それは、本当に突然の出来事だった。
「ここが幻想郷唯一の神社、博麗神社ですね?」
「そうだけど、あんた誰よ」
「私は現人神《あらひとがみ》の東風谷 早苗《こちや さなえ》と申します。突然ですが、この博麗神社……私達が信仰を得る為に譲って頂けませんか?」
私と巫女、氷狐がお茶と甘味を頬張っている昼下がり、突然現れたこの緑色の長髪をした巫女服の少女は博麗の巫女に向かってそんなことを言ってきたのです。なんて命知らずな……と思ったと同時になんて面白そうな、と思ってしまったのはブン屋の性でしょうか。
当然、見知らぬ誰かに神社を渡せ、なんて言われて頷く存在なんていないわけでして。
「いきなり現れていきなり神社をくれなんて……渡せるわけないでしょうが」
「やっぱりそうですか……ん?」
不意に、早苗と名乗った少女の目が団子を頬張っている氷狐の方を向いた。その視線に気づいたのか、氷狐の顔も彼女の方を向く。
少女は青い狐耳……まさか……などと呟いており、氷狐はなぜかすんすんと鼻を鳴らしている。そして、氷狐が疑問の声を上げた。
「すーこ……?」
「っ!!」
氷狐が誰かの名前らしきものを呟いた瞬間、少女が驚愕の表情を浮かべ……次の瞬間には氷狐を抱きしめていた。
その光景にしばし唖然とした私達だったが、一足先に我に帰った巫女が抱きついている少女に向かって手を伸ばす。
「な……にをしとるかあんたは!?」
しかしその手は少女に触れることはなく空を切った。少女はどこへ……と疑問に思ったのも一瞬、巫女が空を見上げたので追うように私も空を見上げると、いつの間にやら氷狐を抱きかかえたまま空に浮かんでいる少女の姿があった。
「すみませんが、この子を連れて行きます! 返してほしかったら、神社を明け渡してくださいね!」
それだけを言い残し、少女……早苗は去っていった。隣で憤慨する巫女が本当に怖いです。その恐怖を心の隅に置き、私はあの少女のことを考える。
あの人間は見たことがありませんし、神社明け渡しの理由に“私達が信仰を得るため”と言っていました。その言葉から察するに、あの少女は先日妖怪の山の頂上に突然現れた神社の関係者。
妖怪の山の住人総出で神社を警戒していますが、分かっているのはその神社には神が存在し、その神が山をよこせと言うから山の住人は殺気立っている。
しかし相手は外の世界からやってきたとはいえ神。妖怪である私達とは強さの桁が違う。追い返そうにも追い返せず、そもそも力ずくで追い出そうなどと言う豪傑は天狗にもいない。保守的で慎重と言えば聞こえはいいけれど、何も行動しないのだから同じ天狗として情けなく思う。私も直接会う勇気は無いけれど。
それにしても、あの少女はなぜ氷狐を誘拐したのやら。おかげで隣にいるお母さんからいつの間にか殺気が漏れています。誰か助けてください。
「ここにいましたか文様」
「あや、椛じゃないですか。どうしましたか?」
「天魔様から全天狗に命令が来ました。妖怪の山の守護をするようにと」
「あやや……天魔様からの命令では従う他ないですねえ」
その願いが通じたのか、神社に椛が来てくれました。が、持って来てくれたものはあまり喜ばしくないもの。
大天狗くらいから来る命令なら無視してもいいんですが、天魔様なら話は別。天魔様は天狗の、妖怪の山の最も位の高いお方。縦社会である天狗の中で不良天狗の位置にいる私も、その天魔様からの命令には従わざるを得ません。
つまり、私は嫌々ながら山の守護へと向かわねばならなくなりました。これでは氷狐を探しに行く事など……いや、待てよ? あの少女が山にある神社の関係者なら向かう先は間違いなく妖怪の山。ということは、私が山に戻れば監視という命題で氷狐の散策、ひいては救出が出来るということになります。
ならば、ここで私が山に戻るのは決して悪い話ではない……?
