Fate/The third ~Who's That Guy~   作:ネイキッド無駄八

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みなさん、おひさしぶりです。
ええ、実に半年ぶり、久々の更新です。
おそらく大部分の方が「エタったなこれ」と思ったことでしょう。
エタってません、まだなにも始まってませんから!
というわけで、「聖杯問答」、開幕です。


聖杯問答

 

 僕たち一家は、島の人間ではなかった。

 

 陽気な陽射しと澄み渡る青空、さらさらとした白い砂浜。島を囲む、エメラルドブルーの海。

 沢蟹の名を冠する小さな常夏の島、アリマゴ。

 そこが、僕が父さんと共に流れ着いた最後の場所であり、父さんにとっての最後の流刑地だった。

 

 僕の家族は、僕と父さんのふたりだけ。

 母さんはいなかった。 

 そんな人が『居た』という話は、父さんから聞いたことがあった。

 僕が物心つく前に、彼女は逃亡生活の中で命を落としたらしい。僕はその人のことについて、なにひとつ覚えていなかった。悼むことも悲しむことも、僕にはその方法が見つからなかった。

 

 多くの歪みを抱えた僕の少年時代は、とにかくひとところに落ち着くということを知らなかった。 

 幼かった僕の手を引く父さんに連れられて、街から街へ、国から国へ。

 姿の見えない、けれども常に僕たちを――正確に言えば、僕の()()()を見張っていた追跡者の影から逃げ回る、そんな毎日。

 友達なんて、できるはずもなかった。

 場合によってまちまちではあったけど、移り住んで居着いた先で僕と年の近い子に出会うことだって、無論ないわけじゃなかった。

 けれども、僕と彼らとではまずもって、言葉が通じなかった。

 「はじめまして」のあいさつひとつ、交わすことさえ叶わなかったのだ。

 そして、そこでの暮らしがしばらく続いてようやくその土地の言葉を覚えた頃に、僕と父さんはまた別の国へと発っていく。あいさつひとつ、交わせないままに。

 もっとも、それだけが僕に友達ができなかった理由なのかと言えば、残念ながらそうじゃなかった。

 ある日突然、人目を避けるように流れ着いて、町外れにひっそりと隠れ棲む子連れの男性。

 人付き合いを拒絶し、屋敷に籠りきりで得体の知れない研究に埋没する不気味な男が、気味悪がられないはずがない。

 僕と知り合った子供たちの親が、「あの子とは遊んじゃいけません」と、そう言い出すのも無理からぬ話だろう。

 父さんは、ちょっと無口で無愛想なだけなんだ。みんなの親が言うような、危ない人じゃないんだ。

 気まずげに目を逸らす彼らに対して、僕は心の中でそう抗弁していた。

 でも、本当は心のどこかでは、とっくに気づいていたのかもしれない。

 ずっと逃亡生活を続けながら、それでも研究にのめり込んで手放さない父さんの姿が、その抗弁を声高に叫ぶ勇気を、その度に僕から奪い去っていったのだから。

 

 そんなことを何度も繰り返していく内に、いつしか僕はすっかり諦めていた。

 友達なんて要らない。

 仲良くなったところで、すぐにお別れしなければならないのなら、はじめから友達なんて作らなければいい。 

 幼いながらに何かを悟った気になっていた僕は、すっかり内向きで暗い少年になってしまった。

 

 父さんを誤解するような人たちとなんて、仲良くする必要はない。

 僕には、父さんさえ居ればそれでいい。友達なんて居なくたって、家族一緒なら僕はそれで十分だ。

 家族――父さんと僕の、ふたりぼっちの、家族だけで。

 

 

「――――こんにちは! はじめまして!」

 

 

 底抜けに明るい、赤道直下、常夏の太陽。

 サンサンと降り注ぐ日差しに負けないくらい眩しい、その笑顔。

 

「最近、島に移って来たっていう家族って、たぶんキミのことだよね? ねね、もし良ければ教えてくれない? キミの名前!」

 

 内向きで、弱気で、すっかり暗くなってしまった、僕の世界。

 そこから見上げた太陽は、僕にはあまりにも明るくって、あまりにも眩しすぎた。

 耐え切れずに俯いた僕に、耳元で誰かが囁きかけた。

 

