どうしてこうなった?   作:とんぱ

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外伝4

 忍。それはヨルビアン大陸の北の海にある小さな島国、ジャポンに存在する特殊な集団のことである。

 彼らは忍法と呼ばれる特殊技術を習得しており、その技術を培って世界中で暗躍している。

 その仕事は多岐に渡る。一般人が見つけることが難しい物の探索。様々な情報を収集しそれを売りさばく。そして高い身体能力と技術を用いた……暗殺。

 

 栄華を誇る者がいれば、その裏には辛酸を舐める者もいる。成功者がいればその裏では多くの者がその成功を妬んでいるのが世の常だ。

 そしてそうした妬みが、いずれ殺意に変わることは珍しいことではなかった。そういった者達が思いつくことの1つが暗殺者への依頼である。

 誰しも自分の手を進んで汚したくはないものだ。社会的立場を持つ者なら尚更だ。そうして有名な暗殺者や殺し屋、そして忍が雇われるわけだ。

 需要がある限り供給はなくならないものである。例えそれが人殺しだろうとだ。

 

 

 

 リィーナ=ロックベルトはこの世で最も成功した人間の1人と言えた。

 ロックベルト財閥という世界でも有数の財閥の1人娘として生まれ、その才覚で女性でありながら財閥を牽引し更なる発展を促した。

 それでありながら世界二大武術と言われる風間流合気柔術を学び、達人と呼べる腕前に至ってるばかりかその本部長となって全世界10万を超える門下生のトップに立っている。

 その上で既に老齢であるというのに20代の若さとモデル顔負けの美貌とスタイルを有している。

 

 そんなある意味完璧超人と言っても過言ではない存在を前にすると、大半の人間は憧れか嫉妬のどちらかを覚えるだろう。

 だからだろう。そんなリィーナに対して忍の魔の手が伸びたとしても、それは不思議なことではなかった。

 

 忍を育成する雲隠れの里――ジャポンにある忍の里の1つ――にある1人の忍がいた。彼は若手では最も優れていると称えられており、その実力は確かなものだった。

 忍にはその実力に応じて下忍・中忍・上忍とランクが上がっていくが、当然その忍は上忍だった。

 しかも10代に差し掛かったばかりの時に上忍へと至っている。それはその忍の里でも異例と言える速さであった。

 

 任務達成率も100%を誇り、若手ならば誰もが憧れ目指すべき存在であり、里の上層部からしても今後の里を担う期待の忍だった。

 そんな彼だからこそ、リィーナ=ロックベルトの暗殺依頼が舞い込んだのだろう。

 

 実はリィーナに対する暗殺依頼は多くの暗殺者や殺し屋が承っていた。だが未だリィーナが健在であるということからその結果が知れるというものだろう。

 そう、リィーナは全ての暗殺者を自身で返り討ちにしてきたのだ。

 そうした暗殺者の大半は未だに牢屋の中だ。だが何人かは消息が不明になっている者もいる。恐らくは内密に消されたのだろうと裏社会では実しやかに噂されていた。

 

 忍の里にもリィーナを殺してほしいという依頼は今までにも来ていたのだが、これまでは全て断ってきた。

 理由は2つ。依頼の難易度が高すぎることと、そのリスクが高すぎることだった。

 

 難易度については言うまでもない。風間流の強さは雲隠れの里でも周知の事実だ。

 元々風間流はジャポン発祥の武術であり、元祖風間流とも言うべき道場ももちろんジャポンにある。

 単に世界的に有名なのがリュウショウ=カザマが広めた風間流なだけなのだ。

 つまり基本的にジャポンで仕事をしている忍ならば風間流の強さは良く知っているわけだ。

 

 そしてリスクの問題だ。リィーナ=ロックベルトを狙った場合のリスクは果てしなく高い。

 この世で最も成功した人間と呼ばれているのは伊達ではない。彼女の持つ力は下手な国よりも高いものがあった。

 それは単純に強さというだけでなく、経済力・政治力・権力者とのコネクションなど多岐に渡る。

 これらの力をフルに使えばジャポンという小さな島国の裏家業集団など容易く蹴散らされるのでは? という不安が里の上層部にはあったのだ。

 

 だが、それらの不安もメリットとデメリットを考えた結果、最終的に里の最も優秀な忍に仕事を任せるという結果に至ってしまった。

 里への有力なスポンサーから猛烈な暗殺依頼のプッシュがあったことと、その破格の依頼金額。そして優秀すぎる忍という3つの要素が依頼を受けた要因となった。

 

 万が一任務が失敗したとしても里の情報が漏れるような物的証拠を持つことはない。

 優秀な忍であるその男は拷問に対する厳しい鍛錬も積んでいる。口を割るわけがない。そもそも捕らえられたら自害をするように言い渡されている。

 ならば失敗しても里にデメリットはない。強いて言うならば優秀な忍が1人減ってしまうことだが、優秀と言えど忍とは使い捨ての道具という認識があった。ならば問題はなかった。

 そうして、雲隠れによるリィーナ=ロックベルトの暗殺は決行された。

 

 

 

 誰もが寝静まるような丑三つ時。それは厳しい修行をしている風間流と言えども変わりはしない。

 いや、厳しい修行をしているからこそ夜はしっかりと休養を取るものなのだろう。風間流道場では昼間の騒がしさは微塵もなく静まり返っていた。

 そんな虫の鳴き声だけが響き目立つ道場の屋根の上を1人の男が気配を消して動いていた。

 僅かな足音も出さずに移動するそれは完全に裏の住人を思わせるそれだ。消し去った気配は例え姿を間近で見られてもそこに人がいることを認識させない程のものだった。

 これらの動きだけでこの忍が一流だと誰が見ても理解出来るだろう。見ることが出来る者も一流と言えるだろうが。

 

 忍は前もって調べていた情報に従って迷うことなく屋根を移動し奥へと進む。目指すはもちろん目標がいると思わしき寝室だ。

 だが、なぜわざわざリィーナが本部道場にいる時を狙ってきたのだろうか?

