白銀の来訪者   作:月光花

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殺神鬼様から感想をいただきました。ありがとうございます。

今回で守護騎士達との第2戦は終わりになります。

では、どうぞ。


第9話 漂う疑問 

  Side Out

 

 突然自分を抑え込んでいた拘束が解かれ、それに続いて建物が崩れる轟音が聞こえたシャマルは戸惑いながらも立ち上がる。

 

そこに立っていたのは、白と青の色を所々で分けた服を着た1人の人間。

 

180近くある身長と体格から推測して恐らく男だが、顔を隠す白い仮面が放つ不気味さのせいでそれすらも曖昧に思えてしまう。

 

「あ、あなたは……「急げ」……え?」

 

戸惑いながらも問おうとするシャマルの言葉を打ち切って仮面の男はそれだけを口にした。仮面越しの視線の先にはシャマルが持つ闇の書がある。

 

「すぐに管理局の増援が駆け付ける。今すぐ結界を破壊して内部の仲間を離脱させろ……こんな所で頁を消耗したくはあるまい」

 

仮面の男が口にした言葉に、シャマルは驚愕を覚えながら警戒を強める。

 

確かに、闇の書に貯蔵された魔力と魔法を使用すれば現在展開されている結界を容易に壊すことが出来る。

 

だが、この男は何故それを知っている?

 

闇の書の主本人ならまだしも、守護騎士が闇の書の力を断片的に行使出来るという情報は決して広くは知られていないはずだ。

 

知っているとすれば、それは闇の書の構造を深く調べて理解した者、もしくは……過去にその光景を目にした者。

 

「警戒を抱くのは当然だ。だが、今は時間が無い。増援が到着すれば全員がこの場から離脱出来る可能性は低くなる。それがお望みか?」

 

「っ……!」

 

小馬鹿にするような口調に不快感と怒りを覚えるが、シャマルはどうにかそれを表面に出さずに抑え込む。

 

腹立たしいことは確かだが、今はこの男に構っている場合ではない。

 

こうしている間にも結界の中ではシグナム達が戦っているし、同じく管理局の増援も近付いている。

 

(みんな、ごめんなさい……もう一度結界解除を準備するわ。少しだけ持ち堪えて、相手を倒すことに固執しないように……!)

 

(シャマル! そっちは大丈夫なのか!?)

 

(それについては合流してから話すわ)

 

そこまで言って、シャマルは強引にザフィーラとの念話を打ち切る。

 

即座にシャマルの足元に魔法陣が展開され、シノンの奇襲で中断された術式をもう一度組み直していく。

 

「賢明な判断だ。その間の露払いはこちらで……っ!」

 

言葉の途中、仮面の男が何かに驚いたように視線を移す。

 

ソレを不思議に思ったシャマルも釣られてその方向を見る。

 

そこに見えたのは、自分達目掛けて真っ直ぐに飛んでくる一本の鉄骨だった。

 

「なっ……!」

 

「くそっ……!」

 

絶句するシャマルの前に仮面の男が割り込み、慌てながらも大型の防御魔法を展開する。

 

その直後、飛来した鉄骨は魔法陣と激突して轟音と共に周囲に衝撃波と土煙を散らす。

 

防御魔法によって勢いを完全に殺された鉄骨はそのまま屋上の地面に転がるが、もしコレが直撃していたらと思うとシャマルの背筋に嫌な汗が流れる。

 

「呆けるな!急げ!!」

 

仮面の男が慌てるような声を上げると共に土煙の中から鈍い銀色の輝きが見えた。

 

それすらもシャマルより速く反応した仮面の男は右腕に防御魔法を展開して自分の左肩目掛けて振り下ろされた斬撃を受け止める。

 

「……守護騎士は5人と聞いてたが」

 

所々が埃で汚れ、口の端から僅かに血を流ながらシノンは静かに呟く。

 

先程のアッパーカットは意識を刈り取る為の攻撃だった故に、気絶を逃れたとすれば外傷は大したことないのだろう。

 

「外部協力者か……なるほど、盲点だったな」

 

1人納得するように呟き、シノンの左手が太刀の柄から離れて拳を作る。

 

即座に左フックの軌道で拳が魔法陣に打ち込まれ、展開された防御魔法が砕け散る。

 

「ひとまずボコボコにしてから連行しよう」

 

防御が崩れたのを見て、すかさず跳ね上がった右脚の蹴りが仮面の男の左脇腹に放たれる。

 

しかし、仮面の男もただやられるだけではなく、先程と同じように左腕に防御魔法を展開してシノンの蹴りを受け止め、そのまま足を掴んで腰の捻りと共に投げ飛す。

 

シノンは空中を滑空しながら即座にアクセルフィンを展開して勢いを殺し、前方へと再び加速する。仮面の男も同じく地を蹴って高く飛び、シノンへと距離を詰める。

 

「フッ……!」

 

「ハァッ……!」

 

唐竹の斬撃と魔力を纏った拳がぶつかり、一瞬の拮抗の後にすれ違う。

 

