人類の概念そのものになった私は、理想の楽園を創ることにした。
そう、みんなが望むのだから。
私の名は、メリス。メリス・フォン・エルリーバ。
最初に人間だった頃の名前を記しておく。
私は偉大な錬金術師にして魔術師。高貴なる貴族の末裔。
崇高なる真理の探究者として、生前はそれなりに名を轟かせていたと思うわ。
とは言え、真理の探求というのものは他人に理解などされないものよ。
私に友人は一人しかいなかった。尤も、俗人どもは友人は量より質と言うらしいので、その点で言えば我が友人はこの私の才覚に匹敵する比類なき天才だった。
結果的に言えば、私は死んだわ。同門の妹弟子に射殺された。
本物の妹のように可愛がっていたのに、恩知らずなことに。
でも、もうそんなことはどうでもよかった。
この高揚感を抑えるために、私は筆を取っている。
私は死後、己の意識が浮上するような感覚に至った。
これが死後の世界に向かう感覚なのか、そう思った私はいつの間にか周囲に大勢の人物に囲まれていたわ。
その種族、性別も老いも若きもバラバラだった。
「おお、ようやくか」
「ついにお前が来たかのか」
「やっとと言うべきか、来るべき時が来たと言うべきか」
彼らは口々にそう言ったわ。
私の霊的感覚が、彼らは生命体ではないことに気づいた。
「待っていたぞ、メリス」
そしてその中にいた、私の唯一の友人が話しかけて来た。
私は眼を疑ったわ。だって、彼女は私より先に死んだはずだったもの。
「リネン? なぜ貴女が……ここはどこ、冥界かどこか?」
「メリス。己の感覚を広げるように意識してみて」
「え?」
「ほら、やってみて」
私は困惑しながらも、彼女の言葉に従った。
そして、気づいた。
私は天上から、人々の営みを見渡していた。
全ての、ありとあらゆる時代の人類を見下ろしていた。
私は、人間として生を受けた。
だけどそれよりずっと以前から、神域の住人だったのだ。
私はアルファであり、オメガだった。
私は全能の女神であり、人類の文明そのものだった。
私が人間だったことと、最初から神だったことは矛盾しない。
神域の住人は因果律に縛られないし、時間の概念が存在しない。
彼らの話を聞くに、順番ぐらいはあるらしいが、曖昧な概念らしい。
つまり、私が自分を神として自覚した時のはずっと前で、私が産まれるのはずっと後のことになる。
まあ、もはやそんな細かいことはどうでもよかった。
重要なのは、私が全能の存在であること。
人類の文明そのものであり、それを司る者。
つまり、私は己の成すべきことを実行できることを意味していた。
即ち、理想の世界の創造。
私の神としての属性は、創造神。
私は、私が美しいと思った世界を創るのだ。
「ねえ、リネン」
「どうしたの、楽しそうねメリス」
「それは人間としての名よ、リネン」
はぁ、と我が友人はよくわからなそうな顔をしていた。
私は自分に相応しい名前を探し、そして決定した。
「これから私はメアリースーと名乗るわ。
それが今の私に相応しい名前でしょうね。あなたはどうなの?」
「そう? どうにも私には神のしての名とか、気取ったことには気をさけなかったわ」
彼女は肩を竦めた。
「ようこそ、メアリース様」
「自分、人間だった頃からお慕いしてました!!」
「あなたの始まりをこの目で見られるとは……」
当然なことだけど、私はかなり上位の概念存在。
彼らの中には私がこれから神として権勢を振るった後から神に至った者も多くいた。
どれも私より下位の概念を司る、木っ端な神々だったけど。
彼らの尊敬、敬愛、それも当然の事だった。
なにせ私のような偉大な女神の第一歩なのだから。
§§§
私はリネン。リネン・サンセット。
そう名乗っているのだが、私の言語は訛りがあるらしく、リェーサセッタの方が通りがいい。
「遂に来やがったよ、あのクソ女神……」
「あんな奴、来なければよかったのに」
「人類の最悪の時代が来るのか……」
メリスには聞こえてないみたいだが、多くの神々が彼女に侮蔑の視線を送っている。
まあ、当然だろう。メリスは生前、ハッキリ言って極悪人だった。
傲慢で、傍若無人で、他人を踏みにじることに何の良心の呵責も持たない。そんな女が、人類文明の女神とは。