 ここには多くの達人やそれを目指す武術家がいる。道場に通っている者ももちろん多いが、寝食を道場にて行っている者もまた数多い。

 周囲に第三者が多い状況では邪魔が入り暗殺を妨げる可能性が高くなるだろう。

 リィーナ=ロックベルトが外出している時や、道場以外で寝泊りしている時を狙った方が良いのでは、と誰もが思うかもしれない。

 

 だが、忍はそうは考えなかった。

 目標は超一流の達人だ。その上今までにも幾度も命を狙われている。ならば危険が大きいと思われる場所では確実に警戒心が高まるはずだ。

 そう、暗殺しやすい状況というのは暗殺者だけでなく暗殺をされる側も理解出来るのだ。それが武の達人ならば尚更だ。

 これまでに暗殺される状況に陥ったのも道場外が全てだろう。

 

 そう予測した忍は、だからこそ最も暗殺をしにくい場所である本部道場内での暗殺を選んだ。

 昼間は厳しい修行を自己にも課して疲れ果て眠りが強くなっているはず。そして周囲には信頼置ける門下生達が寝泊りし、本人も安心して眠りにつけるだろう。

 厳しい条件を潜り抜ければ、そこは最も暗殺をしやすい状況が待っているのだ。

 忍は闇夜に溶け込みながら任務を遂行させる為に屋根を進む。……そこに若干の期待を寄せながら。

 

 

 

 ◆

 

 

 

 誰もが寝静まった夜遅くに、ふとある男が突如として目を覚ました。

 男の名前はサイゾー=キリガクレ。風間流本部道場の門下生の1人である。

 彼は基本的に本部道場にある一室にて寝泊りをしている。風間流では優秀な門下生にはただで三食食事付きの宿泊を無料で提供しているのだ。

 もちろんその審査にはそれなりの水準が求められているが。ここでの水準とは当然強さである。つまりそれが認められるくらいにはサイゾーは優秀であった。

 

 サイゾーが目を覚ましたのも当然風間流にある自室だ。だが何故こんな夜更けに目を覚ましたというのだろうか。

 

「……こらまた面倒事やなぁ」

 

 サイゾーはこんな夜更けに気配を消して動く何かを察知したのだ。

 しかもその存在は屋根の上を移動している。気配を消して屋根の上を移動する存在。怪しいことこの上ない。間違いなく面倒事だろう。

 しかし気付いたからには捨て置くわけには行かなかった。溜め息を吐きつつ、サイゾーは素早く準備を整えて音もなく部屋から移動した。

 

 

 

 気配も物音も消して屋根の上を行く侵入者は、同じく気配も物音もなく唐突に現れたサイゾーを見てその動きを止める。

 

「よう。こないなええ夜にどないしたんや?」

 

 まるで知り合いのような気軽さで話掛けてくるサイゾーに侵入者は僅かな驚愕を見せる。

 だが次の瞬間にはすぐに冷静さを取り戻し、懐からクナイ――忍が使用するナイフのような物――を取り出し構えた。

 

「おいおいええんか? こないな場所で騒ぎ起こしたら面倒なんはそっちやで?」

「……」

 

 侵入者はサイゾーの言葉に答えない。だが、その動きを止めて攻撃を仕掛けないことから理解はしているようだ。

 ここは武の聖地風間流本部道場だ。その屋根上で戦いなどしようものならどれほど静かに終わらせようとも気付かれないわけがない。

 

「分かっとるようやな。ワイも目立ちたくない。お互いここはなかったことにして帰らへん?」

「……ふざけるなよ」

 

 サイゾーの申し出に侵入者は怒りを顕わにしていた。

 心を殺して冷静に仕事をこなす忍としては失格と言える感情の動きだろう。

 だが、この忍にはサイゾーの適当な言葉がどうしても許せなかったのだ。

 

「はあ、やっぱり無理か。しゃーない、こっちや」

 

 そう言ってサイゾーは素早く移動する。そして侵入者もサイゾーの後を追い、道場から姿を消した。

 

 

 

 サイゾー達は本部道場から遠く離れた人気のない場所までやってきた。

 ここなら多少暴れた所で誰かが駆けつけることもないだろう。

 

「ここならええやろ。もうその頭巾外してもええんやないか? なあ?」

 

 どこか親しげに話掛けるサイゾーに若干のいらつきを見せるように忍は黒頭巾をかなぐり捨てる。

 そこから現れた顔はかつてゴン達と同時期にプロハンター試験を受け、時には苦楽を共にし試験を潜り抜けた男、ハンゾーであった。

 

「……久しぶりだなサイゾーさんよ」

「おお、久しぶりやなハンゾー。元気しとったか?」

 

 ハンゾーがサイゾーを睨みつける中、サイゾーは旧来の友に再会したように気安く語る。

 確かに2人は知らぬ仲ではない。だが今は気安く話すことが出来る関係ではなかった。

 だと言うのに普段と変わらないような態度のサイゾーがハンゾーの神経に障った。

 

「吞気なもんだな……抜け忍のくせによ!」

 

 抜け忍。文字通り忍を抜けた者に付けられる総称だ。

 そう、サイゾーはかつて忍の一員であり、そしてハンゾーと同じ里の出身であった。

 忍は里の為に全てを捨てて尽くす存在だ。だが抜け忍は里から逃げ出した裏切り者である。

 それは忍にとって最も愚かで度し難く最悪の罪となる。里の道具でありながら里を裏切り、下手すれば里にとって不利益な情報を拡散し里へ災いをもたらす存在。

 それが忍の抜け忍に対する評価である。そして抜け忍は見つけ次第殺すように忍は教育されている。

 サイゾーとハンゾーが出会った今、ここで殺し合いが起こるのは最早必然だった。

 

「風間流に行けばあんたに会えると思っていたぜ」

「おお、どんぴしゃやん。大当たり~! 賞品は何がええ?」

 

