ログ・ホライズン~マイハマの英雄(ぼっち)~   作:万年床

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※現在この第三十三話は大幅に修正中です。

毎度言ってますがお待たせしましたな第三十三話。今回はついにあの男が合流します。しばらくは八幡と一緒に行動することになるので、結構出番は多めです。

今回の視点は八幡→エリッサ。エリッサ視点の部分が予想以上に長くなったため、文字数はかなり多めのおよそ11000文字なっております。かなり説明が多い上に、なんか理屈が怪しげなので、読みにくい可能性大です。


第三十三話 この世界でも、比企谷八幡は逃げられない。

(面倒な仕事を押し付けられちまったな……)

 

 コーウェン公爵との会談を終えた八幡は、宿への帰路についていた。

 〈灰姫城〉(キャッスルシンデレラ)に入ったのは午前中であったはずなのに、現在の時刻は深夜に近い。朝には賑わいを見せていた大通りからも、すでに喧騒は去っていた。

 八幡が宿泊している宿の受付もとうに終了している時刻だが、こんなこともあろうかと、すでに宿代は1か月分を前払いしている。貸し出されている宿の裏口の鍵を(もてあそ)びながら、八幡は〈マイハマの都〉をのんびりと歩いていた。

 

 コーウェン公爵から出された、最初の依頼(クエスト)。それは彼の孫娘であるレイネシア=エルアルテ=コーウェンを、〈魔法都市ツクバ〉まで護衛して欲しいというものであった。

 最高の学府で、最高の教育を。正直なところ、その気持ちは理解できないでもない。八幡だとて、小町には総武高校(最高の学校)で、勉学に励んでほしいと思っているのだから。……何が良いって、優秀な兄が在籍してるってところがポイント高い。

 

 ただ、この状況下でもそのことにこだわる理由には、いまひとつ納得がいかなかった。勉強なんてものは、命を危険にさらしてまでやらなければならないことではないはずだ。

 貴族社会というのは、自分たちが思っている以上に複雑なのかもしれない。そう考えたところで、八幡はそのことについての思考を打ち切った。

 

(まあ基本的な護衛は、マイハマ騎士団(グラス・グリーヴス)の奴らがやってくれるらしいしな。あくまでも俺は、何かあったときのための保険みたいなものだと思っていればいいだろ)

 

 護衛が八幡1人だったら、はっきりと断っていただろう。出来る自信がないことを出来るというのは、あまり八幡の好みではない。締切のある仕事だって、受けたときは間に合うと思っていたから引き受けてしまうのだ。……もっとも、出来ないと言っても押し付けられる仕事というのも、世の中には多々存在するのだが。

 

 しかしながら、自分とは別に護衛が居るとなると話は別だ。周辺警戒や雑魚モンスターの排除は、マイハマの騎士団である〈グラス・グリーヴス〉の団員たちが行ってくれるらしい。

 つまり八幡の役割は、言ってしまえば最終防衛線のようなものだ。これは中々に悪くない条件だ。全責任を押し付けられることがないというのが、特に素晴らしい。

 しかも〈魔法都市ツクバ〉へは、ルート選択さえ間違えなければ、低レベルフィールドだけを通って行くことが可能だったはずだ。上手くいけば、何もしないでもクエストが達成できるかもしれない。そう考えた八幡は、意外にこのクエストに乗り気であった。……もっとも、この考えには大きな穴が存在しているのだが、そんなことは今の八幡には知る(よし)もない。

 

 問題なのは、遅々として進んでいない、由比ヶ浜の捜索の件だ。なにせプレイヤーネームすら分からないのだ。情報が皆無である以上、足を使って由比ヶ浜を探すしかないのだが、下手に〈アキバの街〉に踏み込めば、イサミやナズナあたりに捕捉されてしまう可能性がある。

 この状況で、明日のレイネシア姫の護衛と、その後の〈大地人〉商人の護衛、そのどちらともを引き受けてしまえば、ただでさえ少なくなっている由比ヶ浜を探す時間が、さらに削られてしまうだろう。

 雪ノ下と約束した手前もあるし、八幡自身も心配していないわけではない。しっかりしているところもないではないが、基本的に由比ヶ浜結衣という少女はアホの娘なのだ。

 