 どうせこの子だって、前のあの子やあの子たちと同じだ。

 物珍しさ、興味本位で声をかけてきただけ。

 この子の親は、きっとまた言うのさ。あの親子に近づいちゃいけない、気味が悪い、関わり合いになるな、仲良くなんかしちゃいけない、ってさ。

 きっと明日になったら、僕と目を合わせなくなるあの子やあの子たちの同類だ。

 それでもって、きっとまたお前は、律儀に傷ついて後悔する羽目になる。

 友達なんて要らない。そうだろう? 

 

 

「…………きり、つぐ」

 

 

 気づけば、渦巻く頭の中とは裏腹に。

 口は動いて、僕はその問いかけに答えていた。

 

「衛宮……切嗣」

 

 一時の気の迷い、たまたまの気まぐれ、あるいは、魔が差した?

 なぜ僕があの時、君の問いに答えたのか。今となっては、よく思い出せない。

 

 晴れやかに澄み切った青空と、エメラルドブルーの輝く海の向こう。

 陽炎のようにゆらめくあの島は、今の僕には、こんなにも遠い。

 向き合うことを恐れ、あの島から背を向けて。

 己を磨り減らして磨り潰し、消耗するがままに摩耗して、錆びつかせるままに駆け抜けて。

 硝煙と血煙の中、戦場の只中に逃げるように身を置き続けた僕には、きっともう、思い出す資格なんてないのだろう。

 それでも、そんな僕でも。

 

「へぇー……? キリ……、キィリ……トゥ……? ケリィ……トゥ……グ?」

「ち、違うよ。切嗣。キ、リ、ツ、グ」

 

 あの日、見上げた太陽の眩しさを。

 

「キ、ルィ、トゥー、グ?」

「あーもう! だから、違うって言ってるだろ!」

「わぁ、ゴメン! でも、キミの名前、言いづらいんだもの! 仕方ないじゃない!」

「僕に言うなよ! ったく……」

 

 僕の世界を温かく照らして、僕をそこから連れ出してくれた、あのぬくもりを。

 

「……ふふっ、ははっ。なぁんだ、キミ…… はははっ」

「な、なんだよ急に笑い出して。なにか、僕がおかしいこと言ったか?」

「あはは、キミ、ちゃんと笑えるじゃん。よかった、よかった」

「はぁ? 僕は別に笑ってなんて……!」

「ウソウソ、笑ってました。けっこうイイ顔だったよ、さっきのキミ」

「ふん、勝手に言ってろ……」

 

 

 あの日の君の笑顔を、僕は生涯忘れないだろう。 

 

 

「――――アタシ、シャーレイ。これからよろしくね、ケリィ!」

 

 

 

 ――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 ほの蒼い月光が薄くあたりを照らし、庭園の夜は静かに更けていく。

 その静寂を破って響いたのは、大きな拳骨でもって木樽を割り開けた豪快なる破砕の音。

 荒城アインツベルンの荘厳な中庭、酒宴の開幕を告げたのは、征服王のそんな一撃であった。

 

「――聖杯は、相応しき物の手に渡る宿命にあると言う」

 

 樽の中になみなみと湛えられた葡萄酒の海。

 そこから柄杓で一杯掬い上げ、飲み干しながら喉を鳴らすは赤銅の偉丈夫。

 呷ったのは一杯きり。それは彼の巨躯に酔いを回すには些か以上に物足りない量だが、舌を湿らせるにはいかにも覿面。

 対面で向かい合った今宵の酒客である金髪の少女――凛々しく座し、涼やかな佇まいを崩さないセイバーに対し、イスカンダルは滔々と語って聞かせる。

 

「それを見定めるための儀式こそが、此度、冬木で執り行われている聖杯戦争だということだが…… 見極めを付けるのが目的だとすれば、なにも(いたずら)に血を流す必要もあるまいて。英霊同士、互いの格に納得が行ったならば……!」

 

