ログ・ホライズン~マイハマの英雄(ぼっち)~   作:万年床

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大変お待たせしましたな第二十八話。第一話~第三話の改定作業が思うように進まず、とりあえずは第二部開始の話を先に投稿することにしました。今後は合間を見て作業を進めるので、投稿は通常通りのペースで行います。登場人物紹介のまとめなども、同じく後日に回します。

さて今回は導入部分ということもあり、ちょっとコメディに挑戦してみました。が、出来は正直もう一つかも……。前半は八幡視点、後半はログ・ホライズン本編より登場のあの人の視点です。説明部分も多いので、今回はちょっと長めの8500字となっております。


第二章
第二十八話 突然の呼び出しに、比企谷八幡は逡巡する。 前編


 どんな人間でも、守りたい存在、守るべき存在の一つや二つは存在するものだ。自分よりも弱い奴だったり、放っておくとどうなるか分からない奴だったり。

 俺という社会的弱者にとって、そんな存在は決して多くはない。現実においては、基本的には妹の小町くらいのものだろう。俺とは違って出来のいい奴だが、いくつになっても世界一かわいい自慢の妹である。

 最近ではその庇護(ひご)対象の枠に、一色(いっしき)いろはというあざとすぎる後輩が割り込んでこようとしている気がするが、気のせい、気の迷いだと信じたいところだ。

 そういやイベントの手伝いを頼まれてたが、こんな事態では断りの電話一つすることも出来ない。……まあそもそも、一色の連絡先なんて知らないんですけどね。

 

 では〈エルダー・テイル〉においてはどうだろうか。

 基本的にソロプレイヤーだった俺にとって、そもそも守るべき相手というのは存在しなかった。〈放蕩者の茶会〉(デボーチェリ・ティーパーティー)においても、最年少メンバーである俺はどちらかと言えば守られる側であり、なんだかんだ甘やかされていた気がする。

 そんな守られる側の立場が守る側に変わったのは、セタの奴に誘われて〈西風の旅団〉に所属したときからだ。

 自分を上回るプレイ歴の人間もほとんどおらず、そもそも同い年や年下のプレイヤーも数名いた。まさかそんな中で、守られる側に甘んじるわけにはいかない。

 というわけで、散々に働かされた俺だったが……今になって思い返すと、すごく便利にこき使われているだけのような気がしないでもない。これも気のせいだと信じたいところである。……気のせいだよね?

 

 〈西風の旅団〉脱退後の一年間は、正直〈西欧サーバー〉に作成したサブキャラで、カナミさんに振り回されていたイメージしかない。天真爛漫で無邪気。ブレーキのないジェットコースター。あの茶会の人間台風の面倒を、なぜか俺が見る羽目になったのだ。

 まあそもそもの話として、茶会という存在自体がある意味カナミさんの保護者の集団だとも言えた。一緒になって騒いでいたKRみたいな奴らは別として、当時のシロエさんやカズ彦さんの苦労がしのばれる。

 そういや俺がやらかした〈西風の旅団〉でのお茶目、なんでカナミさんが知ってたのん?まあ、犯人だいたい分かってるんだけど。……おのれ狐姉さん(匿名)!!

 ちなみに海外サーバーにいたはずの俺が、なぜ今ここにいるのか。それにもカナミさんが大きく関わっている。

 

 世界で一番早く〈ノウアスフィアの開墾〉が導入されるのは、時差の関係で〈ヤマトサーバー〉だった。それを聞いたカナミさんから、最新現地レポートを行うに言われた俺は、だから久しぶりに"八幡"として、〈エルダー・テイル〉の大地を踏んだのだ。……まさかそれが、実際に踏みしめる一歩となるとは思わずに、ではあるが。

 

 つまりは何が言いたいのかというと、ぼっちを極めたと言っても過言ではない俺にすら、保護する対象がほとんど絶えず存在していたということだ。例外と言えるのは、小町が生まれるまでの二年間くらいのものだろう。