「分かりました。それでは巫女さん、私は山に戻りますね……って聞いてないですね」
「また巻き込まれた……あの巫女絶対許さないわ……この怒り全てぶつけてやるぅぅぅぅ……」
怖っ。子供を攫われたお母さんの怨念怖っ。これもう怒気じゃなくて妖気か瘴気の類ですよ。まあ話を聞いていないならそれでもいいでしょう。
どうせ巫女もすぐに山に来るはず……その時までに私が氷狐を救い出し、その報酬として巫女さんには文々。新聞の購読者になって貰いましょう。巫女が購読者になれば、きっと人里でも購読者が増えるはず。という打算的な目的も持ち合わせつつ。
「あの……巫女はどうしたんですか?」
「可愛い息子さんが誘拐されたんでお怒りなんです。触らぬ神に祟りなし、行きますよ椛」
「え、氷狐が誘拐!? どういうことですか文様……って速っ!?」
目の前で友達が理由も分からず連れて行かれたんです……私が怒らない訳がない。
あの巫女……本当に神社を奪うだけのために氷狐を利用しようとしてるなら……とっ捕まえて鳥葬にしてやります。
そう思っていた時期が私にもありました。
「どきなさい文……邪魔するなら退治……殺すわよ」
「何で訂正したのに悪くなってるんですか!?」
「霊夢だから仕方ないって。ほら、どいた方が身のためだぜ? マジで」
「本当にどいた方がいいですよ文様。怪我ですんだら良い方ですから」
山に戻って早々私と椛に言い渡されたのは侵入者の排除。山全体が殺気立ってる中で進入してくるなんてどこのバカだと内心呆れながらいざ現場に向かってみれば、そこにいたのは赤鬼と魔理沙、ボロボロの椛の三人。部分的に巫女服が黒く滲んでいるとか見えません。血の匂いなんてしません。
どきたいです。今すぐに道を空けろと生存本能が囁いています。ですが、上司の命令には逆らえないのが天狗社会の悲しいところ。ここは気を強く持ち、あくまでも仕事をしつつ……それとなく負けて巫女達に同行しましょう。主に私の命の為に。
「正直、私は貴方達の自由にさせてあげたいですが、そんな簡単に通しては他の天狗に示しがつきません。それに、上司の命令は絶対ですから、そこに私の意志が入ることもありません。なので、力ずくでどうぞ。手加減してあげますから本気でかかってきなさい!!」
まあ手加減なんてするまでもなく今の巫女に勝てる気なんてしませんが、それでも私は妖怪、鴉天狗の射命丸 文。1000年の時を生きる妖怪としての矜持くらい、少しは持っています。なので、通してあげたいし逃げ出したいのは山々ですが、そう簡単に負けるつもりはありません。
幻想郷最速……その一端を魅せるくらいは、許してくださいよ?
「諏訪子様! 諏訪子様ー!!」
「あーうー、早苗どうしたの? そんなに慌てて……っ!?」
慌てたようにわたしの名前を呼ぶ早苗の声が聞こえたので神社の外に出てみると、わたしの目に永らく見ていなかった青が映った。
その青は、わたしをしっかりと見つめている。嗚呼、これは夢なのかな? こっちに居ると思っていた。生きていると思っていた。けれど……もしかしたら……と心のどこかで思っていた。
早苗が抱きかかえていた青は早苗に下ろしてもらい、ゆっくりとした足取りでわたしの元へと歩み寄る。ゆっくりなのは、わたしが誰なのか覚えていないからかもしれない。
もし覚えていないなら、それも仕方ないかもしれない。何せ、離れてから数えるのも億劫なほどの年月が経ったのだから。
だけど……もしも覚えてくれていたなら……わたしの名前を呼んでくれたなら。
「すーこ……?」
「っ! 氷狐!! ひこぉ!!」
こうやって抱きしめて……泣くくらいはいいよね?
