どうしてこうなった?   作:とんぱ
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第六十一話

 ゴン達はNGL入国後、海岸線を沿って西へ西へと移動していた。キメラアントの女王がNGLにいるとしたらどこかの海岸に流れ着いたはずだ。なので海岸沿いを探しながら移動すればキメラアントの痕跡が見つかる可能性が高いというわけだ。それはNGLに侵入したハンターなら誰もが考えつくだろう。つまりアイシャを追うにもこれが最適ということになる。

 

 そうしてゴン達は長距離移動の為にレンタルされている馬を人数分借りて移動している最中だった。

 機械文明を捨てて自然と共に生きることを理念に掲げているはずだが、レンタル料はジェニーで支払えるようであった。親切なのかもしれないが、建前を即効で崩しているように感じたゴン達であった。

 ちなみにレンタル料は馬1頭が1日1万2千ジェニー。馬に何かあった時の賠償金は1頭500万ジェニーである。

 

「なあ」

「どうした」

 

 移動中、キルアがカイトに問い掛ける。

 

「馬じゃ遅すぎるよ。こんなんじゃ何時まで経ってもアイシャに追いつけない。オレ達で走って行こうぜ」

 

 キルアの不満は移動速度が遅すぎることだった。

 馬が走る速度は一般人から見れば走って追いつくなど考えられないが、逸般人であるキルア達なら追いつくどころか軽く追い越すことが可能だ。

 しかも持久力でも馬を上回っていると来ている。この世界で鍛え上げた人間とは常識を何処かへ投げ捨てているのだ。

 

「それはやめておけ。確かに馬じゃ遅いが、体力の温存にはなる。まだ何処にキメラアントがいるかも分かっていないんだ。闇雲に走って体力を失えば、そのアイシャとやらを助けるどころか自分が窮地に陥るぞ」

「……そうだな。分かったよ」

 

 カイトの答えは正論だった。アイシャもキメラアントも、進む先に都合良くいるとは限らないのだ。

 全力で移動すれば馬の数倍どころの速度ではないレベルで走ることが出来るが、ゴールも見えずに走ると疲労どころか徒労に終わりかねない。今は手掛かりを見つけるまでは馬で移動した方がいいだろうという正論はキルアも理解出来た。

 いや、最初から分かってはいた。だが、アイシャが危機に陥っているかもしれないという焦りがキルアから正常な判断を奪っていたのだ。

 

「大丈夫だよキルア。アイシャは強い! だからキメラアントがどんなに凄くても、きっと無事でいるよ!」

 

 ゴンのアイシャを信じる強い眼差しがキルアを射抜く。それはキルアの不安を打ち消す程の力を秘めていた。

 

「……そうだな。もしかしたらオレ達が追いついた時にはキメラアントなんてもう全部倒してるかもな」

「ははは。アイシャならありそうだ。幻影旅団の時も似たようなものだったな」

「幻影旅団って親父でも面倒な相手だって言ってたんだけどなー。つくづくアイシャの強さはヤバイな」

 

 クラピカもミルキもキルアの軽口に合わせて軽口を叩く。仲間同士で話している内に、誰しも内に秘めていた緊張や焦りが取れているようだった。

 それを見てカイトは安堵する。どうやら心配するほどでもなかったようだ、と。

 

 ――しかしそのアイシャとやら、話を聞く限り本当に人間なのかと疑うな――

 

 ジンという破天荒な師を持つカイトも、ゴン達から得た情報だけではアイシャを計り切ることが出来ないでいた。

 情報の全てが正しいとすれば、戦闘力という一点のみならばアイシャはジンを超えているのでは? そう思うと流石に全ての話を鵜呑みにすることは出来ないでいた。

 ゴンとキルアがまだ見た目年若いというのも原因だろう。尊敬する仲間を過剰に評価している節があるのでは、そうカイトが思っても仕方ないとも言える。

 カイトが全く聞いたことのない人物だというのもあるだろう。この世界、名の知られていない実力者は多いが、圧倒的な力の持ち主は逆に名が知られやすい。

 ジンに匹敵する実力者なら、それなりの情報網を持つ自身が情報の欠片もないというのは考えにくいのだ。まあ、偽名という線はあるが。

 これでカイトがアイシャの実年齢が14歳だと知ったら完全にゴン達の言うことを話半分以下に聞いていただろう。

 

 そうして馬で移動している内に、1つ目の集落へと一行は辿り着いた。

 

 

 

「こちらが国境から1番近い海岸沿いにある集落になります」

 

 ゴン達一向に着いて来たガイド兼交渉役――特殊言語地区や未開部族との交渉役――の2人に案内されて集落の中へと入る。

 ガイドというが、ていのいい監視役である。ゴン達もそれを馬鹿正直に信じてはいなかった。もしゴン達がNGLにとって何かしら不利益になる行動をしたり、理念にそぐわない物を見せたらガイドから密告屋に早変わりするだろう。

 

「さて、何か情報の1つでもあればいいのだが……」

 

