樹は、家事を覚えたいと思った。

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樹が夏凜と花嫁修業

「私、家事が出来るようになりたいんです!」

 

ある日の昼休み、友奈達二年生がいるクラスにやってきた樹はそう言い出した。

姉である風を抜きで相談したい事があると聞いていた三人は昼休みのクラスで樹の話を聞く事にしたのだ。

 

「い、樹ちゃんまた突然どうしたの?」

「最近の子供は家事が出来ないまま育ってしまって、社会に出てから困って結婚出来なくなるんです!」

「(テレビか)」

「(テレビ番組ね)」

 

熱弁をする樹に夏凜と東郷はなんとなく影響されたのであろう事を察した。

 

「お姉ちゃんは今年いっぱいで卒業して高校に入学しますし、いつまでも迷惑かけてるわけにはいきません」

「まあ言ってる事は分かるわね」

「でもそれなら風先輩に頼めば教えてくれるんじゃないかな?」

 

恐らく勇者部の中では最も家事に精通しているであろう風が姉ならば活かさない手は無いと思い提案する友奈。

 

「確かにお姉ちゃんなら頼めば教えてくれると思うんですけど、お姉ちゃんはその間にも家の家事をやらなきゃいけないのでなるべく手を煩わせたくないんです…」

「なるほど」

「一理あるわね」

 

姉に心配をかけたくないという樹の意見に頷く一同。

 

「それにお姉ちゃんって私に甘いから結局全部やってくれちゃいそうで……」

「それは分かる」

「風先輩ならやりかねないわね」

 

ある意味で信用されている風の姉妹愛。彼女の樹への愛はそれだけ深いのだ。

 

「でもそうなるとどうしようか?」

「部室だと風先輩もいらっしゃるし」

「誰かの家で教えれば良いんじゃない?」

 

夏凜が提案すると待ってましたとばかりに友奈と東郷が目を輝かせる。

 

「夏凜ちゃんありがとう」

「じゃあ夏凜ちゃんの家に決定ね」

「はあ!?な、なんで私の家なのよ!」

「私達家が実家だからあまり勝手な事出来ないんだよ」

「家事で場所を占拠するわけにはいかないのよね」

「ぐっ、そうかあんた達私が言い出すの待ってたわね、ハメられた……」

「か、夏凜さんお願いします!夏凜さんだけが頼りなんです!」

「うぇっ!?」

 

樹の言葉が夏凜の脳内で反響して夏凜の機嫌メーターが一気に振り切れた。

 

「ったくもーしょうがないわね!可愛い後輩の頼みだもの!任せなさい!」

「(可愛い)」

「(夏凜ちゃんも可愛いわよ)」

「(夏凜さんの方が可愛いですよ)」

 

夏凜の表情の変化を見ていた全員は思わず綻びそうになる表情を必死に抑えたのだが夏凜はその事に気付かなかった。

 

「で、どうする?全員で私の家に集まる?」

「そうすると風先輩だけ仲間外れ見たい流石に可愛そうだね……」

「じゃあこうしましょう。樹ちゃんはまず夏凜ちゃんの家に泊まりに行く。

 友奈ちゃんは風先輩の家に遊びに行く。私は途中まで夏凜ちゃんの家で教えた後で風先輩の家に行くわ」

「まあ私の家は泊まると二人が限界だからそうなるわね」

「わざわざ私の為にありがとうございます…」

「全然気にしなくて良いよ!風先輩と樹ちゃんの家久しぶりに遊びに行けるの楽しみだし!」

「ある程度出来るようになったらあとは風から教わって仕上げにすれば大丈夫そうね」

「ついでに夏凜ちゃんの一人暮らしも気になるし、私がきっちり指導してあげるわ」

「う、東郷の指導ってちょっと怖いわね……」

「大丈夫、帝國海軍のシゴキに比べれば天国よ」

「基準がおかしいから!?」

 

そしてその日の放課後、話がまとまったので一同は樹が夏凜の家にお泊まりする旨を風に伝えた。

 

