Fate/The third ~Who's That Guy~   作:ネイキッド無駄八

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 前回更新から少し間隔が空きましたね。
 なにしてたかって? ギアスとディケイド見てたんだよ! 文句あるか!?(逆ギレ)
 さて、今回は新しく企画を始動したいと思います。
 その名もズバリ、「みんなはどのライダーが好き? 大アンケート大会」!!
 詳しくはあとがきまで!
 なお、今回のエピソードには幸.野様のPIXIVの作品「Fate切嗣くんと女の子本」の中のシャーレイに関するエピソードをオマージュさせていただきました。この作品を目にして、よりZeroへの愛が深まりました。みなさんもぜひご覧になってみてください。
 それでは、『少女、かく語りき』。はじまりはじまり。


少女、かく語りき

 

 

 ―――燃えていた。

 

 家も森も、空も星も。人も獣も、なにもかも。

 大地を舐め回し、天壌を焦がし、彼女の知る全てをあまねく呑み込んで燃えていた。

 

 

 ―――蠢いていた。

 燃えていたはずの人が、獣が。彼女の知る人たちが。

 息絶えていたはずの肉塊が、理を外れて蠢いていた。

 

 

 蠢く人々は、なにかを求めるように炎の中を彷徨い歩く。

 なにかをよこせと、声にならない声を上げながら彷徨い歩く。

 

 なにか俺たちがしたっていうのか、なぜ私たちがこんな目に遭わなければならないの。

 無念を叫び、怨念を喚き、絶望を吼える。

 屍の群れは彷徨いながら、紅蓮の炎に巻かれて焼け消えていく。

 

 

 焼け落ちていく村と、焼け落ちていく屍の群れの中心。

 そこに立つのは、白いワンピース。

 真っ赤に滴った口元が、にたりと弓を描く。

 前髪に隠れた目元から、たらりと真っ赤な雫が伝う。

 

 

 やがて、すべてが呑み込まれ――― 

 

 

 

 ――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 「気がついたようだな」

 

 ほのかに薄白く明け始めた闇の中、街頭がぽつぽつと点在するだけのうら寂しげな道を行くトライサイクロン。

 助手席で目を開けた褐色の少女へと、一瞥をくれた黒井は安堵を含んだ呟きをこぼした。

 

 「う~ん……」

 

 まだ意識がはっきりしないのか俯いてしきりに頭を揺すっているシャーレイに、無愛想なりに気を遣ったのか、

 

 「……大丈夫か?」

 

 前置いた後、黒井は彼女の様子を確認しはじめた。

 

 「俺の感覚では魔力のパスにも問題はないし、バイタルの方もさしたる異常は見受けられないが」

 「うんうん……ダイジョーブ……」

 

 尋ねる黒井の言葉に、億劫そうに答えるシャーレイ。

 呑気なもんだな、と片頬で苦笑しながら黒井は続ける。

 

 「どこか痛むところはないか? 頭だったり、内臓だったり」

 「もー……ダイジョウブだって言って………っ!?」

 

 それまで気のない返事ばかりを返していたシャーレイは、そこでガバッと上体を跳ね起こして自分の身体をあちこちまさぐり始めた。

 

 「あっ……」

 

 そして、脇腹のあたり。

 身につけていた白いコートのそこに、虫食いと言い張るには些か以上に無理のある大きさの穴開きを発見した。

 ゴクリ、と息を呑んだ後。

 おそるおそるコートをはだけてその下を確認したシャーレイを襲ったのは、深い驚愕と底知れない不気味さだった。

 

 

 「………うそ………」

 

 

 愕然として二の句が継げなくなってしまった彼女の後を、ハンドルを握る黒井が静かに引き取った。

 視線は前方に向けたまま、あくまで事実のみを伝えるように、あくまで淡々と。

 

 「……そう、()()()()()()()()()()()()()()()。お前は気絶していただけで、まったくの無傷で寝ていたんだよ」

 

 白いコートの下、日焼けした小麦色の肌。

 そこには弾痕はおろか傷跡らしい傷跡の類など、ただのひとつも存在しなかった。

 

 「そんな……だって……」

  

 途切れる直前までの記憶は、忘れたくても忘れられないほどに鮮明に、まざまざとシャーレイの脳裏に焼き付いていた。

 

