子狐幻想記   作:d.c.2隊長

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紅魔館 転

 「あーあ……壊しちゃった」

 

 紅に染まる部屋の中でフランがつまらなそうに呟く。が、その表情は喜びの色に染まっていた。

 

 目の前に広がる真紅の水溜り……そこに体を浸す小さな妖怪。

 

 青かった髪はすっかりフラン好みの紅に染め上げられ、右側の手足がない歪な体は壊れたぬいぐるみのよう。

 

 「あ……うぅ……」

 

 でも、死んでない。妖怪はこの程度では死なない……死ねないのだ。

 

 涙を流し、光を灯さない青く濁った瞳はフランをしっかりと見つめている。しかし、そこに不安も恐怖もなかった。

 

 「ふふ……氷狐は優しいんだね……私を見ても怖がらない。こんなことをしたのに、私を嫌わない」

 

 優しく、フランは横たわる氷狐の髪を撫でる。そこに先ほどまでの狂気はない。

 

 あるのは狂喜……そして、僅かな恐怖。

 

 「でも氷狐はすぐにどこかへ行っちゃう。霊夢みたいに、魔理沙みたいに、私を閉じ込めたお姉さまみたいにすぐに私の前からいなくなる。ずっと遊びたいのに、ずっと一緒にいたいのに、私の隣にはだぁれもいてくれない。この気持ちを氷狐は分かってくれる? どうしたら、みんな分かってくれる?」

 

 狂喜と恐怖に寂しさが加わり、更にそこに悲しみが加わる。

 

 生まれて495年……フランは自身の能力の危険性を考慮したレミリアによってこの地下の部屋に封印された。

 

 そこからは実の姉と会話した回数は両手の指で足り、部屋から出た回数は片手の指で足りる。

 

 一番会話した数が多いのは咲夜だが、それも向こうから食事を持ってきた、下げに来たという一方的な会話とも言えないもの。

 

 そこまで思い浮かべたフランは、何かを思いついたように氷狐を抱きしめた。

 

 「そうだ氷狐、いいこと思いついちゃった! 分かってくれないなら、分かろうとしてくれないなら!」

 

 氷狐を抱きかかえながら、フランは再び狂ったように笑いながらクルクルと回る。

 

 そしてその口から放たれたのは……心からの狂気《ネガイ》だった。

 

 

 

 「私とおんなじになればいいんだ!!」

 

 

 

 「っ!?」

 

 もうすぐフランの部屋にたどり着くといった距離で、飛んでいた霊夢の体が止まる。

 

 その霊夢の隣に、魔理沙とレミリアが不思議そうに止まった。

 

 「どうしたの霊夢、フランの部屋はすぐそこよ?」

 

 「そうだぜ? それにどうしたんだよ、そんなに震えて……」

 

 

 

 「遅かった……」

 

 

 

 「「……は?」」

 

 不思議そうに、心配そうに首を傾げる二人の言葉が聞こえていないかのように一言だけ呟き、霊夢は再び飛び始めた。

 

 その行動を不思議に思う間もなく二人もその背を追い、フランの部屋の前で止まった霊夢の後ろから部屋の中を覗き見る。

 

 暗く、紅く、そしてなぜか血なまぐさい部屋。床の乾くどころか未だに広がり続ける血が、流れてそう時間は経っていないことを示している。

 

 これは誰の血なのか? 部屋の中を見ている3人が、同じ思考をする。何よりも不可解なのは……。

 

 「あははは! すごいすごい! どうやったの氷狐!? どうやって〝私〟になったの!?」

 

 「何言ってるの? 氷狐はそっちでしょ?」

 

 「ちがうよー私が本物のフランだよ?」

 

 「ちがうよー私が本物のフランだよ」

 

 「わーたーし!」

 

 「私だってば!」

 

 「「むー!」」

 

 フランドールが2人いて、互いに互いが本物だと言い張っていることだ。

 

