なお、今回は物語の描写上あえて原作設定の一つ、〈エルダー・テイル〉の1日は現実世界の2時間であるという設定を無視しております。ご了承くださいませ。
設定に関してもう一つ。感想欄にて、ゲーム時代の〈エルダー・テイル〉は単なるMMOなので腐った目という表現があるのはおかしい、というご指摘をいただきました。自分でも気を付けて神視点以外では描写しないようにしていたつもりですが、どうも漏れが大量にあったようです。誠に申し訳ありません。修正をかけようかとも思ったのですが、茶会時代に八幡が「腐った目の〈暗殺者〉」(※文言は若干変更の可能性あり)と呼ばれるようになる(主にカナミのせい)設定を捏造もとい加えることで対応することにいたします。なので元茶会メンバー視点では今後もガンガン「腐った目」という表現を使用させていただきます。……人、これを開き直りという!このエピソードはその内どこかで描写する予定です。
サラという〈大地人〉の少女にとって、その日はいつもと何も変わらない一日となるはずだった。
日の出とともに起床。いつもと同じ味のない朝食を取り、支度を整えて家を出る。
向かうのは自分を雇ってくれている〈冒険者〉のギルド、〈西風の旅団〉のギルドホールだ。〈アキバの街〉の一等地に建つそのビルがサラの職場となる。
「さあ、今日も一日頑張ろう!」
サラは自らの仕事着である
まずは棚の上のほこりを払い、そこから下へ向かって順番に掃除していく。基本に忠実に、そして丁寧に。
雇い主の〈冒険者〉から褒められたりすることはほとんどないけれど、それでもサラは毎日きっちりと仕事をこなしていた。〈冒険者〉が払ってくれる給金というのは、一般的な〈大地人〉の給金に比べてかなり多いのだ。
しかしほんの1年ほど前までは、そんなサラに声をかけ、あまつさえ仕事まで手伝ってくれる〈冒険者〉がいた。なぜだかサラの方から声をかけてもほとんど反応がなかったけれど。
"彼"の掃除の腕前は素晴らしいもので、サラが真面目にやって4時間ほどかかる場所の掃除を1時間足らずで片付けたり、サラが動かせないような家具を楽々動かしてその下まで掃除していた。
本人が語るところによると、"彼"のサブ職業(サラにはよく分からなかったが冒険者にはメイン職業とサブ職業というものがあるらしい)は〈専業主夫〉というもので、家事全般をそこそこの高レベルでこなせるとのことだ。
毎日のように"彼"がサラに話してくれたのは、"彼"はリアル(サラには何のことだかよく分からなかった)ではぼっち?という孤高の存在であるという話だったり、今日の"彼"らの大冒険譚だったり、はたまたギルドマスターがモテモテでムカつくので爆発しないかなという愚痴だったりと、様々な内容だった。
そんな"彼"の話は、平凡な〈大地人〉であるサラには、興味深くて、面白くて、笑えて、わくわくして、ハラハラして、ドキドキして。そして時々意味が分からなかった。
(そういえば、あの方とはしばらくお会いしてないなぁ~)
そんな"彼"を、この〈西風の旅団〉のギルドホールで見かけなくなったのはほぼ1年前。
"彼"を見かけなくなる少し前から、なんだかここにいる〈冒険者〉たちの仲がギスギスしていたように感じていた。
どうもサラの直接の雇い主であるギルドマスターに関して何かを争っていたらしく、少しずつ貯めこまれていたモノがついに爆発した、とそういうことだったらしい。
しかしある日を境にギルドの雰囲気は元へと戻り、同時に"彼"を見かけることがなくなった。
最後に会った時の"彼"は、いつもと同じようにサラの掃除を手伝い、"彼"が今まで仕事に使っていた部屋を綺麗に片付けて出て行った。サラに「今まで独り言を聞いてくれてありがとう」と言い残して。
(いつかまたあの方に会うことができるのでしょうか……)
バケツの水に雑巾をひたし、力強く絞る。そして窓を拭く。いつも行っている、いつもどおりの光景。
しかし突然……
(いつもより、視界が透き通ったような感覚があった気がします)
少しぼやけているようだった目の前の世界がクリアになり
(いつもより少しだけ、空気が重みを増したような気がしました)
