子狐幻想記   作:d.c.2隊長

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紅魔館 結

 紅魔館の宴会……もとい、パーティーから一月の月日が流れた。

 

 あのちょっとした騒動が終わった後は特に何もなく、幻想郷の住人達は平和な日々を送っていた。

 

 勿論それはここ、紅魔館の住人達も含まれる。

 

 「ん……」

 

 窓ひとつない真紅の部屋の中で小さな人影がムクリと起き上がる。その人影とは、この部屋と紅魔館の主であるレミリア・スカーレットだった。

 

 レミリアはごしごしと目を擦り、ぼーっとしながら現状を理解するために回らない頭で思考する。

 

 上半身だけ起こしている自分の隣には妹のフランドールがすやすやと可愛らしい寝息を立てて眠っており、その姿を見るだけで自然と頬が緩んでいくことを自覚し、レミリアは優しくフランの頭を撫でた。それだけのことなのに、彼女はどうしようもなく幸せを感じていた。

 

 こんな幸せな起床が始まったのは、20と5日前だったかとレミリアは回り始めた頭で思う。

 

 パーティーが終わった次の日、今まで閉じ込めていた妹に改めて謝罪をするべく地下室に行った時、フランを含めた紅魔館の住人は酷く驚いた。

 

 昨日まで狂気に振り回されていたフランから、狂気の色が全く感じられなかったのだ。もしやと思い、フランに数日だけ地下にいてもらって美鈴とパチュリーに調べてもらったが、結果は二人とも〝もう狂気を感じられない〟だった。

 

 能力があるにもかかわらず、狂気はフランの中から完全にその姿を消していたのだ。そうなれば、もうフランを地下に閉じ込めておく必要はない。

 

 

 

 願った日々を、姉妹はようやく手に入れた。

 

 

 

 「おねえさま……?」

 

 長い回想を終え、レミリアは自分を呼ぶ妹へと顔を向ける。寝起き故にまだ眠そうに目を擦る姿はなんと可愛らしいことか。

 

 いつの間にか握られている左手をしっかりと握り返し……その温もりが偽りなき現実だと改めて理解する。

 

 「ふふ……おはようフラン」

 

 「うん……おはよぉおねえさま」

 

 甘えるような声で、フランは挨拶を返してくれる。そのまま寝ぼけたようにフランはレミリアの腰あたりに抱きつき、猫のように頭をこすり付けてくる。

 

 これからもこんな日々が続く……運命を見るまでもなく、レミリアはそう確信していた。

 

 

 

 身だしなみを整えた姉妹は食事処にて朝食をとっていた。時間帯は昼なので、形式的には昼食になるのだが。

 

 「美味しいねお姉さま!」

 

 「ふふ、紅魔館自慢のメイドが作ったものだもの……美味しくないハズがないわ」

 

 「ありがとうございます」

 

 無邪気に美味しい美味しいと言って食べるフランを優しく見つめるレミリア……そんな姉妹を見ながら、咲夜は心に溢れる幸福感に浸る。

 

 いつも願っていた、姉妹が共に食事をして自分の料理を美味しいと言ってくれる光景。それが今目の前にあり、これからはこれが日常となる。

 

 従者として、何よりも紅魔館の家族として、こんなに嬉しい事はないと咲夜は紅茶のおかわりをねだるフランのカップに紅茶を注ぐ。

 

 「ありがとう咲夜!」

 

 日の光が入らない紅魔館にも太陽は存在する……咲夜はそう思った。

 

 

 

 「本当によろしいのですか?」

 

 「ええ。咲夜には悪いけれど、今回はフランとの初めてのお出かけですもの……姉妹だけで行きたいの」

 

 「分かりました。お嬢様、妹様、ハンカチは持ちましたか? ティッシュは? 水筒に血を入れて持っていかなくて大丈夫ですか? 日傘は絶対に手放してはいけませんよ? あとそれから……」

 

 「お前は私達の母親か」

 

 心配性な従者の言葉に苦笑し、レミリアはうずうずとしているフランの隣に行く。

 

 二人しておそろいの日傘を持ち、日に当たらないようにしながら飛ばずに歩いてゆっくりと門をくぐる。

 

 フランにとっては初めてのお出かけになる……今日この日を記念日にしようと姉が考えていた時、不意にフランが日傘を持つレミリアの手に抱きついてきた。

 

 「こーら、日傘が落ちちゃうでしょ?」

 

 「ごめんなさーい」

 

 ペロッと小さな下を出しながら笑顔で謝罪の言葉を口にするフランに苦笑し、その頭を撫でる。

 

 こんなありふれたことも、つい先日まではできなかった……そう考えると、姉妹の胸に暖かいものがこみ上げてくる。

 

