――暁という駆逐艦がいる。
特Ⅲ型駆逐艦、いわゆる暁型駆逐艦のネームシップ。
その、暁だ。
彼女は、うちの基地の秘書官である。
レベルは111、いわゆる、ケッコンカッコカリ艦。
ただ、カッコカリ艦にしても、少し低い。
うちの基地は大体ソロモン海戦の頃からの基地だから、なおさらだ。
というのも、そもそもうちでカッコカリ艦は珍しくない。
レベルがカンストした艦は、だいたい軒並みカッコカリ艦になる。
そもそも、最初のカッコカリ艦は大和型戦艦で、次に潜水艦。
それから他の戦艦と、空母に、北上さん達重雷装艦だった。
その全員が、レベルにして140を平均としている。
当然、既に150でカンストした艦娘も少なくない。
例外は、今のところ一番最後にカッコカリをした、暁ちゃんだけだ。
そんな彼女が、うちの秘書官であり――この艦隊の骨子でもある。
もしも彼女が轟沈なんてしてしまえば――――いや、やめよう、不謹慎な想像はするべきではない。
ともあれ、彼女自身はドコにでも居る普通の駆逐艦だ。
おとなになることに人一倍あこがれを抱く少女、背伸びをして、けれどもそれが空回りをして。
――それが、艦隊の中における暁ちゃんだ。
ムードメーカーで、駆逐艦の中での諍いは即座に解決してしまう。
軽巡以上の艦艇にも一切物怖じせず、自分らしさ全開で体当たりしてくる。
一番面白かったのは、海外艦のビスマルクさん。
ここに来た当初、彼女は私たち日本の戦艦を侮っていた。
それもそうだろう彼女はドイツ最強の戦艦で、言ってしまえばこちらでいう大和型と同じ立場の存在なのだから。
むしろ、その侮りは純然たる事実であり、彼女はそれを嘘にしない実力を有していた。
ところがそこに、そんなビスマルクさんに対して“それではいけない”と忠言する小さな女の子が一人。
無論、暁ちゃんである。
最初、ビスマルクさんは駆逐艦である暁ちゃんが自分に文句をいうことが理解できなかったらしい。
そんなことを言われて育ってきてはいないのだから。
はじめての経験だっただろう――加えて、私たちを侮っていたとはいえ、彼女も根はいい娘だったから、対応に苦慮していたようだ。
結果、心配には及ばないと笑い飛ばして、子どもをあやすように暁ちゃんを突き放した。
その忠言の内容は、すぐに頭から離れてしまったようだった。
――それから少し立って、大きな海戦があった。
そこで、ビスマルクさんは自身の慢心から大きく周囲に迷惑をかけてしまう。
それこそが、暁ちゃんの言っていたことで――後から思い出してビスマルクさんは愕然としたらしい。
その後は、ひたすらビスマルクさんは暁ちゃんの様子を目で追いかけていた。
視線の先で暁ちゃんは間宮さんに出されたお子様メニューに文句を言いつつ、中に混じっていた人参に涙目になっていた。
他にも、コーヒーを格好つけて飲もうとして、苦さに驚き、コーヒーを落として服を汚していた。
――一体ドコから、自分の間違いを見抜く慧眼が飛び出したというのか、疑問でしょうがなかったようだ。
けれども、結局在るときに、ある事実に気がついて、合点が行った。
しかもそれまでずうっと暁ちゃんを追いかけていたから――ビスマルクさんは、そんな暁ちゃんにやられてしまったようだ。
結果、出来上がったのが忠犬ビスマルクさん。