 それで自ずと答えも出るというもの、そうぶち上げたイスカンダルは対面のセイバーへと柄杓をずいっと差し出した。

 柄杓の中には、あたりまえのようになみなみと掬われた葡萄酒。

 年端もいかない少女のようにしか見えない外見であるセイバーに対し、差し出された柄杓とその中身はあまりにも不釣り合いで似つかわしくないシロモノであったが、

 

「…………んっ」

 

 これまた人形のような美しさと小柄さからは見当も付かない豪胆な呷りで、セイバーは一息に柄杓を空にしてしまった。

 男でもかくやというその飲みっぷりと、それをなんら誇るようなところもなく涼しい面構えで柄杓を突っ返す金髪の少女の様に、イスカンダルは片眉を上げてほぉうと唸って見せる。

 どれほど可憐な見てくれであろうと、やはり彼女は騎士王アルトリア。今もしっかりと身に着けている甲冑に手甲、戦装束は張りぼてなどでは断じて無い。

 蝶よ花よな愛らしさでいて、やはり一筋縄では行かない奴よ。

 イスカンダルは密かに己が内心の認識と評価を改めなおすのだった。

 

「それで? まずは私と格を競おうというわけか、ライダー?」

「いかにも」

 

 我が意を得たりと、深く首肯する征服王。

 相対する敵に堂々と自らの真名を謳ってみるわ、これから死合おうという相手を己の軍門へ下れと誘いをかけるわと、どこまでも破天荒極まりない行動で聖杯戦争を引っ掻き回すこの男、征服王イスカンダルが次に取った行動。

 それが、こうして敵陣のど真ん中(アインツベルン城)に酒樽担ぎ、たのもうと門を叩いて来たというわけである。もっとも、実際は城を取り巻く森に張り巡らされた結界の尽くを踏み倒し、固く閉ざされた城門を戦車の体当たりでぶち破ってと、『門を叩いた』というにはあまりにも豪快が過ぎる来訪の仕方ではあったのだが。

 

 そう、一口に『王』と言えど、その在り方はまさしく千差万別。

 宴に臨む姿勢ひとつですら、同じ者はひとりとして居りはしない。 

 

 己の存在をこれでもかと誇示し、征覇してやらんとばかりに城門を蹴破って入場するのが征服王であるなら。

 泰然自若の佇まいでそれを真っ向から迎え撃たんと凛と立つのが騎士王であり。

 

 

「戯れもそこまでにしておけ、雑種ども」

 

 

 それらすべて、すべからく雑種也と徹頭徹尾に睥睨し。故に見下し、故に唾棄する。 

 それこそが、英雄王の在り方。

 金色を纏った不遜――英雄王ギルガメッシュが、甲冑の音も高く酒宴の場へと姿を表したのだった。

 

「アーチャー、なぜここに!?」

 

 警戒の中に驚きを滲ませたセイバーの疑問の声が鋭く投げかけられる。

 場の緊張が、一気に鋭利さを増して張り詰めていくようだった。

 セイバーの発した疑問は、まさしくその場に居合わせた者らにとっての総意といっても過言ではないだろう。

 

 なぜ、ここに。

 あの圧倒的で絶対的な金色のサーヴァントが、どうしてここに。

 

 宴の主賓である英霊たちからやや後ろに退いた位置では、騎士王のマスターであるアイリスフィールがどういうことだと問い詰める視線を飛ばし、それを受けた征服王のマスターであるウェイバー少年はといえば、首と手をぶんぶんとせわしなく動かして、自分は全く与り知らないと必死かつ無言で否定の意を表現している。

 

「余が招いた。街をうろついていたら、コイツの姿を見かけてな。誘うだけ誘ってみたのさ」

 

 英雄王の出現に対し大きな動揺を示していないのは、そう言って豪笑するイスカンダルと、緊張した面持ちでその後ろに控え、いつでも主を守る体勢に移れるように佩剣に手を掛けているシャムス。

 

 そして―――

 

 

「……なぜ、だと? それは我の台詞だぞセイバー」

 

 鬱陶しさを顔中に表した英雄王が、露骨に不快そうに顎でしゃくってみせた先。

 

 

「そこな貴様。そう、貴様のことだ」

 

