Fate/The third ~Who's That Guy~   作:ネイキッド無駄八

6 / 10
 愚痴ではないんですが、決して愚痴なんかでは無いんですが。
 今回はやや苦労しました。
 なぜって、原作を持っていない作者はあのヌルヌル作画のランスさんの戦闘を、アニメを何回も見返すことでしか確認できなかったから……!!
 改めて、ufotableさんの作画の凄まじさを再確認させられました。
 ニトロの介入には賛否両論あるようですが、自分はやっぱりZeroの戦闘は素晴らしいと思います。
 それでは凶獣咆吼、はじまりはじまり。



凶獣咆吼

 

 

 ―――心と身体とを切り離して、引鉄を引く才能。

 

 

 少年には、そんな才が生まれ持って備わっていた。

 誰よりも繊細で誰よりも心優しかった彼が、そんな人殺しの天性を授かったことはこれ以上無いほどに皮肉な神の采配だろう。

 

 天は少年に二物を与えなかったばかりか、彼に二重の呪いを刻んだのだ。

 

 更に不幸な事に少年は、人生においてその才を活かす機会に限りなく恵まれてしまった。

 封じるべきだったその才能を、振るうべきではなかったその才能を、少年は遺憾無く発揮してしまった。

 

 血の涙を心の中で流しながら、少年は引鉄を引き続けた。

 

 一を捨てて、十を救う。

 大勢を助けるために少数を切り捨てるという理念の下、無辜の命ですら奪うことを彼は厭わなかった。

 それは、彼にとってかけがえのない大事な人たちが対象であったとしても、決して例外ではなかった。

 

 敬愛する父親をその手で殺した時も。

 己を拾い上げ、鍛え上げてくれた母替わりとでも呼ぶべきかけがえのない師を海の藻屑と変えた時も。

 

 どれだけ胸の裡が引き裂かれんばかりの喪失と悲哀に襲われたとしても、少年の才能は極めて無慈悲にどこまでも機械的に、彼にトリガーを引かせ続けた。

 屍を積み上げれば積み上げるほどに、血の河を流しては流し続けるほどに。

 気づけば呪いは完全に彼を蝕み尽くし、彼は銃爪を引くことを最早自分の意志では止められなくなっていた。

 止まってしまえば、己の後ろに築かれた夥しい屍山血河に意味が無くなってしまう。

 止めてしまえば、これまで切り捨て続けた彼ら彼女らの犠牲が無価値になってしまう。

 

 そうして呪い(才能)は、彼を冷徹な戦闘機械へと仕立て上げていった。

 

 

 

 「―――あ、あ……ぁ………あぁ………!」

 

 

 だから、そう。

 これは、本当の本当にはじめての出来事。

 おそらく、最初で最後の。

 

 

 

 ―――『魔術師殺し』の動作不良。

 

 

 「あああ…………あああぁぁ………!!」

 

 魔術師殺し、衛宮切嗣が。

 心と身体とを引き離して引鉄を引ける才能の持ち主が。

 

 

 

 「あああああああああああああああ………!!!」

 

 

 

 

 敵を前にしながら、構えた銃の引鉄を引けなかったのだから。

 

 

 

 

 

 ――――――――――――――――――――――

 

 

 

 「!? ちょっと、どうしたの!? 大丈夫!?」

 

 

 まるで激しい痛みにのたうち回るかのように頭を抱えて蹲った黒コートの男へと、褐色の少女がなりふり構わず駆け寄る。

 

 「おい、待て! 状況を考えろ! 迂闊すぎるぞ!」

 

 聡明な彼女からすれば到底有り得ない、あまりにも浅慮が過ぎる行動。

 無防備に駆け出していった己の主へと、黒井は慌てて制止の声を上げる。

 

 彼の言葉通り、今ふたりが置かれている状況は限りなく危険そのもの。

 男が物々しい銃を携えていること、そして今は聖杯戦争の真っ只中であり人畜無害な一般人などこの場に居合わせよう筈もないこと。

 動かしようのない諸々のファクター、しかしそれよりも何よりも問題な要素。

 それは、男がその身に纏っている気配。

 

 (この男……いったいこれまで何人()()()来た……!?)