出撃から帰った時には真っ先に暁ちゃんに報告に行き――まぁ、彼女は秘書官だから何も間違っては居ないけれど――寝るときなどには必ず挨拶をする。
食事には誘わないのか、と前に問いかけてみたけれど、恐れ多すぎてそんなことできない、だそうだ。
後にやってきた彼女の妹分、プリンツ・オイゲンもびっくりの心酔っぷり。
まぁ、そんなビスマルクさんに限らず、多くの艦娘は暁ちゃんに依存している。
彼女がこの基地からいなくなった時、この基地がどうなってしまうか――それは、あんまり考えたくはない。
とはいえ、そもそもどうして暁ちゃんがこんなにも艦隊の“中心”であるのか。
ただ秘書官であるというだけではない。
別に練度だって、主力と呼ばれる私たちには及ばない。
――あるとき疑問になって、それをある艦娘に問いかけてみた。
この艦隊の最初期艦。
――つまるところの、電ちゃんであった。
レベルは83、現在は第二艦隊――長距離練習航海を行う艦隊の旗艦を務めている。
「暁が何で秘書官をしているか――ですか?」
――電ちゃんは、暁ちゃんのことを呼び捨てで呼ぶ。
この艦隊には他にも響ちゃん、雷ちゃんという、彼女の姉妹艦もいる。
彼女よりも後に竣工した、後輩と呼べる艦もいる。
しかし、それら全てに、電ちゃんはかならず“さん付け”をしていた。
その例外が、暁ちゃん。
当然、この基地の歴史を全てしる電ちゃんならば、事の経緯も知っていた。
ただ最初にそれを質問した時に、電ちゃんは答えを教えてはくれなかった。
まぁ当時はまだ“問題”が解決していなかったから、当然といえば当然だったのだけど。
件の問題が一応の解決を見て、それが傍目からもよく解るようになってようやく、電ちゃんにとっては踏ん切りがついたのだろう。
夜遅く、二人っきりで夕食を済ませなくてはならなくなった時、話の種にと、こっそり事の顛末を教えてくれた。
「そもそも、電たちの基地は、最初はそんなに大きくなかったのです」
そんな語りだしから始まった話は――大体一時間にも及んだだろうか。
ともあれ、今でこそ海軍の根幹をなす重要拠点とはいえ、その出発は静かなものだ。
戦艦も空母も――どころか、重巡すら配備されていない艦隊。
その中で、“初めて”建造されたのが、特Ⅲ型駆逐艦一番艦、暁であった。
「当時の暁は、まぁ、なんていうか、とっても“その通り”の暁ちゃんでした」
――つまり、普通のこども。
今みたいにどこか不思議な雰囲気を持っているわけではない。
「艦隊のムードメーカーで、司令官さんにいっつも文句ばかり言っていたのです」
――司令官に?
思わず、目を剥いた。
――司令官、提督。
階級は元帥――甲勲章を授与されたこともある提督だ。
性格は温厚で、まぁ、なんと言いますか、その……素晴らしい提督であると、私は思う。
ただ、難点があるとすれば、とにかく堅物。
こんな女ばかりの空間でやっていくには、それはある意味美点ではあるのだろうけれど……
とにかく、乙女のしがいがないというか――うぅん、今はそんな愚痴をこぼしている場合ではない。
「そもそも、その当時の司令官さんは普通に電や暁ちゃん、他の駆逐艦や軽巡の人達とも普通に接してました」
――それって、つまり今みたいなビジネスライク、というような感じではなく?
