子狐幻想記   作:d.c.2隊長

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八雲 紫 結

 「うー」

 

 「にゃー」

 

 「うー!」

 

 「にゃー!」

 

 「うー♪」

 

 「にゃーん♪」

 

 晴れ渡る青空の下で両腕を曲げたり伸ばしたりして戯れる妖怪が2匹……子狐の妖怪の氷狐と、化け猫の妖怪の橙。酔っているらしく、その顔は赤い。

 

 今日は“不完全な月”と“止まった夜”、この二つの異変の解決祝いの宴会の日。霊夢に魔理沙、紅魔館組、白玉楼組、私たち八雲家に鬼の萃香、人形使い、慧音といういつものメンバー……その中に、今回の異変を起こした者達……永遠亭の3人が参加していた。永遠亭にはもう1匹ウサギの妖怪がいるらしいが、その妖怪は仕事をサボった罰として今日一日永遠亭の掃除をさせられているのだとか。

 

 夜を止めた犯人は、紅魔館のレミリア・スカーレットとそのメイドだったらしい。彼女達も私と同じように不完全な月の異変に気づき、その犯人を叩きのめしに行ったのだが竹林の中で迷ってしまい、このままでは今日中に解決できないと思ってメイドに命令して夜の時間を止めたのだとか。結局解決できず、挙句に魔理沙と弾幕ごっこをして負けたらしい。強くなってるのね、彼女。

 

 ……なぜ竹林の上を飛ばなかったのかしら。

 

 「紫様見てくださいあの2人の愛らしさ。普段の元気な姿もいいですが、酔いで顔を赤くし、おぼつかない足取りで無邪気に戯れるあの姿。妙な背徳感と愛しさと危ないから止めないといけないのにそうするとこのすばらしい時間が終わるという心苦しさを感じさせます。最高の肴です。目の保養です。この光景とあの子達が炊いてくれたご飯があるなら、私はあと10年は(嫌々やっている紫様の仕事をやるという意味で)戦えます」

 

 「ねぇ藍? 酔っているのよね? 酔っているのでしょう?」

 

 私の隣でお酒を飲んでいる藍の周りには大きめのお酒が入っていた瓶が1本空になって転がっている。これしきで彼女が酔うとは思えないけど、もう酔っているに違いない。ていうか酔っていると思いたい。それに妖怪の生で10年は短すぎる。

 

 橙を式にした頃から少し暴走気味だったけれど、氷狐を橙と同じように扱うようになってから更に暴走している気がする。もう私が知っている藍はどこにもいないのね…。

 

 自分の式の現状を少し悲しく思いながら、私は氷狐と橙の方……2人よりも向こう側にいる永琳の姿を見る。

 

 彼女の姫は霊夢達とお酒を飲んでいるし、ウサミミ少女……鈴仙は魔理沙のいる場所で魔法使い達とお酒を飲んでいる。どうやら私たちに弾幕ごっこで負けた彼女は魔理沙に介抱され、そこから仲良くなったようだ。なぜか魔理沙以外の魔法使い2人と妖夢、鈴仙の4人が睨み合っているけど……ね。

 

 そして永琳……彼女は静かにグラスに入ったワインらしき紅い液体を少しずつ口へと運び……その目線は、ずっと氷狐の方を向いている。その表情は凄く穏やかで……とても嬉しそう。

 

 「らんさま~♪ ら~ん~しゃ~ま~♪」

 

 「んん、どうしたんだ? 橙」

 

 「えへへ~♪」

 

 気づけば、いつの間にか子狐と子猫の戯れは終わっていた。橙は藍の膝の上に向かい合うように座り、ゴロゴロと喉を鳴らしてじゃれ付く。藍が嬉しさでだらしない顔をしているけれど、面白いから言わない。

 

 氷狐は……永琳のところに居た。その手には彼女からもらったのか小さなグラスを持っており、永琳はそこに綺麗な薄い緑色の液体を注いでいる。こう言うと悪く聞こえるかもしれないけれど、あんな色は見たことがないから仕方ない。

 

 好奇心もあり、私の足は自然と2人の元へと進む。私に気づいた2人は、方や嬉しそうに、方や少し邪魔そうに表情を変えた。どっちがどっちかなんてすぐに分かるでしょう?

