前回の八幡の女装ネタですが、こちらの配慮不足もあって、不快に思われた方が多々おられたようです。申し訳ありませんでした。しかし、前話の書き直しなども含めて色々検討しましたが、すみませんがこのまま進めさせていただきたいと思います。いつか、展開上に必要だったと思っていただけるように頑張りますので、よろしければ今後もお読みいただけますと幸いです。とりあえず今回までは女装ネタがありますが、これ以降はしばらくありません。
さて今回は説明&説明な説明回。……なんでこんなオリジナル展開にしているのかの言い訳タイムとも言いますが。ちなみに、話している相手が相手なので、八幡の口調に違和感を感じると思いますがご容赦を。流石に平塚先生と話すような感じってわけにはいかないですし。視点は八幡→レイネシア。文字数はおよそ8600文字となっております。
「では始めようかの」
そう切り出したコーウェン公爵の顔は、真剣だった。どうやら〈大地人〉が置かれている状況というのは、八幡が考えているよりも深刻なようだ。
となればこちらも真剣に話を聞かないといけないのだが……
(執事とメイド(♂)が向き合ってるシュールな絵面で、集中なんて出来るわけないんですが?)
状況があまりにも妙であったため、八幡の集中力は完全に切れていた。というか、なぜコーウェン公爵が平気な顔をしているのかが謎だ。
ちなみに公爵の後ろに立つエリッサは、必死で笑いを堪えているようで、真っ赤な顔で時折肩を震わせていた。気配を察した公爵が振り向くとすぐに無表情に戻るところは、さすがだとしか言いようがない。
色々とツッコミどころはある。しかし、まさか公爵にツッコミを入れるわけにもいかない。八幡はもやもやする心を押さえつけ、どうにか真面目な表情を形成した。
「それで?俺を
わざわざ女装させやがってという棘を含ませつつ、八幡は問いかける。
小市民ゆえ直接的なことは言えないが、逆に遠回しな皮肉は慣れたものだ。遠回しすぎて、たまに由比ヶ浜に伝わらないのはご愛嬌である。
「ふむ。高名な〈冒険者〉にメイド服を着せるのも一興かと思っての。……冗談じゃよ。そんな目で
こちらが言外に込めたモノは、しっかりと把握されていたようだ。もっとも、睨みはしたものの、
「では本題に入るかの。……率直に言おう。ここ数日の〈冒険者〉たちの変化、その理由が知りたい。可能であればその対応策も」
場の雰囲気が、一瞬にして重くなった。
威厳のある声に、鋭い眼光。先程真剣と評した表情ですら仮面に過ぎなかったと思わせるほどのソレに、八幡の姿勢が自然に正される。
イースタルの〈大地人〉の中でも最上位の権力を持ち、また卓越した政治的手腕をも併せ持つ為政者。現実世界ではただの高校生でしかない八幡は、目の前の男に圧倒されていた。
(くっ!?これは口先でどうにか出来るような相手じゃなさそうだな。発されている威圧感、その質がケタ違いだ。今まで感じた中では、雪ノ下の母ちゃんに一番近い……か?)
