タイトルで予想できると思いますが、閲覧注意と言っておきます。耐性のない人は確実に気分を害されますので読まれます際には自己責任、尚且つ覚悟してくださいね。
雨の降る、周りも気分も暗い日のことだった。
どこで間違ってしまったのか……霊夢は血まみれで横たわる子狐の妖怪の亡骸を眺める。
その頬を伝うのは、涙。後悔と、怒りと、喪失感を漂わせるその雫を流す彼女の顔は、恐ろしいほどに無表情であった。
「……ごめんね……ごめんね氷狐」
願いが叶うなら、霊夢は過去をやり直すことを願うだろう。そして、それを叶えることができる存在が目の前にいる。しかし、霊夢がそれを願うことはもう、ない。
どうせ何をやっても、彼を生かす方法はないのだから……そう思っても。
彼女は……また繰り返す。
これは、あくまでもIF《もしも》のお話。
きっかけは恐らく、氷狐が妖怪の山へいつものように山菜を採りに行った時。その日、椛は朝早くから上司に絡まれてしまい、いつも氷狐が来る場所に時間通りに来れなかった。
時間通りにその場所にやってきた氷狐は椛が来るまで待っていた。しかし、いつまで経っても待ち人は現れない。そして、それは唐突にやってきた。
「グルルルルゥゥ……」
「う!?」
現れたのは、一匹の狼の姿をした妖怪。その体は傷だらけで、先ほどまで戦闘をしていた、または攻撃を受けていたということは幼い氷狐にもすぐに分かった。
その狼の妖怪は、氷狐を見ていた。獲物を見つけたというような、文字通り肉食獣の目。その目を直視してしまった氷狐は尻餅をついてしまい、その青い瞳に涙を浮かばせる。
食べられる。そう思ったのは元が動物故の本能だろうか。ガタガタと体は震え、とても逃げられる状態ではない。仮に逃げたとしてもすぐに追いつかれてしまうだろうが。
やがて、その時は来た。大口を開けて飛びかかり、その巨体で氷狐に覆いかぶさる妖怪。後数秒もすれば、その口周りは鮮血に染まることだろう。
もうすぐ終わる。本能的にそれを悟った氷狐は、身動き一つしない。涙もいつの間にか止まり、その表情は無表情と呼ぶべきものに変わっていた。
死にたくない、ただそう思った。その直後に、彼の体が言いようのない感覚に包まれた。何かが湧き上がるような、何かを思い出すような感覚。突然の感覚に氷狐は怯えることはなく、自らにとって自然なものであるように思えた。
そこで彼は本能で理解した。“そういうコト”への能力《チカラ》の使い方。自らも肉食獣であるという事実。幼さから来る無邪気な破壊衝動。妖怪としての、本能。お肉を食べたい、コレを壊したい。そんな感情に支配される。
だから、思考し《オモッ》た。
-死んじゃえ《コワレチャエ》-
それから数分後、椛が到着して見たものは……血まみれの姿で自分に笑いかける氷狐の姿。
その手には何かの肉の塊が掴まれ、聡明な椛は何があったのかを瞬時に理解した。理解してしまった。
氷狐が何モノかに襲われ、それを殺害した。ただそれだけのこと。そして、それをさせてしまったということ。
椛が感じたのは、己の無力さ。なぜこんなことになってしまったのか。なぜこんなことになっているのか。ここは椛の警備範囲内……その何モノかがいたということは、見逃していた……つまり、自らの力不足に他ならない。
罪悪感と、後悔と、情けなさに苛まれる椛の目からは涙が零れる。感じる負の感情は、嫌が墺にも椛の心を蝕んでいく。だが、それ以上に。
「もみじ。うー♪」
変わらない無邪気な笑みを浮かべる子狐が、どうしようもなく怖かった。
何かが変わったと、慧音は氷狐を見ながら思った。
いつの頃からか、氷狐は山菜の他に何かの肉を持ってきて八百屋以外に売るようになった。人里にやってくる時間も心なしか遅くなったし、山菜の質も落ちたような気がする。
変わらないのは、売った後に団子を食べること。その後に神社に行くこと。甘味処で繰り広げられる魔理沙とのケンカも変わらないし、時々寺小屋に来て子供たちと遊ぶことも、なんら変わらない。
何が変わったのか、今目の前で魔理沙と団子でケンカしている氷狐を見ながら考える。そこで、一つの違和感に気づいた。
(普段のケンカの時……氷狐はこんなにも荒々しかったか?)