 そう言うカイトだが、流石に1つ目の集落でキメラアントの情報が手に入るとは思ってもいなかった。

 この付近の海岸に女王が流されていたら、この集落からは人がいなくなっているだろうからだ。まあ、流れ着いた女王がただの死骸だったならば話は別だが。

 だが集落からは人の気配が多くあった。それも普通に暮らす人々の気配である。決してキメラアントに襲われたとは思えないだろう。

 女王が生きていると仮定するなら、この集落では大した情報は手に入らないということである。

 

「すまない、少し話を聞きたいのだが――」

 

 だがそれでも情報収集を怠ることはない。何もない、と断定して先へ進むのは愚か者のすることだ。情報は正確に、精密に調べておくに越したことはない。しかもここはNGL。外の国の人間からすると何があるか分からない国だ。細かく調べておいて損はないだろう。

 

 まあ、キメラアントについての情報は一切なかったのだが。

 だがそれ以外の情報なら見つかった。そう、アイシャの情報だ。

 

 

 

「こいつらか?」

「そうだよ。綺麗なお嬢さんがしばらく預かってほしいって言って置いて行ったんだ」

 

 カイト達が村人に案内されて入ったのは集落にある何の変哲もない小屋だ。そこには4人の男性が横になって寝かされていた。それぞれ完全に意識を失っているらしく、外傷はないようだが目覚める気配はなかった。

 

「駄目だな。気付けしてみたが起きる気配はない。完全に気絶してるな。やったのは相当な腕前だぞ」

「アイシャだね」

「アイシャだな」

「アイシャだろう」

「アイシャ以外ないな」

「なんだその意味分からん確信は?」

 

 ゴン達のアイシャに対する若干間違った信頼に汗をかくカイトであった。

 

 とにかく、彼らが気絶しているのはゴン達によるとアイシャの仕業であるらしい。

 村人から話を聞くとどうにもこの4人はゴン達と同じように外から来た外来人のようだ。彼らがここに来て行った質問もゴン達と似たようなもので、その目的も恐らく同じだろう。つまりは彼らもハンターだということだ。アマかプロかは別としてだ。

 

 そんな彼らはこの集落で何の収穫も得られないと分かると、新たな集落へと移動しようとしていたそうだ。

 そこにある女性がやって来たそうだ。その女性は彼らに対してこう言った。

 

 ――あなた達ではこれ以上先に進むのは危険です――

 

 4人はそれはもう怒ったそうだ。明らかに歳下の女性に大の男が4人揃ってそんな風に言われれば癇にさわるのも当然だろう。

 女性は色々と説明したが、彼らは聞く耳を持たなかったそうだ。激昂した4人は女性を無視して先に進もうとした。

 だがその女性は4人を瞬く間に気絶させ、この集落の人たちに世話を頼み、自分も情報収集をしてから去っていった。

 

「きっとアイシャが彼らを守る為に気絶させたんだと思う」

「だろうな。こいつらじゃどうしようもないんだろ。オレ達でさえ置いてかれたんだぜ?」

「彼らも念能力者だろう。彼らがキメラアントに捕食されてしまえば脅威は増すばかりだ」

「キメラアントの危険度を知らないんだろうな。まあ、オレだって完全には理解出来ていないから仕方ないっちゃ仕方ないけどな」

「……やはり気になるのはその女性、アイシャとやらだな。どうにも彼女はキメラアントの危険度を詳しく知っていそうだ。彼女も直接見たわけではないはずだが……」

 

 カイトの意見にはゴン達も同意だった。

 確かに以前は予知能力者から情報を得たのでは、と思っていたが、それにしてもアイシャの行動が徹底している気がするのだ。

 もっと詳しくキメラアントが起こすであろう危機を理解しているような、そんな気がしてきたゴン達であった。

 

 集落を後にし、ゴン達は更に西へと移動していく。アイシャと思わしき――ゴン達は確信しているが――人物も海岸線に沿って西に向かったとの情報も得られた。

 行き先が同じなら出来るだけ早く移動したい。だがやはりキメラアントの巣が何処にあるか分からない今、無闇に体力を消耗するのは避けたい。ゴン達の目的はアイシャを助けることだが、同時にキメラアントに付いても留意しなければならないのだから。例えアイシャの移動方向が判明したところで、アイシャがどこで移動先を変えるか分からない現状では馬での移動を捨てるわけには行かないのだ。

 

 そうして1日が移動と情報収集に費やされた。

 最初の1日の成果は然程ない。アイシャの足取りをそのまま追っているだけのようだ。

 

 

 

 2日目の捜索が始まる。

 水分や食料は道中の村々で手に入れることが出来た。

 そして新たな成果はすぐに見つかった。

 

「おい! 前から誰か来てるぞ!」

 

 先頭に立つカイトが前方からカイト達に向かって、つまり東の国境を目指して移動する5人組を発見した。

 

「はぁっ! はぁっ! お、おお……は、ハンターか!?」

「お、お前たちも、あの、化け物を調べに来たのか!?」

 

 5人は馬もなく、自力でここまで走って来たようだ。

 かなり体力を消耗しており、そしてそれ以上に精神が削られているようだった。

 

