子狐幻想記   作:d.c.2隊長

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これにて番外編とアンケートは終了いたします。沢山のアンケート、本当にありがとうございました。

ラストは氷狐が特定の誰かを選んだら? ということでしたが……すみません、なぜか書いてるうちにこうなりました。

希望に沿うことが出来たかは正直首を傾げざるを得ませんが、楽しんでいただけたら幸いです。


子狐多恋記

 これは、子供たちの可愛らしく微笑ましい恋物語のIFの短編集である。

 

 

 

 

 

 

 【狐猫夫婦の一日《こねこふうふのいちにち》】

 

 

 

 

 

 

 「ゆーり! らん!」

 

 「藍様! 紫様!」

 

 ある日の昼下がり、氷狐と橙は手を繋いで居間にいる紫と藍の前に出た。

 

 子供二人が手を繋いでいるというなんとも微笑ましい姿に頬を緩ませたのも束の間、次の橙の言葉で2人の時間が止まった。

 

 

 

 「わたし達、結婚しました!」

 

 「うー♪」

 

 

 

 「あなたー、あーん♪」

 

 「あーん♪」

 

 目の前の光景が何なのか、紫と藍の2人には理解できなかった。

 

 確かに、目の前の2人は普段から仲がよかった。よく2人で遊び、よく2人で家事を手伝い、よく2人でお風呂に……これは氷狐が嫌がるから違うか、などと現実逃避をしてみるが、目の前の光景……氷狐と橙がお互いに昼食を食べさせあっているという光景は変わらない。

 

 いや、仲がいいのは良い事だ。少々仲が良すぎる気もしなくもないが、彼女たちにとっての問題はそこではない。

 

 ((先を越された……))

 

 そう、そこである。妖怪とて心と性別がある以上、恋愛を行うこともある。時には妖怪同士で、時にはそれ以外の種族と愛情を持ってまぐわうことも無きにしも非ずである。

 

 そして、彼女たちは妖怪であると同時に女性である。世の流行には敏感だし、髪や肌の手入れだってする。結婚願望というものは特にないが、婚期というのは気にする。無論、年齢的に考えてそんなものは当に過ぎ去っているが。

 

 何が言いたいかと言えば、自分たちよりも先に結婚した子供2人が羨ましいのだ。

 

 「ってそうじゃなくて! 氷狐に橙! 結婚ってどういうことなの!?」

 

 「そ、そうだぞ。あ、お飯事とかそういう遊びなんだな? そうなんだな!?」

 

 まくし立てる2人に、氷狐と橙は不思議そうに首を傾げた。言葉にするなら、この人たちは何を言っているのだろう? という感じだ。

 

 同時に、自分たちの言葉が嘘だと疑われているということに気づいたのだろう、橙の目に涙がにじみ始め、それを見た氷狐が2人を睨み付ける。妻を泣かしたな? と言わんばかりの眼差しで。

 

 泣き出す橙とジト目を向ける氷狐にたじろぐ紫と慌てる藍……仲の良い4人の間に亀裂が走った気がした。

 

 「いや、ね? 疑ってるわけじゃないのよ? ほら、泣き止んで? ね?」

 

 「すまない、疑った紫様を許してやってくれ。私は2人の仲を応援するぞ」

 

 「って藍、何を私だけ悪者にしようとしてるのかしら」

 

 「ちぇん。あーん」

 

 「グスッ……あーん……♪」

 

 醜い争いをしている主従を無視し、小さな夫婦は仲睦まじく食事を再開し、目に涙を溜めていた橙は幸せそうに笑みを浮かべる……これが夫婦と独り身の温度差か。

 

 この後の食事は、夫婦は仲むつまじく、独り身はどんよりとした空気で終えていったことは想像に難くないだろう。後に紫と藍は語る。今日ほど味噌汁がしょっぱく感じたことはない……と。

 

 

 

 朝食の後、橙と氷狐はずっと一緒にいた。二人で藍の家事を手伝い、二人で人里までお使いに行き、お使いの後はチルノやフラン、メディスン達と一緒に遊んだ。その遊びの最中ですら、二人は片時も離れなかった。

 

