

「~~~~~ッッッ!!」

 

圧倒的な『死』の気配を前に、刃牙は己の過ちに気付いた。

間違っていたのは胸の大きさではない。

彼女が真の怒りを発揮するには、

単純に、原作の主人公のようなミラクルが足りなかっただけなのだ、と……。

 

 

 

ゴギャ、と――。

 

 

鈍い打撃音がトリステインの空にこだまする。

突然の修羅場に巻き込まれた学生達は、声一つ上げる事もできずその場に立ち尽くしていた。

 

気付いた時、ルイズは音も立てずに男の射程圏内に入り込み、

刹那、キンタマを蹴り上げられた平民が宙を舞っていたのだ。

 

 

「~~~~ッッッ!? ……ぅぁッッッ……ぉえぅぎ……ッッッ!!!!!!」

 

 

声にならない声を上げ、股間を抑えた平民が泡を吹いて頭から地面に崩れ落ちる。

たちまち周囲にシンクロニティが生じ、そこかしこで男子一同が内股で息子を抑え始める。

中には既に意識を手放してしまった者すらいる。

 

「ちょ、ちょっとみんな、どうしたって言うのよ?

 自分の股間が蹴られたってワケでもないでしょうに」

 

「……ツェルプストー、君はせがれの激痛(イタ)みを知らないから、

 そんな、涼しい顔をしていられるン……だ」

 

額の脂汗を拭いながら、かろうじてギーシュが呻く。

フン、とキュルケが鼻を鳴らす。

 

「理解はしているつもりよ。

 金的は殿方にとっては絶対急所……、でしょう?」

 

「そう、『急所』だ、だが……、そんな簡単な言葉で片付けてしまうから、

 世のレディ達は物事の本質が理解できない……!

 いいかい、『睾丸』は、『内臓』なンだッッ!!」

 

「――!」

 

「心臓や、肺や、脳みそや、肝臓、腎臓と同じ……ッ!

 そんなデリケートな器官が、薄皮一枚で下界に曝されている……。

 ツェルプストー、もし君の股間に心臓がぶら下がっていて、

 それを本気で蹴り飛ばされたら、君はどうなるッ!?」

 

「タ、タイヘンな事になる、わ、ね……」

 

「世の女性の多くが、その事実を理解ろうとしない。

 だからッ 往々にしてこのような悲劇、が……!」

 

そこで言葉は途切れ、ギーシュも昏倒する。

大きくため息を吐いて、キュルケが戦場を見つめ直す。

 

「……だとしたら、これで決着。

 あの平民の使い魔は、すでに再起不能……よね?」

 

「……いいえ」

 

ギーシュの説明に蒼ざめていたタバサが、大粒の汗を拭って異論を挟む。

 

「決闘が続くかどうかは、崩れ落ちる時の容貌(カオ)で理解る……。

 あの平民、睾丸を全力で蹴り上げられながら…… 笑 っ て い た ……ッ!」

 

 

(こ……ッ これだァ~~~~~~ッ!!)

 

股間に爆ぜる激痛の渦にのたうち回りながら、刃牙の脳味噌が歓喜の声を上げる。

震える全身に力を込め、生まれ立ての小鹿のようにプルプルと立ち上がる。

その眼前に、突如少女の黒い靴底が迫る。

 

(――ッッ なんて雄大なッ まるで全盛期の斗羽さんッッ)

 

ハネ上げられた視界の先で、二つの月がキラリと光る。

喜んでばかりもいられない。

即座に体勢を立て直さなければ、何も出来ないままにこの時間が決着(オワ)ってしまう。

ただち腰を落とし、大股を開いて踏みとどまる。

その鼻先に光速の左が飛び、たちどころにバキの顔面が爆ぜる。

 

(~~~~ッッ!! 全盛期のアイアン・マイケルより早いッ)

 

風を巻いて踏み込んできた少女の右掌底が、的確に刃牙のアゴを打ち抜く。

 

(全盛期の金竜山より重いッッ)

 

大脳をシェイクされ、再び崩れかかった体が、左のミドルでくの字に跳ねる。

 

(全盛期のデントラニー・シットパイカーよりも鋭いッッッ)

 

歴戦の地下闘技場戦士達をも凌ぐ少女の連撃に成す術もない。

ボロ雑巾のように打たれながら、刃牙が、自らの目に誤りが無かった事を確信する。

 

 

(スゲェ……凄ェや……ッ これが……ギャグパートの時のルイズ・フランソワーズッッ!!)