 

 「お邪魔だったかしら?」

 

 「ええ。この上なく嫌な時に来てくれたわ」

 

 「はっきり言うのね」

 

 「分かってたくせに聞くからよ」

 

 不満そうな顔と口の割りに私をどこかへ行かせようとはしないところを見る限り、別にここにいても問題はないらしい。

 

 その不満そうな顔も、美味しそうに薄い緑の液体を飲む氷狐の顔を見れば笑顔に変わったけれど。

 

 「彼に何を飲ませているのかしら?」

 

 「ただのリンゴの果実酒よ。……いつかまた、出会えた時に一緒に飲もうと思っていた……ね」

 

 そう言った彼女のグラスには、氷狐と同じ緑の液体……果実酒が注がれていた。リンゴの甘い香りが私のもとにまで漂ってきており、氷狐のような子供には飲みやすいことは想像に難くない。

 

 永琳は果実酒を一口飲み、数秒口に含んだ後にコクリと飲み込んだ。満足そうな表情を見るに、味もいいのだろう。

 

 「あげないわよ。これは私と氷狐のだから」

 

 「いいじゃない一杯くらい。あなたが用意した果実酒……興味あるもの」

 

 「ダメ。これは絶対に氷狐以外には姫様も含めて飲ませないわ」

 

 彼女が姫と口に出してまで言うなら、その意思は相当に硬い。

 

 ならば、彼女以外がいいと言えば、問題ないわよね。

 

 「ねえ氷狐。その果実酒……一口頂戴?」

 

 「や」

 

 即答だった。それはもう私が言い切った直後に言われたくらい。

 

 氷狐ならくれると思っていた私にとって拒否というのは完全に想定外であり……心へのダメージが大きかった。だって氷狐も永琳も本当に美味しそうに飲むんだもの、欲しくなるのが妖怪の性でしょう。

 

 「ひ、一口もだめ?」

 

 「め」

 

 「くどいわよ賢者。諦めなさい」

 

 私は、久しぶりに膝をついた。

 

 

 

 

 

 

 地面に膝と両手をついてどんよりとした雰囲気を纏っている賢者を見て、私は内心でほくそ笑む。

 

 打ちひしがれている賢者から横に視線を動かせば、そこには果実酒を美味しそうに飲んでくれている氷狐の姿。

 

 実はこの果実酒、私の手作りなのだ。本当は……月に着いたお祝いに氷狐と2人で飲むつもりだった。

 

 彼が大好きなリンゴを使った果実酒。これを飲んで喜ぶ顔が見たくて……けれどもその思いが叶うことはなかった。

 

 それが今日、ようやく叶った。この笑顔が見たかった。少し邪魔なものが視界に入るけれど、2人で飲むことが出来た。

 

 そして何よりも……。

 

 「氷狐……美味しい?」

 

 「うー♪」

 

 美味しい。

 

 「そう……よかった」

 

 彼と……こうして同じ時間を歩むことが出来た。もう二度と離れたくない。遠い過去、大人になった私を置いて両親が他界した時、私と家族になってくれた彼と……もう二度と。

 

 だけど彼は今、賢者達の家に住んでいるらしい……巫女ですら知らない彼女の家を探し出すのは難しいだろうし、いきなり住む環境を変えるというのも氷狐にストレスなどの悪影響を及ぼすかもしれない。

 

 だけど……叶うのならば。

 

 「氷狐」

 

 「うー?」

 

 「もう一度……私と一緒に」

 

 暮らさない? という言葉が続くことはなかった。それを口に出す前に私は口を閉じた……いえ、閉じざるをえなかった。

 

 私の下と姫様のいる神社、そして鬼と一緒に飲んでいる人間から視線を感じたから。

 

 そして次の瞬間には、私と氷狐の周りには巫女、復活した賢者、鬼と飲んでいたはずの人間がいた。

 

 「新参者と氷狐が一緒に暮らすなんて許す訳がないでしょ。氷狐はこんな胡散臭い奴のところじゃなくて私の神社で暮らすのよ」

 