そう、問いかける。
はたして電ちゃんはそれに首肯した。
「暁を“やれやれ”っていう風に窘めたり、ちょっとミスがあれば、冗談混じりにそれを咎めたり」
――――思わず、絶句していた。
そんなことがあるのだろうか、今の提督しかしらない私には、想像もつかない。
提督といえばとにかく仏頂面で、私たちを叱ることはないけれど、とにかくミスは見逃さない。
――有無をいわさない人だった。
「ちょっとそれが“ズレ”ちゃったのが、今からもうだいぶ前の、大きな作戦でのことでした」
当時、戦力が全く揃っていなかったうちの基地は、後方での待機が命じられた。
待機というか、主力艦隊が撃ち漏らした水雷戦隊の相当。
もしくは艦隊からはぐれた深海棲艦たちを漸減すること。
どちらにせよ、危険な任務では決してなかった。
普通の出撃の延長のようなものだった。
「実際、その時誰に落ち度があった、というわけではないと思うのです。誰もが悪くて――ちょっと間が悪かった。少し、ボタンを掛け違えてしまった。それだけのことなのです」
けれども、その不幸は起きてしまった。
敵水雷戦隊を撃破し、一息ついた時のことだった。
――電ちゃんたちの艦隊の前に、空母ヲ級フラグシップを旗艦とした、航空機動部隊があらわれたのは。
ヲ級フラグシップ二隻に、エリート戦艦二隻という大型艦隊。
敵主力と交戦していた味方艦隊が、撃ち漏らしてしまった残存部隊。
もしも電ちゃんたちの艦隊を抜けて進撃したとしても、こちらの最深部で待ち構える大型艦艇達の餌食になるだけ。
そんな艦隊が、しかし――絶対にそれをどうにかできないレベルの差を持つ艦艇と激突してしまった。
「戦闘と呼べる行為は、そもそも起こらなかったのです。ヲ級二隻の開幕空爆、そしてエリート戦艦の砲撃二発――まともに動ける状態で残ったのは、暁一人だけでした」
結果、暁ちゃんはどんな選択をしたか――考えるまでもない。
囮になったのだ。
一人でこの弩級艦隊を引き寄せ、味方を撤退させる。
ハッキリ言って――自分から死を選ぶことと、それは同義だった。
「味方の、そして司令官さんの静止を振りきって――ううん、暁の猛烈な勢いに押されて、司令官さんはついに撤退を命じてしまいました」
――それは、苦渋の決断だったことだろう。
今の提督なら無慈悲な選択だって、取ろうと思えば取れるはずだ。
少なくとも、そんな印象を私は抱いている。
実際に出来るかどうかはともかくとして。
けれども当時の、まだ若い一艦隊司令でしかなかった男は、果たしてそれにどれほどの思いを抱いたことか。
「結果だけを言ってしまえば――ご存知の通り暁は今も生きています。偶然、というわけではないのですけれど、その残存艦隊を撃ち漏らした味方の艦隊が、それを追いかけやってきてくれたのです」
――ただし、たった一人残された暁が、もはや沈んでいなことが不思議なほど、大破したころに。
「その後は、司令官さんはその艦隊を指揮していた人にひたすら感謝して、その指揮官さんは、艦隊を撃ち漏らしてしまったことをひたすら謝罪して――一日くらい、ずっとそれが終わらなかったそうなのです」
ともあれ、無事に暁ちゃんは帰還した。
基本的に轟沈さえしなければ、私たち艦娘にとって、問題はないといえば、問題はない。
死ななければそれで良い――それは、提督の座右の銘でもあったはずだ。
とはいえ、そんな話をされてしまえば、こちらもその後のことは、おおよそ想像がついてしまう。
“そんな簡単なことではない”。
死を間近に感じるということは、それだけ重いことなのだ。
「――――暁が秘書官に固定されるようになったのは、そのすぐ後のことなのです」
その後の提督と暁ちゃんの様子は、私も十分に知るところだ。
提督は暁ちゃんを遠ざけて、両者の間に会話はない。
書類のやりとり以外で、顔を合わせるということもなかった。
それでも、艦隊は異常なほどスムーズに回っていたのだ。
提督と暁ちゃんの間の無言の連携、私は最初、それを素直に感心したものだが。
――いつからだろう、そこに違和感を感じてしまうようになったのは。
最初は、ほんの小さな引っ掛かりだった。
というのも、暁ちゃんも提督も、お互いがお互いのことを“全てわかった上で”行動しているのだ。
「提督ならこうするだろう」と決めつけた上で、「暁ちゃんならこう考えるだろう」という前提の上で。
なのに両者は意思の疎通をしなかった。
つまり、そこに齟齬が生じてしまえば――誰もそれを正すことはできないのだ。
提督は絶対に暁ちゃんのことを口に出しはしないから。
暁ちゃんも、同様だった。
とすれば、一体何時歯車がずれてしまうのだ?
