氷狐が倒れた日から5日……私は、迷いの竹林にある永遠亭という場所に来ていた。その理由は、ここに彼が入院しているから。
あの時、この場所に来た私たちは永琳という医者に氷狐を託し、メディスンを残して一度帰った。異変が終わった翌日に来て氷狐の可愛らしい寝顔を見た時は安堵の息が漏れた。
彼が倒れたのは、私の予想通りメディスンと共に過ごすうちに強くなった鈴蘭の毒のせい。彼女の能力である“毒を扱う程度の能力”のおかげで通常よりも早く解毒剤ができ、もう何も心配はいらないらしい。ただ、毒の影響で身体機能に少し異常が出ており、少しの間入院が必要なんだとか。この説明を受けた時、巫女といつの間にかいた賢者が妙に悔しがり、医者の永琳が妙に嬉しそうだったのが印象的だったわね。
そんなことを思い返しながら氷狐のいる病室に入った私が見たのは……。
「あんた誰よ」
「氷狐の友達のメディスン・メランコリーよ。あんたこそ誰よ」
「氷狐の親分のチルノよ」
「友達じゃないのね。だったら邪魔だから帰りなさいよ」
「うっさいわね、子分の面倒を見るのも親分の仕事なのよ」
メディスンとバカで有名な氷精がバチバチと火花を散らしている光景だった。ベッドの上で氷狐は上半身を起こした状態でいがみ合う二人を見て苦笑いをしている。
この5日の間、氷狐にはこうしてお見舞いに来る人が沢山いた。毎日来ているのは私と巫女、賢者。他には今ここにいるメディスンに氷精、吸血鬼とその従者に賢者の式神に化け猫、椛、白黒、里の守護者くらいね。他にも来ているらしいけれど、私が会ったのはこれくらい。
今の時間は昼……巫女は朝と夜の2回くるらしいのでどれだけ溺愛しているかが分かるわね。永琳も付きっ切りで氷狐のことを看病していたみたいだし。
因みにメディスンは今回のことをきっかけとして永琳に解毒薬を作る協力をしている。これによって様々な種類の薬が作れたと永琳が語っていたのを偶然聞いた。
それはさておき、そろそろ殴り合いに発展しそうな子供の喧嘩を止めるとしましょうか。氷狐はまだ病人……病妖なのだから。
あれから更に数日が経ち、氷狐が退院した翌日に博麗神社で宴会が行われた。名目は異変解決ではなく、氷狐の退院祝い。
色々と知らないメンバーもいるけれど、参加している殆どはお見舞いに来ていた妖怪に人間ね。因みに、私は宴会に参加したのは初めてだったりする。あるのは知っていたけれど、関係のない私が入るのは……と思っていたしね。
でも、それは間違いだったわね……妖怪として。こんなに楽しいなら、勝手に参加していればよかったわ。
「待て待てー!」
「うー♪」
「にゃー♪」
「チルノ! フランの前に仁王立ちして!」
「におーだち?」
大人組や年長組がお酒を飲み交わす中、氷狐と吸血鬼の妹、化け猫、氷精、メディスンのちびっこ組は仲良く追いかけっこをしている。吸血鬼の妹……フランでいいか。日傘を差しながら飛んでいるフランが鬼で他4人は逃げる役。
子供特有の無邪気な笑顔が振りまかれ、私たち見ている者を和やかな気分にさせてくれる。視界の隅にいる、あの中に入りたそうにウズウズとしているフランの姉も、とても微笑ましい。
「初めての宴会はどうかしら? 独り暮らし」
「あなたの言葉を軽く流せるくらいに楽しませてもらってるわよ。それから、私はもう独り暮らしじゃないの」
いつの間にか隣にいた賢者の毒を軽く流し、余裕の意味を込めて賢者を横目に見ながら小さく笑ってやる。
実はあの自然現象以来、メディスンが私の家に住むようになった。鈴蘭の花を全部持ってくることは出来なかったけれど、幾つかを花壇に移動させることで彼女が無名の丘を離れても大丈夫なようにした。数本だけなのと外にあるから私が毒に倒れる心配はないし、透明なビニールシートを空間に余裕を持たせてかけることで他の花たちにも影響はない。
寂しかった家が、明るくなった気がした。
「そう……それじゃあ、もうあなたを独り暮らしとは言えないわね」
「あんまり残念そうじゃないわね」
「ええ、むしろ喜ばしいわ。あなたの友人としては……ね」
「……は?」
いきなり変な言葉が聞こえた気がした。思わず素っ頓狂な声が出てしまったじゃない。
賢者の顔を見てみれば、口元を扇子で隠しているのでその表情を知ることは出来ない。ただ、どこか恥ずかしそうにしているように見えた。
「……笑えない冗談ね」
「酷いわ冗談なんて。これでも、知り合い以上友達未満くらいには思ってたのよ?」
「それって友達じゃないんじゃない?」
「ええ。でも、今こうして一緒にお酒を飲んでいるんですもの……ダメかしら」
いつもの胡散臭そうな雰囲気は今の賢者にはない。それが逆に胡散臭いのだけれど。
それにしても……“知り合い以上友達未満”か……なかなかうまい言い方だと思う。お互いのことを知ってはいても、会えば口喧嘩にスペルカードによる戦い。毒がその口から吐かれなかったことはなく、私の孤独を突いてくる嫌な奴。
そうは思ってるのに、嫌なら無視すればいいのに、なぜかそうするつもりにはならなくて。孤独に押しつぶされそうになって、悲鳴でもいいから人の声が聴きたくて人間や妖怪を襲って……いつしかフラワーマスターなんて呼ばれて恐れられていた私。