 射殺さんばかりの鋭さを持った視線の矢。

 それを一心に受けてなお、狼狽や畏れなど微塵も窺わせないポーカーフェイスの美丈夫がひとり。

 眼光一矢で人すら殺せそうなほどの兇光を受けてなお、まるでこたえた様子のない男の凪いだ態度に、英雄王の不愉快はますます強まる。

 

「つくづく、気に食わんぞ。雑種の中でもいっとう卑しい昆虫風情が。この我を誰と心得ての無礼だ?」

「…………ふん」

 

 露骨に見下したその言い様には、さすがに腹に据え兼ねる物があったらしい。

 わずかに剥がれた鉄面皮、口元をややひくつかせながら、クールガイは反駁する。

 

「誰が昆虫だと……?」

 

 静かな怒りを湛えた声と、声音と同色の怒気を孕んだ視線が英雄王の睥睨と交錯する。

 天井知らずに張り詰め続けていく、場の緊張感。

 そして、なんら臆することなく英雄王に向かって喧嘩を売ったその男の背。

 そこにぴったりと張り付き、全身に嫌な汗をかきながら必死に彼の耳元でボソボソと囁く少女が、ひとり。

 

「ちょ、ちょっとクロイ……! お願いだからこれ以上事態をややこしくしないでよ……! もうアタシいっぱいいっぱいなんだけど……! 緊張しすぎて口から心臓が飛び出そうなんだけど……!?」

 

 彼らこそ、今宵催された王の宴に招かれた最後の陣営。

 金色のサーヴァントを静かに睨み続ける黒コートの美丈夫――黒井響一郎。

 埒外のアウェー感に苛まれながら黒井の背に隠れ続ける、彼のマスターである褐色の少女――シャーレイ。

 

 セイバー、ライダー、そしてアーチャーの三王が集ったこの尋常ならざる酒宴からは、あらゆる意味でミスマッチな二人組。

 その片割れであるところの少女、シャーレイの胸中は休まらないこと限りない。

 誰にそれを乞えばいいのかも分からないが、許されるなら一目散に尻をまくって逃げ出したいほどに緊張が痛い。場違いここに極まれり、平民は身の程を弁えて丁重に辞するべきだったと、海よりも深く後悔するが、時すでに遅し。

 シャーレイは、内心で大いに毒づいたものであった。 

 

(なんなのよこの状況は……! そもそも、なんだってこんなことに……!!)

 

 

 ――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

「……と、いうわけで。アタシは先生の下でお手伝いさんみたいなことをしてたってワケ」

「なるほど、な」

 

 喋り通しで少し疲れたのか、ふぅと一息をつくシャーレイ。

 その横顔をなんとはなしに見ながら、黒井は彼女が語った内容を改めて反芻してみる。

 この少女が『先生』と呼ぶ人物はアリマゴ島に最初から在住していたのではなく、ある時から島に住み着いた外来の人間だったらしい。

 得体の知れないその『先生』は積極的に島民と交流を図るわけでもなく、ただひっそりと森の奥に居を構えて怪しげな魔術の研究に没頭していたという。

 ただでさえ胡散臭い上に、その『先生』が住み着いた土地が地元では曰くつきの場所だったということもあって――褐色の少女は、アリマゴ島に古くから伝わる伝承である、沢蟹に変えられてしまった少女の話を合わせて語って聞かせてくれた――島民の方も気味悪がって忌避の眼差しを向け、誰も『先生』と関わり合いを持とうとしなかった。

 

 ただひとり、利発にして貪欲な好奇心の塊であるところの、この褐色の少女を除いては。

 

 とにかく物怖じを知らない彼女が『先生』の元へと出入りを繰り返すようになったのを皮切りに、他の島民たちも徐々にその流れ者一家と交流を深めるようになっていき、めでたく彼ら『先生』一家はアリマゴに迎え入れられることになった、というわけである。

 

「で、お前はその『先生』とやらに才能を買われ、魔術の手ほどきを受けていた、と」

「んー、ちょっと違うかも。アタシはあくまで家事手伝いで、先生は別にアタシを教導しているつもりはなかったと思うな。魔術師であることをアタシには隠していなかった、程度だと思うよ」

 