だが言われてみればなるほど、彼女は“人間”そのものだった。
人類というケダモノ、その極地だった。
メリスが空間をコネコネし始めると、そこに宇宙が産まれ始めた。
一般的にビックバンと呼ばれる現象を、片手間に起こした。こんなことが出来るのが創造神の特権だ。
同時に、メリスの女神としての格を示していた。
「ふふ、ふふッ、星をぽちぽちと浮かべて……。
あ、そうだわ。地上から見てどういう星座に見えるか考えて配置しなくちゃ」
出来立ての宇宙に恒星を配置し、メリスは悦に浸っている。
「俺、あんな風に作られた正座の化身になったのかよ……」
それを見ていた星座に至ったとされる武の神が複雑そうにしていた。
「……」
しばらくそうして無邪気に宇宙を彩っていたメリスが、黙り込んだ。
「どうした、メリス」
「いえ、私に芸術的センスがないことを思い出したわ」
「あなたは人類文明そのものなのに?」
「人類文明であることと、私個人が芸術に秀でていることは違うわよ」
なるほど、と私は頷いた。
メリスの人格はお世辞にも褒められないが、その才覚は本物だった。
自分の得意不得意、何が出来ないかぐらいは客観的に見れなければ探求者だったとは言えない。
「ねえ、誰か惑星のデザインを考えてくれる?」
メリスは周囲の神々にそう求めた。
すると、多くの神々がこぞって自分の考えたかっこいい惑星を次々と提示し始めた。
その多くは不格好だった。それも当然だ。ここにはまだ、デザイン関係を司る神々は居ない。
メリスの創造によって、これから後に現れるだろう。メリスと同じように。
「多くの惑星は神々と関連付けられて語られるが……その原点がこんな軽い感じだったとは……」
老齢に見える知識の神がそんなことをぼやいたのが印象的だった。
「私の宇宙、完成!!」
こうして、原初の宇宙が完成した。
それは不格好ながらも、美しかった。
私達、神々の領域は概ね二層構造になっており、我々の意識が反映されている下層と、我々の住む上層に分かれている。
下層は普通に生き物が暮らす大地だが、我々の上層には何も無い。殺風景な大部屋で、所謂プライベートなど無い。
メリスほどの上位の創造神は他に居ないのだから、然もあらんのだが。
だがメリスは人類文明そのもの。これからモノづくりの神々が次々と現れることだろう。
それが時間や因果律の無い我々にとっての“順番”なのだ。
「早速人類の住む地上を……」
得意満面のメリスだったが、ふとまた考え込み始めた。
「どうしたの、人類を創らないの?」
「どんな建築物でも、まずミニチュアを創って構造的欠陥がないか確かめるでしょう?
最初の人類なのよ。スモールスタートからスモールサクセスに繋げましょう」
なんともメリスらしい慎重さだった。
そしてメリスは、小さな小さな地上を創った。
丸くすらない、テーブルのような平たい大地に、森の神から提供された森林やら草木を一つずつ植えて、竜神に川を流して貰ってだ。
そうして、メリスは最初の男女を配置した。
「便宜上、アダム1とイヴ1と名付けましょう」
メリスは身長に、アリの巣箱を観察するかのように二人をジッと眺め始めた。
殺風景だからと食料も兼ねてリンゴの木を置いたり、動物を配置したり、と結果的にどこかで聞いたことがあるような楽園が出来上がった。
「アダム33とイヴ33が生殖を開始。この子たちずっとこればっかりね。次の二人は娯楽を与えてみましょう」
メリスはずっと観察と記録を続けていた。
寿命を迎えれば、或いは事故や病気の度に解剖し、原因を突き止め、環境を変えて二人の男女を配置する。
メリスの実験は続く。
そんな実験動物のように扱うメリスを、良く思わない神々も居た。
「……なあ、今が最後のチャンスなんじゃないか」
主に人間出身、これからメリスが創造するだろう数多の世界に人間として産まれるだろう、武の神たちだった。
彼ら武神は、英雄の神だ。
一芸を極め、武勇を示し、死後にその席に座った者達だ。
「女神メアリースの評判は知ってる。偉大な女神だって。だがそれ以上に……」
その武神はそこまで言って言葉を選ぶ。
「あいつは人類そのものだそうだ。だがよ、人間を二番目に殺した生き物はなんだ? ──人間だろう?
