Fate/The third ~Who's That Guy~ 作:ネイキッド無駄八
今回は、いわゆる息抜き回、ゆるゆる回です。
動機は……シャーレイを書きたかったから……!
だってだって、いただく感想とかメッセージの中に、シャーレイについて書かれてるものが殆ど無いんですもの!!
高まる一方の筆者のシャーレイ愛のやり場のなさを、この一回にぶつけたわけです。
というわけで、3号のカッコイイバトルを期待していた方々、まことに申し訳ございません!
今回は完全なる作者の趣味回です!
聖杯戦争開始から、はや六日目。
これから始まる血で血を洗う闘争を前にして、この六日間で戦況は着実に一歩一歩を踏み出しつつあった。
それは例えば、
どこまでも豪放磊落なイスカンダルに振り回され続けるウェイバー少年の受難であったり。
そして――――
「ここが……切嗣の生まれた国………」
最優のサーヴァントであるセイバーと、その代理サーヴァントであるアインツベルンの淑女、アイリスフィールの日本上陸であったりするわけである。
男装に身を包んだセイバーが側仕える黒のリムジンの車中、アイリスフィールは少女のように弾んだ声で街の景色を飽くことなく眺め続けていた。
「はぁ……せっかくのニホンだもの。戦いが始まる前に満喫しておかないと」
「危険です、どこかに拠点を構えてから………」
生まれてからずっと、文字通りの箱入り娘であったアイリスフィールからすれば、初めて見る外の世界の情景は何にも代え難い感動を生んだに違いない。
己の心情を語るアイリスフィールにさおされたのだろう、セイバーは今日一日をこの心優しい無邪気な淑女のエスコートに身をやつすことに決めた。
車を止めさせ、アイリスフィールの手を取るセイバーの姿はまさしく、レディに傅く騎士そのものなのだった。
―――――その、すぐ隣。
セイバーとアイリスフィールが乗車している黒のリムジンの反対車線。
ちょうどリムジンとすれ違うようにそこを走り去って行ったのは、白のオープンカー。
多少造詣の深い人間でなくとも、そのオープンカーがユーノス・ロードスターのカスタムであるということにはひょっとすれば気づいたかもしれない。
時は1994年、この頃はまだまだ流行りだったこの車種は、目撃した人々からすればさりとて気にも止まらないような印象だったに違いない。
もっともそれは、あくまで車の印象のみにおいての話であり、むしろ人々の興味を引いたとするならば――――
「おい、あまりはしゃぐな……誰に見られているか分からないんだぞ?」
「ヘーキヘーキ! クロイは気にしすぎ! そんなんだからずっと辛気臭い顔なんだよ? もっと楽しくいこうよ、ね?」
「ばっ……!? 俺のことは真名では呼ぶなと……いや、いいのか? 露見したところで、俺には特に痛手は無いか……? いや、そんなことよりだな……!!」
「わあ! ねえねえ見て! すっごい大きなビルだよ! てっぺんが見えないや、信じられないよ!!」
「…………」
黒井の話が耳に入っているのかいないのか、シャーレイは黒井の叱責するような声を遮って目の前の巨大建造物にすっかり目を奪われていた。
何を言っても無駄だと判断した黒井は早々に匙を投げ、寡黙に運転に徹することにした。
冬木市の街並みの中を、法定速度に則って極めて平凡な運転を続けるロードスター。
その助手席で、瞳の中に星でも浮かべているかの如くに目をキラキラと輝かせて物見に精を出す褐色の少女。
そして、やや不機嫌そうな面持ちではあるものの、それでも幾分かリラックスしたような雰囲気でハンドルを握る、どこか影のある美丈夫。
そもそもが、なぜこんなことになっているのかと言えば――――
―――――――――――――――――――――――――――
「……なんだって?」
到底そんなことなど有り得ない、むしろあってはならないだろうと言わんばかりのこれ以上ないほどの驚き呆れぶりをまざまざと表情筋で表しながら、黒井は己のマスターへと問いかけを投げた。
「エヘヘ………」
問いを受けた張本人であるところの少女、シャーレイはといえばそれに対して困ったように人差し指でポリポリと頬をかき、物申したげな黒井の視線からそっぽを向いている。
