子狐幻想記   作:d.c.2隊長

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藤原 妹紅 転

 「うー♪あーうー♪」

 

 「……さて、どうしようかな」

 

 空に浮かぶ私がこの妖怪を見つけたのはつい先ほどのこと。

 

 白狼天狗である私はこの“妖怪の山”を見回り、ここに住む者以外の者が来た場合に追い出すのが仕事。

 

 昔は排除していたけれど、今はスペルカードルールというもののせいで極力殺生は控えるようにと言われているが、いざとなれば“そうする”ことも辞さないようにと上司から言われている。

 

 つまり、私はあそこで果物を採っている狐耳の妖怪を追い出す、または排除しなければならないわけなんだけど……。

 

 「……って落ちる落ちる! そこの枝は細いから……ああもう!」

 

 「う?」

 

 いつの間にか高い位置の果物を採ろうとしていた妖怪が細い木の枝の上に上り、案の定ぽっきりと折れてしまったので急いで下りて抱きかかえるようにして助ける。不思議そうな顔をしているが、果物はしっかりとその手にあったのはなかなかの手腕と言うべきか。

 

 つい助けてしまったけれど、私はこの妖怪を早く追い出さないといけない。が、どう見ても子供の妖怪……しかも言葉をちゃんと話していないところを見る限り、意思の疎通が出来るかも怪しい。住むもの以外の者には排他的なのが妖怪の山の住人の特徴ではあるが、生憎と私はそこまでではないし、出来れば里に赴いて果物以外の甘味を食べたいとも思う。

 

 それはさて置き、この抱きかかえている妖怪をどうするべきか……いや、だから追い出さないといけないんだって。

 

 「……ここは妖怪の山だ。よそ者は疾く立ち去れ」

 

 「うー?」

 

 「ここから去れと言っている。3度は言わんぞ」

 

 こんな言い方をしているけれど、私は「ここは妖怪の山という場所で、危ないから早くこの山から離れなさい」と言いたかった。私は誰かと会話をする際、こういうぶっきらぼうな話し方になってしまう。そのせいか、仲間内ではガラが悪いと言われ、少し肩身が狭い思いをしていたりする。

 

 しかも言い方がキツイらしく、上司とは度々喧嘩になってしまうのだ……こんな自分が、私はあまり好きではない。

 

 「うー」

 

 「だから……なんだそれは」

 

 内心でハァ……とため息を吐いていると、妖怪が先ほど採った果物を差し出してきた。一体何のつもりだろうか。

 

 妖怪の方を見てみれば、どことなく心配そうな表情をしている……こんな表情を向けられたのは何十年ぶりになるかな。私に向けられる表情と言えば……喧嘩したときの怒り、仲間内の僅かな信頼と嫌悪、追い出す際の恐怖……命令を受ける際の無表情。

 

 もしや同情でもされているのだろうか、などと考えたけど今の私は無表情でいる自信がある。なによりも言葉も話せないような妖怪にそんな知能があるかも分からない。

 

 しかし、こうして果物を差し出されては私も何かしら対応しなければならない……それに、実は朝食を取っていないのでお腹は空いている。

 

 「いらん。そんなものよりも早くここから」

 

 「うー」

 

 「だからいら」

 

 「……」

 

 「……わかった。わかったから泣くな」

 

 本当は食べたいけれど口では拒否をする私。しかし拒否を続けると妖怪が泣きそうになったので内心では慌てて、表面では冷静に地面へと下り、妖怪を下ろす。

 

 こんなことをしている場合ではないのに……と思いつつも意外なところで朝食を得たので幸運だなぁと内心では喜んでいたりする。

 

 果物は桃。秋の味覚であり、高い位置にあったためか程よく冷えている。一口パクリと食べてみれば口の中に果汁が溢れて甘味が広がり、今まで食べてきた桃はなんだったのかと言うほど美味しかった。

 

 「……美味いな」

 

 「うー♪」

 

 「って待てコラ! 山を降りろと言ったのになんでそっちに行く!?」

 