慧音の記憶では、二人がケンカした時は精々少し噛み付いたり少し引っかいたりする程度。しかし、今目の前で行われているケンカでは、魔理沙の腕には血が流れるほどの引っかき傷が出来てしまっている。
何よりも……彼の表情が憤怒に染まっていた。普段なら、ここまで怒りを露にはしない。これではまるで敵意を抱いているかのようだ。その形相に、あの魔理沙ですら怯えてしまっている。
「ひ、氷狐? なんでそんなに機嫌が悪いんだ?」
「うぅぅぅぅ……!」
機嫌が悪いのはお前が団子を盗ったからだと言いたいが、これはいつものような微笑ましいケンカとは訳が違う。方や腕から僅かとはいえ血を流し、方や文字通り牙を剥いている。
おかしい。ただそれだけが慧音の思考を埋め尽くす。何がおかしいのか……それは氷狐。では氷狐の何がおかしいのか。変わり始めたのはいつだったか。そう考えてはみるが、人里以外では交流する機会が少ない慧音では答えを出せなかった。
その日のケンカは、霊夢が力ずくで止めたことで終わった。
その日、永琳は非常に機嫌がよかった。なぜだと聞かれれば、それは氷狐が永遠亭に来たからだと答える。
一緒に住んでいる紫や毎日のように会える霊夢とは違い、迷いの竹林の奥にある永遠亭に住む永琳は氷狐と会うことは少ない。たまに診察や置き薬の点検と集金として人里に鈴仙と共に向かうこともあるが、それでも出会う可能性は低かった。
さらに言えば、健康的な生活を送っており、病気にかかっても自分の能力でほぼ無意識に治してしまう氷狐がこの永遠亭に来ることは殆どない。今回ここに来ているのは、その殆どの部分の話だ。
今は氷狐と共に休憩を兼ねて日向ぼっこの最中である。この時間を邪魔しようものなら、その存在は数瞬で矢にその身を穿たれるだろう。
「静かね……」
「すー……くー……」
「あらあら」
気がつけば、いつの間にやら氷狐は眠ってしまっていた。永琳は聖母のような笑みを浮かべ、その綺麗な青い髪を撫でる。
サラサラとした髪はとても肌触りがよく、ずっと撫でていたい気持ちにさせられる。永琳は今まで撫でられなかった分楽しもうと、やんわりと優しく撫で続けていた。
その時、青い髪の中に赤い糸が混じっていることに気づいた。ゴミと思って永琳がその糸を手に取って持ち上げると、その糸から鉄のような臭いがした。
「これは……血?」
赤い糸だと思って手にしたそれは血に染まった何かの毛であることに気づいた永琳は、その日の夜にその毛を調べてみることにした。
調べた結果、髪の主こそ分からなかったが、その血は少なくとも氷狐のものではないということが分かった。ならば、誰のものなのか。なぜ、氷狐の髪に混じっていたのか。
疑問が浮かんでは消え、浮かんでは消えを繰り返し、やがて幾つかの可能性を考えつく。
偶然混じってしまった。妖怪同士の戦闘に巻き込まれ、紫などに助けられた。思いついた中では、この二つが有力であろうと、永琳は思う。本当はもう一つ可能性があるが、彼女はそれを口には出さない。
氷狐が何かを直接殺した……そんなバカなと、さすがの永琳も内心で笑うだけだった。
その日、紫は何かに殴られたような衝撃を受けて目が覚めた。痛みからか目から涙を滲ませ、起き上がった紫は半強制的に覚醒した頭でその衝撃の原因を探るように回りを確認する。
その犯人は、氷狐だった。なぜ分かったかと聞かれれば、そこそこ大きな石を持った手を振りぬいた体勢の氷狐がいたからだと、紫は答えるだろう。
「って石!? 氷狐!! 流石にそれはやりすぎじゃないかしら!?」
「うー♪」