コーウェン公爵の発する威圧感に比べれば、あの
あるいはここにいるのがシロエであれば、もう少し何とかなるのかもしれない。世間では散々に腹ぐろ呼ばわりされていたシロエだが、実際はバランスの取れた思考の持ち主だ。
必要とあれば平然と黒くなれるし、自分を犠牲にすることにも
しかしそれは茶会、というよりもカナミのわがままに付き合わされた結果であり、本来は可能であれば正攻法を好む人物。それが、八幡の考えるシロエという男だ。
この場にいるのが、自分ではなくシロエであれば。邪道しか知らない自分とは違い、王道も知るシロエであれば。
そこまで考えたところで、八幡は小さく首を振った。
ないものねだりをしても仕方がないし、そもそも今この場にこうしているのは、八幡自身の選択の結果だ。自分自身で、目の前の男と向き合うしかない。
とりあえずは何を明かして、何を隠すか。そう考えながら、八幡はゆっくりと口を開いた。
「……これが〈アキバの街〉の〈冒険者〉たちの現状です」
「なるほどのう。〈大災害〉……か」
自分たち〈冒険者〉は、この世界によく似た世界観を持つ〈エルダー・テイル〉というゲームのプレイヤーであり、ある日気付いたらこの世界に存在していた。
八幡の告げた
「こんなアホな話を信じるってのは難しいとは思いますけど、俺の話を信用してもらうのがこの話し合いにおける絶対条件です。一部を伏せることはあっても、嘘はつきません」
しかし正直なところ、前提条件となるこの部分だけは絶対に信じてもらわなくてはならない。なにかしらの対策を立てるには、正確な情報の把握が必要だからだ。
そして百戦錬磨のコーウェン公爵相手では、嘘をついてもバレる可能性があり、バレたときのリスクも高い。であるならば腹芸は使わず、自分しか持たない情報を武器にして、正面から話し合う。
奉仕部での日々があったからこそ浮かんだソレが、八幡の選択だった。
「……いや、それならば今の状況にも納得がいく。つまり今の〈冒険者〉は、違う世界に放り出されて浮足立っているということじゃな」
八幡は、自分の告げた情報が端的にまとめられた一言に、コーウェン公爵の理解力の高さを感じた。
そう。現在の〈冒険者〉たちは、異世界に飛ばされたという現実を、いまだに受け入れられていないのだ。
我慢していればいつか元の世界に戻れると殻にこもり、どうせゲームだと
八幡がこの世界を異世界だと認識しているのは、ベルに出会ったことと『死』を経験したこと。この二つがあったからに過ぎない。
「〈冒険者〉のほとんどは、元は普通の人間、この世界で言うところの平民に過ぎません。率直に言うと、精神的にはそんなに強くないんですよ」
この状況での最大の問題点は、この世界の〈冒険者〉には、統治機関や司法機関が存在しないということだ。
現代社会において、自ら能動的に動けるものというのは意外に少ない。
生まれてしばらくは親の庇護のもとで育ち、その後は小学校、中学校、高校、大学と教師や教授の指導の下で成長していく。社会に出ても大多数の人間は会社に属し、上司の指示で動くことがほとんどだ。
それこそ部下を持つ身分まで成長すれば違ってくるのかもしれないが、〈エルダー・テイル〉のプレイヤーの平均年齢を考えれば、そんな人間は極少数だろう。
そして、監督者と行動の指針の両方を失った人間がどうなるか。罰せられることがないのなら、何をしてもいいんだと考える人間が現れるのは、自明の理である。
「なるほど。納得は出来んが理解はした。全く知らない場所に放り出されれば、わしだとて慌てふためくだろうからの。……もっとも、そのせいで領民が傷つけられるというのは、とても許容出来んが」
結局のところ、問題はそこである。コーウェン公爵の言葉に、八幡はうなずいた。
すでに怪我人が数名出ているこの状況で、もし死人が出てしまったら。〈冒険者〉と〈大地人〉との間で、もっと大きな
「今のアキバの周辺は、はっきり言って危険です。可能であれば、アキバ方面への行商を制限した方が安全だと思いますが?」
今のところ八幡の頭の中には、これといった対応策は思い浮かばない。とりあえず提案できるのはこれくらいである。もっとも、目の前の男性がこんなことを検討してないとも思えなかったが。
「短期的には可能だが、長期的には難しいのじゃよ。マイハマには、アキバに商品を売りに行くことで生計を立てている者も多い」
コーウェン公爵が八幡に語ったのは、それこそ為政者だからこその視点からの話であった。
領主というのは、領民に対する責任がある。領内の生活や安全を保障する代わりに、税金を徴収しているのだ。領民の行動を制限するのは、あくまで最終手段としなければならないのだ。
「まあこれは正直どうにかなるじゃろう。しばらくは城で買い取ることも出来るし、他の町に売りに行くという選択肢もないではない。……問題は〈アキバの街〉に住んでいる〈大地人〉じゃな」
続いたコーウェン公爵の言葉に、八幡は虚を突かれた。
決して失念していたわけではないが、目の前の人物は〈マイハマの都〉の領主であるだけでなく、〈自由都市同盟イースタル〉の筆頭領主でもある。イースタルに住む〈大地人〉、その全てに対して相応の責任があるのだ。
「それはやはり安全面……?」
イサミから聞いた、サラという少女の話。〈冒険者〉に襲われそうになった彼女のような例が、それ以外にも起こらないとは言い切れない。もしかすると、明るみになっていないだけですでに起こっているかもしれない。
