【八雲 紫《やくも ゆかり》】
容姿こそ幼さの残る少女寄りの女性だが、その実1000を越える時を生きる大妖怪であり、“賢者”の異名を持つ。
“境界を操る程度の能力”を持ち、その使い方は様々。
“スキマ”と呼ばれる異空間への入り口を作り出して全く別の場所へと移動したり、結界などの物理的境界を操るだけに留まらず、夢と現実・物語の中と外といった概念的な境界や、物体が個として存在するための「自分とそれ以外を分ける境界」にまで及び、万物の創造と破壊を司る、神にも匹敵する能力と評されている。
胡散臭い雰囲気で他人からは近寄りがたい、よく分からない、心のうちが読めないとされ、あまり良い感情を持たれない。本人は結構寂しがり屋だったりするのだが。
“幻想郷”を作った存在であり、幻想郷の母と呼べる存在で心から幻想郷を愛している。
どこに住んでいるかは一部の存在を除いて知られておらず、冬の間は冬眠している。
“八雲 藍《やくも らん》”
紫が使役する式神にして九尾の狐。非常に美しい容姿を持ち、普段は八雲家の家事全般と幻想郷に異常がないかの見回り、結界の調整などをしている。
冬になると主が冬眠するため、その間の仕事は全て彼女が引き受けることとなる。
能力は“式神を使う程度の能力”であり、その能力は名前のとおりなので省略させていただく。
橙という式神を持ち、親バカと呼ぶべき溺愛っぷりを発揮しては紫に呆れられ、寂しい思いをさせている。
“橙《ちぇん》”
二尾の尻尾を持つ化け猫の妖怪で藍の式神でもある。
容姿は幼い少女に二尾と猫耳が生えたそれで、式としても猫としても水が大の苦手。
藍のことを“藍様《らんしゃま》”と言って慕い、よく後ろをついていく姿を紫に目撃される。
今回はこの八雲家とともに暮らす氷狐が紫をメインに、いつも通り妖怪や人間達とほのぼの、時に慌しく過ごしていく……そんなお話。
「……ん……ふ……あ……~」
障子越しに入ってくる朝日を浴びながら、私は気持ちよく目覚める。
寝起きで頭が回らない状態でボーっとすること数秒、眠気を覚ますために水を浴びに井戸へと向かう。幻想郷と外の世界の境にあるこの家は、服や食器といったものこそ外の時代に合わせたものだが、根本的には人里のものと変わらない。
水を汲むのは井戸だし、火を起こさないとお風呂も沸かない。電気なんてものも当然なく、夜はランプや提灯を使わないと暗いまま。
井戸についた私は桶一杯分の水をくみ上げ、両手で水掬って顔を洗う。ひんやりとした地下水は気持ちよく、寝ぼけた頭を覚ますには最適だ。
「ああ、ここにいましたか。もう朝食の準備はできていますよ、紫様」
「ありがとう藍。すぐに行くわ」
私を起こしにきたのだろう、廊下を歩いていた藍は私を見つけるとそう言って去っていった。恐らく居間に向かったんだろう。
私は一度先ほどまで寝ていた自室へと向かい、寝巻きから普段着へと着替える。その際、ふと敷いたままの布団にある二つの枕に目がいった。
「氷狐は早起きねぇ」
そんなこと呟いてクスリと笑みを零し、今でこそ共に暮らしている子狐の妖怪のことを思い浮かべる。
氷狐の存在を知ったのは、彼が霊夢と出会うかなり前。偶然人里の様子を見ていた時に、偶然その姿を見た。
最初こそ取るに足らないと思っていたが、次の瞬間にはそんな考えは吹き飛んだ。山で採ったのであろう、山菜や果物を人里の店に売り、得たお金で甘味を頬張るその姿を見てしまったから。
人里の人間は妖怪という種族を敬遠し、悪く言えば恐怖の対象として嫌悪している。私が幻想郷を作った目的は“人間と妖怪の共存”。しかし、それは喰う側喰われる側の関係故に不可能に近かった。だから最初は、目の前の光景が嬉しく思う反面信じられなかった。
妖怪が人間と笑顔を交わし、笑いあいながら甘味を頬張るなど……私には到底信じられなかった。
次の日も、私は人里をスキマ越しに見ていた。あの妖怪が、もう一度現れることを願って。
その願いは叶い、妖怪は姿を現した。両手に昨日と同じく果物と山菜を抱え、売り、得たお金で甘味を頬張る。そこまでは一緒だった。
しかし、妖怪は今日は寺小屋へと向かい……休み時間だったのだろう外にいた人間の子供達と、驚くことに遊び始めたのだ。
楽しそうな人間と妖怪の笑顔を見て、私は涙が止まらなかった。目の前に、私が求めたモノがあるのだから当然だと思う。
次の日も、その次の日も私は妖怪を観察し……時間を追うことに、少しずつ妖怪のことが分かってきた。
名前、性格、口調、寝床、一日の基本的な行動……そして、能力。
