子狐幻想記   作:d.c.2隊長

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風見 幽香 承

 あの妖怪に出会った日から三日が経った。その間にあの妖怪……氷狐がこの向日葵畑に来ることはなかった。

 

 当然かと思う反面、柄にもなく残念がっている私に気づく。たった一度のわずか十数分の出会い……その中で聞いた「またね」の言葉が、どうしても頭の中から消えてくれない。

 

 何を期待しているのか。あの場には賢者もいたのだ、大切な子に私の危険性など教えて当然。それに、子供は大人の言うことを聞くもの……氷狐がここに来ることはないだろう。

 

 そう思っていたら、外の向日葵達がざわめいた。それも嫌がるとか怖がるとかではなく、歓迎の意思を籠めて。

 

 もしかして……そう思った私は、すぐに向日葵達のところへと飛んだ。そして、ついた先に見えた、三日ぶりとなる青の姿を見つけてその目の前に降りる。

 

 「ゆーか!」

 

 「久しぶりね氷狐」

 

 私を見て嬉しそうに名前を呼んでくれる氷狐。きっと私の顔はだらしなく緩んでいるに違いない。

 

 しかしそう簡単に緩んでしまっては大妖怪のプライドに関わるのですぐにいつもの私の笑みを浮かべる。

 

 「前にも言ったわよね? 私はこわーい妖怪だって」

 

 「う?」

 

 前と同じように不思議そうに首を傾げられてしまった。賢者はこの子に何も教えていないのかもしれない。

 

 妖気を出して威圧してみても、怖がる様子は一切ない。逃げないし、怯えない。だけど、私に純粋な笑顔を向ける存在はこの子が初めてだ。賢者の笑みは胡散臭いので除外。

 

 「……怖くないのね?」

 

 「うー」

 

 あっさりと頷かれてしまった。怖いもの知らずというかなんというか。

 

 このまま舐められるわけには……と普段の私なら思うかもしれないけれど、今の私は凄く穏やかな気持ちでいる。それに……本当にここに来てくれたのが素直に嬉しい。

 

 「……家にクッキーがあるわ。食べる?」

 

 「う?」

 

 「ああ、知らないのね。甘いお菓子よ」

 

 「あーうー♪」

 

 嬉しそうに尻尾を振りながら首も縦に振る氷狐……なにこのかわいい生き物。

 

 そうと決まればすぐに家に向かいましょうか……そう言って飛ぼうとした時、私のスカートが引っ張られた。

 

 もちろん引っ張ったのは氷狐。振り返ると、氷狐は私の右手をギュッと握っていた。

 

 「うーあーうー」

 

 「……ええ、そうね。このまま行きましょうか」

 

 「うー♪」

 

 向日葵達に訳してもらった言葉は、手を繋ごう。断る理由もないし、三日前の賢者との姿を少し羨ましく思っていた私にとっては都合がいい。

 

 ギュッと手を握り返し、飛ばずにそのまま二人で向日葵畑の中をゆっくりと歩いていく。

 

 たまにはこんなのもいいか……そう想いながら繋いでいた手は、冬にも関わらずお日様のように暖かかった。

 

 

 

 

 

 

 氷狐とクッキーを食べた日から更に数日の時が流れた。

 

 私がいるのは人里の中……あまりここには近づかないのだけれど、そろそろ食料が尽きかけているので買い出しにきたのだ。

 

 人間を食べる妖怪もいるし、私も食べられないことはない。でも……単純に美味しくないのよね人間。たまに襲ってイイ声で鳴かせる方が断然愉しいしお腹も膨れるわ。

 

 「あーうー」

 

 「店主、売りに来たぞ」

 

 「はいいらっしゃい、子狐ちゃん、椛ちゃん」

 

 この間の冬の妖怪はイイ声で鳴いてくれたなあなんて考えていると、丁度買いに行こうとしていた八百屋に氷狐の姿を見つけた。隣にいるのは天狗かしら……山の住人以外には排他的な天狗がこんなところにいるなんて珍しいわね。

 

 氷狐と手を繋いでいるところを見る限り、ほかの天狗と違って人間に友好的な天狗らしい……人間の方も名前で呼んでいるようだし、この里の人間とは仲がいいのかもしれない。

 

 「氷狐」

 

 「う? ゆーか!」

 

