ご希望に添うことができたかはわかりませんが、楽しんでいただけたら幸いです。
アンケートの方は4話分書ききるまで続けます。連投大歓迎ですので、引き続き沢山のご意見お待ちしております。
これは、ごく普通の日常の中に、ちょっとした非日常が混じったお話である。
「ん……」
早朝、八雲 紫は心地良い暖かさの中で目が覚めた。寝ぼけた頭ではまだ現状をはっきりと認識できてはいないが、誰かに抱きつかれているということは理解できた。
誰かに、とは言っても紫と一緒に寝るのは子狐の妖怪、氷狐だけなので必然的に氷狐が抱きついていることになるのだが。
「……まだ起きていないなんて珍しいわね」
この八雲家では起きる順番が大体決まっている。八雲家の家事を一手で担う藍が最初に起き、次点に氷狐。その後氷狐が橙を起こし、紫は時に自力で、時に藍に起こされるのがいつもの流れであった。
だが、今回は珍しく紫は早起きをしたようだ。外はまだ白んだばかりであり、氷狐はおろか藍すらも起きている様子はない。早起きではなくフライングの勢いだった。
「ふふ……隣に氷狐がいる時に起きるなんて初めてじゃないかしら」
なぜか少し得した気分になり、紫はまだ眠っている氷狐の頭を撫でる。嫌がられながらも藍が橙と一緒に3人でお風呂に入っているせいか、その綺麗な青い髪はサラサラとしていてとても撫で心地がいい。初めて氷狐と一緒に入ろうとした時は妙に嫌がられて酷く傷ついたなぁ、とは紫の苦い思い出。
しばらく氷狐の髪を撫でていた紫だが、ふと違和感を感じた。記憶の中にある彼の髪の長さはせいぜい首の上あたりまでだったはず。が、今紫の手がある位置は背中のあたり……髪の感触は、まだある。
思えば、今自分を抱きしめているであろう彼の手は妙に大きい。それに、こんなに力強くはなかったはずだと、痛みではなく安心感を感じながら紫は思う。
やがて意識は覚醒を始め、ぼやけていた視界は鮮明に目の前の風景を写し始める。そこで紫が最初に見たものは……。
見覚えのある青い髪と、寝顔にあどけなさを残す見知らぬ青年だった。
「いきなり叫び声を上げられたので何があったかと思えば……あの青年は誰ですか? どこかで見たような気はしますが」
「見知らぬ青年が同じ布団にいたらそりゃびっくりするわよ。どこかで見たような気はするけれど」
居間でテーブルを挟んで対するように座りながら、紫と藍は台所へと目を向ける。そこにいるのは、先ほどまで紫を抱きしめながら眠っていた青年と、藍の式である橙の姿。
いや、本当は彼女たちもあの青年が誰かなどとうに気が付いているのだ。が、それを口に出すのはあまりに非常識であると思い、口には出せずにいた。自分たちが妖怪などという非常識な存在であることを棚に上げて。
「橙ー醤油とってー」
「はい、氷狐」
「ありがとう♪」
「いえいえー♪」
((やっぱりかああああ!!))
ここは幻想郷、常識などあるはずもなかった。というわけで、今回のお話は……氷狐がなぜか青年になってしまったという……そんなお話である。
【いただきます】
いつものように4人で食卓を囲み、ちょっと違う風景に違和感を感じつつ紫は箸を進める。その目は、他の3人にへと向けられていた。
まずは藍。紫と同じように周りをチラチラと確認しながら食べ進めている。やはり今の食事風景に違和感を感じているようだ。次に橙。2人のように周りを見ることはなく、笑顔のまま食事を続けている。そして氷狐……なぜか青年となっている彼もまた、橙と同じように笑顔のまま箸を進めていた。
全員を確認したところで、紫は改めて氷狐を見やる。頭にはちゃんと青い毛並みの狐の耳が生えており、同色の髪は腰ほどまでの長さある。尻尾の数は変わらず一本だけなので、体が大きくなった分妖力も増えた、ということではないらしい。感じる妖力も、子供時のものと比べて何ら遜色はない。
そしてその顔だが……何と言えばいいのだろうか。漢の顔……などというものではなく、少年というほど幼い顔つきでもない。カッコいいと言えばカッコいいのだろうが、綺麗だと言えば綺麗だろう。絶世の、などという言葉があるが、それほどか? と聞かれれば否と答える。