小言のふたつやみっつほど、言いたいことはひとまずぐっと抑えて、改めて黒井はシャーレイへと同じ問いを繰り返すのだった。
「本当なのか? 持ち金が、ただの一銭も無いっていうのは……」
「いやあ……ハハハ、まあ、うん……ハイ……」
自分が運転をしているということを数瞬忘れ、なんてこったと黒井は天を仰いだ。
助手席では、バツが悪そうな顔でシャーレイが自らの左側の景色へと逃避気味に目をやっている。
ひとまず落ち着ける場所を確保しよう、という今後の方針を定めた黒井とシャーレイはしかし、そこである重大な事実に思いが至ったのだった。
そう。それ即ち、路銀はいったいどうして工面してくれようか、ということ。
黒井は当然召喚されたサーヴァントであるからにして、現金の類など所持していよう筈も無かった。
ならば何か金目の物はと言えば、それも特に目ぼしそうなブツの持ち合わせも無し。
そこに関してはもう、論じる意味など考えるまでもないところである。
本当に論じるべき問題は、そこでは無かったのだ。
「にわかには信じられないんだが……今時、本物の無一文なんて居るものなのか?」
「あら、それはとっても傲慢な物言いだと思うわ。いったい、世界の人類の何割が今まさに飢えて死を待っていると思ってるの? いくら自分が恵まれた人間だからといって、他の人類みんなも自分とおんなじだなんて本気で考えているのなら、それは愚かしさ以前の問題だよ?」
「うるさい。今言っているのは、そんなことじゃないだろう。それともあれか? もしやお前も哀れ家なき子だとでも? そんな若い身空でこの寒空の下、素寒貧だとでも言うつもりか?」
話を無理やり壮大なスケールに広げたシャーレイに、皮肉たっぷりの物言いで切り返す黒井。
なによなによと、負けじと言い返すシャーレイ。
「フンだ、こちとら南国の島育ち、無い無いづくしの毎日だわよ。先進国の暮らしに首までどっぷりだったろうアナタと違って、野山を駆けまわって海の荒波と戦い、やっと今夜の晩ご飯にありつけるかどうかっていうのがアタシらの島の日常だったの! ええそうよ、スカンピンで何が悪いって言うの!?」
「……アリマゴ島、と言ったか? お前の住んでいるという島らしいが、まぁそこの暮らしぶりはさておいてだ」
「さておかないでよ!」
「ここは、日本だぞ。紛れもなく疑いようもなく、極東の国ジャパンだ。ここは、アリマゴ島なんかじゃない」
「………っ」
あくまでも冷静な黒井の指摘に、言葉に窮して黙り込むシャーレイ。
黒井としては、何も意地の悪い問いをしてこの異国の少女を困らせようというつもりがあったわけでは無論無い。
シャーレイにしても、そんなことは百も承知だろう。
生まれてしまった沈黙の空気が、しばしトライサイクロンをじっとりと取り巻く。
やがて、絞り出すような声音でシャーレイがぽつりと呟いた。
「仕方ないじゃない……アタシだって、なにがなんだか……」
「それは分かってる。さっきも聞いたからな……だから、もうこの際そこには目を瞑ろう」
自責の念に苛まれたのだろうか、黒井もそれ以上シャーレイが一文無しであることについて言及しようとはしなかった。
どうしようもないことをネチネチと言い募る趣味は彼には無かったし、そんなことをしたところで状況が好転するわけでもない。
したがって、議論は原点へと立ち返るわけだが、
「まさか……聖杯戦争に臨むにあたってまず最初に問題になるのが、路銀の確保についてとはな……」
「うん……たぶん、こんな俗っぽくてビンボー臭いことに頭を悩ませてるのって、アタシたちだけなんじゃないかな……」
過去三度に渡る、そしてもしかしたら後世にも行われるかもしれない聖杯戦争にあって、よもや先立つものが無いことに頭を抱えている無一文の陣営など、後にも先にも他に存在などしまい。
しかし、彼らにとっては文字通り過ぎる”死活問題”なのである。
見栄を張る余地も、悠長なことを言っている暇もないのだ。
こんな状態で他の陣営の襲撃など受けようものならひとたまりもあるまいし、それよりも先に飢えに耐え切れずに野垂れ死ぬ可能性すらあるのだ。
ゆえに彼らはこの問題に関して、可及的速やかに手を打つ必要に迫られているのであった。
