【氷狐《ひこ》】
彼は子狐の妖怪であり、現在は八雲 紫の計らいで八雲家に住んでいる。
容姿はうなじが見えるくらいの長さの青い短髪で頭には青い毛並みの狐の耳、お尻からは同じ毛色の大きな尻尾が生えている。瞳の色は青、というよりも“蒼”というべき色合い。見た目は3~5歳の子供で服装は特に決まっていない。着物やら浴衣やら紫とお揃いの服やら様々である。
その能力は“思考(オモイ)を現実(カタチ)にする程度の能力”。使うためには一切の混じり気のない純粋な思考が必要であり、思考次第では“ほぼ何でも出来る”能力である。ただし、無から有は生み出せない。他人の思考を現実にすることも出来るが、それには上記の条件を満たしつつ彼の体に密着する必要がある。また、現実にしたものに過程は存在しない。例を挙げるなら、能力でリンゴを真っ二つにした場合、“どうやって”真っ二つにしたのかが分からないという状態になる。
妖力の総量は小妖怪ほどしかなく、空もほんの少ししか飛べない。が、その実年齢は2千万を超えるという真の意味での幻想郷最古の妖怪。
うーやあーなどの拙く幼い言動しか出来ず、思考力も子供ほどにしかない。リンゴや甘味、果実酒など甘いものが好物。お風呂は大嫌いな様子。家事は紫以上には出来る。実は大人の階段を上らされていた、実は遠い子孫が出来ていた、現在進行形で逆光源氏計画を進められている、彼の保護者になりたい存在が日夜激闘を繰り広げていたりいなかったりなど本人の知らぬところで色々と計略されている。
今回のお話は、この作品の主人公……氷狐を中心に織り成す、ほのぼのとしながら過ごしていく……そんなお話である。
ぴくん、と青い耳が動いたことを合図に氷狐は目を覚ました。閉め切っている障子越しに少しだけ入る朝日を少し眩しく思いながら片目を擦り、彼はまだ薄暗い部屋の中を見回す。見回した後は軽く深呼吸して畳のいい匂いと共に隣から香る甘い匂いを体に入れ、隣から聞こえる寝息を立てている妖怪へと顔を向ける。
そこにいるのはこの家の主であり、幻想郷の賢者の異名を持つ八雲 紫。無防備に眠っている姿を見ることができるのは、幻想郷の中でも氷狐か従者の藍くらいなものだろう。甘い匂いも、彼女から香るものだ。
眠っている紫を見た氷狐は自らの唇に立てた人差し指を持って行き、誰にでもなくしー……っと呟きながら紫を起こさぬように布団から出る。そのまま寝巻きのまま静かに閉めていた障子を開き、部屋から出てゆっくりと閉めた。
なるべく足音を立てぬように廊下を歩き、目指すは台所。歩く度に霊夢から貰った赤い首飾りがチャラチャラと鳴り、その音を楽しんでいる内に目的地に辿り着いた。
「うー」
「ん? ああ、おはよう氷狐。いつも早いな。おいで? 顔を洗ってあげよう」
「あーうー♪」
そこに入れば、いつも同じ狐の妖怪である八雲 藍がいる。藍が眠そうに目を擦っている氷狐を見れば、いつも苦笑を浮かべて台所で顔を洗ってくれる。そうしてさっぱりした氷狐が次に向かう先は藍と、藍の式神である橙の部屋。
静かに障子を開けて中に入ってみれば、そこにいるのは未だに眠っている橙。この橙を起こすのが、氷狐の最初のお仕事である。
「ちぇん。あーうー」
「むにゃ……」
「うーうー」
「にゃむにゃ……? あ……ひこ~」
ゆさゆさと橙の体を揺すること13秒。ようやく目を覚ました橙は氷狐の姿を確認すると抱きついてきた。しかし、彼は慌てない。だっていつものことだから……そして子供だから。抱きついてきた橙をそのままうんせうんせと布団から引き摺り出し、その後は予め用意していた桶の中に入っている水を片手で掬って藍がしてくれたように橙の顔を洗う。手が小さいので水をあまり多く掬えないが。
それでも目を覚ますには充分だったらしく、橙は氷狐から離れて自分で顔を洗い始める。数回洗った後に氷狐からいつの間にか持っていた外の世界産のタオルを受け取り、水をふき取ると本日最初の笑顔を浮かべた。
「おはよー氷狐ー♪」
「うー、ちぇん♪」