「夏凜の家にお泊まり?良いわよ、部員同士大いに親交を深めて来なさい!」

 

信頼出来る部員同士なので風も何も言わなかった。

 

「かり~ん、可愛いからって樹に手を出したらあたしが許さないわよ?」

「出すかアホ!」

「まあ冗談はこれぐらいにして、夏凜なら大丈夫だと思うけど中学生だけなんだから羽目を外して夜遅くに出かけたりはしないようにね?樹も大丈夫だと思うけど夏凜の言う事はちゃんと聞くのよ」

「ええ、本当に私の家に泊まるだけだから大丈夫よ」

「分かったよ、お姉ちゃん」

「よし、まあ本当に念の為言っただけで私も心配はしてないわ!楽しんで来るのよ!」

「風先輩、私達もお世話になります!」

「お土産持っていきますね」

「友奈と東郷は私の家だったわね。任せなさい!腕によりをかけて歓迎するわよ!」

 

とんとん拍子で予定は決まり、次の土曜日に泊まる事になった。

 

「夏凜ちゃん、次の土曜までに必要な物を送るからもし家に無かったら買っておいてくれる?」

「分かったわ」

「私も手伝います!」

「じゃあ樹も連れて買い物に行けば良いわね」

「はい、頑張ります」

 

 

                    *

 

 

金曜日の放課後、私は樹とショッピングモールの前で待ち合わせていた。

 

「樹、ちゃんと時間通りに来れるかしらね……」

 

いや流石に来れると思うんだけどなんとなく樹は心配してしまうのだ。

この前の朝いくら起こしても起きなかったイメージのせいか漠然と不安を覚える。

放課後だし荷物置いて来るだけだと思うんだけど。

 

「すみませーん!お待たせしました!」

 

あ、来たわね。良かった良かった。

 

「私も今来た所だから大丈夫よ。ほら息整えて」

「はぁ…はぁ…失礼、しました…」

「というかわざわざ私服に着替えたのね」

「ええ、先輩と出かけるのに制服のままでは失礼かと思いまして」

「そんな気を使わなくても良いわよ、でも可愛い私服ね」

「ありがとうございます!」

 

うーん可愛い、こうして見ると風の気持ちも分かる。

 

「じゃあ行くわよ」

「頑張ります!」

 

 

 

「洗剤と柔軟剤」

「お洗濯に使う物ですよね?」

「そうね、洗剤は普段使ってるけど柔軟剤はよく分からないから使った事ないのよ」

「使い方は明日東郷先輩が教えて下さるそうです」

「なら取り敢えずこれを一つ買っとけば良いかしら」

 

「スポンジと洗剤、ゴム手袋」

「皿洗いですね」

「実は普段あまりしないわ……」

「あれ?でも皿洗いってしないと食器がたまっちゃうんじゃ?」

「ほら、私って普段弁当買ってきて食べてるから」

「あー……あまり体によろしくない生活を送ってるんですね」

「う…ちょ、ちょっとは料理するのよ!?でもほら、貯めてから洗おうかなーなんてついつい思ったりもするから」

「まあ私もお姉ちゃんにやってもらってるから偉そうな事言えないんですけどね、頑張らないと」

「風に負けないようにしないと…!」

 

「ピンチハンガー」

「何でしょうかこれ…?」

「ほら、あれよ。選択した後に干す洗濯ばさみが沢山ついてて色々乾かせる道具」

「ああ、あれですね!あれならたまにお姉ちゃん手伝って洗濯物干した事あります!」

「おお、そうなの」

「はい!」

「(可愛い…)え、えーとこれは流石に私の家にもあるから買わなくても大丈夫ね」

「じゃあ次の物買いに行きましょう」

 

「日の丸爪楊枝、日の丸鉢巻、日の丸手提げ…」

「これは無視して次行くわよ」

「え、でもこれは特に忘れないようにって東郷先輩が書いてますが…」

「忘れて良いから、今すぐ忘れて良いから」

「は、はい」

 