 鬼ごっこでは片方が鬼にならない限り一緒に逃げていたし、かくれんぼなら同じ場所に隠れ、だるまさんがころんだでは常に隣同士である。チルノ達もそれを当然のことと思っているかのように見守るだけで特に何も言わない……フランだけ何かやり切ったような、満足そうな顔をしているが。

 

 日が暮れれば子供たちはそれぞれの住処へと帰り、八雲家に帰った二人は藍と共に夕飯を作り始める。紫はまだ帰ってきていないようだ。

 

 そして夕飯が出来上がった頃、ようやく紫が帰ってきた。なぜかボロボロになっているが、その理由を子供二人が知ることはなく、藍だけは何かを察したように珍しく主を労わっていた。

 

 「藍……私はやったわ……やりきったのよ。あの過保護な母親から二人の結婚を許してもらえたのよ……」

 

 「ご立派です紫様……ですが、それは普通氷狐がやるべきことではないかと」

 

 「……」

 

 その日、紫は涙ながらに語る。今日ほど美味しく、そしてしょっぱく感じた食事はないと。しょっぱくは二回目であることを、藍はツッこまなかった。出来た従者である。

 

 

 

 「ひーこ♪」

 

 「うー?」

 

 その日の夜、橙と氷狐は同じ寝室にいた。普段は橙は藍と、氷狐は紫と同じ寝室である。

 

 中にある布団は一枚であり、枕は二つ……小さな夫婦は今日から同じ布団の上で眠るようだ。無論、体の大きさを考えると二人が一緒に寝てもまだスペースに余裕はあるが。

 

 尚、親バカ二人が隣で聞き耳を立てていることを、二人は知らない。

 

 「おやすみのちゅー♪」

 

 「うー♪」

 

 ((なにぃいいいい!?))

 

 壁の向こうで親バカ二人の顔が驚愕に染まっているとは露知らず、夫婦は向かい合わせに座ってその両手をしっかりと繋ぐ。

 

 そして目を瞑ってゆっくりとその距離を縮めていき……ちゅっ、と軽くも可愛らしい音を立てて口付けを交わした。

 

 離れた二人の顔は特に赤く染まってはおらず、その行為の意味をよく理解していないことを表している。しかし、壁の向こうにいるバカ二人にはそんなことがわかるはずもなく……。

 

 (嗚呼、橙に氷狐……知らないうちに大人の階段を上っていたのね……ていうか羨ましいわ、私なんてお付き合いどころか同じくらいの異性と手を握ったことすら……)

 

 (な、なんて純粋な……私の経験した愛の中でこれほどの純粋な愛情劇はあっただろうか……いや、ない)

 

 この二人、顔が本人たちよりも真っ赤である。永い時を生きる大妖怪なのだが、根は乙女で純情のようだ。

 

 「おやすみ氷狐」

 

 「うー、ちぇん」

 

 バカ二人のことなど知る由もない二人は同じ布団に入り込み、向かい合わせになって笑顔を交わす。この二人の幸せな生活は、明日からもずっと続くことだろう。

 

 子狐の妖怪と化け猫の妖怪……小さな妖怪の夫婦に、幸あれ。

 

 

 

 「氷狐ー、あーん♪」

 

 「あーう♪」

 

 「美味しいわね藍……きっとこの味が幸せの味と言うのでしょうね」

 

 「そうですね、紫様」

 

 「……ねぇ藍」

 

 「なんでしょう紫様」

 

 「今日から一緒に寝ないかしら」

 

 「……そうしましょうか……」

 

 

 

 

 

 

 

 【氷精の告白?《ひょうせいのこくはく?》】

 

 

 

 

 

 

 

 それは、とある日のことである。いつものように遊んでいたチルノ、氷狐、橙、フラン、メディスンの5人……匹? は帰る時間となったのでそれぞれの帰路につく。

 

 楽しい時間はすぐに過ぎ去り、後にやってくるのは楽しかった余韻と僅かな寂しさ。それを感じたチルノは、いつものように笑顔を浮かべ、帰っていく“友達”に向かって手を振るう。

 

 「また明日ねー!」

 

