子狐幻想記   作:d.c.2隊長

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後半シリアス満載。


子狐幻想記 転

 『いただきます!』

 

 「あーうー♪」

 

 博麗神社の奥にある居住空間、その中の居間でいただきますの大合唱と共に行われるのはいつもと同じ朝食。

 

 この神社に住む八雲 藍、十六夜 咲夜、鈴仙・優曇華院・イナバ、魂魄 妖夢等4人がかりで作り上げる料理は尋常ではない量がある。咲夜が居間の空間を広げていなければ絶対に入りきらないほどに。しかしそれほどの量があったとしても、数10分もすればその料理もなくなり、残るのは大量の洗い物のみである。この中の半分は西行寺 幽々子の胃の中へ消えるのだ。

 

 博麗神社で行われる朝食……否、食事全ては戦争と呼ぶべきものである。

 

 「幽々子! それ私のから揚げでしょう!?」

 

 「いいじゃない紫、いっぱいあるんだし~。あ、妖夢~ご飯のおかわり、よろしくね~」

 

 「またですか……もう5合目ですよ?」

 

 「合!?」

 

 「お嬢様……あまりこぼさないで下さい」

 

 「し、仕方ないじゃない! このおはし、ってのはなかなか慣れないのよ!」

 

 「橙ー、味噌汁は熱いから気をつけるんだぞ?」

 

 「はい、藍様!」

 

 主従が入り乱れて世話をしたり、されたり、おかずの取り合いをしたり。

 

 「目玉焼きには醤油と決まっています! なんですかその白いどろっとしたものは!」

 

 「いいえ、マヨネーズよ! そんな塩っ辛い黒い液体なんかかけられる訳ないでしょう!」

 

 「団子じゃなくてもケンカするんですか」

 

 「文さん。触らぬ神になんとやらですよ」

 

 「呼んだかい?」

 

 「おい、まだ勝負の途中だろう。どこ見てるんだお前は」

 

 いつも団子でケンカをしている2人が違うことでケンカしていたり、それを上司と門番が見ていたり、神と鬼が朝から飲み比べをしていたり。

 

 「鈴仙、お酒持ってきてー。ほらーもこーも飲みなさーい!」

 

 「鈴仙、酒じゃなくて水を持ってきてくれ……」

 

 「あはは……ちょっと待っててください」

 

 「あたい、熱いの飲めない」

 

 「冷ましてあげるから貸しなさい」

 

 うさ耳少女が月の姫にお酒をねだられたり、酔っている姫を白髪の蓬莱人が介抱したり、氷精が熱い味噌汁を飲めなかったり、隣の人形の妖怪が冷ましてあげたり。

 

 「今日はこのプランで行くよ」

 

 「うん、分かった」

 

 「む……私よりも美味しいかもしれません……」

 

 「私も料理、覚えたほうがいいかしら……」

 

 「パチュリー様? 何か言いましたか?」

 

 「魔理沙は前に早苗の料理を褒めていたし……練習するか」

 

 祟り神と悪魔の妹がよからぬことを企てていたり、風祝が半人半霊の料理に敗北感を感じていたり、魔法使い2人が何か決意していたり。

 

 そんないつも通りの“日常”を見ながら、氷狐は博麗 霊夢と八意 永琳に挟まれながら嬉しそうにご飯を食べていた。その様子を見た霊夢と永琳もまた笑みを浮かべ、視線を目の前の混沌とした光景に移すとすぐに苦笑に変わったが。

 

 「毎度毎度騒がしいわね……もっと静かに食べられないのかしら」

 

 「無理ね。面子が面子だし」

 

 「お、氷狐の食べてる焼き鮭美味そう。頂き!」

 

 「やー!」

 

 「やめんかい!!」

 

 「ぶぐがっ!!」

 

 これまたいつも通りに視界の横から氷狐のものを盗ろうとする白黒魔法使いに瞬時に反応し、霊夢が盗人を畳の床に沈める。決してテーブルの上で叩き潰すような真似はしない。食べ物が勿体無いから。

 

 大騒ぎして、たまに暴れて、ケンカもして。しかしこの場にいる存在達は、皆この空間が、日常が大好きだった。そして今日もまた……“いつもと同じ日常”が始まるのだ。

 