怒る紫に対し、氷狐は無邪気に笑いながら石を外に投げ捨てて部屋から出て行った。教育を間違ったかしらなどと非行に走った子供を見るような母親の心境で、紫は投げ捨てられた石をなんとなく持ち上げてみる。
自分にしてみればさほど重いとは感じないが、子供が持つには少し重いか。などと考えていた紫の指に、なにやらヌルリとしたものが触れた。
「……えっ?」
その指についたモノを見て、思わず紫は絶句して石を落としてしまった。指についたモノ……その赤い液体を見て、紫は信じられないものを見た心境だった。
赤い液体……即ち、血。殴られたとは思ったが、まさか血が出るほどだとは考えてもみなかった。殴られた部分に触れてみるが、やはりヌルリとしたモノが指に付着し、目の前に持ってくればその指は赤く染まっている。
おかしい、氷狐はこんなことをするような子ではなかったはず……そう考えた紫は、一体氷狐に何があったのか、きっかけは何だったのかを考える。
一日二日と記憶を遡っていき……ふと、ある一日を思い浮かべた。それは、血まみれの氷狐と、彼に対して怯えた表情を浮かべていた椛をスキマ越しに見た日。
何があったかは、椛から予想という話で聞いていた。その話を聞いて紫はすぐに嫌がる氷狐を風呂に入れ、その日の記憶を以前行ったように事実と虚偽の境界を弄ることで消した。……消したハズだと、紫はどこか自信がなさそうに心のう内で呟いた。
もしかしたら、消せていなかったのか。それともあまりに強く記憶に残ってしまっていたのか。しかし、一度記憶の中を確認した時にはしっかりと消えていたはずだと、紫は思い返す。
そう、今回は、少々度が過ぎただけ。後でちゃんとしかっておかないと。
そこで思考を終え、紫はいつものように一日を始めるのだった。
ある日から、幻想郷の結界が弱くなり始めたことに霊夢は気づいた。
今のところそれほど何かが起きているということはないが、この状況がこれ以上続くなら幻想郷は再び外の世界と交じり合ってしまう。しかし、そんなことを放っておく紫ではないだろうと霊夢は楽観視していた。
そしてもう一つ、霊夢には不思議なことが起きていた。
「氷狐ー。食器の準備してくれる?」
「うー♪」
ある日から、紫が氷狐を迎えに来なくなった。それは氷狐が紫の元に帰らないということなので霊夢にとっては万々歳なのだが、霊夢にはどうにも不思議で仕方なかった。
もしかしてケンカでもしたのだろうか? などとは考えるが、氷狐の笑顔を見ればどうでもよくなってしまう。朝起きたら氷狐がいて、朝昼晩の食事を氷狐と共にして、同じ布団で眠る。そんな日々が、霊夢にとってこの上ない幸せになっていた。
しかし……その幸せを、霊夢は自分の手で壊すことになる。
その人物は、氷狐がいつものように人里に行っている時に博麗神社にやってきた。その人物を見て、霊夢は不機嫌さを隠そうともせずに顔をしかめた。
「何の用よ」
「……あなたに頼みたいことがあります」
やってきたのは、閻魔大王の四季映姫だった。以前氷狐を殺すために動いていたことに激怒した霊夢は、彼女にいい印象は一切持っていない。それどころか大嫌いである。
しかし、どうにも今の彼女は真剣というか無下に帰しがたい雰囲気を纏っていた。霊夢が言葉もなく居間に誘導するくらいには。
居間に来た二人はテーブルを挟んで向かい合わせに座る。最初に口を開いたのは、霊夢。
「で、私に頼みたいことって?」
「その前に、あなたに言っておくことがあります」
「何よ」
「八雲 紫が殺されました」
映姫の言ったことは、霊夢には到底信じられないことだった。