「包丁、まな板、皮むき器、フライパン、塩、コショウ、サラダ油、コンソメ……凄い量ね」

「夏凜さんの家に何があって何が無いか分からないから取り敢えず全部書いたそうです」

「えーとこれは引っ越した時に買った、これは無い……よし、買わなきゃいけない物だけ書き出したわ」

「大きな物はありますか?」

「いや、大丈夫よ。包丁、まな板、フライパンは流石に家にあるから細かい物を買えば済むわ。

 サラダ油はちょっと重そうだけど」

「分けて持てば大丈夫そうですね」

「少し荷物増えるけど大丈夫?」

「大丈夫です」

「よし、ならこれだけ頑張って買ったら少し休憩にしましょう」

「分かりました!」

 

こうして無事買い物を終えて一旦ショッピングモール内のファミレスで休憩する事にした。

結構かかったけど、まあ普段生活費ぐらいにしか使ってないから大丈夫よね?

……一応後で口座の残高確認しておこう。

 

 

 

「樹は普段風の買い物手伝ったりするの?」

「はい、物が良いかとか値段が安いかとかは分からないので荷物持ちぐらいしか出来ないんですけどね」

「いや十分でしょう。ちょっとした事でも手伝ってあげるのが大事だと思うからそれで良いと思うわよ」

「えへへ、ありがとうございます。夏凜さんは普段あまり買い物しないんですか?」

「一応買い物するけど主にドラッグストアね。食べ物はスーパーの惣菜コーナーで……」

「なるほど」

 

買い物を無事終えた私達はファミレスで軽くデザートを食べながら話をしていた。

樹と二人で話す機会は意外と多い。

もしかすると友奈以外では二番目ぐらいに私のプライベートについて話す事が多い相手かも知れない。

 

「食材の買い物の仕方覚えたいわね」

「買い物の仕方、ですか?」

「ほら、さっき樹も言ってた物が良いとかどれが安いとかよ」

「ああ、確かにそういう目利きみたいなのって憧れますね」

「風に教えて貰おうかしら…でも東郷の方が良いかな」

「どうしてですか?」

「風に教わるとからかわれて無駄に疲れそうな気がするから」

「ああ……否定出来ないですね」

「流石に買い物しながらからかわれてたら疲れるわ」

「でもお姉ちゃん夏凜さんの事結構好きだと思いますよ」

「え、な、何よそれ?」

「夏凜さんが来てから結構家で夏凜さんの話する事増えましたし、それに夏凜さんが怒っちゃった日とかは今日やり過ぎちゃったかもーって落ち込んだりしてるんですよ」

「そ、そうなの」

「他にも…」

「あー分かった分かった!恥ずかしいからもう良いわ!買い物は風に教わってみるから!」

「ふふ、ありがとうございます」

 

樹は自覚しているのかいないのか分からないけど時々時々先輩でも手玉に取るような言動をするから侮れない。

東郷が樹に一目置いてるのもなんだか分かる気がするわ……

 

「ところで夏凜さん、そのデザートさっきから気になっていたんですが……」

「ああ、しょうゆ味ジェラート?変わった味だから挑戦してみたんだけど、意外といけるわよ」

「本当ですか?なら、一口もらってみてもよろしいでしょうか?」

「良いわよ、樹のも一口くれるならね」

「お安い御用です!では、あーん」

「……これは食べさせてあげれば良いのかしら」

 

樹は声を上げずに頷いた。

 

「樹は甘えん坊ね、はい」

「はむっ……しょうゆの味ですね」

「そりゃあしょうゆ味のジェラートなんだからしょうゆの味がしなきゃ詐欺よ」

「いえ、なんか、想像以上にしょうゆの味でした。ちょっと渋過ぎて私には合わないようです……」

「そう?残念ね。じゃあ樹のも一口貰おうかしら」

「分かりました。はい、あーん」

「え」

「夏凜さん、あーん」

「ここから食べないとダメ…?」

「あーん♡」

「あ、あーん」

「はい、どうぞ」

「はむっ……うん、メロン味も美味しいわね」

「私は甘い物が一番ですね」

「樹はまだ中一だし、これから好きになる事もあると思うわよ。今はまだ無理でもまた食べてみたら良いんじゃない?」

「そういう物ですか」

「そういう物!」

「じゃあ、また食べさせて下さい」

「え!?ま、まあ、また一緒に来る事があればね」

「はい、是非!」

 