 「ゆーか……? っ!? 貴様、風見 幽香か」

 

 「あら、私のことを知っているのね」

 

 「幻想郷最強の一角……フラワーマスターの幽香」

 

 私を見るなり氷狐をその背の後ろに隠し、腰の大太刀の柄を掴む天狗。実力の差を分かっているのか、その顔には汗がつたっている。

 

 氷狐の態度で忘れかけていたけれど、これが本来の私と出会った時の相手の態度。

 

 死ぬか、殺すか。弱肉強食の妖怪の世界ではそれこそが不変の理。この天狗の姿こそが正しく、氷狐の姿こそが異端。

 

 丁度いいわ……忘れかけていたことを思い出させてくれたお礼に……少し遊んであげましょう。

 

 そう思い、私は右手に持っていた傘を振り上げ……。

 

 

 

 「めっ!!」

 

 

 

 ようとしたらまた氷狐に止められてしまった。両手を限界まで広げる姿は、見ていてとても微笑ましい。

 

 同時に、高まった殺意が霧散していくのも感じた。こんなに簡単に毒気が抜かれてしまうのは、もしかして氷狐にそういう能力があるからだろうか。

 

 天狗も同じなのか、いつの間にか柄に置いていた手をだらりと下げていた。私と同じように、もう戦意はないらしい。

 

 「……ここは人里。戦いは禁じられている」

 

 「私には関係ない……と言いたいところだけれど、氷狐に免じてそのルール、守ってあげるわ」

 

 本当に、甘くなったものだと内心で苦笑する。私は、こんな妖怪ではなかったはずだ。

 

 自分の好きな花が咲く場所を巡り、自分の好きな花を傷つけた相手を嬲り殺し、妖怪らしく自分勝手に生きている……そう思っていたのだけれど、いつからこんなに甘く、誰かに“免じて”なんて使うようになったのか。

 

 

 

 ……そんなもの、分かり切っている。

 

 

 

 「さて、食材がほしいのだけれど」

 

 「はい、何にしますか?」

 

 「そうね……この子達が今売ったものをいただけるかしら」

 

 「分かりました」

 

 少し皺のある顔に優しそうな笑みを浮かべる女性から、氷狐たちが売った山菜や果物、もともと売っていた野菜を受け取り、お金を渡す。因みに、お金は嬲った相手が持っていたものだ。

 

 しかし、思ったよりも多く買ってしまった。これでは持ってきたバスケットに入りきらないかもしれない……少し面倒だけど、入る分を入れて一度家に戻り、残りを取りに行くとしよう。

 

 「はいどうぞ」

 

 「ええ……あら? 私はこんなカゴは頼んでないハズだけど」

 

 「持ってるカゴじゃあ入りきらないよ。そのカゴをあげるから、それに入れていきな」

 

 女性から渡されたのは、私が持ってきたバスケットに入る分の食材と、何も入っていない私が持ってきたものと同じくらいの大きさのカゴ。

 

 妖怪とはいえ、人間の商売のことくらいは知っている。そして、渡されたカゴはしっかりと編みこまれた丈夫そうなもの……それなりの値段はするだろう。少なくとも、手持ちの資金では足りないことは予想できた。

 

 「悪いけれど、そのカゴの分のお金はないわよ」

 

 「いらないよ。これは私の手作りさね、値段なんかないよ。それに、私はあげるといったんだよお客さん」

 

 このカゴが目の前の人物の手作りというのも驚いたけれど、何よりも私を風見 幽香と知ってなおお客として接しているこの女性が凄いと感じた。

 

 先の天狗との会話で、私はこの女性が怯えていたのを知っている。現に、今も体が震えているのだから、私に恐怖しているのが分かる。

 

 けれども、彼女は私を妖怪ではなく客として接した。その顔に笑みを浮かべ、私のことを思ってかは分からないがカゴまでくれるという……なんというプロ意識。こんな人間もいるのかと素直に感心してしまう。

 

 「それじゃあ貰っていくわね……ありがとう」

 

 「はい。またお越しください」

 

 自然と出てきた“ありがとう”の言葉に、内心で驚愕する。私はこんなことで人間にお礼を言うような妖怪ではなかったはずだ。いや、そもそもお礼の言葉を口にしたことなんてあっただろうか。

 

