内容としましては、過去編オンリー。その解答編となっております。ほぼシリアスオンリー。説明くさい文章が多いので読みにくい可能性大ですが、ご容赦くださいませ。ついでにいうと、果たしてこの解決方法が八幡っぽいのかと、実際にやるとしてどうなのかは疑問の残るところ。
さて、どこまで語ったものなのか迷いますが、前回の描写についての捕捉などを。PvP大会のくだりにおいて、八幡強すぎじゃね?と思われた方は多いかと思います。ただ、これだけは宣言しておきますが、この作品は主人公最強系ではありません。そしてあの部分は、色々な話への伏線となっております。いつか伏線が回収されるその日まで、お待ちいただけますと幸いです。
イサミから持ち込まれた相談に、八幡は頭を悩ませていた。
女性同士のイザコザ、しかも恋愛がらみとなると、完全に自分の専門外の問題だからだ。
しかし、イサミとドルチェに解決できないとなると、ソウジロウやナズナたちが復帰してくるまでに問題が解決することはないだろう。
八幡が聞いた限りでも、問題は非常に
(しかしどうする……。ギルドという箱にはもう穴が空いてしまっている。そして、それを修復する
伊達に生まれてこの方ぼっちだったわけではないのだ。ほとんどグループに所属したことのなかった八幡には、経験もなければ知識もなかった。
持っているのは趣味の読書による知識と〈エルダー・テイル〉の知識。ぼっちとしての経験と〈エルダー・テイル〉の経験。それだけだ。その全てを動員しても、女性同士の不和を解決することは不可能だろう。
関係の修復を図るには、基本的には話し合うという手段しか存在しない。殴り合うことで心が通じ合うなんていうのは一部の脳筋にのみ許されることであって、まさか女性ばかりの〈西風の旅団〉で試してみるわけにもいかない。
そして、すでに話し合いで解決できる段階は過ぎ去っている。話し合いというのは、つまりは妥協点の探り合いだ。擦り合わせられる部分を探し、互いに納得のいく解答を導き出すというものでしかない。
あらためて考えてみると一目瞭然だ。今回のこの問題には、妥協点が存在しない。
レイドチームとそれ以外のメンバーとの間の、ソウジロウとの接触時間の格差。これを無くすには、レイドチームを定期的に入れ替えるか、レイドチーム以外のメンバーに対してソウジロウとの時間を別に与えるかの二択だ。
そしてそれは、レイドチームから見れば一方的な譲歩であり、自らの実力で勝ち取った立場を捨てることでしかない。少なくとも、納得など出来ようはずがない。
(それにしてもマズったな。セタの奴から受けた相談にかまけてたせいで、気付かないうちにこんな状況にしちまった。……あれ?俺ってばこれ、ナズナさんがインしたら殺されるんじゃないの?)
ソウジロウやナズナがこの場にいれば問題はなかったのだ。あの二人ならば、実際の立場としても精神的な立場としても、明確にその他のメンバーの上にいる。全員を強引にでも納得させることは可能だっただろう。
レイドチームの面々はまだいい。
問題はレイドチーム以外のメンバーだ。彼女たちから見た八幡の立場はサブギルドマスターとしてのものでしかなく、しかもそれはソウジロウと知り合いだという理由から与えられたと思われている。
訓練などには付き合っていたとはいえ、八幡からも特に積極的な働きかけをしてこなかった。つまり何の手も打てないこの状況は、八幡の不手際が一因であると言えなくもないのだ。
(とりあえずはセタの相談は置いておくとしてもどうしようもないな。……んっ?セタの相談!?)
