【藤原 妹紅《ふじわらの もこう》】
竹取物語に出てくる“車持皇子”という人物の娘であり、“蓬莱の薬”を服用して不老不死となった少女。そのせいか黒かった長髪は真っ白になり、瞳の色も赤くなった。
見た目こそ少女ではあるが1300年以上もの時を生きており、長い年月を生きた故にか妖力に目覚め、妖怪退治の経験もあってかその実力は高い。
竹取物語に出てくるかぐや姫と幻想郷にいる蓬莱山 輝夜は同一人物であり、父を振った形となった輝夜を目の敵にしており、幻想郷で彼女を見つけてからはお互いに不老不死の体で終わらない殺し合いをしていた。が、幻想郷で輝夜と殺しあうこと以外に別の生きがいを見つけ、“不完全な満月”の異変以降は“迷いの竹林”に住むようになり、迷った人間を里に送り届けたり、医者である永琳の元へ行く里の人間の護衛を務めるようになる。
慧音とは古くからの付き合いであり、お互いに慧音、妹紅と呼び合う仲。
焼き鳥屋を経営しており、夜雀の妖怪に度々襲撃をかけられるのが悩み。
今回のお話は、いつものように子狐の妖怪、氷狐と妹紅を含めた幻想郷の住人たちがほのぼのと、時にあわただしく、ちょっと勘違いしながら過ごす……そんなお話。
「うぅ~もこ~!!」
草木も眠る丑の刻……ではなくまだ日を跨いだばかりの真夜中に私の焼き鳥屋の屋台で酒を飲む客が1人。
上白沢 慧音……私の良き理解者であり、大事な友人。人里で教師をしており、警護にも参加するので里の人間からの信頼も厚い。
そんな彼女だが、なぜか今日は泣きながら飲んでいた。普段は静かに飲むのに。
「珍しいね、慧音が泣き上戸なんて」
「私は……私はダメな奴なんだ……おかしいと思ったんだ、冬に一緒にいる間は朝早く出かけて夜遅くまで帰ってこないし。冬が過ぎればすぐに出て行って全く家に寄り付かないし。寺小屋に来ても外で遊ぶだけでなかなか教室には入ってこないし……私は嫌われているんだ……」
一体なんの話だろうかと思った。しかし話を聞いていれば、なんとなく予測はできる。
ズバリこれは……男の話だ。しかも内容によれば、冬には一緒に住んでいたのにそれが過ぎれば出ていく。更に冬以外には慧音の家に一切近づかず、勉強を教えている慧音が見えるところで他の女と遊んでいるという……なんて最低な奴なんだ。
そんな最低な男を、慧音は自分を“ダメな奴”と卑下してまで好いている……いや、愛しているというのか。なんて健気な。
真面目で色恋沙汰とは無縁そうな彼女だけど、まさか青春真っ盛りとは……友人の恋だ、応援したいのが本音ではあるが……今回は相手が悪い。これは諦めさせ、新しい恋を見つけさせる方がいいだろう。というか、そいつは私が直々に天誅を下してやる。
「慧音、そいつの名前は?」
「グスッ……ひこぉ……」
慧音は既に眠ってしまっていたが、寝言で名前らしきものをつぶやいていた。“ひこ”……それが男の名前らしい。泣きながら寝言で呟くほどに好きなのか……慧音の純情を弄ぶ悪漢のことを。安心しろ慧音、私が必ず天誅を下してやるからな。焼き尽くして灰にして彼岸の先で慧音に土下座させてやる。
ひこ……お前は私を怒らせた。
寝てしまった慧音を彼女の自宅へと運んだのは夜が明けてからのこと。私も家に上がって仮眠を取り、起きたのは太陽が真上に来る時間帯だった。
「昨夜はすまなかった……」
「いいって。たまには吐き出さないといけないし、私でよかったら付き合うさ」
起きていた慧音が作った朝食……時間的には昼食をご馳走になる。今日は寺小屋は休みなので慧音はのんびりと過ごすそうだ。
普段なら私も……となるのだが、今日はやることがあるため、昼食を終えた後にすぐにお暇した。
やること、というのは当然“ひこ”という奴に天誅を下すこと。すぐにでも焼き尽くしてやりたいが、元々里の人間との交流が多くない私の情報は名前のみであり、見つけることは困難。
人づきあいは苦手だけれど、これも慧音のためだ。それに、最近では永遠亭まで護衛するようになったし、焼き鳥屋の客も増えた。顔見知りも何人かいるし、情報はすぐに集まるだろう。
もっと言えば、人里は決して広くはない。信頼している慧音を弄ぶような悪漢なら、里の人間も協力してくれるだろうしな。
「さてと……まずは慧音の近所の人に聞いてみるか」
「な……なんでだ」
情報を得るために歩いては聞き歩いては聞きを繰り返すこと2刻(4時間)。集まった情報は私の予想とは全くの正反対のものだった。
曰く、働き者。毎朝早くから山に入り、山菜や果物などの山の幸を採ってきては八百屋に売りに行っているらしい。資金を得た後は甘味処で団子を頬張るのが日課なんだとか。大の男が団子を頬張るて。
曰く、友人が多い。巫女や魔法使い、賢者、鬼、半人半霊、式紙、吸血鬼やメイドなどと一緒にいる姿が何度も目撃されているとか。って全員女じゃないか。同姓の友達はいないのか?