 過去の記憶を思い返してみるけれど、そんなことを言った覚えも、言われた覚えもない。記憶にあるのは、せいぜい命乞いをしながら鳴き叫ぶ相手か、それを見て嗤っている私。我ながら、大好きな花と血と被虐に満ちた生だと思う。

 

 でも……悪くない。やたらと言うことでもないし、そもそも言う相手もいない。だけど、こうして稀に言うくらいなら……悪くない。

 

 「ゆーか!」

 

 「なあに? 氷狐」

 

 「あーう、うーうー」

 

 そんなことを考えていると、不意に氷狐に手を引っ張られた。

 

 何かしらと目線を合わせて問いかけてみるけれど……なるほど、分からん。近くに花がいれば訳してもらえたかもしれないけれど、生憎と近くにあるのは野草ばかり。これでは彼が何を言いたいのかが分からない。

 

 「……氷狐は一緒に甘味処に行こうと言っている」

 

 困っていると、さっきの天狗が訳してくれた。一体どういう風の吹きまわしかしら。

 

 それはどうでもいいのでさておき……甘味処。ということは団子に饅頭といった和菓子のお店のことだろう。正直、あまり和菓子は好きではない。クッキーやケーキなどの洋菓子は好きなのだけれど。

 

 しかしせっかく誘ってくれているのに嫌いだから行かないというのも失礼だ。というか、誘ってくれたことが嬉しいので断りにくい。そんなことを考えていると、氷狐と天狗に片方ずつ手を握られ、強く引っ張られた

 

 「ちょ、なに!?」

 

 「まどろっこしいからこのまま連れて行く。私は早く団子が食べたい」

 

 「うーあー」

 

 「ほら、氷狐もこう言ってる」

 

 「分かんないわよ!」

 

 こうして、私は半ば引きずられるように2人と共に甘味処へと向かった。

 

 そこで食べる団子はとても美味しく、私の和菓子嫌いがただの食わず嫌いだったと思い知らされてしまった。今度からたまに食べに来ることにしよう。

 

 「団子はみたらしが一番です! 白き宝玉を美しく染め上げる琥珀の蜜。その二つの奏でる、食欲を促す甘き“はあもにい”の素晴らしさ!」

 

 「いいえ、一番美味しいのは三色団子よ。カラフルな色合いに一つ一つ甘さが僅かに違う。何度食べても飽きないように工夫された職人の技が光る、素晴らしい一品だわ」

 

 「みたらしです!」

 

 「三色よ!」

 

 「うー……」

 

 先ほどまでの無愛想な顔はどこかしらに消えた天狗とみたらし団子と三色団子のどちらが美味しいかで口論をする私。その間にいる氷狐から苦笑するような声が聞こえたけれど、今は気にしない。

 

 天狗はどうやらこの敬語口調が素のようで、表情もはっきりと出ている今の姿は見た目相応の女の子にしか見えない。それはそれで微笑ましいのだけれど、この聖戦には関係ない。

 

 みたらしが美味しいことは否定しないけど、三色団子はそれを上回るわ。こんなに説明してるのに、何で分からないのかしら。

 

 「だったら氷狐に決めてもらいましょう」

 

 「そうね、それがいいわ」

 

 「う?」

 

 「「さあ氷狐。みたらしと三色、どっちが美味しい!?」」

 

 氷狐にそれぞれみたらし団子と三色団子を差し出す。選ばれた方が、此度の聖戦の勝利者……私と天狗は互いを見合い、その間で火花が散る。

 

 氷狐を見てみれば、迷っているのか二つの団子を困ったように交互に見ていた。因みに、彼はどちらの団子も一本ずつ食べていたのでどちらも好きであろうことは予想できる。しかし、先に食べていたのは三色だったはず……いや、もしかしたら好物は最後まで取っておく派なのかもしれない。いや、子供である彼なら、きっと好きなものは最初に食べる派のはず。

 

 「お、氷狐に椛と……見ない顔だな」

 

 「まーさ。うー……」

 

 「魔理沙!」

 

 「そこの白黒!」

 

 「「みたらしと三色、どっちが美味しい!?」」

 

 「え、何この状況」

 

 答えは出ないまま、私の知らない人物がやってきた。氷狐と天狗の名前であろう名を読んだから、この二人とは知り合いなんだろう。

 