 私に果物を渡した妖怪はなぜか降りるどころか先へと進んでしまった。急いで桃を食べ終え、山から下ろすために追いかける。

 

 今までの人間や仲間とは違う、どこか保護欲を駆り立てられる妖怪。

 

 私は、なぜかしばらくこの妖怪と山を巡るのもいいかと思い始めていた。

 

 

 

 

 

 

 「なんだって? 氷狐がまたいなくなった?」

 

 「そうよ! ああもう、今度は何に巻き込まれたってのよ!」

 

 甘味処の手伝いをしていると、店先からそんな話し声が聞こえた。なぜ私がここにいるかというと、輝夜から「今まで通り人里で待っていればひこのことをよく知る奴と会えるから」と三日前の夜に言われたからだ。

 

 昨日までは屋台や永遠亭までの護衛をしていたので来れなかったが……まさか今日になってようやくその知ってる奴に会えるなんてな。

 

 「ひこがどうしたって?」

 

 「ああ、なんでも氷狐が八百屋にもここにも来てないからまた異変に巻き込まれたんじゃないかって……ていうかお前は誰だ?」

 

 「私は妹紅。ちょっとひこって奴に用事があったから探してたんだけど……」

 

 「のんびりと話している場合じゃないわ、早く氷狐を探しに行かないと! ああもう、あれほど知らない人と妖怪と紫には近づくなって言ったのに! こんなことなら常に位置が分かる札を持たせておくべきだったわ! いや、それよりも迷子防止に私が手を繋いだほうがよかったかしら……」

 

 「……なんか私の知ってる巫女と違う。誰このお母さん」

 

 「気にするなよ。前からだぜ」

 

 いや、それ以上にひこが迷子ってなに? 大人じゃなかったのか? なんか私の想像のひこから大分離れていったんだが。どこ行った私の想像した完璧超人のひこ。

 

 それに迷子って幼い子供じゃあるまいし……いや、もしかして慧音ってそういう趣味なのかな。

 

 「ところで、妹紅は氷狐に何の用なんだ?」

 

 「ちょっと友人がそいつに捨てられたらしくてね、一発殴って謝らせてやろうかと思ってさ」

 

 「え?」

 

 「え?」

 

 「「……」」

 

 いや、何この沈黙。なんで私こいつに「何言ってんのこの人」みたいな顔で見られてるんだ?

 

 あ、もしかして話を端折りすぎたかな。友人が捨てられたって言ったし、理解が追いつかなかったのかもしれないし。

 

 「……氷狐が捨てた? 誰を?」

 

 「私の友人を」

 

 「名前は?」

 

 「この里の守護者であり、教師でもある上白沢 慧音」

 

 「……ああ、なるほど」

 

 どうやら納得してもらえたらしく、この白黒は開いた左手に握った右手をポムッと置いた。

 

 しかしその後になぜか爆笑された。隣にいる巫女は話を聞いていなかったのか、いきなり笑い出した白黒の方を見て冷たい視線を送っている。

 

 「なにがおかしいんだよ」

 

 「いや、なるほどな、そういう風に見えるわけだ。確かに氷狐のことを知らない奴が話を聞いたらそう聞こえなくもないか。妹紅、お前は一つ勘違いしてるぜ」

 

 「勘違い……?」

 

 私が一体何を勘違いしているというのか。確かに最初は話を聞いただけで最低な奴だと思ったし、燃やし尽くす気だったけれど、それはひこを探して過ごすうちに良い方に改善できた。

 

 それにいろんな可能性も考えた……もしかしたら女かもとか老人かもとか……子供かもとか。

 

 いや、思い返してみれば慧音が捨てられたと言ったわけじゃなかったような……。そう考えていた私に、白黒は私にとって驚きの言葉を言い放った。

 

 

 

 「氷狐は大人でも、ましてや人間でもないぜ? あいつは子狐の妖怪だからな。青い髪の狐耳と尻尾を生やした妖怪……この里にいるなら何度も見てるはずだぜ」

 

 

 

 白黒に言われた“青い髪の狐耳と尻尾を生やした妖怪”を記憶から思い出してみる。

 

 そういえば、門番初日にそんな妖怪を見たな。美味しい果物をくれたからよく覚えている。

 

 八百屋にも現れて山菜や果物を売っていったっけ……確か、ひこって朝早くから山に入ってそれらを採ってきて売るんだったな……おばちゃんも“子狐ちゃん”って呼んでたっけ。

 

 寺小屋の子供達とも遊んでたし……。

 

 

 

 『それにしても……ひこ、来ないなぁ』

 

 『う?』

 

 

 

 あいつかああああああああ!!