 「何を言うのかしらこの小娘は。こんな貧乏神社なんかより家の方がいい暮らしが出来るわよ」

 

 「どっちの家にもいたら氷狐が常識に疎くなってしまう。氷狐は私が引き取り、健全に育ってもらわねば」

 

 「「冬以外には家に近寄られることもなかったくせに」」

 

 「がっはぁ!!」

 

 賢者と巫女の言葉を受けた人間は幻想の血を吐いて倒れた。彼女は教師だと聞いているが、氷狐は書類やインク、墨といった臭いが嫌いなので彼女の家に行かないのはそのせいだろう。そうなると、氷狐が彼女の家に行く可能性はおろか、住む可能性なんて0に等しい。

 

 そう考えると永遠亭も怪しいけれど、書類やインクは資料室にしかないので他の部屋なら大丈夫だろう。

 

 というか最も彼と永く暮らしていたのは私なのだから、私に言わせてみれば彼女達の方が後に氷狐と出会ったのだ。ならば、昔と同じように私と暮らすことに何の違和感もないだろう。

 

 「いいえ、氷狐とは私が住むわ。私のほうが彼の好みや嫌いなものを熟知しているし、何よりも彼は2000万もの間私を覚えてくれていたのよ? ようやく再会できた私たちをまた離れ離れにするつもりかしら?」

 

 こうして私の優位性や良心に訴える言い方をすれば、彼女達もきっと首を縦に振ってくれるはず。

 

 そう思って彼女達を見て見たんだけれど……。

 

 「そんなこと知ったこっちゃないわ」

 

 「これは氷狐の済む環境や未来に関わることなの。あなたの意思も過去も無関係よ」

 

 彼女達に“良心”があると思った私がバカだったわ。

 

 この幻想郷住民は我侭で自分勝手な存在が多いというのは知ってたけれど、まさか筆頭がこの有様とは。

 

 しかし、私も幻想郷の住人……2人がそういう態度なら……今回ばかりは、私も我侭にいきましょう。

 

 「だったら、シンプルにスペルカードルールで勝った人が氷狐と一緒に住む、というのはどうかしら?」

 

 「いいわね、その方が分かりやすいわ」

 

 「あら、私に勝てると思っているのかしら? まぁいいわ、力の差を教えてあげましょう」

 

 「な、なら私も参加させてもらうぞ!」

 

 復活した人間を含め、私たち4人は空へと上がる。それぞれスペルカードを一枚取り出し、この四つ巴のバトルロワイアルの準備が整った。

 

 下からは冷やかすような声や声援が聞こえる。その中に、楽しそうな氷狐の声も混じっていた。

 

 みんな頑張れ。この勝負の意味を分かっていないだろう楽しげな声に篭もった思いを聞き、私の口元が釣りあがる。

 

 そういえば……私が頭がよくなりたいと思ったきっかけは……。

 

 「あなたと会話がしたいから……だったわね」

 

 その呟きを合図に、空に弾幕の花火が咲いた。

 

 

 

 

 

 

 宴会と同日の夜、私は縁側で月見酒を楽しんでいた。

 

 あの弾幕ごっこの勝者は当然この私、八雲 紫。たかだか未熟な巫女に人里の守護者に蓬莱人なんかに負けてたまるもんですか。と言っても、今回は変則的な四つ巴だったのでそのおかげで勝てたというのは否めない。自信は持っても過信はしないのだ。

 

 私の後ろにある自室の中には、すでに氷狐が寝入っている。あの異変以降、彼が月を見上げることはなくなった。

 

 今なら分かる……彼が悲しそうに月を見上げていたのは、そこにいる永琳のことを思っていたからだと。

 

 お酒を飲みながら、あの異変の夜の永琳の話を思い出す。

 

 2000万……それほどの昔から氷狐はいた。しかも彼女が一緒にいたときから今の今まで、氷狐は今の姿から成長していない。精神的にも、肉体的にも。

 

 妖怪とは、年を重ねることに妖力が高くなり、また、その体もゆっくりと、だが確実に成長する。それは年を重ねることで知識を増やし、より強く、より使いやすく、より効率的な体へとなろうとするから。

