どうしてこうなった?   作:とんぱ
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第四十一話

 アイシャ達が幻影旅団をホテルの一室に拘束した後、彼らは新たにホテルの一室を借りてその部屋で集まり一息をついていた。アイシャを除き誰もが疲れ果てて眠らずとも倒れ込んでおり、疲労を隠そうとすることも出来ない有様だった。

 無理もないだろう。気絶するほどにオーラを振り絞って勝ち得た死闘からまだ1時間ほどしか経っていないのだ。気絶していたゴンとレオリオも先の喧騒で覚醒してしまっていた。目を瞑ればすぐにでも眠れそうだが、今後のことを話し合わなければいけないのでそうもいかなかった。

 

「さて、皆さんお疲れのところ申し訳ありません。ですが事が事なのでもう少し話に付き合ってもらいます」

「うん、大丈夫だよ」

 

 ゴンの返答に他の誰もが首肯で同意を示す。それを確認しアイシャは話を続ける。

 

「まずは今日お互いに起こった出来事についての情報交換と行きましょうか。先程は旅団もいたので詳しい話も出来ませんでしたからね」

「ああ。アイシャが飛び出してビルで何があったのかも知りたいしね」

「お父さんは無事だったの? レオリオからは取り敢えず大丈夫だって聞いたけど」

「そこはオレも気になるな」

「そうですね。取り敢えず私から話をしましょうか」

 

 そうしてアイシャはぽつりぽつりとホテルを飛び出した理由とその後の話を切り出す。

 父がマフィアであること。自身が原因で勘当同然の身であること。旅団の狙いがマフィアが取り仕切るアンダーグラウンドオークションではないかと思い至ったこと。その後の旅団との交戦や瀕死の父を連れレオリオに治療してもらい、入院した病院でシャルナークを捕らえたことまで事細かく話していく。

 

「以上です。……皆さんに何も言わず勝手に飛び出してしまい本当に申し訳ありませんでした」

 

 全てを話し終えたアイシャは皆に深々と謝罪する。

 

「アイシャが謝ることはないよ! だってアイシャはお父さんを心配しただけなんだから!」

「いいえ。私が皆さんに何の相談もせずに先走った為、あなた達を幻影旅団との戦いに巻き込んでしまいました。ゴンの気持ちは嬉しいですが、やはりあなた達を危険な目に合わせてしまったのは私が原因なのです……」

 

 ゴンの言葉は慰めではなく真実そう思っての発言だ。それはアイシャにも伝わっている。事実あの状況では相談する暇もなかっただろう。だが友を危険な目に合わせた要因となったことに変わりはないと自責の念に駆られるアイシャはそう自身を責める。

 

「いや、アイシャは何も悪くはない。私は私の理由で蜘蛛と戦った。そこにアイシャの責はないし、また責を問うつもりもない。むしろ責は私にあるだろう。キルアの制止を聞かず旅団と交戦し、お前たちを巻き込んだのだからな」

「いえ、私が焦って冷静さを欠かなければもう少しやりようもあったはずです。今回旅団といきなり交戦をするようになったのは私のせいです」

「いいや違う。私は例えアイシャが先走らなかったとしてもこのヨークシンで旅団と戦っていただろう。ただそれが早いか遅いかの差でしかない。なのでアイシャが自分を責めるのはお門違いだ」

 

「いえ私が――」

「いや私が――」

 

 延々と互いが己の責だと自身を責め続ける不可思議な状態がしばし続く。そんな2人を見守っていたゴン達もいいかげん2人の言い分に我慢が出来なくなっていた。

 

「あーもう! 2人ともいいかげんにしろ! アイシャは親父さんを助けられて良かった。クラピカは仲間の仇が一部だけど取れて良かった。そしてオレ達は誰も死んでいない。それでいいじゃねーか。難しく考えすぎなんだよお前ら」

「え?」

「なに?」

 

 レオリオの突然の言葉に2人とも虚を突かれたのか言葉が詰まる。

 周りを見渡すも、ゴンとキルアもレオリオのその言葉を肯定するように頷いていた。

 

「アイシャもクラピカも責任感が強すぎんだよ。お前らオレ達の保護者か? オレ達が旅団と戦ったのも結局はオレ達の勝手なんだよ。そこをお前らが勝手に自分のせいにしてんじゃねーよ」

「そうだよ。アイシャもクラピカもさ、もっとオレ達を頼ってよ。力不足かもしれないけど、それでもオレにも手伝えることはあるよ!」

「ゴンとキルアの言う通りだぜ。オレ達はアイシャより弱いけどよ、それでも自分の命の責任くらい自分で持てる。それによ、オレ達が欲しいのは謝罪の言葉なんかじゃねーぜ」

 

 その時ようやくアイシャとクラピカは自らの思い違いを理解した。そしてそれを恥じつつ、思い違いを正してくれた友に向かって感謝を込めて礼をする。

 

「……そうだったな。皆、ありがとう。お前たちのおかげで旅団を2人捕らえることが出来た。本当に感謝する」

「はい。皆さんの協力のおかげで父さんを無事助けることが出来ました。感謝してもしきれません。本当にありがとうございました」

「ううん。オレ達でも力になれて良かったよ」

「初めからそう言えばいいんだよ」

「へっ、いいってことよ」

 

 素直に礼を受け入れる者、照れ隠しをする者、友の手助けを出来て充足感を感じる者。様々な反応を見せる皆を見て、友として、仲間としての絆を確かに感じつつアイシャは心の中でもう一度感謝の念を抱く。

 

 ――ああ、彼らと友達になれて本当に良かった――

 

 クラピカも同様の想いを抱いているようで、その顔には憑き物が落ちたかのような笑みが浮かんでいた。まだ全てが終わったわけではないが、それでも同胞の仇を僅かでも返すことが出来たので多少の満足感もあるのだろう。

 だが仇はまだこのヨークシンに潜んでいると思い直しクラピカは会話の続きを促した。

 

「アイシャの次は私たちが話す番だな。お前と別れてから何があったのかを話そう」

 

 そうしてクラピカはあの激闘の一部始終を語る。

 時折ゴンやキルア、レオリオの相槌を交えながら死闘の全てを話し終えた。

 

「……よく勝てましたねあなた達。誰1人死なずにいてくれて本当に良かったですよ」

 