 

 え!? なに!? 私はひこと何度も会ってたの!? しかも気づかずに流してたの!?

 

 ああ、それでおばちゃんは「相手してた」っていったのか……気づくか!! しかも誰が慧音の話を聞いて子狐の妖怪なんて予想できるんだよ!?

 

 しかも私の勘違いの仕方は“最低男と捨てられた女の関係”。恥ずかしすぎるわ!! どうしてそうなった!!

 

 「まあまあ妹紅。団子でも食って落ち着けよ」

 

 「あ、ああ……ありがとう。お前、いい奴だな」

 

 「お前じゃないぜ。魔理沙だ」

 

 「分かった。ありがとう魔理沙」

 

 「ってそれ私の団子でしょうがああああ!!」

 

 「ちょ、霊夢さんここは人里……きゃああああ!!」

 

 となりで爆煙が発生して悲鳴とぴちゅーんって音が聞こえたけど、魔理沙からもらった団子のおかげか気にならない。

 

 問題はひこのことだ。先ほど巫女達は“ひこが異変に巻き込まれた”と言った。つまり、今この里にひこはいない。

 

 この時間帯なら、もう八百屋で採ってきたものを売って話の通りここで団子を頬張っててもいい頃だ。

 

 それがないということは、まだ山にいるのか、それとも住処から出てきていないのかの二択。

 

 そういえば、ひこが採りに行っている山は妖怪の山の近く……もしかしたら、そこまで言ったのかもしれない。それに、妖怪の山には豊穣の神である“秋姉妹”がいる。今の季節も秋だし、実りも豊富のはず。

 

 もしそこにいるなら、はっきり言って相当マズイ。山に住む天狗たちは他の住人には酷く排他的で天狗によっては力ずくの排除も辞さないらしい。もしも見つかれば……いや、考える前に行動だ。

 

 「巫女、私は妖怪の山に探しに行くよ」

 

 「は? 氷狐がいつも行ってるのはその手前の山よ。そんなところにいるわけ……いえ、いるわ! すぐに行くわよ!」

 

 「急に行く気になったな。私は予想したからだけど、巫女はなんで?」

 

 「勘よ!!」

 

 「え? ああ、そう……」

 

 この巫女は私の手に負えない……私はそう確信した。

 

 さて、手遅れになる前に、私も飛んでいった巫女を追いかけなきゃね。

 

 

 

 

 

 

 「おい、まだ採るのか?」

 

 「あーうー♪」

 

 何この子可愛い……じゃなくて。あれから少し経ったけれど、その間一緒にいてある程度この子について知ることが出来た。

 

 名前は氷の狐と書いて氷狐と言い、普段はこの山の手前の山で採っているのだが、今日はこの山からいい匂いがしたのでわざわざ採りに来たのだとか。どうやら妖怪の山には初めて来たため、話で聞いてはいたがそれほど危険性を感じなかったらしい。まあこの辺りは私の警備範囲なので、確かに他の場所に比べて危険性はないだろう。

 

 しかし、これ以上進んではマズイ。ここから先は別の天狗の警備範囲……しかも白狼天狗ではなく烏天狗が巡回している。巡回は基本的に白狼天狗の仕事なのだけれど、その上司になる烏天狗もちゃんと巡回している。

 

 ……まあ、極一部はこういう仕事をせずに新聞記事の取材ばかりしているような上司もいるけれど。

 

 と、そんなことを考えている場合じゃないしこれ以上は本当にマズイ。上司が出てきて排除しろとでも命令されれば、私はそれに従わざるを得ない。妖怪の山は縦社会なのだから。