「ハイ、早速ですが、ひとつ思いついた方法があります」
「なんだ。言ってみろ」
助手席に座るシャーレイが挙手し、黒井がそれに応じる。
至極真面目な面構えの少女は、ひどく真剣な声音で、
「手っ取り早く、クロイが霊体化してそこらの家にでも空き巣に入ればいいんじゃないかな」
「…………」
人間の風上にも置けない下衆の発想だった。
能面のような恐ろしい表情で無言を貫く黒井の様子に、大いにびびりながらもシャーレイは自説を即座に撤回しようとはせず、
「でも、これが考えられる中で最も簡単かつ安全な方法だと思うわ。それに、いたずらに死傷者を出すこともないし」
「……お前、本気で言ってるのか?」
「分かってるわよ。これは最後の手段。でも、本当にどうしようもなくなったら、最悪こんなことでも手を染めなきゃいけなくなる。肝に銘じておかなくっちゃ」
「人として最低な所業に手を汚すくらいなら、俺はいっそ餓死する道を選ぶがな……」
どこかの征服王にも聞かせてやりたいような台詞を吐き、黒井は暗澹たる思いに駆られた。
仮面ライダーが空き巣に入るような世の中になれば、それこそまさに世も末だ。
絶対そうはなるまい、と改めて強く決心した黒井を尻目に、腕組みをして頭をひねり続けているシャーレイ。
天才少女の頭脳をもってしても、中々解決の糸口には至らないようである。
「う~ん……拾ったお金で賭け事でも……ダメね、非現実的すぎる。サーヴァントのアナタにしたって……」
「あいにくだが、俺の幸運パラメータは人並み以下だ。期待するだけ無駄だろう」
「だったら、やっぱりどこか働き口を探すとか……」
「時間がかかりすぎる。第一、身分証明も出来ないお前じゃ書類審査にすら通らないだろう。最悪、国籍がバレて国外追放されかねない」
「分かってるわよ……はあ……やっぱり、監督役の教会に駆け込むしかないかなあ……?」
「気が進まないが、それしかないんじゃないか?」
結局、思索の結果は芳しくはなかったようで、お手上げだとばかりにシャーレイも天を仰ぎ見るのだった。
シャーレイが最後に出した案は、黒井の方も考えてはいたことだった。
それは聖杯戦争の監督役である『聖堂教会』に、駆け込み寺よろしく助力を乞うこと。
おそらく現状で最も妥当な方策であろうそれを採用することを、しかしこのふたりは渋っていたのだった。
それはといえば、
「……やっぱり、やめたほうがいい気がする。理由は分からないけど、なんだかすごく、嫌な予感がするの……」
「それがいまいち分からないんだが、なんだ? お前、教会に何か縁でもあるのか?」
「ううん。『聖堂教会』なんて、聞いたこともないよ。けど、やっぱり……なんだかイヤなの」
「………」
シャーレイはずっとその一点張りだった。
『胸騒ぎがする』
そう言って、頑なに教会と関わり合いを持つのを拒むのである。
理不尽極まりない話だが、ここまで過剰に拒否反応を示している彼女に無理強いすることが、どうにも黒井には気が引けるのだった。
結果、議論は着地点をなんら見いだせないままに暗礁に乗り上げようとしている。
どちらともなく、力無く嘆息する黒井とシャーレイ。
どこか投げやりな口調で、助手席の少女は無気力にぼやき始めた。
「ねえ、いっそこの車を売り払っちゃうっていうのはどう? これ、けっこういいやつなんでしょ? そこそこの値段にはなると思うんだけど」
「冗談も休み休み言え。これは宝具だし、何よりも俺の魂といっても過言ではないほどの相棒だ。それをよもや、金に変えるなどと……」
「ハイハイ、重々承知しておりますよーだ。なによ、ぶっちゃって。レーサーでもあるまいし……」
「…………」
「…………」
「「あっ」」
まるで図ったかのようなタイミングで、ふたりはシンクロして呟きを洩らした。
同時に、ぴたりと揃った動きでお互いの顔を振り向き、信じられないといった表情を互いに交換する。
『三人寄れば文殊の知恵』ではないが、存外他人と話し合うという行為と効果は、馬鹿にできないものらしい。
「アナタ、たしか日本の英霊だよね? だったら、どこでどんな