 そんな姉妹の姿を後ろから眺めている門番、美鈴もかなり心にきているらしく若干泣きそうになっていた。

 

 ふと思い出したように、姉妹が後ろを向いて美鈴を見つめ、美鈴も姉妹を見つめる。

 

 「言ってくるわ美鈴……門の守り、お願いね?」

 

 「いってきまーす♪」

 

 「っ……はい……いってらっしゃいませお嬢様、フラン様」

 

 長い間抱き続けていた願いが叶った瞬間、美鈴は泣きそうになった。なんとか我慢したが、声は震えてしまったから姉妹には自分が泣きそうになったことに気づいたかも知れない。

 

 けれども姉妹はそれに触れることなく、フランは手を振りながらその場から飛び去っていった。

 

 きっとこれが日常になるのだ……なら、いちいち泣きそうになってしまっていたら姉妹に心配されてしまうかもしれない。

 

 なら、今日で涙を流しきってしまえばいい。そうすれば、今のような震えた声ではなく、しっかりと笑顔で送り迎えできるはずだから。

 

 「いってらっしゃいませ」

 

 もう一度、もうすっかり小さくなってしまった姉妹の影に送る言葉を呟く。

 

 涙が頬を伝っているが、その声に震えはなかった。

 

 

 

 「パチュリー様、レミリア様とフラン様がお出かけになられたようですよ」

 

 「そう」

 

 自身の従者である小悪魔の言葉に短く返し、パチュリーはゆっくりとした動作で見ている本のページをめくる。

 

 そっけない、と言葉だけ聞けばそう思うだろうが、主の顔に微笑が浮かんでいたのを小悪魔は見逃さない。

 

 「そんなことよりこあ、頼んでいた本は見つかったかしら?」

 

 「はい、ここに」

 

 〝こあ〟というのは小悪魔の愛称である。こあはパチュリーの目の前の机にドサッと分厚い本を10冊ほど置く。見た目は華奢な女性なのだが流石は悪魔というべきか、かなり力持ちのようだ。

 

 置かれた本は魔力や妖力の扱い方、一般常識などの本ばかり。それは、パチュリーがフランに学ばせようとしているものだった。

 

 「これを全部学ぶのは大変そうですね」

 

 「私に数百年他の事を学ぶ時間を奪った罰よ。泣いても怒っても全部をフランの頭に叩き込むまでは許してやんないわ」

 

 苦笑いを浮かべるこあに怒ったような、少々きついことを言っているパチュリー……だが、それは建前であるとこあは知っている。

 

 何分引きこもりがちな主だ、コミュニケーション能力なぞあるはずもない。この本の山は、パチュリーなりのフランとの接し方を考えた末のこと。

 

 不器用な主に、こあは自然と笑みを浮かべていた。

 

 「……何笑っているのよ」

 

 「いえいえ、何もありませんよ。パチュリー様は可愛いなぁって思っただけです」

 

 「バカなこと言ってないで、他にも本があるか探してきなさい」

 

 「はいはい♪」

 

 主に背を向け、こあは新たに本を探すべく図書館の中を飛ぶ。

 

 可愛いと言った時に顔を紅くした、愛しい主を脳裏に思い浮かべながら。

 

 

 

 「うー」

 

 「うー?」

 

 「うー」

 

 「うー」

 

 「うー☆」

 

 「うー☆」

 

 博麗神社の縁側にて、レミリアがそこにいた氷狐となにやらうーうー言い合っていた。

 

 やだ、なにこれ楽しい……そう思ってしまったレミリアには、もう吸血鬼とかカリスマとかそんなものはどこにも存在しなかった。

 

 「何を氷狐で遊んどるかお前は」

 

 「きゃん!」

 

 そんなレミリアが氷狐で遊んでいるように見えたのか、いつの間にか背後にいた霊夢が彼女の頭をたたく。

 

 その隣には、霊夢を呼びに行っていたらしいフランの姿もあった。

 

 「氷狐ー♪」

 

 「うー? ふらん!」

 

 「「なん……だと?」」

 

 氷狐がフランの名前を〝しっかりと〟呼んだことに霊夢とレミリアは驚愕し、氷狐とフランは互いに抱きしめあっている。

 

 子供同士の抱擁に一瞬和んだのもつかの間、霊夢とレミリアは二人に詰め寄った。

 

 「ひ、氷狐、私は?」

 

 「れーむ」

 

 「私は?」

 

 「れーあ」

 

 「この子は?」

 

 「ふらん!」

 

 「「なぜ!?」」

 

 霊夢は自分の名前はちゃんと呼んでもらっていないのにフランの名前はちゃんと呼んでいるというショックから。レミリアも自分の名前はちゃんと呼んでくれないのに妹の名前はちゃんと呼んでいるショックから、2人は頭を抱える。

 