デザートを食べ終えたあとは明日に備えて早く帰る事にした。

 

「今日はお疲れ様」

「はい、お疲れ様でした。また明日よろしくお願いします」

「寝坊しないように気をつけなさいよ」

「あうう…頑張ります…」

 

さて、家に帰ったら荷物を整理して、今日はトレーニングは休んで早めに寝とくか。

 

 

 

そして翌日、犬吠埼家。

風からの許可を貰って樹の部屋に入った。

 

「夏凜さんダメ~……タバスコジェラートは大きくなっても無理です~……」

「樹ー!!起、き、な、さ、い!!!」

 

ベッドに登って樹の両肩をがっしり握り、思い切り揺さぶる。

少し乱暴だけどこれぐらいしないと樹は起きない事を既に知っているから気にしない。

 

「ん~何~お姉ちゃん……?」

「お姉ちゃん、じゃないわよ!ほら早く起きないと東郷が家に来ちゃうわ!」

「うぇっ!?か、か、か、夏凜さん!?」

「起ーきーなーさーい~!!」

 

と、その時。樹をがくがく揺さぶっていると部屋の扉が開いた。

 

「樹ちゃーん、起こしに来たわよー。夏凜ちゃんが待って…る……」

「……」

「か、夏凜さんお願いします!もう少し優しく……あれ、東郷先輩?」

 

東郷がこちらを見て凄い目でこちらを見たまま固まっている。

私は樹の肩を抑えている。

聞かなくても分かる、あれは何か変な事を考えている時の東郷の顔だ。

 

「大変お邪魔しました、どうぞごゆっくり」

「待てーい!?東郷待ちなさい!!いや待って下さい!!」

「大丈夫よ夏凜ちゃん、風先輩には黙っておくわ」

「そうじゃなーい!!」

「か、夏凜さん取り敢えずどいて貰えますか~?」

 

その後なんやかんやあって樹を着替えさせてとっとと出発した。

東郷は多分からかっていただけだ。

 

「うーまだ眠気が残ってる……」

「ほら、にぼし噛んどきなさい」

「ありがとうございます~……にぼしの苦味が染みる…」

「うふふ、二人共可愛かったわよ」

「東郷うるさい!」

 

 

 

私の家に着くと早速東郷の家事講座が始まった。

何故か東郷は眼鏡をかけている、雰囲気作りだそうだ。

時々東郷が何を言っているのか分からないのはいつもの事なので私は気にしない事にした。

 

「というわけで本日は夏凜ちゃんの家にやって来ました」

「お邪魔します!」

「いらっしゃい」

「さあ時間も限られているからキビキビ行くわよ!」

「お願いします、東郷先生!」

「これが私特製のテキスト全50ページになるわ」

「多っ!?」

 

東郷はどこからともなく紙の束を取り出すと机の上に音を立てて置いた。

 

「でもこれは復習に使ってもらう物なので今は使いません、脇に寄せておいて」

「じゃあ今出さなくても良かったと思うんだけど……」

「夏凜ちゃん細かい事は気にしない。さあまずは洗濯の仕方からよ!」

 

・洗濯

「はい、ここに洗濯機があります。夏凜ちゃん、この洗濯機には湯船の残り湯を吸うホースは付いてる?」

「一応ね、風呂入る日と入らない日があるから使うかは日によるけど」

「じゃあ夏凜ちゃんは大丈夫ね。樹ちゃん、この機能はよく覚えておいて。

 水の節約になるから大事よ」

「分かりました」

「じゃあ次は洗剤と柔軟剤。夏凜ちゃん柔軟剤の使い方が分からないって言ってたわよね?」

「ええ」

「洗剤はここに入れる。同じように柔軟剤も入れる場所があります、ここね」

 