八雲 紫は幻想郷の最強の一角であり、その妖力の量と反則じみた能力ゆえに負けることを想像するのが難しい存在である。これがスペルカードルールで負けたという話ならまだ分かるが、死ぬ、殺されるというのなら話は別。
しかし、霊夢は納得した。紫は死んだ。故に境界、結界が徐々に崩壊していっている。簡単な話だった。そしてそれは、少しずつ、だが確実に幻想郷が崩壊していっている事を意味する。紫のような能力を持つ存在など、1人として存在しないのだから。
「そしてその犯人は……氷狐です」
「……あんたふざけてんの? 氷狐に出来るわけが」
「本当にそう思っていますか?」
「……あの子がそんなことをする訳が」
「子供の癇癪は、時に過剰な暴力となるものです。その日、八雲 紫は彼に石による殴打を受けて起床し、その行為を咎めた。それが彼が癇癪を引き起こす原因となり……その能力を持って有無を言わさず」
殺された。子供に常識は通じない。例えこちらの言い分が正しいとしても、子供にとってはどうでもいいのだ。
癇癪を起こした子供は、言葉すら通じなくなる。辺りにあるものを投げつけ、心のままに、感情のままに暴言を吐き、暴力を振るう。そこに理性や加減という言葉はなく、本人も状況を理解しない。
それが妖怪となれば、被害は相当なものになる。ただの暴力なら、紫には効かなかった。しかし、能力となれば話は別。
思考《オモイ》を現実《カタチ》にする程度の能力。思考次第では殆どのことができてしまうその能力が、今回最悪の方向に発動してしまった。話にしてみれば、ただそれだけの話なのだ。
「さて、そろそろ本題の依頼の話をしましょう」
「やめて……」
「依頼の内容は、もうあなたも気づいている通りの内容です」
「言うな……っ!」
「八雲 紫を殺した、今現在幻想郷を危機に陥れている妖怪……そして、生かしておけば今後も不利益をもたらす危険性の高いあの妖怪……」
「それ以上っ! 言うなぁああああ!!」
「子狐の妖怪……氷狐を殺してください」
「はあっ……はあっ……うぐ……うぅ~……」
雨の降る、周りも気分も暗い日のことだった。
ぬかるんだ神社の庭で、血まみれで倒れる氷狐の体を霊夢は泣きながら抱きかかえる。
映姫がやってきた日から2日後の今日、霊夢は悲しみと吐き気を押し殺して氷狐に攻撃を加えた。結果、一撃で殺すことは出来なかった。
なぜ2日という時間があいたのか。それは、単純に氷狐が神社に帰ってこなかったから。なぜかはわからないが……今となっては、そんなことは関係ない。
「ゴボ……あ……う……」
「っ! 氷狐! ごめんね! ごめんね氷狐!」
血を吐き、虫が鳴くような声を出す氷狐に、霊夢は謝罪の言葉を口にする。しかし、それは何に対する謝罪なのだろうか。
攻撃を加えたこと。映姫の依頼を実行してしまったこと。一撃で楽にしてやることが出来なかったこと。もしかしたら、それ以外のことかもしれない。
段々と弱くなる鼓動。一度は氷狐の死を体験した霊夢に、その事実は到底容認できるようなものではない。しかし、その原因を作ってしまったのは紛れもない自分。
「れ……む……」
「嫌っ! 氷狐! ひこぉ!!」
やがてその鼓動は完全に止まり、その青い瞳は何も映さなくなる。以前のような仮死ではなく、紛れもない死……霊夢の心は、絶望という闇に染まってしまった。
死なないで。生きて。そう強く想っても、願いは現実とはならない。分かっているのだ。例え生き返ったとしても、また氷狐は殺されることになるのだと。