八幡がギルドの状態に全く気付かなかった理由。他のメンバーに対する興味が薄かったというのは確かにある。しかしそれ以上に大きかったのは、ソウジロウから持ち掛けられていたとある相談だった。
〈西風の旅団〉のメンバーを見るだけでも明らかではあるが、ソウジロウ・セタには女性プレイヤーのファンが非常に多い。〈アキバの街〉を歩いている時に声を掛けられるなど日常茶飯事で、どこかに一緒に出掛けようと誘われることすら毎度のことである。
その日もソウジロウはアキバを散策していた。ただしいつもと違ったのは、同行者が八幡だけだったという点だ。
いつもギルドの女の子に取り囲まれているイメージしかないソウジロウだが、たまに八幡だけを誘って出掛けることがあった。八幡としては特に一緒に出掛けたいとも思わないし、更に言うなら八幡と二人で出掛けると告げられた時のメンバーたちの殺気の
そんなわけでギルドの運営についてしゃべりながら《アキバの街》をそぞろ歩いていた二人だったが、そこへ八幡の全く知らない女性プレイヤーが話しかけてきたのだ。
ソウジロウとへ女性プレイヤーが話しかけるのをぼけっとして聞いていた八幡だったが、要約すれば〈西風の旅団〉に入ってソウジロウと一緒にゲームをプレイしたいが、入団条件が厳しすぎて入れないのでなんとかしてくれないか?ということらしい。
その場は笑顔で別れたのだが、再び歩き出したソウジロウからは明らかな困惑が感じられた。
全ての女性に優しいというソウジロウの性質は、何か理由があってのものではない。それはソウジロウの在り方であり、ただ単にそういうモノだというだけだ。
だからソウジロウは女性からの頼みを断ることが出来ない。そこに真剣さが感じられたのであれば特にだ。
そして先ほどの女性プレイヤー、彼女は真剣であった。本当にソウジロウと一緒に〈エルダー・テイル〉を楽しみたいという意志が感じられたのだ。
しかし、彼女の願いをそのまま聞き入れることはできない。どこまでいっても〈西風の旅団〉というギルドは戦闘系ギルドであり、その目標は〈大規模戦闘〉のクリアだ。
世間一般に厳しいと言われる入団条件はそのために設定したものであり、そこは簡単に譲っていいものではない。
少し前、入団条件を満たしていないカワラを〈西風の旅団〉に入団させた時も、内外から少なからず反発があった。幸いにもカワラの人柄もあってか今では受け入られているものの、八幡やナズナは安易な勧誘は控えるようにとソウジロウへと苦言を呈したものだ。
それゆえソウジロウは困っているのだろう。女性のお願いは聞かなければならない。しかしそのお願いを聞くわけにはいかない。
そして困ったソウジロウが相談するのは決まって八幡かナズナのどちらかであり、この場にいるのは八幡だけだ。八幡へとそのお鉢が回ってきたのは必然と言えた。付け加えて、八幡はソウジロウの頼みを断れない。八幡の仕事が増えるのは、この時点で確定していた。
数日ほど考えた結果、ソウジロウから持ち掛けられた相談に対して八幡が出したのは、ソウジロウのファンクラブのような枠組みを作るということだった。
流石にソウジロウのファンを無制限に〈西風の旅団〉へと入団させるわけにはいかないが、それとは別枠の組織を設立してしまえばどうであろうか。なにかしら定期的なイベントを行うことにより、彼女たちの不満は多少なりとも抑えられるかもしれない。
しかしこの方法には大きな問題点がある。確実に上がるであろう、〈西風の旅団〉のメンバーからの不満の声だ。
そのため大枠だけを考えてしまった後で、ナズナや
八幡は、先程までこの二つの
(この策にも問題点は多い。俺一人で行うには、時間も労働力も足りない。そして最後の部分。ここが一番難しい。その二つが最大の問題点だな)
まず最初に解決すべきなのは人手の問題だ。策を実行するにあたり、最低もう一人は必要だろう。だが、一体誰を巻き込むか。
真っ先に〈西風の旅団〉のメンバーは除外される。
彼女たちにとってこの策は、あまりにもメリットがないからだ。苦労した挙句にもたらされるのは、ソウジロウと接する時間の減少である。おそらくイサミやドルチェであれば頼めば協力してくれるだろうが、他のメンバーの怒りを買う可能性があることを考えれば頼むわけにはいかないだろう。
ではギルド外のプレイヤーはどうだろうか。一瞬考えたものの、八幡はすぐにそれをを却下する。
ギルド外のプレイヤーに協力を頼むというのは、つまり今の〈西風の旅団〉の状況を、外部のプレイヤーに漏らすことに他ならない。有名ギルドである〈西風の旅団〉のこんなゴシップを、まさか広めるわけにはいかないだろう。……まあ最大の理由は、八幡にはギルド外の知り合いがほとんどいないという点ではあるのだが。
(あれ?早速手詰まりなんだけど?ぼっちは攻守最強だと思っていたんだが、まさか違ったの?……いやいやいや、今回の問題には偶然不向きだっただけだから!)