 錆びつき擦り切れ、すっかり変わってしまった弟のようだったあの子。

 向けられた銃口、込められた弾丸と殺意。

 バケモノを見るような、彼の目。

 ―――そして、乾いた銃声。

 

 

 「いや…………」

 

 フラッシュバックした光景は、少女にとってあまりにも酷すぎるものだった。

 忌まわしいその記憶を振り払うように頭を抱えて深く俯いたシャーレイを、黒井はちらと横目で盗み見る。

 

 (状況証拠から見て、彼女があの男に撃たれたことは間違いない……だが……)

 

 状況はぴたりとひとつの結果を示唆しているにも関わらず、提示された結果はその状況に全く合致し得ないのだ。

 少女は撃たれた。その結果は、いったいどこへと消え失せたのか。

 例えば、なんらかの要因で弾丸は奇跡的に軌道を逸れ、白コートを破損させるだけに終わった。そんな仮説を挙げてみるとしよう。

 おそらく、その可能性は限りなくゼロに近いだろう。

 彼女は白コートと素肌の間には白のワンピースを身につけていたが、そこには確かに()()()()()()のだ。

 

 (コートを貫き、その下のワンピースまで撃ち抜いた弾丸が、人体には傷一つ付けなかったなんてことがあり得るわけがない。だとしたら、いったいその弾丸はどこに消えた?)

 

 考えども考えども、彼女が撃たれたというそれ以外の線がかき消されていってしまう。

 そうなれば、落ち着くべき結論はもはやひとつしかない。

 

 「……アタシの、身体は……いったい………」

 「…………」

 

 きつくきつく、己を抱きしめて小刻みに震える少女に、かける言葉が見い出せない黒井。

 黒井は勿論のこと、そしてシャーレイにとっても。

 その結論は、ずっと目を逸らし続けていたかった禁断の匣。 

 

 

 

 「アタシは、ホントに……バケモ………?」

 

 「……よせ」

 

 

 

 吐き出しかけた言葉を途中で押し止められ、シャーレイは傍らでハンドルを握る彼の姿を見上げた。

 前を向くだけのその横顔は、相も変わらずの仏頂面の無表情。

 怒るでもなく、笑うでもない。嘲るのでも、憐れむのでもない。静謐そのものの、凪いだ顔つき。

 しかし、なぜだかシャーレイにはその無表情が、冷たいものだとは感じられなかった。

 

 「それ以上、言うな」

 「でも……だって……」

 「言ってなんになる。あくまで、可能性の話だろう」

 

 体の良い慰めの言葉など、見つからなかった。

 かといって、その結論を覆せるだけの反証を準備することも、安心させてやれるような説得力のある他の可能性も、彼は持ち合わせていなかった。

 弱々しく絞り出された彼女の言葉を遮ること。黒井には、それしかしてやれなかった。

 

 「お前の気持ちに整理がついていないなら、今すぐに無理やりそれを受け入れる必要なんてどこにもない。今はまだ、可能性のひとつとして頭の片隅に置いておくだけにしておけ」

 「……もしかして、元気づけてくれようとしてる? だったら、ぜんぜん効果ないんだけど」

 「なら、どう言えば満足なんだ?」

 「そんなことないー、ありえないーって。強く否定してくれたらいいのに」

 「……他ならぬお前がそれを言うのか? そんな半端な慰めで納得できるのか、お前は?」

 「うっさい……少しはデリカシーってやつを持ちなさいよね……」

 

 弱った表情はそのままだったが、シャーレイは少しだけ顔をほころばせた。

 それを尻目に、フンと鼻を鳴らした黒井。

 彼女も、彼も。口先だけのまやかしなど、ふたりともが望んではいなかった。

 

 「はぁ……、これはかなりキッツイなぁ……でも……」

 

 起こった結果から目をそらしたところで、山積した問題はなにひとつ解決はしない。

 どんなにゆっくりとした歩みだとしても、真実には必ず辿り着かなければならない。

 目を逸らすことなど、許されないのだ。

 

 「いい加減、知らん顔でいるワケにもいかないよね。アタシは、なにがなんでも知らなきゃいけない。アタシに、いったいなにが起こってるのかを……」

 

 なにより、彼女は間違いなく逆らえない。

 飽くなき探究心、底を知らない好奇心。

 それこそが、このシャーレイという早熟な少女を動かす、なによりの原動力に他ならないのだから。

 

