かつて日本人だった記憶を持つ彼は、百年以上にわたり人類の敵と戦い続けてきた歴戦のアスタルテスである。
そんな彼が、ある任務の最中、未知の惑星へと飛ばされてしまった。
帝国との通信は途絶え、同胞の姿もない。帰還の手段すらわからないまま、雪原を彷徨う彼が出会ったのは、迫害される感染者たちと、彼らの解放を目指す少女タルラだった。
これは、故郷への帰還を望む一人の超人兵士が、まだ理想を失っていないレユニオンと出会い、知らず知らずのうちにその運命を変えていく物語。
なお、本人はできれば厄介事を避けたいと思っている。
人類の皇帝に栄光あれ。
偉大なるロブート・グィリマンに栄光あれ。
マクラーグに栄光あれ。
そして、できることなら。
――俺を日本に帰してください。
そんな情けない祈りを捧げながら、俺は雪原の真ん中に立っていた。
身長二メートルを優に超える巨体。青と金のパワーアーマー。左肩には誇り高きウルトラマリーンの紋章。胸部には人類帝国の象徴たる双頭鷲が輝き、右手には神聖なるボルトガンが握られている。
帝国臣民が見れば歓喜に涙し、異端者が見れば絶望するであろう威容である。
なお、中身は元日本人だ。
いや、正確には元日本人の転生者にして、現在は正真正銘のアデプトゥス・アスタルテス、ウルトラマリーン戦団所属の戦闘同胞である。
名をマルクス・コルヴィヌス。
百年以上にわたり人類の敵と戦ってきた、歴戦のスペースマリーンだ。
それなりに誇れる人生を送ってきたと思う。
少なくとも、見知らぬ雪原で迷子になるような人生ではなかったはずだ。
「……状況を整理しよう」
低く重厚な声が、ヘルメット内部に響いた。
我ながらいい声である。普通に喋っているだけなのに、歴戦の勇士が部下に訓示を垂れているように聞こえる。
声だけなら百点満点だ。
問題は、その立派な声で喋っている内容が、完全に迷子の独り言だということだった。
「第一に、現在位置は不明。第二に、戦術通信網との接続は不能。第三に、周辺環境は人類の生存に適している。第四に……」
俺は足元に目を落とした。
雪である。
見渡す限りの雪原。遠方には針葉樹林が確認できるが、それ以外には何もない。
文明の痕跡も、帝国の施設も、見慣れた戦団の紋章もない。
「第四に、現地文明の存在は未確認」
実によくない。
最後の記憶は、異端者どもの拠点へ突入したときのものだった。
分隊の先頭を務めていたブラザー・セウェルスが隔壁を突破し、俺たちが続いた。施設の奥から異常なエネルギー反応が検出されたことまでは覚えている。
次に意識を取り戻したときには、この有様だった。
同胞はいない。敵もいない。拠点もない。
戦術通信網は沈黙し、軌道上の艦艇からも応答がない。
最悪である。
いや、まだ最悪ではないかもしれない。
周囲にティラニッドの大群がいるわけでもなければ、オルクのウォーボスが突撃してくるわけでもない。少なくとも、現時点で差し迫った脅威は確認できなかった。
俺はボルトガンを見下ろした。
「……補給をどうするか」
こちらの方が深刻だった。
弾薬は有限。パワーアーマーの動力源は長寿命だが、装甲や機構の整備は別問題である。チェーンソードだって摩耗するし、故障した装備を修復するには適切な設備が必要になる。
百年以上、帝国の戦場で生きてきた。
それでも、戦団の後方支援がどれほどありがたいものだったのか、これほど痛感したことはない。
ブラザー・セウェルス。
兵站担当の仕事について文句を言ったことを、心の中で謝罪しよう。
本人の前では絶対に言わないが。
それにしても、ここは一体どこなのだろうか。
俺は雪の降り続く空を見上げた。
人類帝国の版図は広大だ。
百万を超える惑星を統治し、銀河の各地にその威光を及ぼしている。人類が築き上げた国家としては、まさしく空前絶後の規模と言ってよい。
だが、それでも銀河のすべてを支配しているわけではない。