 距離的にはもう声は届いていないだろう。しかし、チルノは手を振る4人の影を確認して満足そうに頷いた。明日になれば、また会える。もう以前の寂しかった日々に戻ることはない。

 

 ふと、チルノはその寂しかった日々を思い浮かべる。他の妖精よりも力が強く、同時に他の妖精よりも攻撃的で、他の妖精よりもほんの少しだけ頭がいいチルノは、その他の妖精たちから避けられていた。

 

 特にチルノが何かをしたというわけではない。ただ、他の妖精が力の強いチルノを恐れただけである。しかし、その避けるという行為はチルノを深く傷つけた。

 

 話しかけても逃げられ、遊びに入ろうとすれば逃げられ、ただ近くを通っただけで逃げられる。嫌な顔をした訳ではない。何か陰口を言われた訳ではない。元より、妖精にそんな知能はない。

 

 ただ、何をしても逃げられる……そんな寂しい日がずっと続いていたある日に、チルノはスペルカードルール……弾幕ごっこという“遊び”を知った。

 

 それは弱者でも強者に勝つ可能性がある遊び……新しいものや遊ぶことが大好きな妖精達はすぐにやり始めたし、チルノも当然やり始めた。しかも、他の妖精たちがチルノとも弾幕ごっこすることを逃げることもなく応じたのだ。当時のチルノからしてみれば、これほどに嬉しい事はなかった。

 

 しかし、それも数日の間だけ。チルノに勝てる妖精は一人としておらず、戦えば負けるのが“当たり前”になった時、チルノはまた独りになってしまった。

 

 力を磨いても、それをぶつける相手は妖精にはいない。そこでチルノが目をつけたのが他の種族……妖怪と人間等だった。しかし、妖精と人間、妖怪の間には越えられないと言っても過言ではない“壁”が存在する。

 

 結果を言ってしまえば、チルノが勝てるのは小妖怪までが限界であり、人間にいたっては弾幕ごっこを行える存在自体が少なかった。それを行える人間には、数秒も持たずに負けてしまった。

 

 妖精の中では、最強。一転、その枠から出てみれば精々下の中がいいところ。中妖怪以上には相手にされず、人間には妖精だからとバカにされ、大妖怪に至っては道端の石ころ程度にしか見られない。

 

 誰にも相手にされず、ただただ寂しい日が続いた。そんな時に出会ったのが、ある子狐の妖怪……氷狐だった。

 

 当初の氷狐はスペルカードルールと言うものを知らなかった。そんなことを知るはずもないチルノは一方的に攻撃を仕掛けてしまったが、それはもう過ぎたことだ。正確には、途中で霊夢に撃ち落されたので記憶が曖昧になっているだけだが。

 

 その数日後、氷狐はスペルカードを持ってチルノの縄張りである霧の湖にやってきた。なぜ来たのかとチルノが聞けば、彼はカードを作ったからこないだの続きをやろうという。

 

 戦った結果は、当然ながらチルノの圧勝。負けた後は1週間ほど彼の姿が見えなくなり、それが弾幕ごっこをやり始めた当初の妖精たちと重なってしまったチルノは泣いてしまったことを覚えている。

 

 しかし、彼はまたやってきた。スペルカードを持って、また“遊ぼう”と笑いながら言った。言ってくれた。それがチルノに取ってどれだけ嬉しかったか、どれだけ言って欲しかった言葉かを、氷狐は知らない。チルノ以外、誰も知らない。

 

 言われたその場でうれし涙を流し、帰った自宅で思い出して喜びに悶え、次の日にまた遊んで夢ではないと安堵したことを、本人以外誰も知らない。

 

 今では、氷狐以外の友達も増えた。橙にフランにメディスン、夜雀の妖怪に蛍の妖怪に宵闇の妖怪……そして、同じ妖精である“大妖精”という妖精。気づけばこんなにも友人が増えていた。以前よりも、ずっと楽しい日々が続いている。

 

 同時に、寂しさを感じることも多くなった。家に帰れば寂しさから泣いてしまう、なんてこともよくあるくらいだ。今では寂しさを紛らわせる為に大妖精の家やフランの家に泊まりに行くことも多くなった。氷狐と橙の家は場所が分からないので行けず、他の者の家は少々遠いので行けない。