(さてどうするか。実際のところ、今の俺にはコーウェン公爵の依頼を断ることは出来ない。姫の護衛はともかくとして、アキバの治安の悪化の原因は、間違いなく俺にもあるからだ)

 

 他の選択肢が思いつかなかったとはいえ、街中で死んでしまったのは非常にまずかった。

 なにせあの騒動だ。路地裏であったとはいえ、何人かの〈冒険者〉に目撃されることは、避けようのないことだった。

 八幡が証明しなくとも、遠からず死からの復活は証明されていたとは思うし、それは必要なことであったとも思う。しかし、話の広がりが予想以上に早すぎた。

 この世界が何なのか。何も分からない状況で〈冒険者〉たちの中に放り込まれた、死んでも生き返ることが出来るという情報。それは〈冒険者〉たちの多くに、やはりこの世界はゲームなんだという認識を与えるに十分なものであった。

 最近増加しているPK行為と、コーウェン公爵が話してくれた〈大地人〉への襲撃事件。その原因の少なくない部分を八幡が占めているのは、疑いようのないことだ。

 

(由比ヶ浜の捜索、PK行為の阻止、〈大地人〉の護衛。やらなければならないことは多いが、俺の体は1つしかいない。優先順位を決める必要があるな)

 

 八幡1人では明らかに人手が足りていない。そもそもの話、1つ1つの案件自体も、本来であれば複数人で解決に当たるべき問題だ。

 由比ヶ浜の捜索については言わずもがなだし、PK行為の阻止に至っては、正直なところ抜本的な対策が思い浮かばない。自分に出来ることと優先すべきことを考慮して、確実に1つずつ潰していくのが、現状では最善であるように思えた。

 

 心情的なことを考えれば、優先順位の最上位は由比ヶ浜の捜索だ。いつもの調子でなにかやらかしていないか、こうしている今もドキドキものである。

 実際的なことを考えた場合の優先順位は、〈大地人〉の護衛になるだろう。殺されても大神殿で生き返る〈冒険者〉と、殺されたら本当に死んでしまう〈大地人〉。どちらを重視するべきかは、言うまでもないことだ。

 加えて〈冒険者〉には、自衛手段が十分に存在する。

 なにせ〈アキバの街〉から外に出なければ、他の〈冒険者〉に襲われることもないのだ。食料アイテムや宿の料金などは大した額ではないし、とりあえずのところはアキバに引きこもっていればどうにかなる。

 

(ここは〈大地人〉の護衛を優先するべき……か?死人が出たりすれば、それこそどうなるかが分からん。となると由比ヶ浜は……アウトソーシングするしかないかね)

 

 すでに引き受けてしまっていることもあり、優先すべきはコーウェン公爵からの依頼だろう。八幡を指名しての依頼である以上、下手に代理を立てるわけにもいかない。

 一方で由比ヶ浜の捜索については、他の〈冒険者〉、例えば大手ギルドに頼むことも不可能ではない。由比ヶ浜結衣を知っているという点では、八幡以上の適任者は存在しないが、それは数の力でカバーすることも可能なはずだ。

 そして幸いなことに、あまり多くない八幡の人脈(フレンドリスト)の中に、そういったことを頼むのにうってつけの人物が存在している。八幡はメニューからフレンドリストを開くと、その中の1人、若旦那ことカラシンの名前をタッチした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『なるほど。まあ八幡くんには借りもありますしね~。……その依頼、このカラシンと〈第8商店街〉が、責任をもってお受けする』

 

 カラシンからの返事に、八幡はほっと息をつく。

 普段は軽い言動が目立つカラシンだが、1度引き受けた仕事は絶対にやり遂げてくれる。カラシンという人物には、なんとなくそんな印象があった。

 本来であれば接点を持つこともなかったであろう相手だが、〈西風の旅団〉に在籍していたときに起きたとある騒動で知り合って以来だから、かれこれ2年以上の付き合いになる。ある程度は信用できる人物だ。

 

『それで報酬なんですけど、どれくらい払えばいいっすかね?』

 

 順番があべこべになってしまったが、引き受けてくれるというならば、報酬についても取り決めておかなければならない。こういったことの相場というものが分からない八幡は、カラシンに直接質問することにした。

 八幡の所持金は、個人としてはかなり多い方だ。現在の装備のほとんどは茶会時代のレイドで手に入れたものだし、小遣い稼ぎも定期的に行っていた。よほど高額でなければ、十分に払えるだろう。