 黒井の言葉を、シャーレイはやんわりと否定する。

 

「ん? 『先生』は、お前に魔術を教えていたわけじゃなかったのか?」

「先生はね、ずっと自分の研究に没頭してたんだ。まるで、それしか頭にないんじゃないかってくらいに。ケリィ……あぁ、先生の息子さんのことね? ほとんどアタシとケリィとで、研究以外の身の回りのことを世話してあげてた感じ。魔術も、研究の手伝いで少しかじった程度なの。それに……」

「それに?」

「……あれは、アタシじゃなくて、ケリィに継がせるための研究。アタシのことなんて、先生は眼中になかったんだよ。きっと」

 

 そこに見て取れたのは、隠しきれない自嘲と、同じくらい強い寂寥の色。

 その意味するところを、黒井は邪推してみる。

 

(相当慕われていたようだな、その『先生』とやらは)

 

 『先生』との、そして『魔術』との出会いは、きっとこの少女の世界を大きく塗り替えたのだろう。

 この早熟な少女の才覚と無限の探究心とを満たすには、彼女が暮らす小さな孤島は―――そして、この世界そのものが、あまりにも狭すぎたのだ。

 そんな彼女の前に現れた、外界からの来訪者。

 彼が彼女に見せた、世界の外側に触れるための扉。

 閉塞していた彼女の世界に『魔術』という扉を開け放った『先生』の存在は、彼女の心に強烈な憧憬を焼き付けたに違いない。

 しかし、聡明で早熟な彼女は、同時に気づいてしまったのだろう。

 『先生』が、自分のことなど歯牙にもかけていないのだという厳然たる事実。

 傍から見れば研究しか頭にないような、無機質な『先生』の興味と情熱、それらはすべて彼の息子である少年ただひとりに注がれていたのだという温かな真実。

 

(どちらも理解した上で、どちらも受け止めた、か)

 

 少女の口ぶりからは『先生』への恨みも、また、『先生』の息子への僻みも、まるで感じられなかった。

 やれやれと、黒井は心の底から感嘆していた。

 聡明なだけではない。この娘は本当に、人間が良く出来ているんだ、と。

 そして、少女の年齢には不釣り合いとも取れる、そのあまりの割り切りの良さに。

 黒井は、少しだけ、ほんの少しだけ。

 年不相応に大人びた少女に、少しだけ、同情した。

 

「それで? 昨晩あの倉庫街で出くわした黒コートの男と、お前の言う『ケリィ』って少年とが同一人物だっていうのは本当なのか?」

「そうなんだよねー……って、クロイ。その顔、絶対信じてないでしょ?」

「……にわかには、な」

「アタシだって、信じられない……ううん、信じたくない。でも、間違いないよ。他の誰が間違ったって、アタシがケリィを見間違えるなんてこと、絶対にありえない」

 

 たとえ、どんなに変わっちゃったとしても。

 静かに、しかしきっぱりと彼女は言い切った。

 かつて、己と姉妹同然に過ごした幼馴染の少年がこの聖杯戦争に関わっていると、彼女は言う。

 のみならず、かつての少年は彼女の前に敵として現れ、彼女に銃を向けたという。

 

「だが、それが本当だとして、あの黒コートの男はどう見ても二十代後半、下手をすれば三十代に届くくらいの年齢だったんだぞ。お前の年齢から考えて、辻褄が合わないじゃないか」

「そうなんだよ、そうなんだよね……そこが問題なのよね。たぶん、その問題を解決できる答えはひとつしかない。でも、いくらなんでも無茶苦茶すぎる。荒唐無稽すぎるのよ。たしか、ニホンにまさにこんな昔話があったんじゃないかしら? いつだったか、それこそケリィから聞いた気がするんだけど」

「あぁ、『浦島太郎』という話だ。しかし、まさかな……そんなことがありえるのか?」

 

 黒井は、現在少女を取り巻いている状況に対して、目に見えない悪意の靄めいた雰囲気すら感じ始めていた。

 