 

 

 

――強いんだ星人。

 

地上最強を自負し、己の肉体のみを頼りに太陽系第三惑星地球を渡り歩き、

ひとたび出会ってしまえば、路上だろうと遊園地だろうと夜の公園だろうと電話ボックスだろうと

所構わず闘争を始めるハタ迷惑な超雄の総称である。

 

彼らの日常は、その全てが最強に帰結する。

仕事中でも家事の際でも寝ている時も風呂の中でもクソしている時でも女を抱いている時でも、

彼らはただ、強くなる事だけを考えている。

 

例えば週刊少年チャンピオンを読んでいる時でさえ、彼らはこう考える。

 

 

――山田の柔道は、地下闘技場ならどこまで通用するのか?

 

――散さまのトルネード螺旋、自分ならどう捌くか?

 

――グーより強いチョキは、現実に存在し得るのか?

 

――全盛期の火竜関 対 4tトラック、勝つのはどちらか?

 

――海中でイカちゃんと出会ってしまったら、どのように闘えばよイカ?

 

 

そして、いつしか彼らは漫画や小説の中に、一つの『最強』の形を見出すようになる。

 

それが、ギャグ回の時のヒロイン!!

 

例えば、全力のシティハンターと、100tハンマーを担いだ槇村香が対峙したならば、

果たして勝つのはどちらであろうか?

地球人同士の会話ならば、それは酒の席での戯言に過ぎない。

だが強いんだ星人の中には、現実世界の物理法則すら捻じ曲げる想像力を持った超雄が存在する。

 

 

――そしてその日、超雄・範馬刃牙は一冊の小説と出会った。

 

 

タイトルを『 ゼ ロ の 使 い 魔 』と言った。

 

 

時間にすれば、わずか30秒にも満たない攻防に過ぎない。

だが、その中で男は反撃の術を失い、防御(ウケ)る事も倒れる事も叶わぬまま、

ただルイズの連撃で操り人形のように踊り続けるのみとなっていた。

 

「……ヴァリエールは、いつまで続行(ツヅ)けるつもりなの?

 あのままでは、本当に童貞を捨てる事になりかねないわ」

 

「あるいは、それが、再召喚が彼女の狙いなのかも……」

 

「なンですってッ!? それじゃあ、早く止めないと……ッ」

 

 

「やめんかバカ者、折角の名勝負をフイにするつもりか?」

 

 

「「――!?」」

 

 

突然真横から聞こえた声に、キュルケとタバサが振り向く。

そこにいたのは、黒髪のショートカットが映える使用人の少女、シエスタ・モ・トーヴェ。

そして蓬髪に不精ヒゲと言う容貌にただならぬ眼光を宿した、浮浪者風の堪らぬ男であった。

 

「名勝負……って、どう言う事なの、おじいちゃん?

 私にはただ、使い魔さんが一方的に打たれているようにしか見えないけど……?」

 

「青いなシエスタ、確かに一見、一方的に攻撃を受けているように見えるが、

 その実、刃牙くんのダメージはゼロに等しい」

 

「いや……、アンタら何者よ?」

 

しかし、ホームレスの言う事には一理あった。

 

ロブ・ロビンソンもかくやと言うハイキックが炸裂する。

刃牙が空中で一回転し、スタリと大地に着地する。

ラベルト・ゲランも裸足で逃げだすようなアッパーがアゴを打ち抜く。

刃牙が後方に一回転し、何事も無かったように大地に降り立つ。

 

「あれは……シャオ

消力(シャオリー)だッ!