東郷は洗濯機の上の方にある蓋を開けた。

 

「柔軟剤は入れるタイミングが難しいんだけど最近は洗濯機が全部やってくれるから簡単よ。

 どれぐらい簡単かと言うと友奈ちゃんでも問題なく出来るわ」

「それは安心ですね!」

「東郷、あんた時々凄く酷い事言うわよね…?」

「気のせいよ夏凜ちゃん。で、洗濯は朝するのが一応良いんだけど……学生は朝洗濯するのは大変だろうから夜になるかしら」

「まあ平日朝は流石にキツイわね……」

「無理ですね」

「二人共干し方は流石に分かる?」

「それぐらいなら」

「干すのはお姉ちゃんを手伝った事があるので」

「よしじゃあ次ね」

 

・掃除

「掃除は気合、以上」

「え、それだけ?」

「ゴミ捨ての日と使ってない物は捨てるという強い心さえあれば掃除は出来るはずよ」

「なるほど」

「細かい掃除の仕方はテキストにまとめておいたからそちらを参考にしてちょうだい。

 じゃあ次ね」

 

・料理

「はい、チャーハンが完成しました」

「だいぶすっ飛ばしたわね!?」

「今回はあくまで樹ちゃんが主役だから私の説明があまり長くなるとよくないのよ」

「(何の話…?)」

「私凄く頑張りました!」

「夏凜ちゃんは包丁が扱えるなら時間と分量さえ気をつければ大丈夫。

 樹ちゃんは簡単な料理から覚えていくと良いと思うわ。

 これでチャーハンを覚えられただろうしあまり料理を作りたがらない夏凜ちゃんの家に作りに来てあげると良い練習になるんじゃないかしら」

「なるほど!」

「本人の前であまりそういう事を言うな!あ、樹ちゃんとピーマンも人参も食べなさいよ?」

「う、頑張ります……」

 

・皿洗い

「料理とセットで大事な家事ね」

「洗剤をスポンジに付けてこすって洗うだけじゃないの?」

「皿洗いにも大事なやり方があります。樹ちゃん皿洗いは?」

「やった事ありません……」

「じゃあ一からね。まず油が沢山ついた皿は紙で拭いてからながしに置いて。

 こうしないと洗剤がもったいないし環境にも悪いの」

「なるほど」

「次にご飯が入っていた皿は水をいれてながしにおいておいてね。ご飯は固まると取れづらいの」

「分かりました」

「洗う時はなるべく多くの皿を洗剤でこすってからまとめてすすぐ。水の節約よ」

「了解」

「皿は日が当たる所に干して、スポンジは使い終わっても水で洗わずに洗剤を付けたまま干す。

 洗剤を付けておかないとスポンジに雑菌が繁殖しちゃうわ。

 包丁は洗ったらフキンでしっかり拭いてから干す、錆びさせないようにね」

「勉強になります」

「はい以上で皿洗いはおしまいです」

 

 

「というわけで急ぎ足だったけど以上で私の家事講座は終わりになります」

「ありがとうございました!」

「ありがとう、東郷。本当に早かったわね」

「風先輩を待たせたら悪いから急がせてもらいました。じゃあ二人共テキストを見ながらしっかり復習しておいてね。

 まだ昼過ぎだから二人で一緒に家事をしながらお泊り会すると良いと思うわ」

「分かりました」

「じゃあ夏凜ちゃん後はよろしく。何か分からない事があったらいつでも聞いてね。お邪魔しました」

「気を付けてね」

 

嵐のような忙しさで駆け抜けた東郷の家事講座が終了し、私と樹は一息をついた。

 