私が知った当初の氷狐は、特定の住処を持っていなかった。寝る場所は大抵木の根元や草の上。他の妖怪に襲われたらどうするんだ、冬はどうするんだと心配になったことを、いまでも覚えている。
結果から言えば、私の杞憂で済んだ。能力が分かった今でなら、あの時はきっと“朝まで無事に眠れるように”とか“邪魔されずに眠れるように”といったことをオモウことで無事だったんだと言えるけど、まだ能力の詳細を知らなかった当初は本当に不思議でしょうがなかった。
冬は意外にも、里の半獣のところに厄介になっていた。里の近くで凍え死にそうな彼を見つけたのが半獣……上白沢 慧音《かみしらさわ けいね》であり、その日から冬は彼女が氷狐を家に住まわせるようになったのが経緯らしい。
里の人間から妖怪と一緒に住むことに反感を買わなかったのかとも思ったが、普段の氷狐を知っている里の人間からすれば別に構わなかったようだ。
あの春雪異変の時も、慧音の家に住んでいたのだとか。今年の冬から氷狐は私の家で過ごすと知ったら、彼女はどんな表情をするのか……今から楽しみではある。
因みになんで冬の間だけでずっと一緒に住まなかったのかと言うと、氷狐が冬の間しかそこの留まらなかったからだそうだ。子供なので、一ヶ所に留まるのは苦手なのだろうか……それとも狐の本能が森を求めるのだろうか。
そうなると、氷狐はいずれここを出て行くかもしれない……と思うけどそれは恐らくない。
同じ狐の妖怪である藍もいるし、そもそもここはそう簡単に出入りできる場所ではない。氷狐がこの家を出入りする際は、私か私の力の一部を使える藍がここと里近くの森を繋ぐスキマを開いてそこを通らせるのだ。それに、私か藍が確実に迎えにいくから出て行くことは……あ、能力を使われたらどうしようもないわね。
まぁ自惚れかも知れないけれど、氷狐は私にもよく懐いてくれている……私と一緒に眠るくらいには。枕が二つあったのはそのため。
霊夢に言ったら間違いなく攻撃されるわね……これは内緒にしておかないと。
「っくしゅん」
どうやら着替えの最中で考え込んでいたらしく、すっかり体が冷えてしまっている。
あとでお風呂に入ろうと思いつつ、いつもの洋服に着替え、居間を目指す。着いた居間には、既に私以外の3人が座って待っていた。
「遅いですよ紫様」
「おはようございます紫様!」
「ゆーり!」
少し怒った表情の藍に元気な挨拶をしてくれる橙、立ち上がって私に抱きついてくる氷狐。
三者三様に私を迎えてくれる姿に、私は嬉しさから笑みを浮かべる。
「ふふ、ごめんなさいね藍。少し考え事をしてたのよ。橙、おはよう。氷狐もおはよう。さ、早く座って食べましょう」
「うー♪」
氷狐が私から離れて座っていた場所に座り、私もいつもの上座に座る。
目の前には藍が作ったのであろう焼魚やお味噌汁といった純和風の朝食。私は洋食の方が好みなのだけれど、美味しいからそこは気にしない。
「それでは、いただきます」
「「いただきます」」
「うー」
ここしばらく続いている、氷狐を加えた4人での朝食。昼食は基本的にそれぞれが自由に自由な場所で食べるが、夜はまたここに集まって4人で食べる。
永い時を生きる私にとって、この何気ない時間が何にも替え難い大切な時間。
「あら藍、お味噌変えた?」
「ああ、今日の味噌汁は橙と氷狐が作ったんですよ」
「本当? とても美味しいわ」
「やったー♪」
「うー♪」
「こら、食事中はじっとしなさい」
私の感想を聞いて、子供2人が食卓の上でハイタッチを交わす。
そんな微笑ましい光景に苦笑を浮かべながら藍が注意し、2人は慌てて座りなおす。
こんな何気ない時間が、私は何よりも好きだった。
「最近2人は家事の腕が少しずつ上がってきていまして……もう2人が一緒になって料理を手伝ってくれたり掃除を手伝ってくれたりする姿が本当に可愛くてですね……」
「あなた、氷狐が橙と一緒にいることに嫉妬していなかった?」
「そんな過去のことは忘れました。今では2人が私と一緒に家事をしてくれることが何よりの喜びです。全く家事をしない紫様と比べて2人のなんと愛らしく微笑ましく健気なことでしょう。それに比べて紫様は一番遅くまで寝て家事の一つもできずふらふらとどこかへ行っては時に朝帰り、時に酔っ払い、果ては脱衣麻雀だと言って半裸で帰ってくる始末。いいですか? あなたは私達の主であり、家主であるという自覚を持ってですね……」
(昔はあんなに紫様紫様と言って私の後ろをついてきてくれたのに……あんなに可愛かった藍はどこへ行ったのかしら……)
「美味しいねー氷狐♪」
「あーうー♪」