 敵の攻撃を回避(サケ)るでも、ましては防御(ウケ)るでもなく、

 ベクトルのコントロールで完全に殺してしまう。

 しかしあれは、中国拳法の歴史の中でも一つの極地と言われる幻の技術(ワザ)ッッ

 それを実戦レベルで使いこなすとはッ やはり彼は本物なのかッ!?」

 

「いや、アンタが何者なのよ」

 

タバサの台詞を遮る完璧な解説ぶりに、キュルケが思わず舌を巻く。

ともかく、これで意味不明の事態に遭遇するリスクはなくなった。

 

「でもおじいちゃん、ルイズさんの無呼吸連打を捌くだけでは、反撃に移る事はできないわ」

 

「シエスタよ、こう言う時に追い詰められているのは、攻めている側の方だ。

 あの平民……、刃牙くんは二つのチャンスを狙っておる。

 一つはあの少女から距離をとれるタイミング。

 そしてもう一つは彼女の焦りが生み出すであろう大振り。

 二つのチャンスが交わった時、必然的に導き出されるものは……」

 

「――カウンターッ!?」

 

 

 

(……このッ タイミングでッッ)

 

水月への強烈な前蹴りが繰り出される。

その威力を宙に舞う胡蝶のように受け流しながら、刃牙が2メイルほど後方に跳ぶ。

 

ズンッと大地を踏みしめ低く腰を落とす。

一撃必殺の拳、剛体術。

刃牙の全体重を乗せた一撃が心臓に叩きこまれたならば、瞬く間に勝敗が決するであろう。

 

 

――だが。

 

 

(……追撃が、来ない……ッ)

 

不審に思った刃牙が顔を上げる。

刹那、その全身が総毛立つ。

彼が目にしたのは、背中からゆっくりと乗馬用の鞭を引き抜くルイズの姿であった。

 

ビュン、とルイズが鞭を振るう。

パン、と言う乾いた音が中空に炸裂し、一足遅れの衝撃波が少年の肌をビリビリと掠める。

 

(罠……ッ! 距離を取りたかったのは、むしろ彼女ッッ!?

 鞭打……ッ 来るッ 今……ッ 回避せ……ないッッッ

 防御……られないッッ 耐えッ耐えるしかなッッ)

 

 

――パンッッッ!!

 

 

「~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~………ッッッ!!!!!」

 

叫びにならない叫び声を上げ、左腕を抑えた刃牙がもんどりうって大地を転げまわる。

 

 

 

 

「~~~~~ッッ!?

 その手があったかッ! ルイズ・フランソワーズッッ!!

 やはり彼女は天才だッ!!(やはり彼女は天才だ)」

 

「ど、どう言う事?

 今まで何の手応えも無かった打撃が、なんで突然通ったのッ!?」

 

「あれは、べ……

鞭打(ベンダ)だッッ!?

 あれは肉体にダメージを与えるためではなく、人間の皮膚を走る痛覚を直接責める為の技術ッッ

 どれほどブ厚い筋肉の鎧を纏おうともッ 

 皮膚を『ピシャリ』と張られた時の激痛みは老若男女等しく平等ッ!!

 し、しかも今の音はッ、皮膚を張ったためではなく、

 音速を超えた鞭の先端が、空気の壁を突き破ったために生じたものッッ

 当てない打撃……ッ あれでは消力の使用(ツカ)いようが無いッッッ」

 

「ナンデモシットルワーコノヒト」

 

パァン、パァン、と、

一切の慈悲のない鞭打が、刃牙の腹に、脚に、背に炸裂する。

その度に五体が激しいステップを踏み、悲痛な叫びを上げてのたうちまわる。

誰の目にも、決着が近いのは明らかであった。

 

 

――だが、

 

 

ズンッ

 

「ン、き、気の所為、かしら……?」

 

ズンッ

 

「な、なんだか使い魔さんの体が……」

 

ズンッ

 

「大きく……なってッッ!?」

 

いや、

居合わせた者たちが思わず目を見張る。

大地を一つ踏みしめるたび、少年の体が一回り大きくなり、その背面に鬼の形相が刻まれる。

 

「へ、変身するのッ!? まさか先住……ッ!?」

 

「……いえ、あれはしょ

「象形拳ッ!? このタイミングでかッ!!

 中国拳法の中でも、特に動物の動きを模倣し、型へ取り込んだ拳法の総称ッッッ!!

 

 バキの体が大きくなっているワケでは無いッッ

 我々は今、彼が模倣している生物のイメージを目の当たりにしているのだッ!!

 何と言う技の完成度ッ ……だが、一体、今更何の獣をッ」

 

「……ショボーン(´・ω・`)」

 

 

 

 

 

(感謝する、この素晴らしき原作との出会いに)

 

――力強く踏みしめる少年の脚が、丸太のように膨らんでいく。 

 

(感謝する、ルイズ・フランソワーズと言う、地上最強のご主人様に)

 

――ばさりと広げた両腕に、寧猛なる鉤爪が生え揃う。

 

(故に放つ、ゼロの使い魔と言う作品から学んだ、俺の全力――ッ!)