 

 「はぁ……ん?」

 

 今日は泊りには行かないので、明日までまた寂しい時間を過ごすことになってしまう。そんな暗い気持ちになった時、チルノは偶然とある本を見つけた。その本とは……。

 

 「うんにゃらのススメ……?」

 

 “告白のススメ”と書かれた一冊の本だった。

 

 

 

 「氷狐! あたいに、毎晩お味噌汁を作ってくれ!」

 

 翌日の昼、やってきた氷狐に向かってチルノはいきなりそう言った。当然ながら、言われた氷狐はキョトンとしている。

 

 言った本人は自分の予想と違っていたのか、キョトンとした彼の顔を見てキョトンとしていた。やがて言葉の意味を理解したのか、氷狐はコクリと頷く。その日から、氷狐はチルノの家に毎晩味噌汁を持ってくるようになった。

 

 

 

 「氷狐! あたいと同じおバカに入ってくれ!」

 

 「うー?」

 

 その翌日、チルノはこんなことを言ってきた。当然意味が通じるはずもなく、氷狐は思いっきり首を傾げてしまった。尚、おバカではなくお墓が正しい。読み方がちょっと掠っている。チルノ超頑張った。

 

 妖怪と妖精、互いに不死に近い存在である2人にお墓に入る、などという概念があるわけでもない。結局この日の言葉は、2人には正しく理解されないまま遊びの中で忘れ去られていった。

 

 

 

 「氷狐! あたいと同じうんにゃらになってくれ!」

 

 「……?」

 

 言葉も出ない、というのは今の氷狐の状態を指すに違いない。もはや言葉として意味を成していないチルノの発言は、完全に彼の理解の外であった。言った本人も、恐らく何を言っているのか分かってはいないだろう。

 

 チルノが言いたかったことは、“同じ苗字になってくれ”ということだろう。2人には苗字がないのに何を名乗れというのだろうか。

 

 結局この日の言葉も、遊びの中で忘れ去られていくのだった。

 

 

 

 次の日も、その次の日もチルノは拾った本で見た言葉を氷狐に言っていった。しかし意味が理解できたのは最初の味噌汁くらいであり、他は言葉として成り立っていないものばかりだった。チルノは漢字が読めないので、ほぼ全てが“うんにゃら”となってしまうのである。

 

 そんなある日、チルノはいきなり本を破り捨てた。

 

 「あーもう! 読めないし意味わかんない!! 氷狐が毎晩お味噌汁持ってきてくれるのは嬉しいけど、あたいが言いたいのはそういうことじゃない!」

 

 毎晩毎晩読めない字を頑張って読んだにもかかわらず、その言葉は通じない。自分でも何を言っているのか分からない。氷狐が遊んだ後にも来てくれることは素直に嬉しいが、味噌汁を持ってきたらすぐに帰ってしまう。

 

 そうじゃない。チルノが求めているのはそういうことではないのだ。ただ、誰かと一緒にいたい。氷狐と一緒にいたい……ただそれだけ。

 

 「……そうだ!」

 

 その時、チルノの頭の中にいい考えが浮かんだ。

 

 

 

 「氷狐! あんたはあたいの子分なんだから親分のあたいとずっと一緒にいなさい!」

 

 翌日、チルノはフランと橙、メディスンのいる前で氷狐にそう言った。そこで氷狐は、初めての反応を見せた。それは、苦笑とも困惑とも取れるような表情。拒否ではない。ただ、困っている。

 

 チルノの頭の中では、二つ返事で了承するか頷くかの二択だった。こんな風に困った顔をされるのは、完全に予想外だった。

 

 「い……いやなの?」

 

 「うー、うーあーうー」

 

 「じゃあ、なんでそんなに困ってるのよ」

 

 「あーうー」

 

 氷狐が言うには、ずっと一緒にいるということは夫婦になるということであり、子分と親分の関係ではすなることは出来ないということだった。勿論そんなことはないのだが、氷狐はそう教えられていた。誰に? 親達に。

 