「……ああ。ここが俺の元居た世界と違うということは無論考慮に入れなければならないが、もうそこは賭けるしかない。幸いにもというべきか、比較的近場で、それもおそらくごく近日中にレースが行われるだろう
「なら、もうこれしかないわね……」
「杜撰すぎるが、この際背に腹は変えられないか……」
口にはせずとも、もうふたりの間では行き先が確定したも同然だった。
なるようになれとアクセルをふかし、黒井はトライサイクロンを目的の地へと走らせ――――
―――今に至るというわけである。
「いやあ、にしても! さすがは『騎兵』のクラスのサーヴァントというべきかな! ああもあっさりと優勝をかっさらっちゃうとは、お世辞抜きで大したものだよね! アナタ、本当にすごかったわ!」
「そりゃ、どうも……」
涼しい顔で答える黒井だが、満更でもなさそうな得意がその表情と声音には浮かんでいる。
詳しいところは省くが、要するに黒井は『カーレースに出て優勝した』のだ。
勿論、レースに関して言えばなんらやましい手口を使ったわけではなく、あくまでも実力の上での結果としての優勝である。
己が持てる類稀なるドライビングテクニックを遺憾無く発揮し、他の選手の追随を許さない圧倒的な走破をまざまざと見せつけた黒井。
表彰台に立った彼の顔は、実に爽やかな喜びで満ち満ちていたものだった。
その姿は、あるいは彼がもし仮面ライダーでなかったとするならば、きっとそうなっていたであろう姿だったのかもしれないが、それはまた別のお話というやつか。
ともあれ、遊んで暮らせるというほどではないにせよ、それなりのまとまった額を手に入れた黒井とシャーレイは、ホクホク顔で冬木市へと凱旋帰国したというわけである。
で、そんな彼らが今何をしているのかというと、
「ん~……おいっ、しい~! この『オオバンヤキ』ってお菓子、とっても不思議な味がする! ニホンには、こんな美味しいものがあるんだね!」
「ふむ……なるほど。これはたしかに旨いな」
片や助手席で、片や運転の片手間に、熱々の大判焼きに舌鼓を打つふたり。
「そういえば、もうこんなものが街頭に並ぶ季節なんだな……どうだ、寒さは平気か?」
「うん! このオオバンヤキのおかげで、なんだか身体がポカポカしてきた気がする! あ、それにコレ! このコートのおかげで全然寒くないよ! ふふん、ニホンの寒さも、意外と大したことないのかもね?」
「子供は風の子、か……よく言ったもんだよ、まったく」
屈託なく笑むシャーレイは、元から着ていた白のワンピースの上に新しく更に白のファー付きのコートを羽織っていた。
白のワンピースに白のコートは絶対釣り合わないと黒井は止めたのだが、白に並々ならぬこだわりを見せる彼女が譲らなかったので、仕方なく購入したのである。
ファーがもふもふとした印象を追加することによって、より小動物感に磨きがかかったなどと黒井は胸中で思ったものだが、それを敢えて彼が口にすることはしなかったというのはここだけの話だ。
ともあれ、大層お気に召した様子のシャーレイの姿に、黒井は余計なことは言うまいと心に誓ったのだった。
実に平和な光景。
それはこのふたりが抱えている事情から考えれば、到底ありえないような平和ボケそのものな情景。
いつどこから命を狙われないとも限らない状況にあって、正気の沙汰ではないその所業。
とてもではないが、聖杯戦争に参加しているマスターとサーヴァントの振る舞いなどでは断じてない。
今もまた、助手席のシャーレイは過ぎ行く街並みの一角を指差してはしゃいだ声を上げ、
「ねえねえクロイ! あそこの賑やかなお店はなに!? あっちのほうの!」
「ん……? ああ、ゲームセンターか。どうした、興味があるのか?」
「うん! いったい何をするところなの?」
「まあ、平たく言えば遊技場だな。島にはさすがになかったか? 機械の筐体でガチャガチャやる……」
「あ、それってインベーダーゲームかな? 島に一台だけあったのを見たことあるよ!」
「あったのか……要するに、それがたくさん置いてある場所だ」
「へえー……」
「……行って、みるか?」
「いいの!?」
「毒を食らわば皿までってやつだ……もう好きにしてくれ」
「エヘヘ、アリガト!!」
あろうことか、トライサイクロンは雑踏のゲームセンターへと進路を変えたのだった。