 

 

 

 

 

 子供たちは遊びに出かけ、従者たちは大量の洗い物やら家事やらおつかいやらに時間を使い、魔法使いたちは勉強に励み、その他はのんびりと過ごすのが朝食を終えてからの時間。因みに、霊夢はのんびりと食後のお茶を啜っている。こんな時間が、もう一週間ほど流れていた。

 

 今日は氷狐たちは寺小屋へ向かうと言っていただろうかなどと考え、ぼんやりと空を眺める。ただただ流れていく雲を見つめる姿は非常に絵になるのだが、霊夢の心は苛立ちでいっぱいだった。

 

 「もう一週間になるのに……異変はどこでおきてるのよ」

 

 この一週間、不思議なことに霊夢の勘は常に“異変が起きている”と告げていた。当然、霊夢はまた氷狐が巻き込まれたら堪らないとばかりに異変解決に乗り出したのだが、幻想郷は平和そのものであり、異変らしい異変は起きていなかった。

 

 自分の勘も鈍ったのかと楽観視するが未だに勘は異変が起きていることを告げており、それが一週間も続いているので軽い頭痛すら起きている。ここまで来て異変はない、などと言えるほど霊夢は楽観的ではない。同じ釜の飯を食っている者たちをも疑ったが、怪しい動きも何も見られない。

 

 異変は、確かに起きている。にも関わらず、自分には異変がなんなのか分からず、見つけられない。今は八雲 紫と永琳に協力を仰ぎ、他の者の知らぬ内に調査を手伝って貰っている……が、それも今日で3日目となり、未だに有力な情報はない。

 

 どうしたものかと頭を抱えてみるが、当然ながら決して頭が良いとは言えない霊夢の頭では妙案も良案も浮かぶはずもない。じんじんと軽い痛みを訴える頭が少し痛くなるだけである。

 

 怪しいのは、霧の湖にいつからあるのか分からない紅い館、妖怪が住んでいないのに“妖怪の山”なんて名づけられている山、なぜか空に入り口がある冥界、迷いの竹林くらいである。当然ながらこれらの場所も調査した。

 

 しかし分かったのは紅い館は割りと綺麗な状態であり、妖怪の山の頂上に神社があり、冥界の奥に大きな屋敷と巨大な枯れ桜“西行妖”があり、竹林の奥には永遠亭という名の屋敷があること……つまり、霊夢が異変を解決したときとなんら変わりはなかった。

 

 「……ん?」

 

 ふと、霊夢は自分の考えに違和感を感じた。これらの調査した場所は、自分が異変解決のために出向いた場所であり、山を除いて実際異変を解決した場所でもある。どの様に解決したかもしっかりと思い出せるほどに、その記憶は霊夢の中に確かにある。

 

 紅い館ではレミリア・スカーレットと相対し、冥界では幽々子と相対し、竹林では蓬莱山 輝夜と相対し、山では東風屋 早苗と相対した。この神社で共に暮らす彼女たちと、霊夢は確かに戦ったのだ。

 

 ならばなぜ、その場所で戦うに至ったのか。身内による割と本気の勝負とはいえ、わざわざ場所をこの神社から移す必要はない。皆空を飛べるのだし、上空で戦った方が早い。実際、これらの戦いの場は全て上空だったのだ。

 

 「何かを忘れてる……何かが違う……ううん、“どこから”間違ってる……?」

 

 何気なく、自然と霊夢はその考えに辿り着いた。そして持ち前の勘が、その考えが正しいと肯定する。

 

 もしかしたら、この考えを突き詰めていけば異変が何なのか分かるかもしれない……そう霊夢が考えたとき、隣で自分と同じようにお茶を啜っていた永琳が手を振っていることに気づいた。その視線の先には、遊びに行っていたはずの子供たちの姿。当然、その中には氷狐の姿もある。

 

 「れーむ! えーり!」

 

 「……霊夢の名前が先なのね」

 

 「私のせいじゃないでしょ」

 

 いつの間にか、先の考えはどこかへと行ってしまった。今はこうして永琳に大して優越感に浸り、自分と彼女の間に座る子狐の無邪気な笑顔を見ることに集中したかった。それだけで、霊夢は幸せなのだ。しかし……と霊夢は不思議に思う。