 それはさておき、この聖戦の参加者が増えたのは行幸。これで敵軍に大差を付けられることでしょう。

 

 「どっちが美味いかってなぁ……どっちも団子には変わらないんだし。強いて言うなら、氷狐にもらった団子は格別に美味いぜ? てなわけでもら」

 

 「あんたは氷狐のを盗るなって何回言えば分かるのかしら……?」

 

 おもむろに氷狐の持っているみたらし団子に手を伸ばす白黒。その白黒に向かって声をかける新たな乱入者。

 

 恐る恐る、白黒が振り返る。果たしてその背後にいたのは……。

 

 「げぇっ!? 関羽!」

 

 「れーむ!」

 

 「誰が三国志の英雄か。おはよう氷狐」

 

 幻想郷の巫女……博麗の巫女だった。この巫女とも面識があるなんて、氷狐の顔はどこまで広いのか。

 

 もちろん、この場に来たからには巫女にもこの聖戦に参加してもらいましょう。天狗もその気のようで、私たちは互いに視線を交わし、言葉もなく頷きあった。

 

 「巫女」

 

 「霊夢」

 

 「何よ椛……あんたはフラワーマスターの風見……だったかしら? あんたみたいな大妖怪が何で人里に……」

 

 「「そんなことはどうだっていい。みたらしと三色、どっちが美味しい!?」」

 

 「知るか。私が一番美味しいと感じる団子は、氷狐と一緒に食べる団子よ」

 

 「我が子と食べるご飯が一番と。早速お母さん発言いただきました」

 

 「誰が母親か」

 

 駄目だこの巫女早く何とかしないと。乱入者は現われど明確な好みが決まらない。それどころか選択肢が増える始末。

 

 これではこの聖戦は終わらない……やはり、最後は氷狐の選択に委ねることにしよう。天狗もそう思っているのか、私と氷狐を交互に見ていた。私はまた頷き、天狗も頷いたところで改めて氷狐に互いの団子を差し出す。

 

 「「さあ、氷狐!」」

 

 「うー……」

 

 再び困ったように笑う氷狐。実はもう聖戦だとかどっちが美味しいんだとかはもうどうでもよかったりする。

 

 私は、単純に楽しいのだ。こうして誰かと瑣末なことで言い争ったり、誰かに意見をきいたりすることなんて、今までに経験したことなんてなかったから。

 

 周りからは大妖怪と恐れられ、人間に会えば恐怖の感情を向けられ、花とともに独りさびしく生きてきた。本当に寂しい毎日を過ごしてきた……花たちがいなかったら、壊れていたかもしれないほどに。

 

 妖怪だから独りでも大丈夫だとか、気にしないとか言うのは孤独を知らない馬鹿者の言い草。妖怪にも心や感情はあるのだから、寂しいと感じたり悲しいと感じたりすることだってある。

 

 誰かと会えば怯えられ、誰かと話せば会話も通じず、手を差し出せば逃げられる……それがどれだけ寂しく、悲しいか。

 

 でも、今は楽しい。こうして隣に誰かがいることが、こんなにも心が安らぐなんて知らなかった。

 

 そして……知ってよかった。

 

 「氷狐が困ってるからやめなさい。おいでー氷狐ー」

 

 「うー」

 

 「ああっ、重要参考人が!」

 

 「それは意味が違うだろ……ん? いや、あってる?」

 

 巫女が氷狐を呼び、呼ばれた氷狐は巫女に抱きつく。それを見た天狗が慌て、白黒がつっこむ。

 

 他愛もない日常……だけど、人間と妖怪がその日常を作り上げているとなれば、それはもう一つの奇跡。あっという間に壊れそうな、だけど壊したくないと思う。

 

 「待ちなさい巫女。氷狐は渡さないわ……団子の意見を聞くまではね!」

 

 「なっ!? 氷狐は関係ないでしょうが! 氷狐を放せ!」

 

 「ふふふ、放すのは意見を言った後よ」

 

 そんな日常に……私も入りたいと思った。

 

 

 

 

 

 

 「今のうちよ天狗」

 

 「はい! さあ氷狐、みたらしと三色、どっちが美味しいですか?」

 

 「うー……! う!」

 

 「「なぜここでリンゴを取り出した」」

 

 「っていうかどこに持ってた……あ、かごの中のリンゴがない」

 

 「団子よりリンゴってことね」

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