かすかに立ち込む雨色の匂いが赤い髪にまとわりついてくる、初夏ともまだ言えない、少し気持ちが高まる季節の公園…
少女はその細い指先に赤い線の束をいつものようにクルクル巻きつけていた。ただいつもと違うのはそこにもう一人黒髪の少女がいたこと。
青空がその赤い髪の少女と同化し始めているころ、黒髪の少女がやっと口を開き始めてきた。
にこ「今日はありがとう、真姫のおかげで助かったわ♪」
真紀「べ、別に…頼まれたから付き合ってあげただけよ、ちょうど息抜きもしたかったところだったし」
にこ「そうなの?でも本当に助かったわ。ココアの誕生日プレゼント、何にしようかってずっと悩んでいたから。にこ一人だとどれにしようか迷って決められなくてにこ♪」
「それにしてもさすが真姫ちゃんね!これならきっとココアも喜んでくれると思うにこよ♪去年なんてゾウリムシの刺繍の入ったハンカチをプレゼントしたのに…一回も使わなかったのよね…」
真姫「ゔぇぇぇ…ゾウリムシ…何それ、イミワカンナイ…」
にこちゃんのセンス疑うわ…それよりも作った人の感性もイミワカンナイ…
赤い髪の少女はさらに指に少し湿りかけた髪を巻きつけながら言葉にしないよう口内だけで言葉にしていた。
にこ「真姫ちゃんも可愛いと思うでしょ?ゆるキャラのゾウリムシ君♪この楕円形でヒゲっぽいのがチョロチョロ生えてるのがまたキモ可愛いのよね♪」
明らかに興味なさそうな眼差しで黒髪色になりかけて来た空の方を見つめて、もう他の話に移った方がいいんじゃない?と合図しているのは真姫のツンデレ気質をよく表していた。
真姫「ねぇ、そう言えば最近はどうしてるの?アイドル活動うまくいってるの?」
にこ「え、スルー?」
待ってました!ばりにわざとビックリしたようにリアクション的に放った声が噴水の水音をもかき消すほどにこの言葉には存在感があった。
にこにしてみればまだまだゾウリムシ君の魅力を話したい、いや自分と共感できる人が欲しかったのかもしれない。内心自分の感覚がおかしい?と少しは実感はし始めてはいたがそれを認めたくないって言う気持ちも持ち合わせていた。
真姫「えぇ、スルーよ。ゾウリムシ君なんてどうでもいいじゃない。それよりどうなのよ?ア・イ・ド・ル」
にこ「………。もちろん頑張ってるにこよ♪」
真姫「何かお仕事もらえたりしてるの?」
にこ「も、もちろんよ!毎日朝から晩までお仕事で大変なんだから、にこ…」
真姫のその何もかも見通すような瞳が時を止めている…それが全てを物語っていた。
真姫「ふ〜ん、そうなの。それならそろそろテレビや雑誌にでもいい頃ね」
にこ「あ、当たり前じゃない!にこは宇宙No1アイドルなんだから、そのくらい当たり前にこよ!」
「って、本当に真姫ちゃんイジワルね。全部知ってるくせに…ふん!」
そう簡単にアイドルのお仕事もらえる訳ないし当分は下働させられて、それでも落ちていく人が多いこの世界…にこのその「ふん!」の一言が真姫にはそう聞こえていた。
ラブライブが終わってμ’sが解散して、3年生が卒業。皆が新しい自分探しをし始めて数ヶ月経っていた。この数ヶ月はμ’sとして活動していた頃よりも落ち着きのある生活をしているせいかも知れない、日々の流れが桜がいつまでも咲いているような錯覚さえ感じていた。
ただ一人を除いては。
3年生のにこは進学せず一人アイドルの世界に就職していた。数年前に設立された小さな事務所に入っていたのだ。
それでもにこはアイドルの第一歩を踏み出していた。
真姫「別にイジワルで言ってるんじゃないわ、その…にこちゃんが心配だから…」
「ほら、よく耳にするじゃない?売れないタレントやアイドルが枕営業したりとか…」
にこ「なにそれ、本気で言ってるの?そんなことする訳ないにこよ。ちょっと変な雑誌の読みすぎじゃない?」
真姫「本気で思ってる訳ないじゃない!ちょ、ちょっと気になっただけよ!」