 

 とはいえこの子……氷狐はただ山菜や果物を採っているだけだし……何よりも、無愛想な私に果物をくれた上に無垢な笑顔まで向けてくれた。そんな子を排除できるほど、私は冷血ではない。

 

 「氷狐、これ以上はダメだ。早くこの山から……」

 

 「どうした犬走《いぬばしり》……む? その妖怪は侵入者か」

 

 そんな声が聞こえた瞬間、私の背筋が凍った。声がした方向……上、つまり上空を見て見れば、そこには名前どおり烏の黒い翼を生やした私達白狼天狗の上司である烏天狗の姿。

 

 背筋が凍ったと言ったが、別に彼が怖いわけではない。上司と言っても階級的には同じであり、ただ白狼天狗よりも数が少ないので貴重、という意味で上司の位置にいるだけなのだから。

 

 問題は、私以外の天狗に氷狐が見つかってしまったということ。

 

 「なぜ貴様が侵入者と共にいる。そのような体も妖力も小さき妖怪、貴様なら一瞬で終わるだろう。なぜ排除していない」

 

 「……この妖怪は山の幸を採りに来ただけとのこと。密偵や侵略の可能性も皆無と判断し、それだけならばと私が監視をしていました。採取が終わり次第、私が責任を持って麓まで……」

 

 

 

 「送る必要はない。この場で排除しろ」

 

 

 

 びくり、と肩が跳ねたことを自覚する。正直、予想していた言葉ではあった。そして、そう言われてしまえば私はそれに従うしかない。

 

 私は腰に差している大太刀を鞘から抜き、氷狐に振り向いて上段に構える。

 

 見た目こそ白い狼の耳と尻尾が生えている以外は人間の少女とそう変わらない私だがそこは妖怪、人間なんかとは比べるべくもない力がある。この一刀を振り下ろせば、私の胸ほどしかない氷狐など真っ二つになってしまうだろう。

 

 振り下ろせば、本来の任務を遂行できる。振り下ろさなければ、命令違反となってしまう。そんなことをすれば、良くて山から追い出され、悪ければ……。

 

 「……っ!」

 

 その先を考えることが怖くなり、決して少なくない情愛を抱いた妖怪に向かって大太刀を振り下ろす。力いっぱい振るった一太刀、ほとんど抵抗なくその体を両断できるだろう。

 

 憎んでくれていい。意志が弱いから君を殺してしまう私を。

 

 そう思って君を見てみたら、なぜか君は私に笑顔を向けてくれていて。

 

 「もみじ……♪」

 

 道中で名前を教えたら“もーじ”と呼んだので矯正した私の名前を呼んでくれて。

 

 だから私は……目を瞑って振りぬいた。

 

 

 

 

 

 

 ヒュンと鋭い音を立て、大太刀が“上空の烏天狗”に向かって振られたのを見て、私は安堵の息を吐く。隣にいる巫女を見てみれば、同じように安堵していた。

 

 私達がこの場面をみたのは、ほんの数秒前のことだ。ひこ目掛けて振り上げられた大太刀を見て正直かなり焦ったが、自体は予想外の方向に進んだ。

 

 「何のつもりだ犬走」

 

 「……」

 

 犬走と呼ばれた天狗は何も答えない。代わりにひこを後ろに隠す様に位置取り、大太刀を天狗に向ける。

 

 上空にいる男の天狗は大太刀の一閃を後ろに下がることで避けていたが、余程予想外なのかその声は微妙に震えていた気がする。厳格な口調だが、案外気弱なのかもしれない。

 

 「何のつもりだと問うている!」

 

 「この妖怪は私が監視し、採取を終え次第山の麓まで送ります」

 

 「必要はないと言った! 私が問うているのはその妖怪のことではなく、なぜ上司である私に刃を向けたのかということだ!」

 

 「ここはまだ私の警備範囲……範囲内では担当の者の意思で動き、判断しづらい相手が来た場合のみ上司に命令を仰ぐという規則のはず。この妖怪は私が危険性は皆無だと判断しました」