 「ところでクロイ。今って、アタシたちはドコを目指して走ってるの?」

 「ああ……そうか、説明がまだだったな」

 

 少女の疑問に対し、黒井はおもむろにカーステレオのスイッチを入れた。

 何事かと頭上にクエスチョンを浮かべたシャーレイを黙って聞けと手で制し、ややボリュームを引き上げる。

 

 『……引き続き、緊急ニュースをお送りします。本日未明、冬木市新都の冬木ハイアットホテルで発生した火災事故についての続報をお伝えします……』

 

 ラジオが報じるニュースを聞いたシャーレイが、ハッと息を呑んだ。

 彼女には、覚えがあった。今報じられている場所に、心当たりがあったのだ。

 

 「ここって、もしかして……」

 「ああ。昼間……と言っても、もう昨日の話か。とにかく、冬木市を観光して回った時に見た、あのでかいやつだろう」

 

 ラジオの声が事故の惨状を淡々と伝えていく声が、シャーレイの耳をするするとすり抜けていく。

 見るものすべてが輝いて見えた、はじめてのニホンの景色。

 島育ちの彼女にとって、そこはあまりにも別世界だった。

 

 (アリマゴとニホン……同じ地球とは思えないくらい、隔たってたな……)

 

 自然に囲まれた暮らしが当たり前だったシャーレイからすれば、冬木の町並み、特にビルや小奇麗な建物ばかりの新都の眺めはいっそ非現実的でさえあった。

 雄々しくそびえ立っていた、あの背高のっぽの建物が焼け落ちる様を彼女は頭の中にうまく思い描くことができなかった。

 沸き上がってくるのは、ふわふわとした実感のない雲を掴むような感慨だけ。

 あんなに頑丈そうでも、あんなに巨大な建物でも、壊れることがあるんだな、と。

 他人事のような感傷に浸るシャーレイの内心を知ってか知らずか、黒井は事故の様相をさらに補足する。

 

 「幸いにも事前に火災報知機が作動したおかげで、滞在客やホテルスタッフなんかは避難があらかた済み、死傷者はひとりも出なかったそうだ」

 「それはなによりね。で、クロイはこの事故のどこらへんが気になってるの?」

 「……建物の壊れ方が、どうにもな」

 

 助手席で死んだように眠るシャーレイを横目に、無聊の慰めとしてラジオを流し聞きしていた黒井は、この事故の報道を最初期から耳にしていたのだ。

 まだ速報の段階、急行した取材班がやや興奮気味に伝える現場の様子や、その場に居合わせた目撃者らへのインタビューなども、彼は克明に記憶していた。

 それらの情報と固まってきた報道などから総合すると、黒井の中ではこの事故についてまったく違った見え方が開けてきたのだった。

 

 「厳密に言えば、この事故の実情はホテル火災なんて生易しいレベルじゃない。大崩落……いっそ、爆破テロと言っても過言ではないくらいだ」

 

 ニュースによれば、ハイアットホテルは地上近くの数階層を残してその大部分がすっかり崩れ落ちてしまったのだという。

 火災の末にすっかり焼け落ちたのだという可能性も捨てきれないが、初期の報道で流れた情報はその可能性を真っ向から否定するものだった。

 

 『あっという間に、一瞬でガラガラっと崩れてったんだよ!!』

 

 そうまくし立てていたインタビュアーの発言が、黒井の脳内で木霊する。

 目撃証言や初期報道では、明らかにハイアットホテルは火の手が回るよりも先に崩壊していったことになるのだ。

 

 「テロ……って、その言い方だと、まるでこれが人為的に引き起こされた事故みたいに聞こえるんだけど」

 「俺は、その可能性が極めて濃厚だと踏んでいる……それに……」

 

 黒井は、いつか雑誌かなにかで目にしたある記事を思い出していた。

 現在、黒井が身を置いているこの時代は、西暦にして1994年。彼からすれば、少しだけタイムスリップして過去に来たようなものなのだ。

 彼が思い出していた記事のネタになっていた”ある事件”は、この時代より少し先の出来事。

 リアルタイムでその映像を見ていた黒井をして、大いに心胆寒からしめた空前絶後の大事件。

 某大国で起こった、同時多発テロについてだった。

 