 フランは〝フォーオブアカインド〟という4人に分身するスペルカードを所持している。だが、それは4人以上にも以下にもならない。

 

 二人のフランの会話から察するに、どちらかが氷狐で、氷狐がフランに変身しているのだろう。

 

 しかし、その答えにたどり着いたのは氷狐の能力を知る霊夢と魔理沙のみ。レミリアは信じられないといった表情で口喧嘩する2人のフランを眺めていた。

 

 「な、なに? なんでフランが2人いるの?」

 

 「片方は氷狐よ。にしても……氷狐の能力はこんなことまでできるのね……」

 

 「どっちもフランにしか見えないぜ……」

 

 呆然と口喧嘩を見守る3人。

 

 やがてそんな3人に気づいたらしく、2人のフランは部屋の扉の方を見た。

 

 そこにいる霊夢達を視界に入れた瞬間、フラン達は壊れたような笑みを浮かべた。

 

 「お姉さまだ」

 

 「霊夢もいるね」

 

 「魔理沙もいるよ」

 

 「お姉さまは意地悪だ、ずっと私をここから出してくれない」

 

 「霊夢はヒドイ巫女だ。私と遊んでくれたのにそれから一度も遊びに来てくれない」

 

 「魔理沙はうそつきだ。また来てくれるっていったのに結局一度も来てくれない」

 

 フラン達は交互に霊夢達に向かって言葉を投げつける。

 

 どちらかは氷狐……それは分かっているはずなのに、姿が、言葉が、感情が、全てがフランにしか見えない。

 

 意地悪と、ヒドイと、うそつきだと言われた3人は心苦しそうに顔を歪ませる。それでも、フラン達は言葉を投げつけるのをやめない。

 

 「お姉さまが最後に私に言った言葉は、〝もうここから出たらだめよ〟だった」

 

 それは紅霧異変のとき、この部屋に戻るフランに言った言葉だった。

 

 「霊夢があの時言った言葉は、〝また遊んであげるわよ〟だった」

 

 それは紅霧異変のとき、きまぐれに吐いた霊夢の言葉だった。

 

 「魔理沙が私に言った言葉は、〝また会いに来るさ〟だった」

 

 それは紅霧異変のとき、霊夢の言葉を聞いて少し寂しそうにしていたフランにかけた慰めの言葉だった。

 

 意地悪のつもりではなかった。地下の部屋に閉じ込めることがフランの能力を暴走させない苦肉で最良の方法だと思っていたから。

 

 ヒドイと言われたのは心外だった。確かにまた遊ぶとは言ったが別に日程を決めていたわけではないし、気さえ向けば本当にまた遊んでやるつもりだったから。

 

 うそをついたわけではなかった。魔理沙は結構な頻度で紅魔館に来るしフランに会いに行こうともした……ただ、パチュリーと話しているうちに帰らなければならない時間が来てしまうから結局会いにいけなかったのだ。

 

 

 

 しかし、自分達を見て涙を流すフラン達を見て、その考えや行動がどれだけ彼女の心を傷つけたのか知ってしまった。

 

 

 

 「お姉さまなんか大嫌い。全然私とお話してくれない」

 

 「霊夢も大嫌い。ほかのやつとは遊ぶくせに私とは遊んでくれない」

 

 「魔理沙も大嫌い。いつもパチュリーとばっかり会って私とは会ってくれない」

 

 「みんな」

 

 「みんな」

 

 

 

 「「大っ嫌い…!!」」

 

 

 

 そこから始まったのは二つの狂気の嵐が吹き荒れる殺し合い。

 

 スペルカードルールを無視した、完全に殺すための弾幕を撒き散らすフラン達、心苦しさから反撃の手に移れないレミリアと魔理沙。

 

 唯一、能力の恩恵でプレッシャーやら重力やらを無視できる霊夢だけが弾幕を放っていた。

 

 「「あはははは!!」」

 