「これでひとまず安心ですね」

「安心するのはまだ早いわよ。気を抜かずに午後はちゃんと復習するの」

「分かりました、よろしくお願いします」

「じゃあそろそろ夕方だからまずは風呂掃除から!」

「はい!……夏凜さん!風呂掃除のやり方はさっき教わってないので分かりません!」

「……そういえばそうだったわね。簡単だからすぐ教えるわ」

「改めてお願いします!」

 

 

 

所変わって犬吠埼家。

東郷は無事到着していた。

 

「こんにちは、お邪魔します」

「いらっしゃーい」

「東郷さんいらっしゃーい!」

「風先輩、友奈ちゃんよろしくお願いします」

 

まだ夕飯には早いので二人は中でくつろいでいる所だった。

タイミングとしてはちょうど良かったかもしれない。

 

「樹と夏凜、どうだった?」

「ええ、大丈夫だと思いますよ。そこまで難しい事は教えてませんし樹ちゃんよく出来ていましたから。夏凜ちゃんは元々一人暮らししていたので料理以外は大体分かっていると思いますし」

「東郷がそう言うなら安心ね~」

「もー東郷さんも人が悪いよー。私が知らない間に風先輩に教えちゃうなんて」

「ふふふ、ごめんね友奈ちゃん。樹ちゃんが帰ってきた後も練習出来るようにする為にはどうしても風先発の協力が必要だから」

 

東郷は既に風にこの合宿の真相を教えていた。

家事は継続的にやって初めて身に付く物である。

この合宿が終わった後も樹が家事に関われるように、東郷はあらかじめ風に樹が家事を覚えたがっている事を伝えておいたのだ。

 

「しかしあの子が私に内緒で家事を覚えたいなんてね……妹の成長がお姉ちゃんは寂しいわ」

「もうすぐ中学二年生、風先輩を愛する気持ちに変わりは無くても樹ちゃんも成長しているという事ですね」

「うう、これが娘を見守る母親の気持ちなのかしら!妹よ、達者でな……」

「よーし、私も樹ちゃんに負けてられないよ!東郷さん、私も今度から一人で起きる!」

「え!?ダ、ダメよ友奈ちゃん!!友奈ちゃんにはそんなのまだ早過ぎるわ!!」

「だーめ、東郷さん!樹ちゃんが羽ばたこうとしている以上私も東郷さんに頼りっぱなしになるわけにはいかないよ!」

「嫌よ友奈ちゃん!!ずっと一緒にいるって言ったじゃない!!一人にしないでええ!!」

「耐えるのよ東郷!!あんたの気持ちは痛い程よく分かる。今晩は付き合ってあげるから、黙って友奈の成長を見守るのよ!!」

「友奈ちゃああああん!!」

「ふ、二人共大袈裟だよ~…」

 

犬吠埼家ではドラマが繰り広げられていたが特に問題は無かった。

 

 

 

「湯船をスポンジでみがいてシャワーで流すだけ」

「簡単ですね、それに夏凜さんの家のお風呂ピカピカです」

「まあ、まだ引っ越して一年も経ってないからね。樹の家と比べたらそりゃあ綺麗だと思うわ」

「なるほど、確かに」

 

お風呂掃除を手早く済ませて夕飯の準備に取り掛かった。

まだ慣れてないといつ完成するか分からないから早めに作らない。

 

「今晩はうどんよ!」

「うどんなら私達でも作れそうですね!」

「うどんなら簡単よ!」

 

大丈夫、私達でも出来る。そう、うどんなら!

東郷がくれたレシピもある!

 

「まずはほうれん草を下茹でっと」

「その間に私は長ネギと人参を切っておきますね」

「包丁で切るときは指を切らないように猫の手よ」

「はい、大丈夫です!」

「よし、ちゃんと覚えてるわね」

 

「野菜準備終わりました!」

「よし、じゃあ次は鶏肉よ」

「鶏肉は雑菌が多いので、直接まな板で切らずに牛乳パックをよく洗ってから開いた物を敷いてからその上で切る、でしたよね?」

「その通り!食中毒にならないように慎重にね」

「切ったあとは酒と醤油に付けて下味を付ける」

 