――両者の間に、阿吽の呼吸と呼べるものはなかった。
単なる意思の押し付け合いなのだ。
気がついた上で端から見ていれば、このシーソーゲームが、いつか必ず破綻することは目に見えていた。
それはある意味、“共依存”のようなものだったのだろう。
お互いにお互いを求めすぎている。
けれども、見返りを何も求めていない。
それは破綻だ。
関係の破綻、人と人は、等価交換でしか関係を作ることはできないというのに。
一方的にただ与えるだけの関係。
私はそれを、「傷の舐め合い」と表現していた。
そして、こうして電ちゃんから話を聞いて初めて、私が知ったことがある。
電ちゃんはそこまで話して、それから妙に口ごもりながら、後悔しないように、と忠告してきた。
別に構わない、と催促すると――
「本当なら、そこまで何もかもしっちゃかめっちゃかになることは無かったと思うのです。ただ――――」
と、口を開いた電ちゃんは、
私の短い艦娘人生において、おそらく最大となる爆弾を――――投下した。
「――――司令官さんと暁は、一線を越えちゃったのです」
は?
完全に、思考は停止していた。
それってつまり……その、そういうこと?
「そういうこと、です。えっと、肉体関係、といいますか、ただならぬ二人といいますか……」
要するに……爛れてしまったと。
ただれた関係なのだと、あの二人は。
「今は、今は多分違うと思うのです! もっとこう、ラブラブに、あぁでも、そもそも司令官さんは変態さんじゃないのですよ? ロリコンさんじゃないのです」
いえ、それはまぁ知っているけれど。
……いえ、暁ちゃんに執着している時点でロリコンなのは否定できないと思うのだけど。
「好きになったのがたまたまちっちゃい子だっただけなのです! そもそも、それをいったらあなただって色々アレなのです!」
そう言われてしまうと……確かに厳しいけれど。
いえ、それはともかく。
あぁなるほど、確かに納得だ。
“そこまでこじれてしまった”のならば、確かにあの関係も納得がいく。
ともあれ、この事は偶然事情を知った電だけが知っていることだ。
私も――墓まで秘密を持っていくと、心に決めた。
ともあれ、提督も、暁ちゃんも心に植え付けられたトラウマを抱えたまま、それを互いに慰め合うようになった。
ハマり込んでいくドロの沼。
どこかで歯止めをかけなくてはならないというのに、アルコールかタバコか何かのように、それを止めることは叶わなかった。
だから、溺れたのか。
溺れなければ、二人は正気でいられなかったのか。
それに対して何もすることのできなかった私たちに――責める資格はないのだけれど。
「後は……その、御存知の通り、なのです」
――過去に何が在ったのか。
少なくとも、それは私より電ちゃんの方が詳しいだろう。
けれども、今のこと、私がこの基地に着任してからは、おそらく私の方が、事情に詳しいはずだ。
だから、私にそれを教えて欲しいと、電ちゃんは言う。
今まで誰かに聞いてくるということはなかったのだろう――ようやく踏ん切りがついたから話してくれた。
それは同時に、ようやく気持ちの整理ができたから、ことを全て詳らかにしようということでもある。
多分だけれど――この出来事は提督と暁ちゃんのトラウマであると同時に――電ちゃんのトラウマであったはずなのだ。
これが他の艦娘であれば、その現場に出くわしていたとしても、ただやきもきするしかなかったはずだ。
しかし、電ちゃんはそれが“ねじれ”、“崩壊していく”ことを知っていたから。
その深淵を覗いてしまっていたから――いや、やめよう。これは、電ちゃんにとって触れていいことではないはずだ。
ともかく、事の解決という一点においては、電ちゃんよりも私のほうが詳しい。
というのも、この状況が動き始めたのはある大きな戦いが原因だからだ。