全く候補者を思いつかないことにより八幡は自分の生き様にすら疑問を感じ始めていたが、ふとそこに一人のプレイヤーの名前が浮かんできた。
ほとんどがソウジロウ目当てで集まっている〈西風の旅団〉のメンバーで、八幡を除いてほぼ唯一ソウジロウが目当てではない人物。彼女なら、もしかすると利害が一致するのではないだろうか。
ほとんどの旅団メンバーをフレンドリストに登録していない八幡だったが、幸いなことに同じ三番隊に所属している彼女の名前は登録されていた。その名前がログインしているのを示して白く光っているのを確認した八幡は、滅多に使うことのない念話機能を久しぶりに使用して彼女を呼び出すのだった。
八幡が念話を送った三十分後、彼女はようやく八幡が使うサブギルドマスターの部屋へとやって来た。
「んで?なんの用だよ、ヒキ野郎」
彼女から発せられたのは質問と罵声。男に呼び出されたという事実が
「お、おう。なんで本名も知らないはずなのに、俺の中学でのあだ名の一つを知ってるんだよ……。ま、まあいい。ちょっとお前に頼みたいことがあるんだよ、くりのん」
呼び出しただけで特大のダメージを受けた八幡だったが、どうにか気を取り直してくりのんへと話しかける。……リアルに少し涙目になってはいたが。
「面倒くさいから断る。じゃあな、こっちは女の子と遊ぶのに忙しいから行くぞ」
しかし勇気を振り絞っての八幡の言葉に、くりのんは一切の考慮をすることもなく背を向ける。そしてそのまま部屋を出ていこうとするが
「待て!これはお前の損になる話じゃないはずだ。むしろプラスになると思うんだが……」
その背中に掛けられた八幡の言葉は、くりのんにとって考慮するに値したらしい。くりのんは歩みを止め、八幡の方へと向き直った。
「……少しの時間だったら聞いてやってもいいぞ。ただし、本当に私の利益になる話だったらな」
予想通りの反応に、八幡はモニターの前でほくそ笑む。
普段から見せているように、良くも悪くもくりのんというプレイヤーは欲望に忠実なのだ。女の子へのセクハラに消費されているそのエネルギーを、目の前の問題へと振り向けられたら。八幡の策の成功率は跳ね上がるだろう。
「分かってる。じゃあお前も気付いていると思うが、今のギルドの状況から説明するぞ」
八幡はくりのんへと語り始めた。〈西風の旅団〉が現在置かれている状況、それに対する自分の分析。そして、自分が考えた作戦について。
初めは面倒くさそうに聞いていたくりのんだったが、話が進むうちに真剣な様子へと変わり、不明点や疑問点には質問さえ差し挟んでくるようになった。
(これは……。くりのんの奴、思ってたよりもずっと頭がいいな。ヒーラーとしての腕は一級品だし、プレイヤーとしては優秀だとは思っていたが、こいつに話を持ち掛けたのは大正解だったかもしれんな)
八幡の頭の中で、くりのんの評価が変態→優秀な変態ヒーラーへとランクアップした。
ようやく策を最後まで語り終えた八幡に、すかさずくりのんからの質問が飛んでくる。
「その策自体は問題なさそうだし私の利益にもなりそうだけど、最後に一つだけ質問があるんだが……」
くりのんのその質問は、先程まで八幡が悩んでいた部分だった。しかし
「それについては俺に考えがある。任せておいてくれ」
すでに八幡には一つの案が浮かんでいた。後は八幡自身にその覚悟があるかどうか、それだけが問題なのだ。
「ふん。まあそう言うんだったら、アンタに任せた。じゃあ急いだ方がいいみたいだし、私は今から作業に移るぞ。……あっと、さっき最後の質問だって言っちまったが、やっぱりもう一つだけ質問いいか?」
明確な承諾の返事はなかったものの、どうやらくりのんは手伝ってくれる気になったようだ。すぐにでも作業に移ろうとしていたようだが、思い出したように八幡へと最後の質問をしてくる。
「なんだよ?」
自分の作戦に対する疑問かもしれないのだ。八幡には、その質問を断るという選択肢は存在しなかった。