 

『いや、今回は実費だけでいいですよ。可愛い女の子を探すような仕事なら、いつでも大歓迎ですから。……まあどうしてもって言うんだったら、八幡くんがうちのギルドに入るってのもいいですよ?』

 

 軽い調子で告げられたのは、ギルドへのお誘いの言葉だった。

 思わぬところで受けた勧誘に、八幡は閉口する。コミュ障の自分と、おしゃべり大好きギルドの〈第8商店街〉。はっきり言って、相性は最悪だ。

 

『タダで引き受けてもらえるのはありがたいんですが。いいんですか、そんなことを言って?うっかりマリエールさんにしゃべっちゃいますよ?』

 

 なのでここは全力で誤魔化す。そう考えた八幡は、マリエールの話を持ち出すことにした。

 "アキバのひまわり"マリエール。中小ギルドの1つ、〈三日月同盟〉(みかづきどうめい)のギルドマスターだ。その美貌と屈託のない性格には多数のファンがおり、アキバの有名プレイヤーの1人でもあった。

 そんなマリエールにカラシンが思いを寄せているというのは、2人とそれなりに付き合いのある〈冒険者〉にとっては周知の事実でもある。……もっとも、当のマリエールは全く気付いていないのだが。

 

『……べ、別にマリエとは〈エルダー・テイル〉を始めた時期が同じなんで、昔から付き合いがあるってだけですよ?』

 

『なんで疑問系なんですか……』

 

 軽く茶化すだけのつもりが、思っていた以上の動揺ぶりであった。

 特技はナンパと広言するわりに、カラシンの対女性スキルはあまり高くない。そもそもの話として、女性にもてる人間はナンパが特技などとは言わないし、ナンパする必要も少ないはずだ。

 自分とカラシンの思わぬ共通点に、八幡の目頭が熱くなる。もっとも、対人スキルを始めとしたコミュニケーション能力では、八幡の完敗であるが。

 

 その後に行ったのは、双方の情報交換だ。八幡は〈マイハマの都〉の情報を、カラシンは〈アキバの街〉の情報をそれぞれ伝え合い、長い念話を終えた。

 いくつか得られた情報の中で特に有益だったのは、〈ハーメルン〉というギルドの話だ。

 先日〈大地人〉への襲撃を行っていた〈ハーメルン〉だが、どうやらPK行為にも手を染めているらしい。それに加えて、新人冒険者を監禁しているという噂もあり、今後も動向に注意する必要があるだろう。

 

 当面はコーウェン公爵の依頼をこなしつつ、カラシンからの情報を待つ。今後の方針を確認した八幡は、大きく伸びをした。朝から色々あったこともあり、頑丈な〈冒険者〉の体にも疲労が溜まっているようだ。

 幸いなことに、八幡が泊まっている宿屋まではもう遠くない。帰ったらすぐにベッドに潜り込もう。そう考えた八幡は、足取りも軽く大通りを歩いていた。

 

(おっ。やっと宿が見えてきたな。さっさと部屋に入って……って、あれは誰だよ?というか何なの?)

 

 しかし、ようやくたどり着いた自分の宿屋(約束された勝利の地)。その扉の前に、丸くて大きい何かがうずくまっている。

 プレイヤータウンと違い衛兵は存在しないが、それでもここは東部最大の街であり、しっかりと警備の兵が配置されているはずだ。モンスターの類である可能性はかなり低い。となると人間ということになるのだが、なにせ深夜の暗さである。表情をうかがうどころか、どんな格好なのかすらしっかりとは確認できない。

 通りがかりの〈大地人〉たちも警戒をあらわにしており、周囲は軽い喧騒に包まれている。念のため腰の刀へと手をやり、八幡は恐る恐る物体Xへと近づいた。

 

「おい」

 

 これが何かは分からないが、このままでは宿に入ることすらままならない。嫌々ではあるが、八幡は声を掛けることを選択した。

 その声が耳に届いたのだろう。目の前の塊は、もぞもぞと動き始めたかと思うと、ぬっとその場に立ち上がった。

 縦にも大きいが、横にはもっと大きい体躯。すごく見覚えのあるメガネに、すごく見覚えていたくなかった白髪。

 