ただ会話がしたかった私に聞こえてくるのは悲鳴と怨嗟の声。それに慣れてしまって、他の言葉を聞きたくて、また襲って……そんなことを繰り返していた私と、初めて“普通”に会話をしてくれたのは……ほかでもない賢者。
そんな懐かしいことを思い出し、私は手にしているワイングラスの中の果実酒を飲み干した。
「……ねえ」
「なにかしら」
「注いでくれないかしら……“紫”」
「……どうぞ、“幽香”。私にも注いでくれるかしら?」
「いいわよ」
差し出したワイングラスに、紫が持っていた赤ワインを注いでくれる。差し出されたワイングラスに、私が持っていた葡萄の果実酒を注いであげる。
トクトクと音を立てて注がれていく綺麗な濃紺と真紅。私たちは同時にグラスを顔の位置まで持ち上げ……カチンと互いのグラスを小さく当てて綺麗な音を奏でた。
「「乾杯」」
今日は、良き日だ。
彼岸花が咲き乱れる彼岸のとある場所に、私こと四季映姫はいた。目の前にある三途の川の向こうでは、今頃あの子狐の妖怪の退院祝いの宴会が開かれている頃だろう。
結局、あの妖怪……氷狐を亡き者にすることは叶わず、ただ苦しませるだけの結果となってしまった。閻魔という役職上、自分から手を出すことは出来ないのでまた運が味方に付くのを待つしかない。
「あれ? 映姫サマがここに来るなんて珍しいですね」
「小町……その口元の涎のあとはなんですか?」
「うぇあ!? こ、これはですねー」
私に声をかけてきたのは部下である死神、“小野塚 小町《おのづか こまち》”。なかなか優秀ではあるのですが、サボり癖があるのでよく私に説教をされています。
見たところ、またサボっていた様子、これは説教をしなければ……と思いましたが、今はそんな気分ではありません。
「……あれ? 説教はしないんですか?」
「今はそんな気分ではありません。……代わりに、少し質問に答えてもらいます」
「これまた珍しいですね。どんな質問ですか?」
「もしも限りなく無害な存在が世界を滅ぼしかねない力を持っていた時……あなたならどうしますか?」
私の質問を聞いて、小町は考え込んだ。この存在とは、当然氷狐のこと。
彼がどれだけ無害であり、同時にどれだけ怖い存在かを私は知っている。オモイ一つでほぼ何でもできる能力……子供ゆえの残酷さでその力を使ってしまったとき、どうなるのかなんて私には想像がつかない。
永遠にそんなことにならないかもしれない。逆に、1秒後には幻想郷が滅びてしまうかもしれない……そんな危険な能力。いつそうなってしまうのか、私は常に戦々恐々としている。
だから……彼が“こちら側”にきてくれるように願った。閻魔として間違っているであろうこの考え。でも私にとってこの選択が絶対であり、正義。例え巫女たちから憎まれたとしても、私は胸を張れる。
「映姫サマ。その存在は限りなく無害なんですよね。具体的にはどんな存在なんですか?」
「そうですね……妖怪ではありますが、中身は普通の子供です。母親のような存在や兄弟のような存在にも恵まれ、時に人の心を救うような優しい存在ですよ。……優しい……存在です」
過去、閻魔になる前の私は普通の地蔵だった。どこにでも立っているような、ごく普通の。いつからか私には自我が芽生え、動けない私の楽しみは私の前を通り過ぎていく存在を見ることだった。
それも数年も続けば飽きてしまい、いつしか私は自分で動けるようになりたいと思い始めた。だけど所詮は意思だけが宿った地蔵……雨風に晒されても動くことは出来ず、願いは叶うことはない。世界は、そんなに優しくないのだから。
だけど……彼は優しかった。
彼と出会ったのは雪の降る寒い冬のある日。青い髪と尻尾を揺らしながら、私の頭に乗る雪を退けて大きな葉っぱを被せ、目の前にリンゴを置いてくれたことを今でも覚えている。
更には、今で言うマフラーのようなものまで巻いてくれた。……暖かった。何も感じないハズの岩の体が、確かに暖かさというものを感じた。
お礼がしたい……でも動くことができないからそれは出来ない。その時、私はもう一度“自分で動きたい”と強く願った。
そして、願いは叶った。岩だった体は肉を持ち、寒さを感じ、果実の甘みを感じた。だけどそれが起きたのは彼と出会った翌日……お礼をすることは出来なかった。
だからこの幻想郷で彼を……氷狐を見つけたのは運命だと思った。そんな私が今ではお礼どころか命を狙っているのだから……人生とはままならないものですね。
「なんだか思いが籠ってますねえ映姫サマ」
「そんなことはどうでもいいのです。で、答えは?」
「そうですね~……ま、どうでもいいんじゃないんですか?」
「……人の話を聞いていましたか? その存在は世界を滅ぼすかもしれない。そんな存在を放っておけと、あなたは言うのですか?」
「いやだってですね、そいつは優しいいい奴なんでしょ? そんな奴が世界を滅ぼすだなんだと言われても正直ピンと来ませんって。全部可能性の問題ですし、映姫サマの言うこともわかるんですが……そんな暗いことばっかり考えてるのもよくないですよ。そんだけいい奴なら死んだら悲しむ奴もいますし……それから気づいてますか? 映姫サマ」
「……何がですか」
「映姫サマ、さっきからずっと泣きそうな顔してますよ?」
小町の言葉に体が硬直する。泣きそう? 閻魔大王であるこの私が?