「ぐすっ……ありがとう早苗。氷狐を連れてきてくれて」
「い、いえいえ」
たっぷり泣いた後に早苗にお礼を言うと、なぜか早苗は目を逸らしながら少しどもった。その様子は、言うなれば母親にいけないことをした現場を見られた子供の様。
その姿を見て、わたしの頭に1つの疑問が浮かんだ。それは、早苗が連れてくる前は氷狐はどこに居たのか? というもの。
わたしはこの神社の中から出ていないので幻想郷のことをよく知らない。神社の信仰は早苗がやる気を出していたし、わたしの見た目では侮られかねないという理由で天狗達へのこの場所に神社を構える許可を貰う交渉は神奈子が行っているから。わたしの仕事は家事全般だったりする。これでも家事は早苗よりも上手いのだ。
何が言いたいかと言うと、わたしは他の2人が何をしているのか知らないのだ。
「ねえ早苗。氷狐はどこから連れてきたの?」
「えーっと……それはですねえ……」
「すーこ」
「ん? なに? 氷狐」
「あーうー、うーあーうー」
抱きしめたままの氷狐の頭を撫でながら、わたしは氷狐の言葉に耳を傾ける。最初は全く分からなかったけど、ある程度一緒に過ごす内に分かるようになったから驚きだ。
因みに、今氷狐はこう言っている。“れいむとあやといっしょにいたらいきなりつれてこられた”……いきなり? れいむとあやというのが誰かは知らないけれど、この場合は友達、もしくは家族と考えられる。その2人が一緒に居るときにいきなり連れてこられたということは……。
「さーなーえー」
「ひゃい!!」
「いきなり連れてきたとはどういうことかな? 早苗は氷狐を誘拐してきたということかな?」
「ご、ごめんなさい! その子があまりにお2人から聞いた特徴と一致していたのでつい……」
ついで誘拐してきたと言うかこの風祝は。教育を間違ったかな……などと悲観しても時既に遅し。
氷狐と会えたことは嬉しいし、早苗の気持ちも……まあ分からなくはない。もしもわたしが早苗の位置にいたら、きっと同じことをする。だけど、犯罪はいけません。
これが物とかだったら返してきなさいと軽く言えるんだけど……氷狐は物じゃないし、れいむとあやとやらには悪いけれど、簡単に手放したい存在ではない。つまり、返す気もない。
「早苗。諏訪子。お客さんだ」
「お客さん?」
「もしかして……」
「ああ、博麗の巫女とやらだ。怒涛の勢いで天狗共を気にも留めず蹴散らしながら守矢神社《このばしょ》に向かってる……ってなんで氷狐がここに?」
「かーこ!」
「神奈子だ、か・な・こ」
苦笑しながら氷狐の呼び方を訂正する神奈子。この光景も懐かしいね……諏訪大戦での舌戦の時以来かな。あの時は思わず吹き出してしまってすんごい形相で神奈子に睨まれたっけ。顔が赤かったから怖くなかったけど。
それにしても、神奈子は淡白というか……わたしなんか抱きついた挙句泣いちゃったのに。もう少しリアクションがあってもいいのに。
「それはともかく、なんで巫女が……ってもしかして」
「ああ、恐らく目的は氷狐だ。氷狐の名前と緑の巫女殺すって呟いてるらしいしな」
ということはれいむ、もしくはあやという人物、または人外が博麗の巫女であり、早苗はその巫女の目の前で氷狐を攫ってきたと……やってくれたね早苗。
多分信仰のことで博麗神社に行ったんだろうけど……今更何言っても遅いか。ここまで来てるってことは巫女の氷狐に対する想いはかなりのものみたいだし、そんな巫女相手に氷狐と一緒に暮らしたい、なんて願っても却下されるだろう。だけど……。
わたしの想いも……そんなに安っぽいもんじゃないんだよね。
「もうすぐ神社だな。鳥居が見えてきたし」
「氷狐を攫った緑の巫女殺す……待ってなさい緑髪ぃいいいい……」
「だから怖いですって」
勇んで巫女たちに挑んだ私でしたが、見事に巫女に瞬殺されました。というか勝てる気が全くしなかった上に元々さほど勝つ気がなかったので巫女がスペルカードを発動した段階で被弾して負けました。
というかですね、単純に避けられませんでした。どんだけ霊力つぎ込んだんだってくらい威力もありましたし……最後まで戦っていたらどうなっていたことか。主に私の体が。