 (それに関する他愛もないゴシップ記事だったが、たしかそこにはこう書かれていたな……)

 

 曰く、あの事件は仕組まれた大いなる茶番であったと。曰く、ビル火災で崩落した建造物など過去に一例たりとも存在せず、火災であの規模の建物が崩落するなどありえないと。

 その陰謀論を鵜呑みにすることは危険だとは分かっていても、黒井は経験上、それを無碍に思考から外すことがどうにも憚られたのだ。

 

 世界には、そんなことをやってのける組織が存在する。

 歴史の影から、日常の裏から。罪もない人々の命を奪う悪辣な集団。

 世界の平和を害する巨悪が、本当に存在することを彼はよく知っている。

 

 きっとこの世界に、ヤツら(ショッカー)は存在しないだろう。

 だがこの世界にも、人々の日常の裏では、彼らが与り知らない秘術と秘匿の世界が息づいている。

 そして、この冬木では今、そんな彼ら(魔術師)による殺し合い(聖杯戦争)が行われている真っ最中なのだ。

 聖杯から仕入れたこの世界の知識から考えれば、魔術師という人種はその大多数が己の扱う秘術に対して強い矜持を持っていること、そしてそれ以上に己が秘術を表の世界から隠匿するのに腐心しているらしいことは察しがつくが、

 

 「物事には、なんであれ例外が付き物だからな。その常識を踏み外すような奴が居たとしても、なんら不思議はない」

 「万能の願望機が懸かってるなら、形振り構わなくもなるってことよね……」

 

 思わしげに言うマスターの少女を前に、黒井は己の推論を口にはせずに押し止めていた。

 彼の脳裏に浮かび上がるのは、倉庫街で遭遇した黒コートの男。

 こびりついた濃密な血と死の空気、虚無を切り取ったような無機質な目。

 あの男なら、やりかねない。黒井の直感は、そう告げていた。

 

 (……しかし、今はまだ、それを言うべきではないんだろうな)

 

 自分の見知った人間が己に銃を向け、さらに死者が出てもおかしくないようなテロまがいの行為にまで手を染めるようになっていたとしたら。

 今の少女に、壊れずにそんな推論を受け止め切れる余裕があるとは黒井には思えなかった。

 薬どころか毒にしかならない考えなら、今はまだ言うべきではない。その時ではない。

 

 「まずは休息を取って戦いの疲れを癒すのが急務だが、俺たちは他の陣営に比べて二歩も三歩も先を越されている。守りに入っていては、いつまで経ってもこの遅れは縮まらないだろう。だから今、地道に足を使って情報をかき集めることを俺は進言する。決めるのはお前だ、我がマスターよ」

 

 最終的な判断は委ねる、と黒井はそう締めくくる。

 それに応じたシャーレイの声には、一切の逡巡もなく。

 

 「そうね、じゃあ―――」

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――――

 

 

 ところ変わって時間も変わり、ここは冬木市のとある民家。

 

 現在時刻はもう少しで午前10時を回る頃、その民家の二階の一室から響き渡ったのは甲高い声で何事かを叫ぶ少年の声だった。

 

 「おい、ライダー! いつまでもそうやってぐうたらしてないで、はやく仕事に取り掛かれよ!」

 

 小柄な体を精一杯いからせ怒気を表現する少年に対し、叱責を受けた髭面の巨漢は些事など知るかとばかりに鷹揚に生返事を返す。

 

 「そう喚かんでも聞こえとるわ。まぁ待たんか坊主、慌てずとも今見とるこいつが終わったら……」

 「三十分前にも同じこと言ってただろうがお前はぁ!!」

 「まったく……貴様には見て分からないのか?」

 

 きいぃ、と金切り声を上げて地団駄を踏むウェイバーを冷ややかに一瞥した女従者は、やれやれと肩をすくめてせせら笑う。

 

 「我が君は、この『てれび』とかいう遠見の魔具で現世の見聞を広めて、此度の遠征の青絵図を描いておられるのだ。見よ、あの真摯で凛々しき横顔を! かつての東方遠征を率いておられた時の我が君と寸分違わぬお姿ではないか!」

 「おかしいな、ボクには煎餅かじってテレビの前でだらけてるようにしか見えないんだけど」

 