……そんなこと、とっくの昔に気づいていましたよ。泣きそうどころか、心の中ではずっと泣いていました。
こっそりと永遠亭に氷狐のお見舞いに行った時、ぐっすりと眠る彼の寝顔を見て思わず笑みが零れた。軽く頬を触ると擽ったそうに身をよじる彼を見て、胸の中が幸せであふれそうになった。
同時に、自分がどうしようもなく醜いと思った。僅かでも滅びの可能性があるからとはっきりと命を奪うと決めた私の行動が、私の願いを叶えてくれた恩を仇で返すその考えが、それが幻想郷のためだと自分に言い訳をするその思いが、醜く思えて仕方なかった。
ごめんなさいと、聞こえるはずのない彼に向かってつぶやいたことは1度や2度なんかじゃ全然きかない。巫女たちに憎まれるのはいい。でも、彼には憎まれたくないと都合のいいことだって考えた。
私は卑怯者です。彼を殺すだなんだと思い、口にしながらも自分の心ばかり守ろうとしている。巫女に平等だなんだと言いながら、私は危険だからと寿命を無視して彼をこの彼岸に来させようとしている。これでは仮に彼が来たとしても……合わせる顔がない。
「映姫サマ」
「……なんですか、小町」
不意に、小町に強く抱きしめられた。私の貧相な体とは違うふくよかな体に嫉妬しそうになるけれど……それ以上に、なぜか安心感に包まれた。
不思議と鬱屈していた心も落ち着く……私は意外と単純なのかもしれない。
「映姫サマが何を思ってあんな質問をしたのかはあたしにはわかりませんが……あんまり独りで思いつめないで下さいよ。そりゃああたしも頭がいいって訳じゃないですが……一緒に考えて、より良い答えを出す手伝いくらいはしますから」
「……危険なんですよ。排除する以外にどんな方法があるんですか」
「少なくとも、映姫サマがそこまで悲しむような結果にならないようにします。答えを出します。二人でダメなら3人で、3人がダメなら4人で……そうやって考える頭を増やしていけば、案外いい案は出るもんですって」
「それでもダメならどうするんですか……? 誰にも聞き入れてもらえなかったら……」
「あたしが映姫サマと考え続けます。絶対あたしは映姫サマに独りで考えさせたり、辛い思いをさせたりしません。もう知っちゃいましたから、嫌と言っても付き合いますんで」
ニッと頼りがいのある笑みを浮かべる小町に釣られ、私も小さく笑みを浮かべたことを自覚する。そんなことを言われてしまっては、同性であるにもかかわらず惚れてしまいそうだ。
なんだか、何とかなる気がする。排除だとか、殺すだとか、そんな物騒なことをしなくても危険をなくす……そんな奇跡のような方法がある気がする。
小町となら見つけられるだろうか。八雲 紫や八意 永琳等の知識を借りれば、その奇跡《オモイ》を現実《カタチ》に出来るだろうか。
ただ……もう少し様子を見てもいいかなと……私は考えを改めることにした。
「永琳、“うちの子”を長いこと預かってくれてありがとう」
「いえいえ、こちらとしても“今後のため”になってちょうどよかったわ」
「誰が紫の子だって? 氷狐はうちの子よ」
「今後のためか……なら、氷狐を今後の為に寺小屋に……」
「ねえ幽香。巫女たちは何を話しているの?」
「うー?」
「……近づいちゃダメよ。特に氷狐はね」
今回は半分以上が映姫の話になってしまいましたね。サブタイトル仕事しろ。
またもや捏造設定が出ましたが、あらかじめ注意していますので何も言いません。
さて、次回からはまたオリジナルパートを予定しております。お楽しみに。