物言わぬ小さな体を抱きかかえ、霊夢はどうしてこうなってしまったかを考える。今思えば、例え氷狐を殺したところで幻想郷の崩壊は止められない。境界を操れる紫は、もういないのだから。いや、そう言えば藍が死んだとは言っていなかったから、境界を操れないにしろ保つことは出来るのか。
そんなことを考えながら、もう一度霊夢はどうしてこうなったかを考える。一体何が原因で氷狐は紫を殺したのか。例え癇癪を起したとしても、そんなことをする子ではなかったのに。
「なんで私が氷狐を殺す必要があった。なんで私に氷狐を殺させた。なんで氷狐がこんなことになっている。なんで氷狐はそんなことをした。一体どこから狂ってしまった。一体どこから壊れてしまった」
壊れたように……いや、壊れてしまった霊夢は何度も自問自答を繰り返す。何度も同じ言葉を繰り返し、何度も氷狐の髪を撫でる。
やがて、どうしてこうなってしまった? という疑問は“どうすればこうならなかった?”という疑問に変わった。
どうすれば氷狐は死ななかった。どうすれば紫は死ななかった。どうすれば自分は彼を殺さずに済んだ。
そこで霊夢は、氷狐の方を見ながらあることを思いついた。彼の能力は体さえあれば、純粋なオモイさえあれば発動する。無から有を生み出すことはできないが、それ以外ならほぼ何でもできるという反則っぷりだ。
ならば、時を遡ることもできるのではないか?
その答えに辿り着いたとき、霊夢は壊れた笑みを浮かべて心から願った。楽しかった、平凡だったあの日々に帰りたい。もう一度、温かな体温を感じたい。もう一度、もう一度、もう一度。
そして、その思いは現実となった。
ハッと、霊夢は目が覚めた。体は嫌な汗にまみれ、まるで長い悪夢を見ていたように動悸が激しい。いや、実際に悪夢を見ていたのだ。
壊れてしまっていた心が治っていく。そう、あれは物凄く悪い夢だったのだ。あんなことは現実にはないのだ。そう認識して、霊夢は安堵の息を漏らした。
不意に、誰かが境内に入ってきた気配を感じた。それはまっすぐに霊夢の方に向かってきており……霊夢の勘が、その人物に会うなと告げる。しかし、その勘に従うよりも早く、気配の主は縁側にいた霊夢の目の前に現れた。
「あっ……」
「ここにいましたか博麗の巫女」
目の前の少女を見て、霊夢の心が再び崩壊を始めていく。
なぜだ、あれは夢ではなかったのか、なぜお前がここにいる、なぜ結界が不安定になっている、なぜそんなにも思いつめた表情をしている。
浮かんでは消えていく疑問。そして、突きつけられた現実に、霊夢は眩暈を覚える。そんな彼女のことなど知らないとばかりに目の前の少女……四季映姫・ヤマザナドゥは、霊夢にとって最悪の言葉を告げた。
「あなたに頼みたいことがあります……その前に……八雲 紫が殺されました」
悪夢は、終わってはくれない。
あれから何度同じことを繰り返したのか、もう霊夢は覚えていない。その間に分かったことが幾つかある。
時間を遡ることが出来るのは二日までが限界。そして、その二日の間にどんな行動を起こそうが必ず氷狐は死んでしまうということ。藍と橙は健在であり、紫の変わりに幻想郷の結界の維持に努めているということ。
映姫の依頼を蹴ると、氷狐は紫を殺された恨みを晴らしに来た幽々子によって殺される。その幽々子を妨害しても、今度は彼女の命令を受けた妖夢によって斬り殺される。能力で抵抗されるよりも速く、彼女たちは彼の命を奪うことが出来た。