 

 今の暮らしは騒がしいが楽しく、心地いいもののはずなのに。こうして隣に座る氷狐と一緒にいるだけで幸せな気分に浸れるというのに。

 

 

 

 

 

 

 氷狐を見るたびに頭痛が酷くなり、どうしようもなく泣きたくなるのはなぜなのか……彼女には分からなかった。

 

 

 

 

 

 

 「霊夢……今の暮らしはどう?」

 

 「あんたはいきなり何を言い出すのよ」

 

 とある日に、異変が何かを突き止めるべく幻想郷中を2人で飛び回っていた時、霊夢は紫からそう問いかけられた。

 

 突然今の暮らしはどうか? と聞かれれば万人がいきなりなんだ? という反応をするだろう。実際、霊夢もそうなった。今の暮らしはどうかなんて、お前も一緒に住んでるだろうに、と内心でツッコミを入れて。本当なら口に出してもよかったのだが……紫の顔があまりに真剣だったために言うことができなかった。

 

 「……はあ。毎日騒がしくて嫌になるわよ。魔理沙は何度言っても人のものを盗るわレミリアはすぐに泣くわフランと諏訪子は氷狐に変なことを教えるわ永琳は私に嫉妬の視線を向けてくるわ紫は胡散臭いわ」

 

 「その流れで私の名前を出す必要はなかったでしょう!?」

 

 「でもまあ……悪くはないわ」

 

 霊夢の脳裏に蘇るのは、変わらない平凡な日常。朝起きれば愛する子狐の温もりを感じ、自分が用意しなくても美味しい朝食が並び、時間帯に関係なく食事はいつも騒がしい。昼は遊びに行く子供組を見送り、たまに家事をしたり、お茶を飲んでのんびりしたり。夜はそんなに広くもないお風呂に誰かと一緒に入り、たまに氷精が溶けて消えるの見て笑ったり、嫌がる子狐を無理やりお風呂に入れたり。最後は朝のように子狐の温もりを感じ、寝顔を見ながら眠り、また朝が来る。

 

 今までも行われてきた変わらない日常。そんな日々がとても新鮮で……霊夢にはそれがとても大切なもので。

 

 (……え? “新鮮”で……?)

 

 

 

 そんな日々が……“ニセモノ”であると気づいた。

 

 

 

 「う……お"え"え"え"え"っ!!」

 

「れ、霊夢!?」

 

 霊夢はその場で吐いた。嫌なものを全てぶちまけるが如く、朝食べたものも昼食べたものも、今まで食べたものを全て吐き出すかのように。

 

 気づいてしまった。気づきたくなかった。分かってしまった。分かりたくなかった。理解してしまった。理解したくなかった。

 

 もう霊夢は戻れなくなってしまった。今までの過ごした日々を“変わらない日常”だなんて思えなくなってしまった。以前に、どこから間違っているのか? と考えたことを思い出す。どこから、ではない……間違っていたのは最初から。

 

 なぜ同じ神社で暮らす者たちと違う場所で戦ったのか? 答えは“戦った場所が相手の住む場所”だから。思い出してしまった。この神社に住んでいるのは霊夢と居候のような鬼が一匹だけ。その他の住人は誰一人としてこの神社には本来いないのだ。

 

 「ゆかり……あんたは……気づいてたのね……?」

 

 「……私が気づいたのは、外に出たときよ。いつものように妖怪に与えるための人間を……そう思って出てみたら……」

 

 人間は誰一人として“存在しなかった”。今までと違う決定的なそれを見たことで、紫は今まで過ごしてきた日常がニセモノであると気づいた。気づいてしまった。

 

 境界を開いて世界中を見た。交差点や大通りなど人が大勢いる場所、ビルや家屋の中なども可能な限り覗き見た。しかし、いるべき存在は1人たりとて見つけることは叶わなかった。

 

 「人間が全て消えれば、私たち妖怪は存在を維持できなくなるわ……妖獣は別だけれど。だけど、私はこうして存在している」

 

 「……わたしがいるからじゃ……」

 