 全てを聞き終えたアイシャの感想がこれである。話を聞いただけでウボォーギンの全てが理解出来るわけではない。百聞は一見に如かずとはよく言ったものだ。

 だがそれでも、耳にした情報だけでもウボォーギンの戦闘力は桁外れだと思えた。そんなウボォーギンを相手に誰1人欠けずに勝利することは万に1つの奇跡の勝利だと思えた。

 

「しかしキルア。あなた何があったんですか? まるで見違えるようなんですが」

 

 アイシャはその鋭い感覚でキルアの変化に気付く。

 今までとは違いオーラに自信が満ち、その力強さも大きく上がっている。実戦を経験した者がこうした変化を経ることはアイシャも何度も見てきたが、それにしてもキルアの変化は大きすぎる気がしていた。

 

「ん? ああ、多分オレを縛っていた呪縛が解けたせいだな」

「呪縛?」

「ああ、クソ兄貴にちょっとな」

 

 そうしてキルアは実の兄であるイルミによって施された針の呪縛について語る。いつ頃からか、キルアですら知りえない内にイルミの念によって強迫観念を植え付けられていたことを。そしてそれを引き抜いたことでその呪縛から解き放たれたことを。

 

「……なるほど。頭の中にそんなものが。私も気付けませんでしたよ。針が埋め込まれる前のキルアのオーラを知っていたら気付けたかもしれませんが……」

「まあいいさ。おかげで気分爽快だぜ」

「なるほどね~。てことはあんなに泣いていたのは針のせいだってことか」

「ほう。キルアが泣いていたと?」

「てめぇレオリオ! よ、余計なこと喋ってんじゃねー!」

「鼻水まで垂らしてたんだぜ」

「鼻水は垂らしてねーって言ってんだろうが! テキトーこいてるとブッ殺すぞレオリオ!」

 

 そのままキルアとレオリオの追いかけあいが始まった。

それなりに広いルームを借りているとはいえ、5人も人が集まっていると部屋の中はやはり手狭になるものだ。そんな中を2人は人や物に当たらないよう器用に走りながら追いかけあいをしていた。

 

「2人とも止めなよ。もう真夜中なんだから周りに迷惑だよ。……何かオレ昨日もこんなこと言った気がするんだけど?」

「ああ、確かにそうだな」

「悪かったってキルア。ほら、ゴンも言ってるしもう止めとこうぜ?」

「ちぃっ。覚えていろよレオリオ」

 

 一先ず全員が落ち着いたところで話は続く。

 

「先ほどの話で気になっていたのですが。あの大男、ウボォーギンでしたか。そのウボォーギンが使った念能力は巨大化する能力だったのですね」

「ああ。正確には筋肉を莫大に増幅する能力のようだな。それがどうかしたのか?」

「……いえ。何でもありません。気のせいでしょう」

 

 筋肉を増幅する能力。その能力に何か引っかかるモノを感じるアイシャ。だが喉元まで出かかっているがそれが何なのかまで分からない。アイシャはもどかしさを感じつつも今はそれを置いて話を続けることを選ぶ。

 

「それよりレオリオのあの技は何だったんだよ。どんな攻撃をしてもビクともしなかったあの筋肉ダルマが滅茶苦茶痛がってたぜ!」

「うん! 凄かったよあのパンチ! あの後オレが攻撃したら鉄みたいだったあの男の筋肉がまるで豆腐のようだったよ!」

「確かに凄まじかったな。あれが突破口となったのは確かだ。一体どういう能力なんだ?」

「それは私も気になりますね」

 

 アイシャが気になるのもまあ当然だった。その能力は恐らく自身の恥、黒の書を元として作られた能力のはず。どんな能力なのか知りたい。だが聞きたくもない。2つの相反する思いがせめぎ合い、そして好奇心が勝った。

 

「おお。あれは【掌仙術/ホイミ】を応用して作った攻撃用のホイミ。その名も【閃華烈光拳/マホイミ】だ!」

「マホイミ?」

「ホイミを改良? 回復能力を応用してどうしてダメージを与えられるんだよ?」

 

 キルアの疑問も尤もだろう。回復能力を応用した能力なんてやはり回復能力になると考えられる。そう思うのが万人の思考だ。

 だが何事も過ぎれば毒となる。草花に水や肥料を与えると確かに草花の育成は促進するだろう。だが水も肥料も与えすぎると草花には毒となってしまうのだ。

 

「それを応用したのが【閃華烈光拳/マホイミ】だ。これは相手の細胞の自己治癒能力、つまりは細胞分裂を促進させすぎることでその細胞を破壊してしまうんだ。正直あまり使いたくない能力だったんだがな。これは細胞を破壊しちまうから通常の治療行為じゃ完治は難しいんだ。攻撃を受けた部位を全とっかえ出来たら話は別だろうけどよ」

 

 レオリオの語る能力の凄まじさに誰もが口を閉ざす。

 回復不能、防御不能の絶対攻撃。そんなものをまともに、それこそ顔面に受けてしまえばどうなってしまうのか。想像するにゾッとする結果となるだろう。まあアイシャだけは別の意味で口を閉ざしていたのだが。綴った黒歴史が巡り巡ってこうなるとは執筆者本人にも分からないものであった。

 

「まあ強力な分制約もキツくなってるんだよな。硬じゃなきゃ使えないし、相手の素肌に当てられないと効果が出ないんだ」

「それは……あまり多様しない方がいいですね。ゴンの【ジャンケン】もそうですが、安易に硬を用いるのは危険極まります。ゴンはまだいいでしょう。当たりさえすればその攻撃力で敵を粉砕出来ます。ですがレオリオさんの能力は当てられる範囲が限定されすぎています。下手したら首から上しか狙えないなんてことも大いにあり得るでしょう」

「ああ分かってる。オレだってこんな自分にも相手にも危険な能力使いたくねーよ。本当にどうしようもなくなった時以外は使わないさ」

「それなら良かった」

 

 レオリオの本心からの言葉にアイシャも安心する。どう聞いても博打が過ぎる能力だ。どんな敵にもまともに当たりさえすれば効くだろうが、そもそもこの能力を使わなければならない程の強敵相手ではリスクが激しすぎる。

 今回のウボォーギン戦のように共に戦う仲間がいて初めて効果的に使用出来る能力と言えよう。

 

「しかし成程。あれ程の強敵相手に勝てたのも納得ですね。4人全員で互いをカバーして戦った結果でしょう。チームワークの勝利ですね」

「おお、今更ながらあんなバケモン相手によく勝てたよなオレ達よー」

「4人がかりでようやっとだったもんね。オレ達まだまだ修行不足だね……」

 