それを止めても次が、それを止めてもその次が来て、彼の命を奪っていく。目の前で、最初の自分よりも簡単にあっけなく、大切なモノが奪われていく。なら初めから氷狐を守るために動けば……そう思って実行しても、今度は数で守りきれなくなる。
その度に時を遡り、目が覚めるとすぐに映姫が霊夢の前に現れ、依頼と紫の死を口にする。
ならばその日よりも更に遡れば……と考えたが、なぜか氷狐が死ぬまでの間に彼を見つけだすことが出来ない。最期の一歩手前まで、彼の姿を確認できない。
霊夢の心は、最初の時点で壊れてしまっていた。絶対に避けられない氷狐の死、同じことを口にする映姫、殺しに来る幻想郷の住人、それを止められない自分。
どうやったらこの地獄から抜け出せる。どうやったら氷狐を助け出すことが出来る。霊夢は壊れ、狂いかけていた。
そして、また繰り返す。
「巫女、あなたに頼みたいことが」
「紫が殺されて、その犯人である氷狐を殺せってんでしょ……もう何度も聞いたわ。何回も、何十回も、何百回も、何千回も、もう何万回も聞いた気がするほどに」
霊夢がそんなことを口にしても、映姫は首を傾げるだけで深くは追求しない。その日もまた、最初と同じように映姫は依頼と紫の死を口にして去っていった。
何も変わらない、何も変えられない、無限に続く地獄の二日間に、いつしか霊夢の思いは変わっていた。
どうすればこの地獄を終わらせられる。答えは簡単、氷狐の命を諦めればいい。しかし、それが出来るような低い愛情を霊夢は抱いていない。
氷狐を助けつつ、地獄から抜け出す方法はないのか……壊れ狂った頭で、霊夢はもう一度考える。それすらも何度も行ってきたことだった。
しかし、今回は少し違った。偶然視界に入ったとある“モノ”……それを見て、霊夢は小さくつぶやいた。
「やっとおわれる……ふふ……」
「れーむ!」
「ひーこ」
二日後、雨が降る日に霊夢は最初に彼を殺した場所で氷狐と出会った。もうこの出会いも何度も経験したことではあるが。
今、霊夢は笑っていた。壊れたいびつな笑顔ではなく、綺麗な笑顔で笑っていた。
霊夢は走り寄ってきた氷狐を抱きしめ……嬉しさを滲ませた声で囁く。
「ねえ氷狐……お願いがあるの」
「うー? あーうー?」
「そう、お願い。氷狐はなにもする必要がない、簡単なお願いよ」
「うー♪」
了承するように頷く氷狐に、霊夢は更に笑顔を輝かせる。
そして氷狐を抱きしめたまま顔の位置を同じ高さに合わせ……涙を流しながらつぶやくように言った。
「私と……一緒に死んでね」
そっと、氷狐の首に包丁の刃が添えられた。それはゆっくりと霊夢の方へと引き寄せられ……次の瞬間には彼の首から鮮血が噴水のごとく溢れだした。
ふらりと地面に倒れそうになるその小さな体を、霊夢は優しく抱きしめる。どれだけ体が血に塗れようとも構うことはなく、その顔に極上の笑みを浮かべて。
「だぁいじょうぶ……さびしくないよひこぉ……わたしも……」
いっしょにいくからね。そうつぶやいた霊夢は、そっと自らの首に包丁の刃を押し当て……ゆっくりと引いた。
これは、もしかしたら起きるかもしれない絶望にまみれたお話。
願わくば……このようなことが起きないことを。
「ねぇ氷狐。ちょっと頼みが」
「なあ霊夢に氷狐。ちょっと頼みがあるんだ」
「うー?」
「……何よ魔理沙。悪いけど、今はアンタの頼みをきいてる場合じゃ」
「まあそう言うなよ。すぐに終わるからさ」
「……はあ。言ってみなさい」
「おう。なあ二人とも……私と一緒に……死んでくれないか?」
今回のお話はシュタインズゲートとスクールデイズ的な要素を盛り込んだお話となりました。
……ちょっと書いてる時は楽しかったです。