「待ちかねたぞっ!八幡っ!!」

 

「なんでお前がここにいんだよ……」

 

 というか材木座だった。

 あまりにも現実世界どおりのその容姿に、最初は別人かもしれないとも考えた。しかし、このレベルのうざさを発揮する人間が、材木座義輝以外にいるというのも逆に現実味が薄いし考えたくもない。

 受け入れたくなくても受け入れなければならないことが、世の中にはなんと多いのだろうか。突然現れた材木座を前に、八幡は世の理不尽を嘆いた。

 

「……八幡。貴様、何か失礼なことを考えておらぬか?」

 

「……き、気のせいじゃないか?」

 

 八幡は、いつになく鋭い材木座に対して、全力で首を振る。

 ともあれ、〈Mare Tranquillitatis(静かの海)〉で雪ノ下に遭遇したことを例外とすれば、実際にリアルの知り合いと出会ったのはこの世界に来て初めてだ。相手が材木座とはいえ、多少の心強さや懐かしさを感じなくもない。

 

「それで、材木座。結局お前、なんで俺の宿の前にいるわけ?あまりの不審物ぶりに、あやうく〈アサシネイト〉ぶち込むところだったぞ」

 

 とりあえず事情だけでも聞いてやるかと考えた八幡は、材木座へと質問する。

 

「ケプコンケプコン。違うな八幡、間違っているぞ。この世界での我の真名(まな)は、剣豪将軍義輝という。今後はその名で呼んでもらおう」

 

「……じゃあな材木座。この世界では強く生きてくれよ。俺に関わりのないところでな」

 

 あまりのうざさに、八幡の中から心強さや懐かしさが吹き飛び、同時に寛容な心も消え去った。

 疲れた身で材木座(このアホ)と会話をすると、疲労が倍プッシュである。さっさと部屋に入って鍵を掛けてしまおうと、八幡は己の部屋を目指して駈け出した。

 

「ま、待つのだ八幡」

 

 リアルの材木座相手であれば、余裕で振り切れただろう。しかしこの世界の材木座は、八幡にとっては不幸なことにレベル90の〈冒険者〉だ。両者の運動能力は、現実世界よりもかなり近づいている。結果としてタッチの差で肩を掴まれ、八幡の逃走劇はあっさりと失敗した。

 単純な腕力では、〈暗殺者〉(アサシン)よりも〈武士〉(サムライ)の方が上である。ふかふかのベッドとの早期再会をあきらめた八幡は、己の肩に置かれた汗でぬめる手を跳ね除ける。

 

「……なんだよ」

 

 うんざりとした顔を材木座へ向けながら、八幡は仕方なしに質問した。面倒ではあるが、さっさと用件を聞いてしまった方が結果的には早くなる。そう判断したからだ。

 

「このまま外に放置されたのでは、我が死ぬ。……いや、もう本当に勘弁してください」

 

 材木座の素の言葉に、八幡は慌てて周りを見る。

 材木座の周りを囲んでいた〈大地人〉たちは、いまだその場に残っていた。それどころか、今や八幡にも警戒の目を向けているように見える。

 話しかけただけの自分がこうなのだ。当の本人は、どれほどの奇異の視線にさらされたのだろうか。

 

「材木座。お前、一体どんだけここにいたわけ……?」

 

「むっ?ざっと半日ほどだが、それがどうかしたのか?」

 

「…………」

 

 ここまでくると一種のストーカーである。八幡は、材木座の返事にドン引きした。

 熊のような体格の〈冒険者〉が、奇声を上げながら一所(ひとところ)に留まっている。リアルであれば確実に通報案件だ。〈大地人〉たちが警戒するのも無理はない。

 そしてこのままでは、自分も同類扱いされる可能性がある。

 

「材木座、ちょっとこっちへ来い」

 

「だから我の名前は剣豪将軍義輝だと……って痛い痛い!引き摺ってる!引き摺ってるってば!!……はちま~ん。我の声聞こえてる?あれって階段だよね?そのまま進むと確実に頭を打つんですが?…………アッ―――――!!」

 

 世間様の目を避けるためには、とりあえず逃げるしかない。そう考えた八幡は、材木座を己の宿泊している部屋へと蹴り込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「公爵様。失礼いたします」

 