 ゴンはそう言って落ち込むが、ここまで限界ギリギリの修行を重ねているゴン達である。修行不足というよりは時間不足と言ったほうが正しいだろう。

 

「アイシャはあんな連中相手によく無傷で勝てたよな」

「いえ、あの男の攻撃をまともに受ければ私も無傷ではすまないでしょう。一撃で大地をえぐりクレーターを作りビルをも倒壊する。強化系だとしてもちょっと尋常ではありません」

「……なあ、今の言い方だとよ。アレ喰らっても無傷じゃないけど死にはしないって言ってないか?」

「私にもそう聞こえたな。……ふむ。レオリオ、良いことを教えてやろう。アイシャと付き合う中で重要なことだ。いいか? アイシャのすることにいちいち驚かないことだ。これくらいで驚いていては胃に穴が空いてしまうぞ。こんな言葉もあるくらいだ。アイシャだから仕方ない」

 

「……クラピカの私に対する認識がよく分かりましたよ」

 

 クラピカの己に対する言い様に対してジトっと半眼でクラピカを睨むアイシャ。だがそのアイシャに対してゴン、キルア、クラピカの3人が異口同音でツッコミを入れる。

 

『アイシャだから仕方ない』

「そんな! あんまりです!」

 

 アイシャの叫びを皮切りに皆が一斉に笑い出した。笑われているアイシャは頬を膨らませ納得できませんよと言う感じでポーズを作る。

 

「あー、笑った。最近ちょっと空気重たかったからスッキリしたぜ」

「うん。やっぱりこういう方がオレ達にはいいね」

「……次の修行内容を倍に……」

「ごめんなさい」

「勘弁してください」

「お前ら謝んのはえェなオイ!」

 

 アイシャの呟きからの驚異的な速さでの手の平返しであった。これにはアイシャも驚きである。それほどまでに骨の髄まで修行の労苦が染み付いていると思うと流石にやり過ぎたがと思うアイシャであった。

 だが、ただ1人。そう、先ほどの会話でキルアだけがアイシャの呟きに反応を示さなかった。いや、それには語弊があるようだ。キルアは十二分にアイシャの呟きに反応していた。

 

「いいぜ。倍の修行なんて都合がいい。なんなら3倍でもいいくらいだぜ」

「正気かキルア!」

 

 地獄の修行を3倍にしてくれなどと正気どころか狂気じみた発言にクラピカは己の耳を疑う。アイシャも、修行の厳しさを知っているゴンも何があったのかと目を丸くしていた。

 

「正気も正気だよ。オレはもっと強くならなくちゃいけないんだ」

 

 その瞳に映っていたのは断固とした意思。それを見るとこの場の全員がキルアの意志を理解する。

 

「キルア。何かあったのですか?」

「……ちょっとな。これは後で話すわ。今は幻影旅団に集中しようぜ」

 

 キルアは脳裏に浮かんだ最愛の家族を一時的に振り払い現状の問題に注視する。今はまだその時ではない。この場を乗り越え、もっともっと強くなってからだと自身に言い聞かせて。

 キルアの無言の決意を見てこの場での追求を取りやめアイシャ達も現状の危機、幻影旅団の話に戻る。

 

「次に蜘蛛はどう動くと思う?」

「奴らの内の2人は捕らえた。だがこれについては奴らも2人がどうなったかは理解していないだろう。死んだのか。それとも捕らえられたのか。疑問に思う奴らが次にすることは2つに1つだ。撤退か、それとも再びヨークシンを訪れるか」

「ヨークシンに来るとしたらシャルナークって奴を捕らえた病院。そこに来る可能性が高いね。連中あの優男が病院に行ったことは知ってるんだろ? 仲間が帰ってこないなら仲間が最後に行った場所を調べようとするはずだ」

 

 クラピカとキルアがこれまでの情報から幻影旅団がどう動くかを予測する。仲間の現状を確認しに来るか。それとも団が受けたダメージを看過出来ずに撤退をするか。

 クラピカとしてはここで憎き仇とのケリを付けたいと願っているため幻影旅団が逃げずに向かってくることを望んでいた。

 

「はい。シャルナーク自身もそのように言っていました。自分が病院へ行っていることは旅団も知っていると。ここで自分を殺すと仲間が調べに来る、と」

 

 ちなみにそれはシャルナークのブラフである。どの病院に行ったかまでは仲間達に伝えていないのだ。しれっと汗1つかかずにオーラも揺らがずに嘘を吐けるシャルナークであった。

 

「じゃあそこを待ち伏せすれば旅団と?」

「いやいや。お前ら旅団相手にまだ戦う気か? ここは一度撤退をだな」

「何言ってんだよレオリオ。旅団は今2人捕らえて、3人がアイシャにやられて重傷なんだぜ。今があいつ等を捕らえる最大のチャンスなんだ。ここで逃したらこんなチャンス二度と来ないね」

 

 キルアの言うことは正しい。今ほど幻影旅団が消耗している時はそうないだろう。それはレオリオにも理解出来ていることだ。だがそれでもあのウボォーギンと同等クラスの敵を相手取らなくてはならないと思うと弱腰になってしまう。

 

「それは……そうかも知れないけどよ。でもあんな化け物があと8人もいるんだろ? オレ達が1人抑えることが出来たとして、アイシャが残りの旅団を抑え切れるのか?」

「その点でしたら安心してくださいレオリオさん。あなた達が戦った敵は幻影旅団でもトップクラスの戦闘要員でしょう。いくら幻影旅団が強いとは言えその強さは均一ではありません。その証拠に私が戦った4人の旅団員はあなた達から聞いた程には化け物じみてはいませんでした。敵によってはクラピカ1人で打倒出来うる者も何人かいましたよ」

「それとだレオリオ。敵の数はもう1人減っている。お前たちには話していなかったがヒソカは幻影旅団の一員ではなく裏切り者だ」

「どういうことなの?」

 

 ゴンの疑問にクラピカがヒソカと協力関係を結んだことを説明する。ヒソカが旅団に入団した理由も、裏切った理由も。

 

「じゃあ7人か……それにヒソカの野郎が味方になってるなら……結構いけるか?」

「いえ、ヒソカを味方と見るのは危険でしょう。あの男は己の欲望に忠実です。今もその欲望を満たすために仮の仲間を裏切っている。いつ私たちを裏切るか分かりません。味方として捉えておかない方がいいでしょう」

 