そのまま右薙ぎに振るわれた太刀と真上に振り上げられた左足の蹴りが、返す刃の左薙ぎと踵落としが衝突し、弾き合うような反動によって距離が開く。

 

「近距離型か……」

 

自分の斬撃を捌いた格闘技術を見ながら呟き、シノンは再び踏み込む。

 

迎え撃つように放たれた右脚の蹴りと太刀が打ち合ってすれ違い、そのまま体を回転すると共に放たれた仮面の男の左回し蹴りが迫る。

 

シノンはその蹴りを迎え撃たずに身を翻して回避し、振り返ると共に下から太刀を切り上げて仮面の男の伸び切った左脚を狙う。

 

「くっ……!」

 

寸前で仮面の男は右足の下に魔法陣を展開し、それを足場にして片足だけの力で高く跳躍する。結果、頭を下にした体勢でシノンと至近距離で睨み合う形となった。

 

その状態からすかさず仮面の男の手刀とシノンの右薙ぎの斬撃が打ち合い、衝突面から衝撃波と火花が飛び散る。

 

だが、無茶な回避をした上に碌な踏み込みも出来なかった仮面の男は後方へと吹き飛ばされる。

 

開いた距離はおよそ50メートル。

 

飛行魔法の速度を以てすれば数秒で縮まる距離だが、シノンが闘気を練り上げるには充分な時間である。

 

両手に握る太刀の刀身に集まった闘気が光を帯び、明確な脅威としての威圧感を宿していく。

 

それを見て“仕掛けてくる”気配を察したのか、仮面の男は構えを取って踏み込む。

 

同じくシノンも太刀を構えて踏み込み、距離を詰める。

 

 

しかし、両者が再びぶつかる前に、上空に生まれた緑色の光が2人の間を通り過ぎた。

 

 

『ッ……!』

 

両者はほぼ同時にその場で急停止し、光の発生源に視線を向ける。

 

ドーム状に展開されている結界のおよそ頂点の場所、そこに緑色の輝きを放つ球体が浮かんでいる。周囲に放たれる光は徐々に強くなり、まるで弾ける寸前の水風船のようだ。

 

「潮時だな」

 

仮面の男は静かに呟き、構えを解いた。

 

引くつもりなのだろう。だが、見逃すつもりがないシノンはその隙に斬り伏せようと前に踏み出そうとして……

 

「執務官に伝えろ」

 

……突然敵から告げられた言葉に足を止める。

 

「……なに?」

 

「これはお前への言葉でもある。“今は動くな、それが正しいとすぐにわかる”」

 

そう言って、仮面の男は身を翻すと同時に凄まじい速度で離脱していった。

 

先程の言葉で完全に勢いをくじかれたシノンはソレを追跡しようとは考えられず、その場に立ち尽くす。

 

その直後、結界の頂点にあった緑色の球体が炸裂すると共に強烈な光が放たれ、シノンはもちろん、なのは達も視界が光に覆い尽くされる。

 

数秒後に光が晴れると、周囲を覆っていた結界は消失し、守護騎士達の姿も無かった。

 

『反応消失。さらに攪乱と魔力ジャミングの置き土産も残しています。手慣れていますね』

 

「殴り合うだけじゃない、乱戦の戦い方をよく理解しているみたいだな」

 

シノンは太刀を鞘に納めて軽く息を吐き、奇襲で吹き飛ばされたユーノの元へ向かう。

 

結界は既に解除されているので人目に付かぬようにビルの屋上から跳躍を繰り返して移動し、吹き飛ばされて気絶していたユーノを見付けて簡単な治癒術を施す。

 

『しかし、あの仮面の男……何者なんでしょうか。仕掛けてきた以上味方とは思えませんが……』

 

「敵としても何処か煮え切らない奴だったな。多分だが、オレと戦っている時も本気ではなかったんだろう」

 

もし殺すつもりなら最初の奇襲でもっと深い傷を負わせに来たはずだ。

 

加えて最後には人を伝言役として使うのだから敵として見ているかすらも怪しくなってくる。

 

「とりあえず、アイツのことは後でクロノ達に報告しておこう。今回だけ現れるなんてことは無いだろうしな」

 

通信回線を開いたまま耳を傾けると、どうやらクロノは増援の局員を引き連れてそのまま守護騎士の追跡に向かったようだ。

 

エイミィさんを始めとしたアースラスタッフの能力は決して低くはないが、シノンはおそらく守護騎士達が逃げ切るだろうと予想している。

 

今まで何度も管理局の追跡を逃れてきたのだ。今回も結界を解除した後の逃走経路を上手いこと用意しているだろう。

 

「……そういえば」

 

思考を巡らせながら、シノンは先程まで結界が展開されていた空を見上げた。

 

僅かに……だが重大な事実に辿り着きそうな1つの疑問。

 

「アイツ……どうやってエイミィさん達にも全く気付かれずに結界内に侵入した?」

 

『……高度な転移、ステルス系の魔法を使えるのか……()()()()結界内に入る為のコードを知っていたか』

 