――AL/MI作戦。
わが日本海軍の総力を結集した大作戦。
電ちゃんは、そのAL作戦の旗艦を務めていた。
だから、あの場にはいなかったのだ。
知っての通り、この作戦の終盤、深海棲艦はとんでもない大博打にでた。
本土強襲である。
それに対して私たちは急遽艦隊を編成、迎撃に打って出た。
その時、本体となれるほどの主力艦艇は私たち低速戦艦に、出番の無かった北上さんと居残り組の軽空母。
そして――
――――暁ちゃん、計六人しか存在しなかった。
支援攻撃を行う程度の艦娘なら残存していた。
けれども、本体に組み込めるほどの高練度となると、その六人に限られていたのだ。
かくして私たちに日本の命運は託されたわけだけれども――暁ちゃんは問題があった。
艦娘も人の娘、悩みもすれば、迷いもする。
その中で特に顕著なのが――軍隊において問題視されるのが、トラウマ。
そう、PTSDである。
別に出撃自体にトラウマがあったわけではない。
そうでなければ暁ちゃんはケッコン可能な高練度には達していなかった。
ただ、こういった大本営が立案した“大戦略”に参加することができなかったのだ。
これまで私たちの艦隊はかなり戦力が充実していたし、秘書官としての業務もあったから、問題視されることはなかった。
それがここに来て――最悪のタイミングで露呈した。
選択肢はいくつか在った。
多少練度の低い艦艇を、無理にでも艦隊に組み込むか。
もしくは――暁ちゃんを無理にでも艦隊に組み込むか。
その狭間の中で、どれだけ提督と暁ちゃんが思い悩んだかは、私には推し量れない。
きっと、電ちゃんにだってムリだろう。
それでも、確かなことは、
その本土強襲艦隊にたいし、暁ちゃんは獅子奮迅の活躍を見せ、最後には敵の主力である戦艦棲姫を撃破するという大戦果を上げることとなる。
そして同時に――
――――それからやっと、暁ちゃんは笑うようになった。
子供らしい笑みで、提督に対して。
ともかく、暁ちゃん達の問題は、そこで片が付いたのだ。
「…………そう、ですか」
ぽつりと、電ちゃんは感慨深げにそう漏らす。
それに対して、少しだけ私は迷った。
指摘するべきか、しないべきか。
――しないべきだろう。
すぐに、そんな結論に辿り着いた。
当然だ……無粋、というのはまさしくこのこと。
安堵に浸る電ちゃんに、――涙を流している事実は、指摘するまでもないことなのだ。
それから次の日、私はなんとも清々しい朝を迎えた。
ほとんど徹夜気味の強行軍だったというのに、いつも以上に身体は快調だった。
理由は……考えるまでもないのだけれど。
いつもどおり指定の制服に着替え、身だしなみを整える。
ここは女ばかりの環境ではあるが男の目も少なからずある。
何より、艦娘というのは人類の希望なのだ。
ただ兵器であるというよりも、華のような乙女――麗しい存在であることが求められる。
そういうわけで、今日も気合を入れて部屋を出て、自分の仕事に移ろうと思ったわけだけれど――
――そんな折、廊下で暁ちゃんに出くわした。
「あ、おはよう! 今日も綺麗ね! 羨ましい限りよ!」
パタパタと、彼女は手元に何やらファイルを抱えたままこちらに走り寄って来る。
子供らしくて愛らしい、暁相応の所作。
ただ、どういうわけか――こちらに辿り着き髪をかきあげるその動作が、どこか女らしく見えてしまう。
気のせいだとは思うのだけれど、暁の肌は艷がある。
艶々というか、こう、ぷにぷにとは違うしっとり感。
……考えれば考えるほど、こちらが恥ずかしくなってしまいそうだ。
――ねぇ、暁ちゃん?
ふと、問いかける。
「なぁに? 困り事なら、この暁にじゃんじゃん聞いてよね!」
頼りがいの在る――どこか危なっかしい幼い身体。
私は、続ける。
――――暁ちゃんって、提督のこと、好きなの?