 「妖怪に一番必要なのは、妖力ではなく“恐れ”。恐怖を抱いていない霊夢1人では意味がないわ。私たちがこうして存在していられるのは、人里の住人が“まだ”いるから……不思議よね? 外の人間だけが消えて、幻想郷にいる人間だけが存在しているなんて」

 

 紫の言うように、人里にいる人間は変わらずそこにいる。寺小屋は定期的に開かれ、八百屋や甘味処は毎日開き、ほかのお店も毎日開いている。門番も毎日雨が降ろうが風が吹こうがそこに立っている。人里は。紛れもなく“変わらずに”あるのだ。

 

 「でもね、消えたのは外の人間だけではないわ。幻想郷にいるはずのほとんどの存在がその姿を消しているの」

 

 「……は?」

 

 「今のあなたなら分かるでしょう? 妖怪の山には大勢の妖怪がいた。冥界には幽霊だっていた。死神もいた、閻魔もいた、妖精もいた、地底にも数多くの妖怪がいた……でもね、どこにもいないの。不思議よね?」

 

 地底という場所に関しては行ったことのない霊夢には理解が及ばなかったが、他の場所のことは分かる。閻魔に関しては、霊夢が一番嫌いな相手といっても過言ではないほどの存在だ。

 

 そして、ニセモノの日常の中で彼女が見たものは紫が行ったこととは正反対のものだ。妖怪の山に妖怪はいなかった。冥界に幽霊はいなかった。妖精も神社にいる氷精以外見たことがないし、閻魔も見ていない。見たくもないが。

 

 「外の人間はいなくなった。でも幻想郷の人間はいる。今の神社に私たち人外がいる。だけど他の人外はいない。その違いはなんだと思う? どうしてそうなったと思う?」

 

 紫にはその違いも、なぜそうなったかも分かっているのだ。それは、今の話を聞いた霊夢にも分かるほどに簡単なこと。

 

 消えたものとそうでないものの違い……それは“彼”が知っているかいないか。なぜそうなったか……それは“彼”がそう思(ねが)ったから。異変は起きていた。原因も犯人も分かる。解決だって、今日中にしようとすれば出来る。しかしそれをすることは……。

 

 

 

 「もう一度聞くわ霊夢……今の暮らしをどう思う?」

 

 

 

 “変わらない日常”が終わってしまうことを意味する。

 

 

 

 

 

 

 ちゃら、と首もとの赤い首飾りから軽い音を立てながら、氷狐は縁側に腰掛ける霊夢の膝の上に頭を置いた。

 

 時間帯は夜……霊夢が真実に気づいてから14回目の夜である。日を負うごとに酷くなる頭痛を永琳からもらった頭痛薬で耐え、今の幸せな日々に浸り続ける毎日。

 

 ぼんやりと夜月を眺めていた霊夢は、不意に氷狐が自分の首にある彼とお揃いで色違いの青い首飾りに伸びていることに気づいた。ちゃらちゃらと楽しそうに触る姿はまるで赤ん坊のようであり、自然と霊夢の顔に笑みが浮かぶ。

 

 この首飾りは、霊夢が自分で作った世界に一つずつ、一対で存在する唯一無二のもの。母だ子だなんて周りから茶化されながら、夜なべ……とはいかないまでも丁寧に丹精と愛情を込めて作ったもの。渡した日から寝るときもお風呂に入れられるときも肌身離さず付けてくれている姿を見たときは嬉しさで胸がいっぱいになったものだと、霊夢は誰に知られるでもなく思う。

 

 今頃、台所では夕食の際に出た大量の洗い物と藍や咲夜等従者組が戦っている頃だろう。その主たちはのんびりとお風呂にでも浸かっているのではないか? 鬼や神は食後の酒でも飲んでいそうだ。子供組は一部は寝ているのかもしれない。魔法使い達や風祝は勉強かゆりゆりしくやっているのではなかろうか。

 

 そんな考えを終えた霊夢の脳裏に次に浮かんだのは、いつかの紫との問答。今の暮らしはどうかと聞かれ、霊夢が出した答えは答えではなかった。

 

 

 

 『あんたは……どうなのよ』

 

 『私は楽しいわよ? こんな個性溢れる大家族、他にはないもの』

 