 アイシャは最悪ヒソカがゴン達の誰かを害する可能性すら考えていた。

 ヒソカはアイシャとの死闘に最高の情欲を感じている。その為にアイシャの出した条件を受け入れたのだろうが、その条件を達成するのが困難な状況、つまりは団長に逃げられでもしたら……。

 その時はアイシャ自らが自身と戦いたくなるような手段を打ってくる可能性が高い。そうアイシャは考える。そしてその手段は至って簡単だ。大事な親友であり仲間である彼らの誰でもいい、誰か1人でも殺してしまえばそれだけでアイシャは全力でヒソカと戦うだろう。

 

 ヒソカに美味しく育つ予定の青い果実が熟す前にもぎ取るつもりはなく、アイシャもそのことをそれとなく理解している。だがいつヒソカが心変わりをするか分かったものではない以上、アイシャはヒソカを信用しきることが出来なかった。

 

「ヒソカに連絡して旅団の動きを聞いたらどうだ?」

「いや、奴から連絡をしてくるのはいいが、こちらからは連絡をしない方がいいだろう。こちらから掛けると奴のケータイに着信音が鳴ってしまう。マナーモードにしていたとしてもバイブ音は出るだろう。そうなるとヒソカが周りの旅団に不審に思われる可能性が僅かだがある。今のは誰からの連絡だ? とな。平時であれば何でもないだろうが、旅団も現状は緊急を要しているだろうからな。出来るだけヒソカが疑われる可能性はなくしておきたい」

「なるほどな」

「それにだ。ヒソカから聞き出した情報だが、旅団の中には触れた対象の心を読む能力者もいるらしい。名前はパクノダと言っていたな。そのパクノダに調べられたら私とヒソカが協力関係であるというアドバンテージが確実になくなってしまうだろう」

「マジかよ! じゃあ他にはどんな能力者がいるんだ!?」

 

 敵の能力の情報は喉から手が出るほど欲しいものだ。念能力者同士の戦いで敵の能力を把握していることは非常に強力な武器となる。キルアも常日頃から仲間以外には誰にも知られないように能力を秘匿している。クラピカも、レオリオも、そしてアイシャもだ。能力がバレてもデメリットが少ないゴンは既に風間流でもそれなりの人数に能力を知られているが。

 まあ逆にゴンの能力を知ることでそのあまりの威力に及び腰になる者も多くいたので、意外とメリットもあったりする。

 

「他にはオーラを機関銃のように放出するフランクリン、生命体以外のあらゆる物体を吸い込む掃除機を具現化するシズク、強力な強化系能力者ウボォーギン、これは私たちが倒したな。そしてアンテナを刺すことで対象を操作するシャルナーク、これもアイシャが倒して今はウボォーギンと一緒にいるな。あとはオーラを糸のように変化させるマチ、そして極めつけが……他者の念能力を盗む幻影旅団団長のクロロだな」

「はあ!? 念能力を盗むだぁっ!?」

「何だそりゃ! ふざけた能力だなおい!」

 

 他者の念能力を盗む。確かにふざけていると言われてもおかしくない程の強力で特殊な能力だろう。実際にその能力は六系統の中でも尤も特殊な特質系の能力であり、その特質系の中でも極めて稀な能力と言える。

 

「それってどうやって念能力を盗むの?」

「まずは相手の能力の詳細を知ることが必要らしい。他にも様々な制約があり、戦闘中にそれをこなすのは難しいとのことだ」

「それを聞いて安心したぜ。戦闘中に盗まれでもしたら最悪だからな」

「その盗んだ能力って自由に使えるのかな?」

「ああ。具現化した本を片手で持ち盗んだ能力が記載されたページを開くことでその能力が使用できるらしい」

「厄介だな。まあ盗賊の頭らしいっちゃらしい能力だわな」

 

 念能力は能力者の本質が現れやすい。それが特に顕著な系統が特質系だ。盗人の一団の長の持つ能力が念能力を盗む能力とはまさにその者の本質を表しているといってもいいだろう。

 どのような環境でどのような育ち方をすればそのような能力が発現するのか。アイシャには皆目見当もつかなかった。

 

「残りの能力者が誰が誰に該当するのかは分からないな。顔と名前が一致すればいいのだが」

「ああそれでしたら。フランクリンとシズクは私が倒しています。フランクリンは顔に多数の傷がある大男、シズクはメガネを掛けた黒髪の女性でした。シズクの方は左腕が使用出来ないレベルの怪我を負わせましたが戦闘は可能でしょう。フランクリンには致命傷レベルの重傷を負わせました。回復系の念能力がない限り復帰は難しいでしょう」

 

 そう言うアイシャの表情はやや曇っていた。いくら相手がA級賞金首に名を連ねており、自分の父親を害した極悪人とは言え、人を殺してしまったかもしれないと思うと気分も悪くなってしまうものだ。

 アイシャは生前も含めて人を殺したことは一度もない。いや、母親の件があるが、それを別として武を用いて人を殺したことはない。前世の生まれで人殺しとは縁遠い生活を送り精神の基盤を作り上げたアイシャにとって、人を殺すという行為はとても躊躇われる行為であった。

 フランクリンを瀕死の重傷に追いやったことを思い出し僅かに気を落とすが、それを仲間に悟られないようすぐに表情を戻す。

 

「それじゃ後はヒソカを除いて……えっと、何人の能力がわかってないんだっけ?」

「残り5人の能力が不明だ。と言っても、その内の1人はアイシャが倒しているようだが。それに名前と能力が分かっていても顔と一致していないので誰がどの能力を使うかは結局出会って確認をしなければ分からないな」

「ヒソカも顔写真くらい用意しろよな」

「全くだぜ」

「まあないものは仕方ないでしょう。敵の情報で分かっているのはこれくらいです。後はこれからどう動くか、ですね」

 

 アイシャの言葉に全員が神妙に首肯する。

 

「徹底抗戦だな。今の絶好の好機に全員捕らえるに限るぜ」

「ああ。それに奴らはアイシャの姿を知っている。このチャンスを逃したらアイシャが狙われるのは確実だ」

「そうか。そうだったな。それなら敵が揃ってない今の内にやるしかないか」

「うん。オレもあいつ等を止めたい。あいつ等は誰かが止めなくちゃいけないんだ」

「皆さん……。分かりました。この機に幻影旅団を全て捕らえます。その為の策を練りましょう」

「おう!」

 

 

 

 

 

 

 アイシャ達が話し合いをしている一方。捕らえられた幻影旅団、ウボォーギンとシャルナークは与えられたホテルの一室を仮の牢獄として過ごしていた。

 