何か言葉を付け加えるとするなら、“純粋”。無垢な子供がこの世の不条理や社会の裏などを知らないまま、愛し愛され続けてきたならこんな顔になるのだろうという、子供の愛らしさと大人の雰囲気が共存した“純粋な青年”……紫が考えた末に出した結論がこれだった。
「氷狐。お茶のお代わりをもらえるかしら」
「うん。はい、紫」
「っ!? あ、ありがとう……」
少し低くなった声で名を呼ばれ、紫の心臓がドキリと跳ねる。お礼を言えば子供の時と変わらぬ笑顔を向けられ、彼女の心臓はまた大きく跳ねた。
顔を赤くしてお茶を飲む紫の姿に、氷狐と橙は不思議そうに首を傾げ、藍はため息を1つ吐く。が、藍自身も顔が赤く染まっていることを、彼女は気付かなかった。
「紫、大丈夫? 顔赤いよ?」
「だ、大丈夫よ」
「藍様もお顔が赤いですよー?」
「だ、大丈夫だよ橙」
「「……?」」
いつもとは少し違う朝食を終え、氷狐はいつものように紫にスキマを開いてもらって妖怪の山へ来た。以前に犬走 椛と出会って以来、紫にはいつも妖怪の山の椛の警備範囲内に送ってもらうようになっていたのだ。
そしてこの時間になれば椛自身も氷狐がこの場所にいるということを分かっていたため、彼女はいつも氷狐が来るよりも先に来ている。今日も当然彼よりも早く来ていた。
「おはよう氷……」
「椛! おはよう♪」
目の前の笑顔で自分の名前を呼ぶ青年姿の妖怪は誰だと、椛は僅かに目を見開いた表情で心のうちで叫んだ。この場所を知っているのは送り迎え担当の紫と自分、そして氷狐の3人のみ。なぜこの妖怪が知っていて、自分の名前も知っているのか……と考えた椛だが、妖怪の姿をよーく見てその答えを得た。
頭の青い毛並みの狐耳とお尻の尻尾、青い髪は長くなっているが、それらの特徴を持つ妖怪は1匹しか知らない。つまり。
「……氷狐?」
「うん? そうだよ?」
今度こそ、椛は本当に叫び声をあげた。
「なぜ大人の姿なんだ?」
「う?」
すっかり自分よりも高くなってしまった氷狐を見上げながら、椛はそう問いかけた。椛は、氷狐という妖怪はあの子供の姿で完成している妖怪だと思っていた。なので、今の氷狐の姿は信じられないものがあるし、そもそも昨日まで子供だったのに次の日には青年になっていたなどと誰が予想できるだろうか。非常識な存在が集まる幻想郷だが、この現象はあまりに非常識すぎる。
上司なら喜ぶだろうなあなどと考えていた椛だが、不意に先ほどまで隣にいた氷狐の姿がないことに気付いた。どこに……と後ろを振り返ってみれば、自分のすぐ後ろで考え込んでいる彼がいた。
「うーん……わかんないや」
どうしたと椛が聞く前に、苦笑いをこぼしながら氷狐がそう答えた。どうやら先の椛の問いを考えていたらしい。
椛も苦笑を浮かべ、そうかと一言だけ返す。そこからはいつものように二人で山菜と果物を捜し歩き、氷狐が慣れたように良いものを採っていく。子供のときには採れなかった低くも高い位置にある果物を採った時の氷狐の顔はとても嬉しそうだったと椛がつぶやくと、氷狐は少し恥ずかしそうに笑った。
その姿を見た椛もまた紫同様に心臓を大きく跳ねさせたが、それを表情には出さない。
ある程度集まったところで氷狐は人里へと向かい、椛は巡回があるので氷狐を山の麓まで送り届けた後に別れた。姿が見えなくなるまで彼を見送った椛は空へと上がり、自分の警備範囲を飛び回る。
「……大人になるとああなるんだ」
何を思ってその言葉を口にしたのか。それは、椛本人にしかわからない。
「おばちゃーん」
「いらっしゃ……おんやまあ、子狐ちゃんかい? 随分と大きくなったねえ」
いつもの時間にいつもの八百屋にやってきた氷狐。その氷狐を見た店主の反応は、数年ぶりに孫に会った祖母のようなものだった。なんの違和感もなく青年を氷狐だと受け入れたのは、年の功というものだろうか。
少しの談笑を交えながら採ってきたものを売り、資金を得る氷狐。その資金を手に彼はいつものように甘味処へと向かい、長椅子に座って団子を頼む。その際に店員のお姉さんも青年を一発で氷狐だと分かったのは言うまでもないだろう。