 涙を流し、狂気に身を任せるフラン達の猛威は人間である魔理沙には厳しすぎる。

 

 そのことを察してか、レミリアは魔理沙を抱えながら飛び、当たりそうな弾幕は〝そうなる運命〟を捻じ曲げて当たらなくしていた。本来ならルール違反だが、これは全うな弾幕ごっこではないので大丈夫だろう。

 

 「いいなぁ魔理沙」

 

 「私はお姉さまに守ってもらったことなんてないんだよ?」

 

 「一緒に飛んだこともない……妹なのに、家族なのに!」

 

 「「どうして私にできないことをみんなが簡単にできるの!!」」

 

 泣きじゃくりながら弾幕を放ち、その全てが魔理沙を抱えたレミリアへと向けられる。

 

 弾幕自体は直線的な軌道であり、その速度は人間にはつらくとも吸血鬼たるレミリアには当たらない。

 

 「普通の弾幕じゃ当たらない……なら」

 

 「これはどうかしら?」

 

 

 

 禁忌「レーヴァテイン」×2

 

 

 

 フラン達が同時に同じスペルカードを掲げ、その手に巨大な炎の魔剣が現れる。

 

 それを振るうと当然3人は避けるが、その振った奇跡から更に弾幕が襲い掛かってきた。

 

 それは部屋の中を埋め尽くしていき、段々と逃げ場がなくなってくる。

 

 「っ……やめなさいフラン!! これ以上は部屋が崩れるわ! 生き埋めになるわよ!」

 

 「いっ!? それは流石に勘弁してほしいな……」

 

 特別頑丈なのか、それともなんらかの魔法的要因なのか、暴れている割にはまだ部屋は健在だ。

 

 しかしこれ以上するならば間違いなく部屋は崩落し、フラン達も自分達もただではすまない。

 

 それを危惧したレミリアの声は、フラン達には届かなかった。

 

 「いやだ」

 

 「やっと霊夢が遊びに来てくれたんだ」

 

 「やっと魔理沙が会いに来てくれたんだ」

 

 

 

 

 

 

 「やっと……お姉さまと会話ができたんだ」

 

 

 

 

 

 

 「……フラン?」

 

 気がつけば、フランから飛んでくる弾幕が止んでいた。

 

 炎の剣はすでにその手になく、ただ泣きながらレミリアを見るフランと、そのフランをもう1人のフランが見つめている。

 

 いつの間にか扉のところには紅魔館のメンバーと紫の姿もあり、みんながみんなフランを見ている。

 

 「こんなところで食べるお菓子も料理も美味しくない。私はずっとお姉さまと話しながら食べたかった。こんなところで眠っても寝た気にならない。本当はお姉さまと一緒に眠りたかった。こんなところにいてもつまらない。私はずっとお姉さまと一緒に一日を過ごしたかった」

 

 狂気の色はなりを潜め、ポツリポツリと自身の願い《オモイ》を呟いていく。

 

 そんなフランを、もう1人のフランが優しく抱きしめた。

 

 495年に渡り持ち続けてきた姉への想い……ただただ純粋に、妹は姉を想い続けた。

 

 それでもそんなネガイは叶わない……フランが狂気を身に宿す限り。

 

 「もう……独りは嫌だよ。でも……私は……」

 

 疲れたような、あきらめたような声。その声を聞いた紅魔館のメンバーは、もう何も言えなかった。

 

 ただ、紫が楽しそうに笑い、魔理沙が苦笑し、霊夢とレミリアがフランの前に飛んだ。

 

 

 

 「「言いたいことはそれだけ(かしら)?」」

 

 

 

 「……えっ……?」

 

 「その程度のオモイでよく私に向かってヒドイとか言えたわね?あんた、この部屋を見る限り氷狐を半殺しにしたでしょ。どっちがヒドイことしてるのよ。封印どころか滅するぞ」

 

 「ひっ!」

 