 ゆえに俺にとって、守るべき対象は絶対に必要なのだ。であるならば、俺はどうするべきか。

 結論を言おう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

〈大地人〉の女の子、マジ最高!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……八幡。そろそろ頭から手を放してほしいんだけど?」

 

 頭をなでながらの八幡の語りに、目の前の少女、〈大地人〉少女のベルがドン引きしていた。

 まあたしかに、そろそろベルの頭をなで始めてから30分は経っている。名残惜しいが、手を離さなければならないだろう。

 

「ちょっと待って!あと5分だけでいいから!!」

 

 しかし(自分に)正直で通ってきた八幡の口は、至福の時間を少しでも伸ばそうと、気付いたときには浅ましくも力強いお言葉を吐き出していた。小町と会えない日々は、八幡の精神を少しずつ(むしば)んでいたのだ。

 現実世界であれば通報間違いなしの光景だが、幸いにしてここは異世界。通報するための電話もないし、逮捕しにくるおまわりさんも存在しない。

 そもそも、別にこれは無理やりやっているわけではないのだ。

 

 ベルの父親を怪我させた犯人たち。〈守護戦士〉(ガーディアン)〈盗剣士〉(スワッシュバックラー)〈妖術師〉(ソーサラー)〈森呪遣い〉(ドルイド)の4人パーティーを締め上げた八幡は、そのことをベルに報告するため、〈チョウシの町〉へとやって来ていた。

 しかし、ベルを訪ねてきたはいいものの、よく考えてみれば家の場所を聞いていない。どうしたものかと、八幡は不審者よろしくキョロキョロしていた。

 死んだような目の〈冒険者〉が、不審な動きを繰り返している。その噂を耳にしたベルが八幡を探しに来なければ、今頃は〈マイハマの都〉あたりに派兵要請が飛んでいたかもしれない。

 ともあれ無事に笑顔の再会を果たした2人だったが、問題はそのあと。薬を譲ってくれただけでなく、かたき討ちまでしてくれた八幡に対し、ベルが何かお礼をしたいと言い出したのだ。

 八幡にしてみれば、別に見返りが欲しくてやったわけではない。ただ、小町に似た顔の少女が泣いているのが許せなかった。それだけのことだ。

 一方で、ただ施しを受けるだけというのが嫌なのも分かる。八幡だとて、誰かに養われる気はあっても、施しを受けるだけなのはごめんだ。

 であるならば、お金がかからず、この場ですぐに済むようなものがいい。だから八幡は、ベルにこう頼んだのだ。

 お前の頭をなでさせてくれ、と。

 

「八幡ってさ……小さい子が好きなの?」

 

 いまだに頭をなで続ける八幡に、あきらめた様子のベルが問い掛ける。

 小町と会えない日々が続き、八幡のイモウトニウムはすでに底をつきかけていた。フル充電にはまだ時間がかかりそうだ。

 

「あ~。前にも言ったが、俺には妹がいるんだよ。訳あって今は会えないんだけどな。ソイツの小さいころと今のベルがよく似てるんで、ちょっと懐かしくなったというかなんというか」

 

 自分のセリフに、八幡は顔が赤くなるのを感じた。

 小町よりも年下の少女に、自分は何を言っているのだろうか。むしろ、小町に似たその容姿に、思わず口を滑らせてしまったと言えなくもないが。

 

(小町の奴、どうしてるかな?)

 

 妹のことを思い出した八幡は、少しノスタルジックな気分になる。

 そういえば、この世界に飛ばされた人間は、元の世界ではどのような扱いを受けているのだろうか。同じゲームをプレイしていた人間が一斉に失踪したなど、大事件どころの騒ぎではない。

 そもそも今ここにいる"八幡"は、本物の比企谷八幡なのか。今の自分は単なるコピーで、本物の自分は現実世界で雪ノ下や由比ヶ浜たちと、あの部室にいるのではないか。

 そこまで考えたところで、八幡は小さく首を振る。こんなことは、考えたところで意味のない問いだ。

 この世界で生きていきながら、いつか元の世界に戻るための方法を探し続ける。今の自分に出来るのは、そんなことぐらいだろう。

 そんなことを考えていた八幡は、いつのまにかベルの表情が不機嫌なものに変わっていることに気付かなかった。

 