 あくまでもふざけるような話し方をするサイゾーにハンゾーはその苛立ちを疑問に変えてぶつけた。

 

「どうしてだ。どうして里を裏切った!? 任務を放棄して逃げたのは何故だ! 答えろサイゾー!」

 

 ハンゾーにとってサイゾーは憧れの存在だった。

 自分よりも年上で頼れる兄貴分。そして忍にとって必要な全てを誰よりも高く身に付けていた男。

 サイゾーが目標だった。彼を目指して厳しい修行をこなした。若くして上忍になれたのはサイゾーのおかげと言っても過言ではなかった。

 だが、そんなサイゾーは忍にとって最も許しがたい大罪、抜け忍となってしまった。

 

 抜け忍と里に判断されたサイゾーはすぐに里から処分が下された。

 それを認めることはハンゾーにとって容易ではなかった。だが里の決定は絶対だ。

 ならばどうすればいい? 悩んだハンゾーはいつの日か答えに行きついた。

 殺すならば己の手で下す。憧れの存在だからこそ、他の誰でもない自分が殺す。それがハンゾーの答えだった。

 

「それを言うたところでワイを殺すのを止めるわけやないやろ?」

「……そうだな。ああ、そうだよ。ただ……最高の忍と言われたあんたが抜け忍になった理由を知りたかっただけさ」

 

 ただ、自分の憧れが突如としていなくなってしまった当時の憤りを再会した今ぶつけたかっただけ。

 そして感情は言葉にしてぶつけた。後は行動で示すだけだった。

 

 

 

 忍と抜け忍の戦闘は前触れなく始まった。

 互いに懐から取り出した手裏剣を投げる。一度の投擲で十を超える手裏剣が放たれる。

 幾つかの手裏剣はぶつかり合い弾かれ大地に落ち、残った幾つかもそれぞれ何時の間にか構えていたクナイにて弾いていた。

 

 そしてまたも同時に2人は動き出す。

 ハンゾーはクナイを躊躇なくサイゾーの急所へと振るう。

 眼・喉・頚椎・鳩尾・心臓・肝臓・腎臓。他にも刺されれば命の危険を及ぼす急所や動きに弊害が起こる箇所を幾度も狙って攻撃をする。

 だが、急所を幾度もクナイで攻撃するということは、肝心の急所に一度たりとも命中してはいないということである。

 ハンゾーが振るう鋭く無駄のないクナイによる攻撃を、サイゾーは同じくクナイにて弾いたり躱すことでその全てを防いでいたのだ。

 

 サイゾーも攻撃されてばかりではない。ハンゾーのクナイを弾いた後に素早く反撃に移る。

 攻守は一転したかのようにサイゾーが苛烈な攻撃を繰り出す。

 ハンゾーのように急所は狙ってはいない。だがそれはハンゾーを想っての手加減ではない。

 急所狙いは効果的だが互いに暗殺者としての訓練を受けた者同士が急所を狙ってもその狙いが読まれてしまうことが多い。

 互いに狙いが同じならば攻撃の軌道を読むこともまた容易いのだ。

 だからサイゾーは急所は狙わずに攻撃を当てることを念頭に置き手数を増やしてクナイを繰り出した。

 鋭く尖ったクナイだ。例え急所でなくても人体に当たれば当然肉は裂け血が噴き出す。

 そうなれば徐々に体力は奪われ動きの精彩も欠くことになるだろう。それがサイゾーの狙いだった。

 

「くっ!」

 

 ハンゾーの二の腕と頬に僅かな切り傷が出来、そこからうっすらと血が流れ出す。

 かすり傷に等しいが、傷は傷だ。先に傷つけられたことがハンゾーにとって敵が未だ超えられない壁であるという錯覚を抱かせる。

 その錯覚を振り払うようにハンゾーはクナイを振るい、そしてそれをサイゾーが防いだ時に出来た僅かな隙を狙ってその場から離れようとする。

 だがサイゾーはそれを許そうとはしない。距離を取られる前にさらに距離を詰めようとし、それを嫌がったハンゾーはサイゾーへと鋭い蹴りを放つ。

 

 地から天へと伸びるようなその一撃は、しかしサイゾーに命中することはなかった。

 だが、確かにハンゾーの蹴りを避けたはずのサイゾーのその衣服が縦に裂かれていた。

 そしてそこから僅かに血が滲み出す。そう、ハンゾーの攻撃は完全に避けられてはいなかったのだ。

 

「……やるやん」

「へっ」

 

 サイゾーは自身を傷つけた攻撃の秘密を見抜いた。

 それはハンゾーの足の指に挟まっている手裏剣だ。ハンゾーは先程投擲し地に落ちた手裏剣を足の指で挟むことで蹴りの間合いを僅かに伸ばしていたのだ。

 

 静けさが広がる真夜中だというのに2人の戦いの音はくないが衝突する時の金属音しかなく、月明かりのない夜だと言うのに互いにその動きを見切り行動している。

 それら全ては2人が忍として高い実力を有していることを示していた。それを確認し終わったかのように、サイゾーは口を開く。

 

「成長したなぁ。あん時のガキが」

 

 自分に憧れていた少年は今では一流の忍になっていた。

 

「あんたを超える為さ。もうオレはガキじゃない。雲隠れの上忍なんだよ」

 

 そして掟を守る為に、自分を超える為に今こうして立ちはだかっている。

 それがサイゾーはどこか楽しかった。

 

「言うやないか。そんなら、これくらいは出来るよな?」

 

 ハンゾーの忍としての強さはサイゾーの想像以上だった。

 ならば次に確認するべきはある力だ。それがなければどれだけ強かろうと、どれだけ忍として完成してようと、この世界の強者足り得ない。

 

 サイゾーの身に靄のような何かが纏わりついていく。

 それは見る者を圧倒させるような力強さを持って膨れ上がっていった。

 

「当然だろ!」

 