「ちっ。ダメだな。部屋にある電話も一切繋がらねー。パソコンも回線が切られてやがる。どうにかなんねーかシャル?」

「無理だね。回線が元から閉じられてたらここからじゃどう足掻いても繋げることは出来ないよ。オレ達のケータイも取り上げられたし、部屋から出たら鎖が発動しちゃうし、外への連絡は諦めた方がいいよ」

 

 捕らえられた2人は現状に満足するわけがなく、自らを縛り付ける掟を破らない範囲でどうにかならないか模索していた。

 だがこの部屋の回線は全て切られていた。もちろんそれをしたのはクラピカだ。ホテルにハンターライセンスを用いて圧力を掛けこの一室のみネットワーク関係から切り離したのだ。

 シャルナークの言う通り外への連絡手段と成りうる携帯電話も取り上げ、身体検査も確りと行われている。更にはどんなことがあろうとも許可なくこの部屋への入室を禁止させたのでホテルの従業員が入ることもない。

 

「チクショウ! こうして待ってる他ないのかよ! く、つぅっ!」

 

 感情のまま叫ぶウボォーギンがその顔を苦痛に歪ませる。細胞を破壊された腹筋がジクジクと痛みウボォーギンの身体を苛んでいるのだ。その他の怪我による痛みはウボォーギンにとって我慢できる慣れ親しんだ痛みだったが、細胞を破壊されるなど初めての経験であった。

 

「随分とボロボロにされたもんだね。ウボォーがそこまで痛がるなんてさ」

「ちげぇよ。身体の傷なんて大したことねー。まあ腹ん中はちぃといてぇがな。ちょっと内臓やられてんなこりゃ。……それよりも腹の傷だよ。よく分からねーがあのグラサンの――」

 

「ストップ!」

 

 ウボォーギンが自らの身体に起こった異変について、その異変を起こしたであろうレオリオについて話そうとしたその時、シャルナークが突然に声を張り上げウボォーギンの話を遮った。

 

「あ? どうしたんだよシャル?」

「その話はこれ以上したらダメだよ」

「どういうことだよ?」

「……」

「おい、なんとか言えよシャル」

 

 シャルナークは自分達を縛る掟を理解しきっていないウボォーギンに思わず溜め息を吐きそうになる。だが詳しく説明するわけにもいかない。上手くぼかして説明したとしても、どこまで示唆したら自身の心臓に刺さっている鎖が発動するかも分からないからだ。

 シャルナークは自分で気付いてくれることを祈りながらウボォーギンの言葉を無視する。

 

 どれだけ話しかけても無視を決め込むシャルナークに、流石のウボォーギンも訝しむ。人をからかうことはあれど、無意味なことはあまりしない男だ。そんなシャルナークがこうして自分の言葉を無視するということは何かの意味があるのだろう。

 そうしてしばらく思考し、ようやくウボォーギンは自身を縛る掟について思い出した。『私たちに関する情報の一切を他者に伝えることを禁ずる』、確かにクラピカはそう言っていた。クラピカの言う『私たち』には当然仲間であるレオリオも含まれている。先のウボォーギンの戦いで起こったことを詳細に話すと彼らの情報について話さないわけがない。そうなったら、その情報を他者であるシャルナークに話してしまったら。確実に鎖は発動し即座にウボォーギンの心臓を握りつぶしていただろう。

 

「やっべ、すっかり忘れてたぜ……」

 

 ウボォーギンのその言葉を聞いてようやく理解したことに安堵する。

 

「しっかりしてよね。……念の為に聞くけど、『他者を傷つける行為を禁ずる』ってどんな掟か分かってるよね?」

「おう。業腹だけどよ、誰も殴らなきゃいいんだろ?」

 

 ウボォーギンのその自信満々の答えに思わず溜め息を漏らすシャルナーク。こんな調子でこいつは生き残れるのか? そう心配するのも仕方のない答えだった。

 

「あのねウボォー。傷つけるって行為は何も暴力だけの話じゃないだろ? 例え身体を傷つけなくても相手を誹謗中傷してその精神を傷つけたら……。それは他者を傷つける行為に値するんだよ」

 

 これに関しては掟として定められた法なので、別段クラピカ達の情報というわけではない。なので話しても大丈夫だろうと判断したのだが、今こうして鎖が発動していないことからどうやら正解だったようだ。

 

「はあっ!? じゃあ何か? オレはこれから誰かにどんなことをされても殴り返すことはおろか口で反論することすら出来ないのか!?」

「そういうこと。暴言は吐かないように気をつけるんだよ。心無い一言で誰かが傷ついたらそれでウボォーも死んじゃうからね」

「冗談じゃねーぜ! クソッ! 何されてもただ我慢するしかないのかよ……!」

 

 思っていたよりも自らに掛けられた掟が厳しい事実に流石のウボォーギンも少々まいっているようだ。これまで傍若無人に過ごしてきたツケだろうが、そう思って反省するような性根ならばこのような事態に陥っていないだろう。

 

 この時、シャルナークはある1つの仮説を立てていた。

 それは自らを縛る鎖自体が掟の順守を判断しているわけではないんじゃないか? という仮説だ。

 曖昧なのだ。鎖によって定められた掟が。他者を傷つけると鎖が発動するとあるが、その他者を傷つけたと誰が判断するのだ?

 縛っている鎖そのものか? 鎖に縛られている対象が誰かを傷つけたとして、その誰かが傷つけられたと鎖が判断できるのか? それが本当に分かるのは傷ついたと自覚する本人だけではないのか?