 

 黒井の勘は、これ以上ないほどに眼前の黒コートの男に対して警鐘をけたたましくかき鳴らす。

 陳腐な言い回しを用いるならそれは、身体に染み付いた血の匂いとでも呼ぶべき代物。

 人殺しの業、それもひとりやふたりといった生易しい数の業などでは無い。

 

 (馬鹿な……こいつ、テロリストか何かか? ひとりの人間が殺しきれる数じゃないぞ、この人数は……!)

 

 黒井の嗅覚はこれ以上ないほどに明確に、眼前の『魔術師殺し』の正体とその尋常ではない危険さとを嗅ぎ分けていた。

 なればこそ、そんな危険な存在へと考え無しに接近する己がマスターの蛮行は、サーヴァントとして何としてでも止めておかねばならないところであった。

 

 

 

 「我が名は征服王イスカンダル!! 此度の聖杯戦争においては、『騎兵(ライダー)』のクラスを得て現界した!!」

 

 

 

 ―――そんな雄叫びを耳に拾ってしまった黒井の身体が、彼の意志とは全く関係なくその思考と行動を停止してしまわなければ。

 

 殆ど条件反射のように視線を向けたその先。

 雷鳴と轟音を伴って戦場に乱入してきた戦車の上、赤い外套を翻した堂々たる風格の大男が両手を天に突き上げて高らかに名乗りを上げていた。

 果し合いを邪魔される形となったセイバー、ランサーのふたりは呆気に取られてその姿をただ見上げている。

 黒井もまた、その赤銅の威容に目を奪われていた。

 しかし、眼下の二人と大幅に異なったのは、動きを止めたその理由。

 

 

 「奴め、一体何を言っている……? よりにもよって、『騎兵』だと……?」

 

  

 聖杯戦争とは、偏に魔術師同士のルール無用の凄惨な殺し合いだ。

 あのセイバーらのように、高潔な戦士としての誇りを賭けた一騎討ち、などと望む余地は本来介在する隙もない仁義なき闘争なのだ。

 口先三寸手八丁、権謀術数なんでもあり、策謀陰謀跳梁跋扈して騙し討ち闇討ち大いに結構。

 最後にリングの上で拳を突き上げることさえ出来れば、そのためには何をやっても許される非道の戦争に他ならないのだ。

 

 代理のマスターを立てて敵を欺き、真のマスターは完全な意識外(アウトレンジ)から狙撃を試みるというのも一手。

 仕組まれた八百長試合を以て、圧倒的な王の威光を発威すると共に一騎のサーヴァントの脱落を演出するもまた一手。

 巧みな降霊術の技能により、変則的契約を以て令呪と魔力補給の役割分担を実現するも、また一手。

 

 対する陣営の撹乱を目的に、サーヴァントのクラスを虚偽の宣言で以て偽装するというのも十分に戦術的な一手と言えるだろう。

 

 そんな一手を、目の前で露骨に実行した連中が存在したというだけだ。

 黒井はすぐに落ち着きを取り戻し、改めて赤銅の巨漢を観察した。

 

 「ふん。あんな大仰な振る舞いをやってのける割には、意外に姑息な手を使う奴らしいな」

 

 まさか、『騎兵』である己の前であれほど声高に『騎兵』を名乗る輩が居ようとは。

 とは言え、こちらは現状身を潜めている以上、相手もまさかすぐ近くに本物の『騎兵』が居るとは夢にも思わなかっただろう。

 これで、あの赤銅の巨漢が『騎兵』を騙っている別のクラスのサーヴァントだということが図らずも立証されてしまったわけである。

 

 「見たところ、宝具は確かに『騎兵』じみていると言えなくもないが……だとしたら、奴の真のクラスはいったい……?」

 

 黒井の分析通り、赤銅の巨漢はその風体といい駆っている戦車といい、その印象は如何にも『騎兵』そのものだ。

 言い張られるまでもなく、見た者の九割方は奴のことを『騎兵』のサーヴァントだと思い込むに違いない。

 今も胴間声を張り上げてなにやら宣っている最中の赤銅の巨漢の横では、巨漢と比べれば一層小さく、平均的に見ても性別の割には小柄な背丈の少年が、巨漢の外套を引っつかんでかまびすしく何事かを喚いている。

 巨漢と少年の後方に控えているのは、夕日色の長髪が目を引く、優美な甲冑の女剣士。

 身なりから鑑みるに、少年の方が巨漢のサーヴァントのマスターだろう。

 