 『でしょうね』

 

 『でもね……』

 

 『……?』

 

 

 

 (“私が大好きだった日常ではない”……か)

 

 「うー?」

 

 「なんでもないわ」

 

 暗い表情でもしていたのか、下にいる氷狐から心配そうな声がした。すぐに霊夢は笑みを浮かべ、優しい手つきで彼の頭をなでる。気持ちよさそうにころころと笑う姿は、見ているものに癒しを与えることだろう。しかし、今の霊夢の心を癒すことは出来なかった。

 

 異変解決は、博麗の巫女が行うべき仕事。その役割にある霊夢は、どんな形であれ異変を収める義務がある。別段役割に拘っているわけではないが、それは行わなければならないと霊夢も理解しているし、今までだってしてきた。

 

 しかし、今回は今までとはベクトルが違う。事実として、外の人間の消失と幻想郷のほぼ全ての人外の消失という今までにない大規模な異変は起きている。が、その事実に気づいているのは紫と自身のみであり、他の存在は今の日々が日常だと思い込んでいる。あらゆるものから浮くハズの霊夢自身や境界を操る紫ですらも最初はそう思い込んでいたのだから、如何に今回の異変が強大な力の元に起きたのかが解るというものだ。

 

 紫が直接解決に出向く、行動を起こすのは以前の“不完全な満月”のように幻想郷が危機の場合のみ。しかし今回の異変はそのようなことはない。平和で、幸せで、不変の日々が過ぎていくだけのもの。よって、紫が直接何かをするということはないだろう。

 

 つまり、自分さえ解決に動かなければ……この日常は続くのだ。

 

 「……ねえ氷狐」

 

 「う?」

 

 「今の暮らしは……楽しい?」

 

 「あーうー♪」

 

 何気なく、霊夢はそう問いかけていた。当然ながら帰ってきた答えは是。楽しくないハズがない……なぜならこの異変は……氷狐が起こしたのだから。

 

 思考を現実にする程度の能力。それが無から有を生み出すというものでなければあらゆる思考を現実にし、空間を超越し、生死を捻じ曲げ、能力を封じ、別の存在になり、495年もの狂気を消し去り、凡人を天才に変え、そして世界のあらゆる存在を選別して消滅させることが出来るほどの能力。

 

 ほぼ何でも出来る。それだけにこの能力は脅威であり、危険。しかし同時に無害であり、有益を生む。

 

 今の彼は無害だ。逆に解決に乗り出して癇癪などを起こされてしまえば、今度は全てが消えてしまいかねない。その恐怖は、当然ある。能力があることもあって、霊夢は解決する気がおきないということもあった。

 

 (……あ)

 

 ふと、霊夢の頭に一つの妙案が浮かんだ。そして、勘がそれこそが正解だと囁く。

 

 しかし同時に、勘がそれはしてはいけないとも囁いた。矛盾する勘……これは霊夢が始めて体験することだった。だが、いつだって自分の勘を信じて進んできたのだ。それが異変解決に繋がるなら、実行しない理由はない。

 

 だが、嫌な予感がすることもまた事実。実行するべきか、それとも先延ばしにするべきか……霊夢が選んだのは前者だった。

 

 「氷狐」

 

 「うー?」

 

 「……私ね、今の生活がすごく楽しいの。毎日毎日うるさいけれど……それでも楽しいわ。あんたと一緒にいられるし、ご飯は誰かが作ってくれるし、家事しなくても誰かがやってるし……楽で好きだわ」

 

 「……れーむ……?」

 

 どこか不安そうな氷狐の声を聞き、霊夢の胸の奥にちくりとした痛みが走る。その痛みを感じなかったことにし、彼女は更に言葉を続ける。これは、自分がやらなければいけないことなのだから。

 

 「でもね、“これ”は違うの。この世界にいるのは知り合いだけで、他には誰もいない。それはとても楽しいことよ? ずっと友達や家族といられる……それはとても楽しいこと。だけど、二度と新しい出会いは来ない」

 

 もしかしたら、友人が増えたかもしれない。もしかしたら、新たに幻想郷の住人が増えるかもしれない。そんな未来の出会いが、今の幻想郷からは失われている。

 