 ハンゾーもまたサイゾーと同じように全身に靄が立ち上がりたちまち膨れ上がっていく。

 これが生物が持つ命の力、オーラ。そしてそれを自在に操る能力こそ念能力である。

 念能力を操る念能力者と非念能力者の間にある壁は果てしなく高く分厚い。

 例え技術で勝り体格で勝り身体能力で勝ろうとも、非念能力者では念能力者にはまず勝てない――一部例外はいるが――だろう。

 

 忍と忍の戦いは終わった。ここからは忍の技術を持った念能力者同士の戦いとなるのだ。

 今までと違い、互いの手札が分からない未知の能力者同士の戦いだ。両者の間に流れる緊迫感はより一層激しく高まっていく。

 

 ハンゾーが懐から再び複数の手裏剣を取り出しサイゾーへと投擲する。

 まるで戦闘開始の焼きまわしのようだがその手裏剣には戦闘開始とは違いオーラが籠められていた。

 

 サイゾーはクナイにオーラを籠めてその全てを切り落とす。

 弾いた、のではない。切り落としたのだ。放たれた手裏剣の全てはクナイによって真っ二つに切り裂かれていた。

 同じ材質のクナイと手裏剣をぶつけ合わせても互いにその身が欠けることはあれどどちらかが切り裂かれることなど起こりえない。

 それを可能とした力が念能力である。と言ってもサイゾーは特別な能力を使用したわけではない。

 単にハンゾーが放った手裏剣を強化するために使用したオーラよりもサイゾーがクナイを強化するために使用したオーラの方が多かっただけの話だ。

 

「ちぃっ!」

 

 それを見てハンゾーはサイゾーの念能力者としての基礎能力が自身を超えていると瞬時に判断した。

 それは単純にクナイに籠められたオーラ量の差から判断したのではない。

 クナイにオーラを籠める速度、オーラの攻防力移動の速度が明らかに自身よりも上なのだ。

 攻防力移動は念能力者同士の戦闘において非常に重要な要素だ。これが速くスムーズに出来る者ほど戦闘は有利になるだろう。

 

 たった一合のぶつかり合いでハンゾーは己の不利を悟る。流石は里の天才と言われただけはある、と。

 ハンゾーも念能力を覚えて既に5年という月日が経っているが、それでもこれほどの差がある。恐らく自分よりももっと早くに念に目覚めていたのだろうと推測する。

 だが、忍にとって武器とはその全てだ。肉体も、知識も、言葉も、仕草も、道具も、念能力も、等しく武器なのだ。

 念能力という武器の精度が相手に劣っていようが関係ない。劣る武器でもようは使い方次第なのだ。

 

 ハンゾーは再びオーラを籠めた手裏剣を投擲する。

 今度は4枚の手裏剣を投擲した。先程よりは大分数が少ない。その分1つ1つに籠められたオーラ量は上だ。

 その上4枚の手裏剣は一目見ても3枚しか見えなかった。1つだけ投げた手裏剣の陰、対象の死角になるように黒塗りの手裏剣を投げているのだ。影手裏剣の術である。

 しかも黒塗りの手裏剣は隠によってオーラを視認しにくくしていた。これにより余計にオーラが目立つ表の手裏剣が注目され、裏の手裏剣への注意が減るだろう。

 忍の技術と念能力の技術を駆使した難度の高い術と言えよう。

 

 だがサイゾーは凝にて影手裏剣の存在を見抜いていた。

 元々影手裏剣の術には注意していたのだ。手裏剣による攻撃の全てに影手裏剣を警戒していれば見抜くことはサイゾーには造作もなかった。

 サイゾーは先程と同じように1つ、2つ、3つと高速で迫り来る手裏剣を瞬時に切り落とす。そして最後に隠された影手裏剣を切り落とそうとし――

 

「っ!?」

 

 だが、影手裏剣が切り落とされることはなかった。なんと軌道を変えてサイゾーのクナイを避けたのである。

 ハンゾーが影手裏剣を操作しその軌道をずらしたのだ。オーラの籠められた物体は操作系の発で操作し動かすことが出来る。これはその応用だ。

 別段難しい発ではなく、操作系やそれに近しい系統の能力者なら訓練次第で容易にこなすことが出来るだろう。

 いや、操作系と真逆の変化系能力者にも可能なレベルだ。もちろん熟練者という前書きは必要だが。

 

 そうして軌道を変化させた影手裏剣は再びサイゾー目掛けて飛来する。

 そしてサイゾーの胸元に命中する瞬前に、サイゾーが口から放った含み針に当たり軌道が逸れて大地に落ちた。

 

「あっぶな!」

 

 ふぅ、と嘆息しているサイゾーに緊張感はなさそうだったが、これには内心肝を冷やしていた。

 これはハンゾーの念能力者としてのレベルが高いというよりその使い方が巧みであったと言える。

 影手裏剣と隠。2つの技術により存在を隠匿していた手裏剣だ。それらを見抜けば問題はないと考えても可笑しくはない。

 その心理的な隙を突いて僅かな操作で大きな効果を得ようとしたのだ。

 

「こらうかうかしとったら負けてまうかもしれんなー」

「そうやって死の間際まで余裕ぶっこいてりゃいいぜ!」

 

 余裕そうに見えるサイゾーに怒気をぶつけるが、その実ハンゾーは冷静であった。

 忍として常に冷静であるように精神修行も積んでいるし、そもそも激高したところで勝ちの目がなくなるだけなのだ。

 どんな時でも冷静に、それでいて果敢に責め続けて相手を封殺する。それがハンゾーの戦術であった。

 もちろん今のサイゾーを相手に封殺する程の手札を有しているからこその戦術だ。その手札となるある物を、ハンゾーは取り出した。

 いや、正確には取り出したのではない。具現化したのだ。

 