 「なら、あの女戦士の方は何者なのかということになるが……」

 

 黒井が見下ろす先、少年は巨漢から額に強烈なデコピンを食らわせられ後方にもんどり打ち、倒れ込んだところに女戦士からエルボードロップの追撃を受けていた。

 どうやら、先方のマスターはあまり威厳がある方ではないらしい。見たときからなんとなく察しはついていたことだったが。

 

 「……緊張感の無い奴らだな」

 

 こちらもあまり他人のことは言えないが、と内心で黒井は付け足した。

 ちら、と黒井は後方を振り向いてみる。

 己のマスターである褐色の少女は、蹲っている黒コートの男の傍でかがみ込んでなにやら必死に語りかけている最中だった。

 

 「落ち着いて……! ゆっくり、息をして……!」

 「……ぁああ……ああぁ……」

 

 背中をさする少女の動きに合わせて、男の呻き声は徐々に安らいだものへと変じていた。

 少女の励ましは効いているようで、ひとまず男の苦しみは和らいできつつあるようだが、黒井からすればそんなことはこの際、二の次三の次でしかない。

 

 「おい、この間抜けマスター」

 「なによ、徐行運転のろまサーヴァント。アタシは見ての通り忙しいんだけど?」

 「………聞きたいことは山ほどあるが、ひとまずこれだけは確認したい。そいつは、お前の知り合いなのか?」

 「………うん、たぶん。そうだと思う」

 

 黒井の問いに、応えるシャーレイは歯切れが悪い調子。

 まるで、本人にもよく分かっていないかのようである。

 

 「たぶん? 確信が持てない理由でもあるのか?」

 「………………」

 「………?」

 

 すっかり口を噤んでしまったシャーレイに、黒井はかける言葉を迷った。

 これまでも何度か垣間見せていた、哀切を湛えたその表情。

 彼女の様子に、黒井は深入りすべきかどうかを束の間逡巡する。

 

 (尋ねるのは野暮……なんだろうか)

 

 だから、彼はひとまず己に出来ることを済ませようとだけ考えた。

 眼前の危険は、取り除かなくてはならない。

 手始めに、男の傍らに転がっていた狙撃銃に手を伸ばした黒井。

 が、その手は再び宙で停止することになった。

 

 

 「………ッ!?」

 

 

 ―――危険。

 彼の直感は、今まさに極大の危険を感知していた。

 目の前の狙撃銃などまるで比ではない、蹲る魔術師殺しなど比較にならない。

 騎士王ですら、フィオナ随一の使い手ですら、マケドニアの征服王ですら、並べることすら烏滸がましい、比類なき半神の襲来を。

 

 

 王の出現を。

 

 黄金の顕現を。

 

 ―――英雄王の、降臨を。 

 

 

  

 

 「―――(オレ)を差し置いて『王』を称する不埒者が、一夜に二匹も湧くとはな」

 

 

 

 

 ――――――――――――――――――――――  

 

  

 例えるなら、其れは。

 いやさか、喩えるまでもない。それは、まさしく其れそのものなのだから。

 

 

 見上げる者の目を灼かんとばかりに、燦然と輝く暴虐な太陽。

 直視することを許さぬ、伏してただ拝謁を畏れることのみを是とする、傲慢な王光。

 

 (莫迦な……これが、こんな怪物が、『王』だとでも……!?)

 

 『なおも顔見せを怖じる様な輩は、征服王イスカンダルの侮蔑を免れぬものと知れ!!』

 

 敬愛して畏れ多い主君の一喝に応えて現れたのは、黄金のサーヴァント。

 こうして対峙しているだけで身が竦むような王威を吹き荒れさせる金色の怪物に、シャムスは内心でやり場のない怒りを感じていた。

 

 「……難癖つけられた所でなぁ、イスカンダルたる余は、世に知れ渡る征服王に他ならぬのだが」

 「たわけ。真の王たる英雄は、天上天下に我ただひとり。あとは有象無象の雑種に過ぎん」

 

 世に誉れ高き我が君をして、非礼甚だしくあろうことか雑種呼ばわりをするあの怪物の不遜さに。

 そして、そんな怪物に心ならずも萎縮してしまった、ほんの一瞬でも恐怖を覚えてしまった己の不甲斐なさに。

 シャムスは、怒りのあまり血が滲むほどにきつく握り締めた拳を震わせることしか出来なかった。

 

 (認めてなるものか……あんなものが、王であってたまるものか……!)