 友人だけが、家族だけが、知り合いだけが存在する世界。それは知らない人と話す不安を無くし、些細なケンカを除いて平和に過ごすことが出来るのかもしれない。平和で、楽しくて……それはある種の理想の世界なのだろう。勿論、氷狐がそこまで考えて能力を発動したわけではないのであろうが。

 

 彼はただ、思っただけなのだ。友達と、家族とずっと共にいたいと。ただそれだけを願い……“それ以外の存在”を消滅させてしまった。それこそが……今回の異変。

 

 「未来の変わらない日々なんて私はごめんだわ。朝起きて、掃除をして、ご飯を食べて、人里にあんたを探しに行って、見つけたら一緒にお団子とかリンゴとかを食べて、神社で一緒にお昼を食べて、遊んだりお昼寝したりして……あんたを迎えに来た紫に嫉妬して。そんな日々の中でたまに異変の解決とか妖怪退治とかをして、また同じように一日を迎えて……そんな世界が、私の大好きな日常なの。だから氷狐……」

 

 だからこそ、霊夢はこの子供の思いを砕く。非道と呼ばれるかもしれない。外道と呼ばれるかもしれない。幼い子供の思いをなかったことにしようとしているのだから。

 

 しかしそれでも霊夢はこの異変を解決する。それは博麗の巫女である故に……否。間違ったことをしている子供を正すために。

 

 

 

 ーこの世界を……元に戻してー

 

 

 

 何かが変わったと、霊夢は確信した。無論、それは目に見えているわけではないが……確かに何かが変わったのだ。神社の中から人の気配が消えたのが、その理由でもあるのだが。

 

 恐らく、今この神社にいるのは霊夢と氷狐の2人だけ。過程をすっ飛ばして結果だけを得る能力なので、本来いる場所に瞬間移動した、というようなことが起きたのかもしれない。氷狐がまだここにいるのは、霊夢が能力を発動したせいだろうか。

 

 何はともあれ、世界は元に戻った。外の世界には人間がいるだろうし、幻想郷にはまた妖怪が溢れていることだろう。それはそれで面倒だと思いながらも、彼女は安堵の息を吐く。そして、これで終わりではない。能力を使った反動なのかいつの間にか眠ってしまっている氷狐の体を抱き上げ、霊夢は今1つ思考する。

 

 氷狐は、いつも異変に巻き込まれてきた。それはその能力が原因であったり彼自身が原因であったりと理由は複数あるものの、大体は能力のせい。閻魔が退治するように言って来たくらいだし、今回のことが事だ、霊夢にも流石に能力の危険性は理解できた。

 

 そこで先ほど浮かんだ考えだ。彼の能力は無から有は生み出せないが、今回の異変で有を無にすることができることがわかった。その規模は、大きいという言葉では片付けられないほど。

 

 

 

 ならば、“能力を消す”ことも可能なのではないか?

 

 

 

 「……大丈夫。私がいるし、紫も永琳も諏訪子も……ちょっと頼りないけど慧音もいる。魔理沙もフランも、他にも沢山あんたのことを好いてくれてる奴はいる。だから……能力がなくなっても大丈夫」

 

 そんな言葉と共に、霊夢は氷狐の体をぎゅっと抱きしめた。その際に2人の首飾りがちゃら、っと音を立て、霊夢の手が氷狐の首飾りを撫でる。

 

 元々、この首飾りは“明日もまた会えるように”という子供じみた願掛けの元に作り出したものだ。夕方までしか一緒にいられなくても、次の日になればまた会える。そういう願いを込めたもの。

 

 世界が元に戻っても、紫の家に帰っても、次の日にはまた会える。ただそれだけを願った。先の願いで能力が発動したこともあり、自分はかなり単純で子供みたいな思考をしているのかもしれない、と霊夢は1人自嘲する。

 

 「もうすぐ紫が迎えに来る……だけど、また明日会えるわ」

 

 そう願いながら、霊夢は紫が来る前に願ってしまった。嫌な予感が大きくなることを無視して、それはいけないと勘が叫ぶことを無視して。

 

 

 

 

 

 

 -思考を現実にする程度の能力を……消して-

 

 

 

 

 

 

 ちゃら、っと音が鳴った。

 