にこちゃんに限ってそんなことないって信じてる、と言いもしようとしたが自分がこれ以上なに言い出すのがわからなくなって口を閉ざそうとしていた時に一つのまた予想もしない流れ星がにこの口からこぼれていた。
にこ「でも、心配してくれてありがとう♪そんな真姫ちゃん好きにこよ♪」
真姫「ゔぇぇぇ、ななな、なに言ってるのよ!」
にこ「ふふふ、照れてる真姫ちゃんカワイイにこ⭐︎」
予想もしなかった言葉に心臓を貫かれた真姫の唇は歌声を忘れてしまった小鳥のように踠いて翼だけを羽ばたこうとしていた。
下を向いて思考停止状態になり、穂むら饅頭のように膨れた、嫌がっているのか喜んでいるのかどちらにも取れる真姫の頬を十分堪能してこれが見たかったのよ、と思うにこは多少のS気質を持ち合わせていた。
にこ「そう言う、真姫ちゃん達はどうしてるの?私たちが卒業してからもアイドル部は続けているんでしょ?」
真姫「ええ、もちろん続けてるわ。新入生だってかなり入ったんだから…。でもね、練習が厳しくて何人も辞めちゃって、結局1年生は今は雪穂とアリサだけなの。」
にこ「それじゃ8人で活動してるにこ?」
真姫「そうなるわね、でも全体8人だけじゃなくてユニットを組んでもしてみようって、また穂乃果の思いつきで…。
私ね、ことりとユニット組み始めたのよ。ちょっと意外でしょ?」
にこ「うそぉ〜、意外にこ!どうしてそうなったにこ?」
真姫「もうね、話がまとまらないから…あみだくじで決めたの」
にこ「へぇー、ことりとはうまくやってるの?」
真姫「そうね、今までことりとはそんなに話したことなかったけど、二人っきりで練習しててね、穂乃果の昔の話とか聞いたりもしてけっこう楽しくやってるわ。」
少しひんやりとした空気が漂い始めていたが二人の言葉は冷たくなることなく、むしろ走り出した蒸気機関車のように徐々に熱くなっていった。
久しぶりに会った二人の少女の会話は途切れることなく、正確には脈絡がないと言うべきかもしれない、夜空の無限にあるように見える星々と同じほどに話は尽きそうにもなかった。
だが星々が無限のように見えて有限であるように、脳内の細胞をフル活動させてもなお、もう目と目だけでしか会話ができなくなってきたころ、真姫の携帯に1通のメールが届いたバイブレーションが真姫の瞳に透明のような潤いを与えていた。
真姫「ママからだわ。それにもうこんな時間ね!帰りましょうか」
にこ「えぇー久しぶりに会ったんだし、もう少し話したいにこ♪」
真姫「ダメよ。あまり遅いとパパとママが心配しちゃうし、それににこちゃんだって明日仕事あるんじゃないの?」
真姫にしてみれば久しぶりに会えたとしてもまた近い内に会える、電話でも話せる、メールもできる。お互いが近くにいなくてもさほど距離が遠くなるってことはないと当たり前のように感じていたので、この続きは次回のお楽しみ♪と自分へのプレゼントみたく今日の別れを告げていた。
にこ「真姫ちゃん、冷たいにこね…。でもしょうがないわね、真姫ちゃんの言う通り明日仕事で早起きもしないとだから帰るにこね」
真姫「うん、お仕事頑張ってね、それで早く宇宙No1アイドルになってちょうだね♪」
「そうそう、にこちゃんおっちょこちょいでゾウリムシ君選ぶくらいセンスないし…また買い物付き合ってあげてもいいわよ、この次はいつ会えたりできるのかしら?」
にこ「もう当分会えないわよ」
真姫「えぇ?!?!?!」
チープな表現になるが真姫には一瞬時間が止まって刹那が永遠に繰り返し、にこのその一言が走馬灯みたく小さく灯って真姫の全機能を止めてしまっていた。
にこ「にこね、これからもっと本格的に活動するために事務所の寮に住み込みで働くことにしたの」
真姫「えぇ、、、でも電話やメールはできるでしょ…?」
にこ「それも無理にこね、携帯の持ち込みも禁止されてるの。家族からの緊急の連絡くらいしか電話とかできないかな」