 

 

 金色の蛇に向けて微塵も怖じることなく、赤銅の覇王もまた不遜に問いを返す。

 

 「そこまで言うのなら、まずは名乗りを上げたらどうだ? 貴様も王だというのなら、よもや己の異名を憚りはしまい?」

 「問いを投げるか? 雑種風情が、王たるこの我に向けて?」

 

 金色のサーヴァントから発せられた傲岸が、金の霊気を渦巻かせる。

 背後の空間が、黄金の放つ王威によって歪みこじ開けられていく。

 

 

 

 「我が拝謁の栄に浴してなお、この面貌を見知らぬと申すのなら―――そんな蒙昧は、生かしておく価値すら無い!」

 

 

 

 ―――宣告と共に空を割ったのは、黄金の光と、数多の伝説の欠片たち。

 

 それは剣であり、それは槍であり、それは斧であり、それは矛であった。

 

 ひとつひとつが、神話に語られる英霊たちの武器。

 一振り残らず、余すところなく英傑たちの業物たち。

 

 王は、”全て”を持っていた。

 

 金色の絶対王者にとって、他の全ての英霊たちなど正真正銘の塵芥。

 最古の英雄王にとって、彼ら英霊の唯一無二である『伝説』ですら、己の膨大な財のひとつに過ぎないのだ。

 

 

 「そんな……!」

 

 

 明確に、ケタが違う。あの怪物は、まさしく人外だ。

 英霊の座から招かれた己でさえ、あの黄金を前にすればまさしく吹けば飛ぶような塵に過ぎない。

 力の差を、格の差を、見せつけられた思いだった。

 

 

 「―――シャムス」 

 

 

 ポン、と肩に置かれた暖かさに、思わずシャムスは顔を跳ね上げた。

 

 ―――暖かな眼差しが、彼女を見据えていた。

 

 案ずるな、と。

 怖れるな、と。

 

 (我が君………!!)

 

 恐怖は、すぐに雲散霧消した。

 湧き上がるのは、抑えきれぬ思慕と胸を熱くする勇気の風。

 シャムスは今度は、己を深く恥じた。

 

 私はとうに、知っていたはずではないか。

 

 誰がなんと言おうと、彼女にとっての『王』とはただひとり。

 傍らを見上げれば、すぐそこに。

 ―――偉大なる征服王は、常に我らと共に。

 

 空を覆う宝具の展開も、地を睥睨する金色の怪物も、シャムスにとって既に畏れの対象ではなかった。

 傲岸に笑む英雄王をしっかと見据え、佩刀の柄に手を掛ける。

 いつでも来るがいい、英雄王よ。我らと王は、決して負けはせぬ。

 シャムスは気炎を立ち上らせた。

 しかし、幸いにと言うべきか、その覚悟を実践する機が訪れることはなかった。

 

 

 

 『――――殺せ』

 

 

 ―――凶獣、咆吼す。

 

 

 「■■■■■■■■■■■■■■■■―――!!」

 

 

 

 吹き上がる黒炎と共に戦場に解き放たれたのは、漆黒の凶獣。

 黒い靄に覆われた黒甲冑の騎士が、禍々しき咆哮と共に戦場を震わせた。

 

 「バーサーカー!?」

 

 セイバーが洩らした通り、その黒甲冑こそは『狂戦士』のサーヴァント。

 理性と引き換えに強大な力を得た、正しく獣と化した英霊である。

 この場に居合わせた全員が見守る先、現出した黒き獣はただある一点を見上げていた。

 

 「……誰の許しを得て我を見ている、狂犬めが」

 

 黄金の英雄王は、不愉快を顔中に表して己を見上げるバーサーカーへと吐き捨てた。

 黒き狂戦士は、その言葉に反応を返すこともなければ、眩き黄金の光から目を側めるでもなく、只管にじっとその姿を見据えるのみ。

 当然、その無礼を看過するほど英雄王は寛大では無い。

 数多の宝具の射出口が、バーサーカーへと向けて瞬時に回頭し――― 

 

 

 「―――せめて散り様で我を興じさせよ、雑種!!」

 

 