―――――――――――――――――――――――――
「あー、たーのしかったあ……! ニホンって、すんごく良い国なんだね……! もうぜんっぜん退屈する暇がなかったよ……!」
「そう思ってもらえたなら、なによりだが」
素足を濡らしながら、浜辺で打ち寄せる波と戯れるシャーレイ。
日はとうに落ち、頭上の夜空では煌々と月が優しい光を放っている。
散りばめられた星々にも負けない満面の笑顔を浮かべる少女の姿に、つられて黒井も思わず目を細めた。
小麦色に日焼けした少女が、月夜の砂浜で小波と遊ぶ。
どこか幻想的で、まるでそんな物語を見せられているかのような、現実から乖離したようなそんな光景。
トライサイクロンに身体をもたれかけ、波打ち際で遊ぶ己のマスターを黒井は静かに見守っていた。
そんな彼に背を向ける格好で、月を見上げた褐色の少女は、唐突に独白めいた調子で呟きを洩らす。
「今日は、本当にありがとう。んでもって、ゴメンね。アタシのわがままにつきあってくれて」
それまでのはしゃぎぶりから一転して、少女の声はひどくしっとりとした感慨深い色を帯びていた。
突然の少女の静かなる変貌に、若干の驚きを含んだ視線を少女へと向けた黒井。
視線の先の少女が、どんな顔をしていたのか。
彼女が背を向けていたことにより、黒井にはそれを見ることは叶わなかった。
「分かってはいたんだよ。今行われてるのは聖杯戦争で、アタシたちはその参加者で。どこから誰が狙ってるかも分からない危険な状況だっていうことも、あんなことをして遊んでいる場合でもなかったっていうことも」
「……だが、それでもあえての今日の振る舞いだったんだろう? なら、そんなに落ち込んだ声を出すな。一日まるごとお前の足にされた俺が報われないじゃないか」
「へへ、そうだね。今日は一日、お疲れ様でした!」
おどけた調子で陽気な台詞を吐いたシャーレイだが、すぐに足元の砂へと目を落として黙り込んでしまう。
気の利いたことのひとつでも、ここで何か言えれば、と黒井はかける言葉を見つけられない己の無愛想加減を少しだけ恥じた。
物思いに沈んでいる少女に対し、なんと声をかければ果たして正解なのか。
それが見いだせないならば、黙って耳を傾けるほかない。
だから黒井は、少女が自分から口を開くまで、己に沈黙を強いた。
「……前に、言ったよね。アタシ、記憶がちょっと抜け落ちてるみたいだって」
やがて、意を決したように少女は独白の続きを紡ぎ出した。
相変わらず黒井には背を見せて。
頭上の月にでも語りかけているかのように。
頬を撫ぜる潮風の中、少女は静かに語り続ける。
「部分健忘、っていうのかな? 自分の名前も、住んでいた島も、そこでの思い出も、そこで暮らしてた人たちのことも―――大切な人たちのことだって―――ちゃんと覚えてる。でも……そこから先が、わからない……」
まるで、そこから先がすっかり抜け落ちてしまったかのように。
さながら、そこから先はすっかり焼け落ちてしまったかのように。
「気づいたら、森の中に居た。そして、アナタに出会った。でも、そこまでの間に、アタシにいったい何があったの? アタシにいったい、何が起こってるの……? わからない……わからないんだよ……」
夜風が冷たくなってきたからだろうか。
話し続ける少女の声とその小さな背が、微かに震えているように見えた。
「正直ね、怖いんだよ。自分が
「………」
思えば、黒井は自ら望んで次元を超えて、自らの意思でこの地に足を踏み入れたのだった。
こうして聖杯戦争に臨むことも、この少女をマスターとして認めたことも、全て自分で下した決定の結果。
対して、何もかもが分からないことだらけのまま、全てが理解不能のままに。
自分の意志とは関係なく、ただ巻き込まれてしまっただけの褐色の少女。
彼女を取り巻く状況は限りなく理不尽で、どこまでも不条理で。
「でも、それはもう、起こっちゃってることだから。メソメソしたって、どうしようもないことだから。今アタシに必要なのは、怯えて縮こまる臆病じゃない。この状況に向き合う、立ち向かうための勇気だから……!」
振り返った彼女の目には、爛々と燃え上がる闘志の炎。