しかし八幡が発した質問に、コーウェン公爵は首を振った。
「たしかにそれもあるんじゃが、それ以上に重要なことがある」
「重要なこと?」
「アキバへ商品を売りに行く者がいるといったが……彼らが売りに行っている商品、一体誰が買うんだと思うかね?」
誰が彼らの商品を買っているのか。コーウェン公爵からの問いに、八幡は思考を巡らせる。
〈ヤマトサーバー〉で〈エルダー・テイル〉を始めた場合、プレイヤーのスタート地点は、例外なく〈アキバの街〉である。そのため、ゲーム時代の〈アキバの街〉のNPCショップは、初心者向け、低レベルプレイヤー向けがほとんどだった。
結果的にそれはマーケットの隆盛につながり、〈海洋機構〉や〈ロデリック商会〉といった生産系ギルドが勢力を拡大するきっかけともなったのだ。
しかしそれは同時に、〈アキバの街〉の〈冒険者〉は、NPCショップであまりアイテムを購入しないということでもある。なにせ〈冒険者〉のおよそ半分はレベル90であり、低レベルプレイヤーというのは、ごく一部に過ぎないのだから。つまり……
「つまり〈マイハマの都〉の商人が運んでいるのは、〈アキバの街〉に住む〈大地人〉向けの商品がほとんどであり、それが運ばれてこなくなれば彼らが困窮する……ということですか?」
八幡の答えに、コーウェン公爵は深くうなずいた。
NPCショップに商品が入らず、マーケットの品物は〈大地人〉にとっては高すぎる。そして今の〈アキバの街〉とその周辺は、〈大地人〉にとっては危険地帯だ。
食料を始めとした生活必需品が入手出来なければ、その先に待っているのは"死"である。
「商人たちの出入りが
コーウェン公爵の口から告げられたのは、なかなかに悲観的な試算だった。
八幡の目から見て、今の混乱が一か月で治まるかはかなり怪しい。どうにかして物資を運び込むか、治安だけでも先に回復させなければならないということだ。
「さて。ここまでくれば、君をここに呼んだ理由は分かってもらえたと思う。……八幡くん。君には商人たちの護衛をお願いしたい」
おもむろに下げられた頭に、八幡は困惑した。先程から静かに話を聞いているエリッサを見やると、そちらも驚き顔をしている。
途中からなんとなく用件には察しがついてはいたが、まさかヤマト東部最大の実力者が、ここまで深く頭を下げるとは思ってもいなかったからだ。
「一つ聞きたいんですが……なんで俺なんですか?」
しかしだからと言って、気軽に受けられるような話でもない。明らかに八幡1人の手には余る仕事な上に、そもそもなぜ自分にこんな仕事を頼んできているのかが分からない。
そのことを疑問に思った八幡は、コーウェン伯爵に向かって問い掛けた。
「先日のことだ。〈チョウシの町〉の町長より、ある報告書が届いた。そこに書かれていた、ベルという少女の父親を助けた〈冒険者〉の話。その報告書を読んだときに確信したのじゃ。この八幡という〈冒険者〉は、ノブレス・オブリージュの精神を持っている……とな。ただ、商人たちの護衛任務に就いてもらう前に、一つお願いしたいことがあるのじゃが……」
とんでもなく過大で、信じられないほどに愚かな評価。コーウェン公爵の言葉への感想は、この一言に尽きた。
現実世界の八幡は、奉仕部員として色々なことを解決してきた。しかしそれは、八幡が
ベルの父親の件にしてもそうだ。ベルに薬を渡したのは、別に義務感からではない。ただ、八幡がそうしたいからしたというだけの話だ。
八幡はどう答えたものかと逡巡するが、とりあえず今できるのは、誤解を解くことと仕事の内容を聞くことだろう。そう思った八幡が口を開いたその瞬間
「ただいま戻りました。……聞き覚えのある声だとは思いましたが、やはりおじいさまでしたか。それで、そちらの方はどちら様でしょう?」
外側から開かれた扉の向こうから、美しい声が響いた。
部屋に入ってきたのは、長い銀髪とほっそりとした体の線が特徴的な、どこか
コーウェン公爵に声を掛けた少女は、その向かいに腰掛ける八幡にも視線を向けてくる。
重なり合う視線と視線。少女の、どこか気だるげな瞳を見た瞬間に八幡が感じたのは
(ああ、この少女は
という、ある種の
「はぁ……憂鬱ですわ……」
3か月後にせまった、自分の社交界デビューの日。自分のモラトリアムな日々の終わりが、刻一刻と近づいてきている。それが最近のレイネシアの悩みのタネだった。
〈エターナルアイスの古宮廷〉で開かれる舞踏会へと向けたダンスの猛特訓は、日々苛烈を極め、運動不足のこの身を苦しめている。自分はただベッドでごろごろしていたいだけなのに、世の中はままならないものである。
先日もそのことについて、祖父であるセルジアッド公爵よりお小言を頂戴してしまった。
体が痛くて練習は無理だと駄々をこねたのは、確かに悪かったとは思う。しかしそれを注意するのに、セルジアッドが直接乗り出してくるのは反則だ。
そのことにつむじを曲げたレイネシアは、現在、祖父に対する返事を2秒遅らせるという地味な反抗を行っていた。
(今更思い返すまでもなく、本当に地味な反抗ですね……)
昨日の夜にセルジアッドから呼び出された際も、その小さな抵抗は継続中であり、そのことにセルジアッドとエリッサの2人は苦笑いを浮かべていた。
(エリッサを今日一日貸してほしいとのことでしたが、この城に冒険者を呼んでいるという話と、何か関係があるのでしょうか?)
