【博麗《はくれい》 霊夢《れいむ》】
彼女は幻想郷と外の世界の境に位置する博麗神社の巫女である〝博麗の巫女〟を務めている。
博麗の巫女は代々妖怪退治や〝異変〟の解決を生業としており、彼女自身もその高い実力を持ってそれらを行っている。
また、博麗の巫女は幻想郷にとっても重要な存在であり、どれくらい重要かというと、こちらが妖怪退治をしようとも妖怪は巫女を襲うことはおろか、博麗神社の境内《けいだい》に来た人間に手出しすることも禁じられているほどである。
巫女なので当然ながら紅色を基調とした巫女装束を普段着にしている。
しかしこの巫女装束……肩と腋の部分が露出しており、袖は別途で腕に括りつけられ、下は袴ではなくスカートになっている。一般の巫女装束にしては、いささか意匠が現代っぽい。
彼女は〝スペルカードルール〟という決闘法にも関係しており、この決闘法を制定したのも彼女である。
そんな彼女の性格は、単純だが裏表がなく、喜怒哀楽が激しい。
誰に対しても平等に接し、同時に誰に対しても仲間と見ていない。
しかし孤独というわけではなく、彼女の周りには人、妖怪問わずに集まる。主に個性的な存在を引き付け、変なのに懐かれる。
どれくらい集まるかと言うと、宴会が開けるくらい集まる。しかもその種族は人間と妖怪にとどまらず、吸血鬼や鬼、天狗や亡霊、半人半霊や蓬莱人といったよくわからないものまで集まるほどである。
そして、彼女には特殊な能力があった。
【空を飛ぶ程度の能力】
この〝程度の能力〟というものは、幻想郷に住む一部の存在が持つ能力であり、霊夢の場合は如何なる重圧や力による脅し、強大な存在にも怯まない。
〝空を飛ぶ〟というよりも〝あらゆるものから浮く〟というのが正しいのかも知れない……つまり、マイペースなのだ。
時は紅霧異変解決後……今回のお話は、そんな彼女がとある一匹の子狐の妖怪と出会うお話。
ザッザッという音を立てながら箒で神社の前を掃除しているのは、私こと博麗 霊夢。
この掃除は私の日課……かなぁ。普段は縁側でお茶でも啜って、たまに来る白黒魔法使いを適当に扱って、ご飯を食べて……至って普通の生活を送っている。
そんな私にも悩みがある。それが……。
「……今日もお賽銭はなし……っと」
賽銭箱を確認してみれば、そこには木の葉しかない。入っているときには入っているのだけど、普段は大体こんな感じ。
それに参杯客もいない……巫女としては、この状況は全然喜ばしくはない。とは言っても、妖怪退治や異変解決をめんどくさいけどやってるおかげ日々の暮らしは問題ない。
「どうすれば増えるかしら……」
などと顎を箒の上に乗せながら1週間に1度くらい考えてはみるけれど、そんなに簡単に浮かぶはずもなく。
「……まいっか」
という感じでいつも思考を終える。生活にはそれほど困っているわけでもないし、ただ神社としてこの状況はどうなのか? と思ったから考えるだけなのでそれほど真剣ではないのだ。
さて、今日の朝ごはんはどうしようかしら。
「……ん?」
ふと、近くに妖気を感じて辺りを見回す。
この神社に近づく妖怪なんて滅多にいない。これが強力な妖力を持つ妖怪なら話は別だけど、感じた妖気は小さなものだ。
不意に、ガサガサと目の前の草むらが揺れた。こんな朝早くから妖怪と会うなんて……退治してやろうかしら、なんてことを考えていると、草むらの向こうから小さな影が出てきた。
その正体は……。
「う?」
私の胸辺りまでの小さな背に透き通るような青い瞳、サラサラとしたうなじが見える短髪の青い髪……それだけを見れば、人里の子供と映っただろう。
しかし、頭には青い毛並みの三角の獣の耳に、お尻からは同色の大きなふさふさとした尻尾が生えている。それらを踏まえた上での私の見解は……。
「……狐?」
「うー♪」
どうやら当たったらしく、狐の妖怪は嬉しそうに首を縦に振った。無邪気……そんな言葉が頭に浮かぶ。
感じた妖気の主はこの狐の妖怪で間違いないみたいだし……無害っぽいけど退治しておこうかしら。
「うー」
「何よ……?」
不意に、狐の妖怪が私に向かって手を伸ばした。
その手にあるのは……森で取れる山菜や果物、そして……お金。
「くれるの?」
「うー♪」
狐の妖怪はまた笑って頷いた。そして、私の手にはこの妖怪が持っていたものが手渡される。なぜ妖怪が……という考えは当然あるけれど、もらえるものはもらっておくとしよう。