 ウェイバーの皮肉に、シャムスは顔を真っ赤にして主君に対する不敬を誅殺――はしなかった。

 それどころかむしろ哀れむような、申し訳なさそうな顔をして、

 

 「まぁ、無理もないか。貴様の視点で我が君の遠大な軍略を理解せよなどと……言うだけ酷な話であったな」

 

 ついには、ポンポンとウェイバーの頭をあやすように撫で始める始末。

 

 「なんだよもう!! また身長が足らないとか言い出すつもりか!? お前ら主従はそんなにボクのことを見下ろすのが楽しいのかよ!?」

 「そう気に病むな小僧……ひとつ、良いことを教えてやろう」

 「なんだよ!?」

 

 フッと静かに笑った後、シャムスは耳にかかった長い夕日色の髪をふぁさりとかき上げた。

 そして、髪をかき上げたのと同じほっそりとした右手で、少年の肩を優しく引き寄せる。

  

 (なっ……!?)

 

 どこか色っぽいその仕草と、引き寄せられたことで視界いっぱいに近づいた女従者の優美な面に、ウェイバー少年の心拍は唐突にチークダンスを踊り始めた。

 顔に上ってきた熱が、背筋に滲んだよくわからない汗が、彼女に気取られてはいまいか。

 暴れ出した思考でそんなことしか考えられなくなったウェイバーに、シャムスは目を弓にして優しく言った。

 

 

 「―――背は、いずれ伸びる……!」

 

 

 少年は、盛大にずっこけた。

 

 「タメてまで言うことかバカァ!! なんだよ!? 今の一連の挙動にはいったいなんの意味があったんだよ! 脈絡の欠片もなかったじゃんか!!」

 「ん? いったいなんの話をしている?」

 「そっ、それはっ……! えーっと……なんというか……な、なんで髪をかき上げてうなじをチラ見せしたんだよ! っ〜……! こんなこといちいち言わせるなバカ!」

 「あぁ、なんとなく髪がかかって邪魔だったから」

 「ですよねコンチクショー!」

 

 すまし顔でそう答えたシャムスを、もはや少年は正面から直視できそうにもなかった。

 顔を両手で覆ってゴロゴロ激しく横転し始めたウェイバーに、イスカンダルはテレビから束の間目を離して五月蝿そうにぼやく。

 

 「そちら、ちと喧しいぞ。少し静かにしてくれんか、今いいところなのだが」

 「失礼いたしました我が君! 全てはこの無知な小僧めのせいでありまして……!」

 「えっ、ボクが悪いのかコレ!? ……うん、ボクが悪いか。騒いでたの、ボクだけだし……」

 

 でも、ちょっと理不尽じゃないかなぁ。

 少年の頬に伝ったひと滴の涙と、呟かれた一言は誰にも顧みられることなく静かに消えていく。こうして少年はまた一歩、大人への階段を踏みしめていくのだった。

 

 「しかしよ坊主、だいたいなにが悲しくて征服王たるこの余が、水汲みなんぞという雑事に勤しまにゃならんのだ?」

 

 そんなものは下郎の仕事であろうが、とイスカンダルは煩わしそうに言う。

 とてもマスターに対するサーヴァントの態度とは思えない言い草だが、元より彼はサーヴァントであるより先に”王”たる存在である。

 『王とは万人のしもべ』などと、騎士道を尊ぶかのブリテンの王ならばいざ知らず、生憎とこの征服王にはそんな殊勝な考え方は存在しないのだ。

 しかしだからといって、それでハイそうですかと引き下がってはマスターとしての沽券が廃る。

 いや、既に沽券もへったくれもないくらいには振り回され続けているのだが、ひとまずそれを思考の隅っこに押しやって、ウェイバーは居丈高に宣った。

 

 「ほら、つべこべ言わずにさっさと行ってこい。こちとらわざわざ余裕がない懐を痛めてまで、お前のためにズボンを買ってやったんだぞ」

 「む……」

 「働かざる者食うべからず、古今東西に通ずる永遠普遍の真理だぜ。それともなにかライダー、お前は報酬だけ掠め取っておきながら約束を違えるつもりか? ハッ、征服王が聞いて呆れる見上げたセコさだなぁ?」

 「むむ……」

 「小僧、お前という奴はどこまで無礼な……! 我が君よ、そのようなつまらぬ仕事はこのシャムスめにお任せください。どうかここでゆるりとお寛ぎに……」

 