「化け物? キメラアントを見たのか!?」

「ふぅ、ふぅ……き、キメラアント? あれが? あ、あんなでかい、キメラアントがいるのかよ……」

「……いや、た、確かに……今、考えるとキメラアントと言われたら……納得するぜ」

 

 どうやら彼らはキメラアントを発見した、もしくは遭遇したハンターのようだった。ここまで走って来たのもそのキメラアントから必死で逃げて来た為だろうとカイトは予想した。

 

「何処だ? 何処でキメラアントを見た!?」

「ま、待て!? まさかあの化け物の所へ行こうってんじゃないだろうな!」

「やめておけ! 死ぬのがオチだ! オレ達は戻ってハンター協会に報告するつもりだ! そしたら討伐隊が組まれるはずだ! それに任せるしかない!」

「悪いが、オレ達もやらなきゃならないことがあるんでな。場所を教えてくれると助かる」

 

 カイトの、いや、ゴン達全員の覚悟を決めたその顔を見て、ハンターの1人は諦めたように呟いた。

 

「……ここからあの山に向かって行けばいい……クソッ! どいつもこいつも死にたがりかよ!」

 

 どいつもこいつも。それはカイト達以外にも死にたがりと彼らが称する相手がいたことを意味する。そこにゴン達は反応した。

 

「おい! あんた等もしかして黒髪の女を見なかったか!?」

「……ああ、見た」

「何処で見たの! 教えて!」

 

 キルアとゴンが1人の男に詰め寄って問い詰める。

 さらにクラピカとミルキも黒髪の女性を見たと言った男を逃がさないよう取り囲んだ。

 

「わ、分かった、教えるからそんなに凄むな!」

「黒髪の女を見たのは……お、オレ達がそのキメラアントに襲われた場所でだ……」

 

 ゴン達の問い詰めに答えたのは別の男だった。

 彼はキメラアントに襲われた時のことを思い出したのか、体を震わせ顔は蒼白になっていた。

 

「オレ達があの化け物の住処を調べている時、気配が漏れたのか、匂いか何かでバレたのか……。とにかく、化け物に襲撃されちまった。何匹かは倒したが、倒した数以上に囲まれてもう終わりだと思った時にその女が現れた……」

「凄かったよ……オレ達が苦戦してようやく倒したキメラアントを、あの女はあっという間に……」

「倒し終わった後はオレ達に帰るように言ってまた別の場所へと立ち去っていったんだ……。言われた通りにすぐに逃げて来たよ。誰が好んであんな化け物の巣窟に行くかよ……」

 

 代わる代わるに説明をする彼らの話を聞き終えてゴン達はまたも確信する。

 

「アイシャだね」

「アイシャだな」

「アイシャだろう」

「アイシャ以外ないな」

「お前ら……」

 

 4人のアイシャに対する信頼はともかく、有力な情報を聞けたカイトは馬での移動を放棄することを考える。

 

「ここからあの山へ向かって行けばいいんだな?」

「ああ……オレ達は出来るだけ早く戻ってハンター協会に連絡する。

 ……死ぬなよ。もしあの女性に生きて会えたら、オレ達が感謝してたと伝えてくれ」

 

「ああ。任せておけ。あんた達はあんた達に出来ることを頼む」

「……すまない」

 

 そう言い残して5人組のチームは国境へ向けて移動を再開した。

 それを見送ってすぐにカイトは交渉役へと話しかける。

 

「通訳さん、悪いが先を急ぐ」

「はい。もう少しスピードを上げても馬は大丈夫ですよ」

「それじゃ遅すぎる」

 

 カイトは、いやゴン達全員がすでに馬から降りていた。

 

「行くぞ。ついてこれなきゃ置いていくぞ?」

「こっちの台詞だね」

「準備OK!」

「問題はないな」

「早く行くぞ」

 

 それぞれが既に準備は整っていた。目的は見つけたのだ。後は一刻も早く辿り着くのみだ。

 そうしてゴン達は交渉役も馬も置き去りにして走り出した。いや、残された彼らからすれば音すら置き去りにせんばかりの速度だったが。

 交渉役が唖然としている間に、既にゴン達の姿は地平の彼方へと消えて見えなくなっていた。

 

 

 

 

 

 

 ゴン達がNGLに入国した時間から遡ることおよそ半日。アイシャは既にNGL内に入国していた。

 道中見かけたアイシャと同じ目的のハンター達を説得し、それが叶わなければ力づくででも気絶させて無駄な犠牲を減らしつつ、アイシャは確実にキメラアントの巣へと近付いていた。

 

 そしてアイシャはあるものを見つけた。

 

「……これは」

 

 それは巨大な岸壁にたくさんの穴をくり貫いて作られた巣のような何か。

 事前に調べた情報でキメラアントの作る巣とは建築方法が違うので、キメラアントとは関係ないと判断するが、一応調べておこうとアイシャは中に入り込む。

 それに感じたのだ。そう、ここに生物がいる気配を。

 