 突然頭を抱えた2人を氷狐は不思議そうに見るが、フランはなんとなくわかったのか苦笑した。

 

 

 

 二人が落ち着いた頃合を見計らって4人は居間へと向かい、そこでテーブルを挟んで対面する。

 

 そして、レミリアが頭を下げた。

 

 「一月前のパーティーで妹が迷惑をかけたわ……紅魔館の主として、何よりもフランの姉として、あなた達に謝罪します……ごめんなさい」

 

 「ご……ごめんなさい」

 

 2人して頭を下げ、謝罪の言葉を口にする。誇り高い吸血鬼が……とも思うが、それが謝らない、頭を下げないという理由にはならない。

 

 本当に悪いと思っている……が、許してもらえるかどうかは分からない。

 

 霊夢が氷狐を大事に、大切に思っているのはこの幻想郷中に知れ渡っているといっても過言ではない。

 

 その氷狐を、フランはあろうことか半殺しの目に合わせてしまった……何よりも、フラン自身が氷狐を傷つけてしまったことを激しく後悔していたのだ。

 

 びくびくと、先ほどまで楽しかった空気が嘘のように静まり返っていることに姉妹は怯える。

 

 もしかしたら、もうこの間までの関係がなくなってしまうのではないかという不安があった。

 

 そんな2人に返ってきた言葉は。

 

 

 

 「あーうー」

 

 「ん、許す」

 

 

 

 そんなあっさりとした言葉だった。

 

 あまりにもあっけなく許されてしまった姉妹はもしや聞き間違いかと思い、今なんと言ったのかを聞いてみるが、返ってきた言葉は許すの一言。

 

 先ほどまでの自分達の不安はなんだったのかというほど、姉妹はあっさりと許されてしまった。

 

 今はこの神社で霊夢が作った昼食をご馳走になり、仲良くパクパクと食べている。

 

 「まさか霊夢の手料理を食べられるなんて……というか正直、他の人にご馳走できるだけの食料がこの神社にあったことにビックリだわ」

 

 「ここしばらくは氷狐がお賽銭入れてくれるし、流石に私もヒモは嫌だから人里で妖怪退治の依頼とかしてるしね。最近では氷狐が賽銭箱みたいな扱いで人里の人からお金を預かってくるのよ。だから今は余裕を持って生活できているわ」

 

 「でもそれって氷狐がいなくなったらまた貧乏神社に戻るってことよね? それに今の話を聞いてると氷狐が霊夢にいい様に扱われている気がするのだけど……」

 

 「ちょっと表に出なさいレミリア。日傘なしで弾幕ごっこをするから」

 

 「私死ぬじゃない!!」

 

 「おいしーねー♪」

 

 「うー♪」

 

 怒る霊夢と慌てるレミリアを放置し、フランと氷狐は昼食に舌鼓を打つ。

 

 騒がしくも楽しい昼食だったが、霊夢とレミリアは半分も口にすることができなかった。

 

 

 

 夜、それは本来は妖怪、吸血鬼にとっては朝とも呼べる時間帯。

 

 普段ならレミリアとフランも起床する時間なのだが、今日は朝に起きたので眠たくて眠たくてしょうがなかった。

 

 とはいえ夕飯は口にしたし体も清めたしパジャマにも着替えたので後は寝るだけ。姉妹はレミリアの部屋で同じベッドに入り、掛け布団の下で手を繋ぐ。

 

 こうしなければ、フランは悪夢を見てしまうのだ。狂気こそ消えたが、495年に渡る孤独は根深く、今もフランはこれは幸せすぎる夢ではないのかと思うこともある。

 

 そんなときはこうして誰かに触れるのだ。ぎゅっと握り返される手は紛れもなく現実であると。感じる温もりは真実であると。

 

 目の前にいる、自分の頭を優しく撫でてくれる姉は妄想なんかではないと。そこまで確認して、フランはようやく安心して眠ることができる。

 

 「おやすみお姉さま」

 

 「ええ……おやすみフラン」

 

 額に口付けられ、安心しきったようにフランは目を閉じる。今日もとてもいい夢が見られそうだ。

 

 どんな夢が見られるだろうか。姉と外を散歩する夢でもいいし、メイドの手伝いをする夢でもいい。図書館の魔法使いと木陰で読書をしたり、門番に庭を案内してもらうのもいい。

 

 それとも巫女と弾幕ごっこをする夢を見れるだろうか? 普通の魔法使いと競争するのも楽しそうだ。

 

 (……そうだ)

 

 自分を狂気から救ってくれた、酷いことをしたのに自分を嫌わないでくれた子狐の妖怪の夢を見よう。

 

 自分の気持ちを分かってくれた……純粋で可愛らしい、自分が大好きな妖怪の夢を。

 

