妖怪の山に行った翌日の早朝、私は人里の門の前にいた。その理由は、もうすぐ来るであろう“2人”の妖怪と会うためだ。
門番の人と話をしながら待つこと半刻……ようやく私が待っていた妖怪達が現れた。
「う? もーう!」
「もーうじゃないだろう氷狐。妹紅だ」
「おはよう妹紅」
「ああ、おはよう椛」
待っていたのは、氷狐と椛の2人。なぜこの2人が一緒にいるのかと言えば、椛が氷狐が妖怪の山に行った時に護衛を勤めているから。
なんでも椛は“千里先を見通す程度の能力”……早い話が千里眼を持っているらしく、他の天狗に見つかる前に氷狐を安全な場所まで送り届けることが出来るんだとか。
「て、天狗!?」
「ああ、この天狗は大丈夫ですよ。私と氷狐の友人ですから」
「犬走 椛と申します」
「藤原殿と氷狐の友人でしたか……なら大丈夫そうですね。ようこそ人里へ」
門番の人に通してもらい、私達はまず八百屋へと向かう。理由は当然、氷狐が採ってきた山菜と果物を売るため。
椛は人里が珍しいのか周りをきょろきょろと見回している。ちょっと人の視線が気にはなるが、私と氷狐を見ると1,2度頷いて椛から視線を外した。もともと妖怪を嫌悪していたのだから、天狗である椛に一瞬嫌な視線が行くのは仕方ないことだと思う。納得できるかは別として。
「うー!」
「あら、子狐ちゃんに妹紅ちゃんに……」
「うー、あーうー」
「あら、子狐ちゃんのお友達なのかい? それなら大丈夫そうだね」
「うー♪」
「「え!? 今の伝わるの!?」」
なぜ今ので伝わるのか……ちなみに私は全く分からなかった。椛も私と同じように驚いているあたり、私と同じく分かってなかったんだろう。
そんな私達をよそに、氷狐とおばちゃんは慣れた手つきで採ってきたものの売買をしていた。双方ご満悦だ。
「うー!」
「え? 団子!?」
「椛、お前もか」
なぜ今ので分かるのか……裏切られた気分だ。とはいえ私も氷狐のいつもの行動から次は甘味処に行くとは思っていた。そういえば、昨日巫女にぴちゅられた魔理沙は無事だろうか。
私はいつの間にか手を繋いでいる氷狐と椛を見ながら、そんなことを思っていた。
「「あーん……♪」」
氷狐と一緒に団子を口へと運び、もぐもぐと咀嚼する。
妖怪の山ではまず味わえない職人の手による手作りの団子が生み出すこのちょうどよい甘味……団子そのものももっちりとしていて舌触りが良い。
美味しい。それ以外の感想なんてでないくらい美味しい。こんなものを食べてしまっては病みつきになってしまう。というかなってしまった。今度から警備の時間の僅かな空き時間でも買いに来よう。
「へぇ、そんな顔もできるんだ」
「ふぇ?」
「さっきまで無表情だったけど……椛の顔、幸せそうに緩んでるぞ」
「っ!?」
妹紅に言われてすぐに自分の頬を触ってみる……うん、自分じゃ分からなかった。でも妹紅が言うならそうなんだろう。
恥ずかしい気持ちはある……でも自分が無表情以外の表情が出せるということが少し、嬉しかった。
そういえば、さっき門のところで妹紅は私のことを友達と言ってくれた。実は、私はこの時とても嬉しかった。
妖怪の山は縦社会……仲間内の関係なんて上司、部下、同僚くらい。普段無表情な私に話しかけるような物好きはおらず、会話は事務的なものばかり。1人だけ私とよく口論になる上司がいるが、総じて友人と呼べる存在なんていなかった。
でも……そう思って妹紅を見てみる。私と妹紅は氷狐を挟むように座っており、妹紅はちょうど団子を口に入れるところだった。瞬間、妹紅の手は止まり、私の視線に気づいたのかこちらに顔を向けた。
「どうした? 私の顔になんかついてるか?」
「いや……そういうわけじゃない。ただ……」
「ただ?」