 号令と同時、王の財宝は狂犬を誅殺するべく凄まじい音を伴って射出された。

 僅かのタイムラグも無しに、着弾の衝撃で地が揺れ爆炎が吹き荒ぶ。

 それらひとつひとつが、掛け値なしの必殺宝具による一撃。並みのサーヴァントなら耐え忍ぶことなど叶わないであろうその衝撃に―――

 

 

 

 「「「――――!?」」」

 

 

 

 その場に居合わせたサーヴァントの、その全員が驚愕し目を見張った。

 シャムスもまた、その例外ではなかった。

 

 「えっ!? な、なんだよ!?」

 

 人ならざる英霊には捉えられていたもただの人間にはそうも行かず、ウェイバーは何が何だかさっぱりといった様子でイスカンダルを見上げる。

 

 「なんだ、分からんかったのか?」

 「だから! いったい何がどうなったんだよ! もったいぶらずに教えろよ!!」

 「シャムス、そなたは見えていたか?」

 「……はい。目を疑いましたが、間違いなく」

 「うむ、申してみよ」

 

 おそれながら、とシャムスは事の始終をウェイバーへと語り聞かせた。

 

 「……信じられぬことに、あの狂戦士は巧みな戦技によって宝具の連撃を完全に凌いだのだ」

 

 始めに射出された剣の一撃は、流れるような身の捌きで以て回避と同時に難なく掴み取り。

 二撃目の槍は、回避の勢いをそのまま転化させた縦の打ち払いで以て事も無げに叩き落とし。

 あろうことかその場から僅かに一歩を踏んだ程度の挙動でもってして、宝具の射出をいとも容易くいなしてみせたのだ。

 

 「狂化して理性を捨てたはずの『狂戦士』でありながら、演舞の如きあの身のこなし……あれは、類稀なる資質と弛まぬ修練とで、武の極致を修めた尋常ならざる英霊に相違ありますまい」

 「うむ、余も同じ見立てである。まったく、今宵集った奴らはどいつもこいつも、とことん一筋縄では行かんらしい」

 

 深く感じ入ったかのように首肯する征服王の威容に頼もしさを感じると共に、シャムスはこの場の空気が否応なしにビリビリとボルテージを増していくことに肌が粟立つ思いを禁じ得ない。

 

 「その汚らわしい手で我が宝物に触れるとは……そこまで死に急ぐか、狗!!」

 

 思い通りに地に這いつくばることもなければ、あまつさえ己の宝物を下賤の者に握られたとあっては、英霊王の沸点が振り切れるのも時間の問題だった。

 怒りに目を剥いた英雄王の気に呼応して、金色の歪みは更に王の財宝を次々に展開していく。

 その煌きたるや、先の展開を軽く三倍は上回るほどの物量。

 槍剣に飽き足らず、鉾や三叉槍、鈎槍や戦戟など王の宝には同じ物はひとつして存在せず―――

 

 

 「その小癪な手癖でもってどこまで凌ぎ切れるか、見せてみよ!!」

 

 

 その全てが、黄金の雨となってバーサーカーへと降り注いだ。

 セイバーとランサーの剣戟に始まり、ただの一度もこの戦場において並々でない光景などただのひとつも有りはしなかった。

 しかし、今目の前で織り成されている凄絶な情景は、更にその上を行く。

 文字通り、二騎の『一人だけの軍隊(ワンマンアーミー)』による、天地を焦がす『戦争』に他ならなかった。

 

 

 「――――――――――!」

 

 

 他の射出よりも少しだけ先に到達した戦戟の一撃を、身躱しと同時に後方へ飛び退くことで射出の勢いを利用した間合いの確保に用いたかと思えば、続く槍剣の殺到を掴んだ戦戟と剣の左右の斬り払いによって次々に叩き落とす。

 凌ぎ切れない大きさの一撃が届いたと見るや、即座に滑り込みの回避に移行。

 

 「――――――――――!」

 

 踏ん張りの効かないスライディングの途中で肉薄してきた剣の一射は、片手の剣を惜しげもなく投射することによって相殺。

 その間隙を衝くかのように旋回して飛来する斧を空いた手ですかさずキャッチ、斧の振り下ろしによって更に射出された剣の一撃を迎撃。

 軌道を逸らされた剣が、バーサーカーの背後の鉄コンテナを深く穿って爆発の華を咲かせた。

 