 穴の奥へと入っていくアイシャが見たものは、NGLには不釣り合いの機械で埋め尽くされた工場だった。

 床や壁にはキメラアントが襲ってきた時に抵抗した痕がいくつもあった。血痕やちぎれた衣服、それにマシンガンや弾痕等もだ。

 これのどこが機械文明を捨てて自然と共に生きる理念なのだろうかとアイシャは呆れ返る。

 

 そう、所詮NGLの掲げる理念はお題目に過ぎない。実態は巨大な麻薬工場なのだから。もっとも、暮らしている国民でそれを知っているのは本当に極一部の裏の人間だけであり、何も知らずに麻薬の原材料を育てている国民も多く存在している。

 

 そんなNGLの実態をまざまざと見せつけられたアイシャは、この真っ黒極まりない国に溜め息を吐きながらもキメラアントを探して前へ進む。

 確かにNGLの上層部は最悪だが、普通に暮らす人々に罪はないのだ。こうしてNGLの麻薬工場がキメラアントに潰された今、新たな麻薬が作られることもないだろう。まあ、ここが唯一の麻薬工場ならばの話だが。

 

 そうして気配を辿り工場内を進んでいくと、前方から複数の気配がアイシャに向かって近付いて来た。

 その気配から人間ではない別の生物だと判断するアイシャ。恐らくキメラアントだろう。いや、同時に人間の気配もする。

 キメラアントと人間が行動を共にしている? それを怪訝に思うが、もしかしたら話が通じる相手なのかと僅かな期待も寄せるアイシャ。

 だがそのアイシャの期待は次の瞬間には砕かれることとなった。

 

「何だお前? オレの縄張りに勝手に入り込みやがって」

 

 薄暗い穴の奥から現れたのは1体のキメラアントと“2匹”の人だった。

 そう、2匹だ。彼らは人でありながら人間として扱われていなかった。

 4本足の巨大な体躯を誇るキメラアントによって裸を晒され首輪を付けられ犬の散歩をするように四つん這いで移動させられている。それは人が犬に対して行う行為だ。いや、それ以下だろう。このキメラアントにとって人間とは玩具に過ぎないのだから。

 

「……その人たちを開放してはくれませんか?」

「ん~? 何を馬鹿なことを言ってるんだ? こいつ等はオレの犬だ。それなのにどうして開放しなくちゃいけないんだ?」

 

 ――ああ、これは無理だ――

 

 アイシャはこのキメラアントを見て話し合いという平和的な解決方法を放棄した。

 分かったのだ。その目を見て、表情を見て、オーラを見て。このキメラアントが根本的に人間とは違うと。話し合いなど土台無理なのだと理解してしまったのだ。少なくともこのキメラアントに関しては間違いない判断だとアイシャは感じ取った。

 

「た、たすけ……たすけてっ」

「うるせーぞポ――」

 

 4本足のキメラアントはアイシャに対して助けを乞う自分のペットを踏み殺そうと足を振り上げた。だが、その足が振り下ろされることはなかった。

 

「――あ?」

 

 キメラアントが気付いた時には足の関節がおかしな方向へと曲がっていた。大地に向かっていた足の蹄が、何故か己の顔へと向いているのだ。

 そして、そのことに気付いた次の瞬間には世界が逆さまになっていた。

 

「がぎぃっ!?」

 

 鎖を持っていた左腕は関節ごと捩じ切れ、何時の間にか空中で逆さになっていたキメラアントはそのまま大地に叩きつけられ意識を失うことになる。

 

「な!?」

「貴様!?」

 

 4本足のキメラアントがやって来た穴の両隣にある別の穴から2体のキメラアントが現れた。元々この2体でアイシャを捕らえて新たなペットにするつもりだったのだが、アイシャに先手を取られてしまったようだ。

 仲間をやられて激昂した2体は同時にアイシャへと攻撃を仕掛けてきた。

 

「食らえ! 千手拳!」

「蚊蚊蚊! 死になさい!」

 

 百足の血でも混ざっているのか、16本の腕を持つキメラアントが全ての拳でアイシャを殴りつける。

 もう1体は蚊を元にしているのか、アイシャに向かって口元から鋭い口吻を突き出した。

 

 アイシャは体捌きにより腕の多いキメラアントの左側に移動する。これにより16本の攻撃を避けると同時に蚊のキメラアントの口吻から身を隠す。

 そして腕を振るったキメラアントの体を僅かに押して重心を崩し反転させた。空中で逆さまになったそのキメラアントを隣にいるキメラアントに勢い良くぶつけ、その勢いのまま壁へと叩き付けた。

 

「ぐぎゃ!」

「おおぅ!?」

 

 そうして僅かな時間だがキメラアントが無力化している間にペット扱いされていた2人の男性に向かって声を掛ける。

 

「今の内に逃げなさい」

「あ、ああ! ありがとうございますぅぅ!」

「ああああぁぁあ!」

 