ヴェルフグリントが口にした可能性を心の中に飲み込み、シノンはユーノの治療に専念することにした。

 

だがその内心では、抱いた疑問が凄まじい速度で膨れ上がりつつあった。

 

(ゲーデに忠告した時は殆ど勘のようなものだったが……この事件、予想以上に面倒なモノが絡んでるようだな)

 

溜め息を吐きながら、シノンは未だハッキリと見えない脅威に頭を悩ませるのだった。

 

 

 

 

  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  

 

 

 

 

 シノン達の戦場が一先ずの終息を迎えるのとほぼ同時刻、はやてとゲーデはすずかの家で夕食を馳走になり、月村家で飼われている大量の猫に囲まれながら会話に花を咲かせていた。

 

「あはは! すずかちゃん家のニャンコは皆ええ子やなぁ~。人懐っこいし」

 

抱き抱えていた黒猫に頬ずりされたり鼻を舐められたり、小動物に存分に癒されているはやてはほんわりした笑顔で猫達を褒める。

 

「ありがとう。確かに基本良い子達だけど、はやてちゃんが優しいから猫達も甘えてるんだと思うよ。あ、でも、アレはちょっと驚いたかな……」

 

そう言って気まずそうにズレた視線の先には、まるで大道芸人の舞台のような光景があった。

 

「……スマン、助けてくれ」

 

割と余裕の無さそうな声を上げたのは、椅子に座り込んだゲーデ。

 

ただ、その全身の様子はかなりおかしなことになっていた。

 

猫だ。座り込んでいるゲーデの所々に猫達がへばりついている。

 

膝の上には三角形を描くように三匹の猫が丸まって寝転び、大きめの手すりの上に置かれた両腕と伸ばされた両足は4本の足と腹でガッシリと抱き締められている。

 

加えて左右の肩にそれぞれ1匹が腰を沈めて座り込み、頭の上でも1匹が丸まっている。

 

どうしてこうなったと疑問を投げられそうなものだが、ゲーデ本人も気が付けばこうなっていたとしか言えない。

 

おかげで全く動けず、ゲーデは声を上げて助けを求めるしかなかった。

 

「兄ちゃん、私以上にニャンコ達にモテモテやな」

 

「アハハ……これは私も見たことないかも」

 

はやては感心しながらその様子を見ていたが、すずかは苦笑しながらも体に乗っている猫達をゆっくりとゲーデの体から降ろしていった。

 

幸い猫達は降ろされることに抵抗はせず、自由になったゲーデは椅子から立ち上がって大きく体を伸ばす。

 

また動けなくなるのはイヤなので、ゲーデはそのまま壁に背中を着く形で寛ぐ。

 

「にしても……すずかちゃん、急にお邪魔してしもうてゴメンな」

 

「ううん、全然。ゲーデさんから電話が有った時は驚いたけど、私は大歓迎だったよ」

 

「ありがとう、すずかちゃん。お礼に今度はウチの夕食に招待するよ。はやて、どうだ?」

 

「うん! それ私も良いと思う!」

 

そうして笑顔で話をしていると、車椅子の上に置かれたはやての携帯が着信音を鳴らした。

 

ゲーデが携帯を開いて画面を確認し、そのままはやてに手渡しする。

 

「家からだ。多分シグナム達だろう」

 

「そっか。あんがとうな、兄ちゃん」

 

笑顔でお礼を言って、はやては通話ボタンを押して電話に出る。

 

電話している相手はシャマルらしく、恐らく帰りが遅いことを謝っているのだろう。はやては笑いながら“そんなに謝らんでもええよ”と言って話を続ける。

 

その様子を傍で見ていると、すずかがゲーデの服の裾を少し引っ張る。

 

屈んで耳を近付けると、すずかが声を抑えながら“車を用意させますね”と言った。

 

ゲーデは流石に少し申し訳ないとも思ったが、最近冷え込んできた夜の中を車椅子で移動するのは体に良くないと考え、好意に甘えることにした。

 

「すまない、お世話になる」

 

「いえ、こっちからのお願いですから」

 

笑顔でそう言って、すずかは部屋を出ていった。

 

あんな優しい子がはやての友達になってくれて良かった。

 

そう思いながら、ゲーデは電話中のはやての傍に立ち、その頭の上にポンと手を置いた。

 

突然頭に手を置かれて電話中のはやては首を傾げるが、すぐに笑顔になった。特に理由は無い。何故かそうしたいと思ったのだ。

 

(守らないとな……)

 

曇りの無い幸せそうな笑顔を見ながら、ゲーデは立ちはだかる現実を静かに見詰めていた。

 

 




ご覧いただきありがとうございます。

なのは達とは違い、シノンの方は特に変化の無い戦闘でした。

まあ、両方とも出来るだけ手札を見せないように戦っているので当然と言えば当然ですね。

あと、今回の一件とメッセージを聞いて、味方の方にも若干の疑いを持ち始めてます。

元傭兵とか抜きにしても、原作クロノのような体験をすれば誰でも不気味に思うのではなかろうか。

では、また次回。


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