子狐幻想記   作:d.c.2隊長

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子狐幻想記 承

 「ゆーこ、うー!」

 

 「こんにちは幽々子」

 

 「いらっしゃい紫、氷狐くん」

 

 よく晴れた昼下がりの空の上。昼夜問わず暗い空の広がる冥界にある大きな屋敷に、氷狐と八雲 紫、屋敷の主である西行寺 幽々子の3人はいた。今まで触れることはなかったが、氷狐が八雲家に住むようになってから彼は紫と共にたまにこうして西行寺の屋敷に訪れる。最も、頻度はそれほど高くはないが。

 

 「お庭番のあの子の姿が見えないわね?」

 

 「妖夢ならあのおつかいに出かけているわ。さっき食べたお昼だけじゃ足りなくてねえ」

 

 「相変わらず大食漢ね……」

 

 「こんな美人に向かって漢なんて失礼しちゃうわ~」

 

 「大食いっつってんのよ食いしん坊」

 

 あらあら、というどこぞの奥様風に手を頬に当てながらニコニコとしている幽々子と、対照的に疲れたような顔で額に手を当てる紫。以前は逆の立場であった2人だが、こうしてボケとツッコミの役割が変わるのは彼女たちにとっての日常である。

 

 そんな彼女たちを、氷狐はいつも楽しそうに見ていた。友人、親友、悪友、ママ友なんて言葉が似合いそうな2人の会話は、見ているだけで面白いのかもしれない。もしくは、彼は単純に仲良しの存在を見ていることが楽しいのかもしれない。

 

 「幽々子様ー、只今帰りましたー……あ、紫様に氷狐。こんにちは」

 

 「お帰りなさい妖夢」

 

 「お帰り妖夢。お邪魔してるわよ」

 

 「よーむ、うー♪」

 

 やがて、おつかいに出ていたという魂魄 妖夢が買い物袋を引っさげて帰ってきた。大量に食材の入った買い物袋は両手にそれぞれ7つずつといかにも重そうではあるが彼女の顔は至って涼しげだ。半人半霊、彼女も立派な人外である。

 

 彼女が帰ってくれば、始まるのは1度中断されたという西行寺家の昼食。まだお昼ご飯を食べていなかったという紫と氷狐も同伴に預かり、4人で妖夢の作る昼食を平らげていった。大量に買ってきたはずの食材の半分はこの昼食で消えうせ、消えた内の8割は幽々子の胃袋の中に消えていったのは言うまでもないことだろう。なぜ亡霊が飯を食えるのだ、なんてツッコンではいけない。非常識が常識なのが幻想郷である。

 

 その日、紫と幽々子の2人は平凡な日常会話を、氷狐は紫の膝の上でお昼寝を、妖夢はお庭番の仕事や家事、剣術の稽古などをして1日を終えた。途中、お腹がすいたので氷狐の尻尾に噛み付こうとした幽々子に紫が割と本気の弾幕をぶち込むという事件が起きたが、それでも無事に1日を終えた。終えたったら終えた。

 

 

 

 とある日、氷狐は伊吹 萃香と共に縁側で酒を飲んでいた。こうなった経緯は、八雲家にやってきた萃香を氷狐が出迎え、珍しく他の八雲家の住人がいなかった為である。氷狐、初めてかもしれないお留守番。

 

 無論、酒呑童子である彼女の出す酒が果実酒のような甘いものの訳がなく、度数の高いそれを飲んでしまった彼は今、顔を真っ赤にしてふらふらと体を揺らし、くぴくぴと酒を飲んでいる。完全に酔っ払っていた。

 

 「あちゃー……こりゃ見つかったら霊夢か紫に殺されるかな?」

 

 「ふゅ~……?」

 

 声なのか鳴き声なのかも分からないような声を出す氷狐に目を向け、冷や汗をかいていた萃香の酒気が一瞬飛んだ。

 

 着崩れた着物にとろんとしてうっすらと潤んだ瞳、口元からはだらしなく酒が垂れており、その姿は子供でオスだというのにも関わらず、妙な色気を感じさせる。しかも子供を酔わせているという背徳感が彼女の背中を駆け抜け、ゾクゾクとした言い知れない快感に体を奮わせる。

 

 (って遊郭に来たおっさんか私は)

 

 なんて冗談を頭に思い浮かべ、家主と紅白の母親に見られたら間違いなく殺されるであろう未来を想像した彼女はすぐさま着崩れた着物を直し、無理やりに寝かしつけるべく行動を起こす。

 

 「さあ氷狐、ねんねしようなー。主に私のために」

 

 「やー……」

 

 「やーじゃなくて。お前べろべろに酔ってるし寝たほうがいいって。私が酔わせて襲ってるように見られでもしたら死ぬから。冗談抜きで死ぬから。私がふあっげぶう!!」

 