その席上で告げられたのは、レイネシアのメイドであるエリッサに、ある仕事を頼みたいということだった。
レイネシア付きとはいえ、実際にエリッサを雇っているのはセルジアッドである。不満がなかったとは言えないが、そもそもレイネシアは異議を唱える権限を持たなかった。
結局その仕事の内容も聞けず、今になってももやもやを抱えたままだ。
〈アキバの街〉の〈冒険者〉、ここ最近彼らの様子がおかしいという話は、レイネシアも聞き及んでいる。そして、〈自由都市同盟イースタル〉の筆頭領主であるセルジアッドが、最近そのことについて頭を悩ませているのも知っていた。
いつもだらけているとはいえ、レイネシアだとてコーウェン家の娘である。自分のこの自堕落な生活が、領民たちによって支えられていることは自覚していた。
ゆえに、セルジアッド同様、レイネシアもそのことに少なからず心を痛めているのだが……
(まあ明日のツクバ行きがなくなりそうなのは、そのせいというかおかげなのでしょうけど)
治安の悪化が原因というのはアレだが、明日の外出の予定がなくなりそうなことは、正直なところ嬉しかった。
〈魔法都市ツクバ〉。キリヴァ侯爵が治める彼の地は、ヤマトでも有数の学術都市としても知られる。その教育レベルはこの〈マイハマの都〉すらも上回り、知識を修めるために留学してくる貴族の子弟も数多い。
それはコーウェン公爵家でも同様であり、レイネシアの母であるサラリアも、かつてはツクバの学院を学び舎としていた。彼女が10代の頃からすでに、セルジアッドの政務を手伝えるほどになっていたと言えば、その教育レベルの高さが分かろうというものだ。
ただ、レイネシアにとって幸いだったことに、祖父であるセルジアッドは孫娘に対して非常に過保護だった。レイネシアが自分の手元から離れるのを嫌がった彼は、月に一度だけ、孫娘をツクバの学院に通わせることにしたのだ。
普段はコーウェン家に雇われた家庭教師が教え、月に一度はツクバの高い水準の教育に触れる。それが現在のコーウェン家の教育方針だ。
月に一度のこととはいえ、怠けることを旨としているレイネシアにしてみれば面倒な用事でしかなく、毎月その日が近づくたびに憂鬱になっていた。
(ツクバ行きがなくなれば、明日は1日ベッドでごろごろ出来ますね……)
元々はツクバ行くはずだったので、当然ダンスの練習を始めとした各種習いごとは、明日は予定されていない。つまり今日から明日までの1日半のあいだは、だらけ放題ということである。
素晴らしきかなモラトリアムな日々。残り少なくなった時間を楽しもうと、レイネシアは足取りも軽く自室へ向かって歩いていた。
(この話し声はおじいさまと……どなたでしょうか?全く聞き覚えがありませんね)
ようやくたどり着いた自室の扉。その向こうから響いてくるのは、幼いころから聞いている威厳のある声と、全く聞いたことのない少年の声だった。
忙しいはずの祖父が、なぜ自分の部屋にいるのかも不思議だが、それ以上に不思議なのはもう片方の存在だ。
まず、使用人の誰かである可能性は排除される。レイネシアの部屋に男の使用人が立ち入ることは、中にいるセルジアッド自身が禁じているからだ。
ではどこかの街からの使者なのかというと、それもまた首を捻らざるを得ない。使者に会うための場所として、謁見の間や会議室といった部屋が存在しているのだから。
(となるとおじいさまと話しているこの方は、一体何者なのでしょうか……?)