「……いつまで触ってるのよ!」

 

「いてえっ!?」

 

 突然走った激痛に、八幡は思わず声を上げる。痛みの元はなんぞやとそちらを見やると、ベルの頭をなでていた右手、その甲が力一杯つねられていた。

 現実世界の肉体と比べて、〈冒険者〉のソレはかなり痛みに耐性がある。こちらの世界で実際に死んだ感想を言うと、高校の入学式でリムジンに()かれたときと同等くらいの痛さには抑えられていた。……つまり結局はめっちゃ痛いのだ。

 八幡はベルをにらみつけようとするが、逆に自分をにらみつけていたベルの目に驚いた。

 

(こええー!なんなの、この人を殺せそうな目力?直視の魔眼なんて目じゃないんだけど?)

 

 少女ににらみつけられるなど、一部の業界ではご褒美かもしれないが、残念ながら八幡は(多分)ノーマル属性だ。その視線に恐怖を感じることはあっても、快感を感じることは(おそらく)ない。

 現実世界にしろこの世界にしろ、八幡には女性が何を考えているかがさっぱりだ。雪ノ下しかりイサミしかり、そしてベルもしかり。

 そして、こんなときの対応方法は、一つだけ。

 

「すんませんでしたー!」

 

 とりあえず謝ることだ。しかし、理由も分からない状態で土下座までするのは危険。とっさに逃げるには不向きな姿勢なだけではなく、必要以上に相手を調子に乗らせる可能性がある。

 ゆえに今の八幡の姿勢は、前に向かってきっちり45度の最敬礼。背筋を伸ばして腰から上体を深く折り曲げ、真下よりやや前方に視線を落とすのがポイントだ。意外ときれいにするのは難しい所作だが、普段からやりなれている八幡にとっては造作もないことである。

 

「…………はぁ。もういいわよ。別にそんなに怒ってたわけじゃないし」

 

 深々と下げた頭の上から、ベルのため息が聞こえる。八幡は恐る恐るベルの様子を(うかが)うが、どうやら怒りの感情は抑えてくれたようだ。

 

「そ、それなら良かったです」

 

 先程の恐怖の目つきが忘れられなかった八幡は、ベルの言葉に思わず敬語で答えてしまった。雪ノ下の氷の視線に慣れていなければ、トイレに駆け込んで泣き崩れるまであったかもしれない。

 

「あ、そうだ。本当に悪いと思ってるんだったら、八幡にひとつお願いしたいことがあるんだけど」

 

 いま思いついたというようなベルの言葉に、八幡の警戒レベルがMAXに跳ね上がる。

 小町や一色の“お願い”とやらに、散々振り回されてきた経験。その経験が、八幡の中で警鐘を鳴らし始めたのだ。

 

「お、俺に出来ることなら……」

 

 しかし残念なことに、八幡はNOと言えないことに定評のある日本人である。というか八幡の周りの人間は、NOと言っても誰も聞いてくれない。

 あとはベルのお願いが、無茶なものではないことを祈るだけだ。神など信じていない八幡は、代わりに大天使たる戸塚へと祈りを捧げた。

 

「あのね、八幡のこと……お兄ちゃんって呼んでもいい?」

 

 千葉だけではなく、この世界にも天使はいたらしい。その破壊力は、理性の化け物たる八幡の精神障壁をあっさりと突破してくる。

 思わずにやけるその顔は、比企谷八幡史上最高に気持ちの悪いものだった。自分の言葉を恥ずかしがったベルが顔を伏せていたのは、幸いであったと言える。

 しかし世の中には、当然ながら八幡とベル以外の人間も存在するわけで

 