 ウェイバーの脳天に手刀を叩きつけたシャムスが胸に手を当てて進み出ると、征服王の表情はさらにバツの悪いものへと変わった。

 現世の知識をテレビから得ていたというのはたしかに嘘ではなかったが、それにかこつけて煩雑事を遠ざけようとしてはいなかったかと問われれば、加えて報酬を前払いされていながらその対価としての労働を果たさずにあまつさえそれを己の忠臣へと丸投げするなど、いかな豪胆な征服王と云えどもそこまでの怠惰に素知らぬ顔を決め込めるほど厚顔無恥ではなかった。

 

 「ええい分かった! この征服王イスカンダル、脚絆の礼に報いるべくいざ水汲みへ赴かん! 待っておれ小僧!」

 

 半ば自棄気味に胡座を組んでいた己の膝を思い切り掌で叩きつけ、イスカンダルはようやっとその重い腰を上げたのだった。

 

 「我が君! ですから些事は私ひとりで十分にて……!」

 「よさんかシャムスよ。そなただけ働かせて余がうつつを抜かしているわけにもいかぬであろうが。王とは常に臣下へと生き様を示すもの。水を汲む余の姿、しかとその目に焼き付けよシャムス!」

 「御意! どこまでもお供いたしまする、我が君!」

 「いや、お前らなにしに行くつもりなの? ボクは川で水を採取してこいって言っただけなんだけど」

 

 水汲みひとつでいちいち大仰なマケドニア主従に、卑近な現代人かつ常識人であるところのウェイバーは呆れを嘆息に乗せて吐き出すほかないのだった。

 ともあれ、ようやくやる気になってくれた連中の興をわざわざ削ぐこともないと、少年はすぐに気持ちを切り替える。

 

 「やることは簡単だ。この地図のポイントで、サンプルを採取してくれればそれでいい……っておい、ちゃんと聴けよなライダー」

 

 サンプルの保存用の試験管と地図を手に仕事の内容を説明するウェイバーと、それに耳を傾けるシャムス。

 ふたりをよそに、イスカンダルの視線はまるであさっての方角を向いていた。

 その視線の先は、テレビの画面。

 

 

 

 『―――俺は太陽の子、仮面ライダーBLACK RX!!』

 

 

 

 画面に映るその姿を眺め、顎を撫でながら思案顔を作っているイスカンダル。

 まったくお前は、とぶつくさ言いながら少年はすっかり上の空な己のサーヴァントに指を突きつけた。

 

 「おいこら! どうせ言うこと聞かないんならせめて、話くらいはちゃんと聞け! ホントどうしようもないサーヴァント様だな、お前ってヤツは!」

 「む、あいわかった。すまんすまん、さぁはやく指示を申し付けるがいい」

 「こいつぅ……!」 

 

 ギリギリと歯軋りをして必死に自制心を働かせるウェイバーにはまるで頓着せずに、征服王はボソリとひとりごちる。

 

 「にしても、こやつ……」

 「我が君?」

 

 その呟きを拾った女従者が見上げた先、王はいつになく鋭い双眸で何事かを見通そうとしているようだった。

 

 

 「似ておるのう………」

 

 

 

 そして事実、征服王の洞察は極めて鋭く核心に切り込んでいたのだ。

 動き出した運命の歯車、正史とは狂い始めた第四次聖杯戦争の真実。

 少年と従者、そして王自身はいざ知らず。

 ひいては御三家の当主らや監督役の神父、この戦争に参加した英霊たち。

 

 そう、ひょっとしたら異分子(イレギュラー)そのものである、彼ら彼女らよりも先に。

 

 誰もが、当の本人すらもが与り知らぬ内に、征服王イスカンダルは誰よりも先んじてたどり着いていたのかもしれない。

 狂った歴史の、その核心と真実へと。

 

 

 ――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 「よし、成功かな……」

 「ん?」

 

 

 再び場面は移り変わり、冬木新都の繁華街から少し外れた位置。

 もう日もすっかり落ちたこともあり喧騒からやや離れたそこら一帯は人気もほとんど無く、どこかうら寂しい雰囲気が漂っていた。

 そんな辺鄙なところに停めてあるものだから、白いボディに赤のラインが施されたロードスターは傍目から見ても明らかに異様なミスマッチを醸し出していたのだが、そもそもの人通り自体が皆無とあっては騒ぐ輩などもおらず、結果としてロードスターよりもよほど目立つ褐色の少女ともども、その一行はつかの間の憩いの時を満喫していたのであった。