何の重さもなかったような空気の密度が、少し上がったような、そんな気がした。
そしていつもともっとも違うのは街の様子。窓の向こう側、〈アキバの街〉の様子が先程までと
「あれは……〈冒険者〉が街に戻るときに使う魔法……かな?」
突然現れたのは〈冒険者〉。それも〈アキバの街〉の通りを埋め尽くすような大勢の〈冒険者〉たちであった。
「みなさん倒れてるけど……大丈夫なのかな……?」
現れた〈冒険者〉たちは、皆が一様に気絶したように道路に伏せていた。
やっぱり冒険者って分からない。そう思ったサラは深く考えることなく、汚れた水を組み直そうとバケツを持ち上げる。しかし
「なんだよ、なんなんだよコレはっ!?」
「私、さっきまで部屋にいたはずなのに!?」
「う、運営はどこだよ?なんかのイベントだよな、これ!?」
直後に響いた大きな声にバケツを取り落とし
「何なの~、もう!」
盛大に水をぶち撒けた。
(言ってることも理解できないことが多いし、いつの間にかどこかに消えてしまって帰ってこないし、ほんと、〈冒険者〉ってよく分かりません……)
床に広がる水たまりに一瞬呆然としたサラだったが、すぐに気を取り直して床を拭き始める。通りで騒いでいる〈冒険者〉と、帰ってこない"彼"に心の中でちょっぴり文句を言いながら。
不思議な光景からしばらく後、この〈西風の旅団〉のギルドホールに集まってきたのは、いつもここに集まっていた〈冒険者〉たちだった。彼女たちは一様に深刻そうな表情で、そこかしこで話し合いを始めていた。
いつもと違う雰囲気にとまどい、物陰に隠れて様子をうかがっていたサラだったが、その会話に出てきたのは、ゲームの中?リアルに帰りたい?キャラクターになってる?モニターがない?パッチのせい?〈ノウアスフィアの開墾〉?ただの〈大地人〉であるサラには全く分からない、聞いたこともないような単語の羅列だった。
しかし、そんな彼女たちの様子も、サラの雇い主でもあるこの館の主、ギルドマスターのソウジロウが帰ってきたことで一変する。
あれほど深刻そうで暗かった表情が、明るく華やかな笑顔に変わった。小さな声で内緒話でもしているようだった会話も、大きく
このソウジロウというサラの主人は、よほどみんなから人望を集めているのだろう。
明るくなった場の雰囲気に若干の油断が生じたのか、サラは思わず隠れていた柱から身を乗り出してしまっていた。サラが気付いた時には、柱に隠れているのはもはや片足ばかりという状態。
当然のように集まっている〈冒険者〉の一人に見つかり、その〈冒険者〉、青い陣羽織を羽織った少女に声をかけられる。
「だ……誰!?」
ギルドホールに広がったその声に、集まった人々の視線が一斉にサラへと向かう。
(ど、どうしよう……。見つかってしまいました!)
逃げようかどうしようか、そんなことを考えながらアワアワしている内に、サラはいつの間にか柱の影から連れ出されていた。
(ど、どうして?この間まではあの方以外には話しかけられたことなんてなかったのに!?)
混乱していまだアワアワとしているサラだったが
「え~と、どなたでしたっけ?」
自分に掛けられた優しそうな声に、どうにか気を取り直す。相手は全く知らない人ではなく、自分の雇い主なのだ。
「サ、サラでございます」
しかし意を決して発したサラの言葉は、目の前の少年の頭の上に大きな疑問符を浮かべる結果となったようだ。
(私ってそんなに影が薄かったでしょうか……?まあ、言ってしまえば単なる雇われ人ですし、仕方がないといえば仕方がないのかもしれませんが)
困ったような顔で後ろの仲間と何かを話し合い始めた雇い主。その姿に疑問を感じたサラだったが、とりあえず強引に自分を納得させることにする。
そもそも相手は〈冒険者〉である。“彼”はあくまで特殊な存在だったのであって、今まで“彼”以外の〈冒険者〉に話しかけられたことなどなかったのだから。
どうにか心を落ち着けることに成功したサラだったが、その落ち着きは
「〈大地人〉て……。〈エルダー・テイル〉の世界の住人って設定の、要は
直後にホールに響いた声によってすぐに破られた。
(NPCってなんでしょう……??)