 

――ズワッ、と、鬼の背中から強大な漆黒の翼が飛び出す。

 

 

「へ、 平 民 が 飛 ん だ ァ ――――ッッッ!?」

 

 

 

 

<< 魔 技 ・ 古 代 竜 (エンシャントドラゴン) 拳!! >>

 

 

最早生物の概念を覆した超雄が、風を纏い一直線の巨大砲弾となってルイズに迫る。

目の前の絶望に、ダラリと全身を弛緩させた少女に、反撃の余地などは……。

 

 

ふにょん。

 

 

(へっ……)

 

ルイズが軽く首を捻る。

強大なる黒竜の右腕が、手品のようにすり抜けていく。

 

(~~~~ッッ 消力ッ パクら……ッ 抜けられ……罠ッ 死――ッ!?)

 

即座に刃牙は悟った。

ルイズを屠るハズの黒竜の爪が、その実、猛虎の顎の前に差し出されていた事を。

 

伸びきった刃牙の右腕が、ルイズの両腕にがっちりと捕獲される。

同時に首筋を左足に絡めとられ、前方に差し出された頭部の前に、高速の右膝が迫る。

ニーソックスを纏った漆黒の膝。

その脇からちらりと除いた下着の白さを、彼は生涯忘れる事はないだろう。

 

 

……直撃の瞬間、はっきりと【死】を意識したからだ。

 

 

 

 

ぐしゃぁ

 

 

――少女の膝が弧を描いて突き刺さり、刃牙の顔面が陥没する。

吹き上がる血飛沫、白色に染まる世界の中で、二つの月がキラキラと瞬く。

 

(嗚呼……)

 

刃牙が呟く。

敗北を迎えた若者の胸に去来したのは、溢れんばかりの尊敬(リスペクト)であった。

 

(スゲェ……、凄ェよ、平賀才人……)

 

ぐっ、と右腕を天空に捻り上げられる。

必然的に刃牙の視線が大地へと移る。

 

(一人の(オトコ)として尊敬する……、アンタ……!)

 

断頭台の如く、ルイズが左膝に全体重を預ける。

刃牙の頭部が高速で大地に近づく。

 

(……こんな凄い超雌(ヒト)と、闘争(コイ)してたんだ……!)

 

 

 

 ―― 虎 王 完 了 ――

 

 

 

 

――誰も、声を上げる事はできなかった。

 

どれほどの時間が経ったのだろう。

あれほど強大であった漆黒のドラゴンも、いつしかただの平民に戻り、地に伏していた。

ルイズ・フランソワーズはしばらくの間、恍惚として中空を見つめていたが、

やがて、汗と血にまみれた薄桃色の髪をかき上げて、言った。

 

「……もう一度、召喚させて下さい、ミスタ・コルベール」

 

 

――範馬刃牙失踪の報から半日。

 

徳川邸では、急報を聞いて駆けつけた『強いんだ星人』たちが、

用意された単行本『ゼロの使い魔』20巻の山の前で激論を続けていた。

 

「――さて、皆の衆、

 残念ながら、これまで原作を読み解いて来た通り、

 こちらからハルケギニアへのゲートを開く事は不可能なようじゃ」

 

「…………」

 

「そこで、後はもう、バキが自力で生還するのに期待するとして……、

 あヤツが原作のどこまで戦い抜けるか、トトカルチョでも開こうではないか!」

 

徳川老人の能天気な言葉に、『武神』が禿頭をつるりと撫でる。

 

「最初の相手は、このギーシュとか言う坊ちゃんかい?

 へっ、青銅じゃ試し割りにもなりゃしねえだろうよ」

 

「じゃが、この『ごーれむ』とか言うの、第一巻で闘るにはちィとデカすぎやせんか?

 合気ならふっ飛ばし甲斐がありそうじゃが」

 

『達人』が眼鏡を前後させながらそうボヤく。

 

「……トリケラトプス拳がある、土くれ如きじゃ止められんでしょう」

 

言いながら『超A級喧嘩士』がワイルドターキーを一気に煽る。

 

「まあ、やっぱり二巻で詰みじゃないですか?