 寝かしつけるために両手を押さえ込み、廊下に押し倒す萃香。その行動だけを見れば、どう考えても変態である。しかしながら実態は子供同士のスキンシップにしか見えないのはその幼い姿故か。どっちも1000才を軽く上回っているのに。

 

 そんな感じで頑張ること数秒、唐突に彼女の頭に何かがぶつかった。あまりの質量と激痛から鬼であるにも関わらず意識を失う寸前の萃香が見たものは……えげつない位の霊力の篭った霊弾と霊力を纏った矢。

 

 (こ……これは霊夢と医者の……)

 

 母の愛は、時に空間すら越える。距離的な意味で。

 

 後に帰ってきた藍と橙が見たものは……先に帰ってきていた紫が頭から血を流して倒れている鬼にトドメを刺そうとしている姿と、それを必死に止めている氷狐の姿だったという。

 

 

 

 その日、氷狐は迷いの竹林にある永遠亭に来ていた。勿論能力を使って。

 

 彼が来ることで一番喜ぶのは、この永遠亭で医者をしている八意 永琳。遥か昔に永い時間会えなかったということもあり、彼に対する愛情は幻想郷でも1、2、3、4、5を争うことだろう。

 

 尚、この永遠亭には永琳、蓬莱山 輝夜、鈴仙・優曇華院・イナバの他に因幡 てゐ《いなば てい》という兎の妖怪がいるが、この妖怪と氷狐は会ったことがない。その理由は、彼女が悪戯好きであることが上げられ、永琳が氷狐が来ている間は頑丈で頑強でよくわからないモノで作り上げられた檻に閉じ込めているからである。哀れ兎。

 

 「いい天気ねえ」

 

 「あーうー♪」

 

 氷狐が来たからと言って何か特別なことをするわけではない。買ってあった甘味とお茶を出し、ただ一緒に甘味を食べたり、日向ぼっこをしたり、永遠亭の周りを散歩したり、一緒にお昼寝をしたり。

 

 永い時を共に過ごせなかった永琳にとっては、これだけでも充分に幸せなことだった。最初の友達で大事な家族……そんな存在だからこそ、こうした日常が何よりも幸せなのだ。

 

 最も、本音では共に暮らしたいと思っているであろうが……博霊 霊夢と紫、洩矢 諏訪子がそう簡単に許すはずもないので今は空想にしかならないが。人里の守護者? 実力が違いすぎて話にならないし話を聞く必要がない。

 

 そんなことを考え、不意に目の前の甘味を美味しそうに頬張っている愛しい子狐に目を向ける。それだけで彼女は幸福感に浸れるし、それだけで充実感を得られる。何も焦ることはない。お互いに時間は無限にあると言える存在。いつかまた、共に暮らせる日は来るのだ。

 

 「それを食べたらお昼寝しましょうか」

 

 「うーあーうー♪」

 

 今はただ、この日常が愛おしい。

 

 

 

 その日、氷狐は紅魔館にいた。

 

 「男女の営みというのはね、うんたらかんたら」

 

 「ふむふむ」

 

 「にゃー?」

 

 「いとなみってなんだ?」

 

 「ちょっと黙っててチルノ。聞こえないから」

 

 「うー?」

 

 そしてフランドール・スカーレット、橙、チルノ、メディスン・メランコリーらと共に諏訪子から性教育を受けていた。最初は仲良く紅魔館の中で遊んでいたはずなのにどうしてこうなった。

 

 真剣に聞き入っているのはフランとメディスンの2人で他の3人はよくわかっていない様子。分かられても困るが。諏訪子もなぜ聞かせているのか。その理由は大体こんな感じである。

 

 紅魔館でかくれんぼをして遊んでいた6人の内、諏訪子とフランが図書館に隠れて艶本……俗に言う18禁の本を偶然にも見つけてしまった。普通なら慌てるなり顔を赤くしつつも興味本位で読むなりその他諸々……だと思われるがそこは氷狐を色んな意味で育てようとしている2人。かくれんぼの最中にも関わらず氷狐を見つけ出し、思いっきりその場で性教育を始めたのだ。そこに他の3人も入って現在の勉強会の出来上がりである。因みに鬼はチルノだった。

 

 しかし、その勉強会は唐突に終わる。諏訪子達の目の前で忽然と氷狐と橙の姿が消えた……というか足元に現れた気味の悪い空間に繋がっている穴に落ちたからだ。その穴から変わりに現れたのは……紅白と紫の鬼。

 

 「うちの子に何を教えているのかしら……?」

 

 「霊夢の子じゃないでしょ。うちの子よ」

 