出てきた団子は三色団子とみたらし団子を三本ずつ。少々量が多いが、体が大きくなっている氷狐には丁度いい数だった。
1本目、三色団子を頬張る。鮮やかな桃、深緑、白の三色の団子はそれぞれ僅かに甘みが違い、何度食べても飽きさせない。見た目の色合いのせいか、子供に大人気である。
2本目、みたらし団子を頬張る。三色よりも強く、かといってしつこくない甘みは食べる者を笑顔にさせる。透き通るような琥珀色の蜜のかかったシンプルな白い団子も見る者を魅了する美しさ。見て良し食べて良しの逸品である。
3本目を口にしようとした時、氷狐の視界の隅に見慣れた白黒の服を着た少女が映った。どう見ても霧雨 魔理沙である。その目は氷狐が持つ三色団子に向けられているため、また盗る気なんだということは彼にも分かった。
また盗られるのかなあと悲観した時、魔理沙の気配が自分の前で止まったことに気づいて彼女に目を向ける。その目に映ったのは、なぜか困惑の表情を浮かべている魔理沙だった。
「氷狐……なわけないよな。でもその髪色と耳と尻尾は……」
どうやら魔理沙は今の姿の氷狐を彼だと疑っているらしい。疑うも何も青年は氷狐であるし、別に欺くために青年の姿になっているわけではないのだが。
不意に、氷狐の子供心から来る悪戯心に火がついた。いつも魔理沙には泣かされているのだし、少し意趣返しをしよう……要するに悪戯してやろうと考えた氷狐は魔理沙の目の前に持っていた団子を差し出す。
「食べる? お嬢さん」
「へ? あ、くれるなら貰うぜ」
ラッキー、と嬉しそうに笑いながら氷狐の隣に座りながら三色団子を頬張る魔理沙。美味しそうに食べている魔理沙に氷狐は顔を寄せ、耳元でこんなことを囁いた。
「あ、それ僕が口をつけたやつだった……これって間接キスってやつかな?」
「は? え? ……ーっ!?」
いきなりそんなことを囁かれ、実は乙女な魔理沙の顔が真っ赤に染まる。気がつけば肩に手を回されて向かい合う体勢になっており、お互いの顔は吐息がかかるほどに近い。
あまり男性との付き合いがない魔理沙にとってこの距離はあまりに近い。先の囁きのこともあり、冷静な思考など今の魔理沙にできるはずもなかった。当然、慌てる彼女を見てニヤけている口など見えているはずもない。
「どうしたの? そんなに恥ずかしかったかな? それとも、間接じゃイヤだった?」
「お、おま、何言って!」
「ふふ……」
「ーっ!?」
幻想郷では見ない、いわゆるオトナの顔。そんな顔をした相手に指先で自らの唇を優しく撫でられ、ただでさえ赤い魔理沙の顔は羞恥で更に赤くなった。
どこか妖しい笑みも彼女の目には魅力的に映り、自分が口の割に嫌がっていないことに気付いた。気がつけば魔理沙は自然と目を閉じており、徐々に氷狐の顔も近づいていく。
そして、お互いの唇が重な……。
「こーら、それ以上はダメよ氷狐」
る前に、氷狐は声の主によって魔理沙から引き離された。
「霊夢?」
「そうよ。なんのつもりかは知らないけれど、“それ”はダメ」
声の主は博麗 霊夢。霊夢は氷狐の腰に回していた手を離すと、未だに目を閉じている魔理沙の頭を引っ叩いた。
「いてっ! あれ、霊夢じゃないか……」
「何をあからさまに残念そうな顔をしとるかお前は。そんなに氷狐と接吻をしたかったのかしら?」
「は? 氷狐? どこに……まさか」
「そのまさかよ。あんたが今接吻しようとしてた相手が氷狐よ」
「あはは、分からなかったでしょ」
呆れたようにため息を吐く霊夢と無邪気に笑う氷狐を交互に見て、魔理沙はしばらく魂が抜けたように真っ白になる。
そして霊夢の言ったことを理解し、先の自分の行動を思い返した魔理沙が取った行動は……。
「じ、じじじ、じゃあな!!」
顔を再び真っ赤にして、箒に跨って全速力でこの場から飛び去ることだった。
魔理沙を見届けた後、残った団子を食べた氷狐と霊夢はいつものように博麗神社へと来ていた。
二人は縁側で座りながら緑茶を啜り、湯呑みの中が空になると特になにをするでもなく、これまたいつものように霊夢は氷狐に膝枕をする。霊夢に頭を撫でられてご満悦の彼を見て、彼女自身も笑みを浮かべた。