 城のほとんどが寝静まった深夜。エリッサは昨夜ぶりに、セルジアッド=コーウェンの部屋を訪れていた。本日エリッサが城に案内した〈冒険者〉、八幡のことについて、あらためて報告を行うためだ。

 

「おお、エリッサ。今日はご苦労であったな。レイネシアはもう寝たのかな?」

 

 他の者たちが眠りにつく時刻になっても、コーウェン家の惣領の仕事はいまだ終わっていないようだ。部屋の中へ招き入れられたエリッサが見たのは、ロウソクの明かりを頼りに書類を読んでいる、セルジアッドの姿であった。

 

「ええ。先程まではウダウダと不平を漏らされていましたが、今はもうぐっすりとお休みです」

 

 レイネシアの様子を伝えるエリッサの顔には、苦笑が浮かんでいた。

 なくなると思っていたツクバ行きがなくなるどころか、護衛の〈冒険者〉を同行させた上で決行されることになってしまったのだ。面倒くさがりで人見知りなレイネシアにとっては、大いに不満だっただろう。

 もっとも、その不満を祖父に伝えるなど出来るわけもなく、結果エリッサが愚痴を聞かされることとなったわけだ。

 

「あの()は昔から変わらんな。ワシには文句ひとつ言わんが、エリッサには色々と話しておるようじゃ」

 

 ほほ笑みながらのセルジアッドの言葉には、その表情とは裏腹の、一抹の寂しさが混じっているように感じられた。

 エリッサの目から見て、祖父(セルジアッド)孫娘(レイネシア)、2人の関係はちぐはぐだ。

 レイネシアはセルジアッドを尊敬してはいるが、あまりに偉大過ぎるがゆえに、祖父との距離感を測り損ねている。一方のセルジアッドも、レイネシアを可愛がってはいるのだが、貴族としては異質の性格の孫娘に対して、接し方を迷っているようにも見える。

 

「……尊敬している方には話しにくいことでも、目下の者には簡単に話せることもございます。レイネシア様にとってのそれが、今回は(わたくし)だった。それだけのことでございます」

 

 非常に聡い自分の主君であれば、言外の意味を読み取ってくれる。そう思いながら、エリッサは言葉を紡いだ。

 その人物を尊敬しているというのは、イコール理解しているとはならない。レイネシアにとってのセルジアッドは、絶対に正しく絶対に間違えない、そういった人物なのだ。セルジアッドに文句を言うなど、今のレイネシアには思いもよらないことだろう。

 レイネシアに対して、己の悪いところや弱いところを晒しているか。エリッサとセルジアッドの差は、(ひとえ)にそこだ。

 

「……なるほどのう」

 

 うなずくその顔からは、エリッサの思いがどれほど伝わったのかは分からない。それでも、何事かを考え込むセルジアッドの姿からは、レイネシアへの愛情が感じられた。

 この2人が分かり合える日はきっと来る。その確信を得たエリッサは、自分でも気づかないうちに笑顔を浮かべていた。

 

「……ではそろそろ本題に入ろうかのう。……エリッサ。おぬしの目には、あの八幡という〈冒険者〉はどう映った?」

 

 その一言とともにセルジアッドは、孫のことを思う祖父からマイハマの領主へと、表情を一変させた。昼に八幡を驚愕させた圧力が自分へと向かってきたのを感じ、エリッサは緩んでいた頬を引き締める。

 エリッサに与えられていた任務は、大きく分けて2つ存在した。1つは、八幡を〈灰姫城〉(キャッスルシンデレラ)の中へ案内すること。そしてもう1つは、八幡の人となりを観察することだ。

 レイネシアの護衛を依頼するかもしれない相手を、直接自分の目で確認できるのだ。エリッサにしてみれば、断るどころかむしろこちらからお願いしたいほどの仕事だった。

 

「正直に言ってしまうと、意外と申せばいいのか驚いたと申せばいいのか……。少し前までの冒険者は、何を考えているのかも分かりませんでしたのに、八幡様からは、(わたくし)たち大地人との違いがほとんど感じられませんでした」

 

 今日初めて会った〈冒険者〉のことを思い出しながら、エリッサは話し始める。

 数日前までの〈冒険者〉は、こちらのクエストを受けるだけの便利屋、そんなイメージしかなかった。しかし八幡という少年との出会いは、そのイメージを根本から覆してしまった。