 「――――――――――!!」

 

 左の戦戟を地面に突き立てた後、先に相殺して天高く打ち上げ、たった今落下してきた剣を空いた手でホールド。

 迫り来る三連射の宝剣を、ワン、ツー、スリーの流麗な三連撃によって一切の無駄なく撃墜。

 螺旋の回転を加えられた射出に対して―――

 

 

 「■■■■■■■■■■■■■■■■―――!!」

 

 

 地面に叩きつけられた斧と着弾した螺旋とによって、辺りを覆うほどのもうもうたる爆炎が立ち込めた。

 街灯の上に立って傲然と地を睥睨する英雄王は、発生した爆炎の先、姿の見えない狂犬の居るであろう位置をじっと見据えていたが、

 

 「…………………!?」

 

 英雄王が飛び退いた眼下、先程まで彼が足を置いていた鉄柱は、煙に紛れて投擲された二対の宝剣によって綺麗に寸断されていた。

 圧倒的にして、圧巻の大立ち回り。

 

 強者と強者の、力と技の、真っ向切っての大戦争。

 

 

 「なんと………凄まじい………!!」

 

 

 シャムスは、心の奥底から上ってきた賛辞を封ずることなく吐露した。 

 カランガランと鉄パイプが地面を跳ねる音が妙に響き渡る中。

 変わらぬ無傷の姿で立つ漆黒の狂戦士と、意図せずして見下していた下賤の狂犬と同じ大地を踏むことと相成った金色の英雄王。

 豪奢にして壮麗な、息もつかせぬ大殺陣の幕切れは。

 

 「「……………………」」

 

 金と黒の英霊が、互いに手傷の一切を負うことなく向き合うのみ。

 束の間の沈黙を破ったのは、激しい憤激に身を震わせる英雄王の一言。

 

 

 「痴れ者が………! 天に仰ぎ見るべき我を、同じ大地に立たせるか………!!」

 

 

 赫怒の形相を浮かべる金色の王の背後の空間。

 再び天に広がるのは第二の展開を更に更に上回る、第一展開の優に数十倍の質量の宝物群。

 もはやその光輝は全天の総てを覆い尽くさんばかりに、英雄王の怒気そのままに体現して矛先を狂戦士へと定めた。

 

 

 「そこな雑種よ、肉片一つも残すと思うな!! 塵一つとして我の前に存することすら許し難いと心得るがいい!!」

 

 

 英雄王は、元より圧倒的に他者より低いその沸点を、完全に踏み超えたのだった。

 

 

 ――――――――――――――――――――

 

 

 

 「おいおい、まだやるのかあいつら………」

 

 

  

 渦中の大混戦より、やや距離を置いたデリッククレーンの上。

 黒井は眼下の派手な花火の連続に、眉を顰めずにはいられない思いを抱いていた。

 名実とともに、おそらく今夜の闘争の中でも最大級のその一幕に、彼もまた気圧されずに居ることは出来なかったのだ。

 

 (どちらも、相当に強力なサーヴァントだ。仮にこいつらと相対したとして、どうすれば切り抜けられる……?)

 

 黒井の冷静な戦略眼は、彼らと自らの戦闘能力とを極めて客観的に分析していた。

 どちらも、厳しい戦いを強いられることは必定。

 残酷な事実を、さらに付け加えるとするならば、

 

 「あの金色のサーヴァント……あいつと当たった場合は……」

 

 その先の言葉を飲み込むことで、彼我に横たわっている絶望的なまでの差を黒井は己に認可しなかった。

 負け腰でいたところで、何が始まるわけでもない。

 だからこそ、変わらず冷静であることを己に強いて黒井は戦場の行方を観察し続けていたのだが、

 

 「……おや?」

 

 見れば、あれほどまでに怒りと暴威を撒き散らしていた英雄王が、金色の粒子を残して戦場からあっさりと消え去っていたのだった。

 あまりにもあっさりとしすぎた金色のサーヴァントの撤退に、煮え切らないものを黒井は感じる。

 

 (奴のマスターが退けと命じたのか? そんな命令を粛々と受け入れるような輩には見えなかったが……)

 