挨拶を済ませれ2人は仲良く台所へと向かう。その目的は、橙が愛する主に朝の挨拶をするため。それから……。
「藍様! おはようございます♪」
「おはよう橙。氷狐も、橙を起こしてくれてありがとう。それじゃあ2人とも、始めようか」
「はいっ!」
「うー!」
今日の朝ごはんを、3人仲良く作るためだ。
「行ってらっしゃい氷狐」
「あーうー」
紫が起きて4人で朝ごはんを食べ、服を寝巻きから着替えれば、後はそれぞれが自由に過ごすのが八雲家の日常。氷狐も紫にスキマを開いてもらい、妖怪の山のとある場所に足を運ぶ。これも、ほぼ毎日行われていることだ。
とある場所、というのは白狼天狗の犬走 椛が巡回している範囲内のどこか。目印は特になく、氷狐も紫も感覚的にこの場所を覚えている。まあ、それは……今目の前にいる椛にも言えることではあるが。
「おはよう氷狐。今日も早いな」
「もみじ、あーうー。うーうー」
「ああ、それでは行こうか。離れるなよ」
「うー♪」
2言3言会話した程度で話を切り上げ、椛は氷狐と共に歩き始める。理由は、人里の八百屋に売るための山の幸を探すためだ。空を飛ばないのは氷狐があまり飛べない、山の幸は基本的に地面の近くにあるためである。
はぐれないようにと2人は手を繋ぎ、氷狐の感覚を頼りに山菜やら果物やらを収穫していく。1時間もすれば氷狐の両手いっぱいに集まり、椛が持ってきていたカゴの中に詰める。カゴの中は半分ほどしか埋まっていないが、これで十分に一日の糧を得ることが出来る。それに、あまり多く採ってしまっては山の住人が困ってしまうのでほどほどにしておかないといけない。
「こんなものか。氷狐、そろそろ行こうか」
「あーうー♪」
頃合を見て椛がそう提案し、彼が頷いたことを確認した後に彼を抱き上げた椛は空に上がる。その際に自分の周囲を“千里先を見通す程度の能力”を使って確認する。周囲に自分の警備範囲内に近づく他の天狗や侵入者がいないことを確認し、彼女は人里の方向へと飛んだ。尚、カゴは氷狐が大事に抱きかかえている。
人里に着けば、最初に出会うのは門番の男性。何の能力も持たない人間の身でありながら長年里の門番を続けている彼は氷狐と椛の姿を確認すれば柔らかな笑みを浮かべ、いつもの様に門を開けた。
開いた門の先に見えるのは里に住む人、人、人。普段は妖怪に恐怖している人間も、それが慣れ親しんだ妖怪なら笑顔を浮かべる。以前はどこか距離を置かれていた椛だったが、ここ暫く氷狐と、あるいは里の人間から信頼されている妹紅と一緒に里に来るようになって以来はそのようなこともなくなっていた。
下ろされた氷狐と椛が向かう先は、いつもの八百屋。そこの店主は御年60を超える女性で、店を1人で切り盛りしている。この店に通う人外は殆どが幼い容姿をしているため、大抵は孫のように、或いは子供のように扱われることが多い。無論、氷狐はその筆頭である。
「あーうー」
「店主。いるか?」
「おや、子狐ちゃんに椛ちゃん。いらっしゃい」
人の良さそうな笑みを浮かべ、店主は2人を歓迎する。そこからはいつものように採ってきた物を売り、その分の資金を得る。見た目が子供だからと言って渡す資金を減らしたりしないのが、この店のいいところだ。
資金を得た氷狐と椛が向かう先は、この店のすぐ近くにある甘味処。最近では新作の甘味が文々。新聞で紹介され、売り上げが増えたと専らの噂である。それと同時に、文々。新聞の購読者が増えたとの噂も出ているが、真実かどうかは定かではない。
「うーあー」
「あら、子狐ちゃんに椛さん。お団子ですか?」
「ああ、いつものを3つ頼む」
「うーあーうー」
「はい、みたらし団子3つと3色とみたらし1つずつ……それから、3色3つですね?」
「頼むわね」
「かしこまりましたー♪」
2人の隣には、いつの間にか風見 幽香の姿があった。それに特に驚いた様子もなく、女性店員は店の中へと消えていった。この光景は、別に珍しいことではなかった。