「……アンタ、本当に中学生か?とてもじゃないがそうは思えないんだけど」
しかし飛んできたのは、作戦にはまるで関係ない質問。八幡は一瞬なんと答えたものか悩んだが、特に隠すことでもないと素直に答える。
「……いや、今は高校一年生だ。今年の四月からだから、もう何か月も経ってる」
八幡の返したその言葉は、なぜかくりのんの笑いのツボを刺激したらしい。ヘッドホンを通じて響き渡る爆笑に八幡は苦い顔をするが、くりのんはしばらくの間笑い続けた。
ひとしきり笑ったことで満足したのか、ようやく笑うのをやめたくりのんは、去り際に八幡へと一つの言葉を残していった。お前みたいな高校生がいてたまるか、と。
そこからは時間との戦いだった。〈西風の旅団〉が分解してしまうその前に、いつ訪れるか分からないその時に対して先回りするために、八幡とくりのんは必死で作業を進めた。
幸いだったのは、ファンクラブを設立するというその作業が、八幡の手により事前に進められていた点だ。八幡とくりのんの二人の間で更に調整を行った結果、奇跡的なことに翌日には準備が整っていた。
ついに作戦は決行された。
【ソウジロウ・セタファンクラブ、メンバー募集中】
というスレッドが立ったのを確認した八幡は、自分の行っている作業を一気に進めた。そしてスレッドが立ってから一時間後に、八幡の手によって〈西風の旅団〉のホームページへと同様の内容が掲載される。
この時間差での公開も、八幡の作戦の一つである。
最初に真偽不明のスレッドを立ち上げることにより悪い方向でもいいので話題を呼び、その後から〈西風の旅団〉のホームページという、これ以上ないほど信頼度の高い媒体でも情報を公開する。これにより怪しげなスレッドも一気に信用できるものへと早変わりだ。
一気に反転したソレは、同時に公開していた場合に得られていたであろう評価を飛び越え、掲示板内で一種のブームを巻き起こす。そしてその情報は掲示板を利用しているプレイヤーだけに留まらず、あらゆる情報ツールにより拡散された。
その動きに合わせてソウジロウ・セタファンクラブへの加入希望者は加速度的に増え、募集開始から半日で三ケタに、三日後には三百人に迫りつつあった。
そんなファンクラブへの加入希望者への対応をくりのんに任せ、八幡は作戦を次の段階へと移行させる。
ソウジロウたちが戻ってきたときに、全員の成長した姿を見せる。八幡が打ち出したそんなお題目の元、数日の間、〈西風の旅団〉ではかなり過密な訓練を行っていた。
しかしその本当の目的は二つ。一つは、ギルドメンバーたちの時間を奪うことで、ファンクラブ設立への対応を遅らせること。そして二つ目は……
「違う!そこは引くところだろうが!!……下手くそ!避けられる攻撃はちゃんと避けろ!無駄にヒーラーへの負担を増やすんじゃない!!」
メンバーのヘイトを自分へと集めること。これにも更に二つの意味がある。一時的に八幡がヘイトを集めることにより、メンバー間の衝突を少しでも減らすこと。そして……。
とりあえずは作戦が功を奏しているらしいのは、毎日のように八幡の元へと報告にくるイサミのおかげで把握できていた。メンバー同士での喧嘩は減り、今は八幡への悪口合戦で盛り上がっているらしい。
大丈夫なのかと心配してくるイサミをなだめ、八幡は作戦を最終段階に移行させる。なにせそのために、調べれば
一週間ぶりにソウジロウとナズナがログインしたときには、すでに全ては終わっていたと言ってよかった。
二人からの呼び出しを予期していた八幡は、すぐにギルドマスターの部屋を訪れた。そこから始まったのは、八幡の、〈西風の旅団〉のサブギルドマスターとしての最後の仕事。ソウジロウとナズナからの質問に全て答え、そして説き伏せるという、大仕事だった。
とは言ってもそれはもうすでに決着の見えている口論だった。
ソウジロウとナズナはその場にいなかった自分たちに責任があると考えているようだが、その場に居なかったために防げなかった者と、その場に居合わせたのに防げなかった者では、圧倒的に後者の責任の方が重いだろう。そして八幡により導かれ、すでに問題の解は出てしまっている。