 

 世の中には自覚せず相手を傷つける人もいる。別に傷つけるつもりもない、何気ない言葉で相手が傷つくこともあるだろう。道端に捨てた空き缶を誰かが踏んで転んで怪我をすることもあるかもしれない。

 そうなったら鎖は発動するのか? 否、シャルナークはこう考える。恐らく鎖が発動するのは、その掟を破ったと掟に縛られた本人が認識した時だ、と。

 

 例え相手が傷ついていたとしても、それをそうと認識していなければ鎖は発動しないのではないか? それがシャルナークの仮説。だが所詮は仮説だ。絶対であるとは言い切れない。

 だからこそウボォーギンに忠告をしておいた。ウボォーギンが気づかない内に他者を傷つけたりしないように。肉体面だけでなく精神面でも傷をつけないよう注意するように。

 

 もしこの仮説が証明されたならば、そこから掟の裏を取り、自らを縛る鎖から解き放たれるのではないか。そう希望を抱きながらシャルナークは思考を巡らせる。この希望が既にクラピカの言う屈辱を育む最高の肥料となっていることを理解しながらも。

 人は希望を抱くからこそ絶望を知るのだ。希望があるからこそ生き足掻き、例え屈辱に塗れようとも生にしがみつく。

 

 ――ああクソ。本当に最高の復讐だよこれは――

 

 クラピカに対する怨嗟のこもった罵詈雑言を内心で吐露する。今はそうすることしかシャルナークには出来なかった。

 

「ところでシャルよ。お前いつまでその格好でいるんだ?」

「……好きでこんな格好でいるわけないでしょ」

 

 突如として話は変わるが、シャルナークは現在ベッドの上で横たわっていた。だがその身体は誰が見ても異常だった。手足の関節という関節は全て外れているのだ。これに糸を吊るせばまるで精巧なマリオネットのようですらあった。

 

「くく、何だったらオレがハメてやろうか?」

「いいよ? 無理に関節をハメて、それでオレが傷つけばウボォー死んじゃうけどね」

「治療行為だろ?」

「んー。どうなんだろうね。実際掟を破るという判断基準が完全に分からないからね。少しでも可能性のある行為は止めておいた方がいい」

 

 難儀なことだ。そう思い、シャルナークは溜め息をつく。言葉1つでもよく考えて選び会話しなければならない。

 ここまで話しておいてシャルナークはウボォーギンに対して挑発めいたセリフを言うのを何度も止めていた。普段であれば仲間同士の戯れで済むが、万が一その言葉でウボォーギンが傷ついたら、傷つけたとシャルナークが認識し、それが鎖の発動条件となったら。そうなれば分かりきった結果しか残らないだろう。

 

「はぁ。今は皆に期待しようか」

「……そうだな。あいつ等ぶっ倒してここまで来てもらうしかねーか。ああ、情けねー……」

 

 今はここに居ない仲間の助けを期待するしかない2人であった。

 

「……腹減った」

「関節、元に戻してほしいなぁ」

 

 A級賞金首とは思えない呟きが部屋の中に溶けていった。

 

 

 

 

 

 

 激闘の夜が終わり、日付が変わりヨークシンに朝日が昇る。

 街中でビルが倒壊し銃撃戦が行われるという未曾有の事件が起こった次の日とは思えない程、一般の人々はいつも通りの生活を過ごしていた。

 警察によるある一角への通行禁止、事件に関する報道の規制が行われているためだが、それでも噂というモノは止めきることが出来ず人々は口々に昨夜の事件について憶測を飛び交わさせていた。

 

 そんないつもと同じようで違うヨークシンの街中をひと組の男女が歩いていた。

 1人は黒髪の青年。耳たぶのイヤリングと額に付けた白いバンダナが特徴的な男だ。だが1番の特徴はその整った顔立ちだろう。道行く女性が思わず彼に見とれる程の美形だ。

 もう1人は金髪の女性。多少鷲鼻が目立つも、モデルもかくやの長身でグラマーな体型に女性用の黒のスーツが似合っている。こちらも道行く男性がその身体に眼を奪われていた。

 やや一般人離れしている2人だが特に不審に思われるはずもなく、当たり前のように日常の街に溶け込んでいた。

 

 だが2人の正体は日常とは掛け離れた場所にいる存在だ。

 男の正体は幻影旅団団長クロロ=ルシルフル。そして隣を歩く女性は同じく幻影旅団の団員パクノダだ。ブラックリストにA級賞金首として載せられる盗賊団の彼らがこうして2人街を歩いているのはもちろん観光……というわけではない。

 

 彼らが目指すは仲間が侵入したと思われるエル病院。その目的は消息を絶った仲間の情報を集めること。こうして一般人を装い身を隠すこともなく大通りを歩いているのは、件の少女に対して不審がられないようにするための擬態であった。

 クロロの予想通りにエル病院で少女がシャルナークを討ち取ったとしたなら、その少女は今も病院にいる可能性はかなり高いとクロロは判断していた。

 

 旅団が侵入した病院で旅団を倒したのなら、他の旅団が病院に来ると少女は考えるだろう。そう思い至ったら少女はどうするか。逃げるか、それとも待ち構えるか。

 もし待ち構えていた場合、気配を消して侵入するのは非常に困難だとクロロは考える。シズクの記憶映像から確認出来た少女の実力は幻影旅団の予想を遥かに上回るものだ。そのような実力者相手に気配を消したとしても発見される可能性は高い。

 

 ならば堂々と隠れることなく病院に入ればいい。いくら何でも一般人の全てを捕らえるなどという暴挙はすまい。幸い記憶を読む能力を持つパクノダと様々な能力を有し機転のきくクロロの顔は敵に知られていない。

 故に病院に入るのはこの2人となり、残りのメンバーはそれぞれ別個に病院を目指す手はずとなっていた。

 ちなみに他のメンバーが選ばれなかったのは能力以外に一般人とかけ離れている容姿や態度が原因でもあった。

 

「本当にいるのですかだん……クーロ」

 

 思わずいつもの調子で団長と言いかけ、咄嗟にあらかじめ決めていた偽名を言い直すパクノダ。

 

「さあな。可能性はあるが絶対ではない。だが現状もっとも可能性が高いのがこの病院だ。ここで情報を入手出来なかったら奴を見つけるのは困難になるだろう」

 

 そうなってしまっては仲間の仇を取ることも、旅団が受けた屈辱を晴らすことも何も出来なくなってしまう。敵の戦闘力を考えたらここで退くのが尤も蜘蛛として正しい判断だろう。あれだけの実力者、倒せたとしても何人かは犠牲者が出てしまうかもしれない。

 いや、犠牲者を出さなければ倒すことは不可能だろうとクロロは考えていた。

 

 尋常ならざるオーラ量に、それを完全に使いこなす圧倒的技量。過去の記憶とシズクから得た記憶映像、その2つとも合致するオーラの質。

 あれがかつて流星街で見た悪魔の赤子であると確信する。そして同時に思う、あの時殺しておくべきだったと。赤子の状態ならば。あの化け物も文字通り赤子の首を捻るように簡単に殺せていたかもしれない。そうすればクロロは屈辱を喰むこともなくすみ、仲間も失わなかっただろう。

 

 ――いや、感傷だな――

 

 仲間を失ったのは蜘蛛であっても悲しいものだ。それが結成当時からの仲間だと尚更のこと。だがそれに感傷されることはあってはならない。過ぎた時は決して戻りはしないのだから。