 自分の言った関係が、自分と彼を一緒に居れなくしている……そう考えてしまったチルノは、急に孤独感を感じてしまった。今の関係がある限り、氷狐とは一緒に居られないのだと。

 

 だから、泣きながら言った。

 

 「じゃあ……こぶんとかおやぶんとかじゃなくていいから……いっしょにいてよぉ……」

 

 「……うー」

 

 泣き出してしまったチルノを、氷狐は優しく抱きしめる。いいよ、という一言を添えて。

 

 場の空気を察してか、その場に居たはずのフラン達の姿はなかった。この場にいるのは、今は抱き合う2人だけ。

 

 2人はしばらくの間、遊び場の中心で抱きしめあうのだった。

 

 

 

 

 「作戦大成功だねメディスンちゃん」

 

 「そうね。ところでフラン、どこであんな本手に入れたの?」

 

 「んー? ああ、あれはね……」

 

 『こあー、私が外から手に入れた本知らない?』

 

 『何の本ですか? パチュリー様』

 

 

 

 

 

 

 【天使で子悪魔な妹様《てんしでこあくまないもうとさま》】

 

 

 

 

 

 

 「氷狐、いらっしゃい!」

 

 「うー、ふらん!」

 

 その日、氷狐は紅魔館にやってきていた。出迎えたのは咲夜……ではなくフランドールである。

 

 今日この日、氷狐は紅魔館に一日泊まることになっている。勿論紫は大反対したのだが、初めてのお泊りということでどうしても行きたかった氷狐は泣き落としを無自覚で行うことで紫を陥落させたのだ。子供恐るべし。

 

 着替えの入った荷物を背負い、氷狐はフランに手を握られて館の中を歩き出す。咲夜の能力によって見た目以上の広さを誇る紅魔館は、子供2人には少々、というよりもかなり広い。氷狐は紅魔館に入ったことが以前参加したパーティー以外にはないため、好奇心旺盛な子供のように目をキラキラとさせている。実際子供だが。

 

 隣で氷狐の様子を見ていたフランは得意げに胸を張り、あれはどこだこれはどこだと軽い説明を入れながら部屋の中を案内していく。無論、氷狐は話を完全には覚えられないしフランもそれは分かっている。

 

 495年という時間を地下で過ごしたフランにとって、こういった触れ合いや会話は何気ないものであっても大切で楽しいものだった。そして、こういうことが出来るようになったのは……紛れもなく、今手を繋いでいる妖怪のおかげであることも理解している。

 

 「氷狐! 次はあっちに行こ♪」

 

 「うー♪」

 

 故に、その幼い心が恋心を持つことは……自然なことであった。

 

 

 

 いつからその想いを自覚したかと聞かれれば、フランは氷狐に救われたときだと答える。

 

 初めて触れた温もり、ひどい事をした自分を嫌わないでくれた上に狂気という呪いから解き放ってくれた存在。

 

 姉とともに起き、姉とともにメイドの作る料理を食べ、魔法使いに勉強や常識を教わり、遊びに行って帰ってきた際に門番に行ってきます、ただいまと言うと行ってらっしゃい、お帰りなさいと返ってきて、夜はまた姉と眠る……そんなありふれた幸せな日々をくれた存在。

 

 とは言うものの、495年間もの間地下にいたフランが“恋心”などという感情を知っているわけがない。最初は胸が熱くなる、胸がドキドキするということに病気ではないかと恐怖を抱いたものだ。

 

 しかし、それはパチュリーがいる大図書館で偶然見つけた本によって病気ではないと分かった……ある意味では病気とも言えなくもないが。

 

 その本とは、どこにでもあるようなラブロマンス系の小説。後に小悪魔が趣味で集めている本だと分かり、見つけたことを期にフランはよく小悪魔から借りるようになる。尚、小悪魔が集めているものはあくまでも“純愛系”に限るのであしからず。

 

 その本を読み進める中で、フランは自分が氷狐に対して抱いている感情が“恋”なのだと知った。それからかもしれない。フランの読む本が純愛系からどんどん過激な方向へ進んでしまったのは。

 

 だからだろう……今夜、フランがあんな行動を取ったのは。

 

 

 