対する暁ちゃんは、思わず驚いて、のけぞった。
「きゅ、急に何言ってるのよ! もう、レディをからかうのも大概にしてよね」
――ごめんなさい、でも、何だか気になって。
「あのね、色恋に夢中になるのもいいけれど、何も暁に聞くこと無いじゃない! ……まぁ、好きか嫌いかで言えば? 好きよ?」
それから、暁は真っ赤になりながら、顔をファイルにうずめた。
恋する乙女――恋に恋するというのは、まさしくこのことだろうか。
「優しいし、一緒にいて安心するし。…………司令官は、暁がいないと駄目なんだし」
最後の一言――思わず、息を呑んでしまう。
暁ちゃんと提督のことは、もう大分に解決したことだ。
だから、それでも、とは思う。
「それにね……今の司令官は、昔とちがってとっても頑張ってるの。どうしようもなくないの。だから、――――暁は、司令官がいなくても、いいの」
そこで、暁ちゃんの声音が変わった。
うずくまる恋する乙女は、――一人の女へと、変貌する。
丸みを帯びた口元が、ぼんやりとした吐息を漏らす。
憂いを帯びたような、けれども決して、それは不快な感情を露わにするものではなくて。
「暁は、司令官のこと、好きよ? それで、司令官は、どうだろ。まぁ、嫌いでももしかしたら、悪くないかもね。……酷いこと言っちゃったし。でも、それでも司令官は私を許してくれて……私は、司令官に――赦されたの」
それは、あまりに単純なことだったのだろう。
かつて――提督と暁ちゃん、二人が交わしたであろう会話が、少しだけイメージの中に浮かぶ。
互いに深みへ嵌っていくしかなかった二人。
――愛し合っていたからだ、そうでなければ、それはありえない。
だから、暁は提督のことを、きっとこっぴどく振ったのだ。
お互いがお互いを必要としないために。
――もう一度、絡みあった個でなくて、共に立つ二つの人であるために。
「なんていうか――」
暁ちゃんは、またぱたぱたとかけだして、少しだけ私の前にでた。
ゆっくりと進む私の歩。
少しだけ早足の、暁ちゃんの歩。
提督は――果たしてどうだろう。
きっと、また違う形なのだろうな、と思う。
「――終わってみれば、なんてこと無いことだったのね。だって、私と提督の間には何もなかった。必要なかったの。――壊れてみれば、あっという間だったわ」
――――光が、暁ちゃんをふと、照らす。
指元が鈍く光った。
銀の指輪、私たちに送られる――――ケッコン指輪。
そして、
ふと、暁ちゃんは笑った。
ニカリと、満面のえみではない。
少しだけ目を細め、口元を少しだけ開いてみせる。
それは――そう、ピンクにそまった桜色。
華のような、笑みだった。
それも、誰かに対して贈られる、恋の花。
いつか私も、こんな風に笑えるときが来るのだろうか。
――あぁ、なんていうか。
ずるい、暁ちゃんは、ずるい。
「な、何がよ! 戦艦のあなたに言われたくないわ! そんなレディらしい振る舞い、そっちこそずるいじゃない!」
私が言うと、すぐに暁ちゃんはいつもの暁ちゃんに戻った。
アレはきっと提督にだけ、本当は見せる笑みだったのだろう。
私はそれを、ちょっとしたズルで引き出しただけ。
――確かに、私もずるっ子かもしれません。でも、暁ちゃんはもっとずるっ子です。
「何よもう! そんなに暁を子供っぽいみたいに言わなくてもいいじゃない!」
ずるっ子、という単語が、彼女には気に入らなかったようだ。
まぁ、わざとなのだけれど。
――――この艦隊で、ケッコンカッコカリの指輪というのは、単なるブーストアイテムでしかない。
レベルがカンストすれば誰にでも与えられるもので、だから見せびらかすということはしない。
手にそれをつけている艦娘は、この艦隊で暁ちゃんだけだ。
これは、この艦隊に所属する艦娘であれば公然の秘密なのだけれど。
――実を言えば、提督はここ最近まで、いわゆる“ケッコン任務”というものを行って来なかった。
私たちに与えられたのは、明石さんが取り仕切る“アイテム屋”からの支給品。
つまり、本来の“ケッコンカッコカリ”の指輪の持ち主は――――
――だから、まぁ。
それはきっとヤキモチなのだ。
嫉妬、というほどではないけれど、ちょっとだけ、ずるい、と思う。
私としては――この艦隊で“最初に”ケッコン指輪を渡された“大和”としては。
――何だか、提督と暁ちゃんのいる場所が手の届かない場所に思えて。
そう、感じられてしまうのだ。
メスの顔をする暁ちゃんの話し。うん、このギャップがたまらねーんだ。
とはいえ、本作は短編ということもあってか、一番大事な部分をはしょってますね。
R-18……ゴクリ。誰か書いてくれネーかな、えろえろ暁ちゃんとずっぷり深みにハマる話。