ペルソナQ ~資質ゼロだったはずの少年の物語~ 作:甲斐太郎
『悪霊も慄く焼き烏丼』
突然はじまった料理長を名乗るシャドウとの料理対決は、審査員が全員シャドウということで人間の料理はそもそも論外という理不尽なもので勝敗が付こうとしていた。しかし、それに待ったを掛けたのが総司くんである。
彼は審査員のシャドウの前に丼を置いて行く。人間の料理は云々と鼻で笑っていた料理長だったが、審査員のシャドウたちが一心不乱に丼にかぶりついたのを見て言葉を失っていた。丼の底まで舐め取る審査員のシャドウの姿を見れば、誰が勝者であるのかは一目瞭然。料理長を名乗っていたシャドウは修行し直しますと総司くんに深々と頭を下げて消えていった。異臭を漂わせていたグラウンドの鍋も消えたので一件落着である。
「総ちゃん。ん!」
「材料は全部シャドウ由来のものなので、玲さん相手でも流石に出せません」
「分かった。普通の焼き鳥丼で手を打とう」
「僕が作ることには変わりないのか……」
玲ちゃんがいつもの食いしん坊を発動し、シャドウたちに振る舞った物ではなく普通の焼き鳥丼を総司くんに要求しているのを見たので、私もおこぼれにありつけないかなとついていく。というか、料理対決を見届けたメンバー全員がついていく。
やそがみこうこうのフードコートに漂うタレの良い匂い。炊きあがったばかりのほかほかの白ご飯の上に刻み海苔をまぶした総司くんが一口サイズに切り揃えた焼き鳥とネギを丁寧に載せていく。トロッとしたとろみのある嗅いでいるだけでお腹の虫が大合唱するような匂いを放つタレを掛けて完成した焼き鳥丼を前にして、丼にがっつかない者はいなかった。男子メンバーと玲ちゃんがおかわりを要求している姿を横目に、私は総司くんのレベル上げについて良い案はないかとまったりしていた女子メンバーに話を振る。
「男子がほぼ役に立たないっていうことは分かったね」
「最初から総司くん側ですからね。ですが、ダンジョンのボスの傾向を見てもここいらでレベル上げは必要だと思います。せっかく、ベルベットルームでの仕様で、スキル抽出ということも出来るようになったのですから、十分に活用しましょう」
「それで鳴上くん式のレベル上げを真似してみる?」
「りせ、陽介とクマの3人で行っていた兄さんのレベル上げのナビをしたんだよね?どうだった?」
「凄かったよ、お姉ちゃん」
優ちゃんの目配せを受けたりせちゃんはノートを取り出した。優ちゃんは総司くんを喪ったトラウマが強く、仲間が傷つくのをあまり良しとしない。傷つくのは自分だけでいいと言わんばかりに先行してしまうことも多かったようだが、特別捜査隊のメンバーである千枝ちゃんや雪子ちゃん、花村くんといったメンバーたちと過ごす内に信頼関係を築き上げて、その傾向は大分緩和されたのだが、名残として残っているのがシャドウとの戦闘におけるあらゆるものの数値化だという。
優ちゃん自身も含めたメンバー全員の武器を使った攻撃、スキルを使った時のダメージ量などをナビをしているりせちゃんが書き留めて分析し、シャドウとの戦いに活かしているのだという。私はその話を聞いて、風花やゆかり、美鶴先輩に目配せをした。皆、そっと目を逸らした。うちはそこら辺、全部個人の感覚で済ませているからね、仕方ない。
「ちなみに鳴上くんは、レベルが相当高いのか、サポート重視のペルソナを装備している際の攻撃力がお姉ちゃんの会心の一撃と同じくらいある。物理攻撃特化型のペルソナだと、低く見積もって2倍かな。あと、スキル特化型についての情報だけど『ブースター』、『ハイブースタ―』の他に『ヘルブースター』ってスキルがあるみたい。効果は重複するみたいだよ。ふふっ、お姉ちゃんとリーダーはすぐに気付いたみたいだね。うん、火力がやっばいのを鳴上くんは持ってる。しかも、コンセントレイト持ち」
「ゆかりちゃんもイオに疾風ハイブースターを付けていますよね?やっぱり、あるのとないのでは威力が違いますか?」
「威力が段違いだよ、風花。少ない精神力で高威力が出せるからね。けど流石にブースターとハイブースターの2積みは無理。回復や状態異常回復スキルを削るのは怖いし。この世界におけるサブペルソナでなら、そんな無茶も可能だけどさ。それでも、3積みはやばいっしょ?」
「簡単に言うと、ガルがガルダインを超える威力で打てちゃうってことだからね」
「それが威力を倍加させるコンセントレイト持ちか。どんな威力になるか、想像するだけで冷や汗が流れるな」
美鶴先輩がぶるりと身体を震わせる。総司くんは味方であるので、敵対することはないはずなのだが、ごーこんきっさの時のこともあるので、メンバー全体のレベル上げは必要かなと思った。