 剣と魔法の達人が五人がかりで飛び道具とか、さすがに素手じゃあ、ね」

 

『空手界のリーサル・ウェポン』が、隻腕を大げさにひらひらさせる。

 

「ゴキブリダッシュからの金的、その間、実に二秒ッ!!

 彼はそう言う事を平然とやってしまう男だッ!」

 

『魔拳』がツンツンしながら叫ぶ。

 

「それじゃあタルブ戦……、つか、これもう戦争じゃねえかッ!」

 

『神心界のデンジャラスライオン』が、たらりと冷や汗を流す。

 

「この戦闘は、覚醒したルイズが敵旗艦を射程に捉えれば勝利と言う特殊条件付き。

 制空権もワルドとの決着も実は関係ない。

 彼がそこまで原作を読み解いていれば、十分に勝機はある」

 

『環境利用闘法師範』が、天井から降りてきて答える。

 

「あの……、ヘクサゴン・スペルは、いくら刃牙さんでも」

 

強いんだ星人たちに囲まれたルミナが、肩身狭そうに呟く。

 

「ゴキブリダッシュからのハイキック、その間、実に二秒ッ!! それでこそ範馬刃牙だッ!」

 

『魔拳』がデレデレしながら叫ぶ。

 

「……と、なると、やはり対七万人戦がネックかのう?

 実際、平賀少年もここでギブアップしておる所じゃし……」

 

徳川老人のまとめに、全員が頷きかけた、まさにその時……、

 

 

『クックック……、ムサっ苦しいのが集まって何をやってるかと思えば、

 歴戦の兵共も落ちたもんだなァ!!』

 

 

「「「~~~~~~~ッッッ!?」」」

 

唐突に室内に溢れた殺気の渦に、強いんだ星人たちの視線が一箇所に集まる。

果たして座敷の上座には、いつの間にかワープしてきた(オーガ)が、

ハンドポケットの仁王立ちで陣取っていた。

今頃は世界各地のGPSが大いに乱れ、余計な二次災害が発生している事だろう。

 

「ゆッ、勇次郎ォッッ!?」

 

「大の男どもが何をやってるかと来てみれば、ラノベ片手に最強談義だとォ~?

 ……エフッ エフッ エフッ アハッ!

 アハハハハハハ!!! ハハハハハハハ アハハハハハハッッッ!!!!」

 

「…………ッッ!?」

 

 

「片腹痛いわッ!! 中学生か貴様らッッッ!!!」

 

 

「~~~~ッ!?」

「――!」

「…なッ!?」

「……、あ、あッ!!」

 

 

(((アンタの息子の為にやってるンだろうがッッッ!!!!)))

 

 

突然の剣幕っぷりを露にするオーガに対し、全員が心の中で突っ込む。

だが、誰一人それを口に出す事はできない。

強さというものを『ぶっちゃけワガママを貫き通す力』と定義するならば。

彼はまさに地上最強に最も近い男であった。

 

「……し、しかしじゃなオーガよ、

 このゼロの使い魔と言う作品は、長期連載の中でどんどん展開がインフレ化していくんじゃ。

 いかにお前さんでも、ヨルムンガントの大群やエルフの先住、虚無の威力に適うかどうか……」

 

「ホゥ……?」

 

ピシリ、と勇次郎の額に筋が走り、室内がグニャリと歪む。

徳川は即座に自らの失言を呪った。

 

「いいだろう、貴様らのお遊戯に、ちょっとだけ付き合ってやるぜ」

 

直後、勇次郎の上半身が爆ぜ、破れた衣服の間から、その背に鬼の形相が宿る。

ゆらり、勇次郎が歩を進め、テーブルの上の文庫を一冊、

両手の親指と人差し指でつまみ上げ、顔の前へと持ってくる。

 

 

数瞬の間、そして――!

 

 

<< 邪ッッ >>

 

 

「「「あああああぁあぁァァァ~~~~ッッッ!!??」」」

 

 

――刹那、バリィッと音を立て、真っ二つに破れた文庫が、ボトリと畳の上に落下した。

 

 

……一同が、声一つ立てられずに固まる中、

勇次郎はゆっくりと顔を上げると、満面の笑みを作り、こう言った。

 

 

 

 

「……なっ?」

 

 

 

 



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