あの女神は、産み出したのと同じかそれ以上に人間を殺す神になるんだぞ」
創造と、破壊は表裏一体。
偉大な創造神とは、それと同じくらい偉大な破壊神となる。
それは彼女の性格やどうこうではない。そう言う性質なのだ。
「今のうち“代替わり”させるってのも手だろう?」
「それに何の意味がある」
老練な知恵の神が言った。
私達神々には、当然死の概念は無い。
焚き火の火を消したとて、火と言う現象はなくならない。
だがその席に座る者は代わる。それを我々は“代替わり”と呼んでいる。
「確かにメアリースは我々に手に負えないほど強大な神になるだろう。
多くを産み出し、殺すだろう。それで、次に“文明”の席に座る者がどう違うと言うのだ?」
「……」
メリスは人類そのもの。その概念に相応しいから、その席に座った。
では次にその席に座る者は、メリスとどこまで違うの言うのか。
「少なくとも、話は通じる相手だ。俺はそう聞いた」
酒気を帯びた赤ら顔の大男、酒宴の神が言った。
「俺達は因果から切り離されてる。今、メアリースの奴を始末して、人間の俺達が産まれなくなっても、この俺達は消えたりしないだろうな。
じゃあ人間だった頃に俺達が守りたかったものはどうなる?」
「私が我が身の安全の上でモノを言っていると言うのか?」
「んなこた言ってねぇよ。俺だって悲劇は少ないほうがいいけどよ、俺達に出来ることは限られるだろうが」
憮然としつつも“酒宴”は瓢箪の酒を呷った。
「だったら、俺達が上手くあいつを立ててやるべきだろうが。
あいつだって好きで人類代表になったわけじゃねえしよ」
「……当人は大層喜んでいるようだがな」
「私はザルヴィスさんに同意見かな」
火葬を司る、若い女神が口火を切った。
「私はメアリース様に英雄にして貰ったようなものだから、恩があるけどさ、フラットな視点で言うなら、今あの人を殺したってそれは人類の醜さに蓋をして目を瞑っただけでしょ」
誰よりも人間を灰にして神に至った少女神は、遠慮なく意見を述べる。
「そんで、次は個人的意見。私が守ろうとしたものを間接的に消そうとするなら、私が相手になるけど?」
燃え盛る炎を纏い、その見た目にそぐわぬ武威を示しながら彼女は言った。
「誰かを殺して得る希望なんて、ごめんだよ。
火葬神として、埋葬は過去に蓋をするものじゃなくて、未来に希望を向ける物だと考えるけどね」
死に蓋をする神で悪かったな、と絵に描いたような陰気な土葬の神が隅の方で吐き捨てた。
ごめんごめん、と彼女は彼に軽く謝った。
「リェーサセッタ、お前はどう思う?」
“酒宴”が私に目を向けた。
彼はその性質上、いつの間にか話の中心になっていることが多い。
「生前からの付き合いなんだろう?」
「話にならんな」
私は肩を竦めてみせた。
「私はメリス以上に優れた才覚の持ち主は知らない。
我々人間出身の者達が神輿として担ぐには丁度よかろう」
「それが友人に対する物言いか?」
「友人だからこそ、だ」
私の発言に、“酒宴”は黙り込んだ。
「だが友人として言うなら、自分が神と自覚して理想に燃え有頂天になっているメリスをしばらく眺めているのも悪くない」
「流石は邪悪を司る女神。性格が悪い、友人が挫折するのを見るのがそんなに楽しいか?」
「だから私ぐらいしか友人が居なかったのだよ、メリスは」
この論議を見ていた神々の多くが嘆息したのが見えた。
「どのみち、メリスの創造は全能だが万能ではない。
我々のように一つの概念に特化した存在の力を借りずに、優れた創造は続かないだろう。いずれ限界に突き当たる。
お前達がメリスを上手くコントロールしたいのなら、して見せればいい」
「……そうなるほかない、か」
問題を提起した武神が深々と溜息を吐いた。
「リネン!! そろそろテストは十分でしょう、これから私達の理想の人類の住む、素晴らしい世界を創るわよ!!」
メリスが無邪気に笑って、私に声を掛けてくる。
「ええ、具体的にはどんな世界かしら」
「誰も飢えず、誰も病まず、誰もが仕事に従事し発展し続け、誰もが不安のない幸福な世界に決まってるじゃない!!」
私は微笑ましいモノを見る目で、楽しそうにしているメリスを見ていた。
その理想がどの程度まで妥協されるのか、見てみたいと思ったのだ。
そう言えば彼女視点の話は書いたこと無いな、と思って書きました。
続きは未定です。