因みに、先ほどまで居た椛は今はいません。巫女が余りに同僚たちを蹴散らすのでその救助と手当てをしに行きました。私は巫女たちの監視……という名目で巫女たちと同行しています。
「待ちなさい!」
神社も間近に迫った頃、鳥居に続く階段の上からつい数刻前に聞いた声が聞こえた。私達が動きを止め、声のした方を向いてみれば……そこにいたのは私の予想通り、東風谷 早苗と名乗り、氷狐を誘拐した張本人である少女がそこにいた。
というか今出てくるとかなんて命知らずな……ああ、この人は……現人神と言っていたからこの神は、が正しいでしょうか。この神は外から来たから巫女の危険性を知らないんですね。いやー、無知って怖いですねえ。
「よく来てくださいました、博麗神社の巫女さん。神社を明け渡してくれる気になりましたか?」
「……」
「……巫女さん? あのー……何かリアクションしてくれないと困るんですけど……」
「……ミツケタ」
「……はい?」
「見つけたぞ緑髪ぃいいいい!! 家の子を返しなさああああい!!」
「ひぃいいいい!?」
「だからお前の子じゃないだろ」
「あの人本当に巫女ですか? 邪神か何かの間違いでは?」
私と魔理沙の言葉など気にも留めずに少女に向かって弾幕を放ちながら距離を詰めていく巫女。それに対し、怯えの表情を浮かべながら逃げる少女。あー分かりますよその気持ち。滅茶苦茶怖いですよね、怒ってる巫女。それを笑いながら見ている魔理沙はどれだけ肝が据わってるんですか。
そうこうしている内に2人は妖怪の山から離れてどこか遠くへ飛んでいってしまった。多分しばらくは帰って来ないでしょうね。少女の方はご愁傷様です。自業自得ですが。
「さて、私達は氷狐を助けに神社に行きましょうか」
「お前、結構強かだよな」
「世渡り上手と言ってください」
という訳でやって来たのは山の頂上に突然現れた神社。ここにいるのはあの誘拐犯の仲間でもある神……正直、氷狐を取り返せるかどうかは絶望的。
しかも、ここには八坂 神奈子という神の他にもう一柱神がいるとの情報も入っている。人間と妖怪2人では神2柱を相手にするのは荷が重すぎるのが現実。
「おお……霊夢んとこの神社よりもなんか神々しいな。霊夢んとこもこれくらい神々しければ参杯客も増えるかもしれない」
「本人いないことをいいことに言いたい放題ですね。あまり気を抜かないで下さいよ? ここにいるのは八坂 神奈子とかいう、有名な軍神だそうですから」
「生憎、神奈子はさっき出て行ったから留守だよ」
そんな声と共に神社の中から私達の前に姿を現したのは氷狐と、彼と手を繋いでいる……氷狐よりも少し大きいくらいの少女。
頭には大きな目玉のついた大きな帽子を被っており、紫色の服を着ている。その姿は幼く、氷狐と並び立っている姿を見れば姉弟のようにも見える。
しかし……その小さな体から溢れる霊力とも妖気とも違う力が彼女を人ではないと言っている。霊力とも妖気とも違う力……それは“神力”。信仰によってのみ得られ、信仰の度合いによって強くなるその力は、文字通り神である証。
つまり、この少女こそがこの神社の2柱の内の謎とされていた1柱。紛れもなく神。その力は、妖怪や人間なんて軽く凌駕してしまう……。
「なあ。お前さ、あの誘拐犯の仲間?」
「早苗のことだね。仲間っていうか家族だよ」
「その家族が誘拐したそこにいる妖怪を心配しているお母さんみたいな奴が居るんだよ。返してくれないか?」
「本当は嫌だけど……いいよ。会おうと思えばいつでも会える……それだけでも幸せなことだしね」
神と戦いになるのではと危惧していた私ですが、どうやらその必要はなさそうですね。ていうか神様相手になんつー不遜な態度でいらっしゃるのかこの白黒は。
幸いにもこの神様は機嫌を悪くしている様子は見られないし、話は通じるし常識神っぽいので安心です。まるで氷狐のことを前から知っている、しばらく会えなかったというような言葉は少々思うところはありますが……。
「と言いたいところだけれど……やっぱり離れてた分ずっと一緒に居たいというのが本音なんだ。返してほしかったら……やることは解るよね?」
「ああああ、やっぱりそんな上手い話はないですよねー」
「いいじゃん解りやすくて。幻想郷の住人なら、それくらいが丁度いいだろ?」
私はどちらかといえば平和主義なんですが……すくーぷやら騒動やらも大好きですけどね。