帝国の統治が及ばぬ星系もあれば、数千年にわたって外部との接触を絶たれた人類の植民地も存在する。大遠征の時代から幾千年を経た現在ですら、新たな人類の居住惑星が発見されることはある。
帝国の星図に記されていない世界など、いくらでもあるのだ。
ましてや、ワープ航行というものは厄介極まりない。
航路を外れた艦船が思いもよらぬ場所に出現することもあれば、時間の流れすら狂うことがある。俺自身が何らかの異常現象に巻き込まれたのなら、既知の星域にいるという保証すらなかった。
「……銀河の果て、という可能性もあるか」
冗談のつもりで口にしたが、笑えなかった。
現在地を特定するには、天体観測と星図の照合が必要だ。しかし、この空模様では星の配置も確認できない。
仮に観測できたとしても、戦闘用のパワーアーマーに本格的な天文観測装置が搭載されているわけではない。手元にある航法資料も限られていた。
何より、ここが帝国の既知領域にあるとは限らないのだ。
帝国の支配する百万の世界。
その一つひとつに、人々の営みと歴史がある。
だが、銀河に存在する星々の数を考えれば、それすらほんの一部に過ぎない。
そう考えると、自分が今立っているこの雪原が、ひどく心細い場所に思えてきた。
アスタルテスが心細いなどと、同胞たちに聞かれれば何と言われるだろう。
いや、聞かれていないのだから構うまい。
「せめて、帝国の勢力圏内であればよいのだが……」
俺は視線を地平線へ戻した。
皇帝陛下の光が、この世界にも届いていることを願うばかりだ。
もっとも、仮にここが未発見の惑星だったとしても、やるべきことは変わらない。
周辺を調査し、現地の状況を把握し、帰還の手段を探す。
まずはそれからだ。
そんなことを考えていたときだった。
聴覚強化器官が、遠方の音を捉えた。
金属同士がぶつかる音。
複数の人間の声。
そして、銃声に似た破裂音。
俺は顔を上げた。
「戦闘か?」
距離はおよそ二キロメートル。
詳しい状況は不明だが、何者かが交戦していることは間違いなさそうだった。
未知の土地で、未知の武装集団同士が戦っている。
正直、関わりたくない。
こちらには情報がない。敵味方の区別もつかない。現地の政治情勢など、知る由もないのだ。
だが、戦場には情報がある。
装備、戦術、言語、組織構造。観察するだけでも得られるものは多い。
それに、非戦闘員が巻き込まれている可能性もある。
「偵察を行う」
誰に聞かせるでもなく告げ、俺は雪を踏みしめた。
そして駆け出す。
青い巨人が、白銀の大地を疾走した。
*
ウルサス北部。
帝国の都市から遠く離れた森林地帯では、二つの武装集団が対峙していた。
「タルラ! 西側にも兵士達がいるわ!」
アリーナの声に、白髪の女性が振り返った。
タルラ。
感染者のために戦い続ける、レユニオンの指導者である。
彼女たちは数日前、ウルサスの鉱山から逃げ出した感染者たちを保護したばかりだった。疲弊した人々を安全な場所へ移送していたところ、追跡してきた帝国の巡回部隊と遭遇したのである。
敵の数は三十名ほど。
重装兵とクロスボウ兵に加え、術師まで同行していた。
対するレユニオン側は、まともに戦える者が十名にも満たない。残りは衰弱した感染者であり、武器さえ持っていなかった。
「西側か……。退路を塞ぐつもりだな」
タルラは林道の先を睨んだ。
このまま戦闘になれば、護衛の仲間たちはともかく、保護した感染者たちに犠牲が出る。
それだけは避けたかった。
「アリーナ、皆を連れて先に行ってくれ」
「タルラはどうするの?」
「ここで連中を食い止める。そう時間はかからないさ」
「……あなた、また無茶をするつもりね」
「無茶じゃない。必要なことだ」
タルラが笑ってみせると、アリーナは小さくため息をついた。
「そうやって、何でも自分で引き受けようとするんだから」
「他に方法があるなら聞こう」
「あるわ。私たちをもっと頼ることよ」
タルラは一瞬、言葉に詰まった。
「……頼っているつもりだが」