あとは八幡がソウジロウの頼みを跳ね除けられるか、問題はそれだけだ。
八幡とソウジロウの話し合いは長時間に及んだが、ソウジロウの隣でその様子を眺めているナズナは、すでにどこか諦めたような雰囲気を出していた。流石に茶会時代からの付き合いだけであって、八幡の考えを把握しているらしい。そして、その決意が変わらないということも。
最終的にソウジロウを黙り込ませたのは、ギルド結成時に二人が交わした約束だった。
自分が辞めたいと思ったときは好きに辞めさせること。そして、
いつかこういう日が訪れるかもしれないと思っていた。だから、最初に約束した時から敵として想定していたのは八幡自身のことだった。ただ、それが訪れたのは八幡が思っていたよりも早かったのか遅かったのか、八幡にもすでに分からなくなっていた。そして、
とりあえず言えるのは、その日、〈西風の旅団〉からサブギルドマスターの肩書を持つ
「よしっ!」
ようやく自分が使っていた部屋を片付け終わり、八幡は一息を
たったの一年間であったが、この部屋では色々なことがあった気がする。イサミと新選組談義をしたり、ドルチェと料理についての豆知識を教えてもらったり、ひさこの黒さにドン引いたり、カワラに決闘を挑まれたり。
騒がしい、煩わしいと感じることも多かったが、八幡にとってその日々は悪くはなかった……と思う。今まで友達などいなかったけれど、もしいたらこんな風だったのかもしれないと感じる程度には。
その時、扉からノックの音が響いた。物は片付いたとはいえ、いまだシステム的には八幡の部屋である。どうやら誰かがこの部屋への入室許可を求めているらしい。
「どうぞ!」
ソウジロウかナズナかイサミか。そんなメンツを想像していた八幡は、入ってきたプレイヤーを見て驚いた。
「よう」
どういう風の吹き回しなのか、そこに立っていたのがくりのんだったからだ。
「どうしたんだ?お前、俺がギルドを辞めるからって挨拶にくるようなキャラじゃないだろ」
そう。今回くりのんに協力を持ち掛けたのは、あくまでも利害が一致したからというだけだ。少なくとも、挨拶を交わすような間柄にはなっていないはずだった。
「いや、大したことじゃねえよ。ちょっとアンタに伝えておきたいことがあってな」
そう答えるくりのんの声はいつになく真面目な調子であり、八幡はくりのんへ続きを促した。
「まずは今回のアンタの策についてだ。ギルドという箱が壊れてしまった。そして短期間での修復は不可能。そう判断したアンタは、ギルドという箱をファンクラブというより大きな箱で覆うことにした。私に話を持ち掛けたのは、ファンクラブが設立されればあのウジ野郎の周りに女の子が増えるから。つまりアイツの周りに集まる女の子目当ての私にとって、それは大きなメリットとなるからだ。ここまではアンタ自身が私に話したことだ。間違いないな?」
「……ああ」
相当に要約されているものの、間違っている部分は存在しない。八幡は、くりのんに肯定の返事を返した。
「しかし、一度不和になってしまったメンバーをどうやって再結束させるのか。そして、ファンクラブのメンバーとして入ってきた女の子への敵意を、どうやって逸らすのか。その疑問に、アンタははっきり答えなかった。私はどうするのかと不思議に思っていたが、アンタは自信満々の様子だったから任せることにした」
やはりくりのんというプレイヤーは、八幡が思っていた以上に優秀なようだ。こちらが進んでほしくない方向へ、理路整然と話を進めていってくれる。
ついに無言になった八幡をよそに、くりのんは話を続ける。
「アンタが話さなかった最後の策はこうだ。メンバー同士に向いていた敵意を、自分だけに集中させること。訓練に出かけた先では下手だ糞だと仲間を
ほっとけ!と心の中で毒づきながらも、八幡は自分が追いつめられているのを感じていた。話はまだ終わりそうにない。つまりは最後の部分まで見抜かれているということだ。