 「氷狐ー、あーん♪」

 

 「う? あーん♪」

 

 「ぶっ!? ゲホッゴホッ! ちょっとフラン! あなた何やってるの!?」

 

 「あーんだよあーん。お姉さま知らないの?」

 

 夕食時、食堂のような場所でレミリア、フラン、氷狐、美鈴の4人は咲夜の作る食事を取っていた。パチュリーは持病の喘息があるため、小悪魔は主と共に食事を取るので大図書館で食べている。咲夜は当然料理を作り終え、運び終えてからレミリア達と共に食事を取る。

 

 その最中、フランは隣に座る氷狐に向かってフォークに刺したハンバーグを氷狐に差し出し、氷狐はそれを躊躇いなく食べた。因みに、ハンバーグの肉は普通のひき肉で作ったものである。決して人肉ではない。

 

 「それくらい知ってるわよ! でもそれは好きな人にしかやっちゃいけないのよ!?」

 

 「じゃあ問題ないよね? 私は氷狐のこと好きだし」

 

 「そ、それならいい……って、え!? どういうことなのフラン!?」

 

 「お嬢様、食事中はお静かに。はしたのうございます」

 

 「うぐっ……」

 

 ドヤ顔でさらりと言ってのけたフランを身を乗り出して問い詰めようとするレミリアだが、いきなり現れた咲夜の言葉を聞いて紅魔館当主として、女として自重しようと椅子に座りなおした。フランは幸せそうな顔で氷狐に“あーん”をしているが。本を読んでいるからか、レミリアよりもフランの方が大人に見えてしまうのは気のせいではないだろう。

 

 不意に、氷狐が慣れないフォークで出されたパスタをくるくると纏めだした。その手つきはお世辞にも上手とは言えないが、子供がやる分には微笑ましいことこの上ない。そして氷狐は、そのパスタを纏めたフォ-クを……フランへと差し出した。

 

 「フラン。あーん♪」

 

 「ふぇ!? え、っとぉ……」

 

 まさか相手からされるとは思わなかったのか、しどろもどろになってフランの顔が赤く染まる。いたずら好きな女性とは、得てして不意打ちに弱いものである。フランが女性と見られるかどうかは別として。

 

 同時に、好いている相手から“あーん”をされて嬉しくない存在がいるだろうか? 少なくとも、フランは嬉しい。

 

 「あー……ん」

 

 なので、パクリとフランには少々大きいそれを、彼女は顔を赤らめながら美味しそうに、それでいて少し恥ずかしそうに口へと向かい入れた。ゆっくりと口を動かし、少々飲み込みづらいそれをフランは少しずつ嚥下していく。

 

 そして、ごっくんと飲み込んだフランは、赤い顔のままで一言だけ呟いた。

 

 「……おいしい」

 

 「尚、パスタの話です」

 

 「咲夜……何を分かりきったことを言っているの?」

 

 「いえ、勘違いしそうな人が何人かいる気がしたので」

 

 

 

 夜……それは妖怪達……特に吸血鬼にとっては朝というべき時間帯……なのだが、フランとレミリアの姉妹はこの幻想郷での暮らしですっかり人間と同じような過ごし方になってしまった。別段困っているわけではないし、住人達と触れ合おうと思えば自然とそうなっただけなのだが。

 

 何が言いたいかと言うと、吸血鬼姉妹は朝起きて夜眠ると言いたいだけである。

 

 「……お邪魔しま~す……」

 

 夜遅くに、氷狐の眠る客間にフランが静かに現れた。なぜか裸である。フランはゆっくりと氷狐に近づき、眠っていることと起きそうにないことを確認する。確認を終えると、フランはにやり、とどこか妖艶に見える笑みを浮かべた。

 

 この時点でフランが何をするつもりか分かった人もいるだろう……しかし、彼女が何をするつもりなのかは、本人の口から言って貰うとしよう。

 

 「あとは氷狐の服を脱がして私が布団の中にもぐりこめば……きせーじじつの完成♪」

 

 という訳で、フランがしようとしていることは既成事実の作成。どう考えても見た目が子供の2人では肉体関係を持つようには見られないので無駄な頑張りとなることは想像に難くないが。