「そうね。だったら、もう少し私たちの意見も聞いてちょうだい」
アリーナはそう言ってから、負傷者の肩を支えた。
「ここは任せるわ。でも、必ず戻ってきてね」
「ああ。約束する」
タルラは前方に向き直った。
剣を握る指先に、かすかな熱が宿る。
そのとき、ウルサス軍の指揮官が声を張り上げた。
「そこまでだ! 逃亡感染者を引き渡せ!」
盾を構えた兵士たちが前進する。
「抵抗すれば、反乱分子として処分する!」
タルラは一歩前に出た。
「彼らはお前たちの所有物ではない。自分の意思で生きる権利がある」
「感染者が権利を語るか!」
「感染者である前に、彼らは人間だ」
その言葉に、背後の感染者たちが顔を上げた。
指揮官は不快そうに顔を歪める。
「構わん。撃て!」
クロスボウ兵たちが武器を構えた。
タルラも剣を握り直す。
だが、双方が動き出すより早く、林の奥から奇妙な音が響いた。
最初は、遠雷のように聞こえた。
やがて、それが何かの足音だと気づいた者がいた。
「……何だ?」
兵士の一人が林へ視線を向けた。
雪をまとった枝が揺れ、白い塊が次々と地面へ落ちる。
その奥で、何か巨大なものが動いていた。
「敵の増援か!?」
「違う! 何か来るぞ!」
次の瞬間。
青い巨人が林の中から飛び出した。
その巨体は雪原を一跳びに越え、両陣営の間へと着地した。
雪が弾ける。
重量物が地面を叩く鈍い音が響き、近くの兵士たちが思わず後退した。
誰もが言葉を失った。
巨人。
そう表現する以外になかった。
全身を覆う青い装甲には金色の装飾が施され、胸部には見慣れぬ双頭の鳥が刻まれている。肩の装甲は異様に大きく、手には常人には扱えそうもない巨大な銃器を握っていた。
ウルサスの重装兵でさえ、その隣に立てば小柄に見えるだろう。
「……何者だ?」
タルラが呟いた。
巨人は彼女に答えなかった。
ゆっくりと周囲を見渡している。
ウルサス軍。
レユニオンの戦闘員。
そして、後方で身を寄せ合う感染者たち。
兜の奥にある表情は、誰にも読み取れない。
*
……人間か?
俺は眼前の集団を観察した。
角がある。尻尾もある。頭部から獣の耳を生やした者までいた。
実に奇妙な光景だ。
帝国の基準に照らせば、異種族、あるいは変異種として扱われてもおかしくない外見だった。
当然、警戒は必要だ。
だが、だからといって即座に銃を向けるのは早計というものだろう。
そもそも、人類帝国にだってオグリンやラットリングのような亜人は存在する。獣人めいた特徴を持つ系統も知られているし、俺自身、そうした者たちの存在を否定するつもりはない。
もっとも、帝国の教義に忠実な者からすれば、俺の考えは随分と甘いものに映るかもしれない。
構わんさ。
俺が仕えているのは人類の皇帝であって、出会う者すべてに異端の疑いをかけることではない。
それに、俺は百年以上戦ってきた。
異種族の危険性など、身をもって知っている。
だが、敵が何者であるかを見極める前に攻撃するようでは、軍人として失格だろう。
……まあ、正直なところ。
前世の日本で散々見慣れた獣耳や角付きのキャラクターを、今さら外見だけで恐ろしい怪物扱いする気になれない、という事情もある。
もちろん、目の前の者たちは絵の中の存在ではない。
武器を持ち、言葉を交わし、傷ついた仲間を支えている。
現実に生きている者たちだ。
ならば、まずは彼ら自身の言葉と行動を確かめるべきだろう。
俺はボルトガンの銃口を下げた。
「双方、武器を下ろせ」
低く重厚な声が、雪原に響き渡る。
……通じたか?
軍装を着た兵士たちが、揃ってこちらを見た。
反応がある。
どうやら言葉は通じているらしい。
実にありがたい。
言語の習得から始める羽目になっていたら、相当な苦労を覚悟しなければならなかった。
「私は無益な戦闘を望まぬ。状況を説明してもらいたい」
そう告げながら、俺はボルトガンの銃口を下げたまま、一歩踏み出した。
すると、軍装を着た兵士たちは一斉に後退した。
……そんなに怖いか?