 2人はまともな精神が残っていないのか、涙や涎など様々な体液をまき散らしながら声を荒げてその場から離れていく。

 だが、よほど過酷な環境にいたのか、体はボロボロで早く走ることが出来ないようだ。それだけではない。アイシャは2人の表情から何かしらの薬でも打たれている可能性も読み取った。これではまともに動くことなど出来ないだろう。恐らくこのままではこの2人は人間の生活圏に到達する前に力尽きるか、別のキメラアントに見つかって餌となるのがオチであった。

 

「この……糞女がぁ!」

 

 そうして逃げ惑う2人をどうしたものかとアイシャが悩んでいる内に、最初に気絶させた4本足のキメラアントが起き上がった。

 玩具や餌くらいの感覚でしかない人間にいいようにやられたことで怒り狂っている様子が見て取れる。更には壁に叩き付けた2体のキメラアントも体勢を立て直してアイシャを睨みつけている。最早一触即発だろう。

 だが、アイシャはそのキメラアントに交渉を試みた。

 

「引いてくれませんか?」

「ああ゛っ!?」

「あなた達が人間に危害を加えずに、ここでひっそりと暮らすと約束してくれれば、私はこれ以上何もしません」

 

 例え、この言葉に賛同したとしてもこのキメラアント達が生き方を改めることはないだろうとアイシャも分かっていた。

 それでも、それでも一縷の望みを懸けて交渉してみたかったのだ。

 

「巫山戯るなよ! 貴様ら人間はオレ達の欲を満たす為の道具なんだよ!! 下等動物風情が付け上がるな!! ……決めたぜ。貴様は殺さずにずっと飼い続けてやる。殺してくれって頼まれても殺してやらねぇ!! 裸にひん剥いて! 薬を打って! 自分が何だったのか分からなくなるまで飼い続けてやる!」

 

 そう、例え無駄だと分かっていても、だ……。

 

「そうですか……残念だ」

「そう! 貴様の残念な残りの人生を――」

 

 話しながらアイシャに向かって残った3本の足で駆け出そうとしたキメラアントだが、その途中で大地に倒れることとなる。無事だった左前足の関節が大地を強く踏みしめた瞬間に外れたのだ。

 それはアイシャがこのキメラアントを投げ飛ばした時に念の為に関節が外れやすくなるように仕掛けていた為だ。

 大地を強く踏み付けたら、そう、例えば敵を攻撃する為に突進でもしようものならその衝撃で簡単に関節が外れるようにしていたのだ。

 

 急にバランスを崩して大地へと転げたそのキメラアントに対してアイシャがその隙を見逃すはずもなく、その頭部にそっと手を添えて浸透掌を放った。

 浸透掌。繰り出した掌底の衝撃にオーラを乗せて体内にオーラの衝撃を叩き込むことで内部破壊をする奥義。

 掌底とともにオーラを放たなくてもオーラを内部に流し込むことは出来るが、この浸透掌は掌底の振動を強化することで少量のオーラで多大な効果を生み出しているのだ。

 その分難易度が上がるが、長期戦に置いて最小限のオーラの消耗ですませたい現状では最適の技である。

 

 4本足のキメラアントは何で転倒したのかも理解出来ないまま永遠に意識を失った。

 浸透掌を受けた脳は完全に破壊されていた。腹部に受けたら内臓がやられるのだ。頭部に受けたら脳がやられるのは当然だ。

 そして脳が破壊されて無事でいられる生物というのはまずいないだろう。まさに一撃必殺だ。それゆえに、今の今まで頭部への浸透掌は動物以外には試したことはなかったアイシャだったが……。

 

「……」

 

 初めて知恵のある生き物を殺したアイシャ。ここに来るまでに倒したキメラアントは巨大であったが全て喋ることも出来ない者達だった。こうして会話が出来る生物を殺したのはこれが初めてだったのだ。

 その衝撃は小さくなく、アイシャの精神を苛んだ。だが、その衝撃が収まるのを敵が待ってくれるはずもなかった。

 

「貴様ぁーー! よくもユンジュを!」

「もうペットなどどうでもいい! 死になさい小娘!」

 

 どうやら4本足のキメラアントはユンジュという名前のようだ。

 今さらどうでもいい情報だが、アイシャにとっては忘れがたい名前になるかもしれないだろう。

 

「死にたくなければ……仲間を殺されて怒るなら……」

 

 アイシャは激昂した2体の攻撃を柳葉揺らしによって躱す。

 アイシャを見失った2体はキョロキョロと周りを見渡すが、独特の歩法で動くアイシャの姿を捉えきることが出来ないでいた。

 そうして2体の内の1体、16本の腕を持つキメラアントの死角へと回り込んだアイシャは背部から心臓を破壊するように浸透掌を放った。

 

「……初めからこんなことをしなければ良かったのだ」

「あ、ああ……」

 

 心臓が破壊され倒れ伏した仲間を見て、今さらながらアイシャに対して怯えを感じた蚊のキメラアント。

 アイシャはここまでほぼ絶の状態で戦っていた。体から生命エネルギーであるオーラを発していないその人間を、完全に雑魚と侮っていたキメラアント達。

 だが蓋を開けてみるとそんな雑魚に2人の仲間が殺られてしまった。しかも1人は自分よりも強い師団長だ。

 