「……すまん。もう三回ほど、お兄ちゃんって呼んでもらってもいいか?」

 

 残念なことに、調子に乗った八幡は、近くに自分たちを見ている人間がいることに気付いていなかった。

 

「あ~、お取込み中すみませんが〈冒険者〉さん。今よろしいでしょうか?」

 

「ひゃ、ひゃい!」

 

 突然掛けられた声に、八幡の動きが停止する。ゆっくりと声の主へと顔を向けると、そこにいたのは軍装に身を包んだ男性であった。

 年端もいかない少女に、お兄ちゃん呼びを要求する男。客観的に見れば完全なる犯罪者(ロリコン)であり、男はどう考えても八幡を捕まえるためにやって来た兵士である。

 男がセルジアッド=アインアルド=コーウェン公爵の使者だと名乗るまでの十数秒間は、今までの人生でもっとも長く感じた。

 のちに八幡はそう述懐している。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「眠い……」

 

 ベルと別れ、八幡は〈マイハマの都〉への帰路についていた。夜通しで動いたことに加えて、自分が乗っているグリフォンの心地良い揺れ。八幡の意識は、マイハマを目前に朦朧(もうろう)としていた。

 〈冒険者〉がこの世界に飛ばされて数日。〈冒険者〉たちの間では、この不思議な事態は〈大災害〉(だいさいがい)と呼ばれ始めていた。

 いまだ自分たち〈冒険者〉が置かれている状況は不明瞭だ。しかし、死からの復活があると分かったあの日を境に、徐々に動き出す者も増え始めていた。

 

(まあ、事態の解決のために動き出してくれる分には構わなかったんだがな……)

 

 さすがは日本人というべきか、少なくとも〈アキバの街〉では暴動じみたことが起こる様子は見受けられない。

 そもそも大手ギルドのギルドマスターには、比較的まともな人間が多かった。喧嘩っ早い脳筋もいるにはいるが、その男にしても基本的に悪い人間ではない。

 それに加えて、大手ギルドは運営の都合上で、上下の指揮系統がはっきりしているところが多い。戦闘系ギルド最大手の〈D.D.D〉しかり、生産系ギルド最大手の〈海洋機構〉しかり。そして、〈西風の旅団〉もしかりだ。

 つまり、上がまともな人間であれば、大手ギルドというのはほとんど問題を起こさないのだ。

 

 問題は大手ギルドの所属ではない、一部の中小ギルドのメンバー。中小ギルドというのは、現実の知り合い同士で組んだものや、ゲーム内で仲良くなったメンバー同士で組んだものが多い。

 ゆえに指揮系統が明確ではないギルドが多い上に、一人ではないという心強さも合わさり、変に暴走するメンバーが出てくることがある。

 先日ベルの父親を襲ったのは、そんな中小ギルドのメンバーたちだった。NPC(大地人)というこの世界における弱者をいたぶることで、知らない世界に来てしまったという不安を誤魔化そうとしたのだ。

 隠れて彼らの様子を(うかが)っていた八幡は、そんな話をしている彼らの姿に、苛立(いらだ)ちを覚えた。

 

(別に弱いことが悪いとは言わない。それでも、"弱さ"を言い訳にするのは間違っている。少なくとも、自分たちよりも弱い相手に危害を加える理由にはならないはずだ)

 

 夜の森の中でようやく見つけた彼らは、あまりにも弱かった。パーティーの平均レベルや装備の質など見ただけで分かる弱さもあったが、それ以上に問題だったのが連携の練度と精神面の(もろ)さだ。

 そもそもの話として、彼らにはやる覚悟はあってもやられる覚悟が存在していなかった。だから、突然の奇襲にあれだけ取り乱していたのだろう。

 〈森呪遣い〉(ドルイド)が攻撃を喰らったならば、〈守護戦士〉(ガーディアン)はすぐにカバーしなければならない。逆に〈森呪遣い〉は、〈守護戦士〉が防ぎやすい位置に移動しなければならない。