「……友達とこうして団子を食べるというのはいいものだなと……そう思ったんだ」
「そっか」
少し恥ずかしい気持ちはあったけれど、言ってみると妹紅はニカッと笑ってくれた。
なんだか、感じたことのない暖かさが胸に広がる。悪い気分ではなく、むしろいい気分。
その心地よさに心を委ねながら、私は最後の団子へと手を伸ばし……。
「もーらい」
「は?」
「え?」
「う?」
伸ばした手は空を切った。目の前を見てみれば白黒のいかにも魔法使いですと言わんばかりの格好をした少女がいる。
そしてその手には……私のところから取ったのであろう団子が一つ。そして少女はそのまま口へと運び……一口で食べた。
「うん、やっぱりここの団子は美味いよな」
「……」
「……? どうした氷狐? 今日は噛み付いてこないのか?」
「うー。うー」
「ん? こいつがどうしたって……っていうかこいつ誰?」
私の団子……食べることを楽しみにしていて、今日やっと食べることができたのに。
しかもコイツが食べたのは私が最後に食べようと思っていたみたらし団子……人里に来る時に氷狐から一番美味しいと聞いたから最後に食べようとしてたのに。
「お……おお……」
「え? 何? なんでこいつ泣いてるの?」
「うー……まーさ、あーうー」
「あーあ、泣かした。魔理沙さいてー」
「はい?」
「お前の血は何色だああああ!!」
「ええええ!? なんでいきなり怒られたの!?」
「ぐすっ……えぐっ……」
「もみじ。あーう」
「ありがと……むぐむぐ……」
魔理沙に天誅を下した椛は、泣きながら氷狐が追加したみたらし団子を受け取って食べていた。
因みに魔理沙は椛に大太刀の峰で思いっきり叩かれたので頭にたんこぶを作って野ざらしにしている。自業自得だな。因みに血の色は赤だった。
「一体なんの騒ぎよ……なんだ魔理沙か」
「れーむ!」
「おはよう氷狐」
今の騒ぎを聞いてか、空から巫女が降りてきた。氷狐は巫女を見るや否や椅子から飛び出し、突撃するように抱きついた。本当によく懐いてるなあ。
巫女も満更ではない……というか笑顔だ。めちゃくちゃ嬉しそうだな。ところで、魔理沙はあのままでいいんだろうか。道行く人が邪魔臭そうなんだけど。
「そういえば、あんた昨日は大丈夫だったの?」
「ふぇ?」
「いやふぇ? じゃなくて。あんた昨日あの天狗から言いつけるとかなんとか言われてたじゃない」
「「……?」」
私と椛は巫女が何を言っているのか分からなかった。昨日、私は椛以外の天狗には会わなかったし、巫女もその場にいたハズだ。
というか、昨日は氷狐がいつも甘味処に来る時間になっても来ず、それを心配した巫女と私が妖怪の山に行き、果物を採るために木から落ちそうになっている氷狐を椛が助け、そこでほかの天狗とは違うと思った私が椛と友達になった……こんな感じだったハズ。私達以外の奴なんか見ていない。
「……っていう夢を見たんだけど」
「夢かよ」
「~♪」
氷狐を撫でながらそんなことを言った巫女。思わずずっこけてツッコンでしまった。
椛も同じようにずっこけて団子を落としそうになってたけど、なんとか落とさずに済んだ様だ。
「まあそんな話はさて置いて……私と氷狐は今から神社に行くけど、あんたたちも来る? 何も出さないけどね」
「遠慮しておくよ、今日は椛に人里を案内する予定だったからね」
「そう。それじゃあね」
「うー」
それだけを告げて、巫女は氷狐を抱き上げ、魔理沙を背負って飛び去っていった。なんだかんだで面倒見はいいようだ。
その際に手を振っていた氷狐に和みつつ、私は椛へと目を向ける。無表情ながらも手を振り返しているところを見ると、少し寂しそうではある。椛には無表情は似合わない……私はそう思った。
同時に、私はさっき見たような笑顔が見たいと思った。だから……。