レイネシアは、基本的に人見知りである。知らない人とはろくに目を合わせられないし、しゃべろうとすればよく舌を噛んでしまう。いくら自室とはいえ、見知らぬ人間がいるのが確実な場所へ踏み込むには、若干の勇気が必要だ。
引くべきか引かざるべきか。それが問題である。
とはいっても、ダンスのステップを詰め込まれたこの身は、すでに疲労の極致にある。ふかふかのベッドに包まれて、一刻も早く休みたいところだ。
結局思考開始5秒で入室を選択したレイネシアは、自室の扉に手を掛けた。
「ただいま戻りました」
レイネシアは扉を開けながら、中にいるであろうエリッサへと帰室を告げる。
数時間ぶりに戻った自分の部屋。見回した視線の先にいたのは、予想通りのエリッサとセルジアッド。そしてもう1人
(あの方は……新しいメイドでしょうか?しかし、室内におじいさまがいるのに椅子に座っていますね。……あれ?そういえば聞こえていたのは男性の声だったような)
謎のメイドさん(仮)が、セルジアッドの対面に腰掛けていた。応接用の机と椅子。その位置の関係上、レイネシアから見えるのは、そのメイドさんの横向きの姿だけだった。
使用人というのは、基本的に雇い主の前では立ったままでいるのが基本である。そもそも、セルジアッド=アインアルド=コーウェンを前に座っていられる人間など、イースタルの貴族の中でも数えるほどだろう。
しかし、考えたところで、自分の頭では分かるまい。メイドの姿をした人物の正体について、レイネシアは早々に白旗を上げた。
「……聞き覚えのある声だとは思いましたが、やはりおじいさまでしたか。それで、そちらの方はどちら様でしょうか?」
分からないのであれば聞けばいい。そう思ったレイネシアは、セルジアッドに声を掛け、その流れに乗って質問する。
しかし、人というのは自分のことが話に上ると、反射的にそちらを向いてしまう生き物である。セルジアッドからの答えが返ってくる前に、
髪色は真っ黒。耳の形状その他を見る限り、自分と同じ
しかし、もっとも特徴的だったのは、顔に掛けられているメガネのその奥。重なり合う視線と視線。どこか気だるげに
(ああ、この人は
という、ある種の
しばしそのまま無言で見つめ合っていた2人だったが、しかしその直後のセルジアッドの一言により、一気に現実に引き戻されることとなる。
「おお、レイネシア。ようやく戻ったか。この者はな……お前の明日のツクバ行き、その護衛の〈冒険者〉じゃ」
「「………えっ?」」
自分のモラトリアムな日々が崩壊を告げたのは、あの"目の腐った〈暗殺者〉"と目を合わせてしまった、この日この時からだった。
それは、長く苦しい旅の始まりだったかもしれないが、同時に素晴らしい日々の始まりを告げる出来事でもあった。
これから何年何十年と時が過ぎようと、自分は忘れないだろう。たくさんの友人たちとの絆を与えてくれた、この日の出会いを。
〈新生ヤマト共和国〉初代議長・レイネシア=エルアルテ=コーウェンの日記より
というわけで最後の一文が思わせぶりな第三十話でした。というかこれ、自分のログホラ原作の展開の予想というか願望?みたいなものですね。そのせいでこの作品のレイネシアは、原作よりも多分ハードモードになります。
本来この話の最後で材木座との再会シーンを入れるはずだったんですが、長くなり過ぎたので後に回します。材木座ファンの方、ごめんなさい。……まあ材木座ファンなんて奇特な人物がいるのかは知りませんが。
さて次回以降について。次回第三十一話は、〈西風の旅団〉視点のお話となります。こちらはある程度原作沿いですが、当然色々変化が生じていますのでお楽しみに。ただ、前話のあとがきにも書きましたあれこれが現在進行形でして、投稿は少し遅れるかもしれません。遅くとも23日には投稿する予定ですので、お待ちいただけますと幸いです。