なぜ彼女が青年を氷狐だと分かったかと聞かれれば、躊躇いなく勘だと答えるだろう。そんな霊夢の勘でも分からないことがあった。
「氷狐。接吻なんてどこで知ったの?」
「せっぷん?」
「外ではきす、だったかしら」
「あれ? あれはフランが持ってきた本に載ってたよ」
よし、フラン殺す。霊夢の頭の中は一瞬にしてその言葉で埋め尽くされた。気分は大事なものを汚された感じである。因みに、先ほどの氷狐の言動や行動もその本に載っていたことである。
つまり、氷狐は本に載っていたことをしただけであり、それがどのようなものかは知らないのである。
「……とりあえずフランには今度夢想封印ね」
「う!? なんで!?」
「なんでもよ。ねえ氷狐、きす、っていうのはね、本当に心から好きな相手にしかしちゃいけないし、誰にでもやっていいものでもないのよ?」
「そうなの?」
「そうなの。わかった?」
「うん……ごめんなさい」
霊夢に諭すように言われ、氷狐の耳と尻尾はシュンと垂れ下がる。大人の姿になっても氷狐は氷狐のままだと分かり、霊夢は微笑ましさと安心感から小さく笑みをこぼす。
……が、それは次の氷狐の言葉で消えた。
「じゃあ、霊夢にはしていいのかな」
「……は?」
いつの間にか、霊夢は氷狐を見上げていた。別に不思議なことではない。ただ、氷狐が霊夢を押し倒しているだけである。
とは言っても中身は所詮子供、その行動が色欲から来るものなどではない。この行動も、この体勢も、すべては本の知識だ。どのような本かは大雑把に予想していた霊夢は、今後の展開も当然知識としては知っている。
ゆえに、その顔が羞恥から赤く染まることは仕方ないものだった。
「はえ!? ちょ、氷狐!?」
「霊夢」
慌てる霊夢をよそに、氷狐は甘く彼女の名前を呼ぶ。その顔は子供などとは到底思えないオトナの顔。これも本の内容を真似ているだけなのかは、今の霊夢にはわからない。
「れいむ」
もう一度、彼は彼女の名前を呼んだ。バクバクと今まで生きてきた中で一番心臓が早鐘を打っている状況に、霊夢はこれが緊張しているということなのかとどこか客観的に見ている自分に気付いた。
人里で魔理沙にしたように徐々に顔を近づける氷狐……その顔は真剣そのものであり、間違っても冗談ではないことは一目でわかった。早くなる鼓動は収まる気配を見せず、霊夢自身も体験したことのない状況に限界が近かった。
「れーむ……だいすき」
その言葉を最後に、霊夢の頭は臨界点を突破した。
はっと、霊夢は目覚めた。空は茜色に染まり、現在の時刻が夕方であることはすぐに分かった。
上半身を起こして下を見てみれば、そこには自分の膝を枕にして眠っている子供姿の氷狐。
「……夢……だったのかしら」
だとすればなんと恥ずかしい夢をみたのだろうかと、霊夢は自己嫌悪した。ただ、やけに夢の内容がハッキリとしていて現実味があるのが気にはなったが。
何気なく氷狐の髪を撫でると、擽ったいのか耳がピクリと跳ねた。微笑ましく癒される光景に、自己嫌悪していた霊夢の心がどんどん安らいでいく。
「だいすき……ねえ」
異性のそれではなく、家族や友人としての好意。それだけのはずなのに、夢の中の話なのに、妙にその言葉が頭に残っている。
不快感はない。むしろ幸福感に浸っている。しかし、恐らく夢のようにはならないだろうと思った。
ただ……。
「私も大好きよ」
もう一度、あの青年を見たいと……霊夢は思った。
どこまでが夢で、どこまでが現実だったのか……それを知る者は幻想郷にはいない。
だが、霊夢が夢を見た翌日からしばらくの間、氷狐を見て赤面した存在が何人かいたそうな。
『フランを出しなさい!! 出せこらああああ!!』
「フラン! あなた霊夢に何したの!? あんなに怒るなんて一体どんなとんでもないことを……」
「わたしは何もしてないよ?」
「で、でもあんなに……ああ!? 美鈴がやられた!? フラン、今すぐ霊夢にあやま……ってどこに行くの!?」
「この本を氷狐と一緒に見るの♪」
「本? タイトルは……愛憎と肉欲の宴? ってこれ18禁って書いてあるじゃない! 年齢的にはOKだけど私たちは見た目的にアウトよ!! こんなものを氷狐に見せてどうするの!?」
「逆光源氏計画!」0