 突如としてハンゾーの手に現れたのは1つの巻物だ。サイゾーはそれを見て警戒心を強める。

 具現化した物体だというのはその現れ方から一目見て理解出来る。問題なのはあの巻物にどのような能力があるかだ。

 具現化した物体に何らかの能力を付与するのは具現化系能力者として当たり前のことだからだ。

 そしてその能力の詳細は千差万別という一言に尽きる。どの系統にも属さないような能力を付与することも可能で、最も特質系に近い能力者が具現化系能力者なのだ。

 戦闘力としてのバランスは強化系やその両隣の変化・放出系能力者に劣るが、何が出てくるか分からない恐怖という物が具現化系にはあった。

 能力によっては圧倒的格上相手にも勝ちの目が拾える系統の能力だろう。

 

 サイゾーの警戒を他所にハンゾーは一気に攻め立てる。

 巻物を開き、それと同時に指を噛み傷を作る。そして血が流れる指を開いた巻物に押し付けた。

 

 サイゾーはこの一連の行動が何らかの能力を発動する条件だろうと当たりをつける。

 様子見をしていては押し切られる可能性もあるが、詳細不明の能力相手に下手を打てば勝敗は一気に相手に傾くだろう。

 接近戦は対応が出来ない可能性があるので危険。まずは遠距離戦で能力を見極める。そう判断してサイゾーは手持ちの手裏剣を投擲する。

 

 対してハンゾーも懐から取り出した手裏剣を投擲する。能力を発動しないのかと怪訝に思うサイゾーだったが、次の瞬間にそれは驚愕に変わった。

 

「【手裏剣分身の術(しゅりけんぶんしんのじゅつ)】!」

「なあっ!?」

 

 ハンゾーが投げた手裏剣はたった1枚だ。それがハンゾーが両手で何らかの印を構えた瞬間にその数が一瞬で100を超える数に増えたのだ。

 しかもそれだけではない。増えた手裏剣にはそれぞれ実体があった。サイゾーが投げた複数の手裏剣が全て撃ち落とされたのがその証拠だろう。

 サイゾーは素早い動きでその場から離れて手裏剣から身を守る。流石のサイゾーでもあれだけの数と勢いで飛んでくる手裏剣の全てをクナイ1つで弾くのは困難だ。

 

 ハンゾーはあれだけの手裏剣を咄嗟に避けたことを内心流石と褒め称えるが、それは予測済みの結果でもあった。

 サイゾーが移動するだろう場所を先読みし、そこに更なる追撃を加える。

 またもハンゾーは指から流れる血を巻物に押し付ける。そして叫ぶ。

 

「【火遁の術(かとんのじゅつ)】!」

 

 ハンゾーの手から放出された大きな球状のオーラがその身を炎へと変えてサイゾーへと襲い掛かる。

 それに対してサイゾーもオーラを放出し相殺を試みる。だが、サイゾーが放ったオーラ弾はハンゾーの【火遁の術(かとんのじゅつ)】に押し負け、オーラの火球は勢いを殺さずにサイゾーへと襲い来る。 

 しかしそれはサイゾーの想定内の出来事ではあった。いや、ある意味想定外な事実が確認出来たのでサイゾーにとっては良くないと言えたが。

 

 とにかくオーラ弾が押し負けるのは想定内だ。ならば迫り来る火球を避けることも出来る。

 だが、このままではジリ貧になる可能性もサイゾーの頭によぎった。

 

 ――なんやねんあいつ……具現化系なのは確実やろうけど、変化系も放出系も具現化系のレベルやないで――

 

 サイゾーはこれまでの戦闘結果でハンゾーの得意系統が具現化系だと予測していた。

 まず最初に手裏剣を操作した時のことだが、操作系にしてはその操作がお粗末と言えた。操作系が得意系統ならばより巧みに手裏剣を操作してサイゾーを追い詰めていただろう。

 もちろんわざと操作精度を落とし得意系統が操作系ではないと誤認させるという考えも出来るが、サイゾーに手傷を負わせる可能性を捨ててまですることとは思えない。

 次に巻物を具現化したこと。これがある意味決定打だ。具現化系以外でも物体の具現化をする能力者はもちろんいる。だがここまでの戦闘でのハンゾーのオーラが彼を具現化系だとサイゾーに教えていた。

 

 風間流では系統毎のオーラの働きを理解するように念能力者を指導している。

 強化系が肉体を強化した時と、変化系が肉体を強化した時ではその強化量にはもちろん違いがある。

 見た目では同じ顕在オーラでも、実際は最大100%強化出来る強化系と最大80%強化出来る変化系では大きな差があるだろう。

 それを見極めるには何度も実際に系統毎の能力者と一緒に鍛錬をするしかない。もちろん実戦で学ぶことも出来なくはないが。

 

 そうして鍛えてきたサイゾーにはハンゾーの得意系統が具現化系であると察知出来たのだ。

 手裏剣に籠められたオーラ。それが投擲されハンゾーから離れると手裏剣に籠められたオーラは目に見て衰えていた。

 そして実際に切り裂くことで籠められたオーラの力を実感する。その上で操作の拙さと具現化された巻物。

 それら全てを総合するとハンゾーは具現化系能力者だと理解出来るわけだ。

 

 だからこそ、先程の手裏剣の具現化とオーラの火球は納得が出来ないのだ。

 いや、手裏剣の具現化はまだいい。ハンゾーが具現化系能力者ならば納得のいく能力だ。

 しかし火球に関しては話が別だ。具現化系能力者では変化系は80%の威力が限界。その上火球は放出されている。具現化系能力者の放出系能力は40%が限界だ。

 こんな制限された能力であれだけの威力が出るわけがないのだ。

 

 ――そんなバケモンはアイシャちゃんだけで十分やっちゅうねん――

 

 自らの知る最大の戦闘力を有する存在を思い出す。あれこそ理不尽の権化と言えよう。勝ち目を考えるのが馬鹿らしくなる戦力差だ。

 

 ――ま、それでもいつかは、な。っと、今はそんなことより――

 

 またも巻物に血を押し付けるハンゾーを見て、サイゾーは意識を戦闘に集中させる。

 