 ならば蜘蛛としてすべきことはただ1つ。それは失った仲間を想うことでもなければ、過去を悔いることでもない。己たちに牙を向いた敵を葬り去ることだ。

 その為ならば病院はおろかヨークシン全てを戦場と化す所存ですらあった。

 

 

 

 程なくしてエル病院の入口に辿り着く2人。だが目の前にあるのはエル病院の正面入口ではなく、病院の裏手にあるそれよりも小さな入口だ。

 ここは病院関係者が出入りするための専用の入口だ。つまりそこから出入りするのは病院のスタッフ以外は有り得ない。そしてこのような早朝から病院を出るスタッフといえば、当然病院には付き物の夜間勤務のスタッフだろう。

 

 クロロが狙っていたのはそのスタッフだ。昨夜に起きた事件による緊急入院の患者は当然夜間勤務のスタッフが受け持っただろう。つまり情報を得るには夜間勤務のスタッフを狙うのが一番確実だということだ。さらに周囲に人気もないため疑われても誤魔化しもきく。

 既にエル病院の勤務体制は確認済み。あとは勤務明けのスタッフが出てくるのを待つばかりであった。

 

 そうして知人が出てくるのを待つかのように何食わぬ顔で裏口で待ち構えるクロロとパクノダ。待つこと数分、ようやく誰かが裏口から現れ、そしてそれを見たクロロとパクノダの顔が驚愕に染まった。

 

「ようこそ幻影旅団。歓迎しますよ」

 

 裏口から現れたのは1人の少女。少女はクロロたちを見て幻影旅団と言い切り、そして敵対するように向かい合っていた。

 クロロとパクノダが驚愕したのは己たちが幻影旅団だと言い当てられたから、ではなく、その少女の顔にこれ以上ないほどに覚えがあったからだ。

 

 そう、その場にいるのは蜘蛛が報復すると決めた敵。仲間を傷つけた憎き仇。アイシャその人であった。

 

「何のことかしら? 私達は――」

「間違っていたら謝罪しましょう。賠償もしましょう。刑にも服しましょう。ですので話は捕らえてから聞きます」

 

 有無をも言わさぬその言葉に言い逃れは不可能と瞬時に理解する。

 どういう理由かこの少女は己たちの存在を知っていた。いや、幻影旅団がエル病院に来ることを予期していたのはまだいい。少女がシャルナークをこの病院で倒し、幻影旅団がもう一度この病院に来ると予測したということだろう。つまりはクロロの推測が当たっていたことになる。

 

 だが、そうだとしてもだ。どうして今この場に現れ、自分たちを幻影旅団だと断定出来たのか。なぜ襲撃時間まで予測出来たのか。なぜ顔が割れていない2人が幻影旅団だと分かったのか。なぜ裏口を張っているのがバレたのか。

 様々な疑問がクロロの頭に浮かび、そして1つの答えを導き出した。

 

「……ユダ、か」

 

 ポツリと零した言葉に真っ先に反応したのはパクノダだ。

 ユダ。その言葉の意味するところは裏切り。すなわち蜘蛛の中に裏切り者がいるとクロロは判断したのだ。パクノダは早計ではないかと思う。念能力の可能性もあるだろう。念ならば旅団のあずかり知らぬ方法で自分たちの襲撃を見越して動くことも出来るだろう。現に旅団の地下競売襲撃は予測されていたのだ。それを念能力での情報収集だろうと判断したのは他でもない、クロロだ。

 

 だがクロロは今回の襲撃に対する少女の対応が念能力による情報からもたらされたモノではないと判断していた。その理由は至って単純だ。あまりにも的確過ぎるのだ。

 自分たちの襲撃時間、裏口を張った行動、そして2人の正体。その全てが少女にバレている。これら全ての情報を念能力で入手出来るのならば、初めからその能力で旅団の地下競売襲撃を防げば良かったのだ。あのように襲撃が起こった後に慌てて割って入ることもないだろう。

 

 この点からこの少女は情報収集系の能力を持っていないと考えられる。例え持っていたとしてもクロロが判断した通り曖昧な情報しか手に入れられないのだろう。ならば少女がこの場にこうしてタイミングよく現れた理由はただ1つ。全ての情報を知る旅団員の誰かがその情報を少女に教えた他にはない。

 

「やれやれ。オレ達を売ったのはヒソカか?」

「……」

 

 問いかけるもアイシャはそれに応じず蜘蛛の2人を油断なく見据える。

 果たして本当に幻影旅団を売ったのはヒソカであるのか? それは正しくクロロの読み通りヒソカの仕業であった。

 アイシャ達は幻影旅団に対してどう対応するか話あった後にそれぞれが休息についた。疲労が重なりオーラも尽きかけていた彼らに必要なのはたっぷりの睡眠時間だ。ゴンに至っては未だ内臓の損傷が回復しきっていないのだ。ゆっくりと休みオーラを回復させ、そこからレオリオの能力により治療する予定だった。

 

 唯一アイシャのみ余裕があったので夜間の襲撃に備えてエル病院に移動してから休息を取っていたのだが、明け方になってからヒソカから突然の連絡が届いたのだ。

 内容は幻影旅団の襲撃、その時間と方法であった。その全てを話し終えたヒソカはアイシャの言葉を無視して一方的に電話を切った。

 せめてもっと早くに知らせてもらえればやりようもあったものをと愚痴るが、致し方ないことだとアイシャは割り切る。

 直様にゴン達へと連絡を取り、アイシャが時間を稼ぐという昨晩立てた作戦が全く意味のない行き当たりばったりの結果になってしまった。

 出来たことは病院側に通達して裏口付近へ誰も来ないように指示するくらいのことだ。またもハンターライセンスの効力を味わうこととなったアイシャであった。

 

 クロロの言葉に反応しないアイシャの代わりに応えたのはまたもパクノダだった。

 

「ヒソカが!? それは本当なの?」

「さあな」

 

 パクノダの叫びにそう返すが、あの中にユダがいるとしたらヒソカだろうとクロロは確信していた。

 他の団員を信じている、とかではない。ヒソカの本性をどことなく理解しているクロロはいずれこうなるだろうと思っていたのだ。

 ヒソカが本心から蜘蛛に入団したわけではないとクロロは理解していた。狙いは恐らく自分だろうと考えていたクロロはヒソカと1人で対峙しないようにつとめていた。

 別にヒソカと戦うのが怖いとかではなく、ヒソカがこの状況からどうやって自分を狙ってくるのかを楽しんでいたのだが、今日このタイミングで来るとは流石に想像していなかった。