幻想郷最強の一角、フラワーマスターの風見 幽香。かつては大妖怪と人間人外問わずに恐れられていた彼女も氷狐、椛と過ごしているうちに里の人間に受け入れられた存在だ。今では甘味処で聖戦と称した幽香と椛による2人の団子談義は名物になりつつあった。最近ではそれぞれの仲間が増えているとかいないとか。
「出ましたね幽香……今日こそ決着をつけてやります」
「言うじゃない椛……では決着をつけましょうか」
「「みたらし(3色)と3色(みたらし)……どちらが至高か!」」
そんな2人を楽しそうに見ているのはやはりと言うか氷狐。基本的にリンゴや甘いものが好きな彼はどちらが上、という話には加わらない。自分の好きなもの以外はどうでもいいという子供心があるから。
彼の頭では、2人は仲がいいなーくらいの緩い思考しかされていないだろう。出された団子をそっちのけで語り合っている2人を見ながら、自分はマイペースにみたらし団子を美味しそうに頬張っている。その姿は、見るものが和むほどに愛らしい。
みたらしを食べ終え、残りの3色団子に向かって手を伸ばす。その時になって現れ、彼が手にした団子を掻っ攫っていくのが……自称普通の魔法使い、霧雨 魔理沙である。
「もーらい」
「う!? まーさ! あーうー!」
「そんなに怒るなよ氷狐。いつものことだろ?」
「そうね、いつものことよね」
怒る氷狐に対し、笑いながら奪った団子を口へ運ぼうとする魔理沙の手がピタリと止まった。その顔は青ざめ、冷や汗を流し、恐怖を感じているのか震えている。
そして恐る恐る後ろを振り返ってみると、そこにいたのは……素敵な楽園の巫女、子狐のお母さん、博麗の巫女こと博麗 霊夢の姿。首には氷狐とは色違いの青い首飾りがある。
「ひいっ! ○ィオ!!」
「それはレミリアんとこのメイドでしょうが。氷狐の盗るなって何度言えばああああ!!」
霊符「夢想封印」
「……あーうー」
怒っていた氷狐も、霊夢の攻撃を受けた魔理沙を見て思わず苦笑いを浮かべる。魔理沙が来て、魔理沙が氷狐の団子を盗って、霊夢が来て、霊夢が魔理沙をお仕置きする……これも団子談義と並ぶ甘味処の名物だった。尚、この程度では団子談義は止まらないので現在も続いている。
黒焦げになって地面に横たわる魔理沙をわざわざ踏みつけ、霊夢はいつの間に奪い返したのか3色団子を氷狐へと手渡す。なぜ団子が無傷なのかは突っ込んではいけない。
「氷狐も油断しちゃだめよ? 魔理沙が来たらとりあえず噛み付きなさい。それから、知らない人と妖怪には付いていかないこと。お菓子とかも貰っちゃだめよ? それから……」
このように霊夢が母親化するのも、もうほぼ毎日あることだった。氷狐の朝は、ドタバタとしていて退屈することはないのだ。
それに、彼自身はこんな騒動は大好きである。それは、その騒動の中に自分の大好きな存在が入るから。自分の傍には、大好きな存在がいつもいるから。なので、例え霊夢が少し説教のような話をしていたとしても。
「分かった? 氷狐」
「あーう♪」
元気良く、返事を1つ。
この後は博麗神社で霊夢と復活した魔理沙と共に昼食を食べ、2人と共に縁側で日向ぼっこをしつつ仲良くお昼寝。
夕方ごろに迎えに来た紫に起こされ、少し不機嫌になった霊夢とそんな彼女を見てニヤニヤしている魔理沙に見送られながら、彼は紫と共に八雲家に帰っていく。その後、藍と橙と共に夕食の用意をし、食べた後は無理やり2人と一緒にお風呂に入る。
入った後は紫と同じ布団に入り、その一日を終え……楽しい楽しい夢を見る。そして、次の1日を迎える。
それが氷狐の基本的な、ほのぼのとした日常である。
「みたらしです!」
「3色よ!」
「椛ー、こんな時間まで持ち場を離れるなんてあなたらしくな……ああ、またですか」
「文様、みたらしですよね!?」
「文、3色よね!?」
「わ、私を巻き込まないでください!」
という訳で、今回から氷狐のお話になります。最近主人公タグが働いていない気がします。
このお話の起承転結で本編は完結する予定です。完結は来年になりますね。
それでは、感想、評価、批評の方をお待ちしております。