この早熟な天才少女は、見かけよりもずっとタフで肝が据わっていた。
一瞬だけ垣間見せた脆く儚い姿をかき消すように、少女は凪の浜辺に宣言する。
己のサーヴァントに向けて、マスターたるシャーレイは力強く言い放ったのだった。
「今日は、その勇気を充填するための一日! これから始まる殺伐の日々のための、そして―――必ず聖杯戦争を勝ち残って、そんでもって生き抜くための前祝い!!」
「………ふっ、何を言い出すのかと思えば……」
胸を張って決然と述べたシャーレイへと、ニヒルな笑みと共に黒井は可笑しそうに、
「よもや、そんな台詞で今日一日の愚行を正当化しようだなんて思っていないだろうな? 我がマスター殿?」
「うっ……」
黒井の言葉に、弱ったような声をあげて小さく俯くシャーレイ。
おそるおそると顔を上げ、腕組みして苦笑する己のサーヴァントへと自身も苦笑を返しながら、
「……うーん、これでどうにかお茶を濁せると思ったんだけどなぁ。やっぱり、ダメ?」
「ダメだな。てんでダメだ」
「うぅ……そんなにキッパリ言い切らないでよね……」
しょげかえるシャーレイの姿に、少し大人気無かったかと黒井は心の中で小さじ一杯程度だけ反省の念にかられた。
だから、その小さじ一杯を含めた調子で、黒井はシャーレイに向かって言ったのだった。
彼なりの、精一杯の愛想をこめて。
「……楽しかったんだろ、今日一日。だったら、何も変な理屈をこねて理論武装しなくてもいいじゃないか。素直に楽しかったと、それだけ言えばいいんだ」
「へっ……?」
豆鉄砲を食らったような顔で、拍子抜けしたような声を上げるシャーレイ。
彼女からしてみれば、これまでずっと仏頂面で、口を開けば皮肉ばかりだった己の相棒から、よもやそんな言葉を聞けるとは思ってもみなかったのだ。
黒井響一郎とて、サーヴァントである前に、改造人間である前に、まずもって『人間』なのだ。
クールな面持ちを崩さないため他者にそれとは悟られにくいだけで、人並みに笑いもすれば涙も流すだろう。
黒井は、慌ただしかった今日という日を再び脳の中に蘇らせてみた。
生まれ育った島とはまるで違う街の様子に、いちいちリアクションを取って感想を喧しく語ってきた少女。
天をも突かんとそびえ立つハイアットビルを見上げようと、精一杯背伸びをしていた少女。
ブティックに並ぶ色とりどりの服たちに、あーでもないこうでもないと年相応の喜びを昂ぶらせていた少女。
ホカホカと湯気を立たせた大判焼きの熱さに、思わず手を引っ込めてびっくりしていた少女。
ゲームセンターの筐体を余すところなく網羅せんと息巻いていた少女。
UFOキャッチャーの景品がどうしても取れないと、黒井に泣きついてきた少女―――――
「………ここが、あの子の居た国。ケリィが、生まれた国なんだよね。ここで生まれて、ここで育った。この国が、世界を転々とし続けてたあの子のルーツ……」
シャーレイは、ポケットから取り出した紙切れを見つめて感慨深そうに呟く。
それを目にした黒井の表情は、苦笑の色をより濃くすることとなった。
はにかみながら、大切な何かを語るようにシャーレイは慈しみを吐露する。
「だから、アタシは今、スゴク嬉しいよ。こんなどうしようもない状況だけど、それでもこの国を見ることができて、とても良かったと思ってる。あの子が生まれたこの場所に、アタシがこうして立っていることが、とっても嬉しいんだ」
「……で、なんでそれが出てくるんだ?」
さっさと仕舞えとばかりに黒井が指し示した紙片を月に透かして、シャーレイは悪戯っぽい眼差しを彼へと向けた。
そして片目を瞑ったウィンクと共に少女は黒井の傍へと駆け寄り、紙片を半分にちぎって彼へと手渡すのだった。
「―――これは、思い出。この今日という日をずっと、そして絶対に忘れないでいるためのアタシの宝物。これでもう、記憶が抜けちゃうようなことがあってもダイジョウブ、だね!」
「やれやれ……こんなちゃらついた物を……」
「いいの! アナタもちゃんと持っててよね! だいたいアナタ、ちょっとばかしマスターに対して、忠誠ってものが足りないんじゃない? だから、これは言わば二次的な契約の証よ! 令呪だのなんだのっていう、胡散臭い繋がりよりもよっぽど確かな代物じゃない?」