 わけも分からず異国の空の下に投げ出されたと思えば、年月は彼女を置き去りにして無情なほどに流れた後。

 そして挙句の果てには魔術師たちの殺し合いに巻き込まれ、奇跡のように巡り会えたかつての少年は、よりにもよって殺し合わねばならない敵同士。

 まるで、何者かが明確なる悪意の下、この少女をこぞって追い詰めようとしているかのようだ。

 

「酷な話だな、本当に」

 

「ん、なにか言っ…………わわっ!?」

 

 思わず黒井がこぼした独り言に反駁しかけたシャーレイ。

 しかし、なぜか突然、彼女は自身の頭を押さえ、ひどく驚いた声を上げた。

 

「わっ……!? えっ!? ウソ!? そんな……!」

「どうした!? 落ち着けマスター! なにがあった!?」

 

 頭を抱えて目をこれでもかというほどに見開いている彼女の様子は、一目して異常事態であることが明らかだった。

 その調子たるや、これまで黒井が目にしたことがないほどの動揺ぶり。

 幸いなのは、本当に()()ひたすらに吃驚しているだけで、どこか痛がっているような様子は見受けられないということだったが、

 

「……ヤバイ。かなり、ヤバイかも。どうしよう、クロイ……」

「ひとまず落ち着け。冷静になって、なにが起こったかを説明するんだ」

 

 ひどく狼狽して落ち着きのないシャーレイの姿から、黒井は嫌な予感以外のなにかを感じ取ることがまるで出来なかった。

 

 ――そして。

 

『……だ。……ど……のだ』

「!?」 

 

 自身も努めて冷静であろうと振る舞おうとする黒井の耳に、()()は唐突に飛び込んできた。

 弾かれたように顔を上げ、彼が視線を向けたその先。

 黒井のものでもない、ついで言えばその隣のシャーレイのものでもない、第三者的な異音の発生源――トライサイクロンに備え付けられた、カーステレオ。

 そこから続いて流れたのは、先と違い、はっきりと意味を汲み上げられるまでに明瞭になった()()

 

 

『……どうなのだ、坊主。余の声は、ちゃんと向こうに届いておるのか?』

 

 

「なっ……!?」

 

 

 カーステレオから流れ出した野太い胴間声に、黒井は目を剥いた。

 聞き覚えがある、などといった次元の話ではない。もはや聞き違えようもない、忘れようもないこの声の主。

 シャーレイの焦りようと、ステレオからがなり立てられる征服王イスカンダルの声。

 

(これは……!?)

 

 瞬時にフル回転した黒井の脳細胞が、いくつもの可能性を提示する。

 それらの中から、最も確率が高いと思われるケースを、即座に取捨選択。

 時間にしてわずか数秒。導き出された結論は――

 

「まさか……! お前が飛ばしてた使い魔か!?」

 

 思わず責めるような口調になってしまったことに対して、マズイと黒井は思ったものの、時すでに遅し。

 

「ゴメン…… やられちゃったみたい」

 

 詰問調の黒井の言葉に身をすくめたシャーレイは、伏し目気味にその問いへと答えた。

 馬鹿か俺は、こいつに当たり散らしたところで意味ないだろうが。黒井は自省して、声色を出来る限り和らげるよう意識ながらシャーレイへと尋ねる。

 

「起こってしまったことはどうしようもないだろう。それより、状況確認が先決だ。お前の使い魔は、今どうなっているんだ?」

「……倉庫街で見た、おっきな赤いマントのサーヴァントの手で、こう……、むんずと掴まれてるね」

「もしかしたら違うってこともあるんじゃないかと祈っていたが…… そうか、やっぱりあのやかましいサーヴァントなのか……」

 

 征服王イスカンダル。自分と同じ、『騎兵』のクラスを騙ったサーヴァント。

 呵呵大笑するそのサーヴァントと、側に控える女従者、両者にいびられるひょろっとした少年の姿が、黒井の脳裏をかすめた。

 

「ところで、向こうからはこちらの尻尾はどの程度掴まれてるんだ? 位置や、映像なんかは?」

「あ、あんまり自信ないけど、大丈夫、だと思う。いまこうやってスピーカーに音声を出力してるのはアタシだし、あっちはこっちの位置も映像も拾えてない、はず……」

 