 「……あ……え……?」

 

 気がついた時には、霊夢は自身の体を抱きしめていた。しかし、体には自分以外の体温の温もりがしっかりと残っている。

 

 何が起きたのか、霊夢は理解することを拒否する。してしまえば、心が壊れるかもしれなかったから。しかし、視線を下に向けてしまったときに理解してしまった。

 

 自分の青い首飾りとお揃いの首飾り。それの持ち主の姿はどこにもなく、それだけが自分の膝の上にあった。

 

 「あ……ああ……」

 

 「……霊夢」

 

 誰かが、優しく霊夢の名を呼んだ。その声の主に顔を向けることはなく、彼女はただ目の前の現実を受け入れられないでいた。

 

 「わた、わたし、は……能力を消してって思っただけで、それ、だけで」

 

 「……ええ、そうでしょうね。それが駄目だった。絶対に願ってはいけなかった」

 

 「な……んで、ひこが」

 

 「永琳の話では、彼は少なくとも2000万以上もの時を生きているわ。妖怪は時間とともに必ず強くなっていく存在。なのに氷狐は……姿はともかく、妖力は小妖怪程度で知識や言葉は子供並み……成長が見られない。でも何かが強くなっていなければおかしい……じゃあその強くなったものとは何かしら? 答えは……“能力”よ」

 

 紫はスキマ妖怪という一人一種族と呼ばれる特殊な妖怪だ。このスキマ妖怪という種族の名の由来は言わずもがな、境界を操る程度の能力があるためである。いわば、能力が妖怪となったと言ってもいいのかもしれない。

 

 では、もしも何らかの理由でその境界を操る程度の能力が消えてしまった場合、彼女という存在はどうなってしまうのだろうか? 確固たる理由はないが、恐らくは妖怪としての彼女は消えてしまうだろう。

 

 氷狐は、最初はただ能力を持った妖怪だったのだろう。それが時が経つにつれて能力だけが強くなっていき、世界すら組み替えるほどの力を持ってしまった。

 

 「それほどの能力が、小妖怪程度の器で保つと思う? 答えは否。成長し続けた能力は成長しない器からあふれ出し……妖怪としての“在り方”が変わってしまった。“能力を持った妖怪”から、“妖怪化した能力”に」

 

 自我がなくなった訳ではない。心がなくなったわけでもない。ただ、その存在が変わってしまっただけ。その結果、ほぼ何でも出来るという神に等しい能力を得た。ほぼノーリスクで使える、強大で危険で夢のような能力を。それは言ってしまえば、能力が能力を使っているだけに過ぎないのだ。

 

 そんな彼から能力が消えた。それはつまり、“能力から能力が消えた”ということに他ならない。

 

 「霊夢……氷狐を“消した”のはあなた。でもそのおかげで異変は解決したわ……」

 

 「ちが……わたしは、そんなつもりじゃ」

 

 「これで幻想郷の危機はなくなったし、閻魔があなたに彼を退治するように言うこともない。だって彼はもういないんだもの」

 

 「っ……ひ……こ……」

 

 「幻想郷を救ってくれてありがとう霊夢。それじゃあ、私は帰らせてもらうわね」

 

 

 

 ここにこれ以上留まると、あなたを殺したくなるから。

 

 

 

 紫が帰った後も、霊夢はただ違う、違うとだけ何度も呟いていた。これもまたニセモノなのだと。そう信じ込まなければ自分を保てそうになかったから。

 

 本当に大切にしたいものを、彼女は自分の手で失った。受け入れられない現実と向き合うことも出来ず、ただただ現実逃避だけを行い、時間だけが過ぎていく。

 

 「ちがう……ちがうの……こんなことをのぞんだんじゃない……ちがうのぉ……」

 

 ちゃら、と音が鳴った。それは首にある首飾りからか……それとも握り締めた持ち主のいない首飾りからか。

 

 それは、霊夢には分からなかった。




捏造設定と自己解釈のオンパレード? です。私の中の妖怪という存在はこんな感じです。

次回完結。目指せハッピーエンド。

それでは、感想、評価、批評をお待ちしております。
↑が沢山くればハッピーエンドの案が浮かぶかも……←
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