 自分よりも小さな目の前の人間が、今では巨大な何かに見えてくる。そこにあるのは圧倒的な実力差だ。

 念を覚え、最早敵などいないという万能感に浸っていた少し前の自分が愚かしいとさえ感じていた。

 

「……ふ、ふふ」

「?」

 

 恐怖に怯え震えていた残りの1体が突然笑い出したことにアイシャが怪訝に思う。

 

「仕方ないわね。私の方が弱かっただけのこと……。でも、黙って殺されるつもりもないわ!」

 

 そう言って覚悟を決めてアイシャへと襲いかかるキメラアント。

 実力差を理解して、負けると分かってなお立ち向かうその覚悟に、アイシャは敵ながら見事と内心褒め称えた。

 

「蚊っ!」

 

 口元から伸びる鋭い口吻でアイシャを貫こうとするキメラアント。

 それを躱したアイシャだが、それくらいはキメラアントも予測済みだった。

 本命である尻尾にある毒針をしならせてアイシャの死角である背中へと突き刺そうとする。

 

 だが、戦闘に置いて相手の意を読むことに掛けてアイシャの右に出るものは片手で数えられる程だろう。

 柳葉揺らしにて本命の針も躱したアイシャはキメラアントの死角に回り込む……振りをした。後ろを取られると思いすぐに振り返ったキメラアントは、その実殆ど真正面から来ていたアイシャに逆に死角を提供してしまうこととなる。

 

 そうして蚊のキメラアントの後頭部に掌底を当て、オーラを流し込んだ。

 痛みを感じる間もなく脳を破壊され死んだキメラアント。それがアイシャのせめてもの情けだった。

 

「……すまない」

 

 殺した敵に謝るアイシャ。それが自分への慰みにしかならないことも理解している。

 だが、意図的に相手を死に至らしめた経験が今回が初めてのアイシャは、そうでもしないと心が潰されてしまいそうだったのだ。

 

 

 

 数分の間、その場でじっとしていたアイシャは思い出したかのように動き出した。

 こうして何時までも後悔に苛まれているわけにはいかないのだ。事は一刻を争うのだから。

 

 死んだキメラアントを置いてその場から離れようとするアイシャ。

 だが、そのアイシャに奇襲を仕掛けた者がいた。

 

 ――死ね!――

 

 それは心臓を破壊されたはずの大量の腕を持つキメラアントだった。

 キメラアントは元が蟻故に、虫の強い生命力も併せ持っていた。心臓は確かにキメラアントにとっても明確な弱点だが、潰された瞬間に死に至ることもなかったのだ。確実に殺すには脳を破壊する必要があるだろう。

 

 そしてそれは……アイシャにも分かっていたことだった。

 

 せめて相討とうと死んだふりを、完全にアイシャの虚を突いたつもりだったキメラアント。だがアイシャは心臓を破壊したキメラアントをわざと放置していたのだ。

 これから先多くのキメラアントを倒していかねばならないのだ。敵の力を把握しておくことは重要だろう。生命力もその1つだ。心臓が破壊されてどれだけ動けるのか、それを調べる為にわざと脳ではなく心臓を破壊したのだ。

 残酷かもしれないが、やると決めた以上はそれを貫き通す意思くらいはアイシャも持っていた。

 

「ふっ」

 

 生きていると悟られていたならば奇襲は奇襲足りえない。

 噛み付き、そこから毒を流し込もうとしていたキメラアントは、アイシャではなく地面に口をつけることになる。そしてそのまま頭を踏み潰されることでその短い生涯を閉じた。

 

「……やはり生命力も人間を凌駕しているか」

 

 こうしてキメラアントとの初戦闘を終えたアイシャは、その戦闘で気付いたキメラアントのポテンシャルに眉をひそめた。

 戦闘自体はアイシャの圧勝だ。傷1つ付いていない上に、オーラも殆ど消費していないのだから。

 だがそれがキメラアントが弱いという結論には繋がらない。

 

 触れた瞬間に分かったその外皮の硬さ。それでいて人間の柔軟性を持ち合わせている。それはリュウショウがネテロの【百式観音】に耐えるために身に付けた防御法――堅による剛の防御と体の脱力による柔の防御を組み合わせたもの――と似たようなものだ。

 キメラアントは生まれつき頑健さと柔軟さを備え付けているのだ。

 

 そして今も実感したその生命力の高さだ。

 虫は頭と体が切り離されてもかなりの時間を生き延びることが出来る。

 それは単に脊椎動物とは違い頭部に脳がない為だ。だがキメラアントは人間や動物と混ざったため、虫にはない脊椎動物には必須の脳が出来てしまった。それゆえに本来の虫よりは頭部の重要度が上がり、ある意味では弱点は増えたと言えよう。

 だがそれは元々の虫と比べて、だ。人間と比較すると比べ物にならない生命力を誇っているだろう。人間が心臓を破壊されたら、例え即死でないにしてもあれだけ動くことが出来るわけがない。しかも数分も生き延びることが出来るだろうか? まず不可能だろう。