全く意味の分からない単語に、サラは首をかしげる。しかしサラにとっては聞いたこともないその単語は、目の前の〈冒険者〉たちにはかなりの驚きを与える物であったらしい。
興奮した様子の彼女たちに少し怖さを感じたサラはじりじりと後ずさる。だが、目の前の少女たちはそんなサラの様子など意に介さず、
「普段どんなことしてるの?」
(このギルドホールの掃除をしています)
「ご飯て食べるの?」
(今朝もしっかり食べてきました)
「名前ってゲームの時からあったっけ?」
(ゲーム?ってなんでしょう)
「何歳?スリーサイズは?」
(恥ずかしい……)
寄ってたかって質問攻めにされたサラは、矢継ぎ早の質問に頭は追いついても口が追いつかず、全く返事をすることが出来なかった。
「カレシいる?」
そして最後の質問。
「あう~」
なぜか思い浮かんだ"彼"の姿にサラは赤面し、気付いた時には頭に上った血のせいで目を回してしまっていた。
「ちょ、ちょっと大丈夫!!」
床に崩れ落ちるサラの瞳に映ったのは、慌てたようにこちらに駆け寄ってくる青い影、先程自分を見つけた
「う~ん…………」
「だ、大丈夫?」
目を覚ましたサラに声を掛けてきたのは、気を失う前に見た少女だった。
「ごめんね。皆がよってたかって質問するから……。あ、ウチの名前はイサミっていうの」
目の前の少女、イサミはどうやらサラのそばについていてくれたらしく、心配そうな顔で調子を尋ねてきた。
「い、いえ。もう大丈夫です。先ほど気を失ったのはちょっと別の理由でしたので……」
質問が原因ではあったものの、気を失ったのはよってたかって質問されたからではない。自分で口にした事実に、サラはまた少し顔が赤くなったのを自覚する。
「まあ、大丈夫ならいいけど……」
どうやら、イサミはサラの顔色の変化に気付かなかったらしい。
サラはそのことに若干の安堵を覚えるが、それと同時に先程の疑問がまた浮かんできた。どうして〈冒険者〉たちは突然自分に話しかけてくるようになったのだろう、と。
「あ、あの……」
さっきは慌てるだけで何も言えなかったけれど、この優しそうな少女に聞いてみたいと思った。
「……なんで突然、みなさんは私に話しかけるようになったんですか?」
「えっ!?」
サラのその質問に、イサミの顔が引きつったように変化する。
答えにくいのか、なんと答えたらいいのか迷っているのか。悩んでいるようにも見えるその表情に、サラは話を続ける。
「1年ほど前までは、お一人だけですが私に話しかけてくれる方がいました。その方は私の仕事を手伝いながら、色々なことを話してくれました」
サラの話に何か、もしくは誰かを思い浮かべたのか、イサミの表情に少量の驚きが交じる。
「よく意味の分からないお話も多かったけど、楽しかったんです。私には一生体験できない、そんな素敵なお話を聞くことが出来て」
そう、楽しかったのだ。掃除をしながら話される様々なお話、興味深くて、面白くて、笑えて、わくわくして、ハラハラして、ドキドキして。そして時々意味が分からなかった。だけどその全てが楽しかった。
「だから今日みなさんから話しかけられて、少し期待してしまったんです。みなさんと仲良くなったり、おしゃべりしたり。あの方がいなくなってから聞けなくなった、物語の続きが聞けるんじゃないかって」
だから、サラは知りたいと思ったのだ。なぜ〈冒険者〉は自分に話しかけてくるようになったのかを。
「……ごめん。ウチも今の自分たちの状況をよく理解できてなくて、正直なんて言ったらいいのか分からないの」
イサミから返ってきた返事に、サラは一瞬がっかりする。しかし、こちらに向けられたイサミの顔には笑顔が浮かんでいた。
「でもね、友達にはなれるよ。副長みたいな意味のよく分からない変な話は出来ないけど、一緒におしゃべりしたり笑い合ったり」
友達……。“彼”は自分には友達がいないとよく言っていた。けれど、本当は友達が欲しかったんだと思う。“彼”がどこか寂しそうに語る姿を見て、サラはそう感じていた。
サラはそんな“彼”の友達になりたいと思っていたが、ついぞ“彼”から友達になろうなどと誘われることはなかった。
しかし今、自分と友達になろうと言ってくれる少女がいる。
そのことがとても嬉しかった。だから、手を伸ばしてみようと思った。そして、いつかまた“彼”に会えたら自慢してやるのだ。あなたより先に、私に友達が出来ましたよ、と。
だからサラはもう一度口を開いた。思いを言葉にのせて伝えるために。
「あらためてもう一度。わたしの名前はサラと申します。イサミさん、わたしと友達になってください」
「じゃあウチももう一度だね。ウチの名前はイサミ。よろしくね!」
〈大地人〉と〈冒険者〉。後に親友となる二人、サラとイサミはこうして出会った。のちにこの出会いは、とあるぼっちの
(しっかしサラが言ってたのって、多分副長のことなんだろうけど)
言葉にしないと伝わらない思いもある。言葉にしても伝わらない思いもある。そして
(副長、ただNPC相手に独り言をつぶやいてただけのつもりなんだろうな~)
言葉にしない方が良い言葉もある。今回はそういうお話でもある。
オチで台無しな第十二話でございました。な~んか文章が壊れ気味な気がするのですが(特に後半)、眠くて頭が回らない……。とりあえず投稿しましたが、起きた後に確認してひどければ後ほど修正をかけるかもしれません。急遽決めたサラ視点なので、色々と詰めが甘い所が多かったのが原因かも。
ちなみに八幡がサラに話しかけているシーンは、FF11やFF14のsayチャット(PTを組んでいなくても近くの人とチャットできる機能)のボイスチャット版の様な機能を使っている、と設定しております。原作の〈エルダー・テイル〉にこんな機能があるかは不明ですがw
さてここからは次回以降の予定について。このサラ回にて、本来イサミ視点で語るつもりだった部分をかなり消化できたので、次回のイサミ視点の話は、13・14話の前後編でしっかりと収まりそうです。13話は日常話の予定ですが、14話から数話はかなりシリアスになる予定。ただ、僕にシリアスが書けるかはかなり謎w期待せずにお待ちいただけますと幸いです。投稿予定は遅くとも4月5日を予定しております。