それに、相手は子供みたいな姿をしているとは言っても神。何度も言うように、神と他の存在には明確で越えられない力の差というものがある。私と魔理沙の2人で同時に戦ったとしても、勝てる可能性は殆どない。
「ですが……」
「ああ。その勝てる可能性を作り出せるのがスペルカードルールさ」
「ふふっ、いいね。やっぱり子供は元気が一番さ。さあ、氷狐も一緒に遊ぼうか」
「うー♪」
「「はい!?」」
神は信じられないことを言ったかと思えば、手を繋いでいた氷狐を抱き上げて宙に浮かんだ。しかも氷狐も乗り気です。
そして私たちが制止の声をかける間もなく、神と氷狐から弾幕が飛んできた。当然、私たちは飛ぶことで回避し、また飛んできた弾幕を避けていく。
「ちょ、マジで氷狐も一緒にやるのか!?」
「ん? 氷狐はダメなのかい? 仲間外れはいけないよー」
「うー!」
「いや、そうではなくてですね……氷狐も仲間外れにする気はないですから怒らないでください」
「だったら問題ないね? 子供はみんな仲良く遊ぶもんさ」
ていうか私は子供ではないのですけど……あーでも年齢的に考えると神の方が恐らく年上ですし、子供扱いされても仕方ないかもしれません。
しかし、勝負ではなく遊びと言いましたか。それはつまり、私たちでは勝負にならないという遠回しの罵倒でしょうか? それとも……本当にただの遊びなのでしょうか。
「さあ、楽しい楽しい“神遊び”の始まりさ。見事わたしたちに勝って、氷狐を取り返してみな!」
ともかく……今は全力で挑むとしましょうか。
ああ、楽しいな。こうして早苗と神奈子以外と遊ぶのは何時以来になるかな。
わたしを信仰してくれる人間達が減って、昔のように参杯客や神社の下に住んでいた人間達と子供の振りをして触れ合っていたのも今は昔。いつしか私を認識できる人間は早苗以外にいなくなり、会話をする相手が早苗と神奈子だけになり……口にも顔にも出さなかったけれど、わたしは寂しかった。
広かったわたしの世界は酷く狭くなり、信仰が薄れて存在すらも危うくなった。寂しさと恐怖に、2人に内緒で泣いたこともある。
そんな私の楽しみは、たまに神社にやってくる子供たちの遊ぶ姿を見ることだった。遊ぶ姿が、私と……氷狐と一緒に遊んでいた光景を思い出させてくれるから。
それが今では、こうして氷狐と触れ合いながら子供たちとわたしが直接遊んでいる。こんなに……こんなに嬉しいことはないよ。
因みに、わたしは勝つ気は全くない。さっき言った本音は本当だけど……その前に言った言葉も偽りのない事実。遊び云々は、わたしのわがままみたいなものかな。
だって……もう少し、氷狐と一緒にいたかったし。それに、氷狐に教えてもらった弾幕ごっことやらもやってみたかったしね。
「小さい上にすばしっこい! でも、これならどうだ!?」
恋符「マスタースパーク」
「あっはは! すごいすごい!」
「うー♪」
「ちょっと魔理沙! 氷狐に当たったらどうするんですか!?」
「大丈夫、気絶で済むはずだから!」
飛んできた極太のレーザーみたいなものを下に掻い潜るように避けてわたしと氷狐は楽しいという思いを乗せた言葉を放つ。いやー、幻想郷の人間はすごいね。まさかレーザーが飛んでくるとは思わなかったよ。
でも、あれは当たったら気絶では済まないでしょ、確実に。あれには絶対に当たらないようにしよう……主に氷狐のために。
「次は私です! いっきますよー!」
「無双風神」
そう言うと鴉天狗の少女は右に勢いよく動き、大量の弾幕を飛ばしてきた。確かに量は多いけど、これくらいなら当たる心配はない。
かと思いきや、まだ弾幕がこちらに向かって飛んできている最中なのに少女は右から左へと動き、また大量に弾幕を飛ばしてきた。
さらにまた左から右へと動いて弾幕を、さらに左から右へ動いて弾幕を……その左右への移動はどんどん速くなり、いつしか少女の姿は幾つかの線にしか見えなくなり、動く度に飛んでくる弾幕の量が増えてきた。確かに、弾幕の量は多い。線にしか見えないその速度は、風神の名を冠するに相応しいかもしれないね。
「だけど、私は本当の風神と戦ったことがあるんだ。そいつに比べれば君が風神の名を語るには……まあ速度だけなら許してあげようかな」