 

 「だから妖怪のことではないと言っておるだろうが! ええい、貴様が排除せんと言うなら、私がやってやろう!」

 

 イラついたのか、男の天狗は顔を真っ赤にして手にある葉団扇を振り上げた。

 

 烏天狗は風に関した能力持ちが多いと聞くし、もしかしたらあいつもそうなのかもしれない。もしも“台風を起こす程度の能力”なんて能力だったら、あの天狗だけじゃなく後ろのひこにも被害が及ぶ。

 

 同じことを考えたのか、私と巫女は同時にひこ達の元へと向かい……天狗と男の天狗の間に降り立った。

 

 「っ、何奴!? は……博霊の巫女!? それに貴様は蓬莱人の……」

 

 「流石は情報社会に生きる天狗。私のことも知ってたか」

 

 「あんた、家の子を排除するとか言ってたわね……逆に退治してやろうか」

 

 いや、お前の子じゃないだろ。とつっこむのは内心だけ。やっと目的の人物……いや、妖怪に会えたんだ。いきなり殺されてしまっては困るし、何よりも慧音が悲しむ。いや、何度も会ってるけどさ。

 

 それに、私自身この妖怪を気に入っている。

 

 「そんな奴が殺されるなんて我慢できないしな!! 焼き鳥にするぞ烏!!」

 

 ゴウ! と音を立てて燃え上がる私の両手。長く生きたせいか妖力に目覚めた私が使えるのは、この炎だけだけど……威力は折り紙つきで輝夜と永琳の太鼓判もある。

 

 今から山火事を起こすことだってできるくらいだ……やらないけどさ。

 

 「あっついわね! もうちょっと火力弱めなさいよ!」

 

 「熱い……いや、秋なのに暑い……」

 

 「うー……」

 

 「おっと悪い」

 

 3人から苦情がきたのですぐに火力を弱める。術者だからか私は熱くないんだけどな。

 

 苦情もなくなったところで改めて男の天狗を見据える。正直、こいつから感じる妖力は他の天狗とそう変わらない。これなら私1人でも十分だし、巫女と天狗の3人なら負けはないだろう。

 

 「くっ、こうなったら応援を……」

 

 「呼びにいけると思うのでしたらどうぞ。私が“視た”限りでは、この周辺には誰もいませんが……ね」

 

 「……覚えておれよ犬走。このこと、大天狗様に報告するからな」

 

 「どうぞ。ただし、私も自分の警備範囲から離れて私の警備範囲内にいたことを報告させていただきます」

 

 「そう言ってられるのも今のうちだけだ!」

 

 小物臭い捨て台詞を吐き捨て、男の天狗は飛び去っていった。

 

 妖怪の山は縦社会……上司に逆らった挙句に刃を向けたこいつは、きっと只では済まない。山から追い出されるか……最悪、殺される。

 

 そのことを、あの天狗にあそこまで言ったコイツが気づかないわけがない。体も震えているし、気づいていて逆らったんだろう。

 

 こいつは、とてもいい奴だ。少し無愛想だけど、他の天狗なんかとは比べ物にならないくらい。

 

 「お前さ、名前は?」

 

 「え?」

 

 「名前だよ、名前。教えてくれないか? 私は藤原 妹紅……健康マニアの焼き鳥屋さ」

 

 「……犬走 椛《いぬばしり もみじ》」

 

 「よろしくな、椛」

 

 「ああ……妹紅」

 

 ひこを抱きしめている巫女の前で、私と椛はがっしりと握手を交わした。

 

 なんとなく、その時の椛の顔が……無愛想なんかじゃなくて、見た目相応の可愛らしい笑みを浮かべていた気がした。

 

 

 

 

 

 

 「もうすぐだ……」

 

 妖怪の山の上空に、先ほど部下に逆らわれるという屈辱を味わった天狗が飛んでいた。

 

 向かう先は大天狗等がいる本部と言うべき場所。そこにいるであろう大天狗に椛のことを告げれば、ほぼ確実に椛は山から追い出されることだろう。

 