真姫「なにそれ…それじゃ、もう会えないってわけ?話せないってわけ??」
クリスマスにはプレゼントを必ずサンタさんが持ってきてくれる、それが自然の摂理。それが当たり前の世界でサンタさんが来なくなった。サンタにはサンタの事情があるかもしれない。でもそんなの関係ない。もらえるはずのものがもらえなかった子供の悲しをどこにぶつけたらいいのだろう?そんな子供にどう説明したらいいのだろう?プレゼントをもう受け取ることができなくなってしまった真姫にとってその事実を受け止めることなど到底できるわけなかった。
にこ「どうしたの、真姫ちゃん?ははぁ〜ん、にこに会えなくなって寂しいんだ?ww」
真姫「うぅ……。。。。もういい!にこちゃんのバカ!*^%#+(#」
きっとにこにとって私ってそんな大した存在じゃない…にこにとってあってもなくてもどうでもいい存在。空気や水が光がなければ生きてはいけないけど、音楽はあってもなくても生きていける…そう、私は私はにこちゃんにとって音楽みたいな存在…そんな意味の籠ったバカ
真姫「どうして…どうしてにこちゃん、そんなに普通にしていられるのよ…?」
「当分会えないし、話もできないんでしょ…?」
にこ「当分って言ったって一生会えないわけじゃないわよ。No1アイドルになったらまた会いに来るにこ♪」
そんなの…いつになるかわからないじゃない…。言えそうで言えない言葉。言ったら自分がもっと重い存在になってしまうんじゃないかと答えのでない自問自答を繰り返していた、そんな時に真姫の諦めの感情の中にふと一つの流れ星が落ちた。「伝えなくちゃ…」
意外なほど冷静でいつも通りなにこ、そんなにこに自分の存在の居場所を作って欲しい…。音楽だって生きるのに必要なものって思って欲しい、真姫にはもう一つの手段を実行するしかなかったのかもしれない。
真姫「にこちゃん、聞いて。あのね…真剣に聞いて欲しいの…わたし…」
にこ「どうしたの?急にそんな怖い顔しちゃって」
真姫「茶化さないで!わたし真剣に真面目な話があるの!」
「にこちゃんに話したいことがあるの!!」
にこ「う、うん。なに?」
真姫にそのか細い腕や指に全身全霊の力を込めたように両肩を掴まれて、瞳の潤いが静かにだんだんと大きくなる波打に気づくとさすがのにこも、緊張の籠った感情が身体中に伝わっていった。
真姫「あのね、わたしね、にこちゃんのこと…好きなの…」
「好きって言っても友達の好き、とかじゃなくて恋の好き…わたしの彼女になって欲しいの…」
「ずっと、ずっと前から思ってた。にこちゃんと一緒になりたいって。一緒にご飯食べたり、遊んだり、本読んだり、ゲームしたり。曲ができたら真っ先に一番ににこちゃんに聞いて欲しいって思ってた」
「にこちゃん…だから行かないで…。ううん、行くのはしょうがないと思うの。だってアイドルになるのがにこちゃんの夢だものね…。でも全然話せなくなったりするのはイヤ…」
にこ「真姫…ダメよ。真姫の彼女にはなれないわ。にこはみんなのもの、みんなのアイドルなんだから」
真姫「………。。。。」
予想はしていた答えとは言え実際にその言葉を耳にするとなると断頭台に首を入れた気分、もう全てがどうでもいい。あとは目を瞑っていればストンと切り取られ、天使さんが天空に運んでくれる。真姫にとってはそれが唯一の救いなんだろう。
この二人がいる音さえも止まっている空間、どれだけ心臓が脈しただろうか。
そんな時、にこの屈託のない笑顔が一瞬見えたような気がする。真姫が何よりもその好きな笑顔。それだけで真姫は自らの足で断頭台に迎え、一つのルールを思い出していた。
最後くらいは例え泣いていても笑顔で送ってあげよう、真姫が魔女にならないで済む自分で前もって決めていたルール。力いっぱい込めた涙溢れる笑顔。
お互いの笑顔が共感し真姫の全身から力という力が抜け、一瞬のまばたき、はじめての感触を味わうことになるとは舞い降りてきた来た天使さえ予想しなかっただろうか。