「……まぁ、その忌々しい大鷲の印よりは、少しだけマシかもしれないが」
黒井は己の手の中にあるその紙切れを見て、なんとも形容しがたい表情を浮かべていた。
それは、彼らがゲームセンターの一角で見つけた真新しい大きな機械から吐き出されたもの。
絶対に御免だとごねる黒井を無理やり押し込むようにして、シャーレイが撮影したそれ。
その紙片には、引き攣ったような奇妙な面構えの黒井と、これ以上ないくらいの最高の笑顔でピースをするシャーレイの姿が写りこんでいた。
プリント倶楽部―――当時稼働したばかりだったその機械に目をつけたシャーレイが作ったそれを、黒井は黙ってポケットの中に押し込んだ。
俺はいったい何をしているんだという微妙な思いは晴れなかったが、目の前でニコニコしている己のマスターを見ていると、最早どうでもいいかといった諦めにも近い感情が広がっていくのを黒井は自覚せざるを得ないのだった。
嘆息とともに首を振り、黒井は己のマスターである褐色の少女へと、告げなければならないことを口端に上げた。
「それはそうと、気づいているか?」
「……ええ。なんとなくだけれど。ねえ、やっぱりこれって……」
「ああ。―――おそらく、敵側のサーヴァントだろう。ここから少し行ったところから、気配を発しているのが分かる。どうやら、己の存在を隠す気は無いらしいな」
いつか来るだろうとは思っていたが、ついに現れたか。
鋭い闘気を放つまだ見ぬ敵の姿に、黒井はきりりと身が引き締まる感覚を覚えずにはいられなかった。
冬木に戻って、たった一日。
しかし、己が召喚されたのは、そして直後に暗殺者のサーヴァントに襲撃されたのは、それよりも数日前なのだ。
下手をすれば、戦局はどんどん変わっていきかねないような期間が過ぎていることを思えば、ある意味これは当然の流れだったのかもしれない。
知らず緩んでいた気を引き締め直した黒井は、傍らに佇む己のマスターへと問いかけを行った。
「さて、これからどうする? 息を潜めてやりすごせるかどうかは分からないが、試す価値も十分にあると思うぞ?」
「うん……でも、それだとアタシたちにとってはあまり旨みがない。他の陣営がどうかは分からないけど、少なくとも情報戦においてアタシたちが後手に回り続けているのは間違いないよ。このまま隠れ続けていれば戦局には動きがあるかもしれないけど、それをアタシたちが感知することは出来ないわ」
目を閉じて、取るべき方針を頭の中で浚っていくシャーレイ。
彼女が掲げるであろう方策を、黙って待ち続ける黒井。
結果、彼女が目を見開くのと、黒井が行動を起こすのに要したのはほんの僅かな時間に過ぎなかった。
「……行こう、クロイ。あてのないドライブもいいけど、いい加減に目的地を定めるべきよね」
「……了解だ。迅速かつ、静粛な運転を心がけよう」
勇気を充填する時間は、もう終わり。
トライサイクロンは、今こそ新たな戦場へと向かって発進したのだった。
はい、というわけでデート回でした。
うん……シャーレイのキャラがどんどん分からなくなってきた……
どうすれば彼女らしくなる!? わからん……わからん!!
あと、今回はさりげなくいくつか伏線を張っておきました。後々いろいろ明らかになっていくでしょう!
ところでふと気づいたんですが、そういえばハサンの大量消費に関する辻褄合わせを話に入れ込むのを失念しておりました。なので、どこかのタイミングでショートチックにそこらへんも挟んでおきます。きっと。
それと、実はお気づきの方が何人か居るかもしれませんが、今回の話はいろいろ時代考証があやしい箇所があります。まず、シャーレイがアリマゴ島でくらしてるあたりの時代に果たしてインベーダーゲームは存在しうるのだろうかということ。もうひとつ、第四次聖杯戦争の時点ではプリクラは実はまだ稼働していないんです。おそらく、戦争終結の次の年から初の機体がリリースされ始めるのですが、まあ、これまでの例にもれずみなさま、ゴチャゴチャ言わずに黙って読め!ということでどうかご勘弁ください。
では、今度こそ次回、セイバーvsイケメンな方のランサー!
『剣を隠すな! それでも騎士かアルトリアよ!』
お楽しみに!(大嘘)