彼女の速度がどれだけ速くても、弾幕の速度は変わらない。量ばかり増えても、わたしには1つ足りとも当たらなかった。
そうやって避け続けていると、忽然と大量の弾幕が姿を消した。多分、制限時間とやらが来たんだろうね。
「あやや、全然当たってないですね」
「ま、これでも神だからね。さてと……楽しかったよ、名前も知らぬ子供たち。これで終わらせようか」
そう言った後に、わたしは1枚の札……スペルカードを取り出す。これは、氷狐に説明を受けた後に急いで作った今わたしが持っている唯一のスペルカード。
時間は短かったけど、氷狐と一緒に考えて作った……記念の1枚。
「わたしが持っているカードはこれ1枚。ルールに則り、これを被弾せずに避けきれば君らの勝ちだよ」
「いいぜ、どんなカードだって避けきってやるさ!」
「私もですよ。そして氷狐は返してもらいます」
「あはは、いいね。子供が元気が一番! それじゃ、行ってみよー!」
神妖「かつて遊んだ鬼ごっこ」
子供たちに向かって飛んでいく、ぴょんぴょんと跳ねるような軌道を描く弾幕と、それを追いかけるように飛んでいく弾幕。この二つを1セットにして、飛ばす数をどんどん増やしていく。
跳ねる弾幕は、相手に向かって飛ぶホーミング弾。そして……。
「うわっと!? なんだこれ!?」
「ず、ずいぶんと避けづらああああ!! かすった! かすりましたよ!?」
後ろの弾は、“跳ねる弾を追いかける”弾。相手が跳ねる弾を避ける度、その避け方によって軌道が変わる弾。不規則で面白いでしょう?
スペルカードは、名前と弾幕の軌道に意味があるように作るらしい。このスペルカードは、わたしの思い出の1つを弾幕として表したもの。
跳ねるの弾は、昔、氷狐とした鬼ごっこの時の逃げる役のわたし。後ろの弾は、鬼の役である氷狐。
私が彼と最初にした遊びが鬼ごっこだった。その時は、彼がいつまでたってもわたしを捕まえられないから泣きそうになっていたことをよく覚えている。
ふと気がつけば、設定した制限時間が迫っていた。子供たちはまだ被弾していない……恐らく、このまま被弾せずに避けきり、わたしと氷狐は負けてしまうだろう。
不意に、抱きかかえている氷狐がわたしの首周りにぎゅっと抱きついてきた。その感覚で、わたしの心に懐かしさと嬉しさがこみ上げてくる。
ああ、思い出した。泣きそうになったらわたしは立ち止まって……それを見た氷狐がわたし抱きついてきて。その時に、わたしは決まってこう言った。
「……ふふっ。つかまっちゃった」
そして、制限時間が終わりを迎えた。
「あーうー、負けちゃったよ神奈子」
「はいはい」
あの遊びからしばらく経った夜、わたし達は神社の中にある居間で寛いでいた。勿論、氷狐はここにはいない。
わたしと氷狐に勝った2人は名前を名乗った後、氷狐を連れて博麗の巫女を探しに去って行ってしまった。魔理沙がまた遊ぼうと言ってくれたことは、素直に嬉しかった。
あの時鴉天狗の長である天魔とやらに会いに行っていた神奈子は、交渉の末にこの場所に在住する許可を取ることができたらしい。その際に拳に赤い何かが滴っていたのは見なかったことにした。
早苗は、なんとか生きてこの場所に帰ってきた。ボロボロではあったけれど、重症というほどではなかったのは奇跡だと思う。便利だよねえ、早苗の“奇跡を起こす程度の能力”。
「負けたのに随分と明るいじゃないか諏訪子。本当はわざと負けたんじゃないか?」
「あはは、遊びに手を抜くようなことはしないよ」
そう、わたしは遊びには手を抜いていない。ルールに則って遊び、魔理沙と文はそのルールの中でわたしに勝った。弾幕ごっこ、すごく楽しかったなあ……またやろう。
そうだ、今度は氷狐とやってみようか。それとも、また氷狐と一緒にやってみようか。きっと、とても楽しいに決まってるんだ。だから……。
「神奈子」
「うん?」
「幻想郷《ここ》はいいところだね」
「……ああ」
きっと明日も楽しくて……幸せな1日になるよね。
殆ど諏訪子様視点ですね。これが神と妖怪の差か(違っ
捏造設定やら何やらのオンパレードです。楽しんでいただければ幸いです。
次回でこの射命丸 文、風神録編は終了となります。それでは感想、評価、批評をお待ちしております。