 必死にまくし立てるシャーレイを分かったから落ち着けと手で制して、黒井はひとまず安堵した。

 あの物々しいチャリオットにこの街中で仕掛けられるという可能性がひとまず排除できそうだというそれだけで、かなりの安心材料だった。

 

――――しかし、

 

『おーう坊主、どうなんだ? ……まぁいいさ、なら、通じているって前提で勝手に話すぞ。まず、この烏を飛ばしてた輩についてだが、おおかた予想はついている』

『なんだって!? 本当か、ライダー!?』

「ええっ!?」

「……!?」

 

 そんな黒井の心中をまるで見透かしたように、スピーカーの向こうで断言する征服王。

 「ウソでしょ」と目をまんまるに見開いて口元を手で覆ったシャーレイと、険しい目つきでカーステレオを睨みつける黒井。

 ふふん、と勿体付けるように間を作ってから、イスカンダルは言葉を続ける。

 

『ずばり、あの仮面のサーヴァントのとこのマスターであろうな』

 

「……そのとおりだよ」

 

 黒井は思わずスピーカーの声に応えてしまってから、太い息を吐き出した。

 征服王の口調からは、探りを入れるような、はたまたカマをかけるような、そういった謀を巡らしているような雰囲気は毛ほども感じられない。

 己の推論に絶対の自信を持っているような口ぶりで、高説は続く。

 

『いくら余やシャムスが周囲を警戒していたとは言え、ここにこうしてあっさり捕らえせしめられたのを見るに、こいつを操ってるのは魔術の素人に相違ないだろうな』

『お前と同じくらいにな、青瓢箪』

『ふざけろよ! いくらボクでも、そんな初歩的なミス犯すわけないだろ! 使い魔にする動物だってちゃんと選別するし、こんな時間に一羽だけ烏を飛ばしたりなんかしない!』

 

 冷ややかに言う女従者と、それに猛抗議するマスターの少年の声がスピーカーからかしましく流れ出す。

 で、話題の当人であるところの初歩的なミスを犯した魔術の素人と言えば、

 

「あっ」

 

 などと、無駄にすっきりとした得心顔で間抜けな声を漏らして、ポンと手を打っていた。

 こやつ張り倒してやろうかと、黒井がこめかみに青筋を浮かべる中、イスカンダルの高説は佳境に入ろうとしていた。

 

『であるからして、御三家とやら魔術の名門、それに小僧、貴様の師の高慢ちきな魔術師も除いて構わんだろう。アサシンのマスターは…… っと、余としたことが口を滑らせてしまったか。まぁ、除外で問題なかろう。使い魔なんぞを持ち出さずとも、己のサーヴァントを走らせた方がよっぽど有益だろうしな』

「アサシン……? どういうことだ?」

 

 森で自分たちが退けたアサシンの名前がなぜここで出てきたのか。

 黒井にはいまいち測りかねたが、生憎とその答えを持っていそうな相手は、彼の疑問には答えるわけるもなく、スピーカーの向こうで静かに結論を述べようとしていた。

 

『そうすると、残りはキャスターと件の仮面のサーヴァントの陣営のみ。が、キャスターとそのマスターたちは、あのとおりの狂人の集まりよ。監督役から、自分たちへの討伐命令が下されていることすら知らんのだろう』

 

 あるいは、気にも留めていないか。斥候を放つような魔術的技量もないか。

 そう言い添えるイスカンダルの言葉を半ば聞き流しながら、黒井とシャーレイは互いに顔を見合わせていた。

 先ほどから初耳の情報ばかりがぽんぽんと飛び出し、追いつくのも精一杯な有様だったが、ここに来て、最も大きな爆弾が放り込まれたのだ。

 

「キャスター陣営に……」

「……討伐要請?」

 

 黒井がしかめつらしく呟き、シャーレイが目をぱちくりさせてそれを受けた。

 聖杯戦争の胴元が、参加陣営のひとつに対して討伐命令を下す。

 そんなことが、あり得るのだろうか?