「めんつゆは煮ておいたわ」

「ではその中に鶏肉を入れて茹でる」

「鶏肉が茹でたら麺を入れてほぐす」

「少し経ったら野菜も」

「器に盛って仕上げにネギをかけたら……」

「お好みで生卵を上からかける!」

 

「「出来たー!!」」

 

 

 

「美味しいです―!」

「うん美味しい!料理出来たわね、樹」

「はい、夏凜さんと東郷先輩のおかげです!ありがとうございます!」

「樹が頑張ったからよ、東郷は確かに教えてくれたけど作ったのは樹の力よ」

「いいえ、私が頑張れたのは夏凜さんが一緒にいたからですよ!

 夏凜さんに食べてもらいたいから頑張れたんです!」

「う…嬉しいけど、なんだかそう言われると恥ずかしいわね……」

「夏凜さん夏凜さん」

 

一緒に食べていた樹が席を寄せてくると箸でうどんを差し出して来た。

 

「あ、あーん」

「い、樹?」

「あーん」

 

非常に恥ずかしい、私からこのような事をする事は絶対無いと断言出来る。

が、この縋るようなような樹の目で見られて、拒否できる奴はいないんじゃないかしら……

 

「…あーん」

「!…はいっ!」

「はむっ……うん、美味しいわよ。樹のうどん」

 

私が褒めてあげると樹は花が咲くような笑顔を見せた。

 

「えへへ、嬉しいです……」

 

ま、マズイ樹可愛すぎる…!

その時、何故か風がからかって私に言った言葉が脳裏をよぎった。

――「かり~ん、可愛いからって樹に手を出したらあたしが許さないわよ?」

 

「(いや何考えてんのよ私も樹も女なのよ!?手を出すとか意味分かんないし!)」

「夏凜さんどうかしましたか?」

「な、なんでも無い!ちょっと水とって来るわ!」

「あ、はい」

 

頭冷やさないと……

 

 

 

「洗濯は、どうしましょうか?」

「樹の服をここで干すわけにもいかないし、私の服とタオルだけ洗うからそれを干せば良いわよ」

「分かりました」

 

皿洗いと風呂も滞り無く済み、洗濯をする所まで進んだ。

洗濯はまあ一人暮らしだから大した量は無いしすぐに済んだ。

 

「柔軟剤良い香りですね」

「そうね、乾いたら柔らかくなってるかどうか楽しみだわ」

「私の家では使ってるのかなあ」

「風ならしっかりしてるし使ってるんじゃない?」

「そうですね!」

 

洗濯も終わって今日やるべき事は全て終了、長い一日が終わった。

 

「う~ん、終わりましたね!」

「そうね、長かったわ」

「お姉ちゃんはこれを毎日やってるのか、敵わないなあ」

「そうね、風はやっぱり凄いわ。学校でももう少し凄い所見せてくれれば良いのに」

「ふふ、凄いのに凄そうに見せない所がお姉ちゃんなんですよ」

「それが風らしいわね」

 

流石樹は姉の事をよく分かってるわね。

 

「そろそろ寝る?」

「そうですね、今日はもうヘトヘトです」

「お疲れ様、じゃあ布団敷くから…」

「夏凜さん、あの、少しわがまま言って良いですか?」

「何?」

「一緒のベッドで寝させて下さい」

 

 

 

友奈と一緒に寝た事もあるので私は樹の頼みを快諾した。

 

「急にどうしたの?」

「お姉ちゃんだともう恥ずかしくて一緒に寝れないので……夏凜さんなら一緒に寝てもらえるかな~と」

「ふーん、風が樹に一緒に寝て欲しいなんて言われたら涙を流して喜ぶと思うけどねえ」

「あはは、家族だと恥ずかしいですよ」

「そういうものかしら」

「そういうものなんです」

 

力説する樹が可愛くて、少し笑った。

 

「夏凜さん、夏凜さんもお兄さんがいらっしゃるとおっしゃっていましたよね?」

「うん、いるわよ。全然会ってないけど」

「でも、仲が悪かったわけではないんですよね」

「まあね。私が苦手だっただけで、兄貴は出来た人間だから私の事を気にかけてくれてたと思うわ」

「なら、夏凜さんも家事が出来るようになったら、いつかお兄さんを招待して立派になった姿を見せてあげると良いと思いますよ。

 お兄さんはきっと喜んで下さると思います」

「そうかしら?あの兄貴がそんな事で喜ぶのは、ちょっと想像出来ないけど」

 

何でも出来る兄貴が、今更私に何かしてもらえた所で喜ぶのだろうか?