丁度朝ごはんの献立を考えていたことだし、この山菜を使って天ぷらやおひたしなんかを作ってもいいかもしれない。そんなことを考えながら神社の中に戻ろうとして、足を止めて振り返る。
「う?」
狐の妖怪と目が合い、妖怪が不思議そうに首をかしげる。見た目や言動も相俟って、その仕草はとても可愛らしい。
そんな妖怪に向かって、私はこう問いかけた。
「あんたも食べていく?」
「……うー♪」
妖怪は、また嬉しそうに頷いた。
あの白黒魔法使い以外と朝ごはんを……それも妖怪と一緒に食べるなんていつ振りになるかしら。
隣を歩く狐の妖怪を見ながら、思わぬ収穫が入ったことに対して私は笑みを浮かべていた。
あれから数日が経つけど、あの妖怪は度々神社に訪れている。その都度何かを持っていたり、時には持っていなかったりするけれどほぼ毎日来るようになった。
そしてこの妖怪、言葉を喋らない……少なくとも、私は〝あー〟や〝うー〟、〝ひー〟しか聞いていない。なぜか私にはそれだけである程度伝わるのだけど……なぜか? 勘よ。
少し前に気まぐれで名前を聞いてみた。
『あんた、名前なんて言うの?』
『ひー』
『ふうん、〝ひこ〟っていうのね』
『うー♪』
『よくわかったなお前!?』
名前を聞いたときにいた白黒魔法使いがうるさかった。
何はともあれ、妖怪の名前はひこ……〝氷の狐〟と書いて〝氷狐《ひこ》〟というらしい。
その氷狐だが、山に住む妖怪かと思えばよく人里で姿を見かける。それも驚くことに、人間の手伝いをしていた。
何気なく観察してみれば、山で採ってきたのであろう果物や山菜をお店に持っていき、お店の人に頭を撫でられながらお金や果物を貰っている。
そのお金で甘味処《かんみどころ》で団子を頼み、美味しそうに頬張る……本当に美味しそうね。
しかし不思議なのは、店員の人が氷狐の言葉を理解していることだった。よく〝うー〟だけで団子を持ってこれたわね。
因みに、今は朝のかなり早い時間。感覚的には、もうすぐ氷狐が神社に来る時間帯になる。
「うー」
「はい、団子を包むのね。いくつ?」
「あーうー」
「まぁ6つも? そんなに食べきれる?」
「うー」
「なるほど、巫女様と食べるのね。ちょっと待っててね」
「うー♪」
いや、本当になんでわかるのよ!? しかもそんなにはっきりと! 私よりも分かってるんじゃないかしら……ってなんでこんなにイラついているのかしら。
気がつけば氷狐の姿がなかった……きっと神社に向かったのだろう。お団子を持ってきてくれるみたいだし……お茶でも入れて待っていようかな。
私は久々に口にする甘味を楽しみにしながら、少し速めの速度で神社へと戻った。もちろん飛んで。
その後、縁側でお団子を氷狐と一緒に美味しくいただいた。途中で魔理沙……白黒魔法使いがやってきて氷狐の分のお団子を食べてしまい、氷狐が泣き出してしまったので少し強めにお灸を据えておいた。
「な……なんかいつもより(弾幕の)威力高くなかったか?」
「気のせいじゃない? あと、氷狐の盗るな。今みたいに泣くから」
「悪かったよ。それに氷狐が泣いたら霊夢が怖いしな。まるで鬼のような……」
「……」
「ちょっと霊夢さん? その妙に数の多い弾幕は一体誰に向けて撃つつもりで……うぎゃああああ!!」
ぴちゅーん、ってね。
最近、私の日課が増えた。というのも、朝方に氷狐の観察をすることなのだけど。
思えば、私がこんなに一人……一匹? に集中するのは珍しい。
向こうからやってくるならともかく、私は基本的に神社の中で一日を終えることが多い。にもかかわらず、最近の私は毎朝早起きして神社の掃除をし、氷狐の観察のために人里に飛んで空から観察、氷狐が神社に向かうのを見計らって神社に帰り、氷狐と共に朝ごはんを食べて……魔理沙にも変わったと言われ、割と本気で心配された。イラっときたので殴っといた。
まぁ変わったのは朝の日課が増えたくらいで昼以降はいつもと変わりなく、お茶を飲んでボーっとしてることが多いし、妖怪退治も頼まれればするし異変が起きれば解決も……一応しようかな。
今日も今日とて人里にやってきた……といっても、今回は食材が底を尽きかけていたので買いに来たんだけど。
何気なく人里の入口に目を向ければ、そこにはもう見慣れてしまった青い毛並みの狐耳を生やした妖怪の姿。
「う? うー♪」
妖怪は私を見つけた途端に嬉しそうな顔をして私に抱きついてきた。私の何がそんなにいいのかしら?