「ただ、それだけなら他に敵を設定してもなんとかなったはずだ。とりあえずの時間さえ稼げば、ウジ野郎とナズナちゃんたちがログインしてくる可能性が高かったわけだしな」
くりのんの言う通り、何も八幡自身を敵として設定する必要はなかった。……ただし、その場を治めるだけで良ければの話ではあるが。
「じゃあなぜそうしなかったのか。それは、ウジ野郎とナズナちゃん、
たしかに、今回の一件で真実に一番近い位置にいたのはくりのんだっただろう。しかし、まさかここまで完全に自分の思考が読まれるとは、八幡は考えていなかった。無駄な抵抗と分かっていながらも、八幡は最後の抵抗を試みる。
「……単に、俺がこれを理由にギルドを抜けたかっただけかもしれないだろ」
しかしなんとか絞り出したその言葉は
「それはない。本当にそれが理由だったら、私に隠す必要がなかったはずだからな。ついでにいうと、私に加入者への対応を全て押し付けてたのも、出来るだけ私をゲームから遠ざけて、真相を悟られないようにするためだろ?」
くりのんによってあっさりと粉砕された。ようやく観念した八幡は、頭の中で白旗を上げる。
「……はあ。他の奴らには言うなよ。特にイサミあたりにはな」
八幡が出来ることは、もう口止めしか残っていなかった。こんなことを、イサミみたいな真面目っ娘が聞けばどういう反応を示すか。あまり想像したくない未来だった。
「はっ!言うわけないだろ。アンタは、サブギルドマスターという立場を使って、サブギルドマスターのするべき仕事をしたんだからな。仲間を守るという、一番大切な仕事をな。それを台無しにするようなことは、絶対にしない」
誰も八幡を肯定してくれなかった。ソウジロウは八幡のやり方を否定したし、ナズナは単に諦めていただけだ。
そんな中で、自分のやったことを理解してくれている人間がいるというのは、八幡にとっては嬉しかった。八幡はこのとき初めて、くりのんともっと話しておくべきだったと思った。
ただ変態だからと遠巻きにするのではなく仲間として接していれば、きっと彼女は〈西風の旅団〉というギルドにとって大きな存在となっていただろう。……まあ変態行為は勘弁して欲しいところではあるが。
「だから今回のこの件は借りだ。私が所属している、女の子にチョメチョメ出来る大切なギルドを守ってくれた、アンタに対しての大きな借りだ。いつか返してやるから、何かあったら私に行ってこいや。大体のことは聞いてやるから」
ちょっと自分がいなくなった後が心配になるセリフが混ざっていたものの、八幡はくりのんへとお礼を告げて別れた。
それからの一年間、高校と〈エルダー・テイル〉の双方で色々なことがあったものの、八幡はこの時のことを忘れることはなかった。
だから、イサミに助けを求められた時に真っ先に浮かんだのはくりのんの名前。
ソウジロウの元へと向かう道中で合流した二人は、言葉を交わす暇も惜しんでひた走った。〈西風の旅団〉というギルドを守るためには、ここでソウジロウを死なせるわけにはいかない。
そしてたどり着いたその先で、衛兵に斬り倒されそうなソウジロウを見つけた八幡は
「〈ステルスブレイド〉!」
迷うことなく衛兵の背中へと刀を振り下ろした。
なぜかくりのんが格好良くなってしまった第二十話でした。……というか男に対するくりのんの口調ってこんなんで良いのでしょうか?ソウジロウと喋ってるシーンしかなくてよくわからないwいつの日か人知れず修正される可能性が微レ存です。
今回の解決方法ですが、強引な部分もありますがこれが今の僕の限界一杯です。八幡っぽくはなってるつもりですが、これどうなんだろう。しかしもうこれ以上何も出てこない……。
さて、ここからは次回以降の予定について。第二十一話となります後編は、おそらく5月9日の投稿となります。ちょっとゴールデンウィークで帰省しないとなので、しばらくネットから隔離されるんですwお待ちいただけますと幸いです。