 であるなら、考えうる可能性はひとつしかない。

 おそらくは令呪の消費による絶対遵守を用いて、強制的に戦場を離脱させたのだろう。

 未だ聖杯戦争は序盤も序盤、ここで全ての手の内を晒すことを嫌ったという寸法に違いない。

 慎重且つ堅実な一手だと言えるが、それであの金色のサーヴァントが溜飲を下げられたとは到底考えられないところでもある。

 

 「しかし、それで終わりでもないらしいが……」

 

 金色のサーヴァント――アーチャーが去ったことは、たしかに戦況の趨勢を大きく変じさせてはいたが。

 当然、戦いはそれだけでは終結し得ないのだ。

 

 

 「A―――uuurrrrr!!!」

 

 

 英雄王が退いたことで相手を失ったバーサーカーが次に狙ったのは、先のランサー戦で負傷したセイバーだった。

 見ようによっては、英雄王を相手取っていた時よりも数段狂化の度合いを深くした黒甲冑の騎士は、地面に転がっていた鉄柱を引っ掴むとさながら大槍のように大上段でセイバーへと振りかざす。

 

 「ちぃッ………!!」

 

 負傷のせいか、満足な受けが為せなかったセイバーが辛うじて槍を押し返す。

 その様子は、些か以上に披露の色が濃いように見受けられた。

 

 「ランサーの一撃が相当以上に効いているとでも? 動きがさっきと比べて、明らかに鈍っているようだが……」

 

 なにやら、それ以上の原因を勘ぐらせずにはいられない立ち姿。

 内心の考察を口端に載せながら戦況を見守る黒井に、

 

 「………魔力の供給が、乱れているのかもしれないよ」

 「なに?」

 

 久方ぶりに声を発したシャーレイの言葉に、黒井は大いに疑問を込めて反駁する。

 それもたしかに原因のひとつと考えられるが、眼下に見えるセイバーのマスターと思われる人物――白コートに血のような紅い眼を持つその女性の姿には、別段問題は無いようである。

 その旨を黒井が伝えるとシャーレイは頭を振って、

 

 「たぶん、あの女の人はマスターじゃない。少なくとも、あそこに居るセイバーのマスターだという可能性は低いと思うわ」

 「そこまで言い切る根拠は、なにかあるのか?」

 「……これ、見て」

 

 シャーレイが手招いたのは、何故か彼女が先程から労わっていた黒コートの男のほう。

 訝しる彼が見る先、彼女が示したモノを確認した黒井は驚愕に目を見開いた。

 それは、男の右の手の甲に輝く赤い紋章。

 形は違えど、シャーレイの右の手に在るモノと同じ種類の刺青。

 

 「令呪だと……! ということは、この男はマスターのひとりか!」

 「みたいだね……」

 

 嘆息するシャーレイの傍で蹲る男を、改めて黒井は一瞥する。

 夥しいまでの人数を手にかけたこの男は、この聖杯戦争に参加しているマスターのひとりで。

 物騒な狙撃銃を携えていたにも関わらず、何かに怯えるように頭を抱えるこの男は、己のマスターである褐色の少女の知己だという。

 

 (本当に、何者なんだ……?)

  

 一向に晴れない疑問の暗雲。

 その中を彷徨うような気分を、黒井は味わっていた。

 

 「……ああっ! 見て、クロイ!」

 「今度はなんだ………ッ!?」

 

 慌てたようなシャーレイの叫びの先、更なる混迷を極めていた戦場に黒井は瞠目する。

 先程までは、それぞれ各々が牽制しあう一対多の膠着状態にあった戦局は、今やすっかりその勢力図が書き変わってしまっていた。

 

 「セイバー、済まない……!」

 「A―――uuurrrrr………」

 

 セイバーの相手は、バーサーカーひとりでは無くなっていたのだ。

 先程まで彼女と清澄な剣戟を演じていたランサーもまた、狂戦士に与してセイバーを討ち取ろうという構えに変じていたのだった。

 あれほど武人の誉れを口にしていたランサーのここに来ての掌返しの原因は、傍から見ても明白な第三者の悪意による強制。

 

 「あいつも、令呪を使われているのか……」

 

 悔しくてならないといった顔つきで唇を歪ませるランサー。

 弱った相手に二対一などと、戦士である彼にとってはこれ以上ないほどの屈辱と侮辱なのだろう。

 如何な人知を超えた英霊であっても人間の走狗と為してしまうサーヴァントシステムの傲慢さと、それを利用しない手は無い聖杯戦争の趣味の悪さを如実に表しているこの一幕に、当事者でないにも関わらず黒井もまた胸の内のむかつきを抑えられなかった。