曰く、面倒見がいい。寺小屋の子供たちと遊ぶ姿が目撃されており、妖精が里に入ってきた場合は悪戯しないように見張るために一緒に行動するのだとか。慧音が言っていた“寺小屋の外で遊ぶ”っていうのは、もしかしたらこのことかもしれない……いやいや待て待て、相手は慧音を泣かせた奴だ、そんなことはないはずだ。
他にもいくつかあるが、後は可愛いだの孫みたいだのたまに店番をしてくれるだの……あれ? 超いい奴じゃん。ていうか可愛いとか孫みたいってなに?
もしかして、私はとんでもない勘違いをしているんじゃないだろうか。それにひこって奴は慧音と同じくらい里の人間に信頼されてるみたいだし、燃やしたりなんかしたら私が里の人間の怒りを買いそうだな……。
かと言って慧音を泣かせた奴は許せない。ここは、もう少し情報を集めてみるとしよう。
「……あ。焼き鳥屋の仕込み忘れてた」
“ひこ”の情報収集二日目。昨日得た情報では朝早くから山に山菜などを採りに行き、里に持ってきて売っているらしい。
ならばこうして入口の前に居れば、ひこと出会えるはずだ。
「藤原殿。今日はこんな朝早くからどうしたんですか?」
「ああ、気にしないでください。今日は夕方まで暇だったので、それまで門番の真似事でもしようかと思っただけです」
「それはありがたい! 藤原殿がいれば安心です!」
見た目は私より年上の門番とそんな会話をしながらひこを待つ。年齢を考えれば私の方が圧倒的に年上だけど、この人は人の身でありながら恐怖に負けず20年もの間門番をしている人物だ。大人には敬語を使えという慧音の言葉もあるので、基本的に私は見た目年上の人間には敬語で話すようにしている。
それにこの人は私の焼き鳥屋の常連でもある。屋台はこうした人間関係が大事……というのも慧音の言葉だ。この言葉を実践しているおかげで人づきあいも昔に比べればかなりマシになった。
他愛のない話をしながらひこを待つこと大体3刻(6時間)……結局ひこと思われる人間は現れなかった。両手一杯にリンゴを持った小さな狐耳を生やした青い髪の妖怪が来た時は退治しようかと思ったけど、門番の人が笑って手を振っていたので無害だと分かり、里に通したくらいで他は誰も門を通らなかった。
「藤原殿、もうすぐ申の刻(午後3時~午後5時)になります。屋台の仕込みなどは大丈夫なんですか?」
「うぇ、もうそんな時間ですか……仕方ない。では、私はこれで」
「はい、ありがとうございました。後ほど屋台の方に寄らせていただきますね」
「待ってますよ」
酒を飲むように腕を動かす門番の人に苦笑しながら、私は彼に背を向けて仕込みの為に自宅へと向かう。
今日は会えなかったし情報も手に入らなかったけれど……次こそは、必ず。
次の日も、その次の日も私は門番の真似事と称して里を守りながらひこを待っていた。
けれどもひこと思わしき男性が現れることはなく、時に里の人間の護衛をし、時に青い髪の妖怪からリンゴを貰い、時に襲い掛かってくる妖怪から里を守り、時に寺小屋の子供たちと青い髪の妖怪を交えて遊んだ。
なんだか、ここ最近私の生活が充実している気がする。輝夜の奴と殺しあうこともなくなり、今ではたまに屋台に従者を連れて飲みに来る始末。時々仕向けていた刺客も来なくなり、口にするのは癪だが“友人”と呼べる関係だと思う。
切っ掛けは慧音……ではなく、ひこという男。最低な奴かと思えば里での評判は良く、慧音に好きなのかを聞けば好きだと返ってくる。もはや天誅を下すなんてことは思わず、純粋に会いたいという気持ちに変わっていた。
慧音を泣かせたけど、良い奴。里の人間のくせに、その姿を見たことはない。
一体どんな奴なんだろうか。慧音が惚れるくらいなんだ、きっと器量はいいんだろう。わざわざ山に入って採ってくるんだ、身体能力も高いんだろうし体も引き締まっているに違いない。妖精を悪戯させずに里の外に出すと聞いたし、頭もいいんだと思う。面倒見もいいらしいし、里の信頼も厚いから人間性も問題ないんだろう……あれ? 完璧じゃないか。
一体どんな奴なんだろうか、その想像はどんどん膨らんでいく。なんでみんな知っているのに、私だけは知らないんだろうか。
いっその事、慧音に聞くのもいいか……いや、もうこれは私の意地だ。ここまで来たら、私の力だけでその正体を暴いてやる。
「待ってろよひこ」
絶対にお前を見つけ出してやるからな。
「うー」
「お、またリンゴ持ってきてくれたのか。ありがとな」
「うー♪」
「よしよし。それにしても……ひこ、見つからないなぁ」
「う?」
(藤原殿は何を言っているのだろうか……今頭を撫でているのがその“ひこ”だというのに……面白いから黙っておこう)
というわけで今回から妹紅編に入ります。
勘違いもののつもりではありますが、楽しんでいただけたら幸いです。