 

 「マスター、それはひょっとして使い魔とかいうやつか?」 

 

 彼女の手元を覗き込んだ黒井が興味を惹かれたように訊くと、シャーレイは誇らしげに笑って答える。

 

 「うん、魔術師にとっては初歩も初歩みたいな感じらしいけど、アタシは先生にここらへんは習わなかったからねー。独学もいいとこだけど、なんとかそれっぽくは仕上がったと思うよ」 

 

 言って少女は、空へと向かって一羽の烏を放った。

 その手を離れて飛び立った烏から舞い落ちたのは、不可思議な燐光を帯びた羽根。

 ひらりと落ちたそれをなんとはなしに手に取って、黒井は改めて思う。

 

 (心底大したもんだと思うよ。お前は………)

 

 今も使い魔との同調を行っているシャーレイの手元にあるのは、数冊の書物と何編かのレポート。

 それらはみな、午前中に冬木ハイアットホテルの火災現場跡から持ち出されたものであった。

 

 夜が明け切らない内からトライサイクロンを飛ばし件のハイアットホテルに着いてみれば、そこには瓦礫の撤去などに従事する工事関係の人間が少しばかり居るだけだった。

 てっきり警察や野次馬が、それを差し引いてももっと大人数の工事従業者でひしめき合っているとばかり思っていた黒井らにとっては、妙な肩透かしを食らったような心境だった。

 

 「別の仕事に動員でもされたのか? トラックもいくつか出払っているようだが」

 「魔術で人払いでもしたのかもね、工事の人に催眠術かけたりして」

 

 などと言いながら人が少ないのをこれ幸いと焼け跡を物色している内に見つけたのが、今彼女が抱えている資料や文献群だった。

 

 釣果としては、ボウズとも大漁とも言い難い微妙なラインだ。

 そもそもダメで元々くらいの気持ちで赴いたその場所で、魔術絡みの痕跡を入手できたのはたしかに僥倖には違いない。秘術の秘匿をモットーとする彼らの処分を免れた資料が残存していたのも奇跡的な出来事だろう。

 しかし、肝心のその資料が問題だったのだ。

 あちこち煤をかぶって所々が焼け焦げているそれらの総量は、ほんの些細なものに過ぎなかった。

 そしてそれらとて、シャーレイや黒井のような魔術の初学者用の入門テキストなどといった生易しい代物ではなく、おそらく本業の魔術師――それもかなりの高位、超がつくエキスパートだろう――が扱っていたであろう研究資料やレポート群である。

 そんなものお前が読んで理解できるのか。

 問うた黒井に対してシャーレイは、

 

 「専門用語とか特別な理論なんかはお手上げだけど、その他は知識と応用で意外となんとかなるもんだよ?」

 

 などと、屈託なく笑ってみせたのだった。

 

 聞けばこの少女、絶海の孤島で学校もない環境に置かれながら、通信課程のみで修士課程を取得したのだという。

 

 (空恐ろしい話だ。本当に居るものなんだな、ここまで頭のキレる人間が……)

 

 彼女のそれは、もはや知識と応用だけでは片付けられないレベルの所業だ。

 散らばったわずかなデータの残骸を整理して完璧に把握し、それらの隙間隙間を己が知り得る基礎知識で補強。それでも埋めきれない膨大な空白は、推論と検証の繰り返しから導き出された自己流のアレンジで肉付けをしていく。

 おそらく、彼女は自身の思考だけで正確な理論や定理を組み上げられるに違いない。でなければ、これほど短時間の内に低級とはいえひとつの魔術を、それもまるで習ったこともない術を、直接の関係もない資料やレポート群からだけで完成させるなど不可能だ。

 なんという才覚、恐るべき知能か。

 黒井自身にしても、ショッカーに改造人間の素体に選ばれただけあって決して愚かな方ではない。むしろ頭脳明晰な方だが、その彼をしても舌を巻かざるを得ないほどの聡明さをこの少女は持ち合わせていた。

 