薄く赤く盛られた上下の肉厚に重なるシルクのような感触。少しでも力を入れれば崩れてしまいそうなほど繊細で柔らかく、薄く艶やかな吐息がしっとりと湿り出し、ジグゾーパズルの最後の一欠片が収まるところに収まる、それほどお互いの紅蕾は何の抵抗もなく重なり合っていた。
夢心地に支配されてしまっている真姫ではあるが刹那が繰り返されるうちに現実と言う魔の時間を取り戻し始め、震えが芽生えてきた頃、にこのその顔が認識できる距離まで遠ざかった。
にこ「でも、二人っきりの時だけなら真姫の彼女、真姫だけのアイドルになってもいいにこよ。本当はずっと真姫の気持ち知ってた。だって真姫ちゃんわかり易いんだもん♪気づかないふりしてただけにこ⭐︎」
真姫「うぅぅ…もう、にこちゃんのバカ!」「でも…すごくうれしい!ありがとう♪」
思いもよらないにこの言葉に自分がにこにとっての必要不可欠な音楽になれた、そんな意味が籠ったバカ。
そのバカはメロディーを奏で、にこの瞳の中で響いたことは一生忘れない、そんな笑顔になっていた。
真姫「けど…当分会えなくて、電話もメールもできないのよね…?」
にこ「もう、本当に真姫は困ったちゃんね♪大丈夫よ、たまにマネージャーの目を盗んで電話したり、会いに来てあげるにこ♪」「アイドルにはそのくらいのお忍びがないとね⭐︎」
真姫はうん、と見えるように頷こうとしたが体も気持ちも嬉しさのあまり制御出来る状態ではなくなっていた。がにこにはハッキリと真姫の頷きがわかっていた。
にこ「真姫はいつからにこのこと好きだったの?」
真姫「ゔぇぇぇ…それは…別にいつからだっていいじゃない汗」
にこ「ふーん…教えてくれないんだ?やっぱり真姫の彼女になるのやめようかな〜にこ♪」
真姫「もぉ!本当ににこちゃんイヂワル…。やっぱりあの頃からかな、穂乃果がμ’s辞めるって言い出して、にこちゃんが本気で怒ったとき。そんなにアイドルに真剣になれるにこちゃんが羨ましかった、私にはない情熱?そう言うの感じて…かな」
「でも、それより前からもにこちゃんのこと、気にはなってたの。よくあんなバカな事できるなって笑」
にこ「なによ、そのあんなバカな事?でもいいわ、ちゃんと話してくれたから。今回は許してあげる♪素直な真姫ちゃん好きにこ♪」
真姫「またぁ、そんな好き好きって気楽に言われると…なんだか軽く感じちゃんわ。」
にこ「ふふ、本当に真姫は面倒な子ね、でもそこが可愛いのかな♪」
「そうそう、私の事好きならどんなところが好きなの?100個くらい、好きなところ言えるわよね?」
真姫「はぁ?そ、そんなにあるわけないじゃないのよ!それこそにこちゃん面倒な子じゃない…。」
でも実はそのくらいあるかもしれない…と思う真姫は自分が怖くて痛い女の子じゃないかと思い始めていた。
なにせにこのことを綴ったノートがあるくらいだから…。
真姫「言おうと思えばいくらでもにこちゃんと好きなところ言えるわ、でも好きってそんな数じゃないと思うの」
「もしかしたら、説明できない気持ちがあるのが好きかもしれない。それに一つの核心はあるの…初めてにこちゃん会って、目があった時のこと。にこちゃんと初めて会ったはずなのに、私…にこちゃんのこと知ってた、にこちゃんとどこかで会ったことあるって感じたの。もしかしたらそれが好きの始まりかもしれないわ。」
にこ「ぷぷぷっぷ…真姫ちゃん相変わらず乙女チックね♪」
真姫「もおぉ!わ・ら・わ・な・い・で!!」
好きになる感情、それは十人十色で一定の法則はないかもしれない。
だか真姫にとっては失われた記憶、懐かしい記憶、触れたことのある記憶に寄り添っている感情が好きと定めているのかもしれない。
夜空の暗闇の世界、ほのかに赤く灯ってる公園の電燈。
二人の少女はお互いに黒い暗闇、赤い光に手を差し伸べ弄り、相反する色合いが静かに溶け込み始めていた。
END