そこに住む佐藤さんと俺のある話だ。
巨大の滝の前に俺は居た。
俺は全身に力を込める。
「……ハァッ!」
霊力を拳に集中させ、上流から流れてくる大木を殴りつける。
大きな音共に大木は吹き飛び、数秒後には内側から粉々になっていた。
「おお!さすがは若ですな!」
修行を見ていた初老の男が近寄り、俺にタオルと飲み物を渡してくれる。
「いつもありがとうな、荒木」
「なに。二条家に仕えることが我が家系の指名でございますから」
荒木は二条の家に代々仕えてくれている召使いの一族の1人だ。
本当は若というのも小っ恥ずかしいのでやめて欲しいのだが、荒木は完全な善意で言ってくれているのでそれを無下にするわけにはいかない。
「ところで若。あの男とまだ親しくしてるのですかな」
「……」
ペットボトルを飲み終えた俺に荒木が話しかけてくる。
俺はその言葉にすぐ答えられなかった。
「若。あまり悪くは言いたくありませんが、付き合われる方は選ばれた方が考えたほうがよろしいかと」
荒木は険しくなった目つきで話を続ける。
「二条家の当主が歴史の浅い寺田の男と親しくしているとあれば、示しがつきませぬから」
この言葉も俺と二条家を思っていってくれているのだろう。それは理解しているつもりだ。
けれども、俺は家がどうこうなんて考えたくない。
あの人は俺の恩人であり、憧れなのだから。
「……ちょっと出かけてくる」
「わ、若!」
足に力を集中させ、修行場を後にする。
霊力で強化された足は追いかけてくる荒木を簡単に引き離して、荒れた山道をものともせず駆け抜けることができた。
——
気分転換に俺は街へと出た。
なんの目的もなく、ただ気分を紛らわす為に外に出る。
そんな時だった。
「おつかれ、二条くん」
背後から声を掛けられる。そこには佐藤さんがいた。
「今日はどうしたの」
「……まぁ、気分転換です。佐藤さんは?」
「今日は祓い師の仕事、みたいなもんかな。ちょっとは働かないとね。慰謝料の払い込みも近いし……」
佐藤さんは離婚している。
デキ婚したあと、家庭が上手くいかなかったらしく奥さんから離婚と慰謝料を突きつけられたそうだ。
実家からも追い出されている佐藤さんに全額払えるはずもなく、毎月何万円かを奥さんに払っているらしい。
「そうだ。今から依頼人の所にいくんだけど、着いてくる?もしかしたら面白いもの見れるかもよ?」
「面白いもの、ですか?」
佐藤さんに連れられ、街を歩いてゆく。
辿り着いた先は街外れにある一軒家だった。
「あら、透ちゃん。よく来てくれたわねぇ」
「どうも文恵おばあちゃん。この子、友達の二条くん」
「まぁそうなの。よろしくね、二条くん」
文恵さんと呼ばれた女性はにこやかに挨拶してくれた。
居間に案内されると、そこにはテーブルに並べられた料理を食い漁る小柄な男がいた。
「あまりに美味しそうに食べるものだから、追い払うのもなんかねぇ。こういうのは透ちゃんに任せた方がいいと思って」
「連絡くれてありがとね。そういうのが僕の仕事だから」
そうして佐藤さんは居間へと入ってゆき、そのまま男に喋りかけた。
食事の邪魔をされたせいか、男は顔をしかめる。
明らかに不機嫌そうな男を気にすることもなく、佐藤さんは言葉を続けた。
それから10分後。
ふたりはまるで旧知の仲かのように楽しく笑いあっていた。
「ほぉ〜!お主、祓い師なのか!」
「そうだよ。今は別れた奥さんにお金を払う為に祓い師してんのよ」
「なはは!いつの時代も女は強いもんじゃ!どれ、若いの。一つ儂を祓ってみるか!」
「冗談言わないでよ〜。貴方、めちゃくちゃ強いじゃん」
小柄な男は大きな頭部を揺らしながら、箸を進める。
そしてその様子を文恵さんはどこか楽しそうに眺めていた。
「まさか祓い師とここまで楽しく話せるとは。長生きしてみるものだなぁ」
椅子から降りた男は文恵さんに近づく。
「いやぁ馳走になったな。これはちょっとした礼だ」
男が文恵さんの手に何かを握らせる。
文恵さんが手を開けて確認するとそれは小判だった。
「そ、そんな……これを受け取ることは……」
「儂の気持ちじゃ。お前さんの料理美味かったぞ」
「……!!」
その言葉を聞いた文恵さんは丁寧に小判をしまい込んだ。
そして小柄な男は文恵さんの家を後にした。
「やっぱり透ちゃんを呼んで良かったわ。これ少ないけど」
「文恵おばあちゃん、ありがとうね」
「こちらこそ。また来てちょうだい。二条くんもね」
佐藤さんは文恵さんから封筒を受け取り、俺は一礼してから家を出た。
日も暮れた帰り道。俺は佐藤さんに質問する事にした。
「佐藤さん、さっきの男の人なんだったんです?」
「ああ。多分、ぬらりひょんだよ」
「ぬ、ぬらりひょん……!?」
ぬらりひょん。妖怪の総大将として有名な存在だ。
そんな大物がどうして文恵さんの家に現れたんだ……?
「おっと、本当にぬらりひょんかどうかは分からないよ?妖怪の総大将だったり、居間に上がって飯を食うって伝承はあるけど創作だって説もあるし。さっきのはそれに近しい存在なんじゃないかな」
そう話した後で、佐藤さんは罰の悪そうな顔で髪を搔いた。
「けどなぁ、あーだこーだと言うとややこしくなるから、ぬらりひょんのままで話を続けよう」
「でも、どうして文恵さんはぬらりひょんを追い出さなかったんですか。」
一番の疑問をぶつけることにした。
なぜ文恵さんはぬらりひょんを追い出さなかったのか。
そして佐藤さんを呼んだのも分からない。
普通なら警察を呼ぶところだろう。
「元々文恵さんとはある怪異がきっかけで知り合ってね、それから怪異関係があると連絡してくれるんだ。直感で怪異だと気づいたんだろうね」
それから佐藤さんのトーンが少し変わった。
「……文恵さんはね。長年連れ添ってきた旦那さんを去年、亡くしてるんだ」
「……!!」
「元々夫婦でお弁当屋さんをやっていたのもあって、たまに作りすぎちゃう時もあるんだって。そこにぬらりひょんが来た」
「嬉しかったんだろうね。自分の料理を誰かに食べてもらうのが」
……そうか。
旦那さんに先立たれた文恵さんはずっと一人で料理を作っていた。寂しかったのだろう。
そんな時に美味しそうにご飯を食べる存在が現れた。
そして、『美味かった』と言ってくれたのだ。
——
それからしばらく経って。
僕は商店街を歩きながらある店を訪れた。
あの日から一週間後。
文恵おばあちゃんは閉めていたお弁当屋さんを再開した。今では張り切って料理を作っている。
「文恵おばあちゃん。調子はどう?」
「あら、透ちゃん。お陰様で絶好調よ。そうだわ、ちょっと待ってくれる?」
文恵おばあちゃんは店の奥に入り、何かを持ってきて戻ってきた。
「コレ、作りすぎちゃったから。良かったら食べて」
「いいの!?2日間つくしばかり食べてたから助かるよ!」
「もう、ちゃんと食べなきゃダメよ。体壊したらお仕事出来なくなっちゃうから」
僕は文恵おばあちゃんから有難く差し入れを受け取った。
弁当容器にはあのぬらりひょんの模様が刻まれていた。