 「でも……私は……なに? その続きは? 笑えないことだったら許さないわよ?」

 

 「ひう!」

 

 今まで感じたことがない圧倒的な怒気に、フランは震えてもう1人のフランにしがみつく。もう1人のフランはそんなフランを見て苦笑している。

 

 なんで今自分は……霊夢はともかくとして姉に怒られているのだろうか……フランは涙目になりながら不思議に思った。

 

 「……でもま、確かに私はあんたをないがしろにしてたし、氷狐から目を放した責任もあるからそこまでとやかくは言わないわ」

 

 「私もあなたにしてきたことが最善だと疑わず、あなたの声に耳を傾けなかった……そんなにも想われていて、姉として嬉しいわ」

 

 

 

 「「でもこれだけは言っておくわ……自分から何かを諦めたやつに、願いが叶えられるわけがないのよ?」」

 

 

 

 それは厳しい一言だった。フランからしてみれば、理不尽にも思える言葉だった。

 

 狂気はフランの強力な能力から来る言わば代償であり、自分ではどうすることもできない。

 

 それが分かっているのに、495年も願って叶わないのに、これ以上どうしろというのか。

 

 そん心境を悟ったかのように、レミリアはフランの手をとった。

 

 「あ……」

 

 「……今まで気づいてあげられなくてごめんなさい。でも、気づいた今なら言える。私達1人1人が願ってもダメなら……今度はみんなで願いましょう?」

 

 「お姉さま……それって……」

 

 ずっと、フランは一人で狂気がなくなり、姉と共に過ごす日常を願っていた。

 

 だが今のレミリアの言葉は…まるで。

 

 不意に、フランの体を沢山の温もりが覆った。それは、紅魔館メンバー……咲夜、美鈴、パチュリーだった。

 

 「え……?」

 

 「みんな、あなたが狂気をなくして日々を過ごすことを願っていたのよ?この紅魔館に住む家族だもの……いつも願っていたわ」

 

 咲夜はいつも食事を運ぶたびに願っていた。いつか、姉妹が笑いながら自分の作ったお菓子や料理を美味しいと言ってくれる日々を。

 

 美鈴は門を守りながら願っていた。いつか、姉妹が自分に向かって〝いってきます〟と笑顔を向けてくれることを。

 

 パチュリーはいつも探していた。フランの狂気を押さえ、姉妹が日々を共にできる術を。

 

 そしてレミリアはいつだって願っていた。

 

 「こうやってあなたの手をとってあなたと……フランと一緒にいられる日常を」

 

 「あ……」

 

 強く握られた手……最後にこうして手を握られたのはいつだっただろうか。

 

 もはやすっかり消えてしまった記憶……いや、もしかしたらなかったのかもしれない。

 

 それでも、この手は紛れもなく本物で。

 

 この温もりは、間違いなく本物で。

 

 みんなの願いは……確固たる真実だった。

 

 「だから……もう一度、今度は一緒に願いましょう?」

 

 「うん……うん!」

 

 フランを抱きしめ、抱きしめられたフランが涙を流す。

 

 そんな姉妹を少し羨ましそうに見つめ……もう1人のフランはその姿は五体満足の氷狐へと変わった。

 

 フランはそんな氷狐に気づき、レミリアと共に抱きしめた。

 

 「ありがとう氷狐……私のオモイを分かってくれて」

 

 「うー。あーうー」

 

 「うん……頑張る。狂気なんかにはもう負けないよ。私には……素敵な家族がいるから」

 

 だから……もう一度心から願う。

 

 この想い《ネガイ》は絶対叶う……不思議と、フランはそんな気がした。

 

 そして5人は願う《オモウ》……それは、家族ゆえに。

 

 

 

 

 

 

 フランの狂気がなくなり……姉妹がこれからの未来を共に歩めますように。




この作品はあくまでもほのぼの路線です。バトルは控えめになっております。もの足りない方もいるでしょうが、お察しください。
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