 

 私のように精神が発達しているならまだしも、氷狐は精神がまだ子供……そういう体になっていくのが普通なのだ。当然、中には子供の姿で完成する妖怪もいるが、そういう妖怪は伊吹 萃香しかり、永遠亭のウサギ妖怪しかり、精神が発達しているもの。

 

 しかし、氷狐はそれらが見受けられない……永琳に何かそういったものを思考しなかったかと聞けば、“月に居た頃に“そのままの姿で成長しないでいてほしい”と思った”と言っていた。

 

 しかし、それでは氷狐の能力の条件……“他人の思考を現実にするには密着するほど近くなければならない”という条件に当てはまらない。

 

 それに、永琳は月に行った時に思い、そして現実になったと言っていた……それはつまり、“彼女と出会った日から氷狐は成長していない”ことを意味する。

 

 「……生まれたときから成長しない妖怪……か」

 

 つまり、今の氷狐こそ氷狐という妖怪の完成形ということだろうか。もしかしたら、意図的に止めている……あるいは封印されているとでも言うのか。

 

 だとしたら誰が何のために、どうやって。

 

 もし封印がかけられていたとして、もしそれで2000万以上という月日が育てた妖力が解放されたとすれば、どれほど強大なものになるのか。

 

 「……なんてね。封印の術式なんて見当たらないし、そんなことをしても利益がない」

 

 そんな空想を考えるよりも、私にはやるべきことが沢山ある。

 

 幻想郷のこともそうだけど……私は、懸念が実現してしまわないようにしなければならない。

 

 私が抱いていた懸念、氷狐をここで一緒に暮らしている理由……それは、氷狐の能力を利用されてしまい、それが幻想郷に悪影響を及ぼすかもしれないということと、それを未然に防ぐということ。

 

 彼の能力は強大だ。無から有は生み出せないらしいけれど、その力は生物にすら作用するらしい。

 

 仮に、彼が目の前の存在に“死ね”と思考する。それが純粋な思考ならば、対象は確実に死ぬだろう。もしこれが“幻想郷の崩壊”や“妖怪の消滅というような行き過ぎたものだとしたなら……想像するのも怖い。

 

 もしその幼い心がそちらに向いたら……そう思うだけで体が震える。

 

 そうなったら……私は……。

 

 「ゆーり……?」

 

 「っ!? ……起こしちゃったかしら?」

 

 「うー……」

 

 眠そうに目を擦りながら起きてきた氷狐は、私の膝に頭を置いて眠ってしまった。こうなってしまったら、思考と月見酒を終えて私も寝たほうがいいでしょう。

 

 そう思いながら私はサラサラとした青い髪を撫で、ぴくぴくと動く狐耳を見てくすりと笑みを浮かべる。

 

 何を恐れているのか。私はスキマ妖怪の八雲 紫。幻想郷の賢者にして最強の一角を担う者。

 

 利用しようとするものは叩き潰す。悪夢もねじ伏せ、暗い未来も明るく変えてみせる。

 

 

 

 私も、彼も、独りではないのだから。

 

 

 

 「お休みなさい氷狐」

 

 私の鼓動《メロディ》に、その身を委ねて。

 

 

 

 

 

 

 「今日は橙と氷狐が全部作ってくれました」

 

 「はい!」

 

 「うー!」

 

 「もうここまで料理が出来るのね……私も出来たほうがいいかしら」

 

 「そうですね、巫女も守護者も医者も料理は出来るそうですし……といいますか紫様、家事は本気で役立たずですからいい加減覚える努力をしてください。はっきり言って2人より家事が出来ないのは情けなさ過ぎます。そんなんだから感想でまるでダメなお婆ちゃん、略してマダオとか言われ」

 

 「藍、メタなこと言うのやめなさい」




というわけで八雲 紫編は終了となります。

この作品は風神録までの予定ですので、異変はしばらくない予定です。

4話1セットの構成ですので…今の感じですと大体5、6セットで完結になると思います。

という簡単な後書きともいえない報告は以上。

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