「【白光の術(びゃっこうのじゅつ)】!」

 

 またも新たな能力のようだ。これで4つ目の能力である。

 1人の念能力者が持つには多過ぎるとは言えないが、得意系統が違う能力ならば話は別だ。

 既にサイゾーの中ではハンゾーの能力の秘密は大体予測がついていた。たった今発動したばかりの能力をやり過ごして――

 

「がぁっ!?」

 

 だがサイゾーのその考えはいささか都合の良い物だったようだ。

 ハンゾーの放った新たな能力は知っていればともかく、初見では対応が困難な能力だったのだ。

 

 ハンゾーが放ったのは1つの小さなオーラ弾だ。

 そのオーラ弾はサイゾーに向かって来るが、サイゾーならば余裕を持って避けられる程度の速度だった。

 だがそのオーラ弾は直接当てる必要がない能力を有していた。オーラ弾は突如として夜闇を切り裂き真昼にするかのような強烈な光を発したのだ。

 閃光弾とも言うべき能力に、サイゾーの視界は完全に潰されてしまう。流石のサイゾーも光の速度に反応する程の反射神経はなかった。

 

 サイゾーはあまりの光量に瞳を焼かれてしまう。どう足掻いてもしばらくは視力が戻らないだろう。

 それでも身体を屈めずに臨戦体勢を保っていたのは修行の賜物と言えよう。普通ならば強烈な光に晒され反射的に身を屈めてしまうものだ。

 

 だが視界が潰されたというのは非常に大きなハンデとなる。

 人間が視界から得る外部情報量は80%を占めていると言われている。残りの感覚では20%程度しか外部の情報を得ることが出来ないということだ。

 もちろん修行次第でそれも変わり、サイゾーも音や匂いから感じ取る情報量は一般人の比ではない。だがそれでも視覚という物は他の何よりも大きな情報源なのだ。

 

 視界が潰されたこの瞬間は確実に大きな隙が出来るだろう。そしてそんな隙を逃すハンゾーではなかった。

 巻物へと血を塗りつけ、新たな能力を発動させる。

 

 ――【分身の術(ぶんしんのじゅつ)】!――

 

 無言にて発動される能力。別段能力を発動するのに声を大にして発音する必要はなかった。

 今までそうして来たのはそれが発動条件になると相手に思いこませるためだ。能力を発動する時にわざわざ能力名を発言するなど相手にこれから能力を使用しますよと教えるようなものだ。

 そのような相手のメリットになる行為をすることで、相手にそうしなければならない制約を組んでいるのだろうと思わせたのだ。

 

 そして最後の1手。止めを刺す最後の1手は無言にて能力を使用する。

 その最後の能力は分身の術。自分自身を具現化するという能力だ。

 そして分身をサイゾーへと直進させ、本体は絶を用いてサイゾーの裏へと素早く回りこむ。

 分身の気配ももちろん消している。だが完全な絶を用いたハンゾー本体と比べるとやや気配の消し方が荒いと言えた。

 それでも並の実力者を上回る気殺と言える。だがハンゾーはサイゾーならばこれくらいの気殺如き目が見えずとも捉えられると思っていた。

 だが目の見えぬ状況で僅かに捉えた気配だ。それのみに集中してしまい、それ以外の気配を察するのは難しくなるだろう。それがより高度に気配を消していたら尚更だ。

 

 分身がクナイをサイゾーの顔面目掛けて振るう。それを見ずともサイゾーは防ぎきった。

 だがそれによってがら空きとなった胴体に向かってハンゾー本体がクナイを突きだした。

 完璧とも言えるタイミングだ。例えハンゾー本体の気配に気付いていたとしてもこれを防ぐのは困難だっただろう。

 ましてや目が見えないこの状況で防げるとは思えなかった。……少なくともハンゾーはそう思っていた。

 

「馬鹿な……! 見えてんのかよ……!」

「いやぁ、見えてへんよ。ほんま厄介な能力やで」

 

 あの状況、あのタイミング、そして分身との2人掛かり。これだけの不利な条件が揃っていながら、サイゾーはハンゾーの攻撃を凌ぎきっていた。

 

「っ! 円か!」

 

 何故この状況で攻撃を防ぐことが出来たのか、ハンゾーはすぐにそれを見抜いた。

 何時の間にかサイゾーが円を展開していたのだ。円を展開するとその範囲内にいる存在を知覚することが出来る。例え視覚が潰されていようとそれは変わらない。

 だが円は念能力の応用技術でも高等技術の1つだ。それをあの一瞬で、しかも視界が潰された瞬間に展開する。

 これらの一連の流れで最も恐ろしいのはその判断力だろう。視覚が駄目ならば円というのは分かるが、あの強烈な光を浴びた瞬間に円を展開する判断力の速さは凄まじいの一言だ。

 しかも平常時とは掛け離れた状態でありながらこの円の展開速度だ。その上で円の知覚のみでハンゾーの本体と分身による二段攻撃を防ぎきる。

 念能力者としての実力。そして経験値の絶対的な差をハンゾーは思い知った。

 

「ほんま大した能力や。あれだけ多彩な術を使いこなせるお前の技術も含めてな。けど、詰めが甘いで?」

「ほざけ!」

 

 ハンゾーは分身と合わせて鋭い攻撃を幾度も繰り出す。だがその悉くが防がれてしまった。

 これにはサイゾーの円の展開距離が要因となっている。サイゾーは円を若干2mしか展開していないのだ。

 これはこの距離が限界というわけではない。サイゾーがその気になれば100m以上は円を延ばすことが可能だった。

 だが2mに限定することで、その範囲内のみに集中し円による知覚を最大限に高めたのだ。

 今のサイゾーは視界からの情報よりもより詳しく精密にハンゾーの攻撃を見切ることが出来ていた。

 

「くそっ!」

 