 「……ハッ!? 俺は、負けたのか? こんな小娘に? いや、俺は最強最速の仮面ライダー……俺は負けていない、認めない……!」

 「ちょっと、集中できないから静かにしてくれない? まだ使い魔の制御が上手く出来てないんだからさ」

 「………」

 

 言われたとおり、黒井は彼女の邪魔にならないように押し黙って静かに待機した。

 そして、しばらく経って少女が集中を解いて緊張をほぐすのを見届けてから彼女に問いかけた。

 

 「お前、魔術は先生から習ったとか言っていたな。いったい、どんな経緯でそんなことに?」

 「ん、薮から棒にどうしたの?」

 「根っからの魔術師には見えないお前が、ああも見事に魔術を行使しているのを見て少し気になっただけだ」

 「……ふふっ」

 

 どこか拗ねたような言い方をする黒井に、シャーレイはなぜだかクスリと笑いを誘われた。

 少女の微笑を見てさらに不機嫌そうな顔になった黒井が、さっさと言えと無言で答えを促す仕草をする。

 

 「ごめんごめん、なんかおかしくって。アナタがそんな子供っぽい顔するなんて、ちょっと予想外だったから」

 

 謝りながら、シャーレイは頭上の夜空を振り仰いだ。

 その謝罪のせいで不機嫌具合がさらにさらに増した黒井も、彼女に倣って頭上を見上げる。

 

 そこかしこでネオンの輝くニホンの夜は明るい。アリマゴのそれとは全然違う。

 明るすぎて、遠くの星々の澄んでいるけど弱い光は、自分に届くまでに掻き消えてしまう。

 夜空だけはアリマゴの方が絶対に素晴らしいと、彼女は声を大に叫びたい気分になった。

 

 (いつか、ケリィと一緒に夜の森で星を見たっけ。あれはたしか、成人のお祭りの夜……)

 

 いじけて秘密基地に閉じこもっていたあの子と並んで見た、村の広場のかがり火と満天の星空。

 

 

 ”――ふたりだけの秘密、だね――”

 

 

 そう言い交わしたあの時から、果たしてどれだけの年月が流れたのだろう。

 この目に飛び込んでくる星の光は、宇宙のずっと遠くで何万年も前に生まれた光だ。

 アリマゴであの子と並んで見ていたあの時と今とでは、悠久を旅する星屑の光からすればきっと何も変わらないに違いない。

 

 人は、星屑のようには生きられない。あの星の光のように、ずっと変わらずには在れない。

 それでも、『変わって欲しくない』と。

 そう願うのは、過ぎたエゴなのだろうか。

 

 そんなことを考えながら、少女は黒井へと語って聞かせる。

 まるで納得できないままに、『過去』へと変わってしまったそれを。

 過ぎ去った実感など欠片もないのに、『思い出』と呼ばなければいけなくなった、近くて遠い己の記憶を。

 

 

 

 「―――先生は、島の人間じゃなかったんだ」

 

 

 




 はい、今回はヤマなしオチなしの伏線回でした。
 で、肝心のアンケートについてですが。
 活動報告のほうに、アンケートを設置しようと思います。
 
 お題は、「みんなの好きなライダー教えてちょ」って感じです。
 主役ライダーとサブライダー、それぞれひとりずつを記入の上、活動報告に投稿をお願いします。

http://syosetu.org/?mode=kappo_view&kid=77205&uid=71545

なお、作者宛に個別メッセージで投票するのはまったく問題ありませんが、感想欄には書かないようお願いします。利用規定にやめなさいと書いてありましたので。
 
 例:作者の場合
 
 主役ライダー…ストロンガー兄貴
 サブライダー…アナザーアギト、スカル、G4、OOKOUCHIオルタナティブ
 
 もちろん、愛が荒ぶって絞れねぇよバァカ!って方は複数書いていただいてもオッケーですが、その場合は優先順位を併記してください。それと、選考理由を熱く語って聞かせてくれても別にいいんですよ?
 
 最も票を獲得した栄えあるライダーは、な、なんと……!? お楽しみに!! 
 締切は特に設けません、みなさんふるってご応募を!

 というわけで次回、シャーレイが語る思い出!
 ロ凛の冒険! 優しく見守る雁おじ!
 そして勃発する、聖☆杯☆問☆答!!
 『パンツは渡さん! セイハイハオレノモノダー!』
 お楽しみに!(ロイヤルストレートフラッシュ大嘘)

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