まあ、怖いだろうな。
俺だって前世でこんなものが突然現れたら、全力で逃げる。
「貴様!」
軍装を着た男が怒鳴った。
「何者だ! どこの部隊に所属している!」
おお。
まともな質問だ。
こちらとしても、ようやく話が進みそうで安心した。
俺は胸を張った。
「私は人類の皇帝に仕える戦士。アデプトゥス・アスタルテス、ウルトラマリーン戦団所属、ブラザー・マルクス・コルヴィヌスである」
完璧だ。
何ひとつ間違っていない。
正確かつ簡潔に、所属と身分を説明できた。
しかし。
「……何だと?」
男は眉をひそめた。
「どこの国の兵士だと言っている?」
……ああ。
そういうことか。
なるほど。
どうやら帝国の存在を知らないらしい。
これは困った。
非常に困ったぞ。
帝国の版図は広大だ。人類が居住する惑星は無数に存在し、そのすべてが帝国の行政機構によって完全に把握されているわけではない。
失われた植民地という可能性もある。
だが、目の前の兵士が帝国を知らないという事実は、少なくともこの土地が通常の帝国統治下にはないことを示していた。
「こちらからも質問がある。この地を統治する国家は何という?」
「ウルサス帝国に決まっているだろう!」
帝国。
思わず期待した。
しかし、ウルサスなどという名称に心当たりはない。
少なくとも、俺が知る帝国の行政区画には存在しなかった。
「では、ここは何という惑星だ?」
「……は?」
「惑星の名称だ」
兵士たちは顔を見合わせた。
反対側にいた白髪の女性まで、怪訝そうな顔をしている。
まずい。
質問を間違えたかもしれない。
文明によっては、惑星という概念そのものが一般に浸透していないこともある。目の前の武器を見る限り、それほど原始的な文明には見えないのだが。
「貴様、ふざけているのか!」
指揮官らしき男が声を荒らげた。
「我々はウルサス帝国の軍人だ! 正体不明の武装集団に協力するなら、貴様も反逆者として扱うぞ!」
……話が進まない。
俺は小さく息を吐いた。
「私は貴殿らの争いについて何も知らぬ。だが、非戦闘員を巻き込むつもりならば看過できない」
「何を――」
「まず武器を下ろせ。その後、双方の事情を聞く」
それが気に入らなかったらしい。
指揮官は顔を赤くした。
「撃て!」
次の瞬間、複数の矢が飛来した。
俺は動かなかった。
正確には、動く必要がなかった。
飛来した矢はパワーアーマーの装甲に命中し、乾いた音を立てて弾かれた。胸部に当たった一本など、穂先が砕けてしまっている。
……矢?
銃器ではなく、クロスボウなのか。
技術水準がよくわからん。
そんなことを考えている間にも、兵士たちは次の矢を装填していた。
俺はボルトガンを腰の保持具に収めた。
弾薬を使う必要はない。
「警告はした」
一歩踏み出す。
それだけで、前列の兵士たちが身構えた。
次の瞬間、俺は駆けた。
十メートルほどの距離が、一瞬で消える。
指揮官が目を見開いたときには、既にその目前に立っていた。
突き出された剣を左手で掴み、握り潰す。続けて男の襟元を掴み、地面へ押さえつけた。
加減には十分注意した。
普通の人間は脆い。
特に首と脊椎は注意が必要だ。
「抵抗を止めよ」
男が何か叫んだ。
その背後で、別の兵士が剣を振り上げる。
俺はそちらを見た。
兵士の動きが止まった。
「武器を捨てよ。これ以上の流血は不要だ」
数秒の沈黙。
やがて、誰かが剣を落とした。
続いて、別の兵士がクロスボウを地面に置く。
戦意が崩れるのは早かった。
指揮官を無力化され、攻撃が通用しないと理解した以上、無理に抵抗する理由もないのだろう。
賢明な判断だ。
できれば最初からそうしてほしかった。
俺は指揮官を拘束すると、反対側の集団へ顔を向けた。
白髪の女性が、剣を握ったままこちらを見ていた。
まだ若い。
だが、その構えには素人らしさがなかった。
「そちらの指揮官は貴殿か?」
問いかけると、彼女は一歩前に出た。
「そうだ。私が彼らを率いている」
声には警戒が滲んでいた。
それでも、逃げる素振りはない。