 「いや、あんたらの子じゃないから。橙はともかく、氷狐はあんたらの子じゃないから」

 

 そんな諏訪子のツッコミを無視し、霊夢と紫はその身を穴から出し、穴は消え失せる。突然現れて言い知れない怒気を纏う2人に、フランとチルノ、メディスンの3人はお互いを抱き締めあって恐怖からか、それともチルノが寒いからか震えていた。

 

 なんで聞こえていないはずの話の内容を知っているんだとか、なぜこの場所が分かったのか……そんなことは疑問に思わない。幻想郷ではそれが普通なのだ。

 

 「とりあえず、色神は消えなさい! ついでに紫も消えなさい!」

 

 「最初は同意するけど最後は拒否させてもらうわ! そろそろ自重しなさい腋巫女!」

 

 「いきなり出てきていきなり暴れるなんてなってないね! 神様怒らせると罰が当たるよ!」

 

 「フラン、チルノ、逃げるよ!」

 

 「「りょーかい!」」

 

 そして始まる人神妖の大戦争。子供たちはすぐさま安全な場所まで避難したため、幸いにも怪我はなかった。

 

 ただ、今回のことで紅魔館が半壊したために当主は号泣、息の荒い従者に慰めてもらった後、紅魔館修復の間紅魔館組は八雲家でお世話になったそうな。フランちゃん棚から牡丹餅。

 

 

 

 ある日の夕方、一緒に遊んでいた寺小屋の子供たちと上白沢 慧音と別れた氷狐は少し寂しそうにその去っていく背中を眺めていた。迎えに来た紫に手を引かれ、開かれたスキマを通ればそこはもう八雲家の玄関。そこを通れば八雲 藍と橙と一緒に夕食の用意をして4人仲良く作った夕食を食べ、嫌々ながらお風呂に入れられ、紫と同じ布団で眠り、次の日を迎える。

 

 子供心で氷狐は思う。友達とずっと一緒に遊んでいられたら……しかしその思考は叶わない。無意識にそれは叶わないと思っているのか。それともそれほど本気ではないのか……それは彼にしか分からない。

 

 だが、彼はふと思いつく。それは子供のように単純で、子供のように純粋で。

 

 “そうなった”未来を想像したのか、彼の顔に笑みが浮かぶ。その未来は、きっと楽しいのだろう。その未来は、きっと幸せだろう。だから思うのだ……そうなったらいいのに。だから願うのだ……そうなったらいいのに。だが、それを願ってしまうのは……。

 

 

 

 -ぼくがだいすきなみんなと……いっしょにいられますように-

 

 

 

 それは……子供ように残酷なことなのだ。

 

 

 

 

 

 

 「……ん……?」

 

 「あら、起きたのね霊夢」

 

 朝、霊夢はいつものように目覚めた。寝ぼけた目を声のした方に向けてみれば……そこにいたのは、十六夜 咲夜。なぜ彼女が……なんて疑問を思い浮かべることもなく、霊夢はさも当然のようにその光景を受け入れた。

 

 「……おはよう咲夜」

 

 「ええ、おはよう。起こす手間が省けて助かったわ。私はお嬢様と妹様を起こしてくるから、“その子”を起こして居間にいらっしゃい。お嬢様たちとその子以外は、みんな起きてるわよ」

 

 そう言って去っていく咲夜の姿を見届け、霊夢は隣にいる布団の温もりとは別の温もりの主に目を向ける。規則正しい寝息が、彼がまだ眠っていると言うことを教えてくれる。その姿を見て、彼女は優しげな笑みを浮かべた。

 

 青い髪を撫で、その撫で心地のよさをしばらく楽しむ。それを名残惜しげに終えれば、未だに眠り続ける体をゆっくりと揺すった。

 

 「ほら……起きなさい。もう朝よ」

 

 「うー……」

 

 ゆっくりと、まだ眠そうなまぶたが開いていく。そこに現れた蒼い瞳が霊夢の姿を映し……嬉しそうに、彼は笑みを浮かべた。

 

 「あーうー……れーむ」

 

 「ええ、おはよう氷狐」

 

 何気ない、ありふれた朝の挨拶。そして、そこから始まるのは……。

 

 

 

 “いつもと変わらない”……平凡な日常。

 

 

 

 「すー……んー……」

 

 「うーん……くー……」

 

 「……」

 

 「あや、咲夜さん? そんなところで固まってどうしたんですか?」

 

 「……」

 

 「咲夜さ……鼻血を出して気絶してる……? 美鈴さん、彼女に一体何が……?」

 

 「知らない方がいいこともあるんですよ文さん」




今年最後の更新となります。それでは皆様、よいお年を。

子狐幻想記も氷狐くんも来年も頑張ります。

「あーうー♪」
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