 ふたりの疑問に、やはり答えてくれる者はおらず。

 代わりにスピーカーの向こうでは、征服王の胴間声が張り上げられる。

 

『というわけで、だ! この使い魔を放っておったマスターとそのサーヴァントどもよ! 聞こえておるのだろう!!』

 

 ついに来たか。

 黒井とシャーレイは征服王の次の台詞に備えて、身構えるような厳しい面持ちへと変じた。

 当然ながら、こんな演説ひとつでこの場が収まるわけがない。

 

(征服王イスカンダル。次は、どう出る腹積もりだ? なにをしでかす?)

 

 黒井は沈思黙考し、この相手の脅威査定を試みる。

 情報戦においてほぼ真っ暗闇のこちらは、敵対する陣営について未だに情報が圧倒的に不足したままだ。

 辛うじて判明しているのは、黒井が召喚された直後に森の中で交戦した『暗殺者』のサーヴァント、それと昨日の倉庫街で交戦した『剣士』、『槍兵』、『()()』のサーヴァントと、そのマスターについて。

 『狂戦士』や『弓兵』のサーヴァントとも会敵はしたが、マスターについては皆目不明。

 しかも、明確にマスターの姿が確認できたのはセイバー陣営のみ――これに関しては、やや想定外のケースではあったが他の陣営に先んじて、真のマスターを看破出来たと言える――であり、ランサーのマスターはと言えば、その声とおおよその性格だけしか分かっていない。

 乏しい情報から判断して、征服王の陣営がこちらの使い魔を捕捉したというこの状況は――

 

(分からん……! どちらに転ぶのか、まるで読めないぞ……!)

 

 こういったケースの場合、確定的に詰みに陥るだろう相手は、まず間違いなくセイバー陣営に他ならない。

 というよりも、あの黒コートの男、彼こそが問題だ。

 おそらくどんな手段を講じるにしても、あの男が容赦や躊躇などといった生ぬるい手心を加えるような可能性は万に一つも有りはしない。

 極めて合理的に、それもかなりの冷静さと慎重さを以てして、こちらを徹底的に追い詰めに掛かるだろう。

 ランサーのマスターを見て感じた、謂わば『魔術師的思考』のようなつけ入りやすさは、あの男には当て嵌らない公算が高い。

 携えた狙撃銃、まとわりつく濃厚な死の臭い、なによりあの底冷えのする昏い瞳。

 それらを思い出して、ならばと黒井は思考の矛先を切り替える。

 

 『なにを仕出かすか分からない』というその一点では、ある意味セイバー陣営よりも遥かに危険で読めない相手。それが、現在相対しているこの征服王陣営だ。

 少ない観察からでも十分すぎるほどに分かったことだが、あの陣営の主導権を握っているのはマスターの少年ではなく、豪放磊落な赤銅のサーヴァントの方だ。

 戦場で自らの真名をひけらかす、敵方のサーヴァントに軍門に下れと勧誘する。

 はっきり言って、黒井の思考では、何ひとつ確実なことは予想できそうもなかった。

 

(しかし、これだけは分かる。賭けてもいい……)

 

 ひとつだけ、はっきりと断言できることは、たったひとつ。

 

 

『――――仮面の戦士よ、ひとつ聞くが……』 

 

 

 まず間違いなく、碌なことを言い出さないに決まっている。

 そして事実、征服王が意気揚々と切り出したことは。

 

 

 

『……貴様、酒はイケる口か? うん?』

 

 

 

 途轍もなく、碌でもなかった。

 

 




聖杯問答が開幕と言ったな、あれは(半分)嘘だ。
なにやら気づけば、ただでさえ長ったらしい自分の文章の中でも最上級に長々とした文章で出来上がってしまった聖杯問答、ちょうどよく区切るために今回はここまでにしました。
なので、次の更新はさすがに半年後なんてことはありません。すぐに上がりますとも、ええ。
ところで、この長い沈黙の間に、作者である自分の方はといえば、かなりライダーについての知識が蓄積されました。卒業していた間の作品についてもあらかた吸収して、いまや名実ともにライダーオタです。いやぁ、えがったえがった。
ゴーストも毎週ちゃんと見てます。今のところ、かなり面白いと言えるんではないでしょうか。
というわけで次回、「MONDOUと王の軍勢とアサシン’s散る」
絶対見てくれよな!(やや嘘)
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