 確実に殺せるタイミングで放ったと思われた必殺の攻撃が防がれ、その後の攻撃も悉く見切られる。

 ハンゾーはそれに焦りつつもここは離れてもう一度勝機を作り出すことが正しい戦術だと冷静に判断する。

 分身にサイゾーの相手をさせ、本体であるハンゾーはサイゾーの射程外へと離脱。そしてまたも巻物を広げそこに血を押し付けようとする。

 

 だが、ハンゾーが指を巻物に押し付けるその瞬間、ハンゾーの足元から突如として闇が迫り上がりハンゾーの持つ巻物を切り裂いた。

 

「なっ!?」

「あかんなぁ。足元がお留守やったで」

 

 ハンゾーの手から離れた巻物は研ぎ澄まされた闇の刃がバラバラに切り裂いてしまう。

 巻物は具現化された物体の為破壊されても再び具現化は可能だ。だが目の前で具現化した物体を破壊されてしまうとそのイメージが残ってしまい再具現化には多少の時間が掛かることもある。

 ハンゾーもその例に掛かっているようだ。再び巻物を具現化しようと集中するがどうにも上手く出来そうになかった。

 

「あの巻物がお前の多彩な能力の源なんはあんだけ披露してくれたら猿でも分かるわ。しかも巻物を広げた瞬間にその直前まで使用しとった能力は消えるようやな。分身消えて不意打ち楽勝やったで?」

 

 ハンゾーにとって能力の詳細が暴かれるのは覚悟の上だった。それだけサイゾーは優秀だと理解していた。

 だからこそ対処される前に一気に決着をつけようとしていたのだ。

 

「あの巻物。あれだけの多彩な能力はお前の能力やのうて、巻物を介して他人の能力を使用する。そういう能力やろ? 制約は血を付けることと、別の能力と同時併用は出来へんというくらいしか分からんかったけど」

 

 そう、あの様々な能力はハンゾー自身の能力ではない。ハンゾーの能力はあくまで巻物【吃驚忍法帖(びっくりにんぽうちょう)】の具現化である。

 【吃驚忍法帖(びっくりにんぽうちょう)】は自身以外の忍の念能力を記録し、それを使用することが出来る念能力である。

 記録には他の忍の念能力を知り、その忍当人から【吃驚忍法帖(びっくりにんぽうちょう)】に署名して貰わなければならない。

 他人の能力を使用することが出来るかなりレアな能力だが、制約で記録出来るのが忍の念能力のみとなっているのでそこまで多くの念能力を集めることは出来ない。

 だが黒の書が雲隠れの里にあるため、現在雲隠れの里では多くの忍が念能力を覚えているのだ。

 

 もちろん同じ里の忍とは言え、他人に念能力を教えることは本来あまりないことだ。

 だがハンゾーはサイゾー抹殺の命を受けていた為、里の上層部が部下の忍たちにハンゾーに協力を要請していたのだ。

 それだけ上層部がハンゾーに期待していたということでもある。ハンゾーもまた天才と言われる部類の存在であった。

 

「そういうあんたは影を自在に操る能力ってところか」

「さてな~」

 

 サイゾーはそう言ってはぐらかすが、事実ハンゾーの言葉は正確ではない。

 サイゾーの能力【影化の術(えいかのじゅつ)】は影を操るのではなく、オーラを影のように変化させているのだ。影のように変化させたオーラを実際の影に重ねて動かしてそう見せているだけに過ぎない。

 この能力には何らかの特殊効果があるわけではない。影のオーラに捕まったら身動きが取れなくなるとか、サイゾーと同じ動きを強制させられるといった忍術のような効果はなかった。

 ただ影のような見た目に変化するだけ。それだけだ。

 

 だがそれが曲者でもあった。影と一口に言ってもその濃度が違うのは子どもでも知っているだろう。

 強い光で出来た影は濃くなり、弱い光で出来た影は薄くなる。それと同じように【影化の術(えいかのじゅつ)】は自在に影の濃さを変化させることが出来る。

 これを実戦で使い分けられたら果たしてどれだけの能力者が対応出来るだろうか。

 

 日中だと多くの影が出来る。それらに混ざって【影化の術(えいかのじゅつ)】を使われては本物の影とオーラの影と判別は困難を極める。

 夜中だともっと恐ろしい。夜の闇に紛れて迫る影のオーラだ。その恐ろしさは説明するまでもないだろう。

 

 単純だが使い勝手が良く相手の裏を突いて急所やオーラの防御が薄い箇所を攻撃することが出来る。

 派手さはないが実に元忍らしい能力と言えよう。

 

「で、どないする? ここらで手打ちにしてくれたらワイも面倒なくてええんやけど?」

「ふざけるなよ! 例え刺し違えてでもあんたを殺してやるさ!」

 

 既に勝ちの目が消えかけていることはハンゾーも理解していた。

 だが、だからと言ってすごすご尻尾を巻いて逃げるという判断だけはなかった。

 もう少しで憧れの存在に手が届くのだ。あと少しだった。だと言うのに逃げるなど出来るわけがない。

 

「そない言うてもな……もう詰んどるでハンゾー」

「っ!?」

 

 そんなハンゾーの想いは完全に打ち砕かれていた。

 何時の間にか、ハンゾーの体には【影化の術(えいかのじゅつ)】によるオーラの刃が突きつけられていたのだ。

 これらは【吃驚忍法帖(びっくりにんぽうちょう)】を切り裂いた時に既に周囲の闇に溶け込ませていたものだ。

 それを影の濃度を濃くすることでこうして目に映りやすくしただけだった。

 

「さっきの、会話は……!」

「忍は会話も武器や。忘れてたんか?」

 

 そう、先の会話はこの影の刃に気付かれないようにするためにハンゾーの意識を自身へと集中させるサイゾーの罠だった。

 もはやハンゾーに打つ手はなかった。どう足掻こうとも相打ちに持ち込むことも出来ない完全な詰みだ。

 そう悟ったハンゾーは力なく腕を下げ、そして呟いた。

 

「……殺せよ」

 