とは考えても別に嫌なわけではないし、少し嬉しく思っている私がいるのも事実……私が抱きつかれるだけで少しでも嬉しいと思うなんてね。
さてと、そろそろ食材を買いに行かないと。そう思って氷狐の方に手を置き、私から離れるように促す。すると、氷狐は直ぐに離れてくれる……ちゃんとした言葉を話さない割に、頭の方は悪いわけではないらしい。
私は目的のお店へと向かう……後ろから氷狐が付いてくる気配がするけど、別に気にする必要もないだろう。
「すみませーん」
「あら、巫女様いらっしゃい……あら? 小狐ちゃんも一緒なのね」
「うー♪」
ああ、そう言えばここは氷狐が山で採ってきたものを売っていたお店だっけ。人里の人は妖怪を敬遠しがちなのが普通なんだけど、どうにも氷狐に対しては警戒心が薄れるみたい。それだけ慣れ親しんでいるということかしら。だとすれば、氷狐は一体いつからこの人里に現れているのかしら。
「……ま、どうでもいいわね」
「はい?」
「なんでもないわ。それとあれとこれを頂戴」
「まいどありがとうございます」
頼んだものを持ってきたカゴの仲に入れてもらい、お金を払う……って。
「これ、頼んでないんだけど」
カゴの上には頼んでいないリンゴが一つ。もしかして、このリンゴ一つ分多くお金を取られているのだろうか? だったら、ちょっと許せない。
「おまけですよ。小狐ちゃんにあげて下さい」
「う?」
店員さんの言葉を聞いた氷狐が顔を私の方へと向ける。その目は何か期待しているように見える……ていうか期待しているのね。まっすぐリンゴを見てるし。
ひとまず店員さんにお礼を言ってからお店から離れる。さて、買う物は買ったし、そろそろ神社に戻ろうかしら……そんなことを考えながら、少し小腹がすいたので貰ったリンゴを手にして食べようとする。
「……」
「……」
見られている。それも後ろからしっかりと私とリンゴを視界に入れているのが分かるほどに。
当然ながら見ているのは氷狐。後ろを振り返ってみれば、案の定私の持つリンゴを見ている……いつもなら、そんな視線なんて気にしないのだけど……。
「……あー」
「……ぐすっ」
試しに、氷狐の様子を見ながら口を開けてリンゴを近くに持っていく。すると氷狐の目には涙が溜まり始め……流石の私も、これはちくちくと来るものがある。
「……ほら」
「……うー♪」
仕方ない、とため息を吐きながらリンゴを手渡すと、今の今まで泣きそうだったのが嘘のように氷狐は笑った。
渡したからには食べる訳にもいかないし、神社に戻るまで我慢ね。
「うー」
「何よ、もうないわよ?」
まだ欲しいのか、と思って再び振り返ってみる。そこにあったのは、リンゴを綺麗に半分にして片方を私に差し出している氷狐の姿。
……半分こ、ね。私には思いつかなかったことを、この妖怪はあっさりと行った。なんでこんな事も思いつかなかったのか……そう思いながらしゃくり、と半分になったリンゴをかじる。
「……美味しいわね」
「はぐはぐ♪」
視線を下に向ければ、氷狐が美味しそうにリンゴを食べている。
……本当に……。
「誰かと一つのものを半分こするなんて……いつぶりかしら」
流れる雲を見上げながら、私はそんな事をつぶやいていた。
「ところで、どうやってリンゴを半分にしたの? こんなに綺麗に」
「あー」
「なるほど、分からん」