 最初に声を掛けたときに、慌てて舌を噛んでいたこと。メイド服を着せられたときの、恨みがましい目。そして、エリッサが疲れていることを察して、レイネシアの部屋の掃除を手伝ってくれたこと。

 そんな八幡の様子は、自分が仕えているお姫様にどこか似ていた。……もっとも、レイネシアの目はあんな風に腐ってはいないが。

 

「少なくとも彼なら、八幡様なら信用できる。なんとなくではありますが、そう思いました」

 

 完全に本質を探るほどの時間が与えられなかった以上、最終的に頼りになるのは己の勘。今までの人生で(つちか)ってきた、知識や経験から得られる直感である。

 そしてその直感が、この少年は信用に値すると判断した。エリッサの発言の根拠はそれだけだ。

 

「ふむ。おぬしの勘は当たるからのう……」

 

 最近めっきり白くなった顎鬚(あごひげ)をさすりながら、セルジアッドがつぶやいた。

 エリッサは、没落した下級貴族の出身だ。平民のように日々の食にも困る生活を送ったし、酒場の雇われ店員をしていたことすらある。

 セルジアッドにその才を見出され、レイネシア付きのメイドとして雇われるまでに過ごした、短くない年月。その日々で鍛えられた彼女の直感は、不思議に外れることが少なかった。そもそも、殿上人(てんじょうびと)であるはずのセルジアッドとエリッサが出会ったのも、その直感がきっかけとなったのだから。

 

「……公爵様自身は、どう思われたのですか?執務に穴を空けてまで(・・・・・・・・・・)時間を作られたのは、ご自身の目でお確かめになるためでしょう?」

 

 エリッサが入室したときにセルジアッドが読んでいたのは、官僚たちから回されてきた決済待ちの書類だった。普段のセルジアッドなら、すぐに終わらせてしまっているはずの仕事だ。なぜこんな時間になってもその仕事を行っているのかと言えば、八幡との面会時間を強引に捻出した結果に他ならない。

 

「相変わらず手厳しいのう……」

 

 エリッサが言外に込めた皮肉を察し、セルジアッドは苦笑いを浮かべる。

 なにせ今の情勢だ。領主が普段と違う行動を取れば、それだけで家臣に不安を与えかねない。エリッサは遠回しにそれを非難したのだ。もっとも、八幡との会談の重要性も理解しているため、あくまでも皮肉という形を取ったのだが。

 

「まあ正直なところ、わしの意見もエリッサとはそれほどには変わらん。……じゃが、大地人と違わないというのは正確ではない。少なくともあの八幡という少年は、あの年齢で相当の教養を身に着けておる」

 

 セルジアッドの言葉を聞いたエリッサは、あらためて2人の会話を思い出す。

 セルジアッドの話は、それほどに難しいものではなかった。ただしそれは、エリッサが貴族として、そしてメイドとして得た教養があったからだ。

 〈大地人〉の平民があの話を聞いたところで、一体どれだけの者が理解できるだろうか。しかも八幡は、話を理解した上でいくつかの意見すら述べていた。つまり八幡の教養は、少なくとも〈大地人〉貴族並、もしかするとそれ以上だということだ。

 

 それが全ての〈冒険者〉に共通することなのか、もしくは八幡が特別なのか、今のところは分からない。しかしもし前者であった場合、〈冒険者〉の脅威度は跳ね上がるだろう。

 〈大地人〉が束になっても敵わない戦闘力を有し、知識においても多くの〈大地人〉を上回る。そんな存在が、〈アキバの街〉だけでも万単位でいるのだ。

 もし彼らが〈マイハマの都〉に襲い掛かったらどうなるか。空恐ろしい想像に、エリッサは背筋を震わせた。

 

「…………だから頭を下げられたのですか?セルジアッド=コーウェンともあろう方が」

 

 〈冒険者〉に依頼をするのに、セルジアッド=コーウェンが頭を下げた。その光景は、エリッサの目からみても衝撃的だった。

 八幡にわざわざ女装させたのが、ある種の挑発だったというのは理解している。依頼をするにあたって、八幡の性格を探ろうとしたのだ。

 それで怒る程度の相手であれば、おそらくセルジアッドはあの場に現れなかっただろう。幾許(いくばく)かの謝礼と謝罪を誰かに行わせ、また別の方法を練ったはずだ。しかし八幡はそのことにほとんど文句を言わず、それどころかエリッサの仕事を手伝いすらした。