 憧れた男はやはり強かった。負けたことは悔しく、任務を果たせなかったことを情けなく思う。

 だが乗り越えたかった壁が今なお高かったことはどこか誇らしく、そして僅かでも手が届きそうだったことが嬉しかった。

 だから悔いはあれど、サイゾーに殺されるのも悪くはないと思えた。

 だが……。

 

「え、やだ」

 

 そんなハンゾーの思いは軽い一言で却下された。

 そして唖然としているハンゾーが反論をする前にサイゾーは言葉を重ねる。

 

「文句あんならもっかい掛かってきぃ。もっとつよなったらまた相手したるで」

「見逃すって言うのかよ……また殺しにくるぜオレは!」

「ええよ。お前とやるんは楽しかったからなぁ」

 

 楽しかったから殺しに来い。暗にそう言うサイゾーにハンゾーは呆気に取られた。

 

「楽しかったって……」

「ほんまやで。……ワイが忍止めたんはな、楽しゅうなかったからや」

「何だそりゃ!?」

 

 楽しくなかったから忍を止めた。ずっと知りたかった理由がまさかの物であったハンゾーの衝撃は大きかった。

 

「そんなことで……抜け忍になったってのかよ……」

「……ワイに取って忍は簡単やったからなぁ」

 

 どこか寂しそうに呟くサイゾー。それを聞いてハンゾーは思い出す。

 かつてのサイゾーの里での評価は誰よりも高かった。若手では最も優れていると称えられており、異例と言える速さで上忍へと至った。

 

「どんな任務もこなせたわ。簡単過ぎて当時は世界が狭く感じとった」

 

 サイゾーの当時の任務達成率も100%だ。これは里の忍では唯一の達成率だった。

 若手ならば誰もが憧れ目指すべき存在であり、里の上層部からしても今後の里を担う期待の忍と言われていた。

 

「ま、最後の任務でそんな考えが世界の広さを知らんガキの考えやと知ったけどな」

「……だから風間流にいるのか」

「そうや。だからここにいる」

 

 そう答えるサイゾーの顔はハンゾーも見たことない笑顔だった。

 同じ里で長く接していた時には見ることが出来なかった楽しそうな笑顔だ。

 それを見てハンゾーはどこか胸につかえていた何かが落ちたような気がした。

 

「……いいぜ。いつかあんたを後悔させてやる。首を洗って待ってろよ!」

「おお、楽しみが増えたわ。待っとるで」

 

 互いににやりと笑みを浮かべる。先程までの殺伐とした雰囲気はそこにはなかった。

 かたや乗り越えるべき壁というだけでなく相手を好敵手として認め、かたや自分を追いかけるだけの後輩ではなく武を競い合える好敵手として認める。

 そこには何の憎しみもしがらみもなく、ただ相手より強くなりたいという純粋な思いだけが渦巻いていた。

 

「……ところでどうしてそんな方言使ってんだ?」

「……いや、なんとなく風間流でキャラ付けしよ思うて使い出したんやけどな。意外と気に入ってもうてな……」

 

 元々方言のない喋り方だったサイゾーが方言風に喋っているのを疑問に思っていたハンゾーだったが、返って来た答えは本当にしょうもないものだった。

 

「これが……オレの憧れ……」

「まあ落ち込むなや。あんま気にせん方がええで」

「あんたが言うなよ!!」

 

 ハンゾーの心の底からの叫びが辺りに木霊し闇夜に吸い込まれていった。

 

 

 

 

 

 

 ハンゾーとの戦いを終わらせたサイゾーは帰路に就く。

 そうして風間流本部道場へと戻ってきたところで、門の前にいる人物を見て僅かに驚愕した。

 

「お疲れ様です」

「いやー、ばればれでしたか。流石はリィーナ先生や」

 

 そう、門の前に立っていたのはリィーナだった。

 

「サイゾーさんはともかく、侵入者は僅かに殺気を放っていましたので。お知り合いでしたか?」

「後輩ですわ。話は付けてきたんで問題ないはずでっせ」

「そうですか。……思いだしますね、あの夜を」

「そうですなぁ……」

 

 過去を思い返すようにリィーナは目を瞑る。

 それを見てサイゾーもしみじみと過去に想いを馳せ――

 

 ――クナイをリィーナの喉元へと振るった。

 

「おっと。以前よりも鋭くなりましたね」

「……かなんなぁ。これでも厳しい修行積んでるつもりやけどなぁ」

 

 サイゾーの鋭い一撃をリィーナは2本の指で押さえていた。

 あわや殺される直前だったというのにリィーナは動揺もせずに何気なく会話を続ける。

 対するサイゾーにも緊張や動揺は見られなかった。

 

「本気ではないでしょうに。あなたは本当に私を倒しに来るならば不意打ちなどいたしませんよ」

「……本当に、敵わないな。だがいつか絶対に超えてみせる。楽しみに待ってろよ」

「ええ、望むところでございます」

 

 そう、互いに不敵に笑みを浮かべ、2人は道場へと戻っていった。

 

 




 オリキャラサイゾーの外伝話。忍の設定とか捏造妄想のオリ設定です。実際はどうなのか分かりません。
 ハンゾーの能力を勝手に作ってしまった。これも全部黒の書が悪いんだ。
 もちろん【吃驚忍法帖(びっくりにんぽうちょう)】は黒の書に載っていた能力です。これは主人公がレオルの能力を参考に作ったものですね。
 それを忍限定とすることで利用のし易さを上げて開発したのがハンゾーになります。

 なお、今回の話を読めばもう分かってると思いますが、サイゾーはかつてリィーナを殺しに来た忍です。
 ですがリィーナに負けてそのまま風間流に入門しました。今では強くなってリィーナを倒すことに生き甲斐を感じています。
 結構バトルジャンキー(強者限定)だったり。あとサイゾーの能力【影化の術(えいかのじゅつ)】は彼オリジナルの能力です。黒の書には載っていません。
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