 

 しかしフランはそう思っていないようで、意気揚々と氷狐のベッドに潜り込む。そして氷狐が起きないように服を脱がすべく服に手をかけ……その際に彼の寝顔が目に入った。

 

 暗い部屋ながら、その青い髪はしっかりと目に映っている。光っているようにすら見えるが、流石にそれは目の錯覚だろう。

 

 静かな呼吸と共に上下する胸……閉じられた瞳からは警戒の言葉を感じることは出来ない。元が獣であるなら野生の勘のようなもので起き上がりそうなものだが、その気配は微塵もない。悪く言えば、隙だらけ。良く言うなら、心を開いてくれている。

 

 しばらくの間、フランはその寝顔に魅入っていた。思えば、フランが見た寝顔は姉であるレミリアのものが殆どであり、こうして好きな異性の寝顔を見るのは初めてである。

 

 そう考えると、フランは急に自分の胸がドキドキとしてきたことを自覚した。同時に罪悪感というか背徳感というのか、そういった感情が心の内を占める。

 

 「……やめよ」

 

 真っ赤な顔をして、自分がどれだけ恥ずかしいことをしようとしていたかを自覚したフランはその行動を取りやめた。が、依然としてその視線は氷狐の寝顔をに釘付けである。

 

 じっと見つめるフラン。その顔は徐々に、無意識に氷狐の顔との距離を縮めていく。吸い込まれるような感覚……フランはそれに抗うことなく身を任せ……。

 

 「……んむ」

 

 そうすることが自然なように、ゆっくりとその柔らかな唇に口付けた。

 

 デザートにフルーツタルトを食べたからかその口付けは甘く、どこか以前口にした血の味を髣髴とさせた。だからといって吸血衝動が湧き上がる訳ではないが。

 

 ずっとこうしていたい……そうは思っても、いつ起きてしまうか分からないこの状況ではこれ以上続けるのはマズイ。フランは誘惑に抗いつつ、ゆっくりと口を離す。

 

 そこで再び視界に入った寝顔……その口元に流れる透明の液体は、もしかしなくてもフランの唾液であろう。

 

 なんとも言えない感覚が背筋を走りぬけ、フランはどこか恍惚とした表情を浮かべる。

 

 「はぁ……ひこぉ……」

 

 欲しい。この妖怪の全てが欲しい。その欲望に意識を持っていかれそうになるが、フランは理性でその欲望を抑える。

 

 欲望ではなく、理性を持って自分は氷狐を手に入れるのだ。そのためにこうして最初は既成事実を作り上げようとしたのではないか。などと少し間違った考えをしつつ、フランは首を振る。

 

 やがて色々と葛藤していたフランは、疲れたのかその全ての思考を放棄して氷狐の隣に寝転ぶ。どうやら部屋には帰らずにここで眠るようだ。裸のままで。

 

 「絶対……ぜぇったい私のモノにするんだから。あの本みたいな……恋人になってみせるんだから」

 

 恋に恋するお年頃……という訳ではないにしろ、今のフランはそれに近い。しかし、その愛情は間違いなく本当である。

 

 だから、この行動は子供だから……ということでどうか一つ。

 

 

 

 「氷狐……だーいすき♪」

 

 

 

 「フラン! フランはどこ!?」

 

 「お嬢様、お静かに。妹様は只今氷狐の寝室でお眠りになられていますので」

 

 「そ、そうなの……って氷狐のところで!? なんで!?」

 

 「お嬢様には……肉体的に後10年ほど成長したらお教えします」

 

 「どういうこと? ねえ、なんで顔が赤いの? 咲夜」

 

 「「すー……くー……」」




前書きでも書いたように、これで番外編とアンケートは終了となります。次回からは本編を進めます。

沢山のアンケート、本当にありがとうございます! ですが、その分書けなかったお話も沢山ありました。アンケートにご協力いただいたにも関わらず、希望に沿うことが出来なかった方々に心から謝罪いたします。同時に、アンケートにご協力ありがとうございました!

今後は本編8話+1話の予定です。頑張って完結させますので、どうかお付き合いください。
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