「助けてくれたことには感謝する。だが、あなたが何者なのか、私にはまだわからない」
「もっともな疑問だ」
俺は頷いた。
「名乗りが遅れたな。マルクス・コルヴィヌスだ」
「……タルラだ」
白髪の女性は短く答えた。
「私たちはレユニオンという組織に属している。感染者を助けるために活動しているんだ」
レユニオン。
感染者。
どちらも聞き慣れない単語だった。
「感染者とは?」
「鉱石病に感染した人々のことだ。あなたは……知らないのか?」
「不勉強で申し訳ないが、初めて耳にする病だ」
彼女の眉がわずかに動いた。
どうやら、この土地では常識らしい。
それなら俺の無知を不審に思うのも当然だ。
「詳しい話は後で聞かせてもらいたい。まずは負傷者の手当てを優先すべきだろう」
俺が後方へ視線を向けると、タルラも振り返った。
負傷者を支えていた、角のある女性がこちらを見ていた。
「ええ、そうね。私たちも、まずは皆を安全な場所へ連れていきたいの」
彼女は落ち着いた声で答えた。
「私はアリーナ。助けてくれてありがとう、マルクスさん」
「礼には及ばぬ」
俺は負傷者の方へ歩み寄った。
衰弱した人々の中には、まともに歩けない者もいる。衣服は薄く、身体には凍傷の兆候が見られた。厳寒の中をこれ以上歩かせれば、命に関わる者も出るだろう。
移動手段を確保する必要がある。
「タルラ殿」
俺は彼女へ向き直った。
「貴殿らはこれからどこへ向かう?」
「仲間たちが待つ場所へ戻るつもりだ。ただ、この人数では時間がかかる」
「距離は?」
「順調に進めば半日ほどだ。だが、負傷者もいる。もっとかかるだろう」
半日。
問題は、その間に追撃を受ける可能性だった。
周囲には既に戦闘の痕跡が残っている。軍の巡回部隊が戻らなければ、いずれ捜索が始まるはずだ。
「ならば、私も同行しよう」
「……いいのか?」
「この者たちを再び危険に晒すわけにもいくまい。それに、私自身もこの土地について知る必要がある」
タルラはすぐには答えなかった。
見知らぬ武装者を仲間たちのもとへ連れていく。
指導者として、軽々しく判断できることではないのだろう。
彼女はアリーナと短く言葉を交わした。
その間、俺は周囲の警戒を続ける。
しばらくして、タルラが戻ってきた。
「……わかった。あなたの力を借りたい。ただし、私たちにも守らなければならないものがある。それは理解してほしい」
「無論だ」
俺は頷いた。
「互いの信頼は、行動によって築くものだろう」
タルラは少し驚いたように目を見開いた。
そして、静かに頷いた。
「ああ。私もそう思う」
*
……さて。
ひとまず、交渉は順調だろうか。
少なくとも、いきなり撃たれることはなくなった。
いや、一度撃たれてはいるのだが。
俺は拘束した兵士たちへ視線を向けた。
こちらの動きを見た途端、数人が露骨に身をすくませる。
失敬な。
別に取って食おうというわけではない。
それにしても、感染者か。
どうやら、この土地には随分と厄介な問題があるらしい。
強制労働、武装した追跡部隊、逃亡者の保護。
帝国でも似たような光景を見たことがある。
それも、一度や二度ではない。
俺はタルラたちへ視線を向けた。
彼女たちは負傷者を支え、荷物を分け合い、厳しい寒さの中で懸命に移動の準備を進めていた。
装備は貧弱だ。
戦力も不足している。
指揮系統も、正規軍と比較すれば未熟と言わざるを得ない。
だが、少なくとも彼女たちは、守るべき者を見捨てようとはしていなかった。
それだけは評価できる。
帰還する方法は依然として不明。
戦団との通信も回復しない。
現地情勢についても、ようやく手がかりを得た程度である。
問題は山積みだった。
だが、今すぐ解決できる問題もある。
この者たちを安全な場所まで送り届けることだ。
俺はボルトガンの安全装置を確認し、雪原の向こうへ目を向けた。
遠くの針葉樹林が、風に揺れている。
灰色の空からは、絶え間なく雪が降り続いていた。
人類の皇帝に栄光あれ。
マクラーグに栄光あれ。
そして、我らが戦団に栄光あれ。
俺は祈りを終えると、歩き始めた。
見知らぬ土地での、最初の任務だった。