 屈辱を味わわせられた相手が消えるのだ、それはさぞかし気が良くなるだろう。

 

 

 

 しかし、それは叶わない。

 

 

 

 「ごきげんよう」

 

 「何や……つ……」

 

 天狗の前に突然現れたのは、中華風の服を着た金髪の美女。その顔を見た天狗の顔が真っ青になり、美女は面白そうにクスクスと笑う。

 

 美女……八雲 紫は取り出した扇子で口を隠しながら天狗を見据えた。

 

 「こんにちは、名も知らぬ烏天狗さん。今日はあなたにちょっとした贈り物があって来たの」

 

 「そ、そんなものはいらぬ。私は急いでいるのだ」

 

 「つれないですわね……そう言わずに受け取ってくださいな。これは私からの贈り物ではなく、“あの子”からの贈り物なのだから」

 

 紫の言ったあの子という言葉に覚えのない天狗は、その場で首を傾げてしまう。

 

 その行動が引き金となったかのように、天狗の周りを色とりどりの弾幕が埋め尽くした。

 

 「な……あ!?」

 

 「あの子は彼女達の後ろでこう思ったの……“友達をいじめたあの人は許せない”。子供って残酷なのよ? 無邪気に花を引きちぎり、無垢に虫の羽を毟り取り……無意識に暴力を振るう。あの子は妖怪だからかそんなことはしないけれど……でも、やっぱり子供」

 

 

 

 紫奥義「弾幕結界」

 

 

 

 断末魔の悲鳴を上げることもできず、天狗はその弾幕の嵐の中へと消えた。

 

 一定時間経たない限り途切れることはなく、反撃すらも許されない“耐久スペル”に分類されるこのスペルカードは、中級がいいとこのあの天狗には数秒保つことすらできなかった。

 

 当たっても、当たっても弾幕は終わらない。これはスペルカードルールではなく……完全な暴力なのだから。

 

 「あなたが飛んでいたのは、私が映し出した偽りの妖怪の山上空……あの場から飛び去った時点で、あなたは私の結界の中にいたのよ。誰かが気づくこともない。誰かに見られることもない。聞こえることも、入ってくることも、そもそも認識することも出来ない。だからあなたが助かることもないわ……もう聞こえていないでしょうけどね」

 

 制限時間が過ぎ去り、美しくも荒々しい弾幕の嵐が止んだ。その中心に紫が目を向ければ、そこには天狗の影も形もなかった。

 

 逃げた? いや違う。弾幕の威力に耐え切れず、文字通り消滅したのだ。痕跡やかけらも残さず、塵の一つまで綺麗に。

 

 紫は境界を操る程度の能力を使い、妖怪の山にいる存在全ての“事実と虚偽の境界”を操ってその記憶を僅かに変えた。

 

 「“友達をいじめる奴なんか消えちゃえ”……それは誰かが死ぬことだと、あの子は気づかない。子供は、自分にとって大切なもの以外はどうでもいいのだから」

 

 だから意識を変えさせた。思い切る前に予測が出来てしまったから、記憶を僅かに変えてあの天狗との口論のことを忘れさせて、その思考《オモイ》を無理やりなかったことにした。

 

 そうしなければ、氷狐に“殺し”というものをさせてしまうから。

 

 「さようなら、名も知らぬ、この世から消え去った哀れな烏天狗。だけどそれすらも幻想郷は受け入れる……それはとても残酷なこと」

 

 いつの間にか結界は消え去り、強い風が吹いたかと思えば紫の姿も消えていた。

 

 ただ、いなくなった紫の声がどこからか聞こえてきた。

 

 それは怒りを含み……尚且つ愉悦の色も含まれていた。

 

 「八雲は“家族”への暴言を許さない……その禁忌を破るなら、私は“幻想郷の母”として怒りましょう」

 

 誰も聞く者がいない場所で、詠うように言葉は紡がれた。

 

 ただ……その怒りに震えるように、幻想郷の大地が震えた気がした。




私は椛が大好きだ。椛モミモミしたいお。

色々無理があるとは思いますが、後悔はしていない。
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