「そういえば、お姉ちゃん。クマも鳴上くんとのコンビネーションカードゲットしてたよ。これで持っていないのは、私とお姉ちゃんと雪子先輩だけだね」
「えっ!?千枝は?」
「あー。ごめん、雪子。私、花村と総ちゃんとの3人に分断された時にゲットしちゃってて」
「ガーンっ!?」
親友の裏切り発覚に雪子ちゃんが多大なショックを受けている。いや、ショックの度合いは優ちゃんが一番である。少なくとも総司くんに生きて欲しいという想いは、ここにいる誰よりも大きいはずなのに。なんか、優ちゃんの背後にヨシツネが顕現して、苛つきを刀を研ぐことで晴らしているようにも見える。
「どうしてなの、兄さん。あんなに一緒にいるのに……。いや、よくよく考えれば、ダンジョンで兄さんと肩を並べて探索してないし、ここの文化祭も活動してないかも」
「そっか、総司くんはレベルが高いから常に後方組だし、レベル上げに行っちゃうか、新しいスイーツを単独で探してるもんね」
「湊先輩、私はこれから兄さんと過ごすので、後のことはお願いします!兄さーんっ!!」
洗い物を終えてフードコートの厨房から出て来た総司くんを捕まえた優ちゃん。いつもに増して押せ押せ状態の優ちゃんの勢いに押された総司くんは、やそがみこうこうの出し物を一通り回ることになるだろう。雪子ちゃんも八高の他メンバーが手にしたコンビネーションカードをゲットすべく燃えている。
「りせちゃんはいいの?」
「私は別に。お姉ちゃんと兄妹ってことしか知らないし」
「そうなんだ」
机に頬杖を付いて興味なさそうに自分の髪を弄り出したりせちゃん。私がどう声を掛けたものかと思っていたら、総司くんの焼き鳥丼を心ゆくまで堪能した男子メンバーが移動してきた。なお、数人は余りの焼き鳥に溶き卵を掛けた親子丼風焼き鳥丼を今日4杯目となる玲ちゃんと競うように頬張っている。
「見るクマーっ!これが師父とクマの絆の証!氷爪襲らクマーっ!!」
「お前、どんだけ嬉しいんだよっ!これで5度目だぞ!」
「ヨースケだって、技を恰好良く決めるために屋上で練習しているじゃないクマか。けど、技発動の一番乗りはクマがもらうクマっ!!」
「おまっ!?何で知って……」
「うーん。そもそも、これって発動するんすかね?これに描かれている総長って、俺らとタメくらいになった姿じゃねぇっすか」
「ああ、それ。私も気になってた。眼鏡はまぁ、私たちも掛けているから除外するにしても、身長は花村以上完二くん以下って感じかな?」
八高メンバーたちがフードコートの机の上に置いて会話のタネにしているのは、成長した総司くんの姿を拝めるコンビネーションカード(仮称)である。現在の所有者は優ちゃんと雪子ちゃんとりせちゃんを除く5人。取得するタイミングは様々であり、総司くんの第1回のレベル上げの同行者だったクマくんは、次々と手にしていくメンバーに嫉妬していたが、先ほどのレベル上げの際にようやく手にすることが出来て、喜びすぎて浮かれている。なんと、やそがみこうこう内を行き交う人たちに自慢する勢いだ。
「まぁ、格好いいとは思うけど。そんなにキャーキャー騒ぐものでもないでしょ」
「“りせちー”はご機嫌ななめだな」
「ふーんだ」
「どうせ姉御が構ってくれないから、不貞腐れてんすよ」
「うっさい!バカンジ!」
私は八高メンバーのやり取りを眺めて仲がいいなぁと微笑ましい気持ちだったのだが、
「りせちー?」
「あれ、どっかで見て聞いた覚えがあんな。どこだっけ?」
そんな会話が聞こえてきたので、八高メンバーから視線をずらして、私は腕組して頭を傾げている順平と天田くんを見る。眉を寄せて、うんうんと唸る順平の横で、ぽんっと手を打った天田くんが立ち上がって言葉を発した。
「分かった!彗星の如く現れた驚異の新人ジュニアアイドル!りせちーのファースト写真集『あなたの瞳にバキューン!』ですよ。総司さんに布教されたやつです!」
「思い出した!近い内にCDも出して、成長したら女優になってドラマに引っ張りだこになる凄い才能を持った逸材って、総司が太鼓判押してた子だろ!改めて見るとオーラがあるな」
「でも、八高の人たちと一緒にいるってことは、芸能界をお休みしているんだと思います。ここは蒸し返さずにそっとしておいた方がいいですね」
「ああ。俺たちは気遣いが出来る男だからな」
「そう思うんだったら、もう少しボリュームを下げて言いなさいよ。丸聞こえよ」
「え?マジ?」
順平と天田くんが忠告したゆかりに倣って、八高メンバーの方を見ると気を良くしたりせちゃんの鼻が高々に伸びていた。キラキラ具合が普段の5割増しだ。しかし、そんな鼻高々のまま天狗にジョブチェンジしそうなりせちゃんに冷や水を引っかける存在がいた。
「お前がデビューした直後からのファンで、芸能界で輝ける才能があるって信じてくれている総長を蔑ろにするって、終わってんな」