 

 レイネシアの部屋に訪れた時点で、すでにセルジアッドは査定を済ませていたのだろう。この少年は信用に足るという評価を。

 それに加えてのあの会話だ。八幡という〈冒険者〉を、可能な限り味方に付けておきたいと考えるのは、為政者として妥当な判断と言えた。そしてセルジアッドは、マイハマのために必要とあらば、頭を下げることすら(いと)わない。

 

「仕方がなかろう。あの少年、わしが思っていたよりもずっと厄介そうじゃったからな。試しにおだてもしてみたが、全く手ごたえがなかったしのう」

 

 八幡のことを語りながら、セルジアッドは愉快そうに笑っている。

 今でこそ政治能力の高さを(たた)えられているセルジアッドだが、若いころは自ら先頭に立って亜人討伐を行うほど血気盛んだったのだ。久しぶりに歯ごたえのある相手が現れたことを、喜んでいるのかもしれない。

 

「公爵様がご納得されているのであれば、(わたくし)はもう何も申しません。ただ……」

 

 こんなに楽しそうな姿を見るのは、一体何年振りであろうか。セルジアッドへと返事をしながら、エリッサは考える。

 妻を喪って以降のセルジアッドは、今まで以上に政務に打ち込んでいた。彼に伍する者はこのイースタルには存在せず、楽しみと言えばレイネシアとイセルス、2人の幼い孫の成長を見守ることぐらいになっていた。

 そんなところへ降って湧いた今回の騒動。頭の痛い問題ではあるが、これほど為政者として取り組み甲斐があることもないだろう。あまりに様子がおかしければ、娘であるサラリアや、彼女の夫であるフェーネルが止めるはずだ。

 しばらくは様子を見ることに決めたエリッサだったが、その前に1つだけ、どうしてもセルジアッドに伝えなけらばならないことがあった。八幡を護衛として雇うには、大きな問題点が1つあるのだ。

 

「ただ……レイネシア様との相性がどうかというのが問題ではないかと」

 

 エリッサは、最大の懸念を口にした。なにせ相手はあのぐうたら姫だ。ツクバ行きの原因の1つである八幡に、筋違いな恨みを抱いている可能性がある。

 

「……そ、そこは何とかなるじゃろ。……多分。まあもし反りが合わなくても、どうせツクバに行って帰ってくるだけのことじゃ。ほんの1日2日なら、アレも我慢するじゃろうて」

 

「そうだと良いのですが……」

 

 エリッサとセルジアッドの心に暗雲を残したまま、深夜の話し合いは続くのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そういえば公爵様。1つだけお聞きしたいのですが」

 

「ふむ。なんじゃ?」

 

「八幡様に着せた服、なぜあえてメイド服だったのでしょうか?」

 

「知れたこと。わしの趣味じゃよ」

 

「…………」

 

「エリッサ?なぜ黙り込むんじゃ?ジョークじゃよジョーク。……相変わらず手厳しいのう」

 

 エリッサが真剣に職替えを検討したのは、この日の夜が初めてだった。




というわけで材木座が合流な第三十三話でした。材木座がすさまじく動かしにくかったというのが、今回遅くなった最大の理由です(笑)エリッサと公爵の話はすらすら書けたんですけどね~。

今回でようやく導入部分を完全消化したので、これからは本格的に物語が進み始めます。メインの話自体はそこまで長くならないはずなので、今後はもうちょい話のテンポが良くなる……と思います。

次回以降についてですが、申し訳ありませんがしばらく少し投稿ペースを落とします。最近あまり納得できる文章が書けておらず、それでも投稿予告日に合わせて無理矢理に書き上げているような状態です。なので今後は、クオリティを重視しつつ、徐々に早く書き上げられるように努力していきたいと思います。とはいっても、少なくとも週1以上のペースは守りますし、納得のいく仕上がりであればどんどん投稿はしていく予定です。

次回三十四話は、レイネシア視点か八幡視点を予定しております。1週間以内という予告をしておりましたが、現在第三十三話の大幅修正のため遅れております。今しばらくお待ちいただけますと幸いです。

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