 〈森呪遣い〉がやられた後にしてもそうだ。本来ならば、ヒーラーがやられた時点で彼らは逃げるべきだったし、そうでないならば残りの3人で固まって動くべきだった。

 一対多数の戦闘において重要なのは、可能な限り一対一に近い状況を作り出すことだ。一対四の戦闘を一回するよりも、一対一の戦闘を四回繰り返す方が圧倒的に難易度が低い。

 結果的に、八幡は大して苦戦することもなく、4人の〈冒険者〉を各個撃破することが出来た。

 

(あいつらのギルド、〈ハーメルン〉とか言ったな。イサミたちに絡んできたってのも、たしか〈ハーメルン〉の奴らだったはずだ。……警戒だけはしておくか)

 

 アキバ周辺の治安が、ここ数日で徐々に悪化し始めた理由。その理由の一端は、間違いなく八幡にもある。

 おそらくではあるが、死からの復活というものが証明されていなければ、PKをするような連中はここまで大きく動かなかっただろう。なにせ返り討ちにされたら、そのまま死んでしまう可能性があるのだ。

 あの手の連中は、自己の快楽のためにPKをすることが多い。逆に言うと、自分が第一の自己中プレイヤーが多いわけで、つまり自らの身の安全には敏感だ。

 図らずも八幡が死からの復活を証明してしまったことで、PK行為や大地人への襲撃が蔓延(まんえん)し始めてしまっていた。自分に責任の一端がある以上、なにかしらの対策を練るべきだろう。

 いまだ行方の知れない由比ヶ浜の捜索と合わせて、今の八幡にとっては頭の痛い問題だ。

 

(それに加えて、マイハマの領主・コーウェン公爵からの呼び出し……か)

 

 先程の男、八幡とベルとの会話に割って入ってきた軍装の男は、〈灰姫城〉(キャッスルシンデレラ)からの使者だった。

 

 現実世界の日本と同じ場所に浮かぶ島、〈弧状列島ヤマト〉には、五つの文化圏が存在する。

 現実世界における北海道の位置には〈エッゾ帝国〉。本州の東半分には〈自由都市同盟イースタル〉。そして西半分は〈神聖皇国ウェストランデ〉。九州のあたりは〈ナインテイル自治領〉。そして四国の場所には〈フォーランド公爵領〉 がある。

 もっとも、〈フォーランド公爵領〉の領主であったフォーランド公爵家は、300年前の騒乱によって滅んだとされており、現在彼の地には支配者が存在しない。それゆえに荒廃が進んでおり、活動する〈冒険者〉も極めて少ない。

 

 八幡の記憶に間違いがなければ、セルジアッド=アインアルド=コーウェン公爵という人物は、その内の一つである〈自由都市同盟イースタル〉 の筆頭領主のはずだ。

 〈自由都市同盟イースタル〉に所属するのは、24の都市国家と24の領主。普段の彼らは、各々(おのおの)で自らの領地を経営している。しかし時に、一都市国家の力では解決できない問題も存在するのだ。

 彼らが年に数回開く〈自由都市領主会議〉において話し合われるのは、そのような案件ばかりであり、その領主会議の議長を務めるのが、筆頭領主たるコーウェン公爵その人なのである。

 つまり八幡を呼び出した人物は、〈アキバの街〉や〈チョウシの町〉も属する文化圏、その〈大地人〉の中でも、最上級の大物だと言えた。

 

(出来れば行きたくないんだが、そういうわけにもいかんだろうな。……そもそも俺が今住んでるの、〈マイハマの都〉だし)

 

 別に他の町に移住するという選択肢もないではない。しかし、八幡としては出来るだけ千葉の地から離れたくないし、それに加えて宿代もすでにまとめて1か月分ほどを支払ってしまっていた。

 千葉育ちゆえのあふれんばかりの千葉愛と、専業主夫としてのMOTTAINAI(もったいない)精神。その二つのせいで、八幡には移住という選択肢を選ぶことが出来ないのだ。