 それはきっと……楽しくて、素敵な夢になるに違いないのだから。

 

 

 

 「出てきなさい紫」

 

 夜、神社の縁側にいた霊夢がそう呟くと突然彼女の隣の空間が裂けた。

 

 裂けた先には目がギョロギョロと蠢く気持ちの悪い空間が広がっており…その中から紫が現れ、完全に外に出るとその裂け目…スキマがまるでそこになかったかのように閉じた。

 

 「相変わらず凄い勘ね」

 

 「それはいいけど、氷狐は?」

 

 「ぐっすりと寝てるわよ。勿論我が家でね」

 

 にやりと笑う紫に霊夢は殺意を覚えたが、今はその話は関係ないので心の奥へと追いやる。

 

 「……あの日、氷狐は完全にフランになっていたわ。まぁオモイさえあればほぼなんでもできる能力なんだから、全く同じ姿になるくらいは簡単なんでしょう」

 

 そこで一度区切り、霊夢は息を吐く。パーティーの日、氷狐は完全にフランの姿となっていた。

 

 まあ今までも死の淵から蘇ったり鬼の能力を封じたりしたんだから今更変身できるとしても差ほど驚きはしない。

 

 「でも〝アレ〟は流石に予想外よ。力も、妖力も、話し方や雰囲気に至るまで全て一緒。しかもスペルカードまで使ってきた上にそれも全くの同威力。もしかしたらフランの能力すらも持っていたかもしれない」

 

 霊夢が知る氷狐の妖力は精々小妖怪程度。何度も妖精であるチルノに弾幕ごっこで負けているようだし、空も少しの距離しか飛べない。

 

 しかし、フランに変身した氷狐の力はフランのそれと全く変わらないものだった。それはつまり、オモイさえあれば氷狐は自分の力量や在り方といったものまで自由ということに他ならない。

 

 「答えなさい紫……氷狐をあんたの家に住まわせたのは〝なぜ〟?」

 

 霊夢の問いに、紫は答えない。胡散臭い笑みを浮かべたまま、ただ夜月を眺めている。

 

 その姿が癇に障ったのか、霊夢が怒鳴り声を上げようとする……その前に、紫は口を開いた。

 

 「霊夢……あなたは氷狐のことをどう思ってるのかしら?」

 

 「……は?」

 

 「私は気に入ってるわ。私だけじゃなく、藍も橙もね。橙が氷狐と仲良くしているのを見ると藍が嫉妬しちゃってね、そんな藍を2人は不思議そうに見るものだから藍もしどろもどろになって……最後には3人でお昼寝したりする時もあるのよ?」

 

 いきなりこいつは何を言っているのかと霊夢は思うが、話をしている紫は今言ったことを思い出しているのか随分と優しい笑みを浮かべている。

 

 そんな話を聞きたいわけではないのだが、なぜか口を挟む気にはなれなかった。

 

 「そんな時間が、私はとても愛おしい。だから安心しなさい霊夢。少なくとも、今は私が氷狐をどうこうするつもりはないわ。私だって、藍と同じ狐の妖怪である彼を息子みたいに思っているんですもの」

 

 今は。そう言って笑う彼女には嘘偽りはないのだろうし、霊夢の勘も嘘ではないと言っている。

 

 それでも、霊夢は不安に思ってしまうのだ。

 

 

 

 また、氷狐が自分の知らぬところで口も聞けぬ姿になってしまうのではないかと。

 

 

 

 「……それならいいけどね」

 

 「過保護は嫌われるわよ?お母さん♪」

 

 「黙れ年増。あんたはお母さんじゃなくておばあさんでしょうが」

 

 「言うじゃない小娘」

 

 バチバチと2人の間で火花が散り、次の瞬間には夜空に弾幕の火花が散った。

 

 人里では花火だ祭りだという声が上がり、どこぞの鬼が弾幕花火を肴に酒を飲む。

 

 種族は違えど笑顔は同じ……それはきっと、〝そこ〟に友がいるからこそ。

 

 

 

 

 

 

 「ええ!?昨日お祭りがあったの!?」

 

 「お祭りかどうかは分かりませんが、人里の方が随分と騒がしかったですよ?一日中門の前にいましたが、花火がとてもキレイでした」

 

 「うぅ、いいなぁいいなぁ、私も見たかったなぁ」

 

 「また見れるわよ、あきらめなさい」

 

 「そんなこと言って、話しを聞いたとき一番残念そうにしてたのお姉さまじゃない」

 

 「べべべ、別にざ、残念なんておもってないわよ!?」

 

 (ああ、図星で焦るお嬢様も…イイ)




というわけで紅魔館編は終了となりました。さて、次はどうしましょうか。そろそろ永遠亭組を出しましょうかね。そうなるとストーリーは誰のものに…。
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