 

 何より、1番の脅威は念能力だった。

 そう、先ほどのキメラアントは念能力を身に付けていたのだ。

 まだ身に付けて間もないのか、その練度は拙いものだった。まだまだ初心者の域を出ないだろう。だが、それが逆にアイシャを戦慄させていた。

 

 ――初心者の域を出ないレベルであの戦闘力か――

 

 そう、キメラアントの戦闘力はとても覚えたての念能力者のそれとは思えない程だった。オーラ量もそうだが、オーラに関するセンスも並を凌駕する。産まれた時から人間とはポテンシャルが違うのだ。

 

 ――もしキメラアントが増え続けたら――

 

 そうなれば人類は確実に滅ぶだろうとアイシャは予測した。

 それは高確率で当たる予測だろう。数万数十万というキメラアントの全てが念能力を操って人間を駆逐していく。そんな悪夢のような光景をアイシャは思い浮かべる。

 

「……そうさせるわけにはいかないな」

 

 元々は好敵手であるネテロが武人にあるまじき死に方をするのが見過ごせなくてキメラアント退治に乗り出したアイシャ。

 だがそれとは別にキメラアントの存在を放置しておくわけにはいかないと認識を改めた。これは最早バイオハザードの一種だ、と。放置することは人類全ての害となるだろう。

 

「……早く女王を倒さなくては」

 

 アイシャは己を鼓舞するかのように決意を口に出す。

 そうして再びその場を離れようとしたのだが、初めからその決意を邪魔するかのような光景が目の前に広がった。

 

「ひ、ひぃぃ!」

「ああ、たす、たすけっ!」

 

 先ほど逃がした2人の男性がまだ入口から程遠い場所で逃げ惑っていたのだ。

 その顔は完全に正気を失っているようで、近付いて来たアイシャにも気付いていないようだった。

 まあ、アイシャはずっと絶をしているので気付かないのは仕方ないことだが。

 

「ふぅ……」

 

 アイシャは溜め息を吐いて2人の男性を気絶させた。そしてそのまま両脇に抱え、その場から高速で離れていく。

 アイシャに彼らを助ける義理も義務もない。しかも彼らは恐らくだがこの工場で働いていた者達だろう。

 それはつまり麻薬の生産をしていたということだ。アイシャはここで麻薬を作っていたことまでは知らないが、それでも何らかの悪事をしていることは分かっていた。掲げている理念に真っ向から反する機械の工場だ。悪いことを隠していたに違いないという判断は子どもですら出来るだろう。

 

 そんな悪人に該当する存在など放置してもいいのだが、あそこまでボロボロの姿を見ると哀れで見捨てるのも難しかった。

 

 ――自分を第一に考えて、それでも余裕があるなら他の人に手を差し出してあげなさい、か――

 

 思い出すのは母から教わった言葉。

 余裕があるのなら他人を助けてあげなさい。……今の自分に余裕があるのかと自分で自分を嘲笑する。だが、それでも悪い気はしなかった。

 

 

 

 

 

 

「早く逃げなさい」

「あ、ああ!」

「ありがとう! 助かったよ!」

 

 アイシャはキメラアントの巣へ近づきながらも、中々巣へと辿り着くことが出来ないでいた。巣の位置が完全に判明してないというのもあるが、それ以上に足手纏いが多いのが大きな原因だった。

 現在NGLにはアイシャ以外にも複数のハンター達が巨大昆虫の調査という名目で入国している。その内の数組が既にキメラアントの巣に近付いているのだ。

 

 彼らは別にアイシャの仲間というわけではないのだが、それでも見殺しにするのは忍びなく、周囲を探知し発見次第助けに入っているのだ。

 恐らく、アイシャが見つける前に幾つかの組のハンター達はキメラアントによって帰らぬ人になっているだろうが……。アイシャも万能ではない、出来ないこと等幾らでもあるのだ。

 とにかく、アイシャには彼らを簡単に見捨てることは出来なかった。人道的にも、戦術的にもだ。念能力者がキメラアントに捕らえられるということは、キメラアントの戦力増強に繋がるのだ。わざわざ敵を強くしてやる必要もないだろう。

 短期間でアイシャがキメラアントの女王を狩れるなら彼らを見捨ててでもキメラアントの巣へと向かった方が戦略的には正しいのかも知れないが、アイシャですら確実に短期間でキメラアントの巣へと到達出来るかは分からないのだ。時間を掛けて殲滅した方が戦略的に正しかった場合、彼らを見捨てるのは悪手へと繋がってしまうだろう。

 

 そうしてまたひと組のハンター達がキメラアントに襲われていたのでそれを助けに来たアイシャ。彼らが逃げる時間を稼ぐ為に、ここら一帯のキメラアントの殲滅にかかった。

 

 アイシャはその身にオーラを全く纏うことなく行動する。それは完全なる絶だった。

 周囲には多種多様な形状のキメラアントがアイシャを囲んでいる。何故そのように敵に囲まれた状況で絶という無防備な姿を晒しているのか。

 それは全てオーラの節約の為だった。アイシャは1人でキメラアントの全てを壊滅させる気だった。

 