 

 「まずい……まずいよ、どうしよう……このままだとセイバーが……」

 

 傍らで同じく状況を目の当たりにしているシャーレイは、焦燥を隠そうともせずに親指の爪を噛んでいた。

 たしかに動揺するのはもっともではあったがしかし、その普通でない焦りように黒井は不自然を覚える。

 

 「どうした、いやに焦っているが。俺もこの状況に対して思うところがないわけじゃないが、現実的に考えてこれはチャンスなんじゃないのか? セイバーがここで脱落すれば、俺たちにとっても……」

 「わかってるわよ! わかってる、けど………でも………!!」

 「………?」

 

 激しい葛藤に苦しむように髪をガシガシと掻き毟るシャーレイに、黒井は不審を露わにした視線を向けた。

 この少女は、いったい何をここまで悩んでいるのだろうか。

 眼下の状況に関して義憤を抑えきれないほどに苛立ちを覚えるとするなら、少女にとってこの聖杯戦争という闘争は、やはり身過ぎ世過ぎを越えた代物だったということだろう。

 これからもきっと少女は、見たくもないものをたくさん見ることになるだろうし、したくもないことに山ほど手を染めなくてはならないのだから。

 

 (だが………こいつは………)

 

 しかし、黒井の勘は訴えていた。

 この少女が悩んでいることは、そんな抽象的な類の事案では無いだろうことを。

 もっと個人的な、いたく私情に塗れた手合いの葛藤に駆られているのだろうということを。

 

 

 

 

 「セイバー……、ケリィの……サーヴァント………っ!」

 

 

 

 

 黒井には、理解ってしまった。

 己のマスターが、いったい今から何をしようとしているのかを。

 

 「………おい、まさか!」

 

 呻きながら彼が見据えた先、二騎のサーヴァントが今まさにセイバーへとその凶刃を振りかざさんとしていた。

 

 この場に身を置く誰もが、そんな状況にあって、息が詰まるような感覚に支配される。

 鋭敏化された感覚は、時の流れをひどく緩やかな調子へと変じさせた。

 

 

 ランサーは手にした紅の長槍と黄の短槍を構えて突貫した。

 

 バーサーカーは黒く魔力の葉脈が走った鉄柱を翳して進撃した。

 

 それに対するセイバーは、苦渋を滲ませた表情で迎撃の構えを取った。

 

 征服王は、意を決したように『神威の車輪』の手綱に手を掛けた。

 

 シャムスは、そんな王の気配を察して咄嗟にウェイバーと己とに衝撃に備える態勢を作った。

 

 アイリスフィールは、ただ己の夫を信じて瞑目して祈るように手を組み合わせた。

 

 

 

 そして―――――――――

 

 

 

 

 

 「――――令呪を以て命じる!! セイバーを、ケリィのサーヴァントを助けて!!」

 

 

 

 

 

 戦場に朗々と声が響くと同時。

 

 

 

 

 「なにッ……………!!」

 

 「――――■■■■!!」

 

 「……………っ!?」

 

 

 

 ランサーとバーサーカー、そしてセイバーの間に割って入ったのは吹き荒れる風と黒雷。

 そして、舞い落ちる漆黒の羽。

 その中心で、戦場の中心で。

 

 決然と立つのは、蒼黒の仮面の戦士。

 

 顕現した仮面の戦士は、重々しく。

 そして、少なからず恨みを込めたような調子で、低く低く呟いた。

 

 

 

 

 「あの小娘………! 後で、覚えておけよ………!!」 

 

 

 

 

 




 令呪は無駄打ちがデフォとかいう通例。
 自分がマスターだったら、ラストエリクサーよろしく令呪は最後の最後まで使わずに死蔵されそうです。もしくは、外道に追い詰められて仕方なくサーヴァントを自害させる時とかだけ使いそう。
 
 では次回、ついに3号が魅せる!
 イスカンダルの出番はあるのか!
 あと、AUOと3号が顔を合わせてないよ! しまったなあ!!
 『無理ゲー! 長物相手の徒手空拳!! 焦るな、今こそライドルだ!』
 お楽しみに!(超嘘)
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