「そ、そんなの、言ってくれなきゃ分かんないじゃん!」
りせちゃんはそう言って巽くんに反論したが、思う所があったのか「今の無し」と力なく呟いて椅子に着席し直した。私は席を移動して、花村くんや千枝ちゃんに詳しいことを聞いていいか確認を取った上で、りせちゃんの現況を尋ねる。芸能界での活動ですり減った精神的疲労で休業宣言しているという答えだった。デビューして2年で休業するのは、アイドルとして致命的なのではないのだろうか。そう心配したが、りせちゃんは自分のシャドウを受け止めた上で、優ちゃんとの交流(コミュニティ)を経て、アイドルとして復帰して芸能界で戦っていく気概を見せているらしい。
「それにしても、総司くんって守備範囲が広いね。むしろ、彼が興味がないことって何なの?」
「総司さんの興味がないことですか。順平さんは何か気になったことがありますか?」
「以前までは、自分の将来について全く興味が無かったな。けど、流されるまま高等部に進学するんじゃなくて、料理の腕を磨くためにそういった学校とかいいかもって言ってたぞ」
「それ、本当のことなの、順平!」
「マジマジ。俺、後ろで話を聞いててガッツポーズしたんだよ」
「「いえーいっ!」」
私は嬉しくなって思わず順平とハイタッチする。八高のメンバーたちが私たちの奇行に目を丸くしているが許して。だってアルカナが『逆位置の世界』なんていうとんでもない爆弾を抱えている総司くんが、将来への展望を語ったことは彼自身の心の変革に繋がる大きな変化なんだもん。出来れば、このまま死の運命も覆してもらいたいものだけど。
「ああ、そうだ。総司がいない内に情報共有しておくな。聞いて驚け、風花が総司のぬらりひょんの『無為自然』の発生を知覚出来るようになったぜ。この意味、湊っちは分かるよな?」
「凄いよ、風花!これで、この世界での総司くんの暴走を止めることが出来る!それに元の世界に戻っても総司くんがペルソナ使いになったことを私たちが見逃さなくなったってことだよね。これは大きな一歩だよ!」
「責任重大ですね。でも、私に任せてください」
その場にいた皆から応援の拍手を受けて風花が頬を桃色に染める。そうこうしているとフードコートの騒ぎが気になったのか総司くんと優ちゃんが帰って来た。2人とも両手に戦利品を山ほど抱えて。しかし、肝心のコンビネーションカードは入手できず、優ちゃんはフードコートの机で項垂れ始めた。そんな優ちゃんにとって代わるように総司くん話しかけ始めたのは、りせちゃんである。
「やっほー、鳴上くん」
「久慈川先輩。どうされましたか?」
「いやー。これまで中々話す機会もなかったし、これからはレベル上げをする時は私か風花ちゃんが担当する訳だしね」
「なるほど。僕が久慈川先輩の初版の写真集を布教したことを順平さんたちから聞いたんですね」
「うっ……」
これまで自分と交流を持とうとしなかった異性が急に近づいてきたら、流石の総司くんでも警戒するのは当然のことだった。初っ端から高い壁があることを認識したりせちゃんが言葉に詰まっている。しかし、総司くんは二パッと笑うとりせちゃんに握手を求めた。
「ありがとうございます。クラブエスカペイドのライブのチケットを入手していたんですけど、中止になっちゃったから残念に思っていたんです」
「えぇっ!?あのシークレットライブのことも把握していたの!?」
「たまたま僕の活動範囲でライブがあるって情報を手に入れたので頑張って祈ったんですよ。当選したのは偶々です」
「鳴上くん。……よし、この世界にいる間、君のレベル上げは私が責任を持って担当するね!」
「嬉しいです、久慈川先輩。ちなみに、これから明彦先輩と師匠……シンジ先輩と行くんですけど?」
「早速だね。いいよ、行こう!」
2人のやり取りを見ながら良い傾向なのかなと私たちが見守っていると、ひらひらとその場にカードが落ちて来て、りせちゃんの手に収まった。それは、成長した総司くんと一緒にバキューンポーズをしたりせちゃんが可愛くウインクしている絵が描かれたもの。優ちゃんが悔しさのあまり凄い形相になっているが、可愛がっている後輩に悟られまいと涙ぐましい努力をしている。
放課後悪霊クラブに入っていく真田先輩、荒垣先輩、総司くんの3人を見送った後、私たちの方もレベル上げをするかと作戦を練ることにした。その際、テオドアよりエリザベスさんやマーガレットさんから話があると聞かされて向かうと、何故か私たちに力量を見せて欲しいと依頼された。てっきりシャドウを倒せばいいと思ったのだが、相手はまさかのエリザベスさんとマーガレットさん本人たち。全員で挑んできても良いと言われたので、レベル上げに向かった総司くんたちを除いた全員で戦うことにしたのだが、ぼっこぼこのぎったんぎったんにされた。