 

「いいえ、きっと喜んでくれますよ。兄妹なんですから。

 同じ妹である私からのアドバイスですから、信じてみてください」

「……そうね、分かったわ。樹の占いは良く当たるし、じゃあ今度、兄貴を私の家に招待してやろうじゃない!」

「その意気です!」

 

少し雑談をしたあと、流石に疲れたのか樹はあくびをして目を閉じた。

 

「ふゎぁ~あ、少し話過ぎちゃいましたね……おやすみなさい、夏凜さん……」

「ええ、おやすみ、樹」

 

樹の可愛い寝顔を見ながら、私は眠りについた。

今夜は気持ちよく眠れそうだ。

 

 

 

翌日、樹は元気に帰っていった。

東郷も認める逸材、犬吠埼樹だ。

このまま行けば私生活でも風を支えられる立派な妹になるに違いない。

 

「よーし、私も頑張るわよ!」

 

これからはトレーニングだけでなく、家事も頑張ろう!

 

 

                    *

 

 

「夏凜さーん、今日もお願いします!」

「ま、また?最近風からの風当たりが強いんだけど、大丈夫?」

「良いんです!今までべったりだったから少しは離れないと」

 

あの合宿以降、樹は私の家に来てよく家事をしてくれるようになった。

樹は家事の腕をめきめきと伸ばしていて流石は風の妹といった所だ。

何故私の家に来るかと言うと、家では風が横から付きっきりで見ていて落ち着かないから、らしい。

最初のうちは東郷のとりなしもあって風に見てもらいながら家事をしていたようなのだが……結局こうなってしまった。

あと東郷が最近友奈が子離れしてしまったとか言って風と一緒にどんよりしているけどあちらはよく分からない。

しかし今となっては風の気持ちは少し分かる、こんなに可愛い妹がいたらべったりになるのも仕方ない。

でも樹はそんな風の気持ちはお構い無しのようで、私の家に入り浸ってしまっている。

おかげで風の見る目が最近厳しい。

その理由も分かる、毎日私の家に来ては料理をしてくれる樹はまるで……

 

「通い妻、よね……」

「夏凜さん、どうかしましたか?」

「な、なんでもない!頑張るのも良いけど、あんまり風に心配かけちゃダメよ?」

「ふふ、夏凜さんは優しいですね。大丈夫ですよ、お姉ちゃんの手伝いもちゃんとしてますから!」

「う、うーん、なら良いんだけど」

 

私との話を終えた樹は料理に戻る。

エプロン姿も最近はすっかり板に付いた。

 

「うん、今日も良い出来です!夏凜さん、味見してもらえますか?」

「……また?」

「ええ!夏凜さんに喜んで貰わないと意味が無いですから!」

 

そしてこのやり取りも、あれ以来すっかりお馴染みとなってしまっている。

 

「はい、あーん♡」

「あ、あーん」

「どうですか?」

「…うん、美味しいわよ。ありがとう、樹」

「えへへ、幸せです……」

 

風、あんたの妹は魔性の女かも知れないわ……

私は樹の可愛らしい後ろ姿を見ながら気の迷いを打ち消すように食器を並べ始めた。




樹を可愛く書くのに結構苦労しました。東郷は話に緩急を付けてくれる良いキャラですね。
今後の参考にする為に良い点悪い点関わらずコメントで感想を述べて頂ければ幸いです。
ここまで読んでいただきありがとうございました。

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