 その為にはオーラを温存して長期戦に備えなければならない。だが、戦闘中では纏をしているだけでもオーラが消耗していく。

 個人差はあれど、オーラ技術に置いて右に並ぶ者が少ないアイシャでさえ、臨戦態勢中の纏のオーラ消耗を零に抑えることは出来ない。それが堅の維持になれば纏などよりも遥かにオーラを消耗する。

 だが絶状態ならばそれも最小限に抑えられる。いや、ある程度は回復すらするだろう。精神によっぽどの負荷が掛かるなど、状況によっては絶状態でも減るかもしれないが。

 

 とにかくアイシャは常時絶で行動していた。

 そんなアイシャを見て兵隊蟻や戦闘蟻は驚異に感じなかった。

 当然だ。生命エネルギーとも言うべきオーラを全く発していないのだ。既に念能力者である兵隊長からすれば拍子抜けの相手だ。

 

「何だ何だ。ただの雑魚か」

 

 それがそのキメラアントが発した最後の言葉となった。

 一瞬で間合いを詰めたアイシャがその首を捻り取り思考する能力を奪ったからだ。

 人語を介する生物を殺した気色の悪い感覚がアイシャを襲う。だが、それを精神で無理矢理押さえ込んだ。

 

 キメラアントが完全に相容れない存在だと割り切ったのだ。彼らは生きる為にではなく、快楽の為でもなく、本能で人を殺し喰らうのだ。

 最初に出会ったキメラアントのように中には本能を越えて快楽の為に殺す者もいるが、それは人の遺伝子を取り込んだ結果によるものだ。蟻そのものの本能が消えたわけではない。蟻としての性質が無くならない限り、女王に命令されればどんな相手も殺しにかかるだろう。

 女王が死ねばまだこちらの話を聞くキメラアントも出てくるかもしれないが……。それは希望的観測に過ぎないだろう。

 

 人間でも異質の集団、幻影旅団とも違う分かり合えない存在キメラアント。まだ人間の法で裁ける幻影旅団の方がアイシャには可愛いものだった。

 

 だがキメラアントは違う。言葉は通じても完全に別種の生物。蟻の本能と人間の持つ凶悪さが混ざり合って出来た恐るべき生物なのだ。

 人の法も彼らには適用出来ず、例え出来たとしてもどれだけいるか分からないキメラアントを全て無力化して捕らえるなどクラピカの力を借りても不可能だろう。

 故にアイシャに出来るキメラアント事件の解決方法は、駆除という方法しか残されていなかった。

 

 そうと決意したらアイシャの行動は早かった。

 キメラアントを発見したら急所を壊しに掛かる。首を捩じ切り脳を破壊し心の臓を破裂させる。例え虫の生命力で生き延びても動けなければ意味がない。

 中には最後の力で攻撃をしてくる者もいたが、そのような攻撃を察知出来ないアイシャではなかった。

 今のアイシャは今まで以上に敏感になっていた。常時絶でいることで神経が研ぎ澄まされ、探知能力に磨きが掛かっているのだ。

 そして完全に敵を倒すことに集中しているアイシャは、その精神をリュウショウの域にまで近づけていた。

 

 攻撃の瞬間だけオーラを集中する超高速の攻防力移動や内部破壊の浸透掌を使いこなし、必要最小限のオーラの消費でキメラアントの群れを殲滅していく。

 

 それはキメラアントからすれば悪夢のような光景だった。

 餌であるはずの人間が。レアモノですらないただの人間が。たった1人で何の武器も用いずに無数の同胞をなぎ払っているのだから。

 

「な、何なんだお前はーー!?」

 

 ワニを彷彿させるキメラアントが己の最大の武器である大きな口でアイシャを噛み殺そうとする。その巨大な口にはワニらしく鋭い歯が付いていた。この鋭い歯にワニの咬筋力とオーラによる強化が加われば、大抵の物が噛みちぎられるだろう。

 当たれば、の話だったが。

 

 アイシャに組みかかって噛み付いたつもりのキメラアント。だが彼がそうではないと気付いたのは左腕に走る激痛からだった。

 左腕の関節を逆に取りながら一本背負いのようにワニ型キメラアントを投げ飛ばすアイシャ。肘の関節を砕き、逆さになったワニ型キメラアントの後頭部を蹴りつける。インパクトの瞬間のみにオーラを集中させたその一撃は容易くワニ型キメラアントの頭部を粉砕した。

 既に数十体いたキメラアントは最後の1体を倒したことで壊滅していた。先ほどのワニ型が最後だったのだ。

 

 ――周囲に気配はないな――

 

 アイシャは周囲の気配を探り、特に敵意のある生物がいないことを確認して更に奥へと進む。

 そして感じた強大な何か。気配を感じられる距離ではないのに感じ取ることが出来るその力の大きさ。しかもそれが3つも。

 ……ゴン達を置いてきたのは正解だった。そう確信するアイシャだった。

 








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