 使者によれば、コーウェン公爵との会談は、明日の昼過ぎに〈灰姫城〉(キャッスルシンデレラ)で行われるらしい。

 外観があれだけきれいなのだから、さぞかし内観もすごいのだろう。避けることの出来ない厄介事を前に、八幡はなかばヤケクソ気味に考えるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「姫。姫。……レイネシア姫?」

 

 心地良い微睡(まどろ)みを邪魔され、レイネシア=エルアルテ=コーウェンは目を覚ました。

 淑女としての礼儀作法を叩き込まれる日々の、ほんのささやかな憩いのひととき。コーウェン家の娘である自分には、そんなことも許されないらしい。

 自分の昼寝を妨げた無粋な(やから)の顔を確認しようと、レイネシアは声の聞こえた方角へと顔を向けた。その視線の先にいたのは、見慣れた顔。レイネシアの筆頭侍女であり親友でもある、エリッサだった。

 

「……姫。寝ているところを起こされて不機嫌なのは分かりますが、公爵様がお呼びです。早く身だしなみを整えられますように。まさか寝癖のついたその髪で、おじい様にお会いするわけにはいかないでしょう?」

 

 向けられた恨みがましい視線など意に介さず、エリッサはレイネシアに用件を伝える。

 

「おじい様がお呼び?一体どんな御用かしら……?」

 

 この〈マイハマの都〉の領主である祖父、コーウェン公爵からの呼び出し。

 正直なところ眠くてたまらないので、ご遠慮願いたいところではある。とはいえまさか祖父からの呼び出しに、面倒だから行きません、などと返事をするわけにはいかない。

 レイネシアは無駄に広い(と自分では思っている)寝台から這い出し、エリッサへと尋ねる。

 

「はっきりとした用件は伺っていませんが、おそらくは明日この城にやってくるという〈冒険者〉についでではないかと」

 

「冒険者?なぜ冒険者がこの城に?」

 

「さあ?それについては、私には分かりかねます」

 

 レイネシアという少女の本質は、社交的という言葉からかけ離れている。

 外見だけを見れば、長い銀髪とほっそりとした体の線が特徴的な、どこか(はかな)げに見える美少女だ。祖父であるコーウェン公爵からも、会う度に褒められている。

 しかしその性格はというと、後ろ向きで面倒くさがり。人見知りもするし、臆病だ。庭に出て草花を愛でるよりも、ベッドに入ってごろごろしている方がよほど楽しいと思う。

 つまるところ、典型的なダメ人間である。公爵家に生まれるという幸運に恵まれなければ、今頃どこかで野垂れ死にでもしていたかもしれない。

 

 そんなレイネシアにとって、〈冒険者〉というのは理解しがたい生き物だった。

 自分たち〈大地人〉が発行するクエストを嬉々として受け、毎日のように凶悪なモンスターたちと戦う。レアアイテムのためならば、どんな危険なダンジョンにでも平気で突撃する。

 豪快で前向き。誰とでも仲良くなるし、危険な場所に飛び込める勇気も持っている。レイネシアの考える〈冒険者〉とは、自分とは真逆の存在なのだ。

 

 そう、この時のレイネシアは知らなかった。

 この城に呼ばれているという〈冒険者〉が、後ろ向きで面倒くさがりな上に友達のいない、レイネシアの同類であることを。

 世界が大きく変わってからおおよそ一週間。

 “イースタルの冬バラ”と“目の腐った〈暗殺者〉”。似た者同士の2人の出会いは、すぐそこまで迫っていた。




というわけで、第二章開始&レイネシア姫登場の第二十八話でした。ご覧のように本作の第二章はオリジナル展開、『大地人護衛編』となります。とはいっても最終的には〈西風の旅団〉側とも絡んでいきますので、原作沿いの話もある程度描写していく予定にしております。

さて次回以降の予定について。次回第二十九話の投稿は、おそらく6月12日となります。並行して第一話~第三話の改定もしていきますので、お待ちいただけますと幸いです。

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