「ほら、行くぞ椛」
「わわっ、妹紅! 引っ張らないでくれ!」
「時間は有限なんだ、急がば回れってね。急いで里を回るぞ!」
「それは意味がちがああぁぁ……」
今日一日、私が全力を注いで笑わせてやる。
笑う角には福来る。幸福は笑ってる奴に来るのだから。
「で、氷狐には会えた?」
「ああ、会えたよ。というか何度も会ってた」
「でしょうね」
時間帯は夜。私が開いている焼き鳥屋に、1人の客が来ていた。
その客とは……私に氷狐に会う方法を教えてくれた輝夜。でも今の言葉を聞く限り、輝夜は私が“ひこ”という人物を勘違いしていたことを知っていたんだろう。だから敢えてどういう奴かは言わず、会う方法だけを教えてくれた。
「面白かったか? 私の勘違い劇は」
「ええ。あの夜永遠亭に帰ってから爆笑させてもらったわ」
「性格の悪い奴」
「だってお姫様だもの」
「「……ふふっ」」
以前の私だったら……いや、私達だったら、もう殺し合いが始まっていただろう。
けれども、今はそんなことはない。殺意も、殺気も、憎しみすらもなくなってしまった今では、こんな会話がとても楽しい。
こうして、私と輝夜が向かい合って笑いあっている……それだけが、とても嬉しい。
「そういえば、椛って天狗と友達になったよ。少し無愛想だけど、笑った顔が可愛い奴でさ。きっと輝夜とも友達になれる」
「……ふーん……そう」
……あれ? なぜか輝夜が不機嫌になってしまった。商売柄、人の機嫌の変化には敏感なのですぐに分かった。
でも、今の話で不機嫌になる要素なんてあったかな……私は椛と友達になった。きっと輝夜も友達になれる……何もおかしいところはない。いや、輝夜は私が椛と友達になったと言った時点で少し不機嫌になっていた。笑った顔が可愛いと言ったら、かなり苛立っていた……ってことは。
「……妬いた?」
「っ!? べべべ、別に妬いてないわ! 別に妹紅が私以外の奴と友達になろうと関係ないし!? 私が妹紅しか友達がいないから羨ましいなんて思ってないし!? どんなに友達が出来ても私が一番じゃないと嫌だなんて思ってないし!?」
何この可愛い生き物。両手をパタパタと振って顔も真っ赤にして説得力の欠片も感じないんだけど。
でも……一番の友達……か。あんまり一番とか二番とかっていうのは嫌なんだけどな。でも、そう思ってもらえるのは……悪くない。
そう思っていると、私は輝夜が無性に愛しくなって……気づいたら、屋台越しに輝夜を抱きしめていた。
「ちょ……いきなり何して」
「大丈夫だって。輝夜は……私の一番の親友だからさ」
「~~~!?」
耳元で囁いてみると、輝夜は私から離れてしまった。
親友は嫌だったのかな……いや、顔真っ赤だから恥ずかしがっているのかもしれない。
「きょ、今日は帰るわ……また、来るから……客じゃなくて親友としてね」
口調こそ冷静だけど、輝夜は逃げるように全速力で飛び去っていった。
その去り際の言葉を聞いて、私は顔がにやけるのを止められなかった。
さて、こんな顔では接客なんて出来ないし、今日はもう店じまいにしようかな……そう思ったとき、今日最後の客が来た。
「妹紅、まだやっているか?」
「慧音じゃないか。ああ、まだやってるよ」
「それはよかった……もも一つ」
「あいよ」
頼まれた串を取り、網に置いて焼き始める。そういえば、慧音に氷狐のことを言ってなかったっけ。
ちょうどいい……そう思って、私は慧音に話しかけるのだった。
「紫、出てきなさい」
縁側に座って夜空を眺めながら、霊夢はそう呟いた。
すると霊夢の正面の空間が割れ……そこから八雲 紫がゆったりとした足取りで姿を現した。
しかし、霊夢は紫に視線を向けることはなく、夜空から目を離さない。そのことに、紫も何も言わない。