 

 ――オレもヤキが回ったか――

 

「……」

 

 クロロが内心で自嘲している間にもアイシャは何も言葉を発さずにただ2人を見据えていた。いや、アイシャの目線はパクノダを視界に入れつつもクロロの顔に集中していた。その表情には訝しげなモノが浮かんでおり、先ほどとは少々様子がおかしかった。

 

「オレの顔に何か付いているのか?」

 

 実際にはそんなことはないと分かっているが、あまりにもアイシャの視線が集中していたのでクロロは思わず冗談めいた言葉を発する。

 

「いえ……いや、あなた……何処かで会いませんでしたか?」

「はあ? 何この子? この状況でナンパ?」

「ナンパではありません! ……いえ、失礼しました。多分勘違いでしょう」

 

 アイシャの言葉に呆れるパクノダだったが、クロロはそうではなかった。その言葉を聞き、この少女と初めて出会った時を再び思い出す。

 確かに目が合った。笑いかけられもした。明らかに意思を持ってオーラ操作をしていた。そう思い出したクロロは思わず呟いた。

 

「まさか……覚えているのか?」

「え? やはり何処かで?」

「ちょっと。本当なの団長?」

 

 もはやパクノダのクロロに対する呼び方が偽名どころか幻影旅団であることを示唆するようになってすらいたが、クロロもそれに突っ込む余裕はなかった。

 

「流星街でオレ達は会っているはずだ。悪魔の赤子よ」

 

 そう言いながらクロロは額を覆うバンダナを外しその額の逆十字の刺青を晒し出す。

 

「っ! その呼び名。そうか、あなたは流星街の出身ですか。あなたとは何処で……流星街で出会った人はそう多く…………そうか思い出した! その顔! 額の逆十字! 私を見て逃げ出したあのイケメン少年!」

「は? ちょっと何言ってんのこの子。いや団長は確かにイケメンだけど。悪魔の赤子ってアレ? ずっと昔に団長が近寄るなって言ってた流星街の禁忌のこと? あれってもう死んでるって話じゃなかったの?」

 

 そんなパクノダの多くの疑問を無視するかのように2人は会話を続ける。

 

「……驚いたな。本当に覚えていたのか。赤子の時から尋常ではなく、意志を持っていたのは分かっていたが。まさか覚えているとは思わなかったよ」

「ええ覚えていますよ。あなたが私を見捨てて逃げたのもね。おかげさまで素敵な出会いに恵まれましたよ。幻影旅団の団長なんかに拾われなくて本当に良かったです」

「くく、酷い言われようだな。もしオレがお前を拾っていたらどうなっていたのやら」

「その時は感謝を込めてあなたを徹底的に矯正していましたよ。育ての親となる人が強盗殺人の常習犯になるなんて以ての外。道徳という言葉を意味だけでなく行動で体現出来るようになるまで叩き直していたでしょうね」

「それは怖いな。拾わなくて正解だったよ」

「ええ。お互い助かりましたね」

 

 会話について行けないのはこの場ではパクノダだけだった。一触即発の空気の中でよくこのような会話が出来るものだとある意味感心すらしていた。

 

「さあ、あるかないかのIFの話はもういいでしょう。抵抗するならしても構いません。仲間が集まる前に……これは」

「気付いたか。話を終わらせるのはいいが、別に無駄な話というわけでもなかったんだよ」

 

 クロロは異変に気付いたアイシャに対し懐から携帯電話を取り出して見せつける。それはただの携帯電話だ。ただし通話中のままの、であったが。

 クロロはパクノダと2人で行動している間、常にマチの携帯電話と通話中にしていたのだ。常に携帯電話にイヤホンを接続し、クロロ側の行動を確認していたマチが異変を察知したら即座に他の団員に知らせるようになっていた。

 クロロがアイシャと会話していたのは仲間が合流する時間を稼ぐためでもあったのだ。

 

 四方八方から続々と幻影旅団が集合する。アイシャが気配を感じて全員が集まるまでに10秒と掛からなかった。

 病院を背にしたアイシャを8人の蜘蛛が囲む。だがその中にヒソカの姿はなかった。

 

「よう。会いたかったぜ女!」

「こうして見てみりゃ普通の女だな」

「油断しちゃダメだよ! よく分からないけどオーラを纏っていないのに私はやられちゃったんだから」

「ヒソカのやつ! ここに来ないってことは本当にあいつがオレ達を裏切ったのか!」

「だとしたらオレ達の情報をマフィアが知っていたのもアイツの?」

 

 蜘蛛の面々は口々に感情を吐露する。仲間の仇であるアイシャを前にして、さらにその仲間の1人が裏切ったとなったら興奮するのも無理はないだろう。

 だが、その癖の強い団員たちの興奮を団長たるクロロは一言で鎮めた。

 

「黙れ」

 

 絶対的なカリスマとプレッシャーを以て放たれたその一言は旅団員の頭を冷えさせるのに十分だった。

 そう、敵は目の前にいる。それも初めてまみえる程の強敵が。頭に血が上って勝てるようなら苦労はしないだろう。

 全員が静まりかえったところでクロロはアイシャに対して話しかける。

 

「さて、オレの仲間はどうした? シャルナークを倒したのはお前だろう。ウボォーギンもお前がやったのか?」

「さあ? 私を倒して拷問でも何でもして吐かしたらどうですか?」

「お前は先ほどオレ達を捕らえると言ったな。つまりシャルも殺さずに無力化して捕らえているということか。だとしたら1人ではないな。シャルを見張る奴が……いや、お前の念能力によっては1人でも可能か。どちらにせよ仲間がいる可能性はある。全員油断するなよ。ヒソカもどこから何をしてくるか分からんからな」

 

「ああ!」

 

 流石は幻影旅団を纏める頭か。その頭脳はアイシャも舌を巻くほど明晰なものだった。

 蜘蛛は獲物を前に舌なめずりなどせず、確実に仕留める為にそれぞれがアイシャを油断なく見据えその身を強力なオーラで覆っていく。

 

「……殺れ」

 

 クロロの言葉を合図に、武神と蜘蛛の死闘が始まった。

 

 

 




 原作でヒソカがクラピカに教えた旅団の能力はウボォーギンとシズクの2人だけですが、この小説では7人分の能力を教えています。本気で旅団を潰してその後にアイシャと殺り合いたいからこうなりました。








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