「単刀直入に聞くわ。あの天狗をどうしたの?」
「消したわ。文字通りに……ね」
「そう」
紫の答えを聞いても、霊夢は短く返すだけで夜空から目を離すことはない。
これは問答ではなく、ただの確認。昨日の男の天狗がどうなろうと、霊夢には一切関係ないのだから。
「蓬莱人と白い天狗、氷狐は昨日の出来事のことを忘れていた……いえ、“違う出来事へと記憶が変えられていた”わ。これはあんたがやったのね」
「ええ。事実と虚偽の境界を操り、あの山全域の存在の記憶から昨日の天狗のことを忘れさせ、あの子たちには別の出来事を植えつけた」
「なぜ?」
「そうしなければ、氷狐があの天狗を殺してしまうからよ」
子供に犯罪を犯させたいと思う親はいない。危険なこと、いけないことをさせようと思うものも、またいない。
紫が動いたのは、ひとえに氷狐に殺しというものを経験させないため。故に記憶を弄り、その時に思っていたかもしれない思考を無理やりなかったことにした。そして、代わりに自分が制裁したのだ。
「結果、氷狐に“消えちゃえ”と思わせることもなく、あの天狗に被害が及ぶこともなく、蓬莱人と天狗の関係を崩すこともなく、全ては丸く収まったということよ」
「……本当にそうかしら」
「……?」
「確かに、あのままだったら天狗は山から追放、もしくは殺されていたかも知れない。でもあんたが記憶を弄り、あの天狗を消したから、全ては丸く収まったように思える……ただ」
「ただ?」
「結果としてあの天狗が消えた以上、それは氷狐の能力が発動した……ということにならないかしら」
ざあ……と、2人の間に嫌な風が吹いた。紫は驚愕に目を見開いて霊夢を凝視しているが、霊夢の視線は変わらず空を向いたままだ。
紫の頬に嫌な汗が伝う……それは、霊夢が言ったことを正しく認識してしまったから。
「……この私が天狗を消したのは、氷狐の能力のせいだとでも言うの?」
「別に。あんたが氷狐の思考を変えさせたのなら、あんたの行動はあんたの意思でしょう。でも、仮に氷狐が“消えろ”と思った場合、その場で消えるのか、それとも間接的な要因で消されるのか……分からないじゃない?」
「何が言いたいの」
「私が言いたいのは、“本当に氷狐はそう思わなかったのか”ということよ」
「思わなかったわ! 私が変えさせた! あの天狗を消したのは私の意志……これが何にも変えられない真実よ」
焦るように、叫ぶように紫は言う。自分の行動は成功した。殺しを経験させなかった。あくまでも消したのは自分の意思だと。
それを聞いても、霊夢が紫を見ることはない。いつの間にか紫と割れた空間は姿を消し、霊夢は少し首が痛そうにしながら正面を向く。
右手を首元にやれば、そこにある綺麗な青い珠が連なって出来た首飾りがチャラっと音を立てた。
実は妹紅たちと分かれた後、霊夢は氷狐に今着けている首飾りの色違いのものを渡していた。それは、霊夢手作りの何の変哲もない首飾り。
渡したときの氷狐の嬉しそうな顔を思い浮かべ、霊夢の表情に笑みが浮かぶ。
「……そうね。全ては丸く収まった……それでいいのよね」
一匹の天狗が誰に気づかれることもなく消え、大切なものたちは無事だった。
ただ……それだけは確固たる真実だった。
「慧音」
「なんだ? 妹紅」
「氷狐のことだけどさ……まあ気にすんなって! 氷狐はまだ子供だから、慧音の気持ちに気づかないだけなんだって!」
「は?」
「まさか慧音が子供を愛している(恋愛的な意味で)とは思わなかったけどさ、私、応援するから! お母さんの存在は厳しいかもしれないけれど、大丈夫! いつか報われるときが来るから!」
「え? ちょ、なんの話だ!?」
というわけで妹紅編終了となりました。
うーむ……輝夜はどうしてこうなった。